2011年6月12日日曜日
最近読んだ雑誌記事11
機能的クレームの権利解釈にかかわる日本の裁判例が古いものから新しいものまで網羅的に紹介され、分析されている。
補正新規事項拒絶は、審判請求時の補正では解消できないと判断された事例
平成22年(行ケ)第10325号 審決取消請求事件
1.概要
本ブログ2010年年2月20日付記事において、知的財産高等裁判所平成20年3月19日判決(平成19年(行ケ)第10159事件)にて、最初の拒絶理由応答時に追加した補正事項が「新規事項の追加」に該当するとの指摘を解消するために当該補正事項を削除する補正は、特許法第17条の2第5項に規定する請求項の削除(1号)、特許請求の範囲の減縮(2号)、誤記の訂正(3号)、明りょうでない記載の釈明(4号)のいずれにも該当しないため、「最後の拒絶理由通知書の応答時」又は「拒絶査定不服審判請求時」には却下されるとの判断が示されていることを紹介した。
同様の判断が示された最新の事例として表題の知財高裁平成23年5月23日判決を紹介する。
この事例では、最初の拒絶理由応答時の補正(第一次補正)において追加され、最後の拒絶理由通知において新規事項と判断された「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という構成要件を、審判請求時に削除する補正が適法でないと判断された。
なお審査段階の最後の拒絶理由通知では、①「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練」が新規事項であること、③「僅かに」が不明りょうであることが指摘されている。
これに対して、最後の拒絶理由応答時の補正(第二次補正)では、「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」が削除されている。
拒絶査定と同時に、第二次補正が却下されている。ただし、補正却下の理由は、上記削除が補正の制限により認められない、という理由ではない。第二次補正で同時に補正した別の事項が新規事項に該当すると判断され、補正却下がされた。上記削除が補正の制限の下で可能であるかどうかは拒絶査定では何も指摘されていない。
2.補正の経緯
2.1.出願時請求項1
【請求項1】生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)とを均質に混合してなるペレット状生分解性樹脂組成物において,樹脂(A)と樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。
2.2.審査段階、最初の拒絶理由通知
新規性及び進歩性欠如を理由として請求項1発明が拒絶された。
2.3.最初の拒絶理由通知応答補正後の請求項1(第一次補正)
【請求項1】90~120℃で加熱溶解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で加熱溶解した生分解性合成樹脂(B)とを前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。
2.4.審査段階、最後の拒絶理由通知
以下の拒絶の理由が通知された:
①補正後の請求項1には,(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練する旨記載されているが,当初明細書等にはこの点について明示的に記載されていないから,請求項1ないし4に記載した事項は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内にない,
②・・・(省略)
③請求項1における「僅かに」なる記載は多義的に解され不明りょうである(法36条6項2号〔特許を受けようとする発明が明確であること〕違反)
2.5.最後の拒絶理由通知応答補正後の請求項1(第二次補正)
【請求項1】90~120℃である熱分解しない温度で融解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で融解した生分解性合成樹脂(B)とを混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量部とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。
2.6.拒絶査定(第二次補正の却下)
特許庁は,上記第2次補正のうち請求項1に関する部分である「90~120℃である熱分解しない温度で融解した生分解性天然樹脂(A)」なる記載は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない等を理由に上記第二次補正を却下する決定をした。
更に、原審補正後の本願について,最初の拒絶理由通知書に記載した理由を根拠に拒絶査定をした。
2.7.審判請求時の補正(第三次補正)
【請求項1】90~120℃で加熱融解した生分解性天然樹脂(A)と130~180℃で融解した生分解性合成樹脂(B)とを混練し,均質に混合したものをホットカットしてなるペレット状生分解性樹脂組成物であって,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)の合計を100質量とした場合,両者の質量比がA:B=60~90:40~10であることを特徴とするペレット状生分解性樹脂組成物。
要するに、第一次補正後の請求項1から、上記2.4において①新規事項に該当すること、③不明りょうな「僅かに」という記述を含むことが指摘された「(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で混練する」という構成要件を削除する補正を行った(判決中では「補正事項1」とよばれる)。
2.8.拒絶審決
審判請求時に行った補正(第三次補正)は法17条の2第4項各号に掲げる「請求項の削除」・「特許請求の範囲の減縮」・「誤記の訂正」・「明りょうでない記載の釈明」のいずれの事項をも目的とするものではないから不適法であり,また,原審補正(第1次補正)も当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではなく不適法であるから,本願は原査定の理由により拒絶すべきである,というものである。
3.裁判所の判断のポイント
裁判所は、審決は適法であると判断した。具体的な理由は以下の抜粋箇所参照:
「(1) 補正事項1は法17条の2第4項各号に該当するか
ア 法17条の2第4項4号につき
(ア) 法17条の2第4項4号は,「明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」と規定している。ここで「明りょうでない記載」とは,それ自体意味の明らかでない記載など,記載上不備が生じている記載であって,特に特許請求の範囲について「明りょうでない記載」とは,請求項の記載そのものが文理上意味が不明りょうである場合,請求項自体の記載内容が他の記載との関係において不合理を生じている場合,又は請求項自体の記載は明りょうであるが請求項に記載した発明が技術的に正確に特定されず不明りょうである場合等をいい,その「釈明」とは,記載の不明りょうさを正してその記載本来の意味内容を明らかにすることをいうものと解される。
ところで,補正事項1は,前記のとおり,本願に係る発明のうち,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載を削除するものである。
したがって,補正事項1が「明りょうでない記載の釈明」に該当するためには,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載が上記明りょうでない記載と認められ,それを削除することによってその記載の本来の意味内容が明らかになるものであることを要する。
しかし,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」の記載のうち,「僅かに」の部分を除く「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも低い混練温度で」との記載は,生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度と混練温度との高低の関係をいうものであることが明白であるから,その記載自体の意味は明りょうであって,当該記載を除くことが,特許請求の範囲について明りょうでない記載をその記載本来の意味内容を明らかにするものであるとはいえず,むしろ,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」全体を削除すると,生分解性天然樹脂(A)と生分解性合成樹脂(B)との「混練」に関し,補正前発明と本件補正後の発明とではその実質に相違が生ずる可能性があると認められる。
したがって,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」との記載全体を削除することを内容とする補正事項1は,そもそも「明りょうでない記載の釈明」を目的としたものと認めることはできない。
(イ) 法17条の2第4項4号括弧書き該当性
法17条の2第4項4号に該当するためには,補正事項が「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」(同項4号括弧書き)ところ,同括弧書きの意義は,拒絶理由通知で指摘していなかった事項について「明りょうでない記載の釈明」を名目に補正がされることによって,既に審査・審理した部分が補正されて,新たな拒絶理由が生じることを防止するために,「明りょうでない記載の釈明」は最後の拒絶理由通知で指摘された拒絶の理由に示す事項についてするものに限定されるという趣旨と解される。・・・・最後の拒絶理由通知において明りょうでないと指摘された記載は,文中の「僅かに」という記載のみであることは明らかであるから,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という記載全体を削除する本件補正は,審査官が「拒絶の理由に示す事項」の範囲を超え,むしろ[理由1]で指摘された新規事項の追加についての拒絶理由を回避するためになされたものと認めるのが相当である。
したがって,補正事項1は,法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶の理由を示す事項についてするもの」に該当しないというべきである。
イ 法17条の2第4項1ないし3号につき
前記のとおり,補正事項1は,本願に係る発明の構成の一部を削除するものであるから,法17条の2第4項1号の「第36条5項に規定する請求項の削除」を目的とするものに該当しないことはもちろん,「前記生分解性天然樹脂(A)の熱分解温度よりも僅かに低い混練温度で」という発明特定事項を削除するものであって,それにより特許請求の範囲が拡張されることが明らかであるから,同項2号の「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とするものであるともいえず,さらに,同項3号の「誤記の訂正」を目的とするものにも該当しない。
ウ 以上のとおり,補正事項1について法第17条の2第4項各号に掲げるいずれの事項をも目的とするものではないとして,本件補正を却下した審決に誤りはない。
・・・
原告は,補正事項1が認められなければ原審補正についての拒絶理由は法17条の2第3項の規定に適合しないとして解消できないことになり,発明の保護が図れない旨主張する。
しかし,・・・法17条の2第4項4号括弧書きの「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る」とは,同号の「明りょうでない記載の釈明」を目的とする補正については,審査官が拒絶理由中で明りょうでない旨を指摘した事項について,その記載を明りょうにする補正を行う場合に限られるのであって,新規事項の追加状態を解消する目的の補正に同号を適用する余地はないのであるから,補正事項1が認められなければ発明の保護が図れない旨の原告の上記主張は採用することができない。
その他,原告は,本件では,再度最後でない拒絶理由通知がなされる余地があったものを審査官が裁量により拒絶査定をしてしまったものであるが,当然のように補正を却下することは極めて不公平であって,このように審査官や審判官の恣意的判断に委ねられるという運用基準は法の下の平等(憲法14条)に反するとか,分割出願は特許出願において補正が却下された場合にするものであるとの考え方は分割出願の趣旨に反するものであるとか,出願人の経済的負担も大きい等と縷々主張するが,いずれも法17条の2第3,4項を正解しない独自の見解であって,採用することができない。」
2011年5月28日土曜日
遺伝子発明の進歩性の評価において、コードされるタンパク質の特徴は考慮されないと判断した事例
知財高裁、審決取消請求事件(拒絶審決維持)
平成22年(行ケ)第10073号
1.概要
クレーム発明は、ヒトパピローマウイルス18型のL2タンパク質をコードするDNA分子である。このDNA分子はヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW756から得られたものである。
引用例1には、臨床サンプルWV-341から得られた、ヒトパピローマウイルス18型のL2タンパク質をコードするDNA分子が開示されている。本発明のDNA分子との配列相同性は97%である。
拒絶審決では、引用例1に記載された発明に基づき容易に発明することができるから進歩性なしと判断した。
原告(出願人)はクレームされたDNAがコードするタンパク質の構造的な特徴を考慮すれば、進歩性は肯定されるべきであると主張した。しかし裁判所は「該DNA分子がコードするタンパク質と引用発明がコードするタンパク質が立体構造上の相違を示すか否かは,本来本願発明7-2の進歩性の判断に影響を与える事項ではない」と判断し審決を維持した。
2.本願請求項7
「下記の配列番号1で表されるヌクレオチド配列からなる単離精製されたヒトパピローマウイルス18型のL1DNA分子または,下記の配列番号3で表されるヌクレオチド配列からなる単離精製されたヒトパピローマウイルス18型のL2DNA分子。」
3.審決の内容
本願発明のうち,「下記の配列番号3で表されるヌクレオチド配列からなる単離精製されたヒトパピローマウイルス18型のL2DNA分子」との発明(以下「本願発明7-2」という。)は前記引用例1から認められる下記引用発明に基づいて当業者が容易に発明することができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない。
(引用発明)
「図1・・・の4244番目のヌクレオチドから5632番目のヌクレオチドで示される1389bpのヌクレオチド配列を含むヒトパピローマウイルス18型のL2DNA分子。」
(一致点)
特定のヌクレオチド配列を含むヒトパピローマウイルス18型のDNA分子である点
(相違点(1))
該特定の配列が,本願発明7-2においては,配列番号3で表されるヌクレオチド配列であるのに対して,引用発明においては,配列番号3で表されるヌクレオチド配列とは1389bpのうち39bpが相違している(すなわち97%が同一である)点
(相違点(2))
該DNA分子が,本願発明7-2においては単離精製されたL2DNA分子であるのに対して,引用発明においてはショットガンクローニング法によって配列決定された全長ゲノムDNA分子の一部であり,実際にL2DNA分子を単離精製していない点
4.相違点(1)についての審決の判断
「この相違は,配列の解析に用いられたHPV18型が,本願発明では,明細書第26頁第第8-9行に記載されているように,ヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW756から得られたものであるのに対し,引用発明では・・・SW756とは異なる臨床サンプルWV-341から得られたものであるという相違に基づくものである。
一般的に,同じ型に属するウイルスにも複数のサブタイプが存在することは広く知られており,種々のサブタイプについて解析がなされている。よって,HPV18型についても,引用例1において配列が解析された臨床単離株由来のHPV18型とは異なる,周知の臨床単離株であるヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW756・・・由来のHPV18型ゲノムのヌクレオチド配列を解析することは,当業者が容易に想到し得ることである。」
5.原告の主張
「審決は,①相違する塩基対の数が39bpではなく40bpである点で認定すべき事実を誤認しているのみならず,②その塩基対の相違に伴い14個のアミノ酸が相違し,その中で,4個の相違がプロリンに関するものであるという事実を看過し,③プロリンは,アミノ酸の中で環状構造をとる唯一のアミノ酸であり,該環状構造をとるプロリンがアミノ酸配列中に入ることにより,ねじれやターンに影響を及ぼし,その結果,立体構造が大きく変化することが本願優先日当時の技術常識であること(以下,「技術常識1」という。)を看過し,④上記②に記載の事実及び上記③に記載の技術常識1に基づいて,本願発明7-2と引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質が著しい立体構造上の相違を示すという,本来認定すべきであった相違点を看過し,その結果,進歩性判断に影響を及ぼし,誤った結論を導き出すに至ったものである。」
6.裁判所の判断のポイント
「原告の主張④の点については・・・プロリンに関する4個の相違に起因して,本願発明7-2と引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質が立体構造上の相違を示す可能性はあるが,実際に両者の立体構造の相違が示されているわけではなく,両者が著しい立体構造上の相違を示すという事実が見出されているとは認められない。したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。
仮に,プロリンがアミノ酸配列中に入ることによりねじれやターンに影響を及ぼしその結果立体構造が大きく変化するという原告の主張が正しいとしても,上記主張は本願発明7-2と引用発明がコードするタンパク質に関する主張にすぎないところ,本願発明7-2はあくまでもDNA分子そのものに関する発明であって,DNA分子がコードするタンパク質は発明を特定するための事項には含まれない。このことは,たとえ本願発明の目的が,原告が主張するように,HPV18L1タンパク質とVLPを形成するという観点から,構造上機能的なHPV18L2の配列を得ることであったとしても,本願発明7-2はL2DNA分子という物の発明であるから,そのことは発明を特定するための事項には含まれないというべきである。
したがって,該DNA分子がコードするタンパク質と引用発明がコードするタンパク質が立体構造上の相違を示すか否かは,本来本願発明7-2の進歩性の判断に影響を与える事項ではないというべきである。」
「原告は,審決が本願優先日当時の技術常識2(注:(ⅰ)一般に,HPVに属するL2タンパク質が,同一のHPVに属するL1タンパク質と一緒にVLPを形成することができ,ウイルスのカプシド構造を構成すること,及び(ⅱ)そのVLPの表面において,L2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供すること)を看過し,本願発明7-2と引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質が著しい立体構造の相違を示すことや,①L2タンパク質がL1タンパク質と一緒に立体構造上うまく会合してVLPを形成できるかどうかという点,及び,②仮にそのVLPが形成できたとしても,その表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供できるかどうかという点について全く考慮しないで容易想到性を判断したと主張する。
しかし,技術常識2は,HPVに属するL2タンパク質の構成やそのもたらす作用に関する技術的事項であるところ,本願発明7-2はあくまでもDNA分子そのものに関する物の発明であるから,その進歩性の有無はそのようなDNA分子に到ることが容易か否かで判断されるべきものである。すなわち,ここでは,本願発明7-2であるDNA分子をクローニングすることが引用発明との関係において容易想到か否かが問題となるにすぎないところ,そのDNA分子がコードするタンパク質の特徴に関する技術常識2の存在が,そのタンパク質をコードする本願発明7-2であるDNA分子のクローニングを困難にするとの証拠はないから,技術常識2は,本願発明7-2の進歩性の判断に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。
また,原告の主張は,本願発明においては,L2タンパク質がL1タンパク質と一緒に立体構造上うまく会合してVLPを形成でき,その表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供できることを前提とするものであるが,本願明細書の記載を精査しても,実施例13においてL1タンパク質及びL2タンパク質がそれぞれ発現していることは確認できるものの,さらに進んで,本願発明7-2のL2DNA分子によってコードされるL2タンパク質がL1タンパク質と一緒にVLPを形成し得ること,及びその表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供できることを確認できる記載は見当たらない。この点に関し,原告は,本願発明が,HPV18型のヒト子宮頸癌腫由来細胞系列SW756由来のHPV18型ゲノムのヌクレオチド配列を解析し,その結果,米国及び欧州で最初に承認された極めて医学的貢献度の高い子宮頸癌ワクチンに含まれるVLPを形成する,HPV18型のL1タンパク質とともにVLPを形成し得るL2タンパク質を見出したものであることは甲17によって実証されている旨主張するが,甲17は本願優先日以後の平成22年(2010年)6月に作成された研究者の宣誓供述書にすぎず,しかも本願明細書に記載されていない技術的事項が多く含まれているから,甲17の記載をもって本願発明の内容を論じる原告の上記主張は失当である。」
2011年5月8日日曜日
用途発明の新規性否定のための引用発明の適格性が争われた事例
知財高裁平成23年3月23日判決
平成22年(行ケ)第10313号 審決取消請求事件
1.概要
ある物質が所定の用途に特に適することが見出された場合には、当該物質が公知物質である場合でも用途発明の新規性が肯定される場合がある。
本事例では、「所定の用途に特に適する」という認識が先行技術文献にて開示されていなくとも、同一物質を同一用途に記載することが記載されている場合には用途発明の新規性は否定されると判断した。原告は、用途発明の新規性否定のための引用発明は用途発明として完成されている必要があるとする根拠として東京高裁平成13年4月25日判決平成10年(行ケ)第410号事件判決を引用するものの裁判所は原告主張を認めていない。
本事例は、いわゆる「比較例」が新規性否定の引用発明となることを示す点でも参考になる。
2.本件発明1
【請求項1】胴搗き製粉,ロール製粉,石臼製粉,気流粉砕製粉又は高速回転打撃製粉により得られたものであり,粒度が,米粉(酵素処理したものを除く)を100メッシュの篩にかけ,100メッシュの篩を通過した区分を140メッシュの篩と200メッシュの篩に順次かけ,各篩上に残った米粉の重量を測定し,前記米粉100重量%中140メッシュの篩上に残る区分と200メッシュの篩上に残る区分とを合計して20~40重量%含み,200メッシュを通過した区分が53.12重量%以上である,小麦粉を使用しないパン用の米粉。(以下「本件発明1」という。)
本件発明1の構成を充足する米粉は、小麦粉パンと同様の外観、内相、食味を備え、日持ちに優れたパンを製造することができる。
3.審決の理由
本件発明1は,甲1(新潟県食品研究所,研究報告第27号,21ないし28頁,平成4年8月発行)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)・・・・であるから・・・特許法29条1項3号の規定に該当し,特許を受けることができない。
4.甲1の開示事項
甲1には、本件発明1と同じ粒度分布の米粉が「胴搗方式製粉による米粉」として記載されている。甲1では、「胴搗方式製粉による米粉」を用いてパンを製造したことが記載されている。
ただし甲1は、「酵素処理(ペクチナーゼ処理)を行った米粉」が、製パン用の米粉として好適であることを開示することを主眼とする文献である。酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」(本件発明1と同一粒度の米粉)は、「酵素処理(ペクチナーゼ処理)を行った米粉」と比較して製パン原料としては好ましくないと言及されている。「胴搗方式製粉による米粉」はいわゆる「比較例」としての開示されている。
5.原告の主張
「出願前に公知である物質については,新たな用途の使用に適することが見いだされない限り,新規性は認められない。そして,用途発明の新規性を判断する上で,これと対比する発明(引用発明)も,用途発明でなければならず,かつ発明として完成していることが必要である。引用発明が用途発明として完成しているというためには,当業者が反復実施して従来技術以上の優れた効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることが必要である。逆に,引用発明によって得られる効果が従来技術に比べて劣悪な場合には,新たな用途の使用に適することは未だ見いだされていないといわざるを得ず,引用発明としての適格性を欠くというべきである。」
6.裁判所の判断
裁判所は、本件発明1は甲1発明と同一であるとして新規性を否定した審決に誤りはないと判断した。原告の上記主張については以下のように指摘した。
「原告は,新規性を判断する引用発明は,完成した発明でなければならないところ,引用発明は,用途発明として完成しているとはいえないから,新規性を判断する上で対比されるべき引用発明としての適格性を欠くと主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。
すなわち,特許制度は,発明を公開した代償として,一定の期間の独占権を付与することによって,産業の発展を促すものであるから,既知の技術を公開したことに対して,独占権を付与する必要性はないばかりでなく,仮に,そのような技術に独占権を付与することがあるとするならば,第三者から,既知の技術を実施し,活用する手段を奪い,産業の発達を阻害することになる。特許制度の上記趣旨に照らすならば,出願に係る発明が,既に公知となっている技術(引用発明)と同一の構成からなる場合は,当該出願に係る発明は,新規性を欠くものとして,特許が拒絶されるというべきである。原告が主張する引用発明の完成とは,引用発明が従前の技術以上の作用効果を有することを意味するものと解されるが,新規性の有無を判断するに当たって,引用発明として示された既知の技術それ自体が,従前の技術以上の作用効果を有することは要件とすべきではない。
また,出願に係る発明は,特定の用途を明示しているのに対して,引用発明は,出願に係る発明と同一の構成からなるにもかかわらず,当該用途に係る記載・開示がないような場合においては,出願に係る発明の新規性が肯定される余地はある。
しかし,そのような場合であっても,出願に係る発明と対比するために認定された引用発明自体に,従前の技術以上の作用効果があることは,要件とされるものではない。
以上の観点から,以下,本件発明1と甲1発明とを対比する。
(1) 本件発明1は,上記のとおり,米粉の粒度を特定し,粗い粉を一定量含有させたことに特徴がある発明であり,「パン用」という用途の特定はあるものの,用途そのものに格別の特徴を有する発明とまではいえない。
他方,甲1には,前記認定のとおり,米粉により作製したパンは小麦粉により作製したパンに比べて品質が劣ること,従来の方式で製粉された米粉を分級する方式で,パン用として使用することは困難であると思われること,ペクチナーゼ処理をした米の米粉は製パンに適した特性を有するのに対し,篩分によって得た米粉は製パンの適性が低いことなどが記載されている。
また,甲1には,ペクチナーゼ処理をせず篩分により得た微細な米粉はパン用に適さないこと,甲1の特定の条件の下では,小麦粉や,ペクチナーゼ処理をした米の粉により作製されたパンと比較して,篩分によって得た米粉により作製されたパンの方が,外観や食味において劣っていたこと等の記載がある。しかし,甲1は,ペクチナーゼ処理をした米を製粉して得られる米粉がパンの作製に適するとの結論を導くために記述された論文であって,篩分によって得た米粉はパン用に適さないとの上記の記述は,ペクチナーゼ処理により製パン性が向上すること等の結果を示す文脈において,ペクチナーゼ処理をした場合との比較を示した記述といえる。
むしろ,甲1の表2によれば,作製されたパンの外観及び食味について,小麦澱粉が「+++」,ロール製粉の米粉が「― ―」であるのに対し,胴つきの米粉は「+」とされている。また,甲1の研究において使用された米粉は特定されているから,表2の「胴つき製粉」の米粉,「ロール製粉」の米粉は,図3の「胴搗方式製粉による米粉」,「ロール方式製粉による米粉」と同様のものであり,それぞれ図3に示されたのと同様の粒度分布を有するものと推認される。そうすると,図3と表2によれば,本件発明1の数値範囲に含まれる粒度の米粉(「胴つき製粉」の米粉)によって,本件発明1とは異なる粒度の米粉(「ロール製粉」の米粉)よりも外観,食味において優れたパンが製造されたことが示されていると認定できる。
以上によれば,甲1には,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度の米粉を用いてパンを製造する用途が明示的に記載されており,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度のパン用の米粉の発明が記載されているといえる。したがって,甲1発明は,本件発明1の新規性を判断する上で,引用発明としての適格性を欠くと解する余地はない。
(2) また,原告は,甲33,34によれば,甲1発行前にすでに良質の米粉100%の米粉パンが開発されていたから,甲1の酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」は,当業者が反復実施して従来技術以上の優れた効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されているとはいえず,パン用の米粉の発明として未完成であると主張する。
しかし,甲33,34は,その評価の基準が必ずしも甲1と同一ではなく,甲33,34に,米粉によって良質なパンができたことが記載されていたとしても,そのことを理由として,甲1発明が,本件発明1の新規性の有無を判断する前提としての適格性を欠くということはできない。
したがって,甲1には,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度のパン用の米粉に係る発明(甲1発明)が用途とともに記載されているから,本件発明1は,甲1発明と同一であり,新規性を欠くというべきである。」
2011年4月30日土曜日
物の発明の実施可能性を担保するための開示の程度が争われた事例
知財高裁平成23年4月14日判決
平成22年(行ケ)第10247号 審決取消請求事件
1.概要
本願発明は所定の特性により規定された物の発明である。
出願時明細書には、本願所定の特性を有する物の製造方法が記載されている。しかしながら記載された条件の全範囲に亘って本願発明に係る物が製造できるわけではなく、製造のためには当業者による条件調節が行われることが前提である。
特許庁審判体は、所定の特性を有する物を製造するためには当業者にとり試行錯誤が必要であること、製造可能性が保証されていないことを理由として、本願は実施可能要件を満たしていないと判断した。
知財高裁はこの審決を取り消した。技術常識を加味すれば本願明細書の記載から本願発明1の物を製造することができると判断した。
2.本願発明1
「【請求項1】基板上に炭素膜の層を有する電界放出デバイスであって,該炭素膜は電界の影響下で電子を放出し,該炭素膜は,1578cm-1~1620cm-1の範囲のUVラマンバンドを有し,該UVラマンバンドは25cm-1~165cm-1の半値全幅値(FWHM)を有する,電界放出デバイス」
3.裁判所の判断のポイント
「本願発明に係る炭素膜の製造方法について
ア 本願発明に係る炭素膜の構造
本願明細書において,従来技術とされている電界放出デバイスに適用される炭素膜は,「CVDあるいは欠陥補強CVDダイアモンド膜又は主にsp3結合を有するダイアモンド状炭素(DLC)膜」である(【0024】)。「ダイアモンド膜」とは,「ダイアモンド結晶構造を有する膜」であり,「ダイアモンド状炭素(DLC)膜」とは,「sp2とsp3結合が混合したアモルフォス膜」であり,UVラマンスペクトルは,1580~1620cm-1において励起線を示すが,可視ラマンは1580cm-1線(Gバンド)及び1350cm-1線(Dバンド)のいずれをも示さない(【0025】)。
これに対し,本願発明の炭素膜は,従来技術のダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜に比べて,優れた放出特性を示すもので(【0013】),「ダイアモンド状」炭素膜ではなく,また単なる「ダイアモンド」膜でもなく,「アモルフォス,非常に無秩序な黒鉛状炭素,並びにいくらかの不規則なsp3結合炭素及び秩序立ったsp3結合炭素の,独特な組合せからなる」ものである(【0021】)。そして,このような炭素膜は,ダイアモンド/黒鉛状炭素比に関し,可視ラマンスペクトル分光法に比べて極めて感度の高いUVラマンスペクトル分光法によってもダイアモンド成分に特有の1332cm-1のラマン励起線は出現しないか,出現しても小規模であり(【図1】),1578cm-1~1620cm-1の範囲のUVラマンバンドを有し,該UVラマンバンドは25cm-1~165cm-1の半値全幅値(FWHM)を有するものである。
このように,従来技術の炭素膜と本願発明の炭素膜とは,構造及び特性において十分に区別されているということができる。
イ 本願発明に係る炭素膜の製造方法
前記1のとおり,本願明細書には,本願発明の製造工程として,以下の記載がある(【0010】)。
(ア)炭素層は,熱いフィラメントによって補助された化学蒸着(「CVD」)プロセスを用いて堆積し得る。
(イ)基板は,CVD反応器中のホルダー上に載置される。
(ウ)水素ガスが,反応器におよそ10分間未満,流入される。
(エ)次に,メタンのパーセンテージが50%未満である,水素及びメタンの混合物が,反応器の中に1時間未満,流入される。
(オ)上記工程(エ)におけるよりもメタンのパーセンテージが低い,別の水素及びメタンの混合物が,反応器に2時間未満,流入される。
(カ)そして,CVD反応器内において,水素のフローが15分未満行われる。 また,本願明細書には,上記製造工程における製造条件としては,以下のことも記載されている(【0011】【0012】)。
(キ)少量の酸素,窒素,あるはホウ素ドーパントが,ガス流に含まれてもよい。
(ク)フィラメントの温度は,1600℃~2400℃の範囲に設定される。
(ケ)基板の温度は,600℃~1000℃の間に設定されている。
(コ)堆積圧力は,5~300torr の間である。
ウ 本件意見書の記載
原告は,法36条4項違反等を指摘する拒絶理由通知書に対応して,平成21年7月6日,本件意見書を提出した(甲5)。
本件意見書には,本願発明に係る3つの炭素膜を製造した際に用いられたパラメータを記載したランシート及びそれをまとめた【表1】が添付されている。それによれば,サンプル「LJ012397-02-A(図1及び図4)」,サンプル「LJ012797-03-A(図2及び図5)」及びサンプル「FF031497-01-A(図3及び図6)」の3つの炭素膜のサンプルを製造した際,クリーン,シーディング,グロース,エッチングの各ステップにおけるフィラメント温度,基板温度,堆積圧力,ガス混合物が記載され,説明されている。
また,本件意見書には,水素の流速が非常に低くダイアモンド微結晶が非常に小さい場合には,炭素膜がグラファイト膜に近づき,ダイアモンド微結晶が大きくなると,炭素膜の性質がダイアモンド膜に近づくことが,文献を上げて説明されている。
エ 当業者の技術常識
従来のDLC膜は,ダイアモンド構造が多い場合も少ない場合も存在することは,本願明細書にもあるとおり,公知である。このことや,本件意見書中の上記記載によれば,当業者であれば,sp3結合を少なくして1580cm-1近傍のピークの半値幅を小さくする実施条件を,予測することができるものと解される。
オ 小括
以上総合すれば,本願明細書には,本願発明1に係る炭素膜の製造方法が記載されているところ,記載された条件の中で,当業者が技術常識等を加味して,具体的な製造条件を決定すべきものであり,これにより本願発明1に係る炭素膜を製造することは,可能であるというべきである。
本件審決の判断について
ア 本件審決は,①本願発明1で用いられる炭素膜の製造工程は,上記イの(ア)(イ)(エ)が必須の製造工程であるが,同(ウ)(オ)(カ)は選択的なものであること,②本願発明の製造工程は,従来の「ダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜」の製造方法として甲1刊行物及び甲2刊行物に記載されている製造工程と実質的に同じものであり,その製造条件は,従来の「ダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜」の製造方法として上記刊行物に記載されている製造条件を含むから,発明の詳細な説明に記載されている炭素膜の製造工程は,当該製造工程により従来のダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜が製造できても,それを超える本願発明1に係る炭素膜の製造を保証するものではないこと,③炭素膜の製造方法における温度,圧力等の製造パラメータが多数あり,かつ,その数値範囲もCVDダイアモンド膜が製造できる数値を含んでいることから,当業者は,種々の製造パラメータにおける適正な範囲やそれらの組合せ,その他の製造パラメータについて更に特定して,所望の特性を有する炭素膜を製造する方法を見つけ出さなくてはならず,当業者が過度の試行錯誤を強いられること,④したがって,本願発明1の電子放出デバイスが有する「炭素膜」を実施するための製造方法に関して,発明の詳細な説明には,従来のダイアモンド膜を含む一般の「炭素膜」を製造する方法が記載されているにすぎず,請求項1に記載したUVラマンバンドに関する特性を有する特定の炭素膜を実施するための製造方法が,明確かつ十分に記載されているものとはいえないし,本願発明1の「炭素膜」を得るための具体的な製造方法が,当業者の技術常識であったともいえないと判断した。
イ しかしながら,本件審決の上記①ないし③の判断は,以下のとおり,誤りである。
上記①について
本願明細書(【0010】)には,本願発明の製造工程が工程順に記載されているのであるから,当業者は,明細書の記載としては,代表的な製造プロセスの全工程が一体として記載されていると理解するのが通常であると解される。そして,製造工程のうち,上記イの(ウ)(オ)(カ)の工程について,時間の上限のみが言及されているからといって,その工程が省略可能であり,その余の同(ア)(イ)(エ)の工程のみが必須の製造工程であると解することは相当とはいえない。また,本願明細書の記載(【0021】~【0024】【0027】)からは,本願発明の炭素膜は秩序だったsp3結合炭素の領域が非常に小さく,均一に分散しているという特徴的組織構造を有しており,本願明細書の記載(【0010】~【0012】)及び本件意見書(甲5)の上記記載等によると,水素流速を非常に小さくして形成するとダイアモンド微結晶が形成できることが示されており,本願明細書の【0010】ないし【0012】で示された範囲の中でも,ガス濃度を小さくする等の結晶を大きくさせない条件によって,ダイアモンド微結晶が形成できることが示唆されているということができる。
よって,本願明細書【0010】の製造工程中,上記イの(ア)(イ)(エ)のみが必須の製造工程であるとした本件審決の上記①の判断は,誤りである。
上記②について
甲1刊行物は,耐摩耗性,耐熱性及び耐欠損性に優れた工具用ダイアモンドを製造するための方法に関するものである(【0001】)。甲1刊行物には,【請求項1】に記載されるように,多結晶ダイアモンドを気相合成する方法の原料ガスの水素に対する炭素源の濃度を経時的にかつ周期的に変化させる方法が記載されており,実施例として,【0033】及び【0034】のプロセスを繰り返すことが記載されている(【0032】~【0035】)。しかしながら,甲1刊行物は,あくまでもダイアモンド膜の文献であり,形成される炭素膜に関して,X線解析によってより硬く摩耗しにくく劈開しにくい多結晶ダイアモンドを製造するために(【0015】),多結晶ダイアモンドがどのような結晶面を有しているかを分析しているだけであって,アモルフォス部分や非常に無秩序な黒鉛状の部分が混合されている点や,sp2結合状態とsp3結合状態の分布を問題にしている点に関して何ら認識していないものである。たとえ,【0033】【0034】のプロセスのうち一部を取り出せば,本願明細書【0010】ないし【0012】に重複する条件があるとしても,本願発明とは膜構造や特性が異なるダイアモンド膜に関する甲1刊行物によって,UVラマンバンドを特定して,電界放出デバイス特性を向上させた本願発明の記載要件判断における,一般的なダイアモンド状炭素(DLC)膜の製造方法に関する技術水準を認定すること自体,誤りである。
また,甲2刊行物は,多結晶薄膜ダイアモンドを形成する薄膜ダイアモンドの製造方法に関するものである。甲2刊行物には,ダイアモンドの硬度,熱伝導率,透光性,耐熱性を利用した半導体分野での応用を前提として発明がされていること(【0001】~【0003】),ダイアモンド結晶合成時の核発生密度を高めることで緻密な薄膜ダイアモンドを実現し,薄膜ダイアモンドと基板との界面での応力緩和を課題としていること(【0008】)が記載されており,水素-メタン混合ガスを用いた合成条件が開示されている(【0048】)。しかしながら,甲2刊行物は,フッ酸を含む電解液中での陽極化成処理で基板表面に多孔質層を形成して格子歪みを導入した後,薄膜ダイアモンドを気相合成して,できるだけ多くの核発生を生じさせ,最終的に連続膜を形成することを目的としたものであり(【請求項1】【0051】),アモルフォス部分や非常に無秩序な黒鉛状炭素の部分が混
合されている点や,sp2結合状態とsp3結合状態の分布を問題にしている点に関して何ら認識していない。たとえ,【0048】のプロセスのうち一部を取り出せば,本願明細書【0010】ないし【0012】に重複する条件があるとしても,本願発明とは膜構造や特性が異なるダイアモンド膜に関する甲2刊行物によって,UVラマンバンドを特定して,電界放出デバイス特性を向上させた本願発明の記載要件判断における,一般的なダイアモンド状炭素(DLC)膜の製造方法に関する技術水準を認定すること自体,誤りである。
なお,被告は,炭素膜についての実施可能要件を論ずるに当たっては,請求項1で特定された炭素膜の材質,構造あるいは製造方法の異同が本質といえるものであって,その用途の相違は格別問題とならないと主張する。しかし,対象としている用途が異なることに起因して着目している炭素膜の構造や特性が異なっており,本願発明では,アモルフォス構造等の中に秩序立ったsp3結合炭素(ダイアモンド構造)を非常に少量,均一性をもって分散させることに着目するのに対し,甲1刊行物及び甲2刊行物は,均一な多結晶ダイアモンド層を形成することに着目していることからみて,膜構造について着目している点がそもそも異なり,かつ,実際の膜構造も異なっているのであるから,甲1刊行物及び甲2刊行物を実施可能要件判断のための技術水準の認定に用いることは,相当でない。
よって,甲1刊行物及び甲2刊行物に基づき技術水準の認定をした本件審決の上記②の判断は,誤りである。
上記③について
なお,本件審決の上記③の判断は,全てのパラメータの開示が必要であることを述べたものではなく,炭素膜の形成に影響を及ぼす他のパラメータの存在を指摘して,開示条件の記載が少ないことを指摘したものにすぎないと解される。そして,被告が主張するような無数の試行錯誤があるわけではなく,当業者にとって過度な試行錯誤とまではいえない。
被告の主張について
ア 被告は,当業者が,一般的なダイアモンド状炭素(DLC)膜の製造方法の域を出ていない本願明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明1に係る「電界放出デバイス用炭素膜」を製造できることが保証されることにはならないと主張する。
しかし,本願明細書に記載された複数の条件の全範囲で,本願発明が製造できる必要はなく,技術分野や課題を参酌して,当業者が当然行う条件調整を前提として,【0010】ないし【0012】に記載された範囲から具体的製造条件を設定すればよい。
イ 被告は,本件意見書に添付したランシートに記載された3つのサンプルについて,4つの製造条件(パラメータ)がカバーする範囲は,本願明細書の発明の詳細な説明(【0010】~【0012】)に記載された製造条件(パラメータ)の範囲の一部分でしかないと主張する。
しかし,本来,物の発明において,適用可能な条件範囲全体にわたって,実施例が必要とされるわけではない。物の発明においては,物を製造する方法の発明において,特許請求の範囲に製造条件の範囲が示され,公知物質の製造方法として,方法の発明の効果を主張しているケースとは,実施例の網羅性に関して,要求される水準は異なるものと解される。
なお,本件意見書のランシートに記載された3つのサンプルは,本願明細書(【0010】~【0012】)で示された範囲のうち,偏った部分の具体例,すなわち,メタン濃度が低く,流入時間が短い部分の具体例,基板温度も低い部分の具体例,堆積圧力も低い部分の具体例であるといわざるを得ない。しかしながら,本願発明が,「薄く(300ナノメートル未満),アモルフォス,非常に無秩序な黒鉛状炭素,並びにいくらかの不規則なsp3結合炭素及び秩序立ったsp3結合炭素の,独特な組合せからなっている炭素膜」(【0021】)という目標構造を持っている以上,膜厚の大きな,結晶性の高い膜を得るためには,原料ガスを十分に供給して,基板温度を上げて結晶性を高めることが一般的膜形成の技術常識というべきであるから,これは予測可能な結果であるということができる。
そして,クリーニングやエッチングを行う前提で,結晶核を形成する段階(シーディング工程)ではメタン濃度をある程度高くし,発生した結晶核を成長させる段階(グロース工程)では,メタン濃度を下げるという方法で,本件意見書(甲5)のランシートのサンプル(LJ012397-02-Aの試料)が製造できたのであり,最終目標とする炭素膜の構造である無秩序なマトリックス内に秩序立ったsp3結合炭素が均一に少量存在するというものの製造方法ということができる。
以上のとおり,本願明細書【0010】ないし【0012】の条件範囲は,製造可能なパラメータ範囲を列挙したと捉えるべきで,当業者は具体的な製造条件決定に際しては,技術常識を加味して決定すべきものである。」
2011年4月10日日曜日
最近読んだ雑誌記事10
吉田広志「特許法17条の2第5項の加重要件に関する裁判例の研究と提言」, 知財管理,Vol.59, No.2, p.145-166, 2011
限定的減縮、独立特許要件違反の補正却下等の難しい論点について詳細に検討されています。
最近読んだ雑誌記事9
特許第2委員会第5小委員会「無効審判手続き中の訂正請求について」, 知財管理,Vol.61, No.3, p.363-368, 2011
無効審判と訂正請求との関係について概説されています。
最近読んだ雑誌記事8
小松陽一郎, 藤野睦子「後出しされた実験結果を参酌した上で進歩性を肯定した事例-日焼け止め剤組成物事件-」, 知財管理,Vol.61, No.3, p.317-329, 2011
2011年4月2日土曜日
用途の同一性が争われた事例
知財高裁平成23年3月23日判決
平成22年(行ケ)第10256号審決取消請求事件
1.概要
本事例では、無効審判審決において特許庁審判体は用途の新規性を肯定し、知財高裁は用途の新規性を否定した。
知財高裁は、用途発明の同一性を判断する際の判断基準を以下のとおり示した。
「物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。」
審判体と裁判所の判断を以下に紹介する。
2.本件特許発明
【請求項1】
A ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,シクロデキストリン,アミノペクチン,又はメチルセルロースの存在下で
B 金属塩還元反応法により調整され,
C 顕微鏡下で観察した場合に粒径が6nm 以下の白金の微粉末からなる
D スーパーオキサイドアニオン分解剤。
3.審決の理由
審決は,本件特許発明は,甲1(特開2002-212102号公報)及び甲2(特開2001-122723号公報)記載の発明と同一ではなく,また,甲1,2及び甲3(高分子論文集 Vol.57,No.6,pp346-355(2000)「高分子保護貨幣金属ナノクラスターの調製と機能」)の記載及び本件優先日当時の当業者の技術常識を考慮しても,当業者が容易に想到できたものとは認められないから,本件特許を無効とすることはできないとするものである。
3.1.甲1の記載
白金微粉末に関するもの(構成A~Cに関するもの)として,(a)コロイド中の白金粒子が,単一粒子で10nm 以下で,その単一粒子が鎖状になった凝集粒子が150nm オーダー以下で分散している白金コロイド溶液であって,たとえば,金属塩還元法(特に,特願平11-259356号に記載の方法)により製造されるもの,及び,(b)具体例として,『しんくろ』と名づけられた白金コロイド溶液であり,金属塩還元法によって製造され,凝集粒子径(鎖状)が4~8nm の白金凝集粒子を含むものが記載されており,また,白金微粉末の性質ないし用途に関するもの(構成Dに関するもの)としては,金属塩還元法,とりわけ,特願平11-259356号に記載の方法によって得られた金属微粒子(コロイド)(Pt・Pd コロイド)の性質として,(c)過酸化水素水の分解反応を触媒すること,及び,上記(b)の白金微粉末の性質として,(d)上記(1―5)に記載されるような各種病気(判決注・リュウマチ,胆嚢・ポリープ,低血圧,腎臓病,肝臓病,アトピー,生理不順,肥満,糖尿病,食欲不振,高血圧,リンパ球ガン,子宮ガン,肝臓ガン,C肝炎,膠原病,神経痛,腸閉塞,腎盂炎,腎不全,肺気腫,胃酸過多,腕のしびれ,慢性鼻炎,口内炎,脳梗塞,血栓症,自律神経失調症,生理痛,直腸ガン,胃潰瘍等)の症状改善に効果がある。
3.2.用途限定(構成D)に関する審決の判断
「本件特許発明の要件Dは、「スーパーオキサイドアニオン分解剤」であるのに対し、甲第1号証には、上述のように、(c)過酸化水素水の分解反応を触媒すること(上記(1-3))、及び、(d)上記(1-5)に記載されるような各種病気の症状改善に効果があることが記載されているのみであり、スーパーオキサイドアニオンの分解に関する記載はないから、少なくとも形式的には、甲第1号証には、要件Dは記載されていない。
また、上記(c)については、過酸化水素とスーパーオキサイドアニオンがいずれも活性酸素の一種であるということができても、乙第1号証には、「個性豊かな四つの活性酸素」という項において、「a.スーパーオキシドイオン」と「b.過酸化水素」は別の項目で説明されており、このうち、スーパーオキサイドアニオンは、「O2-はラジカルで、しかも陰イオン(アニオンともいう)であり、多様な反応性を示します(図7)。」(13頁、9~10行)と記載され、図7には、ラジカルとしての反応性として、塩基触媒反応、求核置換反応及び求核付加反応の例が、また、アニオンとしての反応性として、水素引き抜き反応、一電子酸化反応、一電子還元反応及び不均化反応の例が記載されているのに対し、過酸化水素については、「過酸化水素(H2O2)は不対電子を持っておらず(図6)、したがってO2-や・OHと異なってラジカルではありません。しかしながら、わずかなきっかけで・OHを生成するというとても不安定な性質をもっているために活性酸素の仲間に入れられています。・・・過酸化水素そのものの酸化力は大きくありません。むしろ、過酸化水素は・OH、HO2・(ヒドロキシペルオキシラジカル、O2-の水素イオンがついたもの)源として重要です。過酸化水素が種々の菌を殺す殺菌効果があるというのも、過酸化水素分子自身がその作用を行うというよりも、それが分解して・OHを生成し、それが真の反応種となっている場合の方が多いともいわれています。過酸化水素は、ヒトの細胞の中にある鉄イオンや銅イオンと反応して・OHを生成します。」(17頁5~16行)と記載され、この記載によると、両者は、異なる反応性を有する化学物質であると認識されていたものと認められる。また、乙第1号証の30頁2~8行に、「最近、生物の寿命とSOD活性能力(すなわち、体重1グラム当たり同じエネルギーを生み出すのにどれだけのSODが関与しているかを表す)との相関性が認められています。・・・SOD活性が高いほど活性酸素の消去が早く、寿命を伸ばすはたらきがあることがわかります。」と記載されているように、スーパーオキサイドアニオンの代表的なスカベンジャーであるSODについての生物学的な意義が認識されている。つまり、SODの基質であるスーパーオキサイドアニオンについての生物的な意義が認識されているということができる。さらに、二酸化マンガンのように、過酸化水素の分解を触媒するが、スーパーオキサイドアニオンに触媒的な分解作用を発揮しないものや、カテキンのように、スーパーオキサイドアニオンに対して分解活性を示すが、過酸化水素には分解活性を示さない(乙14参照)ものが存在するという事実も、過酸化水素分解作用とスーパーオキサイドアニオン分解作用は別のものであることを示している。
したがって、スーパーオキサイドアニオンの分解と、過酸化水素の分解とは、実質的に同一のものということはできない。
次に、上記(d)については、甲第1号証に記載された各症状の改善とスーパーオキサイドアニオンの分解作用とを関連づける記載は、甲第1号証にはなく、また、これらの症状が改善したことから直ちに、白金微粉末がスーパーオキサイドアニオン分解作用を有するといえるとの技術常識が存在したものとも認められない。
続いて、請求人が、本件特許発明の基礎になっている「スーパーオキサイドアニオン分解作用」について、『これが未知の属性であったと仮定しても、本件特許はこの属性に基づく新たな用途を何ら提供するものではない。』とも主張するので、この点について検討する。
まず、本件特許発明に係る「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、請求項には、使用態様や具体的な用途について特段の限定がないので、本件特許明細書に記載された用途のみならず、スーパーオキサイドアニオン分解作用に関する、本件優先日当時における当業者に周知の知見から自明な用途に使用するものも包含するものと認められる。
そうすると、本件特許明細書には、「本発明の分解剤は、活性酸素に起因するとされる前記の疾病、特に筋萎縮性側索硬化症(FALS)などの予防又は治療に有効であると期待される。また、還元水の形態として提供される本発明の分解剤は、健康食品としての飲料水又はスポーツドリンクとして用いることができ、それ自体を医薬又は化粧料として使用できるほか、健康食品の製造や医薬又は化粧料などの製造に用いることもできる。」(段落【0021】)と記載されているが、これらのみならず、「スーパーオキサイドアニオン分解剤」という発明が提供する用途は、スーパーオキサイドアニオン分解作用という属性から、本件優先日当時における当業者にとって自明な用途にも及ぶものと認められる。
そして、本件特許発明の「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、医薬分野における各種用途の他、(i)飲食物中の過酸化水素発生抑制のための適用(乙第9,10号証)、(ii)油脂の酸化防止のための適用(乙第11号証)、(iii)ポリマーの光分解防止のための適用(乙第12号証)、(iv)二酸化チタンから生成するスーパーオキサイドアニオン消去のための適用(乙第13号証)等への使用可能性を有しているものと認められるので、請求人の『これが未知の属性であったと仮定しても、本件特許はこの属性に基づく新たな用途を何ら提供するものではない。』との主張は採用できない。
この点に関し、請求人は、『被請求人が上申書にて主張する「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の個別具体的な用途は、(1)甲第1号証に記載の用途と区別不可能な用途、(2)本件特許明細書に何ら記載も示唆もされておらず、出願時の技術水準を考慮しても自明とはいえない用途、(3)本件特許発明の剤により、当該用途に用い得るか否かが、本件特許明細書の記載並びに出願時の技術水準を組み合わせても不明である用途のいずれかの一以上に該当し、何ら新たな用途を提供するものではない』と主張する。
請求人は、このうち、(2)に該当するものとして、(ii)油脂の酸化防止のための適用、(iii)ポリマーの光分解防止のための適用、及び、(iv)二酸化チタンから生成するスーパーオキサイドアニオン消去のための適用を指摘するが、乙第11~13号証には、スーパーオキサイドアニオンが、油脂の酸化劣化を促進すること(乙第11号証)、ポリマーの光分解及び進行の過程でスーパーオキサイドアニオンが生成すること(乙第12号証)及び、二酸化チタンを日焼け止め剤として使用する際には、スーパーオキサイドアニオンが皮膚に酸化的損傷を与えること(乙第13号証)がそれぞれ記載されていることから、本件特許発明に係るスーパーオキサイドアニオン分解剤を、(f)~(h)のような、食品分野、工業分野又は化粧品分野へ使用できるものと、本件優先日当時の当業者が認識できたものと認められる。
また、請求人は、(3)に該当するものとして、医薬分野における各種用途として挙げられたもののうち、SOD様物質としての適用、フリーラジカルによって引き起こされる疾病の予防又は治療のための適用、及び、炎症抑制のための適用を指摘するが、これらについても、乙第3~8号証の記載から、スーパーオキサイドアニオン分解作用と、上記用途への適用を関連づけることは可能であると認められる。
したがって、本件特許発明の「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、(1)のように、甲第1号証に記載された用途と重複する用途が存在するとしても、(2)及び(3)のように、甲第1号証に記載された用途とは異なる新たな用途を提供するものと認められるので、この点に関する請求人の主張は採用することができない。」
4.裁判所の判断のポイント
「当裁判所は,下記の事実関係を総合すれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえず,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎず,本件特許発明は,甲1の記載と実質的には同一のものであって,新規性を欠くことになるから,これと異なる審決の認定,判断には誤りがあると解する。」
「(1) 一般に,公知の物は,特許法29条1項各号に該当するから,特許の要件を欠くことになる。しかし,その例外として,①その物についての非公知の性質(属性)が発見,実証又は機序の解明等がされるなどし,②その性質(属性)を利用する方法(用途)が非公知又は非公然実施であり,③その性質(属性)を利用する方法(用途)が,産業上利用することができ,技術思想の創作としての高度なものと評価されるような場合には,単に同法2条3項2号の「方法の発明」として特許が成立し得るのみならず,同項1号の「物の発明」としても,特許が成立する余地がある点において,異論はない(特許法29条1項,2項,2条1項)。もっとも,物に関する「方法の発明」の実施は,当該方法の使用にのみ限られるのに対して,「物の発明」の実施は,その物の生産,使用,譲渡等,輸出若しくは輸入,譲渡の申出行為に及ぶ点において,広範かつ強力といえる点で相違する。このような点にかんがみるならば,物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。
以上に照らして,本件特許発明の新規性の有無について検討する。
(2) 前記1のとおり,本件補正明細書には,以下の記載がある。すなわち,①「背景技術」として,スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種(ラジカル)が生体内で生体制御に関与していると言われていること,活性酸素が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が挙げられ,ヒトの病気の90%には何らかのかたちで過剰状態の活性酸素が関与していると言われていること,②本件特許発明の「解決課題」として,生体内で生成する活性酸素のうちO2-(スーパーオキサイドアニオン)等を効率よく消失させ,生体内におけるこれらの活性酸素の過剰状態を解消するための手段を提供することを目的としていること,③本件特許発明の「課題解決手段」として,白金微粉末等の微粉末は,生体内においてスーパーオキサイドアニオンを分解できること,④実施例及び実験結果を示した上,白金微粉末等の微粉末それ自体を,医薬又は化粧料として使用できるほか,健康食品の製造や医薬又は化粧料などの製造に使用することもできるとしていること,⑤本件特許発明の「産業上の利用可能性」として,本件発明のスーパーオキサイドアニオン分解剤を,生体に投与することにより,生体内の過剰なスーパーオキサイドアニオンを分解することができること等が記載されている。
他方,甲1には,前記のとおり,構成AないしCを充足する白金微粉末として,(a)コロイド中の白金粒子が,単一粒子かつ10nm 以下で,その単一粒子が鎖状になった凝集粒子が150nm オーダー以下で分散している白金コロイド溶液であって,たとえば,金属塩還元法(特に,特願平11-259356号に記載の方法)により製造されるもの等があること,白金微粉末を体内に取りいれる方法が示されていること,白金微粉末の上記方法は,各種病気の症状改善に効果があること等が記載,開示されている。
(3) 本件特許発明の構成AないしC記載の白金の微粉末は,甲1の白金微粉末を含んでいるから,公知の物質であるといえる(この点,当事者間に争いはない。なお,本件特許発明記載の白金の微粉末は,甲1を示すまでもなく,物質として公知である。)。
そして,本件補正明細書の記載によれば,①スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が存在すること,②構成AないしCに該当する白金微粉末には,スーパーオキサイドアニオンを分解できる属性を有することが確認されたことが記載されている。また,特許請求の範囲の記載によれば,本件特許発明は,構成AないしCに該当する白金微粉末を,「医薬品」「健康食品」又は「化粧品」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されたのではなく,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されている。
他方,甲1には,構成AないしCに該当する白金微粉末は,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎などの予防又は治療に有効であると期待されていること,そのような効果を期待して,水溶液として,体内に投与する方法が示されていることが記載され,同記載によれば,そのような使用方法は,公知であることが認められる。そうすると,甲1には,白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する作用が明示的形式的に記載されていないものの,従来技術(甲1)の下においても,白金微粉末を上記のような方法で用いれば,スーパーオキサイドアニオンが分解されることは明らかであり,白金微粉末によりスーパーオキサイドアニオンが分解されるという属性に基づく方法が利用されたものと合理的に理解される(甲24参照)。
以上によれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえないのであって,せいぜい,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎないといえる。すなわち,構成Dは,白金微粉末の使用方法として,従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示とはいえない。
これに対し,被告は,本件発明は,白金微粉末における,新たに発見した属性に基づいて,同微粉末を「剤」として用いるものである以上,新規性を有すると主張する。しかし,確かに,一般論としては,既知の物質であったとしても,その属性を発見し,新たな方法(用途)を示すことにより物の発明が成立する余地がある点は否定されないが,本件においては,新規の方法(用途)として主張する技術構成は,従来技術と同一又は重複する方法(用途)にすぎないから,被告の上記主張は,採用の限りでない。本願審査の段階において,還元水としての用途については,削除されたものと認められる(甲21参照)が,そのような限定が付加されたとしても,従来技術を含む以上,本件特許発明の新規性が肯定されるものとはいえない。」
2011年3月21日月曜日
進歩性を否定する場合に引用発明を組合せることの示唆、動機付けが明らかにされる必要があると判断された事例
平成22年(行ケ)第10273号審決取消請求事件
1.概要
引用発明1において引用発明2のインク(塗料)を適用することにより本願発明を完成させることは当業者が容易に想到できるとした拒絶審決が取り消された。
組み合わされる構成要件が周知技術でない限り、組み合わすことの示唆、動機付け等が示される必要があると裁判所は判断した。
2.本願発明の要旨
平成22年4月22日付けの手続補正書(甲5)により補正された特許請求の範囲の請求項1に係る本願発明は,以下のとおりである。
【請求項1】
「少なくとも下記手段及び装置を具えた外観検査装置を用いて,アルミニウム箔製包装体を製造する際に用いるアルミニウム箔であって,該アルミニウム箔は,その本体表面に,文字や図柄などの表示が印刷されてなり,該表示は,樹脂ワニスに顔料を添加してなる印刷インキを用いて印刷することによって形成されたものであり,該顔料は,顔料本体表面が合成樹脂膜によって被覆されていることを特徴とする赤外線透過性に優れた表示を印刷してなる包装用アルミニウム箔。」
3.審決の理由の要点
(1) 本願発明は,引用例1(特開2003-215047号公報,甲1)に記載された発明(引用発明1)及び引用例2(特開平9-249821号公報,甲2)に記載された発明(引用発明2)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(2) 引用発明1及び2の内容,本願発明と引用発明1との一致点及び相違点並びに相違点についての判断は,次のとおりである。
【引用発明1】
「外観検査装置を設けたPTP包装機で製造されるPTPシートであって,PTPシートは,錠剤を収容する複数のポケット部が形成された包装用フィルム3とアルミニウム製のカバーフィルム4とを有し,カバーフィルム4には,赤外光に対し透過性を有するインクを用いて記号等からなる識別情報としての印刷部9が設けられており,外観検査装置は,赤外光を照射できる照明手段21,照明手段21から照射される赤外光の波長領域に感度を有する撮像手段22及び撮像手段22から出力される映像信号を処理する画像処理装置23を備え,PTPシートに赤外光を照射した際の反射光として撮像された画像に基づいて,カバーフィルム4及び印刷部9の明度よりも低く,かつ,異物の明度よりも高い閾値δ2を用い,カバーフィルム4上の異物を判定する,外観検査装置を設けたPTP包装機で製造されるPTPシート。」
【引用発明2】
「反応性水可溶樹脂で被覆した,分散性が良好な被覆顔料を樹脂ワニスに添加してなる油性塗料。」
【引用発明1と本願発明との一致点】
「少なくとも下記手段及び装置を具えた外観検査装置を用いて,アルミニウム箔製包装体を製造する際に用いるアルミニウム箔であって,該アルミニウム箔は,その本体表面に,文字や図柄などの表示が印刷されてなり,該表示は,印刷インキを用いて印刷することによって形成されたものであり,赤外線透過性に優れた表示を印刷してなる包装用アルミニウム箔。
記
(1)アルミニウム箔に対して赤外線を含む光を照射する照明手段
(2)赤外線に感度を有し,前記照明手段により照射された面を撮像する撮像手段
(3)撮像手段から出力される映像信号を処理する画像処理装置」
【本願発明と引用発明1との相違点】
本願発明の印刷インキは,樹脂ワニスに顔料を添加してなり,該顔料は,顔料本体表面が合成樹脂膜によって被覆されているのに対して,引用発明1のインクはそのようなものでない点。
【相違点についての判断】
引用発明1では,赤外光に対し透過性を有するインクを用いて印刷部9を設けることにより,印刷部9とカバーフィルム4自体との明度差を小さくしているが,赤外光に対し格別に優れた透過性を有するインクを用いなくても,閾値δ2を適当な値に設定すれば,カバーフィルム4上の異物を印刷部9と区別して判定することができることは明らかである。一方,引用発明2は,「塗料」であるが,そもそも「塗料」と「インク」は厳密に区別されるものではなく,例えば,金属板の上に盛るように付着させる場合は「塗料」と呼び,紙に染みこませる場合は「インク」と呼ぶとしても,材料自体に本質的な相違がない場合が多く,引用発明2の塗料はアルミニウム箔の表面に印刷するときにも使用できることは,容易に推察される。したがって,引用発明1のインクに代えて,引用発明2の塗料を用いること,すなわち上記相違点は,当業者が容易に想到し得たことである。
4.裁判所の判断
「取消事由1(引用発明2を引用発明1に適用した誤り)について
(1) ・・・・・審決の上記判断には,以下に説示するとおり,引用発明1に対して,引用発明2の構成,すなわち,「反応性水可溶樹脂で被覆した,分散性が良好な被覆顔料を樹脂ワニスに添加してなる油性塗料」を適用し得るための動機付けが示されておらず,当業者が,引用発明2を引用発明1に適用し得るとすることは,誤りといわなければならない。
(2) まず,引用発明1は,前記第2の3(2)の【引用発明1】,【引用発明1と本願発明との一致点】及び引用例(甲1)の記載によれば,以下のとおりと認められる。
すなわち,引用発明1は,PTPシートの製造に際して,赤外光を照射することにより,アルミニウム製のカバーフィルムの印刷部上にある異物をも判別できることを技術課題の1つとして,赤外光に対し透過性を有するインクを用いて記号等からなる識別情報としての印刷部を設け,赤外光を照射した際の反射光において,印刷部とカバーフィルム自体との明度差を極めて小さくし,さらに,第2の閾値δ2をカバーフィルムの明度より若干低い値に設定するという構成を採用することにより,印刷部の存在の有無に関係なく,印刷部のみが無視されてカバーフィルム上の異物が判定できるという作用効果を達成したものと認められる。
これに対し,審決は,上記のとおり,「赤外光に対し格別に優れた透過性を有するインクを用いなくても,閾値δ2を適当な値に設定すれば,カバーフィルム4上の異物を印刷部9と区別して判定することができることは明らかである。」と述べるところ,赤外光に対し透過性を有するインクを用いない場合には,印刷部の明度が一定程度低下し,印刷部上に印刷部と同程度の明度を有する異物が存するときには,当該異物が判定できないこととなる(異物の明度が既に判明している場合には,その明度より高く,かつ,印刷部の明度より低く閾値δ2を設定すれば異物が判定できるが,そのような場合が一般的であると解することはできない。)。したがって,審決の上記説示は,引用発明1の技術課題が解決できない従来技術を示したものにすぎず,引用発明1に対して引用発明2の構成を適用することについての動機付け等を明らかにするものではない。
(3) また,審決は,上記のとおり,「引用発明2は,「塗料」であるが,そもそも「塗料」と「インク」は厳密に区別されるものではなく,例えば,金属板の上に盛るように付着させる場合は「塗料」と呼び,紙に染みこませる場合は「インク」と呼ぶとしても,材料自体に本質的な相違がない場合が多く,引用発明2の塗料はアルミニウム箔の表面に印刷するときにも使用できることは,容易に推察される。」と述べるところ,この説示は,「塗料」と「インク」とが厳密に区別されるものではなく,本質的な相違がない旨を述べるだけであり,仮に,「塗料」と「インク」が区別されず,また,引用発明2の塗料がアルミニウム箔の表面の印刷に使用できるとしても,それはただ単に,引用例2がアルミニウム箔に使用できる可能性のあるインクを開示しているにすぎない。引用例2には,当該塗料が赤外光に対する透過性に優れることは記載されておらず,引用発明2の「塗料」を引用発明1の「インク」として使用することが示唆されているということにはならない。
そもそも,「塗料」又は「インク」に関する公知技術は,世上数限りなく存在するのであり,その中から特定の技術思想を発明として選択し,他の発明と組み合わせて進歩性を否定するには,その組合せについての示唆ないし動機付けが明らかとされなければならないところ,審決では,当業者が,引用発明1に対してどのような技術的観点から被覆顔料を使用する引用発明2の構成が適用できるのか,その動機付けが示されていない(当該技術が,当業者にとっての慣用技術等にすぎないような場合は,必ずしも動機付け等が示されることは要しないが,引用発明2の構成を慣用技術と認めることはできないし,被告もその主張をしていない。)。
(4) この点について,被告は,引用例2の段落【0006】の記載を根拠に,色相,着色力及び分散性に優れているのが好ましいことは,インキや塗料の顔料について一般的にいえることであり,引用発明1のインクについてもあてはまることであるから,引用発明1のインクとして引用発明2の油性塗料を適用してみようという程度のことは,当業者が容易に考えつくことであると主張する。
確かに,インクや塗料において,色相,着色力及び分散性に優れているのが一般的に好ましいと解されるところ,それに応じて,色相,着色力,分散性などのいずれかに優れていることをその特性として開示するインクや塗料も,多数存在すると認められるのであり,その中から,上記の一般論のみを根拠として引用発明2を選択することは,当業者が容易に想到できるものではない。」