2012年10月22日月曜日

クレーム発明に100%合致する実施例の実験データが明細書中に開示されていない場合のサポート要件充足性が争われた事例


知財高裁平成24年10月11日判決

平成24年(行ケ)第10016号 審決取消請求事件


1.概要

 サポート要件欠如を理由とする拒絶審決に対する審決取消訴訟において当該拒絶審決の判断は誤りであると判断された事例である。

 請求項1記載の本願発明の方法は2成分(成分a)と成分b))が組み合わされた発泡剤を用いることを特徴している。明細書中には成分b)を使用した実験例は記載されていないが、成分b)に類似する化合物を使用した実験例は記載されている。

 被告(特許庁長官)は、本願発明は特定の発泡剤の組み合わせによる「意外な」、「特殊な」効果に関する発明であるから成分の選択が重要であることが前提であるとして、実験データのない本願発明は明細書に記載された発明とはいえないと主張した。

 裁判所は実験データのある化合物と成分b)とがともに低沸点であること、化学構造、理化学的性質が類似することなどを考慮して、本願発明は明細書に十分に裏付けられていると判断した。なお、原告(出願人)は成分b)を用いた実験データを意見書とともに提出し、このデータも考慮されるべき旨を主張し、被告は考慮されるべきでないと主張していたが、裁判所はこのデータに関係なくサポート要件は満たされると判断した。

 明細書に開示の実験データとクレームされた発明とが100%一致しない場合のサポート要件を考えるうえで参考になる判決といえる。


2.本願発明

「発泡剤による発泡によってポリウレタン硬質フォームを製造する方法において,発泡剤として,

a)5~50質量%未満の1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)および

b)50質量%超の1,1,1,3,3-ペンタフルオルプロパン(HFC-245fa)を含有するかまたは該a)およびb)から成る組成物を使用することを特徴とする,ポリウレタン硬質フォームを製造する方法。」


3.明細書の開示事項

 成分b)は出願時にはHFC-245faに限定されていたわけではなく、以下のように複数の物質が並列的に記載されており、HFC-245faはそのなかの一つであった。

「【0006】発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料および発泡された硬質熱可塑性プラスチックを製造するための本発明による方法には,発泡剤として,a)ペンタフルオルブタン,有利に1,1,1,3,3-ペンタフルオルブタン(HFC-365mfc)およびb)低沸点の脂肪族炭化水素,エーテルおよびハロゲン化エーテル;ジフルオルメタン(HFC-32);ジフルオルエタン,有利に1,1-ジフルオルエタン(HFC-152a);1,1,2,2-テトラフルオルエタン(HFC-134);1,1,1,2-テトラフルオルエタン(HFC-134a);ペンタフルオルプロパン,有利に1,1,1,3,3-ペンタフルオルプロパン(HFC-245fa);ヘキサフルオルプロパン,有利に1,1,2,3,3,3-ヘキサフルオルプロパン(HFC-236ea)または1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオルプロパン(HFC-236fa);ヘプタフルオルプロパン,有利に1,1,1,2,3,3,3-ヘプタフルオルプロパン(HFC-227ea)を含む群から選ばれた少なくとも1つの他の発泡剤を含有するかまたは該発泡剤から成る組成物を使用することが設けられている。」


 明細書中の実験例では成分b)としてHFC-245fa以外のものが用いられていた。


4.審決の理由および被告(特許庁長官)の主張

 審決では、本願発明は、成分a)とb)との特定を組み合わせを用いることを特徴とするにもかかわらず当業者が発明の詳細な説明に基づき当該組み合わせによって本願発明の課題を解決できると認識できるとは認められないから、本願発明は本願明細書の発明の詳細な説明に記載したものとは認められずサポート要件(特許法36条6項1号)を満足していない、と判断された。

 更に裁判段階では次のように主張した。

「本願明細書においては,発泡剤成分の組合せが新規な組合せである旨及び予測し得ない特殊な効果がある旨を述べているにもかかわらず,本願発明であるHFC-365mfcとHFC-245faとの組合せについては,その裏付けとなる実質的な実施例の記載がなく,HFC-365mfcと組み合せる対象として記載された多数の成分のうちからHFC-245faを特に選択することや,発泡剤組成物中のHFC-365mfc及びHFC-245faの各含有量を特定することについて,それらの関係を定性的に認識可能とする記載もされていない。」


5.裁判所の判断のポイント

 裁判所は以下の理由から審決は違法であると判断した。

「すなわち,本願明細書には,本願発明の課題は,選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載すること等であり,特定の発泡剤,すなわち,HFC-365mfcと一定の他の発泡剤との混合物を用いてポリウレタン硬質フォームを製造するための方法により製造されたポリウレタン硬質フォームは,約15度を下回る温度において,熱伝導率が低く,熱遮断能を有するという効果を有することが判明したこと,この方法で用いる発泡剤組成物は,成分a)HFC-365mfcと成分b)低沸点の脂肪族炭化水素等とを含むものであるが,有利な組合せの一つとして,本願発明で用いる発泡剤組成物である,成分a)HFC-365mfc及び成分b)HFC-245faの組合せがあることが記載されているといえる。また,本願明細書には,本願発明で用いる発泡剤組成物を用いてポリウレタン硬質フォームを製造したことを示す実施例は記載されていないものの,成分a)HFC-365mfcと組み合わせる成分b)として,HFC-152a(例1a),HFC-32(例1b),及びHFC-152aとCO2(例1c)を用いてポリウレタン硬質フォームを製造したことが,具体的に開示されているといえる。

 そうすると,本願発明で用いる発泡剤の成分b)であるHFC-245faは,上記のとおり,ひとまとまりの一定の発泡剤のひとつとして記載されている上,本願明細書の実施例で使用された成分b)であるHFC-152aやHFC-32と同様に低沸点であり,技術的観点からすると化学構造及び理化学的性質が類似するといえることも併せ考慮すると,実施例1a)~c)と同様にHFC-245faを使用することによりポリウレタン硬質フォームを製造する方法が開示されていると解するのが相当である。

 以上のとおり,本願発明の課題及び課題解決手段,並びに,その効果が,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたものと認めるべきである。

(2) これに対し,被告は,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明であるHFC-365mfcとHFC-245faとの組合せについて,その裏付けとなる実施例の記載がなく,HFC-365mfcと組み合わせる対象として記載された多数の成分のうちからHFC-245faを特に選択することや,発泡剤組成物中のHFC-365mfc及びHFC-245faの各含有量を特定することについて,それらの関係を定性的に認識可能とする記載がない旨主張する。

 しかし,上記のとおり,本願発明の課題は,選ばれた新規種類の好ましい発泡剤を用いてポリウレタン硬質発泡材料を製造するための方法を記載すること等であって,上記(1) の説示に照らして,実施例1a)~c)と同様にHFC-245faを使用することによりポリウレタン硬質フォームを製造する方法が開示されていると解される。

 また,本願明細書に記載された発明は,発泡剤として成分a)HFC-365mfcを低沸点の脂肪族炭化水素等である成分b)と組み合わせて用いることを特徴とするポリウレタン硬質フォームを製造する方法で,そのような発泡剤を用いることにより,低温において熱伝導率が低く,熱遮断能を有するポリウレタン硬質フォームが得られるという効果を有することが判明したというものである。成分b)としては,低沸点の脂肪族炭化水素等である具体的化合物が多数列挙され,本願発明のHFC-245faは,ひとまとまりの一定の発泡剤の中で有利なものとして記載され,実施例においても,HFC-152aを用いた場合(例1a),HFC-32を用いた場合(例1b),及びHFC-152a及びCO2を用いた場合(例1c)が記載されており,それらを同等に扱うことができないとする事情は見いだせないから,HFC-245faを用いた実施例の記載がなくとも,これを成分b)として使用することができると解すべきである。そうすると,特許法36条6項1号の「サポート要件」の判断にあたっては,本願明細書において,成分b)としてHFC-245faを選択することの技術的意味や作用効果について,更なる記載を求めるべき理由はなく,また,成分b),特にHFC-245faが発泡剤として使用できると認識できない事情も見いだせないので,発泡の機構などに関して,更なる説明を求めるべき理由もない。したがって,被告の上記主張は失当である。」

2012年10月16日火曜日

刊行物に記載された発明といえるか否かが争われた事例


知財高裁平成24年9月27日判決

平成23年(行ケ)第10201号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例では、無効審判審決における、本件発明1と対比すべき構成が甲1文献に記載されていないとの判断に誤りがあると判断され、審決が取り消された。

 裁判所は、刊行物に記載された発明というためには、技術常識を前提として当業者が理解できる発明であればよい、と判断した。

 

2.裁判所の判断のポイント

特許法29条1項3号は,「特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明」は特許を受けることができないと規定する。ところで,同号所定の「刊行物に記載された発明」というためには,刊行物記載の技術事項が,特許出願当時の技術水準を前提にして,当業者に認識,理解され,特許発明と対比するに十分な程度に開示されていることを要するが,「刊行物に記載された発明」が,特許法所定の特許適格性を有することまでを要するものではない。

「・・・以上によると,本件特許の優先日当時,当業者は,多重モード・ファイバー増幅器では,入射条件やコアの活性領域を限定することによって,入射されるモードの数を限定することができ,ファイバーの品質改善により,基本モードは,高次モードと著しく結合することなく,多重モード・ファイバーを伝搬することができるとの認識を有していたと認められる。したがって,本件特許の優先日当時において,基本モードの信号エネルギーを,モード結合を抑制して,多重モード・ファイバー増幅器を伝搬させるための構成は,十分に明確なものとして理解できたものということができ,当業者は,甲1文献に記載された「基本モードの信号エネルギーを多重モード・ファイバー増幅器の出力ポートまで保存すること」の具体的方法を理解することができたといえる。

以上のとおり,甲1文献には,単一モード・ファイバーに多重モード・ファイバー増幅器を適用する光学増幅器において,単一モード・ファイバーと多重モード・ファイバー増幅器との間に,ファイバーモードを整合するためのインターフェース光学部品が設置され,多重モード・ファイバー増幅器に,入力信号を入力する入力信号源とポンプ光を入力するポンプ源が接続されていること,高品質の導波路及び適切なモード整合光学部品を使用して,多重モード・ファイバー増幅器の入力ポートにその基本モードの信号を入力し,多重モード・ファイバー増幅器によって増幅されたこの基本モードの信号エネルギーを,当該多重モード・ファイバー増幅器の全体を通して,その出力ポートまで保存することが開示されており,本件特許の優先日当時の当業者の技術水準によれば,その当時,インターフェース光学部品の構成や,基本モードの入射・保存のための方法などを含め,上記光学増幅器の構成は,当業者が理解可能な程度に明らかになっていたといえる。したがって,甲1文献には,本件発明と対比可能な程度に技術事項が開示されており,甲1文献に記載された発明は,特許法29条1項3号に規定する「刊行物に記載された発明」に該当するというべきである。

均等侵害の判断においてクレームの限定補正が「意識的除外」に該当すると判断された事例


東京地裁 平成24年9月13日判決

平成21年()第45432号 特許権侵害差止等請求事件

 

1.概要

 本事例では、均等侵害の判断の際に、クレームの限定補正は原則として「意識的除外」に該当すると判断され、均等侵害は成立しないと判断された。

 今日においては「除くクレーム」が認められやすいことから、均等侵害成立の可能性を高める目的で可能な範囲で除くクレームを利用する出願人が増える可能性がある。

 

2.本件発明1

 本件発明1は「寄生虫からペットを治療または予防するための組成物」であって、

() ポリビニルピロリドン,酢酸ビニル/ ビニルピロリドン共重合体,ポリオキシエチレン化されたソルビタンエステルおよびこれらの混合物の中から選択される結晶化阻害剤」

を構成要件として含む(以下、「構成要件1B」という)。

 

3.出願手続きによる補正

 原告は,本件特許の出願手続において,構成要件1Bの結晶化阻害剤を「ポリビニルピロリドン,酢酸ビニル/ビニルピロリドン共重合体,ポリオキシエチレン化されたソルビタンエステルおよびこれらの混合物の中から選択される結晶化阻害剤」に補正した。この補正は,本件明細書の【0017】・【0018】に挙げた結晶化阻害剤として使用可能な多数の化合物のうち,ポリオキシエチレン-脂肪酸エステル,ポリオキシエチレン脂肪族アルコールエーテル,アルキルスルフェート等の乳化剤,ポリビニルアルコール等の重合体が文献に記載されているという理由で拒絶理由通知を受けたため,これらを除外する趣旨で行ったものである。

 

4.被告製品との相違点、争点

 本件発明1と各被告製品とは,構成要件1Bにおいて,本件発明1が「() ポリビニルピロリドン,酢酸ビニル/ ビニルピロリドン共重合体,ポリオキシエチレン化されたソルビタンエステルおよびこれらの混合物の中から選択される結晶化阻害剤」から成るのに対し,各被告製品ではクロタミトンという結晶化阻害剤から成る点で異なる。

 均等侵害の成立の判断において、被告製品における「クロタミトン」が、本件特許1の範囲から意識的に除外されたものといえるかどうかが争われた。

 

5.原告(特許権者)の主張

「この補正は,結晶化阻害剤として使用可能な化合物の一部が文献に記載されているという理由で拒絶理由通知を受け,平成16年当時は「除くクレーム」が例外的にしか認められなかったため,これを除外する意図で行ったにすぎない。また,構成要件1Bにおける化合物が少ないのは,上記文献に記載された化合物を除く使用可能な全ての化合物を記載することが困難であり,特許出願のプラクティスとして,特に好ましい代表例だけを挙げたからである。原告は,実施例に結晶化阻害剤としてポリビニルピロリドンとポリオキシエチレン化されたソルビタンエステルに相当するポリソルベート80を使用する場合だけを挙げたが,発明の内容が実施例に記載した内容に限定されるわけでもない。このため,原告の側において各被告製品が本件発明1及び本件訂正発明1の技術的範囲に属しないことを承認したり外形的にそのように解されるような行動をとったりしたものではない。

 したがって,各被告製品が本件特許の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない。」

 

6.裁判所の判断のポイント

「a 前記()b認定のとおり,クロタミトンは,本件特許の出願当初における明細書に記載されなかった上,原告は,補正により,本件各発明において使用可能な結晶化阻害剤としての化合物を構成要件1Bの構成における3種類の化合物とその組合せに限定したのである。これらの事実を総合すれば,原告の側においてクロタミトンを結晶化阻害剤として用いる各被告製品が本件発明1の技術的範囲に属しないことを外形的に承認したように解されるような行動をとったものである。

 したがって,各被告製品が本件特許の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がある。

原告は,構成要件1Bの結晶化阻害剤について補正したのは,文献に記載されているという理由で拒絶理由通知を受けた化合物を除外する意図で行ったにすぎず,また,構成要件1Bにおける化合物が少ないのは,使用可能な全ての化合物を記載することが困難であり,特許出願のプラクティスとして,特に好ましい代表例だけを挙げたからであると主張する。しかしながら,特許権者の側において,特許発明の技術的範囲に属しないことをおよそ外形的に承認したように解されるような行動をとったものである以上,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らして許されないというべきであって,当該行動の理由を問擬する原告の上記主張は,採用することができない。

2012年10月9日火曜日

機械構造の機能的限定が考慮されてサポート要件が満たされると判断された事例


知財高裁平成24年5月23日判決

平成23年(行ケ)第10209号 審決取消請求事件

 

1.概要

 無効審判審決(特許有効の審決)に対する審決取消訴訟である。

 本件発明5がサポート要件を満足するか否かが争われ、審決、裁判所ともにサポート要件は満足されると判断した。

 明細書に開示された構造とくらべて権利範囲が過度に広いのではないか、というのが原告の主張であったが受け入れられなかった。機械構造ではしばしば機能的な限定が用いられる。本機能的限定がクレーム発明を実質的に限定することが判断されており実務においても参考になる所があるように思う。

 

2.本件発明5(請求項5)

「【請求項5】第1のユニットに取り付けられるベース部材と,第2のユニットが取り付けられて前記ベース部材に回動自在に軸支されたアーム部材と,を備えるヒンジ装置において,

 前記第1のユニットとの間に前記ベース部材を挟んで保持する板状の保持部材と,前記保持部材と前記ベース部材との間に取り付けられ,前記ベース部材の取付位置を調整する調整部材と,を設け,

 前記調整部材を調整ネジと該調整ネジの端部に間隔を隔てて設けられた2つのフランジとで構成し,前記保持部材に前記調整部材の前記フランジ間の凹部と嵌合するために切り欠いた切欠部を形成したことを特徴とするヒンジ装置。」

 

3.原告の主張

 本件発明5は,本件明細書の段落【0031】と【0032】に記載された変形例2について権利を請求したものである。したがって,本件発明5は,「調整部材は,保持部材とベース部材との間に設けられ,ベース部材の取付位置を調整するのもので,この調整部材は調整ネジと該調整ネジの端部に間隔を隔てて設けられた2つのフランジとで構成される」という意味になるが,これらの記載も発明の詳細な発明や図面との整合性がなく,意味不明である。すなわち,調整ネジはどこに取り付けられるのか,また,切欠部は保持部材のどこにどのように設けられるのか,これらの事項について,変形例2について説明した本件明細書の段落【0031】と【0032】の記載を反映しておらず,不明瞭であって,権利の範囲が発明の詳細な説明の範囲を超えて拡大している。

 

4.裁判所の判断のポイント

「原告は,本件発明5の「調整ネジ」や「切欠部」についても,取付位置等が不明瞭であるなどと主張するが,「調整部材」を限定した「調整ネジ」については,上記1(5)で説示したとおり,取付位置や調整対象が限定されており,「切欠部」についても,請求項5には「前記保持部材に前記調整部材の前記フランジ間の凹部と嵌合するために切り欠いた切欠部」と規定されており,保持部材に設けることや凹部と嵌合するという機能面からの限定があるから,発明の詳細な説明に記載した範囲を不当に広くするものではない。」

2012年10月1日月曜日

審決において新たな文献を引用することの違法性が争われた事例


知財高裁平成24年9月10日判決

平成23年(行ケ)第10315号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は拒絶審決に対する取消訴訟であり、審決が手続要件(特許法159条2項、50条)に違反すると判断された。

 進歩性の判断において主引用発明との相違点が「周知技術」であることを証明することを目的として、審決において初めて特開2000-243132号公報(甲13)が引用された。この点が違法であるか否かが争われた。

 裁判所は、問題の相違点が甲13から周知技術であるとは理解できないことを理由に、出願人に反論の機会を与えるべきであり審決は違法であると判断した。逆読みすれば、周知技術であれば新たな文献を反論の機会なく与えることは許容されるという趣旨にも理解できる。

 「周知技術ではない」ことの説明が求められたときに参考になるかと思い、ここに紹介する。

 

2.本願発明

請求項1

・・・・

E.前記回路接続部材が,絶縁性物質と,表面側に導電性を有する複数の突起部を備えた導電粒子とを含有し,

・・・・・

G.隣接する前記突起部間の距離が1000nm以下であり,

H.前記突起部の高さが50~500nmであり,

・・・・

されていることを特徴とする回路部材の接続構造。

 

3.審判段階での拒絶理由

 審判段階での拒絶理由通知書では進歩性欠如の拒絶理由が示された。本願発明と主引用文献との相違点として、本願では「隣接する前記突起部間の距離が1000nm以下であり」(相違点3)、「前記突起部の高さが50~500nmであり」(相違点4)が特定されている点が挙げられた。

 この拒絶理由通知書では、突起部間の距離及び突起部の高さに関しては,「凸部間の距離をどのような値とするのかは,必要とされる導電接続の安定性,導電性粒子の直径,凸部の高さ等を考慮して当業者が適宜決定し得たものである。」と述べるにとどまる。特開2000-243132号公報(甲13)は示されていない。

 

4.拒絶審決での判断

 審決において新たに特開2000-243132号公報(甲13)が引用された。審決では甲13の実施例の一部が上記相違点3および4についての突起部間の距離および突起部の高さについての特徴を有していることを指摘して、「本願出願前に普通に行われていたことである」と指摘した。

 

5.被告(特許庁長官)の裁判での主張

「審決において,甲13は,刊行物に記載された技術事項,すなわち,「回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすること」,及び,「回路部材の接続構造の技術分野において,突起部の高さを50~500nmとすること」が,刊行物に記載されるのみならず,周知の技術事項であることを立証するために提示された文献である。

 発明が公知技術から想到容易かどうかを判断するにあたって,出願当時その発明の属する技術分野における技術常識を前提とすべきことは当然であるから,当業者が技術常識上当然に了知しているべき技術につき,あらためて意見を述べる機会を与える必要はない。

 そして,甲13は,刊行物に記載された技術事項を把握するため,すなわち「回路部材の接続構造の技術分野」における本件出願当時の技術常識を明らかにしたにすぎないものであるから,甲13につき拒絶理由を通知しなくても,特許法50条の規定に違反することにはならない。」

 

6.裁判所の判断のポイント

「審決が主引用発明として刊行物記載の発明を認定した刊行物(甲10)には,突起部を有する導電性粒子が記載されているが,甲10にはこの粒子の突起部間の距離に関しては記載されていない。そして,審決は,突起部間の距離の具体的数値に関して,甲13の記載のみを引用し,仮定に基づく計算をして容易想到性を検討,判断している。

 審決は,「回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすることは,以下に示すように本件出願前から普通に行われている技術事項である。例えば」,として,甲13の記載を技術常識であるかのように挙げているが,その技術事項を示す単一の文献として示しており,甲13自体をみても,回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすることが普通に行われている技術事項であることを示す記載もない。

 すなわち,甲13の特許請求の範囲の請求項1には,「平均粒径が1~20μmの球状芯材粒子表面上に無電解めっき法によりニッケル又はニッケル合金皮膜を形成した導電性無電解めっき粉体において,該皮膜最表層に0.05~4μmの微小突起を有し,且つ該皮膜と該微小突起とは実質的に連続皮膜であることを特徴とする導電性無電解めっき粉体。」が記載され,実施例には製造されたいくつかの導電性粒子の突起の大きさが表2に示されている。しかし,表2に記載されているのは,甲13に記載された発明の実施例であって,これらの例が周知の導電性粒子として記載されているわけではない。しかも,表2に記載されているものには,実施例4(0.51μm),実施例5(0.63μm)のように,突起の大きさが500nmを超えるものある。したがって甲13の記載から「回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすること」や,「回路部材の接続構造の技術分野において,突起部の高さを50~500nmとすること」が周知の技術的事項であるとはいえない。

 してみると,審決は,新たな公知文献として甲13を引用し,これに基づき仮定による計算を行って,相違点3の容易想到性を判断したものと評価すべきである。すなわち,甲10を主引用発明とし,相違点3について甲13を副引用発明としたものであって,審決がしたような方法で粒子の突起部間の距離を算出して容易想到とする内容の拒絶理由は,拒絶査定の理由とは異なる拒絶の理由であるから,審判段階で新たにその旨の拒絶理由を通知すべきであった。しかるに,本件拒絶理由通知には,かかる拒絶理由は示されていない。

 そうすると,審決には特許法159条2項,50条に定める手続違背の違法があり,この違法は,審決の結論に影響がある。」

2012年9月10日月曜日

明細書に実施可能に記載されていない発明を請求項に追加する訂正が新規事項追加に該当するかが争われた事例


平成24年8月30日判決言渡

平成23年(行ケ)第10279号 審決取消請求事件

 

1.概要

 無効審判において特許権者が行った訂正が新規事項追加に該当するとした審決の違法性が争われた。裁判所は、訂正は新規事項追加に該当するため、審決の判断は適法であると判断した。

 争われたのは、請求項1に追加された「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」が新規事項か否かである。

 本事例で裁判所は、訂正後の発明が実施可能に記載されていなければ、訂正は明細書に基づくものとは言えず新規事項追加に該当する、という判断を下したようにも理解される。通常は、実施可能か否かの問題と、新規事項か否かは別の問題であるはずである。しかしながら、明細書に記載されている事項の本来の意図と離れて補正、訂正がされたが、文言上単純に新規事項だとは言えないような場合には、本件のような基準で新規事項追加と判断される場合もあるのだと理解しておくべきであろう。

 

2、訂正の内容

2.1.訂正前請求項1

「水門設備の凍結防止範囲の被加熱部材に,各々内部に軸方向に延在する絶縁電線差込み孔をもつ柱状の強磁性鋼材を有する複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて固定する工程と,

 前記誘導発熱鋼管単体に形成された絶縁電線差込み孔に,絶縁電線を通す工程と,

 前記被加熱部材と前記誘導発熱鋼管単体との間に伝熱セメントを充填塗布する工程と,

 前記絶縁電線の両端に交流電流を接続する工程とを含む,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法。」

 

2.2.訂正後請求項1

「水門設備の凍結防止範囲の被加熱部材である戸当板のコンクリート充填側に,各々内部に軸方向に延在する絶縁電線差込み孔をもつ柱状の強磁性鋼材を有する複数個の誘導発熱鋼管単体を並べて固定する工程と,

 前記誘導発熱鋼管単体に形成された絶縁電線差込み孔に,絶縁電線を通す工程と,

 前記戸当板のコンクリート充填側と前記誘導発熱鋼管単体との間に伝熱セメントを充填塗布する工程と,

 前記絶縁電線の両端に交流電流を接続する工程とを含み,並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている,誘導発熱鋼管による水門凍結防止装置の施工法」

 

3.裁判所の判断のポイント

「ア 原告は,訂正事項aによって,本件構成,すなわち「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したことは,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲内においてしたものであると主張し,その根拠として,当初明細書(甲2)の段落【0012】及び【図18】の記載を挙げる。

 ・・・・・段落【0012】及び【図18】には,複数個の誘導表皮電流発熱管を押さえ金具に溶接し,該押さえ金具を戸当板に溶接することによってなる,複数個の誘導表皮電流発熱管の戸当板への取付方法が記載されているものということができる。

しかし,本件構成,すなわち,「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したことが,段落【0012】及び【図18】に記載された範囲内のものであるというためには,以下に述べるとおり,段落【0012】及び【図18】に,複数個の誘導表皮電流発熱管の戸当板への取付方法が記載されているだけでは足りず,「複数個の誘導発熱鋼管単体」の戸当板への取付方法が記載されていることが必要である。

 当初明細書の段落【0020】の「複数個の前記柱状の強磁性鋼材は,相互に電気的に絶縁されている。」との記載,段落【0029】の「複数個の前記柱状の強磁性鋼材は,相互に電気的に絶縁されている。」との記載によれば,「複数個の誘導発熱鋼管単体」には,相互に電気的に絶縁されている態様のものが含まれるのであるから,「複数個の誘導発熱鋼管単体」の戸当板への取付方法が記載されているといえるためには,鋼管どおしが電気的に接続されている態様のものの取付方法だけでなく,鋼管どおしが電気的に絶縁されている態様のものの取付方法も記載されているといえることが必要である。

 しかるに,【図18】は,従来の誘導表皮電流発熱管を水門鋼板製戸当板及び溝形成板に設置した断面拡大図であり(【0072】),また,明細書には【0012】以外に取付方法に関する記載がないところ,複数個の誘導発熱鋼管単体を,段落【0012】及び【図18】に記載された取付方法,すなわち,押さえ金具に溶接し,該押さえ金具を戸当板に溶接する方法によって取り付ければ,押さえ金具を用いて溶接により固定される複数個の誘導発熱鋼管単体を電気的に接続してしまうことになるため,電気的に絶縁されている複数個の誘導発熱鋼管単体の取付方法としてこのような取付方法を採用することができないことは,当業者にとって自明である。したがって,段落【0012】及び【図18】には,鋼管どおしが電気的に絶縁されている態様のものの取付方法が記載されているとは認められず,段落【0012】及び【図18】に記載された取付方法は,飽くまでも,従来技術として段落【0006】ないし【0010】に記載された鋼管どおしが電気的に接続された誘導表皮電流発熱管の取付方法として開示されたものとみるべきである。

 以上によれば,段落【0012】及び【図18】には,複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁されているものに対して,上記「並列の複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したものが開示されているとは認められない。また,特許請求の範囲にも,そのようなものは記載されていない。

したがって,訂正事項aによって,本件構成,すなわち「並列の前記複数個の誘導発熱鋼管単体が,同一の押さえ金具に溶接されており,さらに,該押さえ金具が前記戸当板のコンクリート充填側に溶接されている」という構成を付加したことは,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面の範囲内においてしたものであるとはいえない。

(2) 原告の主張について

原告は,本件訂正発明1には,構成要件上,複数の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置であることの限定がないにもかかわらず,審決が本件訂正発明1は複数の発熱鋼管単体が電気的に絶縁されている装置における取付方法を含むと解釈し,本件訂正発明1が段落【0012】及び【図18】に記載されていないと判断したことは誤りである旨主張する。

 なるほど,本件訂正発明1には,構成要件上,複数個の誘導発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置であるとの限定はないが,他方,構成要件上,複数個の誘導発熱鋼管単体が電気的に接続された装置であるとの限定もない。そして,前記のとおり,「複数個の誘導発熱鋼管単体」には,相互に電気的に絶縁されている態様のものが含まれているのであるから,審決は,本件訂正発明1に複数個の誘導発熱鋼管単体が相互に電気的に絶縁されている態様のものが含まれていることを前提として,そのような態様の「複数の誘導発熱鋼管単体」の取付方法が,実施可能な程度に段落【0012】及び【図18】に記載されているか否かを検討し,段落【0012】及び【図18】には,鋼管どおしが電気的に接続された複数個の誘導表皮電流発熱管の取付方法は開示されているが,相互に電気的に絶縁された複数個の誘導発熱鋼管単体の取付方法は開示されていないと判断したものであり,その判断に誤りはない。

原告は,審決の論理に従えば,複数の発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置における本件訂正発明1の実施態様を明細書に記載しなければならないことになるが,段落【0012】及び【図18】に記載された取付方法では,同一の押さえ金具に複数の鋼管単体を溶接するため,特別の工夫をしないと,発熱鋼管単体の電気的絶縁は保たれないから,特別の工夫(例えば,鋼管単体に耐熱性絶縁コーティングを施し,その上に保護鋼管を設け,保護鋼管と押さえ金具を溶接すること)をした装置を記載しなければならないことになるとして,審決の論理は,特許法36条の要求しない明細書の記載を要求するものであり理不尽である旨主張する。

 なるほど,審決の論理に従えば,複数個の発熱鋼管単体が電気的に絶縁された装置における本件訂正発明1の実施態様を明細書に記載しなければならないことになる。しかし,それは,「複数個の発熱鋼管単体」が,電気的に接続された態様のもののみならず,電気的に絶縁された態様のものを含むものであることからすれば,実施可能な取付方法の記載を要求することは当然のことといえる。原告の例示する上記の取付方法は,鋼管の固定には通常使用しない保護鋼管を使用するものであり,当初明細書の記載から自明なものとはいえないから,そのような特別の工夫をしないと鋼管単体間の電気的絶縁が保たれないというのであれば,そのような特別の工夫を要する取付方法を明細書に記載する必要があることは,より一層明らかである。」

2012年9月4日火曜日

図面を根拠とする補正が新規事項追加か否かが争われた事例


知財高裁平成24年5月23日判決

平成23年(行ケ)第10296号 審決取消請求事件

 

1.概要

 明細書の文言ではなく図面の描写を根拠に行う補正は、「新規事項追加」に該当するか否かの判断が難しい場合がある。本事例は、このような補正が新規事項追加に該当するという拒絶査定不服審判審決の判断が妥当ではないと知財高裁が判断した事例である。

 争われた補正は、「接線」等の構成を請求項1に追加する補正である。明細書中には「接線」という文言は記載されていないが、図面には「接線」が描写されていると理解できる状況であった。

 審決では、図面に記載されているのは(数学的に厳密な意味での)接線とは断定できないため、「接線」を請求項1に追加することは新規事項に該当すると判断された。

 これに対して裁判所は、明細書の説明と図面とから「接線」という構成等は十分に理解できると判断した。

 

2.補正前の請求項1

「複数の食品の収納凹部を備え,各収納凹部をフランジで連設する連設部に設けた分離線で切り離し可能とした小分け容器であって,分離線の始端(終端)に,分離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結び,その円弧状又は楕円弧状の曲線が互いに向かい合って対称形に接する略V字の形状の切り込み部を設けたことを特徴とする食品等の小分け容器。」

 

3.補正後の請求項1

「複数の食品の収納凹部を備え,各収納凹部をフランジで連設する連設部に設けた分離線で切り離し可能とした小分け容器であって,分離線の始端(終端)に,分離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結び,その円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線として互いに向かい合って対称形に漸近して接する平面視略V字の形状の切り込み部を設けたことを特徴とする食品等の小分け容器。」

 

4.被告(特許庁長官)による「新規事項追加」の理由

「分離線が共通する接線となるのは,例えば,切り込み線が一定の曲率半径を有する円弧状同士である場合,切り込みが最も深くなるごく一部の態様のときのみである。単に円弧又は楕円弧が互いに向かい合って対称形に接するだけでは,共通の接線とはならない。

 当初明細書等の段落【0008】,【0016】には,「接線」自体について何らの記載がないし,図1,図2でも,分離線3は「接線」であるか否かに関わらず,1本だけしか設けられていないから,当該分離線3が接線であるということにはならない。

 

5.裁判所の判断のポイント

「取消事由1(補正の適否の判断の誤り)について

(1) 当初明細書(甲8)の段落【0008】には,「容器の仮想外周線及び仮想分離線に沿って,円弧又は楕円弧が互いに接して略V字形状となる切り込み線をトムソン刃によって貫設する第1工程と,・・・第2工程とから打ち抜き方法を構成するという手段を採用した。」との記載が,段落【0016】にも,「この切り込み部4は,分離線3を挟んだ両側の外周縁5と中間の分離線3をそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結んだ形状に形成する。即ち,円弧(楕円弧)が互いに向かい合って対称形に接する略V字の形状となる。」との記載があるし,当初明細書添付の図1,2には,小分け容器外縁部の分離線の両端付近に,円弧状又は楕円孤状の曲線で構成された平面視略V字状の切り込み部を設け,この切り込み部の曲線の分離線側端部が分離線と滑らかに繋がって連続曲線を成すようにし,上記切り込み部の曲線の分離線側端部における接線を想定した場合にこの接線が分離線と互いに重なり合うようにされている状況が図示されており,また分離線を挟んで両側の小分け容器が対称になる構造を有しているため,両側の小分け容器外縁部の切り込み部の曲線の分離線側端部における接線が,分離線において共通のものになり,したがって小分け容器外縁部の切り込み部の曲線と分離線とが成す連続曲線が接線を共通にして「互いに向かい合って対称形に漸近して接する」状況が図示されている。

 そうすると,本件補正で改められた「分離線の始端(終端)に,分離線を挟んだ両側の容器の外周線と分離線とをそれぞれ円弧状又は楕円弧状の連続曲線で結び,その円弧状又は楕円弧状の曲線が前記分離線を共通する接線として互いに向かい合って対称形に漸近して接する平面視略V字の形状」との発明特定事項は,当初明細書及び図面に記載された範囲内のものであるということができる。」

2012年8月28日火曜日

成分の配合割合等が特定されていない組成物発明の実施可能要件違反、サポート要件違反が争われた事例


東京地裁平成24年5月23日判決言渡
平成22年(ワ)第26341号 特許権侵害差止等請求事件

1.概要
 「油性液状クレンジング用組成物」に関する本件特許の侵害訴訟において、本件特許が実施可能要件およびサポート要件を満足せず無効理由が存在する旨の主張が被告(侵害被疑者)側からなされ、争われた。
 下記の本件発明1は成分(A)~(D)を含むことを特徴とする油性液状クレンジング用組成物である。請求項ではこれらの成分の配合率の範囲は特定されていない。またこの組成物の実施例では水や非イオン界面活性剤(E)が配合されているが、これらは請求項上の必須成分ではない。
 本件発明が解決しようとする課題は「手や顔が濡れた環境下で使用することができる,透明であり,かつ,適度な粘性を有する油性液状クレンジング用組成物を提供すること」である。
 実施可能要件違反に関して被告は、成分(A)~(D)を含んでいる限り、その配合率や他の成分の存否にかかわらず必ずこの課題が解決可能とは言えないと主張した。さらに、成分(A)~(D)を含む組成物であっても上記課題が解決できない場合があることを確認した実験結果を実験成績証明書(乙2の8)として提出した。
 サポート要件に関して被告は、本件発明の特許請求の範囲の記載に従って生成したクレンジング用組成物の中に,本件発明に係る課題を解決することができないものが含まれている以上(乙2の8),本件発明の特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明の記載内容を超えた技術的範囲を記載しているものであり,サポート要件を満たさない、と主張した。
 裁判所は実施可能要件、サポート要件はともに満たされていると判断した。実施可能要件は「本件明細書の記載に接した当業者は,その記載内容を参考に,技術常識に従い,(A)ないし(D)成分として使用する各成分の具体的組合せ及び配合量を適宜決定することにより,本件発明1に係る作用効果を奏する油性液状クレンジング用組成物を得ることができるものと認められる」という理由により肯定された。サポート要件についても、明細書中に各成分の好適で具体的な配合量が記載されており、好適な配合量のときに所望も課題が解決されることが開示されているのであるから、当業者であれば本件発明により所望の課題が解決されることは理解できるという理由によりサポート要件は満足されると判断した。
 クレーム作成時に細かい構成要件をどこまで記載するかの匙加減は非常に難しいが、原則としては、「この場合は課題を解決できない」というネガティブな側面をなくすことは余り重要ではない。「課題を解決するために必要な構成」を素直にクレームに記載すればよく、技術常識からみて適宜最適化すればよい構成は記載する必要はない、ということが言えそうである。ただし、組成が近似する公知技術がある場合は、成分の配合割合等が解決課題とリンクする場合があり、その場合はクレーム中に配合割合等を特定する必要があることが多いように思われる。

2.本件発明1
「【請求項1】油剤(A)とデキストリン脂肪酸エステルと(B)と炭素数8~10の脂肪酸とポリグリセリンのエステル(C)と陰イオン界面活性剤(D)を含有する油性液状クレンジング用組成物であって,
デキストリン脂肪酸エステル(B)が,パルミチン酸デキストリン,(パルミチン酸/2-エチルヘキサン酸)デキストリン,ミリスチン酸デキストリンのいずれか又は複数であり,陰イオン界面活性剤(D)が,ジ脂肪酸アシルグルタミン酸リシン塩,ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩,N-脂肪酸アシルメチルタウリン塩,脂肪酸塩,N-脂肪酸アシルグルタミン酸塩,N-脂肪酸アシルメチルアラニン塩,N-脂肪酸アシルアラニン塩,N-脂肪酸アシルサルコシン塩,N-脂肪酸アシルイセチオン酸塩,アルキルスルホコハク酸塩,アルキルリン酸塩のいずれか又は複数であること
を特徴とする油性液状クレンジング用組成物。」

3.裁判所の判断のポイント
3.1.本件各発明は特許法36条4項1号(実施可能要件)に違反するものか?
「ア 被告は,本件各発明は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく,特許法36条4項1号に違反するものであると主張する。
() そこで検討すると,争点(1)イに関する当裁判所の判断でみたとおり,本件各発明のうち,本件発明1は,手や顔が濡れた環境下で使用することができる,透明であり,かつ,適度な粘性を有する油性液状クレンジング用組成物を提供することをその作用効果とするものであり,当該作用効果は,本件特許発明の請求項1ないし5に係る各発明に共通の作用効果として示されたものであって,請求項2は,本件発明1に係る構成に加え,その作用効果のうち,透明性に関する点を,光の透過率により限定し,より高い作用効果を得られる場合があることを示したものである。
 したがって,本件発明1は,請求項2に該当する場合を包含するものということができるところ,前記第4の1(2)()でみたとおり, 本件明細書の実施例( 【0 】) の記載における「外観」及び「透過率」は,請求項2に係る作用効果を示すものであるから,本件明細書には,(A)ないし(D)成分からなる構成が示され,かつ,その場合に請求項2に係る作用効果が得られたことが記載されているものということができる。そうすると,本件明細書には,本件発明1に係る構成のみの効果は記載されていないものの,本件発明1に係る構成を含む請求項2に係る作用効果は示されているものということができ,本件発明1がその作用効果を奏することを裏付ける記載がされているということができる。
() また,本件明細書において,(A)ないし(D)成分の具体例・・・が示され,かつ,各成分の好適な配合量が開示されており・・・・,実施例1ないし7において各成分の具体的組合せや配合量も示されているのであるから(【0029】【表1】),本件明細書の記載に接した当業者は,その記載内容を参考に,技術常識に従い,(A)ないし(D)成分として使用する各成分の具体的組合せ及び配合量を適宜決定することにより,本件発明1に係る作用効果を奏する油性液状クレンジング用組成物を得ることができるものと認められるのであり,これは,原告及び被告の行った各実験結果(甲25,27,29,30,乙2の8)において,本件発明1に係る作用効果を奏する油性液状クレンジング用組成物が得られていることからも明らかである。
この点に関し,被告は,(A)ないし(D)成分を含有し,かつ,本件明細書の実施例に従って配合割合を決定した組成物であっても,透明ではなく,または安定性を欠くものがみられたから,本件各発明は実施可能性を欠くものであると主張する。
 しかし,被告の上記主張のうち,透明性に関する点は,本件発明1の作用効果としての「透明性」につき,光の透過率75%以上であることを要するとの前提に立つものであり,採用することができない。また,安定性に関する点についてみると,被告の実験結果は,本件明細書記載の実施例において(A)ないし(D)成分として使用されている物質のうち(C)成分を実施例とは異なる物質に,(D)成分について一部を実施例とは異なる物質に変更する一方,各成分の配合割合を本件明細書記載の実施例記載のものと同一としたもの(乙2の8記載の実験1,3,5)または本件明細書記載の実施例において,(E)成分として配合されているジイソステアリン酸デカグリセリンを配合せず,油剤の配合割合をその分だけ増やしたもの(乙2の8の実験2,4,6)である。被告実験では,安定性が認められないなどの実験結果が示されているものの,他方,原告からは,各成分について使用する物質を被告実験と変更することなく,その配合割合を変更したところ,本件発明1に係る作用効果を奏する油性液状クレンジング用組成物が得られた旨の実験結果(甲29)が示されている。そうすると,当業者は,(A)ないし(D)成分として用いる物質の変更や,(E)成分を配合しないものとしたことに従い,各物質の特性等を考慮し,(A)ないし(D)の各成分の配合割合を適宜変更することにより,本件発明1を実施することができるものと認められ,かつ,配合割合等の適宜の変更は,当業者の技術常識に従って可能なものであると認められる。
 したがって,被告の実験結果(乙2の8)を考慮しても,本件発明1が実施可能性を欠くものとは認めることができず,被告の主張を採用することはできない。

3.2.本件各発明は特許法36条6項1号(サポート要件)に違反するものか?
「ア 特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に定めるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明に,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるものと認識し得る程度の記載ないし示唆があるか否か,または,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時の技術常識に照らし,当業者において,当該課題が解決されるものと認識し得るか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
前記(5)()でみたとおり, 本件明細書には,(A)ないし(D)成分として使用することのできる物質の具体例,各成分の好適な配合割合が記載されている。また,本件明細書の【0010】には,「…油剤の配合量は油性液状クレンジング用組成物の全量に対して,40~95質量%が望ましい。40質量%未満では,メイク化粧料を肌から浮き出させる効果が乏しくなり,95質量%を超えるとメイク化粧料をなじませた後の洗い流しが困難となる。」,【0011】には,「…デキストリン脂肪酸エステルの配合量は0.5~5質量%が好ましい。0.5質量%未満では,十分な粘性が得られにくく,5質量%を超えると,透明に溶解することが困難となり,製剤が固くなりすぎる傾向にある。」,【0013】には,「炭素数8~10の脂肪酸とポリグリセリンのエステルは,本発明のクレンジング用組成物の全組成に対し,1~40%,特に5~25%の範囲で配合するのが好ましい。1%より少ない場合には組成物の洗浄性,水洗性が不充分になり,40%より多い場合は,『流動性が悪く油性液状を保てない』『使用時の肌への刺激等の問題が生じる』などの可能性が考えられる。」,【0015】には,「…陰イオン界面活性剤の配合量は0.1~1質量%が好ましい。0.1質量%未満では,デキストリン脂肪酸エステルを透明に分散させる効果が得られ難く,1質量%以上では,陰イオン界面活性剤が析出する恐れがある。」と記載されているのであり,これらの記載は,上記配合割合等が好適である理由につき,皮膚が濡れている場合のクレンジング力,透明性,安定性,粘度との関係において説明するものであるから,本件明細書に接した当業者は,本件明細書の上記各記載から,本件各発明における課題(手や顔が濡れた環境下で使用することができる,透明であり,かつ,適度な粘性を有する油性液状クレンジング用組成物を提供すること)が解決されるものと認識することが可能であるものと解される。
したがって,本件各発明は,いわゆるサポート要件を欠くものではなく,特許法36条6項1号に違反するものではない。」

2012年8月20日月曜日

(1)請求項中の「2つ」が「2つ以上」と「2つのみ」の両方を含むと解釈して審査したことの違法性、(2)進歩性判断における阻害要因の考慮、(3)周知技術の証拠の裁判段階での追加提出の妥当性


知財高裁平成24年8月8日判決
平成23年(行ケ)第10358号 審決取消請求事件

1.概要
 本件は拒絶査定不服審判における拒絶審決の取消訴訟において、裁判所が審決を取消した事例である。
 本件発明は「前記保護回路が2つの半導体スイッチ・・・を有しており」という特徴を有する。審決では、本願発明の保護回路が半導体スイッチを2つ以上有している構成(解釈1)と2つのみ有している構成(解釈2)の2つの解釈があり得るとした上,解釈1の場合と、解釈2の場合に場合分けし、判断した。いずれの場合も進歩性がないと結論付けた。裁判所は、明細書および図面には「2つのみ」の例しか記載されていないことから、あえて「2つ以上」の解釈を前提として判断した本決は違法であると判断した。
 本裁判例では、進歩性の判断において、引用発明における阻害要因の存在から進歩性が肯定された。
 本裁判例では、「周知技術」を説明するために裁判段階で特許庁サイドから提出された乙号証については、原告(出願人)に審判段階において意見を述べる機会が与えられるべきであると判断された。

2.本件発明
「【請求項1】MOS電界効果トランジスタとして構成された整流器素子を有しており,/該整流器素子は発電機の相巻線に接続されており,該整流器素子により前記発電機から送出された電圧がバッテリ(B)および電気的負荷へ供給される前に整流され,/前記発電機の電圧のレベルが電圧制御回路を介して励磁巻線を通って流れる励磁電流に影響することにより制御され,/前記励磁巻線に保護回路が配属されており,/該保護回路により前記電気的負荷が迅速に低減する際に前記励磁巻線に蓄積された磁気エネルギが電気エネルギに変換されて前記バッテリ(B)へフィードバックされ,前記励磁巻線が遮断される,/複数の相巻線と1つの励磁巻線とを有する発電機のための制御形の整流器ブリッジ回路において,/前記保護回路が2つの半導体スイッチ(V11,V21)を有しており,該2つの半導体スイッチは前記励磁巻線に直列に接続されかつ前記バッテリ(B)に対して並列に接続されており,/第1の半導体スイッチ(V11)および前記励磁巻線(E)の直列回路に対して並列に第1のダイオード(V31)が配置されており,さらに第2の半導体スイッチ(V21)および前記励磁巻線(E)の直列回路に対して並列に第2のダイオード(V41)が配置されている/ことを特徴とする複数の相巻線と1つの励磁巻線とを有する発電機のための制御形の整流器ブリッジ回路」

3.争点
 明細書、図面には保護回路の半導体スイッチが「2つのみ」の記載しかない。出願人は「2つ以上」とする解釈1を前提とする審決は誤りであると主張した。一方、特許庁サイドは「2つのみ」は例示であり、「2つ以上」も発明の要旨に含まれると主張した。
 審決では、「2つのみ」の解釈2の場合も、引用発明に「4つの半導体スイッチ」が含まれ、この引用発明において半導体スイッチを「2つ」に変更することは容易であると判断された。引用発明においてこの変更を加えることの阻害要因があるか否かが争われた。
 被告(特許庁長官)は訴訟段階で、半導体スイッチが「2つ」であることが周知技術であることを証明するために乙1~乙3号証を追加提出した。原告(出願人)に意見を述べる機会が与えられていないことの妥当性が争われた。

4.裁判所の判断のポイント
4.1.「前記保護回路が2つの半導体スイッチを有しており」の解釈
「ア 本件審決は,本願発明の保護回路が半導体スイッチを2つ以上有している構成(解釈1)と2つのみ有している構成(解釈2)の2つの解釈があり得るとした上,解釈1の場合の相違点3は,容易に想到することができると判断した。
しかしながら,そもそも,特許請求の範囲には,「2つの半導体スイッチ」と記載され,本願明細書の発明の詳細な説明にも,2つの半導体スイッチ(トランジスタ)がある場合の実施例が記載されており,それを超える数の半導体スイッチがある場合についての記載はない。
 したがって,本願発明は,保護回路が2つの半導体スイッチを有しているのであって,保護回路が2つ以上の半導体スイッチを有していることを前提とする解釈1は,保護回路が2つのみの半導体スイッチを有していることを前提とする解釈2と別個に判断する必要がなく,あえて解釈1に基づく判断をした本件審決の認定判断は,その点において,誤りである。

4.2.阻害要因の存在による進歩性の肯定
「ア 本件審決は,本願発明の保護回路が半導体スイッチを2つ以上有している構成(解釈1)と2つのみ有している構成(解釈2)の2つの解釈があり得るとし,解釈2の場合の相違点3(本願発明は,励磁巻線に,2つの半導体スイッチを有し,
 第1の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第1のダイオードが配置され,さらに第2の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第2のダイオードが配置された保護回路が配属され,電気的負荷が迅速に低減する際に前記励磁巻線に蓄積された磁気エネルギが電気エネルギに変換されてバッテリへフィードバックされ,前記励磁巻線が遮断されるのに対し,引用発明は,そのような構成とされていない点)は,容易に想到することができると判断した。
 そして,被告は,引用発明においても,過電圧保護はコイルにダイオードを接続することで対処する技術常識の下,解釈2に基づいてスイッチング素子の個数を2個として周知技術(乙1~3)のように第1,2のダイオードから構成されるフィードバック回路とすることは当業者が容易に考えられたことである旨主張する。
しかしながら,引用発明の「4つの半導体スイッチを有するH型ブリッジ回路」を「2つの半導体スイッチを有する回路」に変更すると,増磁電流と減磁電流を流すために用いられるH型ブリッジ回路とした引用発明の基本構成が変更され,減磁電流を流すことができなくなり,引用発明の課題を解決することができなくなるから,仮に被告主張の周知技術があったとしても,このような変更には阻害要因がある。

4.3.周知技術の証拠の追加の違法性
「なお,被告は,本訴において,乙1ないし3を周知技術として提出した。本件審決は,界磁回路が4つの半導体スイッチング素子を有するH型ブリッジ回路に接続された引用発明に周知例1及び2に記載された技術を適用して本願発明を容易に想到することができたとするものであり,乙1ないし3は,本件審決において引用されず,これらに基づく容易想到性は判断されなかったものである。そこで,再度の審判手続においては,乙1ないし3を引用した上,原告に意見を述べる機会を与えるべきである。

2012年8月12日日曜日

審決取消訴訟において追加された周知技術の説明のための証拠は考慮できないと判断された事例


知財高裁平成24年8月9日判決
平成23年(行ケ)第10374号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例では、発明の進歩性を否定し拒絶された審決が取消訴訟において取り消された。
 審決では、本願発明と主引用発明との相違点に係る特徴が周知技術であるとして、「常套手段2」と認定された。そしてこの「常套手段2」は甲4文献から容易に導くことができる設計事項であるとされた。
 しかしながら甲4文献では、争われた周知技術の特徴が十分に記載されているとはいえなかった。この点を補うために、審決取消訴訟の段階になって被告(特許庁長官)は乙2文献および乙3文献を証拠として提出した。
 裁判所は新たに追加された証拠を考慮して進歩性を判断することはできないとして審決を取り消した。
 なおこの事例では証拠が訴訟の段階で追加されたことが問題となっている。審決の段階で新たに周知技術説明のための証拠を追加することが手続要件違反か争われた事例ではない。

2、本願発明
 本願請求項1に記載された本願発明は以下の通り
「風力タービンを運転することにより電気ネットワークおよび前記電気ネットワークに接続される負荷へ電力を供給する方法であって,
  前記風力タービンは,ロータ(4)により駆動され交流電力を発生する発電機と,
  前記交流電力を整流して整流直流電力を出力する整流器(16)と,
  前記整流直流電力が供給され,前記整流直流電力を交流電力へ変換し,該変換された交流電力を前記電気ネットワークに供給するインバータ(18)と,
  前記インバータ(18)を制御するマイクロコントローラ(20)と,を有し,
  前記電気ネットワークにおける少なくとも一点において,電圧を測定し,電圧測値を求めるステップと,
  前記マイクロコントローラ(20)が前記電圧測値および所定のパラメータの値に基づいて,前記電気ネットワークへ供給される電力の電流と電圧との角度を表わす位相角φとして設定されるべき値(以下「目標位相角」という)を導出し,前記インバータ(18)を制御して位相角φを該目標位相角に設定するステップと,
  前記マイクロコントローラ(20)が前記インバータ(18)を制御するステップと,を有し,
  前記インバータ(18)を制御するステップは,さらに,
 前記電圧測値が下方参照電圧Uminと上方参照電圧Umaxとの間に含まれる場合は,前記位相角φの大きさが一定に保たれるよう前記インバータ(18)を制御するサブステップと,
  前記電圧測値が前記上方参照電圧Umaxを上回る場合には,前記電圧測値のさらなる増大に応じて前記位相角φが大きくなるように,又は,前記電圧測値が前記下方参照電圧Uminを下回る場合には,前記電圧測値の減少に応じて前記位相角φが小さくなるように,前記電圧測値が所定の参照電圧を示すようになるまで前記電気ネットワークへ誘導性または容量性の無効電力が供給されるよう,前記インバータ(18)を制御するサブステップと,を含むこと
  を特徴とする方法。」

3.主引用発明に記載されていない「相違点2」
 審決においては本願発明における以下の制御ステップが引用発明には開示されていない特徴であるとして「相違点2」と認定された
「マイクロコントローラが電圧測値および所定のパラメータの値に基づいて,インバータを制御するステップと,を有し,前記電圧測値の変動を制御するよう,インバータを制御する,方法において,本願発明では,マイクロコントローラが電圧測値および所定のパラメータの値に基づいて,「電気ネットワークへ供給される電力の電流と電圧との角度を表わす位相角φとして設定されるべき値(以下「目標位相角」という)を導出し,インバータを制御して位相角φを該目標位相角に設定するステップ」と,前記マイクロコントローラが前記インバータを制御するステップと,を有し,
 前記インバータを制御するステップは,さらに,「前記電圧測値が下方参照電圧Uminと上方参照電圧Umaxとの間に含まれる場合は,前記位相角φの大きさが一定に保たれるよう前記インバータを制御するサブステップと,前記電圧測値が前記上方参照電圧Umaxを上回る場合には,前記電圧測値のさらなる増大に応じて前記位相角φが大きくなるように,又は,前記電圧測値が前記下方参照電圧Uminを下回る場合には,前記電圧測値の減少に応じて前記位相角φが小さくなるように,前記電圧測値が所定の参照電圧を示すようになるまで前記電気ネットワークへ誘導性または容量性の無効電力が供給されるよう,前記インバータ(18)を制御するサブステップと,を含む」のに対して,引用発明では,そのような特定がされていない点。」

4.審決の判断
 審決では以下のように判断し、
「電圧測値が下方参照電圧Uminと上方参照電圧Umaxとの間に含まれる場合は,位相角φの大きさが一定に保たれるようインバータを制御するサブステップと,前記電圧測値が前記上方参照電圧Umaxを上回る場合には,前記電圧測値のさらなる増大に応じて前記位相角φが大きくなるように,又は,前記電圧測値が前記下方参照電圧Uminを下回る場合には,前記電圧測値の減少に応じて前記位相角φが小さくなるように,前記電圧測値が所定の参照電圧を示すようになるまで電気ネットワークへ誘導性または容量性の無効電力が供給されるよう,前記インバータ(18)を制御するサブステップと,を含む」構成は,電圧測値に応じた位相角φを出力する際に,電圧測値の所定範囲では位相角φを一定に保つようにすること,すなわち不感帯を設けることといえるが,電力系統の電圧制御や無効電力の制御を行う技術分野において不感帯を設けることは,常套手段である(以下,「常套手段2」という。例えば,当審の拒絶理由に示した特開平5-244719号公報の段落【0001】,【0007】,図4を参照のこと。)。
 したがって,上記したような引用発明との共通課題を有する上記周知技術を,引用発明に採用するにあたり,上記常套手段2を考慮することにより,位相角φの設定により無効電力を設定・制御する際に,位相角φに不感帯を設けるようにすることは,単なる設計的事項に過ぎない。」

5.裁判所の判断
「他方,審決が認定した常套手段2は,「電力系統の電圧制御や無効電力の制御を行う技術分野において不感帯を設ける」というものであり,その具体的な制御方法等は,何ら開示がない。また,甲4文献に記載されている不感帯域は,系統母線電圧と無効電力について,目標値V0 ・Q0 の周囲に予め決められた不感帯域を設定し,負荷時タップ切換変圧器LR,電力用コンデンサCs,あるいは分路リアクトルSRの制御を行うことにより,系統母線電圧と無効電力を上記不感帯域に収めるものである(段落【0007】【0009】)。したがって,甲4文献記載の事項がいかに技術常識であったとしても,当業者が,甲4文献記載の事項を適用することにより,本願発明における引用発明との相違点2に係る構成・・・・に,容易に想到すると解することはできない。
 この点につき,被告は,本訴において新たに,特開平3-122705号公報(乙2)及び特開平10-191570号公報(乙3)を提出する。・・・
 しかし,上記の不感帯における制御に関する審理,判断が一切されていない,審判手続の審理経緯に照らすならば,本訴訟に至って,上記証拠(乙2,乙3)を考慮に入れた上で,相違点2に係る構成の容易想到性の有無の判断をすることは,相当とはいえない。」