2013年2月26日火曜日

実施可能要件違反の無効審決が取り消された事例


知財高裁平成25年1月31日判決

平成24年(行ケ)第10020号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は、原告が有する特許権が無効であると判断した無効審決に対する審決取消訴訟において、知財高裁が無効審決を取り消した事例である。

 化学分野における実施可能要件欠如等が争われた。裁判所は、物を製造することができるかどうかを明細書の開示だけではなく技術常識を考慮して判断し、実施可能要件は満たされると結論付けた。

 原告が提出した本件出願後における実験結果の報告も技術常識を裏付ける判断材料とされた。

 

2.本件発明

【請求項1】蛍光体を含む蛍光体層と発光素子とを備え,前記発光素子は,360nm以上500nm未満の波長領域に発光ピークを有し,前記蛍光体は,前記発光素子が放つ光によって励起されて発光し,前記蛍光体が放つ発光成分を出力光として少なくとも含む発光装置であって,/ 前記蛍光体は,/Eu2+で付活され,かつ,600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有する窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体と,/Eu2+で付活され,かつ,500nm以上600nm未満の波長領域に発光ピークを有するアルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体とを含み,/前記発光素子が放つ光励起下において,前記蛍光体の内部量子効率が80%以上であることを特徴とする発光装置(以下,「Eu2+で付活され,かつ,600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有する窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体」を「本件構成1」と,「Eu2+で付活され,かつ,500nm以上600nm未満の波長領域に発光ピークを有するアルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体」を「本件構成2」と,「前記発光素子が放つ光励起下において,前記蛍光体の内部量子効率が80%以上である」構成を「本件構成3」という。)

 

 本件構成1の蛍光体は「赤色蛍光体」である。

 本件構成2の蛍光体は「緑色蛍光体」である。

 

3.実施可能要件に関する争点

 本件構成3(前記発光素子が放つ光励起下において,前記蛍光体の内部量子効率が80%以上である)が、赤色蛍光体および緑色蛍光体がそれぞれ「内部量子効率が80%以上」ということを意味するのか(解釈1)、赤色蛍光体および緑色蛍光体が組み合わされた蛍光体が全体として「内部量子効率が80%以上」であることを意味するのか(解釈2)争いがある。

 無効審決では解釈1を採用した。そのうえで、緑色蛍光体については内部量子効率が80%以上である実施例が記載されているが、赤色蛍光体については内部量子効率は実施例においても80%未満であり、当業者は本件構成3を満足する赤色蛍光体を製造することはできないので本件は実施可能要件を満足しない、と判断した。

 一方、原告(特許権者)は、当業者であれば技術常識に基づいて内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体を得ることは容易であると主張した。このことを裏付ける証拠として出願後の報告を提出した。

 

4.明細書の開示

「実施例3では,最大内部量子効率60%のSrAlSiN3:Eu2+の赤色蛍光体と,同97%の(Ba,Sr)2SiO4:Eu2+の緑色蛍光体と,同約100%のBaMgAl10O17:Eu2+の青色蛍光体の3種類を重量割合約6:11:30で混合して蛍光体層を形成する。SrAlSiN3:Eu2+の赤色蛍光体は,製造条件が未だ最適化されていないために,内部量子効率は低いが,今後製造条件の最適化により,1.5倍以上の内部量子効率の改善が可能である(【0127】)。」

 

5.裁判所の判断のポイント

「(1) 実施可能要件について

・・・・物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について上記の実施可能要件を充足するためには,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

(2) 本件明細書の開示内容について

ア 本件審決は,本件構成3について,個々の蛍光体の内部量子効率がそれぞれ80%以上であることを要するとした上で,本件明細書の発明の詳細な説明には,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体が開示されていないとする。

 確かに,前記2(2)アのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体として使用できる具体的な物質が,内部量子効率を含む各特性を含めて記載されているところ,本件明細書に開示されている緑色蛍光体の内部量子効率は80%以上であるが,赤色蛍光体の内部量子効率は80%未満であり,したがって,本件明細書には,内部量子効率が80%以上の緑色蛍光体については記載されているが,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体については,直接記載されていないというほかない。

 しかしながら,前記1(8)のとおり,本件明細書には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体の製造方法について,その原料,反応促進剤の有無,焼成条件(温度,時間)なども含めて具体的に記載されているのみならず,赤色蛍光体の製造方法については,本件出願時には製造条件が未だ最適化されていないため,内部量子効率が低いものしか得られていないが,製造条件の最適化により改善されることまで記載されているものである。そうすると,研究段階においても,赤色蛍光体について60ないし70%の内部量子効率が実現されているのであるから,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が高いものを得ることができることが記載されている以上,当業者は,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が80%以上の高い赤色蛍光体が得られると理解するものというべきである。

イ 証拠(甲5,12~17)によれば,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化として,結晶中の不純物を除去すること,結晶格子の欠陥を減らすこと,結晶粒径を制御すること,発光中心となる付活剤の濃度を最適化すること等により,蛍光体の効率を低下させる要因を除去することは,本件出願時において当業者に周知の事項であったと認められる。

 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に内部量子効率が80%未満の赤色蛍光体が記載されているにすぎなかったとしても,当業者は,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化を行うことにより,赤色蛍光体についても,その内部量子効率が80%以上のものを容易に製造することができるものと解される。実際,証拠(甲18)によれば,本件出願後ではあるが,平成18年3月22日,内部量子効率が86ないし87%のCaAlSiN3:Euの赤色蛍光体が製造された旨が発表されたことが認められる。

ウ 以上によると,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造することができる程度の開示が存在するものというべきである。」

2013年2月4日月曜日

間接侵害成立が認められた事例

大阪地裁 平成25年1月17日判決
平成23年(ワ)第4836号 特許権侵害差止等請求事件

1.概要
 本事例は特許権侵害訴訟において間接侵害が成立すると判断された事例である。
 被告が製造販売する(業として実施する)各製品は「二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット」である。
 被告製品(キット)を購入した需要者は、被告製品のキットから最終産物である「二酸化炭素含有粘性組成物」を調製して使用する。需要者の行為は「業として」の行為ではない。
 原告が有する特許権の本件特許発明1は「二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット」である。裁判所は被告製品が本件特許発明1の直接侵害に該当すると判断した。
 原告が有する特許権の本件特許発明7は「請求項1~5のいずれかに記載のキットから得ることができる二酸化炭素含有粘性組成物を含む部分肥満改善用化粧料。」である。
 本事例において裁判所は、被告による被告製品(キット)の製造販売は、本件特許発明7の間接侵害行為に当たると判断した。

 特許法101条1号及び2号に規定されている間接侵害行為は次の通り
一 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ用いる物の生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
二 特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

 条文の文言から明らかな通り、間接侵害品(キット)の業としての実施行為が間接侵害に該当するとされているだけであり、間接侵害品(キット)を用いて、物クレームに係る最終製品を生産する行為が「業として」行われることは要求されていない。

2.本件発明
本件特許発明1(請求項1)
「部分肥満改善用化粧料,或いは水虫,アトピー性皮膚炎又は褥創の治療用医薬組成物として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって,
1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤の組み合わせ;又は
2)炭酸塩及び酸を含む複合顆粒(細粒,粉末)剤と,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせ
からなり,
含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする,
含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。」

本件特許発明7(請求項7)
「請求項1~5のいずれかに記載のキットから得ることができる二酸化炭素含有粘性組成物を含む部分肥満改善用化粧料。」

3.裁判所の判断のポイント
「被告各製品は,ジェル剤と顆粒剤のキットからなる化粧料であり,本件特許発明1の各構成要件を充足するが,被告各製品を購入した需要者は,上記2剤を混ぜ合わせて,自らジェル状の「部分肥満改善用化粧料」を調製し,生成することが予定されており,それ以外の用途は考えられない。
 したがって,被告各製品を製造,販売する行為は,本件特許発明7に係る特許権の間接侵害に当たるといえる。」

公知化合物の新規塩、水和物の進歩性が否定された事例

知財高裁 平成25年1月30日判決
平成23年(行ケ)第10340号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例では公知化合物の新規の塩の水和物(ナトリウム塩トリハイドレート)が進歩性を有さないとした拒絶査定不服審判の審決が適法か争われ、知財高裁は審決は適法であると判断した。
 公知化合物の新規な塩、水和物、結晶については原則としては進歩性がない裁判所は考えているようである。

2.本件発明
「4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレートを有効成分として含む,骨吸収を伴う疾病の治療及び予防のための固体状医薬組成物。」

3.裁判所の判断のポイント
「ア モノナトリウム塩とすることの容易想到性について
 フリー体をモノナトリウム塩とすることは,以下のとおり,当業者が容易に想到することができたと認められる。
 すなわち,塩の溶解速度はもとの薬物(遊離酸)と比較して速くなること,そのため,医薬品の製剤化に際しては,遊離の酸ではなくナトリウム,カリウム,カルシウム等との塩がしばしば使用されていることは周知である(前記1(4)ないし(7))。
 他方,フリー体は,2個のホスホン酸基を有するから,1価のアルカリ金属との間には,1価ないし4価の塩が存在する。加えて,甲5の実施例3には,フリー体の水溶液の滴定曲線が「pH4.4およびpH9の2点にみられる明白な滴定の終点(end point)によって特徴づけられるものであつた。」旨が記載されており(前記1(2)),ここでpH4.4の終点がフリー体のモノナトリウム塩に相当することは,当業者の技術常識から明らかでもある。
 以上のとおり,一般に薬物の製剤化に際して,その塩を用いることを検討するのは当業者の通常行うことであって,かつ,フリー体にモノナトリウム塩が存在することは甲5の記載によっても技術常識によっても明らかであることからすると,フリー体をモノナトリウム塩とすることは,容易想到であると認められる。この点に関する審決の判断に誤りはない。
イ 原告の主張について
 原告は甲5には,フリー体をフリー体のまま医薬として用いることに何らかの解決課題があることを示す記載はないので,フリー体からモノナトリウム塩を想到することの動機がない旨を主張する。しかし,前記のとおり,塩の溶解速度はもとの薬物(遊離の酸)と比較して速くなること,薬物の製剤化では遊離の酸ではなくナトリウム,カリウム,カルシウム等との塩がしばしば使用されていることは,周知の事項であったといえる。したがって,医薬の有効成分として,遊離の酸(フリー体)が得られたことに接した当業者は,フリー体をフリー体のまま医薬として用いることに課題が存在することが明記されていなくとも,フリー体が形成可能な塩の特性を検討すると考えられるから,原告の主張は採用できない。」

「ア トリハイドレートとすることの容易想到性について
 前記(2)のとおり,フリー体の製剤化に際して,そのモノナトリウム塩を用いることは当業者にとって容易想到であったと認められる。そして,以下のとおり,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して,普通に採用される条件で生成した結晶は,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートとなると認められるから,引用発明(フリー体)に接した当業者は,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に想到するといえる。
 すなわち,前記1(9)及び(10)に記載の各実験によれば,いずれもフリー体の水溶液に水酸化ナトリウムを滴下後,析出物を乾燥することにより,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートが得られることが示されている。そして,同実験条件は,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際しての通常の条件であることが認められる(乙29,30,36,38)。
 もっとも,前記1(11)の実験では,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートは得られず,乾燥条件(110℃・13時間減圧乾燥,130℃・13時間減圧乾燥)によってフリー体のモノナトリウム塩ジハイドレート(2水和物)又はフリー体のモノナトリウム塩(無水物)が得られている。前記1(9)及び(10)に記載の各実験と前記1(11)の実験との違いは,析出物をどのような乾燥条件で乾燥するかの点にある。
 結晶が含む水和水(結晶水)の数が異なると,薬剤の溶解特性が異なり,当該有効成分の生体への吸収特性が異なることは周知の事項であり(前記1(5),(7)),甲5には,フリー体の1水和物(モノハイドレート)が得られたと解される記載がある(前記1(2))。これらからすると,当業者は,フリー体の製剤化に際して,フリー体のモノナトリウム塩を用いることを検討し(前記2(2)のとおり),かつ,フリー体のモノナトリウム塩に何らかの水和物が存在するか,存在する場合,その吸収特性を含めその特性はどのようなものかを調査しようとするのは当然である。また,結晶水は熱すれば,ある温度で段階的に脱水することも周知の事項である(前記1(8))から,当業者が析出物の乾燥条件を設定するに際しては,当然に,結晶水が脱水しない条件も設定しようとすると考えられる(このことは審決が指摘する「乙12の形態E」(本件の甲18)の生成条件にも現れている。)。そうすると,当業者において,前記1(11)の高温条件による乾燥のみを行うとは考えられず,前記1(9)及び(10)に記載の各実験の乾燥条件による乾燥も通常に行うと認められる。
 以上のとおり,前記1(9)及び(10)に記載の各実験はフリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して,通常採用される条件である。そして,引用発明に接した当業者は,フリー体のモノナトリウム塩に容易に想到する(前記(2))のであるから,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートについても容易に想到するというべきで,審決の結論には違法はない。
イ 原告の主張について
 原告は,甲37及び40(早稲田大学のD教授の見解書)を根拠に,前記1(9)及び(10)の各実験の実験条件は通常のものではないとする。しかし,原告が指摘する攪拌時間や攪拌の際の温度等は,収量を上げる目的で採用されたものであり,これをもって前記判断を左右するものではない。
 また,原告は,甲24(同)を根拠に,有機化合物について何らかの水和数を有する水和塩結晶を製造する一般的な方法は知られておらず,ある有機化合物の水和塩結晶を得ようとした場合,どのような方法(晶析及び後処理)を用いればよいのかについて予測することは,相当な試行錯誤をする必要があったので,当業者が,甲5のフリー体の開示に基づいて,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に製造することができたとはいえないとする。しかし,有機化合物について何らかの水和数を有する水和塩結晶を製造する一般的な方法は知られていないとしても,前記(2)及び(3)アのとおり,フリー体に接した当事者としてはそのモノナトリウム塩を容易に想到し,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して通常の方法をとれば,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートが生成される以上,当業者においては,フリー体から,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に想到するとすべきであって,原告の主張は採用できない。
 さらに,原告は,甲5に接した当業者は,実施例3でフリー体の1水和物(モノハイドレート)が得られていることに満足するはずであり,あえて他の水和物の存在の有無やその安定性を調査しようとする動機付けがないとも主張する。しかし,結晶が含む水和水(結晶水)の数が異なると,薬剤の溶解特性が異なり,当該有効成分の生体への吸収特性が異なることは周知の事項であることからすれば,当業者においては,モノナトリウム塩に何らかの水和物が存在するか,存在する場合,吸収特性を含めその特性はどのようなものかを調査しようとするのは当然であるから,原告の主張は採用の限りではない。」

2013年1月22日火曜日

用語の明確性が争われた事例


知財高裁平成25年1月15日判決言渡

平成24年(行ケ)第10160号,第10204号 審決取消請求,同参加事件

 

1.概要

 本件は無効審判審決(特許権有効)の取消訴訟において、審決が維持された判決である。

 請求項1における「B廃油」という用語は明細書に定義されていない。原告はこの用語が明確でないと主張した。しかし審決および判決では当業界の技術常識を考慮すれば不明確とまではいえないと判断された。

 裁判所は「B廃油」が「市場において区別して取引されている」ことを基準として、当業者であればB廃油を明確に把握することができると判断した。この基準は明確性の判断基準として一般性を持つと考えられる。

 

【請求項1】

B廃油を,乳化状態が少なくとも3ヵ月以上持続するようにエマルジョン化して,さらに,比重を(ρ)とすると,0.98≦ρ<1.0である水溶性液体を主成分としたことを特徴とする封水蒸発防止剤。

 

2.裁判所の判断のポイント

「イ 甲17公報(特開2002-129080号),株式会社大口油脂作成の規格表(甲26),甲32公報(特開2002-121428号),「油脂」(Vol.53,No.10(2000),36~39頁,乙3),「油脂」(Vol.51,No.10(1998),28~31頁,乙4),「油脂」(Vol.50,No.7(1997),24~27頁,乙5)及び弁論の全趣旨によれば,B廃油に関して,次の事実が認められる。

 食品の製造や調理に使われた後の食用油は,廃食用油回収業者により回収され,不純物の除去を経て,再生油(廃油,廃食油,廃食用油の語も同義で使用されることがある。)として利用されている。廃食油業界においては,回収ルートにより廃食油の種類や品質がほぼ決まっているため,いちいち化学分析せず,色や透明感で判断されることが多いものの,①植物油Aグレード,A植物油,A植,廃食油“植物A”等と称され,ヨウ素価が概ね120超で品質の高い植物廃油(以下,単に「植物油Aグレード」という。),②それに次ぐ品質で,植物油Bグレード,廃食油(B),再生植物油B,B植等と称される植物廃油(以下,単に「植物油Bグレード」という。),③動物廃油,④動物廃油と植物廃油の混合油が,市場で区別されて取引されていた。また,①の植物油Aグレードは,品質が良いことから,主に塗料・インキ等の原料として利用されており,②の植物油Bグレードは,品質が劣るため,単独では需要がなく,工業用脂肪酸や飼料用の増量剤的な使われ方が中心であり,植物油Aグレードよりかなり低い価格で取引されていた。

ウ 上記アの記載によれば,本件発明1及び2のB廃油は,食廃油の一部であって,用途が狭く,低コストという性質を有するものと認められるところ,上記イで認定したとおり,使用済みの食用油の再生油と同義の用語として,廃油,廃食油,廃食用油などの語を用いることがあり,このうち,植物油の再生油がA,Bのグレードに区分されて取引され,さらに,植物油Bグレードは,用途が限定され,価格が低いという事実に照らすと,本件発明1のB廃油は,上記イで認定した植物油Bグレードに相当するものと認められる。

 そうすると,当業者であれば,市場において区別して取引されているB廃油を明確に把握することが可能であり,これを用いた行為が本件発明1及び2を構成するかどうかについても判断可能であるから,本件発明1及び2のB廃油は明確であって,本件発明1及び2のB廃油が不明確であるとはいえないとした審決の判断に誤りはない。」

2013年1月14日月曜日

特性により材料が特定されている場合の実施可能要件充足性が争われた事例


知財高裁平成24年12月20日判決

平成24年(行ケ)第10133号 審決取消請求事件

 

1.概要

 「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」が構成要件のひとつである発明がクレームされている特許権の実施可能要件充足性が争われた。

 無効審判審決、知財高裁判決ともに実施可能要件は満たされると判断された。

 

2.請求項1記載の本件発明

「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した細いテープ状部材に,

 粘着剤を塗着することにより構成した,

ことを特徴とする二重瞼形成用テープ。」

 

3.審決の判断

「請求人(原告)の主張は,要するに,当業者が過度の試行錯誤をすることなしに,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選定することができるか否かであり,その点が実施可能要件として重要であるところ,被請求人(被告)は,このような合成樹脂として3M社の#1522の基材を用いて実際に本件発明を実施している。3M社の#1522は,出願時においてカタログにも掲載されている汎用的なものであり(当事者間で争いがない。),誰でも容易に入手可能なものであるから,当業者は,過度の試行錯誤をすることなしに,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選択して実施することができる。したがって,特許法36条4項違反を理由として本件特許を無効とすることはできない。」

 

4.原告(無効審判請求人)の裁判での主張

「本件発明1における「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,合成樹脂固有の性質である。被告は,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,本件発明1において格別な意義を有すると主張するが,そうであれば,本件明細書の発明の詳細な説明にその格別な意義について記載する必要がある。しかるに,本件明細書の発明の詳細な説明はその記載を欠くので,特許法36条4項に違反する。審決の判断は,原告の主張を十分に理解しておらず,誤りである。

 すなわち,そもそも合成樹脂は,ばねのような弾性的性質と粘性的性質を合わせ持つ粘弾性体であって,荷重をかけると弾性変形が始まって伸び(弾性的性質),その後,遅れて粘性部分が負荷時間とともに伸び(粘性的性質・クリープ現象),その後,除重すると,ばね部が短時間で弾性回復し,粘性部は徐々に回復する(甲41)。言い換えれば,合成樹脂は,固有の性質として,引張方向に荷重すると同方向に伸びるように変形し,除重すると元の状態に縮む特性を有するのである。

 被告は,合成樹脂が延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有することを指摘する拒絶理由通知(甲42)に対し,「『延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂』とは,ポリエチレン全てがそのような性質を有することを意味しているのではなく,ポリエチレンの中でもそのような性質を有するものを意味しています。」との意見を述べた(甲1)。しかし,被告のいう「延伸可能で延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂」がどのようなものであるのか,明細書には何ら言及がない。」

 

5.裁判所の判断のポイント

「上記記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の二重瞼形成用テープにより二重瞼を形成する方法について,二重瞼形成用テープを構成するテープ状部材の両端を把持して弾性的に延びた状態になるように引っ張り,その状態でテープ状部材を瞼に押し当てて貼り付け,両端の把持部を離すことにより,引っ張った状態にあるテープ状部材が弾性的に縮み,このようにして弾性的に縮んだテープ状部材がこれを貼り付けた瞼に食い込む状態になって二重瞼のひだが形成されること,二重瞼形成用テープを構成するテープ状部材について,「両端を持って引っ張ったときに伸長し,しかも,弾性的に復帰しようとする収縮力が作用するもの」であることが必要があること,そのようなテープ状部材の材質として,特に,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂」が望ましいことが記載されているものと認められる。

 そして,被告は,3M社製の合成樹脂テープである#1522を用いて本件発明1の実施品を製造しており,同テープの材料である合成樹脂は,「延伸後にも弾性的な伸縮性」を有し,同テープは,本願の出願当時既に広く市販され容易に入手可能なものである(弁論の全趣旨)。また,「延伸後にも弾性的な伸縮性」を有する合成樹脂をそうでない合成樹脂から区別するために特別な装置や手順を必要とする等の事情は見当たらない。

 そうすると,上記(1)の記載に接した当業者は,格別の試行錯誤をすることなく,本件発明1の「テープ状部材」の材料として「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選択することができたものと認められる。

 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであると認められる。

(3) 原告の主張について

ア 原告は,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,合成樹脂固有の性質であり,この性質が本件発明1において格別な意義を有するというのであれば,本件明細書の発明の詳細な説明はその記載を欠くと主張する。

 しかし,製造時に高延伸させられた合成樹脂の中には,それ以上にほとんど延伸させることができないものや,延伸させることができたとしても,瞼に貼り付けても瞼へのくい込みによってひだが形成されるほどの弾性的な伸縮性を有さないものがあり得ることは,技術常識であり,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質が合成樹脂固有の性質であるということはできない。

 したがって,原告の上記主張は理由がない。

・・・

ウ 原告は,「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」について本件明細書において明確に述べられていない旨主張する。

 しかし,【0008】には,「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」について,テープ状部材の両端を把持して引っ張った状態でテープ状部材を瞼に貼り付け,そのまま両端の把持部を離した際に,引っ張った状態にあるテープ状部材が弾性的に縮み,これが貼り付けた瞼にくい込む状態となることが可能である程度の「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」であればよいことが記載されているということができ,当業者が本件発明1を実施することができる程度の技術的事項が明確かつ十分に記載されているものと認められる。

 したがって,原告の上記主張は理由がない。」

2012年12月24日月曜日

サポート要件違反を解消するために追加提出された実験データが考慮された事例

知財高裁平成24年12月13日判決
平成23年(行ケ)第10339号 審決取消請求事件

1.概要
 サポート要件違反の拒絶理由・無効理由が指摘されたときに、拒絶解消を目的に事後的に実験データを追加することは原則として認められない。しかしながら本事例では、発明の詳細な説明に基づき「当業者が予測できるような効果を確認する」ことを目的とする実験データ(乙1および乙3)の提出は、発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものではないため許容されると判断された。そして裁判所は、この実験データも考慮してサポート要件違反の問題はないと結論付けた。

2.裁判所の判断のポイント
「原告は,出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,明細書のサポート要件に適合させることは許されない旨を主張し,また,後から実験データを提出しなければサポート要件を満たしているか否かを判断することができない程度の特許請求の範囲の記載は,そもそもサポート要件を満たしているとはいえないと主張するので,以下に検討する。
a 乙1について
 乙1に示されたデータは,本件特許発明1が特定するコハク酸の添加量の上限値(遊離のコハク酸換算で1質量%)付近の結果を補足するもの(遊離のコハク酸換算で0.93質量%,コハク酸二ナトリウムとして1.30質量%のもの)である。
 ところで,本件明細書の表1によれば,試験品1-5~同1-8(カリウム含有量は2.34質量%と一定で,コハク酸二ナトリウムは0.05~2.0質量%と変化)についての,塩化カリウム及びコハク酸二ナトリウムが添加されていない減塩醤油A(試験品1-1)を対照とした2点識別試験法による塩味の評価は,対照と比べて試験品の方が塩味が強いとした人数が,いずれの試験品も20人中18人であったことが示されている。この結果から,減塩醤油にカリウムが配合されている場合には塩味の増強が認められ,コハク酸の添加量の相違による塩味の増強の程度は,カリウムに比べて極めて小さいと理解できる。また,これら試験品についての苦味に関する2点識別試験法の結果も,対照と比べて試験品の方が苦味が強いとした人数が20人中9又は10人であったこと示されている。この結果から,減塩醤油に添加されたカリウムの苦味の影響は,コハク酸を添加することにより相当程度解消され,その程度は本件特許発明1で特定されたコハク酸の添加量にほとんど影響されないと理解できる。
 このように,本件明細書の発明の詳細な説明には,食塩含有量の低減にもかかわらず塩味のある液体調味料を提供でき,かつ,本件特許発明1で特定された含有量のコハク酸を添加することにより,添加カリウムの苦味の影響を改善するという本件特許発明1の課題が解決できると認識できる記載があることから,乙1に示された結果は,発明の詳細な説明の記載を裏付けるものであって,原告主張のように発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものではない。よって,原告の主張は失当である。
b 乙3について
 乙3に示されたデータは,上記のとおり,本件特許発明1が特定する食塩の添加量の下限値(7質量%)付近の結果を補足するものである。
 本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明者は,食塩含有量を9質量%以下にしても塩味を感じさせる手段について検討してきた結果,食塩含有量を9質量%以下と低くし,かつカリウムを0.5~4.2質量%とした系で,特定の風味改良成分を含有させることにより,塩味がより強く感じられ,味の良好な液体調味料が得られることを見出した」(【0008】)と記載されているところ,カリウムが食塩の塩味を代替する成分であるという技術常識を参酌すれば,当業者は上記記載を理解するものと認められる。すなわち,発明の詳細な説明には,本件特許発明1が特定する食塩の添加量の下限値付近であっても,カリウム及び特定の風味改良成分であるコハク酸を配合することにより,本件特許発明1の課題が解決できると認識できる記載があることから,乙3に示された結果は,発明の詳細な説明の記載を裏付けるものであって(当業者が予測できるような効果を確認するものといえる。),原告主張のように発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものではない。よって,原告の主張は失当である。」

2012年12月17日月曜日

結晶形態に特徴がある公知化合物の進歩性が争われた事例


知財高裁平成24年11月21日判決

平成24年(行ケ)第10098号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件発明は,結晶形態を特定するためのX-線粉末回折パターン(本件発明1)や13C核磁気共鳴スペクトル(本件発明2)で特定される結晶性形態Ⅰのアトルバスタチン水和物である。

 引用例では、結晶形態の結晶形態のアトルバスタチンが開示されているものの、本件発明のように結晶形態が特定されていない。

 進歩性が争われ、裁判所は進歩性なしと判断した。格別の効果が認められる場合や、結晶化を阻害するような特別な事情がある場合などを除いて、結晶化することが知られている公知化合物の新規結晶形態は進歩性が否定されることが多いように思われる。

 

2.裁判所の判断のポイント

「相違点に係る判断の誤りについて

・・・本件優先日当時,一般に,医薬化合物については,安定性,純度,扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから,非結晶性の物質を結晶化することについては強い動機付けがあり,結晶化条件を検討したり,結晶多形を調べることは,当業者がごく普通に行うことであるものと認められる。

 そして,前記(1)のとおり,引用例には,アトルバスタチンを結晶化したことが記載されているから,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,当業者が結晶化条件を検討したり,得られた結晶について分析することには,十分な動機付けを認めることができる。

 この点について,被告は,結晶を取得しようとする一般的な意味での動機付けは,具体的な結晶多形に係る発明に想到するための動機付けとは異なるのであって,およそ医薬において結晶の使用が好ましいことに基づいて動機付けを判断すると,結晶多形に係る特許は成立する余地はないと主張する。

 しかしながら,結晶を取得しようとする動機付けに基づいて結晶化条件を検討し,結晶多形を調査することにより,具体的な結晶多形に想到し得るものであるから,具体的な結晶多形を想定した動機付けまでもが常に必要となるものではない。

イ 水を含む系による再結晶化の示唆について

・・・本件優先日前から,医薬化合物の結晶として水和物結晶が望まれており,非結晶の物質について,水を含む系から水和物として結晶させることを試みることは,当業者にとって通常なし得ることであったというべきである。

 したがって,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,水を含む溶媒を用いた水和物として結晶を得ることを試みることは,当業者がごく普通に行うことであるというべきである。

・・・

ウ 本件発明の効果について

(ア) 濾過性及び乾燥性について

 化学物質の結晶,特に結晶多形の研究の重要性を指摘する文献(甲62。平成元年8月発行)には,一般に,単離,精製,乾燥及びバッチプロセスにおいて,結晶性製品は,取扱や製剤が最も容易であることが記載されている。

 したがって,一般に,結晶は,無定形と比較して,優れた濾過性及び乾燥性を有することは,本件優先日前から当業者に周知であったということができる。

 前記1(3)イのとおり,本件明細書には,結晶性形態Ⅰのスラリー50mℓ の濾過は10秒以内に完了したが,無定形のアトルバスタチンの場合,1時間以上が必要であった旨が記載されているところ,結晶スラリーの濾過性は,含まれる結晶の形態のみならず,大きさ(粒度)やその分布にも依存することは明らかであって,本件明細書の上記記載から,結晶性形態Iの濾過性及び乾燥性が,結晶として通常予測し得る範囲を超えるほど顕著なものであるとまで認めることはできない。

・・・

(イ) 安定性について

 前記のとおり,結晶が無定形よりも安定性を有することは,当業者の技術常識であるということができる。本件明細書には,結晶性形態Iは,無定形の生成物よりも純粋で安定性を有する旨が記載されているが,当該記載の裏付けとして提出された各種データ(甲19,20)を考慮したとしても,なお結晶性形態Iの安定性が,通常の結晶から予測し得る範囲を超える顕著なものであるとまで認めることはできない。」

訂正が新規事項追加に該当すると判断された事例

知財高裁平成24年11月14日判決
平成23年(行ケ)第10431号 審決取消請求事件

1.概要
 無効審判における訂正が新規事項追加に該当するか否かが争われた。審決は新規事項追加に該当しないと判断したが、知財高裁は新規事項追加に該当すると判断し審決を取り消した。
 問題となった訂正は実施例に開示された具体的な下位概念への減縮のように見えるため審決の判断は妥当であるようにも思われる。しかし裁判所は明細書中の一般的な記載は限定訂正後の構成が必須であることを意味しないことと、訂正後のクレームの構成と実施例とが機能上等価であるとはいえないことを理由に新規事項に該当すると判断した。

2.訂正の内容(下線部が訂正により追加された)
 表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶用スペーサーであって,かつ,/前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み,/前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み,/前記グラフト共重合体鎖の前記導入は,表面に前記グラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上をグラフト重合するものである,/前記液晶用スペーサー

訂正事項1:「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み,」と訂正した

訂正事項2:「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について,さらに,「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み,」と訂正した

3.明細書の開示
【0011】「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体としては,炭素数が6以上の長鎖アルキル基を有するものが好ましく,炭素数12以上の長鎖アルキル基を有するものが特に好ましい。このような長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体としては,例えば・・・・ステアリルアクリレート,ラウリルアクリレート,・・・等がある。・・・(【0011】)。」
【0007】「官能基を有する重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体としては,例えば・・・・メチルメタクリレート・・・等のビニルエーテル類・・・などがあるが,これらの例示された単量体に限定されるものではない。・・・(【0007】)。」
【0024】実施例10(重合体粒子表面に長鎖アルキル基を含むグラフト共重合体鎖の導入)実施例5及び6により製造した表面に重合性ビニル基を有する重合体粒子E,F,G,Hのそれぞれ10gに対し,メチルエチルケトン200g,メチルメタクリレート50g,N-ラウリルメタクリレート50g,ベンゾイルパーオキサイド0.5gを一括に仕込み,重合開始剤開裂温度まで昇温し,窒素気流下で2時間グラフト重合反応を行い,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を重合体粒子表面に導入したスペーサー試料E-1,F-1,G-1,H-1を得た。
【0025】実施例11(重合体粒子表面に長鎖アルキル基を含むグラフト共重合体鎖の導入)実施例7及び8により製造された表面にアゾ基を有する重合体粒子I,Jのそれぞれ10gに対し,トルエン200g,メチルメタクリレート20g,2-ヒドロキシブチルメタクリレート20g,ステアリルメタクリレート60gを一括に仕込み,重合開始剤開裂温度まで昇温し,窒素気流下で3時間グラフト重合反応を行い,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を重合体粒子表面に導入したスペーサー試料I-1,J-1を得た。

4.審決の判断
「訂正事項1について
 訂正事項1は、訂正前の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含むものに減縮する訂正であり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
 この点について、請求人は、平成23年10月11日提出の弁駁書において、長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体にラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートが含まれることは明らかであるから、自明なことをいっているだけであり、この訂正によって訂正前の発明特定事項は何ら限定されておらず、特許請求の範囲を減縮することにならない旨の主張をしているが、訂正事項1は、上記のとおり、訂正前の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含むものに限定する訂正であるから、特許請求の範囲を減縮するものであることは明らかであり、請求人の主張は採用できない。
 そして、訂正の根拠は、訂正前の段落【0011】に、ラウリルメククリレート、ステアリルメタクリレートを含む各種の長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体が例示、説明されていることに加えて、さらに具体的に、実施例10(段落【0024】)においてN-ラウリルメタクリレートが用いられ、また、実施例11(段落【0025】)においてステアリルメタクリレートが用いられていること等に基づくものと認められる。
訂正事項2について
 訂正事項2は、訂正前の「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、メチルメタクリレートを含むものに減縮する訂正であり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
 これについて、請求人は、上記訂正事項1についての主張と同様の特許請求の範囲を減縮するものでない旨の主張をしているが、訂正事項2は、訂正前の「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、メチルメタクリレートを含むものに限定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかであって、請求人の主張は採用できない。
 そして、訂正の根拠は、訂正前の段落【0011】に、「他の重合性ビニル単量体としては、重合体粒子の製造に使用される重合性ビニル単量体と同様なものが使用される。」と記載されるとともに、訂正前の段落【0007】に、重合性ビニル単量体としてメチルメタクリレートが挙げられ、さらに具体的には、実施例10、11及び13(段落【0024】、【0025】、段落【0027】)においてグラフト共重合体鎖に上記「他の重合性ビニル単量体」に該当するメチルメタクリレートが含まれていること等に基づくものと認められる。」

5.裁判所の判断
(2) 訂正事項1及び2について
 ・・・同法134条の2第5項が準用する同法126条3項は,「第1項の明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定しているところ,ここでいう「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,訂正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
イ 本件明細書の前記(1)エ(イ)及び(ウ)の記載によれば,本件発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」の具体例として,ラウリルメタクリレート及びステアリルメタクリレートが,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」の具体例として,メチルメタクリレートが,多種類の化合物とともに羅列して列挙されていたということができる。
 また,本件明細書には,実施例1ないし13並びに比較例1及び2が記載されているところ,前記(1)オ(ア)の記載によれば,実施例10として,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるラウリルメタクリレートと,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるメチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,前記(1)オ(イ)の記載によれば,実施例11として,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるステアリルメタクリレートと,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるメチルメタクリレート及び2-ヒドロキシブチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,それぞれ開示されていたものというこ

審決において周知技術文献を新たに引用することが適法とされた事例


知財高裁平成24年11月21日判決

平成24年(行ケ)第10098号 審決取消請求事件

 

1.概要

 審決において新たな文献が引用されることが適法な場合と違法な場合がある。

 本事例では、審決で初めて引用された新たな文献に基づいて拒絶理由の通知をしなかったことが出願人の意見書提出及び補正の機会を奪う結果となるとはいえない、と判断され、審決は適法であるとされた。

 

2.裁判所の判断のポイント

「取消事由3(手続違背)について

(1) 特許法159条,50条について

 特許法159条2項が準用する同法50条は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない旨を規定する。その趣旨は,審判官が新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは,出願人に対してその理由を通知することによって,意見書の提出及び補正の機会を与えることにあるから,拒絶査定不服審判手続において拒絶理由を通知しないことが手続上違法となるか否かは,手続の過程,拒絶の理由の内容等に照らして,拒絶理由の通知をしなかったことが出願人の上記の機会を奪う結果となるか否かの観点から判断すべきである。

(2) 本件における手続違背の有無

 原告は,本件審決が,相違点5について,審査段階の拒絶理由通知において周知例1及び2を引用しなかったにもかかわらず,審決において初めて引用発明に周知技術を適用して,当該相違点が当業者に容易に発明することができたと判断したことが違法であると主張する。

 しかしながら,上記周知技術を採用した場合に,表示モードの切替えの際に,注目しているデータアイテムが失われることがないという作用効果を奏することは,当業者に自明のことにすぎない。

 そうすると,本件審決において上記周知技術を示したとしても,新たな事由により出願を拒絶すべきと判断したことにはならず,そのことが当業者である出願人に対し不意打ちになるということはできないから,本件の拒絶査定不服審判手続において改めて拒絶理由を通知しなかったとしても,原告にとって意見書の提出や補正の機会が奪われたということはできない。」

2012年11月28日水曜日

サポート要件の趣旨が判断された事例

知財高裁平成24年11月7日判決
平成23年(行ケ)第10235号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は、サポート要件を満足するためにはクレーム発明が、発明の詳細な説明の記載に基づき問う業者が発明の課題を解決できると当業者が認識できるものである必要がある、というパラメータ特許事件判決(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号平成17年11月11日判決)の考え方を支持する。本事例に係る特許はパラメータ等の特殊な方式で規定された発明ではない。

2.裁判所の判断のポイント
「(1) 本件特許は,平成12年11月29日出願に係るものであるから,法36条6項1号が適用されるところ,同号には,特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」でなければならない旨が規定されている(サポート要件)。
 特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを目的とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。法36条6項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。」