2011年4月30日土曜日

物の発明の実施可能性を担保するための開示の程度が争われた事例

知財高裁平成23年4月14日判決

平成22年(行ケ)第10247号 審決取消請求事件

1.概要

 本願発明は所定の特性により規定された物の発明である。

 出願時明細書には、本願所定の特性を有する物の製造方法が記載されている。しかしながら記載された条件の全範囲に亘って本願発明に係る物が製造できるわけではなく、製造のためには当業者による条件調節が行われることが前提である。

 特許庁審判体は、所定の特性を有する物を製造するためには当業者にとり試行錯誤が必要であること、製造可能性が保証されていないことを理由として、本願は実施可能要件を満たしていないと判断した。

 知財高裁はこの審決を取り消した。技術常識を加味すれば本願明細書の記載から本願発明1の物を製造することができると判断した。

2.本願発明1

「【請求項1】基板上に炭素膜の層を有する電界放出デバイスであって,該炭素膜は電界の影響下で電子を放出し,該炭素膜は,1578cm-1~1620cm-1の範囲のUVラマンバンドを有し,該UVラマンバンドは25cm-1~165cm-1の半値全幅値(FWHM)を有する,電界放出デバイス」

3.裁判所の判断のポイント

本願発明に係る炭素膜の製造方法について

ア 本願発明に係る炭素膜の構造

 本願明細書において,従来技術とされている電界放出デバイスに適用される炭素膜は,「CVDあるいは欠陥補強CVDダイアモンド膜又は主にsp3結合を有するダイアモンド状炭素(DLC)膜」である(【0024】)。「ダイアモンド膜」とは,「ダイアモンド結晶構造を有する膜」であり,「ダイアモンド状炭素(DLC)膜」とは,「sp2とsp3結合が混合したアモルフォス膜」であり,UVラマンスペクトルは,1580~1620cm-1において励起線を示すが,可視ラマンは1580cm-1線(Gバンド)及び1350cm-1線(Dバンド)のいずれをも示さない(【0025】)。

 これに対し,本願発明の炭素膜は,従来技術のダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜に比べて,優れた放出特性を示すもので(【0013】),「ダイアモンド状」炭素膜ではなく,また単なる「ダイアモンド」膜でもなく,「アモルフォス,非常に無秩序な黒鉛状炭素,並びにいくらかの不規則なsp3結合炭素及び秩序立ったsp3結合炭素の,独特な組合せからなる」ものである(【0021】)。そして,このような炭素膜は,ダイアモンド/黒鉛状炭素比に関し,可視ラマンスペクトル分光法に比べて極めて感度の高いUVラマンスペクトル分光法によってもダイアモンド成分に特有の1332cm-1のラマン励起線は出現しないか,出現しても小規模であり(【図1】),1578cm-1~1620cm-1の範囲のUVラマンバンドを有し,該UVラマンバンドは25cm-1~165cm-1の半値全幅値(FWHM)を有するものである。

 このように,従来技術の炭素膜と本願発明の炭素膜とは,構造及び特性において十分に区別されているということができる。

イ 本願発明に係る炭素膜の製造方法

 前記1のとおり,本願明細書には,本願発明の製造工程として,以下の記載がある(【0010】)。

(ア)炭素層は,熱いフィラメントによって補助された化学蒸着(「CVD」)プロセスを用いて堆積し得る。

(イ)基板は,CVD反応器中のホルダー上に載置される。

(ウ)水素ガスが,反応器におよそ10分間未満,流入される。

(エ)次に,メタンのパーセンテージが50%未満である,水素及びメタンの混合物が,反応器の中に1時間未満,流入される。

(オ)上記工程(エ)におけるよりもメタンのパーセンテージが低い,別の水素及びメタンの混合物が,反応器に2時間未満,流入される。

(カ)そして,CVD反応器内において,水素のフローが15分未満行われる。 また,本願明細書には,上記製造工程における製造条件としては,以下のことも記載されている(【0011】【0012】)。

(キ)少量の酸素,窒素,あるはホウ素ドーパントが,ガス流に含まれてもよい。

(ク)フィラメントの温度は,1600℃~2400℃の範囲に設定される。

(ケ)基板の温度は,600℃~1000℃の間に設定されている。

(コ)堆積圧力は,5~300torr の間である。

ウ 本件意見書の記載

  原告は,法36条4項違反等を指摘する拒絶理由通知書に対応して,平成21年7月6日,本件意見書を提出した(甲5)。

 本件意見書には,本願発明に係る3つの炭素膜を製造した際に用いられたパラメータを記載したランシート及びそれをまとめた【表1】が添付されている。それによれば,サンプル「LJ012397-02-A(図1及び図4)」,サンプル「LJ012797-03-A(図2及び図5)」及びサンプル「FF031497-01-A(図3及び図6)」の3つの炭素膜のサンプルを製造した際,クリーン,シーディング,グロース,エッチングの各ステップにおけるフィラメント温度,基板温度,堆積圧力,ガス混合物が記載され,説明されている。

 また,本件意見書には,水素の流速が非常に低くダイアモンド微結晶が非常に小さい場合には,炭素膜がグラファイト膜に近づき,ダイアモンド微結晶が大きくなると,炭素膜の性質がダイアモンド膜に近づくことが,文献を上げて説明されている。

エ 当業者の技術常識

 従来のDLC膜は,ダイアモンド構造が多い場合も少ない場合も存在することは,本願明細書にもあるとおり,公知である。このことや,本件意見書中の上記記載によれば,当業者であれば,sp3結合を少なくして1580cm-1近傍のピークの半値幅を小さくする実施条件を,予測することができるものと解される。

小括

 以上総合すれば,本願明細書には,本願発明1に係る炭素膜の製造方法が記載されているところ,記載された条件の中で,当業者が技術常識等を加味して,具体的な製造条件を決定すべきものであり,これにより本願発明1に係る炭素膜を製造することは,可能であるというべきである。

 本件審決の判断について

ア 本件審決は,①本願発明1で用いられる炭素膜の製造工程は,上記イの(ア)(イ)(エ)が必須の製造工程であるが,同(ウ)(オ)(カ)は選択的なものであること,②本願発明の製造工程は,従来の「ダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜」の製造方法として甲1刊行物及び甲2刊行物に記載されている製造工程と実質的に同じものであり,その製造条件は,従来の「ダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜」の製造方法として上記刊行物に記載されている製造条件を含むから,発明の詳細な説明に記載されている炭素膜の製造工程は,当該製造工程により従来のダイアモンド状の炭素あるいはCVDダイアモンド膜が製造できても,それを超える本願発明1に係る炭素膜の製造を保証するものではないこと,③炭素膜の製造方法における温度,圧力等の製造パラメータが多数あり,かつ,その数値範囲もCVDダイアモンド膜が製造できる数値を含んでいることから,当業者は,種々の製造パラメータにおける適正な範囲やそれらの組合せ,その他の製造パラメータについて更に特定して,所望の特性を有する炭素膜を製造する方法を見つけ出さなくてはならず,当業者が過度の試行錯誤を強いられること,④したがって,本願発明1の電子放出デバイスが有する「炭素膜」を実施するための製造方法に関して,発明の詳細な説明には,従来のダイアモンド膜を含む一般の「炭素膜」を製造する方法が記載されているにすぎず,請求項1に記載したUVラマンバンドに関する特性を有する特定の炭素膜を実施するための製造方法が,明確かつ十分に記載されているものとはいえないし,本願発明1の「炭素膜」を得るための具体的な製造方法が,当業者の技術常識であったともいえないと判断した。

イ しかしながら,本件審決の上記①ないし③の判断は,以下のとおり,誤りである。

 上記①について

 本願明細書(【0010】)には,本願発明の製造工程が工程順に記載されているのであるから,当業者は,明細書の記載としては,代表的な製造プロセスの全工程が一体として記載されていると理解するのが通常であると解される。そして,製造工程のうち,上記イの(ウ)(オ)(カ)の工程について,時間の上限のみが言及されているからといって,その工程が省略可能であり,その余の同(ア)(イ)(エ)の工程のみが必須の製造工程であると解することは相当とはいえない。また,本願明細書の記載(【0021】~【0024】【0027】)からは,本願発明の炭素膜は秩序だったsp3結合炭素の領域が非常に小さく,均一に分散しているという特徴的組織構造を有しており,本願明細書の記載(【0010】~【0012】)及び本件意見書(甲5)の上記記載等によると,水素流速を非常に小さくして形成するとダイアモンド微結晶が形成できることが示されており,本願明細書の【0010】ないし【0012】で示された範囲の中でも,ガス濃度を小さくする等の結晶を大きくさせない条件によって,ダイアモンド微結晶が形成できることが示唆されているということができる。

 よって,本願明細書【0010】の製造工程中,上記イの(ア)(イ)(エ)のみが必須の製造工程であるとした本件審決の上記①の判断は,誤りである。

 上記②について

 甲1刊行物は,耐摩耗性,耐熱性及び耐欠損性に優れた工具用ダイアモンドを製造するための方法に関するものである(【0001】)。甲1刊行物には,【請求項1】に記載されるように,多結晶ダイアモンドを気相合成する方法の原料ガスの水素に対する炭素源の濃度を経時的にかつ周期的に変化させる方法が記載されており,実施例として,【0033】及び【0034】のプロセスを繰り返すことが記載されている(【0032】~【0035】)。しかしながら,甲1刊行物は,あくまでもダイアモンド膜の文献であり,形成される炭素膜に関して,X線解析によってより硬く摩耗しにくく劈開しにくい多結晶ダイアモンドを製造するために(【0015】),多結晶ダイアモンドがどのような結晶面を有しているかを分析しているだけであって,アモルフォス部分や非常に無秩序な黒鉛状の部分が混合されている点や,sp2結合状態とsp3結合状態の分布を問題にしている点に関して何ら認識していないものである。たとえ,【0033】【0034】のプロセスのうち一部を取り出せば,本願明細書【0010】ないし【0012】に重複する条件があるとしても,本願発明とは膜構造や特性が異なるダイアモンド膜に関する甲1刊行物によって,UVラマンバンドを特定して,電界放出デバイス特性を向上させた本願発明の記載要件判断における,一般的なダイアモンド状炭素(DLC)膜の製造方法に関する技術水準を認定すること自体,誤りである。

 また,甲2刊行物は,多結晶薄膜ダイアモンドを形成する薄膜ダイアモンドの製造方法に関するものである。甲2刊行物には,ダイアモンドの硬度,熱伝導率,透光性,耐熱性を利用した半導体分野での応用を前提として発明がされていること(【0001】~【0003】),ダイアモンド結晶合成時の核発生密度を高めることで緻密な薄膜ダイアモンドを実現し,薄膜ダイアモンドと基板との界面での応力緩和を課題としていること(【0008】)が記載されており,水素-メタン混合ガスを用いた合成条件が開示されている(【0048】)。しかしながら,甲2刊行物は,フッ酸を含む電解液中での陽極化成処理で基板表面に多孔質層を形成して格子歪みを導入した後,薄膜ダイアモンドを気相合成して,できるだけ多くの核発生を生じさせ,最終的に連続膜を形成することを目的としたものであり(【請求項1】【0051】),アモルフォス部分や非常に無秩序な黒鉛状炭素の部分が混

合されている点や,sp2結合状態とsp3結合状態の分布を問題にしている点に関して何ら認識していない。たとえ,【0048】のプロセスのうち一部を取り出せば,本願明細書【0010】ないし【0012】に重複する条件があるとしても,本願発明とは膜構造や特性が異なるダイアモンド膜に関する甲2刊行物によって,UVラマンバンドを特定して,電界放出デバイス特性を向上させた本願発明の記載要件判断における,一般的なダイアモンド状炭素(DLC)膜の製造方法に関する技術水準を認定すること自体,誤りである。

 なお,被告は,炭素膜についての実施可能要件を論ずるに当たっては,請求項1で特定された炭素膜の材質,構造あるいは製造方法の異同が本質といえるものであって,その用途の相違は格別問題とならないと主張する。しかし,対象としている用途が異なることに起因して着目している炭素膜の構造や特性が異なっており,本願発明では,アモルフォス構造等の中に秩序立ったsp3結合炭素(ダイアモンド構造)を非常に少量,均一性をもって分散させることに着目するのに対し,甲1刊行物及び甲2刊行物は,均一な多結晶ダイアモンド層を形成することに着目していることからみて,膜構造について着目している点がそもそも異なり,かつ,実際の膜構造も異なっているのであるから,甲1刊行物及び甲2刊行物を実施可能要件判断のための技術水準の認定に用いることは,相当でない。

 よって,甲1刊行物及び甲2刊行物に基づき技術水準の認定をした本件審決の上記②の判断は,誤りである。

 上記③について

 なお,本件審決の上記③の判断は,全てのパラメータの開示が必要であることを述べたものではなく,炭素膜の形成に影響を及ぼす他のパラメータの存在を指摘して,開示条件の記載が少ないことを指摘したものにすぎないと解される。そして,被告が主張するような無数の試行錯誤があるわけではなく,当業者にとって過度な試行錯誤とまではいえない。

 被告の主張について

ア 被告は,当業者が,一般的なダイアモンド状炭素(DLC)膜の製造方法の域を出ていない本願明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明1に係る「電界放出デバイス用炭素膜」を製造できることが保証されることにはならないと主張する。

 しかし,本願明細書に記載された複数の条件の全範囲で,本願発明が製造できる必要はなく,技術分野や課題を参酌して,当業者が当然行う条件調整を前提として,【0010】ないし【0012】に記載された範囲から具体的製造条件を設定すればよい。

イ 被告は,本件意見書に添付したランシートに記載された3つのサンプルについて,4つの製造条件(パラメータ)がカバーする範囲は,本願明細書の発明の詳細な説明(【0010】~【0012】)に記載された製造条件(パラメータ)の範囲の一部分でしかないと主張する。

 しかし,本来,物の発明において,適用可能な条件範囲全体にわたって,実施例が必要とされるわけではない。物の発明においては,物を製造する方法の発明において,特許請求の範囲に製造条件の範囲が示され,公知物質の製造方法として,方法の発明の効果を主張しているケースとは,実施例の網羅性に関して,要求される水準は異なるものと解される。

 なお,本件意見書のランシートに記載された3つのサンプルは,本願明細書(【0010】~【0012】)で示された範囲のうち,偏った部分の具体例,すなわち,メタン濃度が低く,流入時間が短い部分の具体例,基板温度も低い部分の具体例,堆積圧力も低い部分の具体例であるといわざるを得ない。しかしながら,本願発明が,「薄く(300ナノメートル未満),アモルフォス,非常に無秩序な黒鉛状炭素,並びにいくらかの不規則なsp3結合炭素及び秩序立ったsp3結合炭素の,独特な組合せからなっている炭素膜」(【0021】)という目標構造を持っている以上,膜厚の大きな,結晶性の高い膜を得るためには,原料ガスを十分に供給して,基板温度を上げて結晶性を高めることが一般的膜形成の技術常識というべきであるから,これは予測可能な結果であるということができる。

 そして,クリーニングやエッチングを行う前提で,結晶核を形成する段階(シーディング工程)ではメタン濃度をある程度高くし,発生した結晶核を成長させる段階(グロース工程)では,メタン濃度を下げるという方法で,本件意見書(甲5)のランシートのサンプル(LJ012397-02-Aの試料)が製造できたのであり,最終目標とする炭素膜の構造である無秩序なマトリックス内に秩序立ったsp3結合炭素が均一に少量存在するというものの製造方法ということができる。

 以上のとおり,本願明細書【0010】ないし【0012】の条件範囲は,製造可能なパラメータ範囲を列挙したと捉えるべきで,当業者は具体的な製造条件決定に際しては,技術常識を加味して決定すべきものである。」

2011年4月10日日曜日

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2011年4月2日土曜日

用途の同一性が争われた事例

知財高裁平成23年3月23日判決

平成22年(行ケ)第10256号審決取消請求事件

1.概要

 本事例では、無効審判審決において特許庁審判体は用途の新規性を肯定し、知財高裁は用途の新規性を否定した。

 知財高裁は、用途発明の同一性を判断する際の判断基準を以下のとおり示した。

「物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。」

 審判体と裁判所の判断を以下に紹介する。

2.本件特許発明

【請求項1】

A ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,シクロデキストリン,アミノペクチン,又はメチルセルロースの存在下で

B 金属塩還元反応法により調整され,

C 顕微鏡下で観察した場合に粒径が6nm 以下の白金の微粉末からなる

スーパーオキサイドアニオン分解剤。

3.審決の理由

 審決は,本件特許発明は,甲1(特開2002-212102号公報)及び甲2(特開2001-122723号公報)記載の発明と同一ではなく,また,甲1,2及び甲3(高分子論文集 Vol.57No.6pp346-355(2000)「高分子保護貨幣金属ナノクラスターの調製と機能」)の記載及び本件優先日当時の当業者の技術常識を考慮しても,当業者が容易に想到できたものとは認められないから,本件特許を無効とすることはできないとするものである。

3.1.甲1の記載

 白金微粉末に関するもの(構成A~Cに関するもの)として,(a)コロイド中の白金粒子が,単一粒子で10nm 以下で,その単一粒子が鎖状になった凝集粒子が150nm オーダー以下で分散している白金コロイド溶液であって,たとえば,金属塩還元法(特に,特願平11-259356号に記載の方法)により製造されるもの,及び,(b)具体例として,『しんくろ』と名づけられた白金コロイド溶液であり,金属塩還元法によって製造され,凝集粒子径(鎖状)が4~8nm の白金凝集粒子を含むものが記載されており,また,白金微粉末の性質ないし用途に関するもの(構成Dに関するもの)としては,金属塩還元法,とりわけ,特願平11-259356号に記載の方法によって得られた金属微粒子(コロイド)(PtPd コロイド)の性質として,(c)過酸化水素水の分解反応を触媒すること,及び,上記(b)の白金微粉末の性質として,(d)上記(1―5)に記載されるような各種病気(判決注・リュウマチ,胆嚢・ポリープ,低血圧,腎臓病,肝臓病,アトピー,生理不順,肥満,糖尿病,食欲不振,高血圧,リンパ球ガン,子宮ガン,肝臓ガン,C肝炎,膠原病,神経痛,腸閉塞,腎盂炎,腎不全,肺気腫,胃酸過多,腕のしびれ,慢性鼻炎,口内炎,脳梗塞,血栓症,自律神経失調症,生理痛,直腸ガン,胃潰瘍等)の症状改善に効果がある。

3.2.用途限定(構成D)に関する審決の判断

「本件特許発明の要件Dは、「スーパーオキサイドアニオン分解剤」であるのに対し、甲第1号証には、上述のように、(c)過酸化水素水の分解反応を触媒すること(上記(1-3))、及び、(d)上記(1-5)に記載されるような各種病気の症状改善に効果があることが記載されているのみであり、スーパーオキサイドアニオンの分解に関する記載はないから、少なくとも形式的には、甲第1号証には、要件Dは記載されていない。

 また、上記(c)については、過酸化水素とスーパーオキサイドアニオンがいずれも活性酸素の一種であるということができても、乙第1号証には、「個性豊かな四つの活性酸素」という項において、「a.スーパーオキシドイオン」と「b.過酸化水素」は別の項目で説明されており、このうち、スーパーオキサイドアニオンは、「Oはラジカルで、しかも陰イオン(アニオンともいう)であり、多様な反応性を示します(図7)。」(13頁、9~10行)と記載され、図7には、ラジカルとしての反応性として、塩基触媒反応、求核置換反応及び求核付加反応の例が、また、アニオンとしての反応性として、水素引き抜き反応、一電子酸化反応、一電子還元反応及び不均化反応の例が記載されているのに対し、過酸化水素については、「過酸化水素(H)は不対電子を持っておらず(図6)、したがってOや・OHと異なってラジカルではありません。しかしながら、わずかなきっかけで・OHを生成するというとても不安定な性質をもっているために活性酸素の仲間に入れられています。・・・過酸化水素そのものの酸化力は大きくありません。むしろ、過酸化水素は・OH、HO・(ヒドロキシペルオキシラジカル、Oの水素イオンがついたもの)源として重要です。過酸化水素が種々の菌を殺す殺菌効果があるというのも、過酸化水素分子自身がその作用を行うというよりも、それが分解して・OHを生成し、それが真の反応種となっている場合の方が多いともいわれています。過酸化水素は、ヒトの細胞の中にある鉄イオンや銅イオンと反応して・OHを生成します。」(17頁5~16行)と記載され、この記載によると、両者は、異なる反応性を有する化学物質であると認識されていたものと認められる。また、乙第1号証の30頁2~8行に、「最近、生物の寿命とSOD活性能力(すなわち、体重1グラム当たり同じエネルギーを生み出すのにどれだけのSODが関与しているかを表す)との相関性が認められています。・・・SOD活性が高いほど活性酸素の消去が早く、寿命を伸ばすはたらきがあることがわかります。」と記載されているように、スーパーオキサイドアニオンの代表的なスカベンジャーであるSODについての生物学的な意義が認識されている。つまり、SODの基質であるスーパーオキサイドアニオンについての生物的な意義が認識されているということができる。さらに、二酸化マンガンのように、過酸化水素の分解を触媒するが、スーパーオキサイドアニオンに触媒的な分解作用を発揮しないものや、カテキンのように、スーパーオキサイドアニオンに対して分解活性を示すが、過酸化水素には分解活性を示さない(乙14参照)ものが存在するという事実も、過酸化水素分解作用とスーパーオキサイドアニオン分解作用は別のものであることを示している。

 したがって、スーパーオキサイドアニオンの分解と、過酸化水素の分解とは、実質的に同一のものということはできない。

 次に、上記(d)については、甲第1号証に記載された各症状の改善とスーパーオキサイドアニオンの分解作用とを関連づける記載は、甲第1号証にはなく、また、これらの症状が改善したことから直ちに、白金微粉末がスーパーオキサイドアニオン分解作用を有するといえるとの技術常識が存在したものとも認められない。

 続いて、請求人が、本件特許発明の基礎になっている「スーパーオキサイドアニオン分解作用」について、『これが未知の属性であったと仮定しても、本件特許はこの属性に基づく新たな用途を何ら提供するものではない。』とも主張するので、この点について検討する。

 まず、本件特許発明に係る「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、請求項には、使用態様や具体的な用途について特段の限定がないので、本件特許明細書に記載された用途のみならず、スーパーオキサイドアニオン分解作用に関する、本件優先日当時における当業者に周知の知見から自明な用途に使用するものも包含するものと認められる。

 そうすると、本件特許明細書には、「本発明の分解剤は、活性酸素に起因するとされる前記の疾病、特に筋萎縮性側索硬化症(FALS)などの予防又は治療に有効であると期待される。また、還元水の形態として提供される本発明の分解剤は、健康食品としての飲料水又はスポーツドリンクとして用いることができ、それ自体を医薬又は化粧料として使用できるほか、健康食品の製造や医薬又は化粧料などの製造に用いることもできる。」(段落【0021】)と記載されているが、これらのみならず、「スーパーオキサイドアニオン分解剤」という発明が提供する用途は、スーパーオキサイドアニオン分解作用という属性から、本件優先日当時における当業者にとって自明な用途にも及ぶものと認められる。

 そして、本件特許発明の「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、医薬分野における各種用途の他、(i)飲食物中の過酸化水素発生抑制のための適用(乙第9,10号証)、(ii)油脂の酸化防止のための適用(乙第11号証)、(iii)ポリマーの光分解防止のための適用(乙第12号証)、(iv)二酸化チタンから生成するスーパーオキサイドアニオン消去のための適用(乙第13号証)等への使用可能性を有しているものと認められるので、請求人の『これが未知の属性であったと仮定しても、本件特許はこの属性に基づく新たな用途を何ら提供するものではない。』との主張は採用できない。

 この点に関し、請求人は、『被請求人が上申書にて主張する「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の個別具体的な用途は、(1)甲第1号証に記載の用途と区別不可能な用途、(2)本件特許明細書に何ら記載も示唆もされておらず、出願時の技術水準を考慮しても自明とはいえない用途、(3)本件特許発明の剤により、当該用途に用い得るか否かが、本件特許明細書の記載並びに出願時の技術水準を組み合わせても不明である用途のいずれかの一以上に該当し、何ら新たな用途を提供するものではない』と主張する。

 請求人は、このうち、(2)に該当するものとして、(ii)油脂の酸化防止のための適用、(iii)ポリマーの光分解防止のための適用、及び、(iv)二酸化チタンから生成するスーパーオキサイドアニオン消去のための適用を指摘するが、乙第11~13号証には、スーパーオキサイドアニオンが、油脂の酸化劣化を促進すること(乙第11号証)、ポリマーの光分解及び進行の過程でスーパーオキサイドアニオンが生成すること(乙第12号証)及び、二酸化チタンを日焼け止め剤として使用する際には、スーパーオキサイドアニオンが皮膚に酸化的損傷を与えること(乙第13号証)がそれぞれ記載されていることから、本件特許発明に係るスーパーオキサイドアニオン分解剤を、(f)~(h)のような、食品分野、工業分野又は化粧品分野へ使用できるものと、本件優先日当時の当業者が認識できたものと認められる。

 また、請求人は、(3)に該当するものとして、医薬分野における各種用途として挙げられたもののうち、SOD様物質としての適用、フリーラジカルによって引き起こされる疾病の予防又は治療のための適用、及び、炎症抑制のための適用を指摘するが、これらについても、乙第3~8号証の記載から、スーパーオキサイドアニオン分解作用と、上記用途への適用を関連づけることは可能であると認められる。

 したがって、本件特許発明の「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は、(1)のように、甲第1号証に記載された用途と重複する用途が存在するとしても、(2)及び(3)のように、甲第1号証に記載された用途とは異なる新たな用途を提供するものと認められるので、この点に関する請求人の主張は採用することができない。


4.裁判所の判断のポイント

「当裁判所は,下記の事実関係を総合すれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえず,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎず,本件特許発明は,甲1の記載と実質的には同一のものであって,新規性を欠くことになるから,これと異なる審決の認定,判断には誤りがあると解する。」

(1) 一般に,公知の物は,特許法29条1項各号に該当するから,特許の要件を欠くことになる。しかし,その例外として,①その物についての非公知の性質(属性)が発見,実証又は機序の解明等がされるなどし,②その性質(属性)を利用する方法(用途)が非公知又は非公然実施であり,③その性質(属性)を利用する方法(用途)が,産業上利用することができ,技術思想の創作としての高度なものと評価されるような場合には,単に同法2条3項2号の「方法の発明」として特許が成立し得るのみならず,同項1号の「物の発明」としても,特許が成立する余地がある点において,異論はない(特許法29条1項,2項,2条1項)。もっとも,物に関する「方法の発明」の実施は,当該方法の使用にのみ限られるのに対して,「物の発明」の実施は,その物の生産,使用,譲渡等,輸出若しくは輸入,譲渡の申出行為に及ぶ点において,広範かつ強力といえる点で相違する。このような点にかんがみるならば,物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。

 以上に照らして,本件特許発明の新規性の有無について検討する。

(2) 前記1のとおり,本件補正明細書には,以下の記載がある。すなわち,①「背景技術」として,スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種(ラジカル)が生体内で生体制御に関与していると言われていること,活性酸素が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が挙げられ,ヒトの病気の90%には何らかのかたちで過剰状態の活性酸素が関与していると言われていること,②本件特許発明の「解決課題」として,生体内で生成する活性酸素のうちO(スーパーオキサイドアニオン)等を効率よく消失させ,生体内におけるこれらの活性酸素の過剰状態を解消するための手段を提供することを目的としていること,③本件特許発明の「課題解決手段」として,白金微粉末等の微粉末は,生体内においてスーパーオキサイドアニオンを分解できること,④実施例及び実験結果を示した上,白金微粉末等の微粉末それ自体を,医薬又は化粧料として使用できるほか,健康食品の製造や医薬又は化粧料などの製造に使用することもできるとしていること,⑤本件特許発明の「産業上の利用可能性」として,本件発明のスーパーオキサイドアニオン分解剤を,生体に投与することにより,生体内の過剰なスーパーオキサイドアニオンを分解することができること等が記載されている。

 他方,甲1には,前記のとおり,構成AないしCを充足する白金微粉末として,(a)コロイド中の白金粒子が,単一粒子かつ10nm 以下で,その単一粒子が鎖状になった凝集粒子が150nm オーダー以下で分散している白金コロイド溶液であって,たとえば,金属塩還元法(特に,特願平11-259356号に記載の方法)により製造されるもの等があること,白金微粉末を体内に取りいれる方法が示されていること,白金微粉末の上記方法は,各種病気の症状改善に効果があること等が記載,開示されている。

(3) 本件特許発明の構成AないしC記載の白金の微粉末は,甲1の白金微粉末を含んでいるから,公知の物質であるといえる(この点,当事者間に争いはない。なお,本件特許発明記載の白金の微粉末は,甲1を示すまでもなく,物質として公知である。)。

 そして,本件補正明細書の記載によれば,①スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が存在すること,②構成AないしCに該当する白金微粉末には,スーパーオキサイドアニオンを分解できる属性を有することが確認されたことが記載されている。また,特許請求の範囲の記載によれば,本件特許発明は,構成AないしCに該当する白金微粉末を,「医薬品」「健康食品」又は「化粧品」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されたのではなく,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されている。

 他方,甲1には,構成AないしCに該当する白金微粉末は,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎などの予防又は治療に有効であると期待されていること,そのような効果を期待して,水溶液として,体内に投与する方法が示されていることが記載され,同記載によれば,そのような使用方法は,公知であることが認められる。そうすると,甲1には,白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する作用が明示的形式的に記載されていないものの,従来技術(甲1)の下においても,白金微粉末を上記のような方法で用いれば,スーパーオキサイドアニオンが分解されることは明らかであり,白金微粉末によりスーパーオキサイドアニオンが分解されるという属性に基づく方法が利用されたものと合理的に理解される(甲24参照)。

 以上によれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえないのであって,せいぜい,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎないといえる。すなわち,構成Dは,白金微粉末の使用方法として,従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示とはいえない。

 これに対し,被告は,本件発明は,白金微粉末における,新たに発見した属性に基づいて,同微粉末を「剤」として用いるものである以上,新規性を有すると主張する。しかし,確かに,一般論としては,既知の物質であったとしても,その属性を発見し,新たな方法(用途)を示すことにより物の発明が成立する余地がある点は否定されないが,本件においては,新規の方法(用途)として主張する技術構成は,従来技術と同一又は重複する方法(用途)にすぎないから,被告の上記主張は,採用の限りでない。本願審査の段階において,還元水としての用途については,削除されたものと認められる(甲21参照)が,そのような限定が付加されたとしても,従来技術を含む以上,本件特許発明の新規性が肯定されるものとはいえない。

2011年3月21日月曜日

進歩性を否定する場合に引用発明を組合せることの示唆、動機付けが明らかにされる必要があると判断された事例

知財高裁平成23年3月8日判決
平成22年(行ケ)第10273号審決取消請求事件

1.概要
 引用発明1において引用発明2のインク(塗料)を適用することにより本願発明を完成させることは当業者が容易に想到できるとした拒絶審決が取り消された。
 組み合わされる構成要件が周知技術でない限り、組み合わすことの示唆、動機付け等が示される必要があると裁判所は判断した。

2.本願発明の要旨
 平成22年4月22日付けの手続補正書(甲5)により補正された特許請求の範囲の請求項1に係る本願発明は,以下のとおりである。
【請求項1】
「少なくとも下記手段及び装置を具えた外観検査装置を用いて,アルミニウム箔製包装体を製造する際に用いるアルミニウム箔であって,該アルミニウム箔は,その本体表面に,文字や図柄などの表示が印刷されてなり,該表示は,樹脂ワニスに顔料を添加してなる印刷インキを用いて印刷することによって形成されたものであり,該顔料は,顔料本体表面が合成樹脂膜によって被覆されていることを特徴とする赤外線透過性に優れた表示を印刷してなる包装用アルミニウム箔。」

3.審決の理由の要点
(1) 本願発明は,引用例1(特開2003-215047号公報,甲1)に記載された発明(引用発明1)及び引用例2(特開平9-249821号公報,甲2)に記載された発明(引用発明2)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(2) 引用発明1及び2の内容,本願発明と引用発明1との一致点及び相違点並びに相違点についての判断は,次のとおりである。
【引用発明1】
「外観検査装置を設けたPTP包装機で製造されるPTPシートであって,PTPシートは,錠剤を収容する複数のポケット部が形成された包装用フィルム3とアルミニウム製のカバーフィルム4とを有し,カバーフィルム4には,赤外光に対し透過性を有するインクを用いて記号等からなる識別情報としての印刷部9が設けられており,外観検査装置は,赤外光を照射できる照明手段21,照明手段21から照射される赤外光の波長領域に感度を有する撮像手段22及び撮像手段22から出力される映像信号を処理する画像処理装置23を備え,PTPシートに赤外光を照射した際の反射光として撮像された画像に基づいて,カバーフィルム4及び印刷部9の明度よりも低く,かつ,異物の明度よりも高い閾値δ2を用い,カバーフィルム4上の異物を判定する,外観検査装置を設けたPTP包装機で製造されるPTPシート。」
【引用発明2】
「反応性水可溶樹脂で被覆した,分散性が良好な被覆顔料を樹脂ワニスに添加してなる油性塗料。」
【引用発明1と本願発明との一致点】
「少なくとも下記手段及び装置を具えた外観検査装置を用いて,アルミニウム箔製包装体を製造する際に用いるアルミニウム箔であって,該アルミニウム箔は,その本体表面に,文字や図柄などの表示が印刷されてなり,該表示は,印刷インキを用いて印刷することによって形成されたものであり,赤外線透過性に優れた表示を印刷してなる包装用アルミニウム箔。

(1)アルミニウム箔に対して赤外線を含む光を照射する照明手段
(2)赤外線に感度を有し,前記照明手段により照射された面を撮像する撮像手段
(3)撮像手段から出力される映像信号を処理する画像処理装置」
【本願発明と引用発明1との相違点】
 本願発明の印刷インキは,樹脂ワニスに顔料を添加してなり,該顔料は,顔料本体表面が合成樹脂膜によって被覆されているのに対して,引用発明1のインクはそのようなものでない点。
【相違点についての判断】
 引用発明1では,赤外光に対し透過性を有するインクを用いて印刷部9を設けることにより,印刷部9とカバーフィルム4自体との明度差を小さくしているが,赤外光に対し格別に優れた透過性を有するインクを用いなくても,閾値δ2を適当な値に設定すれば,カバーフィルム4上の異物を印刷部9と区別して判定することができることは明らかである。一方,引用発明2は,「塗料」であるが,そもそも「塗料」と「インク」は厳密に区別されるものではなく,例えば,金属板の上に盛るように付着させる場合は「塗料」と呼び,紙に染みこませる場合は「インク」と呼ぶとしても,材料自体に本質的な相違がない場合が多く,引用発明2の塗料はアルミニウム箔の表面に印刷するときにも使用できることは,容易に推察される。したがって,引用発明1のインクに代えて,引用発明2の塗料を用いること,すなわち上記相違点は,当業者が容易に想到し得たことである。

4.裁判所の判断
「取消事由1(引用発明2を引用発明1に適用した誤り)について
(1) ・・・・・審決の上記判断には,以下に説示するとおり,引用発明1に対して,引用発明2の構成,すなわち,「反応性水可溶樹脂で被覆した,分散性が良好な被覆顔料を樹脂ワニスに添加してなる油性塗料」を適用し得るための動機付けが示されておらず,当業者が,引用発明2を引用発明1に適用し得るとすることは,誤りといわなければならない。
(2) まず,引用発明1は,前記第2の3(2)の【引用発明1】,【引用発明1と本願発明との一致点】及び引用例(甲1)の記載によれば,以下のとおりと認められる。
 すなわち,引用発明1は,PTPシートの製造に際して,赤外光を照射することにより,アルミニウム製のカバーフィルムの印刷部上にある異物をも判別できることを技術課題の1つとして,赤外光に対し透過性を有するインクを用いて記号等からなる識別情報としての印刷部を設け,赤外光を照射した際の反射光において,印刷部とカバーフィルム自体との明度差を極めて小さくし,さらに,第2の閾値δ2をカバーフィルムの明度より若干低い値に設定するという構成を採用することにより,印刷部の存在の有無に関係なく,印刷部のみが無視されてカバーフィルム上の異物が判定できるという作用効果を達成したものと認められる。
 これに対し,審決は,上記のとおり,「赤外光に対し格別に優れた透過性を有するインクを用いなくても,閾値δ2を適当な値に設定すれば,カバーフィルム4上の異物を印刷部9と区別して判定することができることは明らかである。」と述べるところ,赤外光に対し透過性を有するインクを用いない場合には,印刷部の明度が一定程度低下し,印刷部上に印刷部と同程度の明度を有する異物が存するときには,当該異物が判定できないこととなる(異物の明度が既に判明している場合には,その明度より高く,かつ,印刷部の明度より低く閾値δ2を設定すれば異物が判定できるが,そのような場合が一般的であると解することはできない。)。したがって,審決の上記説示は,引用発明1の技術課題が解決できない従来技術を示したものにすぎず,引用発明1に対して引用発明2の構成を適用することについての動機付け等を明らかにするものではない。
(3) また,審決は,上記のとおり,「引用発明2は,「塗料」であるが,そもそも「塗料」と「インク」は厳密に区別されるものではなく,例えば,金属板の上に盛るように付着させる場合は「塗料」と呼び,紙に染みこませる場合は「インク」と呼ぶとしても,材料自体に本質的な相違がない場合が多く,引用発明2の塗料はアルミニウム箔の表面に印刷するときにも使用できることは,容易に推察される。」と述べるところ,この説示は,「塗料」と「インク」とが厳密に区別されるものではなく,本質的な相違がない旨を述べるだけであり,仮に,「塗料」と「インク」が区別されず,また,引用発明2の塗料がアルミニウム箔の表面の印刷に使用できるとしても,それはただ単に,引用例2がアルミニウム箔に使用できる可能性のあるインクを開示しているにすぎない。引用例2には,当該塗料が赤外光に対する透過性に優れることは記載されておらず,引用発明2の「塗料」を引用発明1の「インク」として使用することが示唆されているということにはならない。
 そもそも,「塗料」又は「インク」に関する公知技術は,世上数限りなく存在するのであり,その中から特定の技術思想を発明として選択し,他の発明と組み合わせて進歩性を否定するには,その組合せについての示唆ないし動機付けが明らかとされなければならないところ,審決では,当業者が,引用発明1に対してどのような技術的観点から被覆顔料を使用する引用発明2の構成が適用できるのか,その動機付けが示されていない(当該技術が,当業者にとっての慣用技術等にすぎないような場合は,必ずしも動機付け等が示されることは要しないが,引用発明2の構成を慣用技術と認めることはできないし,被告もその主張をしていない。)。
(4) この点について,被告は,引用例2の段落【0006】の記載を根拠に,色相,着色力及び分散性に優れているのが好ましいことは,インキや塗料の顔料について一般的にいえることであり,引用発明1のインクについてもあてはまることであるから,引用発明1のインクとして引用発明2の油性塗料を適用してみようという程度のことは,当業者が容易に考えつくことであると主張する。
 確かに,インクや塗料において,色相,着色力及び分散性に優れているのが一般的に好ましいと解されるところ,それに応じて,色相,着色力,分散性などのいずれかに優れていることをその特性として開示するインクや塗料も,多数存在すると認められるのであり,その中から,上記の一般論のみを根拠として引用発明2を選択することは,当業者が容易に想到できるものではない。

2011年3月13日日曜日

サポート要件違反と判断した審決が取り消された事例

知財高裁平成23年2月28日判決
平成22年(行ケ)第10109号 審決取消請求事件

 今回紹介する裁判例はサポート要件に関して知財高裁が判断を下した最近の事例である。

1.本願発明1(請求項1)
「(i)ケラチン繊維に対して還元用組成物を適用する作業;及び,(ii)ケラチン繊維を酸化する作業を少なくとも含み,更に作業(i)の前に,当該ケラチン繊維に対して,化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用することを特徴とする,ケラチン繊維のパーマネント再整形方法。」

2.審決の理由(「第5 当裁判所の判断」から抜粋)
(1) 審決は,本願発明1ないし9は,36条6項1号に違反するとした。その理由を要約すると,以下のとおりである。すなわち,
ア 本願発明1ないし9は,ケラチン繊維のパーマネント再整形方法において,
①ケラチン繊維に対して還元用組成物を適用する作業の前に,②当該ケラチン繊維に対して,化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用することにより,毛髪の劣化を緩和する等の課題解決を目的とする発明である。
イ 本願明細書には,本願発明の課題解決に関して,「還元剤の中にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有させた還元用組成物を毛髪に適用した場合」(従来技術)と,「還元剤処理の前に前処理剤としてアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用する場合」との,両者に差が生じた旨の記載はある。しかし,同記載は,具体的な比較実験データ及び前処理の有無による技術的傾向が示されているわけではない。
ウ 実施例に関して,実施例1は,「本件発明方法」と「先行技術による方法」との比較が示されているが,同実施例の「先行技術による方法」は,前処理用組成物で処理しなかったもので,還元剤の中にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有させた還元用組成物を毛髪に適用したものではないから,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理剤による処理の有無に係る比較実験データとしては適切なものではない。また,実施例2,3についても,従来技術である「還元剤の中にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有させた還元用組成物を毛髪に適用した場合」と,「還元剤処理の前に前処理剤としてアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用する場合」との具体的な比較実験データが示されていない。
 したがって,本願発明1~9は,本願発明の詳細な説明に記載されたものでなく,36条6項1号の規定を充足しないものである。
(2) 審決の理由の不備について
 要するに,審決は,特許請求の範囲の請求項1(請求項2ないし9も同様である,以下同じ。)の「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」の意義について,「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」と限定的な解釈を施した上で,発明の詳細な説明中には,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理剤により前処理した実施例は記載されているものの,前処理をせず「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」により還元処理をした従来技術に係る比較例は記載されておらず,そのような従来技術との比較実験データは記載されていないから,特許請求の範囲に記載された発明は,発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということができない,と判断したものである。

3.裁判所の判断のポイント
36条6項1号は,「特許請求の範囲」の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要するとしている。同条同号は,同条4項が「発明の詳細な説明」に関する記載要件を定めたものであるのに対し,「特許請求の範囲」に関する記載要件を定めたものである点において,その対象を異にする。特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した「特許請求の範囲」の記載に基づいて定められる旨規定されていることから明らかなように,特許権者の専有権の及ぶ範囲は,「特許請求の範囲」の記載によって画される(特許法68条,70条)。もし仮に,「発明の詳細な説明」に記載・開示がされている技術的事項の範囲を超えて,「特許請求の範囲」の記載がされるような場合があれば,特許権者が開示していない広範な技術的範囲にまで独占権を付与することになり,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱することになる。
 36条6項1号は,そのような「特許請求の範囲」の記載を許さないものとするために設けられた規定である。したがって,「発明の詳細な説明」において,「実施例」として記載された実施態様やその他の記載を参照しても,限定的かつ狭い範囲の技術的事項しか開示されていないと解されるにもかかわらず,「特許請求の範囲」に,「発明の詳細な説明」において開示された技術的範囲を超えた,広範な技術的範囲を含む記載がされているような場合は,同号に違反するものとして許されない(もとより,「発明の詳細な説明」において,技術的事項が実質的に全く記載・開示されていないと解されるような場合に,同号に違反するものとして許されないことになるのは,いうまでもない。)。
 以上のとおり,36条6項1号への適合性を判断するに当たっては,「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比することから,同号への適合性を判断するためには,その前提として,「特許請求の範囲」の記載に基づく技術的範囲を適切に把握すること,及び「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項を適切に把握することの両者が必要となる。」

「・・・「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」は,「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」と限定的に解釈することはできず,また,本願発明に係る「特許請求の範囲」は,本願明細書の「発明の詳細な説明」に記載されていると理解することができるから,本願発明1ないし9の請求項の記載は36条6項1号に適合しないとした審決の判断には,誤りがある。・・・」

「特許請求の範囲には,「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」について,アミノシリコーンを含まないとの限定文言は一切ない。したがって,「還元用組成物」は,「アミノシリコーンを含まない還元用組成物」に限定解釈される根拠はない。」

「4 36条6項1号への適合性
 以上を前提として,本願発明の36条6項1号への適合性について,検討する。
 「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し,「特許請求の範囲」に記載された本願発明が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲のものであるか否か,すなわち,還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし,その後還元用組成物により還元処理をするとの本願発明が,アミノシリコーンを含有する還元用組成物により還元処理をするという従来技術と対比して,毛髪の劣化の程度の緩和等の作用効果を実現し,課題を解決し得ることが,「発明の詳細な説明」に記載・開示されているか否かについて,検討する。
(1) 「特許請求の範囲」の記載について
 本願発明の「特許請求の範囲」の記載は,第2,2記載のとおりである。
 前記3記載のとおり,「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」は,アミノシリコーンを含まないものには限定されない。そして,本願発明は,パーマネント再整形における還元処理の前に,「当該ケラチン繊維に対して,化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用すること」との前処理工程を付加した点において,特徴を有する発明である。
(2) 「発明の詳細な説明」の記載について
 本願明細書には,実施例1ないし5が記載されているが,パーマネント再整形における還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をする例が記載されているのは実施例1ないし3であり,実施例1ないし3は,次のとおり記載されている。
・・・
(3) 「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載との対比
ア 前記(2)の本願明細書の記載によれば,実施例1では,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物による前処理をせず, DV2 で還元処理した比較例(実施例1では「先行技術」と表示される。)」と,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物により前処理した後,DV2 で還元処理したもの(実施例)」の比較結果が示され,本願発明による前処理を施したことによる効果が得られた旨の記載がされている。
 本願明細書中には,DV2 がアミノシリコーンを含んでいるとの明示の説明はされていない。仮に,DV2 がアミノシリコーンを含まないものであると認識されるならば,実施例1における比較例は,アミノシリコーンを含む還元用組成物を用いて還元処理したもの(従来技術)でないから,「本願発明の実施例」と「従来技術に該当するもの」とを対比したことにはならず,本願発明により前処理を施したことによる効果を示したことにならない。審決は,この点を理由として,実施例1の実験は,比較実験として適切なものでないと判断する。
 しかし,審決の同判断は,妥当を欠く。すなわち,前記のとおり,本願発明の特徴は,先行技術と比較して,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)」を適用するという前処理工程を付加した点にある。そして,①特許請求の範囲において,前処理工程を付加したとの構成が明確に記載されていること,②本願明細書においても,発明の詳細な説明の【0011】で,前処理工程を付加したとの構成に特徴がある点が説明されていること,③本願明細書に記載された実施例1における実験は,前処理工程を付加した本願発明と前処理工程を付加しない従来技術との作用効果を示す目的で実施されたものであることが明らかであること等を総合考慮するならば,本願明細書に接した当業者であれば,上記実施例の実験において,還元用組成物として用いられたDV2 が「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」との明示的な記載がなくとも,当然に,「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」の一例としてDV2を用いたと認識するものというべきである。
 ・・・なお,甲14ないし16によれば,DV2 は,アミノシリコーンを含有しているものと推認される。
イ また,実施例2,3においても,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用した場合とそうでない場合が比較され,本願発明の効果が示されているということができる。
(4) 小括
 以上のとおりであり,審決が,①本願発明について,「還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし,その後アミノシリコーンを含有しない還元用組成物により還元処理をする」との構成に係る発明であると限定的に解釈したと解される点,②「前処理をせずに,アミノシリコーンを含む還元用組成物により還元処理をした従来技術」とを比較した場合の本願発明の効果が示されていないと判断した点,及び③本願発明1ないし9について,「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということはできないと判断した点に,誤りがある。
 したがって,審決は,36条6項1号に適合しないとの結論を導いた限りにおいて,理由を誤った違法がある。」

2011年2月26日土曜日

請求項中の数値の測定条件が特定されていないことを理由に実施可能要件違反と判断された事例

知財高裁平成23年2月10日判決

平成22年(行ケ)第10153号 審決取消請求事件

1.概要

 請求項中に数値が記載されている場合に、数値を測定するための条件が実施例等にも記載されておらず、条件によっては数値が異なることが認められることを理由として本件発明1等について実施可能要件が満たされず無効であるとした審決が支持された。この点について類似の事例として知的財産高等裁判所平成20年(ネ)第10013号(本ブログ2009年6月7日記事参照)がある。

 一方、請求項中の数値範囲の全範囲にわたり、課題を解決することができると当業者が認識することができるように発明の詳細な説明が記載されておらずサポート要件が満たされないとした審決の判断については、妥当ではないと判示された。

2.本件発明1

「【請求項1】アルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーと,で構成されるシランカップリング剤(SCO)を含む接着剤であって(但し,Rは同一でも異なっていても良く,炭素数1~18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),前記シランカップリング剤(SCO)が,シロキサン(Si-O-Si)結合を含み,かつ,前記シランカップリング剤(SCO)をGPC(ゲル透過クロマトグラフィー)測定した際に,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1~100を満たすことを特徴とする接着剤」

3.無効審決の要点

3.1.実施可能要件違反

 実験成績証明書(甲5)における実験結果を参酌すると,単一のシランカップリング剤のオリゴマー組成物につきGPC測定する場合であっても,展開溶媒の種別なる1つの測定条件の変化により有意にモノマー:ダイマーの面積比が変化するものと解するのが自然であるとし,カラム,展開溶媒等のGPCに係る測定条件が具体的に記載されていない以上,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき,本件発明1ないし5及び9を当業者が実施しようとする場合において,当該モノマー:ダイマーの面積比により「シランカップリング剤(SCO)を選択することが困難であるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載はいわゆる実施可能要件に違反する。

3.2.サポート要件違反

 本件明細書の発明の詳細な説明には,「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合につき,「(A-1):(A-2)=100:1~100」の範囲とすることを発明特定事項とする訂正後の請求項に係る技術事項を具備するものが全て本件発明が解決しようとする課題を解決できると当業者が認識することができるように記載されているものとはいえず,出願時の当業界の技術常識に照らして当業者が検討しても,本件発明が上記解決すべき課題を解決することができると認識することができるものということができない。

4.明細書に開示された実験結果

「【調製例1】シランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-1)の作製

 蒸留水1gとメチルエチルケトン99gを計りとり,混合して均一溶液(B-1)を作製した。(B-1)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-1)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は0.33重量部となる。シランカップリング剤(SCO-1)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は,GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:1.6であった。

【調製例2】シランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-2)の作製

 蒸留水5gとメチルエチルケトン95gを計りとり,混合して均一溶液(B-2)を作製した。(B-2)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-2)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は1.66重量部となる。シランカップリング剤(SCO-2)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は,GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:29.4であった。

【合成実験例1】フィルム形成材(C)の合成

 フェノキシ樹脂(Ph-1)の合成

 4,-(9-フルオレニリデン)-ジフェノール45g,3,',,'-テトラメチルビフェノールジグリシジルエーテル50gを N-メチルピロリジオン1000mlに溶解し,これに炭酸カリウム21gを加え,110℃で攪拌した。3時間攪拌後,多量のメタノールに滴下し,生成した沈殿物をろ取してフェノキシ樹脂(Ph-1)を75g得た。分子量を東ソー株式会社製GPC8020,本件カラム,流速1.0ml/minで測定した結果,ポリスチレン換算で Mn=12,500,Mw=30,300,Mw/Mn=2.42であった。

5.数値範囲を特定した意義に関する明細書の記載

「ア 本件発明は,接着剤,それを用いた回路接続構造体及びその製造方法に関す

る。

 近年,半導体や液晶ディスプレイなどの分野で電子部品を固定したり,回路接続を行うために各種の接着材料が使用されているが,かかる用途では,接着剤にも高い接着力や信頼性が求められている。

 しかしながら,従来の接着剤及び回路接続用接着剤である異方導電性接着剤は,各種基板に対する接着力が不十分で,十分な接続信頼性が得られない,各種基板に対する接着力のロットばらつきが発生し,高い歩留まりで良品を量産することが極めて困難な場合があるなどの課題を有していた。

 本件発明は,高接着力で信頼性が高い接着剤を提供し,さらにロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能とする接着剤を提供し,さらには回路接続用接着剤及びそれを用いた回路接続構造体を提供するのみならず,接着剤の保管時,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与えるとともに,接着後においては長期間の接着強度の保持が可能となる接着剤,接着剤の製造方法,接続構造体を提供する。

イ 本件発明1は,アルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO)を含む接着剤であって(ただし,Rは同一でも異なていても良く炭素数1~18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),前記シランカップリング剤(SCO)が,シロキサン(Si-O-Si)結合を含み,かつ,前記シランカップリング剤(SCO)をGPC測定した際に,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1~100を満たすことを特徴とする接着剤に関し,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供するものであるとともに,当該接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤を提供するものである。

ウ 前記シランカップリング剤(SCO)におけるA-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。

 (A-1):(A-2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,(A-1):(A-2)=100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。

エ 本件発明の接着剤において,実施例1ないし4では,全サンプルで良好な接続抵抗を示し,かつ接着強度も高く,さらに耐湿試験後でもその接着強度は低下せず,耐湿試験後の接着面の外観も良好であったが,比較例では,耐湿試験後の接続抵抗が悪化し,一部のサンプルで耐湿試験後の接着面の外観が悪化した。

 このように,本件発明1は,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができるとともに,当該接着剤の保管時や,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤を提供することができる。

6.裁判所の判断のポイント

6.1.実施可能要件違反について(実施可能要件は満たされないと判断)

「本件明細書の発明の詳細な説明におけるGPC測定に関する記載は,前記アのとおりであるところ,GPC測定に用いられたカラムについては,合成実験例1において,フィルム形成材の合成について,フェノキシ樹脂の分子量をGPC測定した際,本件カラムが用いられたことが記載されている。

 しかしながら,シランカップリング剤の作製については,調製例1及び2並びに比較調製例1において,シランカップリング剤の調製例が記載されているところ,かかる調製例では,いずれもシランカップリング剤をGPC測定したことが記載されているものの,その際に使用されたGPC及び当該GPC測定に用いられたカラムについては,いずれもその製造メーカーすら,特定されていない。

 したがって,本件明細書には,シランカップリング剤のGPC測定が原告主張のように本件カラムにより行われたことを直接示す記載は存在しないといわなければならない。

・・・

() しかも,本件明細書において,シランカップリング剤におけるGPC測定と,フェノキシ樹脂に関するGPC測定について,同一の条件で実施したことに関する明示の記載はない。

 また,本件明細書の記載順についても,シランカップリング剤の調製例に関する記載(【0028】~【0030】)においては,GPC測定におけるカラムに関する記載がされず,しかも,GPCに関する記載も,測定の結果としてのA-1とA-2との面積比が記載されている(シランカップリング剤のオリゴマーを作成した比較調製例1を除く)のみであるが,その後に記載されたフェノキシ樹脂の合成実験例(【0031】)においては,測定条件(使用機器,流速,本件カラム)についても記載されているものである。

 () したがって,測定内容(面積比・分子量),測定対象(シランカップリング剤・フェノキシ樹脂)の分子量及び分子構造の相違を捨象し,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定が,フェノキシ樹脂におけるGPC測定と同一の条件で実施されたものと開示されているとまで,いうことはできない。

・・・・

 以上からすると,本件明細書には,本件カラム及びTHFを使用したか否かを含め,シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が開示されておらず,また,本件明細書の記載から,当業者が一般的な通常の測定条件によって測定されたものと理解することができるものということもできない。

・・・

 したがって,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合の測定条件が明らかではない本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1ないし5及び9について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。」

6.2.サポート要件違反について(サポート要件は満たされると判断)

「・・・本件発明1の効果は,A-1とA-2との面積比が,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であれば,オリゴマーの効果,すなわち,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤,保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の製造が可能となり,かつ,接着剤の接着強度低下,保存安定性の低下は生じないというものである,

 イ 本件明細書において,本件発明の接着剤を用いた実施例1ないし4に対する初期及び耐湿後の接続抵抗,接着強度並びに耐湿後外観検査の結果が比較例と対照しつつ具体的に示されており,また,本件発明1の効果として,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができるとともに,当該接着剤の保管時や,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の提供と記載されている。

  以上からすると,本件発明1の効果,すなわち,①高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されること及び②保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたことについては,いずれも比較例と実施例との対照において具体的に開示されているということができる。

  この点について,被告は,本件発明における(A-1):(A-2)のGPCの面積比と実施例における面積比の上限はかけ離れていること,本件発明の構成が定める面積比とその効果との因果関係や技術的意義が全く記載されていないことなどから,本件明細書の記載によっては,当業者は,GPCの面積比「(A-1):(A-2)=100:1~100」の全ての範囲について,本件発明の課題を解決できるとは認識できないなどと主張する。

 しかしながら,本件明細書には,数値範囲の下限及び上限について,数値範囲の

意義((A-1):(A-2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。)が記載されており,その範囲内の効果についても,「A-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。」と指摘し,さらに,上記数値内における適宜の構成を選択した実施例において,接着強度等の効果についての試験結果が明示されているのであるから,被告が指摘する実施例による開示が少ない点は,上記結論を左右するものではない。


2011年2月5日土曜日

進歩性欠如の無効審決が取り消された事例

知財高裁平成23年1月31日判決

平成22年(行ケ)第10075号審決取消請求事件

1.概要

 本事例では、原告が有する特許権についての無効審判事件において審判体は「本件特許の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする」との審決をした。

 裁判所は「解決課題の設定が容易であったか」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要かつ不可欠であること、当該発明が容易であったとするためには,「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」ことのみでは十分ではなく,「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合があることを考慮し、無効審決を取り消した。

 引用文献を「主たる引用文献」と「従たる引用文献」に明確に区別し容易想到性の論理の構築を試みることが合理的であると明示した点でも勉強になる事例である。

2.本件発明1(本願請求項1に係る発明)

「金属製フィルター枠と,該金属製フィルター枠に設けられた開口を覆って,該金属製フィルター枠に接着されている不織布製フィルター材とよりなる換気扇フィルターにおいて,該金属製フィルター枠と該不織布製フィルター材とは,皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いて接着されていることを特徴とする換気扇フィルター。」

3.審決の理由の内容(「当裁判所の判断」から抜粋

 本件各発明が容易想到であると判断した審決の論理は,以下のとおりである。すなわち,

ア 本件発明1と発明Aの一致点を「金属製フィルター枠と,該金属製フィルター枠に設けられた開口を覆って,該金属製フィルター枠に接着されている不織布製フィルター材とよりなる換気扇フィルターにおいて,該金属製フィルター枠と該不織布製フィルター材とは,接着剤を用いて接着されている換気扇フィルターである点」と認定し,また,相違点を「接着剤につき,本件発明1では,皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いているのに対し,発明Aでは,かかる接着剤を用いていない点」と認定した。

 次に,上記相違点に係る構成に至ることが容易想到であるとする論理を次のように述べた。①本件発明1の課題は,本件明細書の段落【0003】ないし【0006】の記載から,「換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別して廃棄すること(を容易にすること)」であるとした上,「換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別して廃棄すること(を容易にすること)」は,周知の技術的課題であるとし(甲18,19及び32),②甲2には,水溶液によって成分が溶解または膨潤し剥離する粘着剤が記載され,粘着剤は複数の物質を接合する接合剤としてみれば接着剤と共通するとし(甲27,甲34),③甲2に接した当業者は,上記課題を解決するため,接着剤成分が溶解又は膨潤して剥離するものを選択する動機付けを得るものといえる,などと判断した。

 そして,上記課題を解決すべく,廃棄時に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを容易に剥離するために,発明Aの接着剤に「皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤」を用いることは,当業者であれば困難なくなし得たとの結論を導いた。」

4.裁判所の判断のポイント

「(1) 容易想到性判断と発明における解決課題

 当該発明について,当業者が特許法29条1項各号に該当する発明(以下「引用発明」という。)に基づいて容易に発明をすることができたか否かを判断するに当たっては,従来技術における当該発明に最も近似する発明(「主たる引用発明」)から出発して,これに,主たる引用発明以外の引用発明(「従たる引用発明」)及び技術常識等を総合的に考慮して,当業者において,当該発明における,主たる引用発明と相違する構成(当該発明の特徴的部分)に到達することが容易であったか否かによって判断するのが客観的かつ合理的な手法といえる。当該発明における,主たる引用例と相違する構成(当該発明の構成上の特徴)は,従来技術では解決できなかった課題を解決するために,新たな技術的構成を付加ないし変更するものであるから,容易想到性の有無の判断するに当たっては,当該発明が目的とした解決課題(作用・効果等)を的確に把握した上で,それとの関係で「解決課題の設定が容易であったか」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要かつ不可欠となる。上記のとおり,当該発明が容易に想到できたか否かは総合的な判断であるから,当該発明が容易であったとするためには,「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」ことのみでは十分ではなく,「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合がある。すなわち,たとえ「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」としても,「解決課題の設定・着眼がユニークであった場合」(例えば,一般には着想しない課題を設定した場合等)には,当然には,当該発明が容易想到であるということはできない。ところで,「解決課題の設定が容易であったこと」についての判断は,着想それ自体の容易性が対象とされるため,事後的・主観的な判断が入りやすいことから,そのような判断を防止するためにも,証拠に基づいた論理的な説明が不可欠となる。また,その前提として,当該発明が目的とした解決課題を正確に把握することは,当該発明の容易想到性の結論を導く上で,とりわけ重要であることはいうまでもない。

 上記の観点から,以下,本件各発明の容易想到性の有無に関してした審決の判断の当否を検討する。」

「(2) 判断

ア 本件発明1は,前記認定のとおり,従来の換気扇フィルターでは,アルミニウム箔片面全面に,感熱性接着剤皮膜を設け,これに,張出成形や膨出成形等の成形を施すと共に,打抜加工して開口を設けて金属製フィルター枠とし,この金属製フィルター枠の開口を覆うようにして不織布製フィルター材を張り,押圧加熱し,感熱性接着剤を溶融固化させて,不織布製フィルター材を金属製フィルター枠に接着するという方法で製造されていたので,使用後に,不織布製フィルターを金属製フィルター枠から剥離しようとすると,両者の接着が強固であるため,不織布製フィルターが破れてしまい,両者を分別することができないという欠点があったため,本件各発明は,金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを接着する際,通常の状態では強固な接着が達成でき,水を付与すると,金属と不織布間との接着力が低下する性質を持つ接着剤を用い,使用後の換気扇フィルターを水に浸漬することにより,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とに分別し得るようにすることを発明の目的としたものである。

 そうすると,本件発明1は,「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」を解決課題とし,「(換気扇フィルターにおいて),通常の状態では強固に接着させるが,水に浸漬すれば接着力が低下し,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別し得る皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いること」を解決手段とした発明である。

 これに対して,前記認定のとおり,審決が文献から引用した発明Aは,「金属箔をもって一体に形成された,レンジフードの開口部周縁への取付座となるフィルターカバーの鍔部と,この鍔部の内周縁に立上り壁と,該立上り壁の下端に格子状部と,該格子状部に接着剤によって装着されている難燃性乃至不燃性の不織布フィルターと,前記鍔部に取付けたレンジフードへの吸着用マグネットからなるレンジフード用フィルターカバー。」であって,「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」を解決課題として,これに対する解決課題を示した本件発明1とは異なる。甲1には,本件発明1が目的としている解決課題及び解決手段に関連した記載又は開示等はないのみならず,逆に,フィルターをフィルターカバーから剥離せずに廃棄することを前提とした発明であることが示されている。

イ この点について,審決は,前記甲18,19及び32の例から,「換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別して廃棄すること(を容易にすること)」は,周知の技術的課題であることから,当業者は,甲2に接すれば,上記の課題を解決するため,接着剤成分が溶解または膨潤するものを選択することが容易であると判断している。

 しかし,審決は,上記課題が周知であるとすると,なにゆえ本件発明1の引用発明(発明A)との相違点に係る構成が容易に想到できることになるのかに関する論理について,合理的な理由を示していない点において,妥当を欠く。

 のみならず,甲18,19及び32の記載を子細に検討してみても,本件発明1が解決課題としている「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」と同様の解決課題を示唆するものはない。

 すなわち,①甲18,19及び32は,換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠及びフィルター材の廃棄を容易にするものではあるものの,いずれも,金属製フィルター枠とフィルター材とが「接着剤で接着されている」ことを前提とした発明とは異なる技術を示すものである。また,②甲18記載のレンジフード用フィルターは,金属製フィルター枠と不織布製フィルター材が「強固に接着されている換気扇フィルター」ではなく,「金属箔を成形可能な繊維不織布に代えることにより金網フイルターへの取り付けを簡略化すると共に使用後の廃棄に際し,分別することなく全体を容易に家庭ゴミとして処分せしめることを目的とする」ものであり,本件発明1とは,解決課題及び解決手段において異なる。さらに,③甲19も,金属箔製の換気扇カバー枠体と金属繊維を用いたフィルターから構成され,フィルター部分と換気扇カバー枠体とを分離する必要性を解消させて,そのまま一体物として出しても問題が起き難く,ゴミとして出す場合の作業性に優れ,かつ,再資源化が容易な換気扇カバーを提供することを目的としており,本件発明1とは解決手段において異なる。すなわち,本件発明1は,フィルター枠とフィルターとの剥離を容易にしようとすることを目的とするのに対し,甲18,19は,一体物としてゴミ出しをしても問題が生じることがないようにして,作業を高めるものであって,本件発明1における,解決課題の設定及び解決手段は,全く逆であって,本件発明1の異なる構成に想到することを容易とする技術が示唆されているものとはいえない。

ウ 以上のとおり,甲18,19及び32において,本件発明1と発明Aとの相違点(相違点A)に係る構成,すなわち,「接着剤につき,本件発明1では,皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いているのに対し,発明Aでは,かかる接着剤を用いていない点。」に関する解決課題及び解決手段についての示唆はない。

 したがって,審決において,本件発明1における「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得ることを容易化すること」という解決課題設定及び解決手段の達成が容易に想到できたとの点について,証拠を基礎とした客観的合理的な論理に基づいた説明が示されていると判断することはできない。

 甲2には,前記のとおり,①水溶液によって粘着剤が溶解又は膨潤して剥離することができるマスキングテープ及びラベル等の粘着剤として用いることのできる水溶性粘着剤組成物及びその製造方法に関するものであること,②電子材料の分野で使用される保護テープ,セラミックスチップを機械研磨するときのチップ固定用の粘着テープなどでは,地球環境保護のため,粘着成分残渣が水洗浄可能なものであることが求められ,高い再剥離性と容易に剥がれない接着性とが要求されるという課題があること,③末端OH基を有する(メタ)アクリレートをリン酸でエステル化したモノマーを必須のモノマー成分とするポリマーを含み,上記ポリマーがアルカリ性中和剤で中和されていることを特徴とする水溶性粘着剤組成物により上記課題を解決する発明が記載されている。

 しかし,前記のとおり,甲18,19及び32等の例によっても,「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得ることを容易化すること」との解決課題を設けることが示されていない以上,当業者において,発明Aに,甲2記載の発明を適用することによって,本件発明1における発明Aとの異なる構成に想到することが容易であったとすることもできない。すなわち,発明Aから,本件発明1の特徴点(「(通常の状態では強固に接着させるが,水に浸漬すれば接着力が低下し,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別し得る)皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いること」)に到達することの示唆が,甲2の記載に存在するとはいえないから,結局,発明Aに甲2記載の発明を適用することが,容易とはいえない。

 したがって,甲2に接した当業者が,換気扇フィルターの廃棄時に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを容易に剥離するために,発明Aに「皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤」を用いることは困難なくなし得たとした審決の判断は誤りであり(この点は,甲2記載の粘着剤,並びに甲10,11及び24記載の接着剤が「皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤」に相当するか否かに左右されるものではない。),これを前提とした本件発明1に関する容易想到性の判断にも誤りがあるというべきである。」

2011年1月30日日曜日

進歩性否定のための正確な論理付けがなされていないことを理由に拒絶審決を取り消した事例

知財高裁平成22年12月28日判決
平成22年(行ケ)第10229号審決取消請求事件

1.概要
 本発明の事例では拒絶審決における進歩性欠如の論理付けが適法でないとして審決が取り消された。
 進歩性を否定する結論を導くためには論理的な説明が必要であるとする最近の裁判所のスタンスがよく理解できる裁判例の1つとして紹介する。

2.本願発明(請求項1記載の発明)
「【請求項1】最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~100度高くなるように設定され,それによりゲートマークの発生が防止されることを特徴とする成形方法。」

3.審決の理由の概要
(1) 審決は,特開平10-100216号公報(以下「刊行物1」という。甲1)に記載された発明(以下「刊行物1記載の発明」という。)の内容,及び本願発明と刊行物1記載の発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。
ア 刊行物1記載の発明の内容
「ゲート11を有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形法において,溶融された熱可塑性樹脂を金型内部に射出する際の金型温度が,射出する熱可塑性樹脂の熱変形温度より0~100度高くなるように設定され,高品質外観を有する射出成形品を得る方法。」(審決書2頁27行~30行)
イ 一致点
「ゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~100度高くなるように設定された成形方法」である点(審決書3頁8行~11行)
ウ 相違点
「[相違点1]
本願発明は,ゲートが『最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲート』であるのに対し,刊行物1記載の発明のゲートは径が不明である点。
[相違点2]
本願発明は,『ゲートマークの発生が防止される』のに対し,刊行物1記載の発明は高品質外観を有するものの,ゲートマークの発生が防止されるか否かは不明である点。」(審決書3頁12行~19行)
(2)審決は,相違点に係る容易想到性について,次のとおり判断した。
「(相違点1について)
 射出成形の技術分野において,径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型は,従来周知の事項である(例えば,特開平6-97695号公報の段落【0013】には『径0.8mm』のピンポイントゲートが記載され,特開平5-60995号公報の段落【0011】には『ゲート径は1.2mm』のピンポイントゲートが記載されている点等参照)。
 そこで,刊行物1記載の発明を,最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用することの容易想到性について検討する。
 刊行物1記載の発明の技術的課題は,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良を解消し,高品質外観を有する射出成形品を得ることである(上記記載事項(イ)参照)。
 一方,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した成形品においても,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良が生じることは,従来周知の技術的課題である(例えば,特開平11-198190号公報の段落【0005】には『この種の射出成形用金型を用いて射出成形を行うと,ジェッティングといわれるヘビの跡のようなマークがつく。』と記載され,実願平4-48898号(実開平6-11380号)のCD-ROMの段落【0005】には『多数のピンポイントゲート4を介して成形を行った場合,樹脂の合流部分でウエルドライン7,8が発生することは避けられない。』と記載されている点等参照)。
 そうすると,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した成形品において,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良を解消するために,刊行物1記載の発明を適用することは,当業者であれば容易に想到し得るものである。
 また,ピンポイントゲート又はトンネルゲートの最大径を『0.1mm~3mm』と特定した点については,上記のようにこのような径を有するピンポイントゲート又はトンネルゲートが通常使用されているものに比べて,特別な数値であるとは認められない点,及び該数値範囲の上下限値に格別顕著な技術的意義あるいは臨界的意義があるとは認められない点を考慮すると,当業者が通常の創作能力を発揮してピンポイントゲート又はトンネルゲートの最大径の最適値を見い出したにすぎない。
 してみると,刊行物1記載の発明を上記周知のピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。」

4.裁判所の判断のポイント
「1 取消事由1(理由不備)について
 当裁判所は,審決には,理由不備の違法があるから,審決は取り消されるべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。
 審決は,刊行物1(甲1)を主引用例として刊行物1記載の発明を認定し,本願発明と当該刊行物1記載の発明とを対比して両者の一致点並びに相違点1及び2を認定しているのであるから,甲2及び甲3記載の周知技術を用いて(併せて甲4及び甲5記載の周知の課題を参酌して),本願発明の上記相違点1及び2に係る構成に想到することが容易であるとの判断をしようとするのであれば,刊行物1記載の発明に,上記周知技術を適用して(併せて周知の課題を参酌して),本願発明の前記相違点1及び2に係る構成に想到することが容易であったか否かを検討することによって,結論を導くことが必要である。
 しかし,審決は,相違点1及び2についての検討において,逆に,刊行物1記載の発明を,甲2及び甲3記載の周知技術に適用し,本願発明の相違点に係る構成に想到することが容易であるとの論理づけを示している(審決書3頁28行~5頁12行)。すなわち,審決は,「刊行物1記載の発明を上記周知のピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。」(審決書4頁19行~21行)としたほか,「上記相違点1において検討したとおり,刊行物1記載の発明をピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用することが容易に想到し得るものである以上,本願発明の上記相違点2に係る構成は,実質的な相違点ではない。」(審決書4頁26行~29行),「本願発明は刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用しただけの構成であることは,上記で検討したとおりである。」(審決書5頁5行~7行),「刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用することの動機づけとなる従来周知の技術的課題(ウエルドラインやジェッティング等の外観不良の解消)があり,その適用にあたり阻害要因となる格別の技術的困難性があるとも認められない。」(審決書5頁8行~11行)などと判断しており,刊行物1記載の発明を,従来周知の事項に適用することによって,本願発明の相違点に係る構成に想到することが容易であるとの説明をしていると理解される。
 そうすると,審決は,刊行物1記載の発明の内容を確定し,本願発明と刊行物1記載の発明の相違点を認定したところまでは説明をしているものの,同相違点に係る本願発明の構成が,当業者において容易に想到し得るか否かについては,何らの説明もしていないことになり,審決書において理由を記載すべきことを定めた特許法157条2項4号に反することになり,したがって,この点において,理由不備の違法がある。
 これに対し,被告は,審決では,本願発明について,当業者が刊行物1記載の発明,及び,従来周知の金型に基づいて容易に発明をすることができたと判断したと理解されるべきであり,刊行物1記載の発明と上記従来周知の金型とを組み合わせて1つの発明を構成するに当たり,刊行物1記載の発明を上記金型に適用しても,上記金型を刊行物1記載の発明に適用しても,組み合わせた結果としての発明に相違はないから,理由不備の違法はないと主張する。
 しかし,被告の上記主張は,採用の限りでない。すなわち,仮に,審判体が,本願発明について,当業者であれば,金型に係る特定の発明を基礎として,同発明から容易に想到することができるとの結論を導くのであれば,金型に係る特定の発明の内容を個別的具体的に認定した上で,本願発明の構成と対比して,相違点を認定し,金型に係る特定の発明に,公知の発明等を適用して,上記相違点に係る本願発明の構成に想到することが容易であったといえる論理を示すことが求められる。金型に係る特定の発明を主引用例発明として用い,これを基礎として結論を導く場合は,刊行物1記載の発明を主引用例発明として用い,これを基礎として結論を導く場合と,相違点の認定等が異なることになり,本願発明の相違点に係る構成を容易に想到できたか否かの検討内容も,当然に異なる。そうすると,刊行物1記載の発明を主引用例発明としても,従来周知の金型を主引用例発明としても,その両者を組み合わせた結果に相違がないとする被告の主張は,採用の限りでない。」