2011年3月21日月曜日

進歩性を否定する場合に引用発明を組合せることの示唆、動機付けが明らかにされる必要があると判断された事例

知財高裁平成23年3月8日判決
平成22年(行ケ)第10273号審決取消請求事件

1.概要
 引用発明1において引用発明2のインク(塗料)を適用することにより本願発明を完成させることは当業者が容易に想到できるとした拒絶審決が取り消された。
 組み合わされる構成要件が周知技術でない限り、組み合わすことの示唆、動機付け等が示される必要があると裁判所は判断した。

2.本願発明の要旨
 平成22年4月22日付けの手続補正書(甲5)により補正された特許請求の範囲の請求項1に係る本願発明は,以下のとおりである。
【請求項1】
「少なくとも下記手段及び装置を具えた外観検査装置を用いて,アルミニウム箔製包装体を製造する際に用いるアルミニウム箔であって,該アルミニウム箔は,その本体表面に,文字や図柄などの表示が印刷されてなり,該表示は,樹脂ワニスに顔料を添加してなる印刷インキを用いて印刷することによって形成されたものであり,該顔料は,顔料本体表面が合成樹脂膜によって被覆されていることを特徴とする赤外線透過性に優れた表示を印刷してなる包装用アルミニウム箔。」

3.審決の理由の要点
(1) 本願発明は,引用例1(特開2003-215047号公報,甲1)に記載された発明(引用発明1)及び引用例2(特開平9-249821号公報,甲2)に記載された発明(引用発明2)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(2) 引用発明1及び2の内容,本願発明と引用発明1との一致点及び相違点並びに相違点についての判断は,次のとおりである。
【引用発明1】
「外観検査装置を設けたPTP包装機で製造されるPTPシートであって,PTPシートは,錠剤を収容する複数のポケット部が形成された包装用フィルム3とアルミニウム製のカバーフィルム4とを有し,カバーフィルム4には,赤外光に対し透過性を有するインクを用いて記号等からなる識別情報としての印刷部9が設けられており,外観検査装置は,赤外光を照射できる照明手段21,照明手段21から照射される赤外光の波長領域に感度を有する撮像手段22及び撮像手段22から出力される映像信号を処理する画像処理装置23を備え,PTPシートに赤外光を照射した際の反射光として撮像された画像に基づいて,カバーフィルム4及び印刷部9の明度よりも低く,かつ,異物の明度よりも高い閾値δ2を用い,カバーフィルム4上の異物を判定する,外観検査装置を設けたPTP包装機で製造されるPTPシート。」
【引用発明2】
「反応性水可溶樹脂で被覆した,分散性が良好な被覆顔料を樹脂ワニスに添加してなる油性塗料。」
【引用発明1と本願発明との一致点】
「少なくとも下記手段及び装置を具えた外観検査装置を用いて,アルミニウム箔製包装体を製造する際に用いるアルミニウム箔であって,該アルミニウム箔は,その本体表面に,文字や図柄などの表示が印刷されてなり,該表示は,印刷インキを用いて印刷することによって形成されたものであり,赤外線透過性に優れた表示を印刷してなる包装用アルミニウム箔。

(1)アルミニウム箔に対して赤外線を含む光を照射する照明手段
(2)赤外線に感度を有し,前記照明手段により照射された面を撮像する撮像手段
(3)撮像手段から出力される映像信号を処理する画像処理装置」
【本願発明と引用発明1との相違点】
 本願発明の印刷インキは,樹脂ワニスに顔料を添加してなり,該顔料は,顔料本体表面が合成樹脂膜によって被覆されているのに対して,引用発明1のインクはそのようなものでない点。
【相違点についての判断】
 引用発明1では,赤外光に対し透過性を有するインクを用いて印刷部9を設けることにより,印刷部9とカバーフィルム4自体との明度差を小さくしているが,赤外光に対し格別に優れた透過性を有するインクを用いなくても,閾値δ2を適当な値に設定すれば,カバーフィルム4上の異物を印刷部9と区別して判定することができることは明らかである。一方,引用発明2は,「塗料」であるが,そもそも「塗料」と「インク」は厳密に区別されるものではなく,例えば,金属板の上に盛るように付着させる場合は「塗料」と呼び,紙に染みこませる場合は「インク」と呼ぶとしても,材料自体に本質的な相違がない場合が多く,引用発明2の塗料はアルミニウム箔の表面に印刷するときにも使用できることは,容易に推察される。したがって,引用発明1のインクに代えて,引用発明2の塗料を用いること,すなわち上記相違点は,当業者が容易に想到し得たことである。

4.裁判所の判断
「取消事由1(引用発明2を引用発明1に適用した誤り)について
(1) ・・・・・審決の上記判断には,以下に説示するとおり,引用発明1に対して,引用発明2の構成,すなわち,「反応性水可溶樹脂で被覆した,分散性が良好な被覆顔料を樹脂ワニスに添加してなる油性塗料」を適用し得るための動機付けが示されておらず,当業者が,引用発明2を引用発明1に適用し得るとすることは,誤りといわなければならない。
(2) まず,引用発明1は,前記第2の3(2)の【引用発明1】,【引用発明1と本願発明との一致点】及び引用例(甲1)の記載によれば,以下のとおりと認められる。
 すなわち,引用発明1は,PTPシートの製造に際して,赤外光を照射することにより,アルミニウム製のカバーフィルムの印刷部上にある異物をも判別できることを技術課題の1つとして,赤外光に対し透過性を有するインクを用いて記号等からなる識別情報としての印刷部を設け,赤外光を照射した際の反射光において,印刷部とカバーフィルム自体との明度差を極めて小さくし,さらに,第2の閾値δ2をカバーフィルムの明度より若干低い値に設定するという構成を採用することにより,印刷部の存在の有無に関係なく,印刷部のみが無視されてカバーフィルム上の異物が判定できるという作用効果を達成したものと認められる。
 これに対し,審決は,上記のとおり,「赤外光に対し格別に優れた透過性を有するインクを用いなくても,閾値δ2を適当な値に設定すれば,カバーフィルム4上の異物を印刷部9と区別して判定することができることは明らかである。」と述べるところ,赤外光に対し透過性を有するインクを用いない場合には,印刷部の明度が一定程度低下し,印刷部上に印刷部と同程度の明度を有する異物が存するときには,当該異物が判定できないこととなる(異物の明度が既に判明している場合には,その明度より高く,かつ,印刷部の明度より低く閾値δ2を設定すれば異物が判定できるが,そのような場合が一般的であると解することはできない。)。したがって,審決の上記説示は,引用発明1の技術課題が解決できない従来技術を示したものにすぎず,引用発明1に対して引用発明2の構成を適用することについての動機付け等を明らかにするものではない。
(3) また,審決は,上記のとおり,「引用発明2は,「塗料」であるが,そもそも「塗料」と「インク」は厳密に区別されるものではなく,例えば,金属板の上に盛るように付着させる場合は「塗料」と呼び,紙に染みこませる場合は「インク」と呼ぶとしても,材料自体に本質的な相違がない場合が多く,引用発明2の塗料はアルミニウム箔の表面に印刷するときにも使用できることは,容易に推察される。」と述べるところ,この説示は,「塗料」と「インク」とが厳密に区別されるものではなく,本質的な相違がない旨を述べるだけであり,仮に,「塗料」と「インク」が区別されず,また,引用発明2の塗料がアルミニウム箔の表面の印刷に使用できるとしても,それはただ単に,引用例2がアルミニウム箔に使用できる可能性のあるインクを開示しているにすぎない。引用例2には,当該塗料が赤外光に対する透過性に優れることは記載されておらず,引用発明2の「塗料」を引用発明1の「インク」として使用することが示唆されているということにはならない。
 そもそも,「塗料」又は「インク」に関する公知技術は,世上数限りなく存在するのであり,その中から特定の技術思想を発明として選択し,他の発明と組み合わせて進歩性を否定するには,その組合せについての示唆ないし動機付けが明らかとされなければならないところ,審決では,当業者が,引用発明1に対してどのような技術的観点から被覆顔料を使用する引用発明2の構成が適用できるのか,その動機付けが示されていない(当該技術が,当業者にとっての慣用技術等にすぎないような場合は,必ずしも動機付け等が示されることは要しないが,引用発明2の構成を慣用技術と認めることはできないし,被告もその主張をしていない。)。
(4) この点について,被告は,引用例2の段落【0006】の記載を根拠に,色相,着色力及び分散性に優れているのが好ましいことは,インキや塗料の顔料について一般的にいえることであり,引用発明1のインクについてもあてはまることであるから,引用発明1のインクとして引用発明2の油性塗料を適用してみようという程度のことは,当業者が容易に考えつくことであると主張する。
 確かに,インクや塗料において,色相,着色力及び分散性に優れているのが一般的に好ましいと解されるところ,それに応じて,色相,着色力,分散性などのいずれかに優れていることをその特性として開示するインクや塗料も,多数存在すると認められるのであり,その中から,上記の一般論のみを根拠として引用発明2を選択することは,当業者が容易に想到できるものではない。

2011年3月13日日曜日

サポート要件違反と判断した審決が取り消された事例

知財高裁平成23年2月28日判決
平成22年(行ケ)第10109号 審決取消請求事件

 今回紹介する裁判例はサポート要件に関して知財高裁が判断を下した最近の事例である。

1.本願発明1(請求項1)
「(i)ケラチン繊維に対して還元用組成物を適用する作業;及び,(ii)ケラチン繊維を酸化する作業を少なくとも含み,更に作業(i)の前に,当該ケラチン繊維に対して,化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用することを特徴とする,ケラチン繊維のパーマネント再整形方法。」

2.審決の理由(「第5 当裁判所の判断」から抜粋)
(1) 審決は,本願発明1ないし9は,36条6項1号に違反するとした。その理由を要約すると,以下のとおりである。すなわち,
ア 本願発明1ないし9は,ケラチン繊維のパーマネント再整形方法において,
①ケラチン繊維に対して還元用組成物を適用する作業の前に,②当該ケラチン繊維に対して,化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用することにより,毛髪の劣化を緩和する等の課題解決を目的とする発明である。
イ 本願明細書には,本願発明の課題解決に関して,「還元剤の中にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有させた還元用組成物を毛髪に適用した場合」(従来技術)と,「還元剤処理の前に前処理剤としてアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用する場合」との,両者に差が生じた旨の記載はある。しかし,同記載は,具体的な比較実験データ及び前処理の有無による技術的傾向が示されているわけではない。
ウ 実施例に関して,実施例1は,「本件発明方法」と「先行技術による方法」との比較が示されているが,同実施例の「先行技術による方法」は,前処理用組成物で処理しなかったもので,還元剤の中にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有させた還元用組成物を毛髪に適用したものではないから,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理剤による処理の有無に係る比較実験データとしては適切なものではない。また,実施例2,3についても,従来技術である「還元剤の中にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有させた還元用組成物を毛髪に適用した場合」と,「還元剤処理の前に前処理剤としてアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用する場合」との具体的な比較実験データが示されていない。
 したがって,本願発明1~9は,本願発明の詳細な説明に記載されたものでなく,36条6項1号の規定を充足しないものである。
(2) 審決の理由の不備について
 要するに,審決は,特許請求の範囲の請求項1(請求項2ないし9も同様である,以下同じ。)の「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」の意義について,「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」と限定的な解釈を施した上で,発明の詳細な説明中には,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理剤により前処理した実施例は記載されているものの,前処理をせず「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」により還元処理をした従来技術に係る比較例は記載されておらず,そのような従来技術との比較実験データは記載されていないから,特許請求の範囲に記載された発明は,発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということができない,と判断したものである。

3.裁判所の判断のポイント
36条6項1号は,「特許請求の範囲」の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要するとしている。同条同号は,同条4項が「発明の詳細な説明」に関する記載要件を定めたものであるのに対し,「特許請求の範囲」に関する記載要件を定めたものである点において,その対象を異にする。特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した「特許請求の範囲」の記載に基づいて定められる旨規定されていることから明らかなように,特許権者の専有権の及ぶ範囲は,「特許請求の範囲」の記載によって画される(特許法68条,70条)。もし仮に,「発明の詳細な説明」に記載・開示がされている技術的事項の範囲を超えて,「特許請求の範囲」の記載がされるような場合があれば,特許権者が開示していない広範な技術的範囲にまで独占権を付与することになり,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱することになる。
 36条6項1号は,そのような「特許請求の範囲」の記載を許さないものとするために設けられた規定である。したがって,「発明の詳細な説明」において,「実施例」として記載された実施態様やその他の記載を参照しても,限定的かつ狭い範囲の技術的事項しか開示されていないと解されるにもかかわらず,「特許請求の範囲」に,「発明の詳細な説明」において開示された技術的範囲を超えた,広範な技術的範囲を含む記載がされているような場合は,同号に違反するものとして許されない(もとより,「発明の詳細な説明」において,技術的事項が実質的に全く記載・開示されていないと解されるような場合に,同号に違反するものとして許されないことになるのは,いうまでもない。)。
 以上のとおり,36条6項1号への適合性を判断するに当たっては,「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比することから,同号への適合性を判断するためには,その前提として,「特許請求の範囲」の記載に基づく技術的範囲を適切に把握すること,及び「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項を適切に把握することの両者が必要となる。」

「・・・「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」は,「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」と限定的に解釈することはできず,また,本願発明に係る「特許請求の範囲」は,本願明細書の「発明の詳細な説明」に記載されていると理解することができるから,本願発明1ないし9の請求項の記載は36条6項1号に適合しないとした審決の判断には,誤りがある。・・・」

「特許請求の範囲には,「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」について,アミノシリコーンを含まないとの限定文言は一切ない。したがって,「還元用組成物」は,「アミノシリコーンを含まない還元用組成物」に限定解釈される根拠はない。」

「4 36条6項1号への適合性
 以上を前提として,本願発明の36条6項1号への適合性について,検討する。
 「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し,「特許請求の範囲」に記載された本願発明が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲のものであるか否か,すなわち,還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし,その後還元用組成物により還元処理をするとの本願発明が,アミノシリコーンを含有する還元用組成物により還元処理をするという従来技術と対比して,毛髪の劣化の程度の緩和等の作用効果を実現し,課題を解決し得ることが,「発明の詳細な説明」に記載・開示されているか否かについて,検討する。
(1) 「特許請求の範囲」の記載について
 本願発明の「特許請求の範囲」の記載は,第2,2記載のとおりである。
 前記3記載のとおり,「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」は,アミノシリコーンを含まないものには限定されない。そして,本願発明は,パーマネント再整形における還元処理の前に,「当該ケラチン繊維に対して,化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用すること」との前処理工程を付加した点において,特徴を有する発明である。
(2) 「発明の詳細な説明」の記載について
 本願明細書には,実施例1ないし5が記載されているが,パーマネント再整形における還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をする例が記載されているのは実施例1ないし3であり,実施例1ないし3は,次のとおり記載されている。
・・・
(3) 「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載との対比
ア 前記(2)の本願明細書の記載によれば,実施例1では,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物による前処理をせず, DV2 で還元処理した比較例(実施例1では「先行技術」と表示される。)」と,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物により前処理した後,DV2 で還元処理したもの(実施例)」の比較結果が示され,本願発明による前処理を施したことによる効果が得られた旨の記載がされている。
 本願明細書中には,DV2 がアミノシリコーンを含んでいるとの明示の説明はされていない。仮に,DV2 がアミノシリコーンを含まないものであると認識されるならば,実施例1における比較例は,アミノシリコーンを含む還元用組成物を用いて還元処理したもの(従来技術)でないから,「本願発明の実施例」と「従来技術に該当するもの」とを対比したことにはならず,本願発明により前処理を施したことによる効果を示したことにならない。審決は,この点を理由として,実施例1の実験は,比較実験として適切なものでないと判断する。
 しかし,審決の同判断は,妥当を欠く。すなわち,前記のとおり,本願発明の特徴は,先行技術と比較して,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)」を適用するという前処理工程を付加した点にある。そして,①特許請求の範囲において,前処理工程を付加したとの構成が明確に記載されていること,②本願明細書においても,発明の詳細な説明の【0011】で,前処理工程を付加したとの構成に特徴がある点が説明されていること,③本願明細書に記載された実施例1における実験は,前処理工程を付加した本願発明と前処理工程を付加しない従来技術との作用効果を示す目的で実施されたものであることが明らかであること等を総合考慮するならば,本願明細書に接した当業者であれば,上記実施例の実験において,還元用組成物として用いられたDV2 が「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」との明示的な記載がなくとも,当然に,「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」の一例としてDV2を用いたと認識するものというべきである。
 ・・・なお,甲14ないし16によれば,DV2 は,アミノシリコーンを含有しているものと推認される。
イ また,実施例2,3においても,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用した場合とそうでない場合が比較され,本願発明の効果が示されているということができる。
(4) 小括
 以上のとおりであり,審決が,①本願発明について,「還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし,その後アミノシリコーンを含有しない還元用組成物により還元処理をする」との構成に係る発明であると限定的に解釈したと解される点,②「前処理をせずに,アミノシリコーンを含む還元用組成物により還元処理をした従来技術」とを比較した場合の本願発明の効果が示されていないと判断した点,及び③本願発明1ないし9について,「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということはできないと判断した点に,誤りがある。
 したがって,審決は,36条6項1号に適合しないとの結論を導いた限りにおいて,理由を誤った違法がある。」

2011年2月26日土曜日

請求項中の数値の測定条件が特定されていないことを理由に実施可能要件違反と判断された事例

知財高裁平成23年2月10日判決

平成22年(行ケ)第10153号 審決取消請求事件

1.概要

 請求項中に数値が記載されている場合に、数値を測定するための条件が実施例等にも記載されておらず、条件によっては数値が異なることが認められることを理由として本件発明1等について実施可能要件が満たされず無効であるとした審決が支持された。この点について類似の事例として知的財産高等裁判所平成20年(ネ)第10013号(本ブログ2009年6月7日記事参照)がある。

 一方、請求項中の数値範囲の全範囲にわたり、課題を解決することができると当業者が認識することができるように発明の詳細な説明が記載されておらずサポート要件が満たされないとした審決の判断については、妥当ではないと判示された。

2.本件発明1

「【請求項1】アルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーと,で構成されるシランカップリング剤(SCO)を含む接着剤であって(但し,Rは同一でも異なっていても良く,炭素数1~18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),前記シランカップリング剤(SCO)が,シロキサン(Si-O-Si)結合を含み,かつ,前記シランカップリング剤(SCO)をGPC(ゲル透過クロマトグラフィー)測定した際に,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1~100を満たすことを特徴とする接着剤」

3.無効審決の要点

3.1.実施可能要件違反

 実験成績証明書(甲5)における実験結果を参酌すると,単一のシランカップリング剤のオリゴマー組成物につきGPC測定する場合であっても,展開溶媒の種別なる1つの測定条件の変化により有意にモノマー:ダイマーの面積比が変化するものと解するのが自然であるとし,カラム,展開溶媒等のGPCに係る測定条件が具体的に記載されていない以上,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき,本件発明1ないし5及び9を当業者が実施しようとする場合において,当該モノマー:ダイマーの面積比により「シランカップリング剤(SCO)を選択することが困難であるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載はいわゆる実施可能要件に違反する。

3.2.サポート要件違反

 本件明細書の発明の詳細な説明には,「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合につき,「(A-1):(A-2)=100:1~100」の範囲とすることを発明特定事項とする訂正後の請求項に係る技術事項を具備するものが全て本件発明が解決しようとする課題を解決できると当業者が認識することができるように記載されているものとはいえず,出願時の当業界の技術常識に照らして当業者が検討しても,本件発明が上記解決すべき課題を解決することができると認識することができるものということができない。

4.明細書に開示された実験結果

「【調製例1】シランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-1)の作製

 蒸留水1gとメチルエチルケトン99gを計りとり,混合して均一溶液(B-1)を作製した。(B-1)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-1)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は0.33重量部となる。シランカップリング剤(SCO-1)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は,GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:1.6であった。

【調製例2】シランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-2)の作製

 蒸留水5gとメチルエチルケトン95gを計りとり,混合して均一溶液(B-2)を作製した。(B-2)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-2)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は1.66重量部となる。シランカップリング剤(SCO-2)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は,GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:29.4であった。

【合成実験例1】フィルム形成材(C)の合成

 フェノキシ樹脂(Ph-1)の合成

 4,-(9-フルオレニリデン)-ジフェノール45g,3,',,'-テトラメチルビフェノールジグリシジルエーテル50gを N-メチルピロリジオン1000mlに溶解し,これに炭酸カリウム21gを加え,110℃で攪拌した。3時間攪拌後,多量のメタノールに滴下し,生成した沈殿物をろ取してフェノキシ樹脂(Ph-1)を75g得た。分子量を東ソー株式会社製GPC8020,本件カラム,流速1.0ml/minで測定した結果,ポリスチレン換算で Mn=12,500,Mw=30,300,Mw/Mn=2.42であった。

5.数値範囲を特定した意義に関する明細書の記載

「ア 本件発明は,接着剤,それを用いた回路接続構造体及びその製造方法に関す

る。

 近年,半導体や液晶ディスプレイなどの分野で電子部品を固定したり,回路接続を行うために各種の接着材料が使用されているが,かかる用途では,接着剤にも高い接着力や信頼性が求められている。

 しかしながら,従来の接着剤及び回路接続用接着剤である異方導電性接着剤は,各種基板に対する接着力が不十分で,十分な接続信頼性が得られない,各種基板に対する接着力のロットばらつきが発生し,高い歩留まりで良品を量産することが極めて困難な場合があるなどの課題を有していた。

 本件発明は,高接着力で信頼性が高い接着剤を提供し,さらにロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能とする接着剤を提供し,さらには回路接続用接着剤及びそれを用いた回路接続構造体を提供するのみならず,接着剤の保管時,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与えるとともに,接着後においては長期間の接着強度の保持が可能となる接着剤,接着剤の製造方法,接続構造体を提供する。

イ 本件発明1は,アルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO)を含む接着剤であって(ただし,Rは同一でも異なていても良く炭素数1~18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),前記シランカップリング剤(SCO)が,シロキサン(Si-O-Si)結合を含み,かつ,前記シランカップリング剤(SCO)をGPC測定した際に,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1~100を満たすことを特徴とする接着剤に関し,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供するものであるとともに,当該接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤を提供するものである。

ウ 前記シランカップリング剤(SCO)におけるA-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。

 (A-1):(A-2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,(A-1):(A-2)=100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。

エ 本件発明の接着剤において,実施例1ないし4では,全サンプルで良好な接続抵抗を示し,かつ接着強度も高く,さらに耐湿試験後でもその接着強度は低下せず,耐湿試験後の接着面の外観も良好であったが,比較例では,耐湿試験後の接続抵抗が悪化し,一部のサンプルで耐湿試験後の接着面の外観が悪化した。

 このように,本件発明1は,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができるとともに,当該接着剤の保管時や,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤を提供することができる。

6.裁判所の判断のポイント

6.1.実施可能要件違反について(実施可能要件は満たされないと判断)

「本件明細書の発明の詳細な説明におけるGPC測定に関する記載は,前記アのとおりであるところ,GPC測定に用いられたカラムについては,合成実験例1において,フィルム形成材の合成について,フェノキシ樹脂の分子量をGPC測定した際,本件カラムが用いられたことが記載されている。

 しかしながら,シランカップリング剤の作製については,調製例1及び2並びに比較調製例1において,シランカップリング剤の調製例が記載されているところ,かかる調製例では,いずれもシランカップリング剤をGPC測定したことが記載されているものの,その際に使用されたGPC及び当該GPC測定に用いられたカラムについては,いずれもその製造メーカーすら,特定されていない。

 したがって,本件明細書には,シランカップリング剤のGPC測定が原告主張のように本件カラムにより行われたことを直接示す記載は存在しないといわなければならない。

・・・

() しかも,本件明細書において,シランカップリング剤におけるGPC測定と,フェノキシ樹脂に関するGPC測定について,同一の条件で実施したことに関する明示の記載はない。

 また,本件明細書の記載順についても,シランカップリング剤の調製例に関する記載(【0028】~【0030】)においては,GPC測定におけるカラムに関する記載がされず,しかも,GPCに関する記載も,測定の結果としてのA-1とA-2との面積比が記載されている(シランカップリング剤のオリゴマーを作成した比較調製例1を除く)のみであるが,その後に記載されたフェノキシ樹脂の合成実験例(【0031】)においては,測定条件(使用機器,流速,本件カラム)についても記載されているものである。

 () したがって,測定内容(面積比・分子量),測定対象(シランカップリング剤・フェノキシ樹脂)の分子量及び分子構造の相違を捨象し,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定が,フェノキシ樹脂におけるGPC測定と同一の条件で実施されたものと開示されているとまで,いうことはできない。

・・・・

 以上からすると,本件明細書には,本件カラム及びTHFを使用したか否かを含め,シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が開示されておらず,また,本件明細書の記載から,当業者が一般的な通常の測定条件によって測定されたものと理解することができるものということもできない。

・・・

 したがって,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合の測定条件が明らかではない本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1ないし5及び9について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。」

6.2.サポート要件違反について(サポート要件は満たされると判断)

「・・・本件発明1の効果は,A-1とA-2との面積比が,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であれば,オリゴマーの効果,すなわち,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤,保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の製造が可能となり,かつ,接着剤の接着強度低下,保存安定性の低下は生じないというものである,

 イ 本件明細書において,本件発明の接着剤を用いた実施例1ないし4に対する初期及び耐湿後の接続抵抗,接着強度並びに耐湿後外観検査の結果が比較例と対照しつつ具体的に示されており,また,本件発明1の効果として,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができるとともに,当該接着剤の保管時や,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の提供と記載されている。

  以上からすると,本件発明1の効果,すなわち,①高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されること及び②保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたことについては,いずれも比較例と実施例との対照において具体的に開示されているということができる。

  この点について,被告は,本件発明における(A-1):(A-2)のGPCの面積比と実施例における面積比の上限はかけ離れていること,本件発明の構成が定める面積比とその効果との因果関係や技術的意義が全く記載されていないことなどから,本件明細書の記載によっては,当業者は,GPCの面積比「(A-1):(A-2)=100:1~100」の全ての範囲について,本件発明の課題を解決できるとは認識できないなどと主張する。

 しかしながら,本件明細書には,数値範囲の下限及び上限について,数値範囲の

意義((A-1):(A-2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。)が記載されており,その範囲内の効果についても,「A-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。」と指摘し,さらに,上記数値内における適宜の構成を選択した実施例において,接着強度等の効果についての試験結果が明示されているのであるから,被告が指摘する実施例による開示が少ない点は,上記結論を左右するものではない。


2011年2月5日土曜日

進歩性欠如の無効審決が取り消された事例

知財高裁平成23年1月31日判決

平成22年(行ケ)第10075号審決取消請求事件

1.概要

 本事例では、原告が有する特許権についての無効審判事件において審判体は「本件特許の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする」との審決をした。

 裁判所は「解決課題の設定が容易であったか」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要かつ不可欠であること、当該発明が容易であったとするためには,「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」ことのみでは十分ではなく,「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合があることを考慮し、無効審決を取り消した。

 引用文献を「主たる引用文献」と「従たる引用文献」に明確に区別し容易想到性の論理の構築を試みることが合理的であると明示した点でも勉強になる事例である。

2.本件発明1(本願請求項1に係る発明)

「金属製フィルター枠と,該金属製フィルター枠に設けられた開口を覆って,該金属製フィルター枠に接着されている不織布製フィルター材とよりなる換気扇フィルターにおいて,該金属製フィルター枠と該不織布製フィルター材とは,皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いて接着されていることを特徴とする換気扇フィルター。」

3.審決の理由の内容(「当裁判所の判断」から抜粋

 本件各発明が容易想到であると判断した審決の論理は,以下のとおりである。すなわち,

ア 本件発明1と発明Aの一致点を「金属製フィルター枠と,該金属製フィルター枠に設けられた開口を覆って,該金属製フィルター枠に接着されている不織布製フィルター材とよりなる換気扇フィルターにおいて,該金属製フィルター枠と該不織布製フィルター材とは,接着剤を用いて接着されている換気扇フィルターである点」と認定し,また,相違点を「接着剤につき,本件発明1では,皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いているのに対し,発明Aでは,かかる接着剤を用いていない点」と認定した。

 次に,上記相違点に係る構成に至ることが容易想到であるとする論理を次のように述べた。①本件発明1の課題は,本件明細書の段落【0003】ないし【0006】の記載から,「換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別して廃棄すること(を容易にすること)」であるとした上,「換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別して廃棄すること(を容易にすること)」は,周知の技術的課題であるとし(甲18,19及び32),②甲2には,水溶液によって成分が溶解または膨潤し剥離する粘着剤が記載され,粘着剤は複数の物質を接合する接合剤としてみれば接着剤と共通するとし(甲27,甲34),③甲2に接した当業者は,上記課題を解決するため,接着剤成分が溶解又は膨潤して剥離するものを選択する動機付けを得るものといえる,などと判断した。

 そして,上記課題を解決すべく,廃棄時に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを容易に剥離するために,発明Aの接着剤に「皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤」を用いることは,当業者であれば困難なくなし得たとの結論を導いた。」

4.裁判所の判断のポイント

「(1) 容易想到性判断と発明における解決課題

 当該発明について,当業者が特許法29条1項各号に該当する発明(以下「引用発明」という。)に基づいて容易に発明をすることができたか否かを判断するに当たっては,従来技術における当該発明に最も近似する発明(「主たる引用発明」)から出発して,これに,主たる引用発明以外の引用発明(「従たる引用発明」)及び技術常識等を総合的に考慮して,当業者において,当該発明における,主たる引用発明と相違する構成(当該発明の特徴的部分)に到達することが容易であったか否かによって判断するのが客観的かつ合理的な手法といえる。当該発明における,主たる引用例と相違する構成(当該発明の構成上の特徴)は,従来技術では解決できなかった課題を解決するために,新たな技術的構成を付加ないし変更するものであるから,容易想到性の有無の判断するに当たっては,当該発明が目的とした解決課題(作用・効果等)を的確に把握した上で,それとの関係で「解決課題の設定が容易であったか」及び「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であったか否か」を総合的に判断することが必要かつ不可欠となる。上記のとおり,当該発明が容易に想到できたか否かは総合的な判断であるから,当該発明が容易であったとするためには,「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」ことのみでは十分ではなく,「解決課題の設定が容易であった」ことも必要となる場合がある。すなわち,たとえ「課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった」としても,「解決課題の設定・着眼がユニークであった場合」(例えば,一般には着想しない課題を設定した場合等)には,当然には,当該発明が容易想到であるということはできない。ところで,「解決課題の設定が容易であったこと」についての判断は,着想それ自体の容易性が対象とされるため,事後的・主観的な判断が入りやすいことから,そのような判断を防止するためにも,証拠に基づいた論理的な説明が不可欠となる。また,その前提として,当該発明が目的とした解決課題を正確に把握することは,当該発明の容易想到性の結論を導く上で,とりわけ重要であることはいうまでもない。

 上記の観点から,以下,本件各発明の容易想到性の有無に関してした審決の判断の当否を検討する。」

「(2) 判断

ア 本件発明1は,前記認定のとおり,従来の換気扇フィルターでは,アルミニウム箔片面全面に,感熱性接着剤皮膜を設け,これに,張出成形や膨出成形等の成形を施すと共に,打抜加工して開口を設けて金属製フィルター枠とし,この金属製フィルター枠の開口を覆うようにして不織布製フィルター材を張り,押圧加熱し,感熱性接着剤を溶融固化させて,不織布製フィルター材を金属製フィルター枠に接着するという方法で製造されていたので,使用後に,不織布製フィルターを金属製フィルター枠から剥離しようとすると,両者の接着が強固であるため,不織布製フィルターが破れてしまい,両者を分別することができないという欠点があったため,本件各発明は,金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを接着する際,通常の状態では強固な接着が達成でき,水を付与すると,金属と不織布間との接着力が低下する性質を持つ接着剤を用い,使用後の換気扇フィルターを水に浸漬することにより,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とに分別し得るようにすることを発明の目的としたものである。

 そうすると,本件発明1は,「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」を解決課題とし,「(換気扇フィルターにおいて),通常の状態では強固に接着させるが,水に浸漬すれば接着力が低下し,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別し得る皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いること」を解決手段とした発明である。

 これに対して,前記認定のとおり,審決が文献から引用した発明Aは,「金属箔をもって一体に形成された,レンジフードの開口部周縁への取付座となるフィルターカバーの鍔部と,この鍔部の内周縁に立上り壁と,該立上り壁の下端に格子状部と,該格子状部に接着剤によって装着されている難燃性乃至不燃性の不織布フィルターと,前記鍔部に取付けたレンジフードへの吸着用マグネットからなるレンジフード用フィルターカバー。」であって,「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」を解決課題として,これに対する解決課題を示した本件発明1とは異なる。甲1には,本件発明1が目的としている解決課題及び解決手段に関連した記載又は開示等はないのみならず,逆に,フィルターをフィルターカバーから剥離せずに廃棄することを前提とした発明であることが示されている。

イ この点について,審決は,前記甲18,19及び32の例から,「換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別して廃棄すること(を容易にすること)」は,周知の技術的課題であることから,当業者は,甲2に接すれば,上記の課題を解決するため,接着剤成分が溶解または膨潤するものを選択することが容易であると判断している。

 しかし,審決は,上記課題が周知であるとすると,なにゆえ本件発明1の引用発明(発明A)との相違点に係る構成が容易に想到できることになるのかに関する論理について,合理的な理由を示していない点において,妥当を欠く。

 のみならず,甲18,19及び32の記載を子細に検討してみても,本件発明1が解決課題としている「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得るようにして,素材毎に分別して廃棄することを可能とすること」と同様の解決課題を示唆するものはない。

 すなわち,①甲18,19及び32は,換気扇フィルターの使用後に金属製フィルター枠及びフィルター材の廃棄を容易にするものではあるものの,いずれも,金属製フィルター枠とフィルター材とが「接着剤で接着されている」ことを前提とした発明とは異なる技術を示すものである。また,②甲18記載のレンジフード用フィルターは,金属製フィルター枠と不織布製フィルター材が「強固に接着されている換気扇フィルター」ではなく,「金属箔を成形可能な繊維不織布に代えることにより金網フイルターへの取り付けを簡略化すると共に使用後の廃棄に際し,分別することなく全体を容易に家庭ゴミとして処分せしめることを目的とする」ものであり,本件発明1とは,解決課題及び解決手段において異なる。さらに,③甲19も,金属箔製の換気扇カバー枠体と金属繊維を用いたフィルターから構成され,フィルター部分と換気扇カバー枠体とを分離する必要性を解消させて,そのまま一体物として出しても問題が起き難く,ゴミとして出す場合の作業性に優れ,かつ,再資源化が容易な換気扇カバーを提供することを目的としており,本件発明1とは解決手段において異なる。すなわち,本件発明1は,フィルター枠とフィルターとの剥離を容易にしようとすることを目的とするのに対し,甲18,19は,一体物としてゴミ出しをしても問題が生じることがないようにして,作業を高めるものであって,本件発明1における,解決課題の設定及び解決手段は,全く逆であって,本件発明1の異なる構成に想到することを容易とする技術が示唆されているものとはいえない。

ウ 以上のとおり,甲18,19及び32において,本件発明1と発明Aとの相違点(相違点A)に係る構成,すなわち,「接着剤につき,本件発明1では,皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いているのに対し,発明Aでは,かかる接着剤を用いていない点。」に関する解決課題及び解決手段についての示唆はない。

 したがって,審決において,本件発明1における「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得ることを容易化すること」という解決課題設定及び解決手段の達成が容易に想到できたとの点について,証拠を基礎とした客観的合理的な論理に基づいた説明が示されていると判断することはできない。

 甲2には,前記のとおり,①水溶液によって粘着剤が溶解又は膨潤して剥離することができるマスキングテープ及びラベル等の粘着剤として用いることのできる水溶性粘着剤組成物及びその製造方法に関するものであること,②電子材料の分野で使用される保護テープ,セラミックスチップを機械研磨するときのチップ固定用の粘着テープなどでは,地球環境保護のため,粘着成分残渣が水洗浄可能なものであることが求められ,高い再剥離性と容易に剥がれない接着性とが要求されるという課題があること,③末端OH基を有する(メタ)アクリレートをリン酸でエステル化したモノマーを必須のモノマー成分とするポリマーを含み,上記ポリマーがアルカリ性中和剤で中和されていることを特徴とする水溶性粘着剤組成物により上記課題を解決する発明が記載されている。

 しかし,前記のとおり,甲18,19及び32等の例によっても,「金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とが接着剤で接着されている換気扇フィルターにおいて,通常の状態では強固に接着されているが,使用後は容易に両者を分別し得ることを容易化すること」との解決課題を設けることが示されていない以上,当業者において,発明Aに,甲2記載の発明を適用することによって,本件発明1における発明Aとの異なる構成に想到することが容易であったとすることもできない。すなわち,発明Aから,本件発明1の特徴点(「(通常の状態では強固に接着させるが,水に浸漬すれば接着力が低下し,容易に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを分別し得る)皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤を用いること」)に到達することの示唆が,甲2の記載に存在するとはいえないから,結局,発明Aに甲2記載の発明を適用することが,容易とはいえない。

 したがって,甲2に接した当業者が,換気扇フィルターの廃棄時に金属製フィルター枠と不織布製フィルター材とを容易に剥離するために,発明Aに「皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤」を用いることは困難なくなし得たとした審決の判断は誤りであり(この点は,甲2記載の粘着剤,並びに甲10,11及び24記載の接着剤が「皮膜形成性重合体を含む水性エマルジョン系接着剤」に相当するか否かに左右されるものではない。),これを前提とした本件発明1に関する容易想到性の判断にも誤りがあるというべきである。」

2011年1月30日日曜日

進歩性否定のための正確な論理付けがなされていないことを理由に拒絶審決を取り消した事例

知財高裁平成22年12月28日判決
平成22年(行ケ)第10229号審決取消請求事件

1.概要
 本発明の事例では拒絶審決における進歩性欠如の論理付けが適法でないとして審決が取り消された。
 進歩性を否定する結論を導くためには論理的な説明が必要であるとする最近の裁判所のスタンスがよく理解できる裁判例の1つとして紹介する。

2.本願発明(請求項1記載の発明)
「【請求項1】最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~100度高くなるように設定され,それによりゲートマークの発生が防止されることを特徴とする成形方法。」

3.審決の理由の概要
(1) 審決は,特開平10-100216号公報(以下「刊行物1」という。甲1)に記載された発明(以下「刊行物1記載の発明」という。)の内容,及び本願発明と刊行物1記載の発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。
ア 刊行物1記載の発明の内容
「ゲート11を有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形法において,溶融された熱可塑性樹脂を金型内部に射出する際の金型温度が,射出する熱可塑性樹脂の熱変形温度より0~100度高くなるように設定され,高品質外観を有する射出成形品を得る方法。」(審決書2頁27行~30行)
イ 一致点
「ゲートを有する金型を用いた熱可塑性樹脂の射出成形方法において,該熱可塑性樹脂を溶融して金型内部に射出する際の該金型の温度が,射出される熱可塑性樹脂の荷重変形温度より0~100度高くなるように設定された成形方法」である点(審決書3頁8行~11行)
ウ 相違点
「[相違点1]
本願発明は,ゲートが『最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲート』であるのに対し,刊行物1記載の発明のゲートは径が不明である点。
[相違点2]
本願発明は,『ゲートマークの発生が防止される』のに対し,刊行物1記載の発明は高品質外観を有するものの,ゲートマークの発生が防止されるか否かは不明である点。」(審決書3頁12行~19行)
(2)審決は,相違点に係る容易想到性について,次のとおり判断した。
「(相違点1について)
 射出成形の技術分野において,径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型は,従来周知の事項である(例えば,特開平6-97695号公報の段落【0013】には『径0.8mm』のピンポイントゲートが記載され,特開平5-60995号公報の段落【0011】には『ゲート径は1.2mm』のピンポイントゲートが記載されている点等参照)。
 そこで,刊行物1記載の発明を,最大径が0.1mm~3mmであるピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用することの容易想到性について検討する。
 刊行物1記載の発明の技術的課題は,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良を解消し,高品質外観を有する射出成形品を得ることである(上記記載事項(イ)参照)。
 一方,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した成形品においても,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良が生じることは,従来周知の技術的課題である(例えば,特開平11-198190号公報の段落【0005】には『この種の射出成形用金型を用いて射出成形を行うと,ジェッティングといわれるヘビの跡のようなマークがつく。』と記載され,実願平4-48898号(実開平6-11380号)のCD-ROMの段落【0005】には『多数のピンポイントゲート4を介して成形を行った場合,樹脂の合流部分でウエルドライン7,8が発生することは避けられない。』と記載されている点等参照)。
 そうすると,ピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型で成形した成形品において,ウエルドラインやジェッティング等の外観不良を解消するために,刊行物1記載の発明を適用することは,当業者であれば容易に想到し得るものである。
 また,ピンポイントゲート又はトンネルゲートの最大径を『0.1mm~3mm』と特定した点については,上記のようにこのような径を有するピンポイントゲート又はトンネルゲートが通常使用されているものに比べて,特別な数値であるとは認められない点,及び該数値範囲の上下限値に格別顕著な技術的意義あるいは臨界的意義があるとは認められない点を考慮すると,当業者が通常の創作能力を発揮してピンポイントゲート又はトンネルゲートの最大径の最適値を見い出したにすぎない。
 してみると,刊行物1記載の発明を上記周知のピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。」

4.裁判所の判断のポイント
「1 取消事由1(理由不備)について
 当裁判所は,審決には,理由不備の違法があるから,審決は取り消されるべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。
 審決は,刊行物1(甲1)を主引用例として刊行物1記載の発明を認定し,本願発明と当該刊行物1記載の発明とを対比して両者の一致点並びに相違点1及び2を認定しているのであるから,甲2及び甲3記載の周知技術を用いて(併せて甲4及び甲5記載の周知の課題を参酌して),本願発明の上記相違点1及び2に係る構成に想到することが容易であるとの判断をしようとするのであれば,刊行物1記載の発明に,上記周知技術を適用して(併せて周知の課題を参酌して),本願発明の前記相違点1及び2に係る構成に想到することが容易であったか否かを検討することによって,結論を導くことが必要である。
 しかし,審決は,相違点1及び2についての検討において,逆に,刊行物1記載の発明を,甲2及び甲3記載の周知技術に適用し,本願発明の相違点に係る構成に想到することが容易であるとの論理づけを示している(審決書3頁28行~5頁12行)。すなわち,審決は,「刊行物1記載の発明を上記周知のピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用し,本願発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得たものである。」(審決書4頁19行~21行)としたほか,「上記相違点1において検討したとおり,刊行物1記載の発明をピンポイントゲート又はトンネルゲートを有する金型に適用することが容易に想到し得るものである以上,本願発明の上記相違点2に係る構成は,実質的な相違点ではない。」(審決書4頁26行~29行),「本願発明は刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用しただけの構成であることは,上記で検討したとおりである。」(審決書5頁5行~7行),「刊行物1記載の発明を従来周知の事項に適用することの動機づけとなる従来周知の技術的課題(ウエルドラインやジェッティング等の外観不良の解消)があり,その適用にあたり阻害要因となる格別の技術的困難性があるとも認められない。」(審決書5頁8行~11行)などと判断しており,刊行物1記載の発明を,従来周知の事項に適用することによって,本願発明の相違点に係る構成に想到することが容易であるとの説明をしていると理解される。
 そうすると,審決は,刊行物1記載の発明の内容を確定し,本願発明と刊行物1記載の発明の相違点を認定したところまでは説明をしているものの,同相違点に係る本願発明の構成が,当業者において容易に想到し得るか否かについては,何らの説明もしていないことになり,審決書において理由を記載すべきことを定めた特許法157条2項4号に反することになり,したがって,この点において,理由不備の違法がある。
 これに対し,被告は,審決では,本願発明について,当業者が刊行物1記載の発明,及び,従来周知の金型に基づいて容易に発明をすることができたと判断したと理解されるべきであり,刊行物1記載の発明と上記従来周知の金型とを組み合わせて1つの発明を構成するに当たり,刊行物1記載の発明を上記金型に適用しても,上記金型を刊行物1記載の発明に適用しても,組み合わせた結果としての発明に相違はないから,理由不備の違法はないと主張する。
 しかし,被告の上記主張は,採用の限りでない。すなわち,仮に,審判体が,本願発明について,当業者であれば,金型に係る特定の発明を基礎として,同発明から容易に想到することができるとの結論を導くのであれば,金型に係る特定の発明の内容を個別的具体的に認定した上で,本願発明の構成と対比して,相違点を認定し,金型に係る特定の発明に,公知の発明等を適用して,上記相違点に係る本願発明の構成に想到することが容易であったといえる論理を示すことが求められる。金型に係る特定の発明を主引用例発明として用い,これを基礎として結論を導く場合は,刊行物1記載の発明を主引用例発明として用い,これを基礎として結論を導く場合と,相違点の認定等が異なることになり,本願発明の相違点に係る構成を容易に想到できたか否かの検討内容も,当然に異なる。そうすると,刊行物1記載の発明を主引用例発明としても,従来周知の金型を主引用例発明としても,その両者を組み合わせた結果に相違がないとする被告の主張は,採用の限りでない。」

2011年1月22日土曜日

存続期間延長登録の処分の対象と特許請求の範囲の記載との関係について判断された事例

知財高裁平成22年12月22日判決

平成21年(行ケ)第10062号 審決取消請求事件

1.概要

 特許法67条2項:

「特許権の存続期間は、その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは、五年を限度として、延長登録の出願により延長することができる。」

 特許法67条の3第1項:

「審査官は、特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号の一に該当するときは、その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。

一  その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。

二~五(略)」

 本件は,存続期間延長登録の出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がした請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,本件出願が,特許法67条の3第1項1号の規定に該当するか否かである。

 審決において審判体は「医薬品についての処分が特許発明の実施に必要であったというためには,少なくともその処分によって特定される「物」,すなわち,「有効成分」が特許発明の構成要件として明確に特定されていることを要する。」判断し、有効成分が特定されていない上位概念が特許請求の範囲に記載された本件特許発明の存続期間延長登録出願を拒絶した。

 これに対して裁判所は「特許権の存続期間延長制度の対象となる特許発明は,「特許を受けている発明」全般であり,新しい有効成分に関する特許発明,あるいは,新たな効能・効果に関する特許発明という特定の特許発明に限定して存続期間の延長を認めるべき合理的根拠はない。」として審決を取り消した。

2.延長登録の理由となる処分

 薬事法14条7項に規定する医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る同項の承認

処分の対象となった物

 一般名称:ランソプラゾール,販売名:タケプロンOD錠15

処分の対象となった物について特定された用途

 非びらん性胃食道逆流症

3.本件特許発明

【請求項1】投与前に水中に分散させることなく経口投与する錠剤であって,味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微結晶または微粒子形態の有効物質と,賦形剤混合物とを含む材料を圧縮して得られ,前記賦形剤混合物がカルボキシメチルセルロース又は錠剤の全重量に対して13.3%以下の不溶網状PVPを含む少なくとも1つの崩壊剤,及び,澱粉,加工澱粉,あるいは微結晶セルロースから選択され,水と接触して高粘度を生じない少なくとも1つの膨張剤を含み,発泡剤及び遊離の有機酸を含まず,口中で唾液の存在下で咀嚼無しに60秒より短い時間で崩壊する急速崩壊性多粒子錠剤。

【請求項2】前記賦形剤混合物が,直接圧縮糖をさらに含むことを特徴とする請求項1記載の錠剤。

【請求項3】胃腸鎮静薬,制酸薬,鎮痛薬,抗炎症剤,冠状血管拡張薬,末梢および脳血管拡張薬,抗感染剤,抗生物質,抗ウイルス剤,駆虫剤,抗癌剤,抗不安剤,神経弛緩薬,中枢神経系刺激剤,抗鬱薬,抗ヒスタミン剤,下痢止め剤,緩下薬,栄養補給剤,免疫抑制薬,コレステロール低下剤,ホルモン,酵素,鎮痙剤,抗苦悶剤,心臓律動作用薬,動脈高血圧の治療薬,抗片頭痛剤,血液凝集作用薬,抗癲癇剤,筋弛緩剤,糖尿病の治療薬,甲状腺機能不全の治療薬,利尿剤,食欲抑制薬,抗ぜん息剤,去痰薬,鎮痰剤,粘液調整薬,うっ血除去薬,催眠薬,制吐剤,造血剤,尿酸排泄剤,植物抽出物,造影剤よりなる有効物質の群の少なくとも1つを,味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微結晶の形状で含むことを特徴とする請求項1又は2記載の錠剤。

【請求項4】胃腸鎮静薬,制酸薬,鎮痛薬,抗炎症剤,冠状血管拡張薬,末梢および脳血管拡張薬,抗感染剤,抗生物質,抗ウイルス剤,駆虫剤,抗癌剤,抗不安剤,神経弛緩薬,中枢神経系刺激剤,抗鬱薬,抗ヒスタミン剤,下痢止め剤,緩下薬,栄養補給剤,免疫抑制薬,コレステロール低下剤,ホルモン,酵素,鎮痙剤,抗苦悶剤,心臓律動作用薬,動脈高血圧の治療薬,抗片頭痛剤,血液凝集作用薬,抗癲癇剤,筋弛緩剤,糖尿病の治療薬,甲状腺機能不全の治療薬,利尿剤,食欲抑制薬,抗ぜん息剤,去痰薬,鎮痰剤,粘液調整薬,うっ血除去薬,催眠薬,制吐剤,造血剤,尿酸排泄剤,植物抽出物,造影剤よりなる有効物質の群の少なくとも1つを,味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微粒子の形状で含むことを特徴とする請求項1又は2記載の錠剤。

4.審決の理由

「医薬品についての処分が特許発明の実施に必要であったというためには,少なくともその処分によって特定される「物」,すなわち,「有効成分」が特許発明の構成要件として明確に特定されていることを要する。

 本件特許発明の請求項1及び2に係る発明は,錠剤の発明であるが,錠剤に含有される有効成分については「味覚マスクするように被覆層(ただし,当該被覆層はステアリン酸,ステアリン酸アルミニウム,ステアリン酸カルシウム,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸亜鉛及びタルクからなる群から選択される潤滑剤の有効量を含む潤滑コーティング表層膜を含まない)で被覆された微結晶または微粒子形態の有効物質」と記載されているが,どのような物質を使用するのかは特定されていない。

 同請求項3及び4に係る発明では,胃腸鎮静薬,制酸薬,鎮痛薬,・・・よりなる有効物質の群の少なくとも1つが錠剤に含まれることが記載されているが,これも薬効は特定されてもどのような成分(物)を使用するかを特定するものではない。

 したがって,本件出願に係る医薬品に対する本件の処分は,本件特許発明の実施に必要な処分であったとは認められないから,本件出願は,特許法67条の3第1項1号の規定に該当する。」

5.裁判所の判断のポイント

 裁判所は以下のとおり判断し、審決を取り消した。

「1 本件処分の対象と本件特許発明の実施について

 本件処分となる薬事法上の承認の対象たる「タケプロンOD錠15」(販売名)が本件特許発明の構成を備えていないことに関しては,被告において主張立証するところではないので,この対象物の製造(生産,特許法2条3項1号)は,特許法67条2項所定の「特許発明の実施」に当たるものというべきである。

2 特許法67条2項及び67条の3第1項1号の解釈について

 特許権の存続期間の延長登録について,特許法67条2項は,「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があったときは,5年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と規定している。また,同法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録の出願について拒絶をすべき場合の1つとして,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき。」と規定している。

 これらの規定の趣旨は,「特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権が存続していても,特許権者は特許発明を実施することができずにその利益を享受することが困難であり,いわば特許期間が侵食される事態が生ずるため,特許発明を実施することができなかった期間について,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することとしたものと解される。そして,この場合の「特許発明」とは,その条文上の記載から明らかなように,一般に「特許を受けている発明」(特許法2条2項)と解され,特定の特許発明に限って存続期間の延長が認められるわけではなく,また,「実施」とは,特許法2条3項各号に掲げる行為をいうものである。

 ところで,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除される行為のうちに,「特許発明の実施」に当たる行為の部分がなければ,「その特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったとはいえないから,「特許発明の実施」に「政令で定める処分」を受けることが必要であったと認められるためには,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除される行為のうちに「特許発明の実施」に当たる行為の部分が存することが必要である。そして,「政令で定める処分」が,例えば,薬事法14条所定の医薬品の製造の承認や医薬品の製造の承認事項の一部変更に係る承認である場合に,上記要件を充足するためには,薬事法14条所定の当該承認を受けることによって禁止が解除された医薬品の製造行為に,当該特許発明の実施に当たる部分がなければならないと解される。

3 特許法68条の2の解釈について

 特許権の存続期間が延長された場合の特許権の効力について,特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。

 この規定の趣旨は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶものではなく,「政令で定める処分の対象」となった「物」(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についてのみ及ぶというものである。これは,特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明は,様々な上位概念で記載されることがあり,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された「物」又は「物及び用途」よりも広いことが少なくないため,「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実施することができなかった「物」又は「物及び用途」を超えて,延長された特許権の効力が及ぶとすることは,特許発明の実施が妨げられる場合に存続期間の延長を認めるという特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に反することとなるからである。

4 延長登録出願と特許請求の範囲

 このように,「政令で定める処分の対象」となった「物」又は「物及び用途」に限定して特許権の存続期間の延長が認められるのであるから,特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施しようとする第三者に対して不測の不利益を与えないという観点から,存続期間の延長登録出願が適法であるためには,「政令で定める処分の対象」となった「物」又は「物及び用途」についてみれば,それらが客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,「特許請求の範囲」を基準とし,「発明の詳細な説明」の記載に照らして認識できるものでなければならず,また,それで足りるということができる。すなわち,存続期間の延長登録出願に際し,「政令で定める処分」を前提として,その対象となった「物」又は「物及び-用途」が,客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,上記の手法に基づいて認識できるような場合には,当該「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された行為に,「特許発明の実施」に当たる行為の部分があると客観的に判断することができるからである。そして,特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明が,様々な上位概念で記載され,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された「物」又は「物及び用途」よりも広い場合であっても,当該「物」又は「物及び用途」が,客観的に明確に記載され,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,「特許請求の範囲」,「発明の詳細な説明」の各記載に基づいて認識できるのであれば足りるのであり,上記の禁止が解除された「物」又は「物及び用途」が,特許発明のうちの特定の構成として明文上区分されている必要まではない。

 審決は,「医薬品についての処分が特許発明の実施に必要であったというためには,少なくともその処分によって特定される「物」すなわち「有効成分」が特許発明の構成要件として明確に特定されていることを要するというべきである。」と判断したものであるが,この判断は,当裁判所の上記判断に反するものである。

 また,審決は,「本件特許発明はランソプラゾールの使用を必須とする錠剤についての発明でないのはもちろん、それが「非びらん性胃食道逆流症」という特定の用途に向けられたものでもない。」(8頁5行~7行)と判断するが,これは,当裁判所の上記判断に反する立場を前提とするものであり,前記1の認定判断と当裁判所の上記判断を前提とする以上,審決の上記判断に基づき本件出願を拒絶すべきものであるとした審決の結論は誤りというべきである。

5 被告の主張について

(1) 被告は,本件において審査され評価されているのは,有効成分であるランソプラゾールを非びらん性胃食道逆流症へ適用するに当たっての有効性と安全性であって,これが本件の承認により禁止が解除される範囲に当たるにもかかわらず,本件明細書の特許請求の範囲において,多粒子錠剤が含有する有効物質の限定がないから,本件特許発明では,「非びらん性胃食道症へ適用されるランソプラゾール」という薬事法による規制によって生じる禁止範囲の存在を把握することはできず,本件の承認によって禁止が解除された範囲と本件特許発明とに重複部分が存在するということができないと主張する。

(2) その前提として被告が主張するのは,特許権の存続期間延長制度についての立法趣旨を踏まえれば,医薬品に関しては,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であった」という要件は,「有効成分(物)と効能・効果(用途)という観点から処分を受けることが必要であった」と解すべきであるから,特許発明が,新しい有効成分に関する特許発明,あるいは,新たな効能・効果に関する特許発明ではない場合には,「有効成分(物)と効能・効果(用途)」という観点からは,特許発明の実施に処分を受けることが必要であったとはいえないので,このような特許発明に係る特許権の延長登録出願は,「その特許発明の実施に67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」に該当し,拒絶すべき旨の査定をしなければならないというものである。

 しかし,特許権の存続期間延長制度の対象となる特許発明は,前記2のとおり,その条文上の記載から明らかなように,「特許を受けている発明」(特許法2条2項)全般であり,新しい有効成分に関する特許発明,あるいは,新たな効能・効果に関する特許発明という特定の特許発明に限定して存続期間の延長を認めるべき合理的根拠はない。」

2011年1月8日土曜日

用途発明の権利範囲について

平成2年(ワ)第12094号 特許権侵害差止等請求事件 東京地方裁判所 平成4年10月23日判決

 この事例は第二医薬用途発明の権利範囲が真っ向から争われた(私が知る限りでは)唯一の裁判例である。
 この事例は重要判決であるために論文等でしばしば引用される。医薬用途発明の権利範囲は特定の用途にのみ限定され他の用途には及ばない、というのがこの裁判例のポイントである。例えば「化合物Aを有効成分とする抗癌剤」が特許権である場合、化合物A自体や、化合物Aを含有する風邪薬は独占権の範囲外となる。
 しかしながらこの判決の「仮に被告らの製剤品にアレルギー性喘息の予防剤以外の用途があるとしても、被告らは、被告らの製剤品について、アレルギー性喘息の予防剤としての用途を除外する等しておらず、右予防剤としての用途と他用途とを明確に区別して製剤販売していないのであるから、被告らが、その製剤品についてアレルギー性喘息の予防剤以外の用途をも差し止められる結果となったとしてもやむを得ない」という、頻繁に引用される箇所だけをザッと読んで、上記例でいえば「抗癌剤用途を除く」という表示をしていない限り化合物A自体や、化合物Aの多用途のための製剤も用途発明の権利範囲になるのだという、全く違う意味に誤解されることがある
 そこで本日は古いが重要なこの判決について解説を試みる。

原告が有する特許権の特許請求の範囲:
「ケトチフェン又はその製薬上許容しうる酸付加塩を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤」

主文:
「一 被告らは、別紙第二物件目録記載の医薬品を製造し、該製剤品を販売してはならない。」

特許権に基づいて原告が製造等の差し止めを求めた被告の実施品:
第一物件目録:フマル酸ケトチフェン(化合物そのもの)
第二物件目録:第一物件目録記載のフマル酸ケトチフェンを有効成分とし、「効能又は効果」として気管支喘息、喘息又はアレルギー性喘息を含み、「用法」として「一日二回、朝食後および就寝前に経口投与する」等と定期的継続的に用いるものとする医薬品

 第二物件目録に該当する、被告らが実施する製剤品の「添付文書」中には効能又は効果として、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、湿疹・皮膚炎、蕁麻疹、皮膚ソウ痒症と記載されている。すなわち、用途発明の対象となる用途の表示と、権利範囲外である他の用途の表示とが一体に記載されている。

 原告は「別紙第一物件目録記載の物件を製剤し、該製品を販売してはならない」と請求した。すなわち、所定の用途に限定されないフマル酸ケトチフェンの製剤までをも本件特許発明の技術的範囲に属するとして差し止めを求めた。
 しかしながら裁判所は本件特許発明の技術的範囲に属するのは別紙第二物件目録記載の医薬品に限定されると判断して、原告の請求を一部棄却した。すなわち、「効能又は効果」の欄に気管支喘息、喘息又はアレルギー性喘息を含む第二物件目録の医薬品のみが特許権者が独占できる範囲である。

(判決関連箇所抜粋)
「被告らの製剤品がアレルギー性喘息の予防剤に該当するものであることは前記認定のとおりであるが、本訴において、原告が製剤の差止めの対象物としているのはフマル酸ケトチフェンであり、販売の差止めの対象としているのはフマル酸ケトチフェンの製剤品であって、「ザジトマカプセル」、「ケトチロンカプセル」及び「サルジメンカプセル」に限っているわけではない。そして、フマル酸ケトチフェンがヒスタミン解放抑制作用の他に抗ヒスタミン作用を有することは従来から知られているのであるから、このフマル酸ケトチフェンについて、その抗ヒスタミン作用を利用する等した、アレルギー性喘息の予防剤以外の用途も考えられないわけではなく、現に、・・・(証拠)・・・によれば、ケトチフェンなどの抗ヒスタミン剤について、その効能に対する見直しが考えられるべきであるとの趣旨の記載のある文献も存するところである。そして、このようなアレルギー性喘息の予防剤以外の用途については本件発明の技術的範囲が及ばないことはいうまでもない。そして、前記のような認定事実をも併せて考えると、原告が差止めを求めた対象物のうち、本件発明の技術的範囲に属するのは、別紙第二物件目録記載の医薬品に限定されるというべきである。」

 被告の実施品は気管支喘息だけでなく、「アレルギー性鼻炎、湿疹・皮膚炎、蕁麻疹、皮膚ソウ痒症」も効果効能の対象であることから、この実施品に対する差し止めは不当であるようにも思われる。この点について裁判所は、本件特許発明の用途と、他の用途とが区別できるにもかかわらず一体不可分になっている以上、他の用途にまで本件発明の技術的範囲が及ぶことを被告は甘受せざるを得ないと判断した。逆に言えば、被告が実施品の「効能又は効果」の欄から「気管支喘息」の表示を削除しさえすれば差し止めの対象外になるように思われる。

(判決関連箇所抜粋)
「本件化合物については、これを製剤販売する業者としては、アレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とを用途としての適用範囲において実質的に区別することが可能なのであって、右区別をすることによって当該製剤が本件発明の技術的範囲に属していないことを明らかにすることができるのであり、他方、右用途の区別が明確になされていない場合には、本件化合物はアレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とがいわば不可分一体になっているものというほかはなく、したがって、アレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とを区別する方途がないのであるから、当該製剤販売業者としては、本件化合物のアレルギー性喘息の予防剤としての用途のみならず、他用途にまで本件発明の技術的範囲が及ぶことも甘受せざるを得ないものといわなければならない。
 本件においては、仮に被告らの製剤品にアレルギー性喘息の予防剤以外の用途があるとしても、被告らは、被告らの製剤品について、アレルギー性喘息の予防剤としての用途を除外する等しておらず、右予防剤としての用途と他用途とを明確に区別して製剤販売していないのであるから、被告らが、その製剤品についてアレルギー性喘息の予防剤以外の用途をも差し止められる結果となったとしてもやむを得ないものといわざるをえない。」

2010年12月26日日曜日

「不意打ち」を理由とする手続違背により審決が取り消された事例

知財高裁平成22年11月30日判決

平成22年(行ケ)第10124号 審決取消請求事

1.概要

 拒絶査定不服審判審決において、本願発明引用発明との相違点1が認定され、相違点1は周知技術であり、該周知技術を考慮すれば引用発明に基づき本願発明に想到することは容易であると判断された。

 しかしながら相違点1が周知技術であるという認定は審決よりも前の段階では一切示されていなかった。

 裁判所は「本願発明が容易想到とされるに至る基礎となる技術の位置づけ,重要性,当事者(請求人)が実質的な防御の機会を得ていたかなど諸般の事情を総合的に勘案し」、審決を取り消した。

2.裁判所の判断のポイント

「本件では,審決において,本願発明と引用発明との相違点1に係る「信号調整装置とホスト・システムの結合を遠隔にする」との技術的構成は,周知技術であり(甲2ないし4),本願発明は周知技術を適用することによって,容易想到であるとの認定,判断を初めて示している。

 ところで,審決が,拒絶理由通知又は拒絶査定において示された理由付けを付加又は変更する旨の判断を示すに当たっては,当事者(請求人)に対して意見を述べる機会を付与しなくとも手続の公正及び当事者(請求人)の利益を害さない等の特段の事情がある場合はさておき,そのような事情のない限り,意見書を提出する機会を与えなければならない(特許法159条2項,50条)。そして,意見書提出の機会を与えなくとも手続の公正及び当事者(請求人)の利益を害さない等の特段の事情が存するか否かは,容易想到性の有無に関する判断であれば,本願発明が容易想到とされるに至る基礎となる技術の位置づけ,重要性,当事者(請求人)が実質的な防御の機会を得ていたかなど諸般の事情を総合的に勘案して,判断すべきである。

 上記観点に照らして,検討する。

 本件においては,①本願発明の引用発明の相違点1に係る構成である「信号調整装置とホスト・システムの結合を遠隔にする技術」は,出願当初から「信号調整装置201から離れた位置のホスト・システム200」(甲8,【請求項1】),「信号調整装置201から遠隔位置のホスト・システム200」(甲8,【請求項14】)などと特許請求の範囲に,明示的に記載され,平成19年2月7日付け補正書においても,「信号調整装置(201)に遠隔結合されたホスト・システム(200)」と明示的に記載されていたこと(甲10,【請求項45】),②本願明細書等の記載によれば,相違点1に係る構成は,本願発明の課題解決手段と結びついた特徴的な構成であるといえること,③審決は,引用発明との相違点1として同構成を認定した上,本願発明の同相違点に係る構成は,周知技術を適用することによって容易に-想到できると審決において初めて判断していること,④相違点1に係る構成が,周知技術であると認定した証拠(甲2ないし4)についても,審決において,初めて原告に示していること,⑤本件全証拠によるも,相違点1に係る構成が,専門技術分野や出願時期を問わず,周知であることが明らかであるとはいえないこと,⑥原告が平成19年2月7日付けで提出した意見書においては,専ら,本願発明と引用発明との間の相違点1を認定していない瑕疵がある旨の反論を述べただけであり,同相違点に係る構成が容易想到でないことについての意見は述べていなかったこと等の事実が存在する。

 上記経緯を総合すると,審決が,相違点1に係る上記構成は周知技術から容易想到であるとする認定及び判断の当否に関して,請求人である原告に対して意見書提出の機会を与えることが不可欠であり,その機会を奪うことは手続の公正及び原告の利益を害する手続上の瑕疵があるというべきである。

 同瑕疵は,審決の結論に影響を及ぼす違法なものといえる。

 この点,被告は,相違点1に係る構成は,容易想到性判断の推論過程において参酌されるありふれた技術であるから,審決が,甲2ないし4を初めて提示したとしても,原告に対する不意打ちとはいえないと主張する。しかし,相違点1に係る上記構成が推論過程において参酌されたありふれた技術にすぎないか否かは,結局,被告独自の見解にすぎないのであって,何ら論証されていないのであるから,そのような論拠に基づいて,原告に対して意見書提出の機会を要しないとする主張は,採用の限りでない。のみならず,審決において,相違点1に係る上記構成を採用することが容易であるとの判断内容は,主要な理由の1つとして記載されているのであり,そうである以上,推論過程について参酌された技術にすぎないことをもって意見書提出の機会を与える必要がないとする被告の主張は,根拠を欠く。

2010年12月18日土曜日

機能的表現の明確性要件が争われた事例

知財高裁平成22年11月29日判決言渡

平成22年(行ケ)第10060号 審決取消請求事件

1.概要

 機能的に表現された構造は常に不明確であると判断されるわけではない。

 本件では、機能的表現による構成が無効審判審決において明確であると判断され、知財高裁もそれを支持した。

2.請求項1

「a 遺体の体内物が肛門から漏出するのを抑制する遺体の処置装置であって,

b 筒状の案内部材と,

c 上記案内部材に収容される吸水剤と,

d 上記吸水剤を上記案内部材の一端開口部から押し出す押出部材とを備え,

上記案内部材の一端開口部側は,肛門から直腸へ挿入されるように形成されるとともに,肛門への挿入前に上記吸水剤が上記案内部材の外部に出るのを抑制するように構成されていることを特徴とする遺体の処置装置

3.明確性に関する無効審決での判断

「本件発明の構成eは 「案内部材の一端開口部側が,肛門から直腸へ挿入されるように形成される」という部分(構成e1)と 「案内部材の一端開口部側が,肛 ,門への挿入前に上記吸水剤が上記案内部材の外部に出るのを抑制するように構成されている」という部分(構成e2)とからなっているところ,本件発明の解釈と当業者の技術常識からすると,これらの構成部分はいずれも不明確であるとはいえない。」

4.原告主張の審決取消理由1(明確性要件)

(1) 本件発明の構成e1は不明確である。審決には,何故,長さ,太さ,表面, 性状等についての技術常識を考慮すれば 「肛門から直腸へ挿入される」ことができるために必要な具体的形状構造が明らかであるといえるのか,合理的な説明はない。

(2) 審決は,構成eのうち,構成e1については案内部材自体の構成に基づいて判断しているが,構成e2については案内部材及び別部材の構成に基づいて判断している。このように,審決は,同じ構成要素について異なる判断基準を用いることの合理的説明がなく,矛盾している。また,構成eの「案内部材の一端開口部側は」の記載からすると,本件発明の構成e2についても,案内部材自体の構成に基づいて判断すべきであるのに,審決は別部材に基づいて判断しており,請求項1の記載に基づかない判断である。」

5.裁判所の判断のポイント

「1 取消事由1(明確性要件)について

(1) 原告は,本件発明の構成e1が不明確であり,審決にも合理的説明がない旨主張する。

 しかし,審決は 「遺体の肛門や肛門から直腸までの長さ等の構造・性状は,これらが後の経過時間,体格・年齢等に応じて変わること等を含め,当業者の技術常識である。」(8頁10行~12行)ことを認定し,そのような技術常識を考慮すれば,必要な具体的構造形状・材質等,例えば長さ,太さ,表面性状等は明らかであると判断しているのであって,合理的な理由の説明はされている。

 そして,本件発明の構成e1は,案内部材の一端開口部側が「肛門から直腸へ挿入されるように形成される」と特定されているところ,その字句どおり,案内部材の一端開口部側が肛門から直腸へ挿入されるように形成された構成であれば,どのような形状・材質からなるものであってもよいと解されるから,構成e1の記載が不明確であるということはできない。

 したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(2) 原告は,本件発明の構成e2について,案内部材自体の構造から判断すべきであり,これを前提として判断すると不明確であるなどと主張する。

 しかし 「案内部材の一端開口部側」という文言については,これを「案内部材の」と「一端開口部側」に分けて,案内部材それ自体の一端を指すという解釈と,「案内部材の一端開口部」と「側」に分けて,案内部材の一端開口部の方向・面を指すという解釈が考えられるところ,本件明細書の「案内部材の一端開口部側に,該一端開口部を閉塞する閉塞部材を設けてもよい。」(段落【0010】)の記載を斟酌すると,本件発明においては,案内部材それ自体の形状,構造等に限定されるものではなく,別部材を用いる場合も含めた一端開口部周辺の形状,構造等を指すものと解するのが相当である。

 そして,構成e2については,その字句のとおり,案内部材の一端開口部側が,肛門への挿入前に吸水剤が案内部材の外部に出るのを抑制するように構成されていれば,どのような形状・構造からなるものであってもよいと解されるのであって,当業者の技術常識を考慮すれば,構成e2の記載が不明確であるということはできない。」

2010年11月13日土曜日

拒絶査定と拒絶審決とで主引用例が異なる場合でも違法性はないと判断された事例

平成22年11月8日判決

平成22年(行ケ)第10068号審決取消請求事件

1.概要

 拒絶査定での進歩性欠如の理由における主引用例と、拒絶審決での主引用例とが形式的にみて異なる場合()でも、2つの事情:

(1)原告(審判請求人)は、審判請求書において、拒絶査定にて言及されていたものの主引用例ではなかった本件引用例(拒絶審決での主引用例)が、前置補正後の本件発明と対比されるべき引用例であると十分に認識した上で反論している、

(2)拒絶査定と拒絶審決とは判断の枠組みが実質的に同じである。

を考慮し、審判段階において審判請求人に拒絶の理由を通知して意見書の提出及び補正の機会を与える必要があるとはいえないと知財高裁は判断した。

 特許法159条2項、50条は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない旨を規定する。審判請求書は意見書ではなく、しかも審判請求時の前置補正の制限は最初の拒絶理由における補正の制限とは異なるにもかかわらず、裁判所は、審判請求時に前置補正し、審判請求書において実質的に反論を展開している以上、「原告にとって意見書の提出や補正の機会」が奪われたということはできないと判断している。

2.裁判所の判断のポイント

「取消事由5(手続違背)について

(1) 原告は,審決において新たに8つの文献が周知例として追加された,あるいは,審決と拒絶査定とで主たる公知文献が異なっていたにもかかわらず,原告に意見書を提出する機会が与えられなかったことは,手続違背に当たると主張する。

(2) 平成5年法律第26号による改正前の特許法159条2項,50条は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない旨を規定する。その趣旨は,審判官が新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは,出願人に対してその理由を通知をすることによって,意見書の提出及び補正の機会を与えることにあるから,拒絶査定不服審判手続において拒絶理由を通知しないことが手続上違法となるか否かは,手続の過程,拒絶の理由の内容等に照らして,拒絶理由の通知をしなかったことが出願人(審判請求人)の上記の機会を奪う結果となるか否かの観点から判断すべきである。

(3) これを本件についてみるに,なるほど,拒絶査定には,拒絶理由通知書にて引用されていなかった引用例(以下「本件引用例」という。)が挙げられている。

 すなわち,拒絶理由通知書では,当時の請求項1及び2の発明と特開平3-235116号公報記載の発明とを対比して容易想到性判断をし,拒絶査定でもこの判断枠組みは維持されつつ,本件引用例が引用文献の一つとして付加された。

 原告はこの拒絶査定に対し,請求項を一つに絞り,前記第2,2の下線部分を付加する補正をするとともに拒絶査定不服の審判請求をした。その請求書で原告は「本願発明が特許されるべき理由」として,「(1)本願発明の説明」,「(2)補正の根拠の明示」,「(3)引用発明の説明」,「(4)本願発明と引用発明の対比」の主張をし,本願発明の特徴である第1~第3の表示手段と関係する本件引用例の構成を上記「(3)引用発明の説明」の項で掲げた上,「(4)本願発明と引用発明の対比」の項において,本件引用例の構成を中心にして,上記補正により付加された「第3の表示手段」と対比主張し,この主張をもって審判請求が成り立つべき理由の中心に据え,さらに,「本願発明の特有の構成である,現況調査手段,電話発信手段及び通話中手段を同時に備える」構成との関係についても付加しているが,その根拠については抽象的な理由を述べるにとどまっている。

 審決は,この審判請求書に基づいてなされたものであり,上記付加された補正部分の構成の容易想到性の判断が審判で審理されるべき中心点であることを念頭に置いて本願発明の容易想到性を判断していたであろうことは,上記の経緯から推認されるところである

 なるほど,拒絶査定が引用している拒絶理由通知での引用公知文献と,審決で引用した主たる公知文献(本件引用例)とは異なっているが,本件引用例(甲10)は拒絶査定でも挙げられており,審判請求書で原告が主張として中心に据えたのは,本件引用例と対比しての本願発明(特に上記補正で付加された構成について)の進歩性であった経緯にかんがみると,原告は審判請求時において,本願発明の容易想到性判断で対比されているのは本件引用例であったことを十分に認識していたものといえるのであるから,本件引用例を対比すべき主たる公知文献として本願発明の容易想到性判断をするに際して,改めて拒絶理由を通知しなかったとしても,原告にとって意見書の提出や補正の機会が奪われたということはできず,審判手続には,平成5年法律第26号による改正前の特許法159条2項が準用する同法50条に違反する手続違背があったとすることはできない。

 さらにいえば,審決は,本件引用例との対比において本願発明との間に相違点を8点認定している。このことは,審決が本件引用例を形式上主たる公知文献としたとはいえ,本願発明が多くの公知技術の組合せによって容易に推考し得たものであることを念頭に置いて判断したものということができるのであり,実質的な判断枠組みは拒絶査定から変化がなく,審判請求とともに補正がされたのに伴い,視点を変えて判断し直したと評価するのが相当である。