2013年3月11日月曜日

併用投与を特徴とする医薬用途発明


東京地裁平成25年2月28日判決

平成23年()第19435号,同第19436号 各特許権侵害行為差止等請求事件

 

1.概要

 原告は、2つの薬剤を併用して特定の疾患を予防治療する医薬についての特許権を有する。

 被告各社は、一方の薬剤を製造販売している。被告各社の製品に含まれる薬剤は、原告特許とは関係なく従来から治療薬として用いられている。

 被告各社の製品の添付文書には、原告特許での他方の薬剤と併用することにより所定の効能を有することや、併用投与の場合の注意事項なども記載されている。

 医師が必要と判断すれば、被告製品の薬剤と、他方の薬剤とを併用し、原告特許が対象とする用途に用いられる。

 この場合に被告各社の行為は直接侵害に該当するか(争点1)、間接侵害に該当するか(争点2)について争われた。争点1については、医師による行為が、被告による医薬の生産とみなすことができるかが争われた。争点2については、被告各社の製品が「その発明による課題の解決に不可欠なもの」といえるかが争われた。

 東京地裁は、(争点1)被告各社が医師等の行為を支配しているわけではなく本件特許に係る医薬の生産を被告が行っていたとはいえないから、直接侵害は成立しない、(争点2)被告製品は従来から治療薬として使われており「その発明による課題の解決に不可欠なもの」とはいえないから、間接侵害は成立しない、と判断した。

 本事例と同じ特許権の別の侵害訴訟事件の判決として、

大阪地裁平成24年9月27日判決平成23年()第7576号,同第7578号

がある。この大阪地裁判決では、二つの薬剤を「組み合わせてなる」医薬の特許権と併用投与との関係について議論されている。

 

2.原告の特許権

2.1.原告の本件第1発明1

「【請求項1】(1)ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,(2)アカルボース,ボグリボースおよびミグリトールから選ばれるα-グルコシダーゼ阻害剤とを組み合わせてなる糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」

2.2.原告の本件第2発明1

「【請求項1】ピオグリタゾンまたはその薬理学的に許容しうる塩と,ビグアナイド剤とを組み合わせてなる,糖尿病または糖尿病性合併症の予防・治療用医薬。」

 

3.被告らの行為

3.1.製剤

 被告らは,いずれもピオグリタゾン塩酸塩錠又はピオグリタゾン塩酸塩口腔内崩壊錠である別紙製剤目録記載の各ピオグリタゾン錠(以下「被告ら各製剤」という。)につき,それぞれ薬事法に基づく製造販売承認を受けて,これらの製造販売を開始した。

 被告ら各製剤は,本件第1発明及び本件第2発明(以下,併せて「本件各発明」という。)の「ピオグリタゾンの薬理学的に許容しうる塩」に該当する。

 

3.2.添付文書

 被告ら各製剤の添付文書には,次の記載がある。

「【効能・効果】

2型糖尿病

 ただし,下記のいずれかの治療で十分な効果が得られずインスリン抵抗性が推定される場合に限る。

1.①食事療法,運動療法のみ

②食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤を使用

③食事療法,運動療法に加えてα-グルコシダーゼ阻害剤を使用

④食事療法,運動療法に加えてビグアナイド系薬剤を使用

2.食事療法,運動療法に加えてインスリン製剤を使用

【用法・用量】

1.食事療法,運動療法のみの場合及び食事療法,運動療法に加えてスルホニルウレア剤又はα-グルコシダーゼ阻害剤若しくはビグアナイド系薬剤を使用する場合

通常,成人にはピオグリタゾンとして15~30mgを1日1回朝食前又は朝食後に経口投与する。なお,性別,年齢,症状により適宜増減するが,45mgを上限とする。」

 

4.裁判所の判断のポイント(直接侵害に関する判断)

「争点1(被告らが被告ら各製剤を製造販売等することが本件各特許権を侵害するか否か)について

(1) 争点1-1(被告らが医療関係者や患者の行為を利用,支配して本件各発明を実施しているといえるか否か)について

 被告らは,被告ら各製剤を製造販売しているが,さらに進んで,これと本件各併用薬とを組み合わせてなる医薬を生産等したことを認めるに足りる証拠はない。

 原告は,被告らが,自由意思によらずに本件各発明を実施する医師,薬剤師,患者の行為を道具として利用し,これを支配することによって,本件各発明の実施を招来せしめているのであり,被告らは,被告ら各製剤を製造販売することにより,医師,薬剤師,患者をして本件各発明を実施していると規範的に評価することができると主張する。

 しかしながら,医師がピオグリタゾン製剤や本件各併用薬などの薬剤をどのように使用するかについては,その裁量によって決するものであり,また,薬剤師がピオグリタゾン製剤や本件各併用薬などの薬剤をどのように調剤するかについては,医師の処方せんによらなければならないものであるし,さらに,患者が被告ら各製剤と本件各併用薬とを服用するのは,医師や薬剤師の指示や指導に従って行うに過ぎないから,これらをもって,被告らが医師,薬剤師,患者の行為を道具として利用したとか,これを支配したということ

はできない。

 原告の上記主張は,到底採用することができない。

(2) 争点1-2(被告らが医療関係者を教唆して本件各発明を実施しているといえるか否か)について

 教唆をする者は,自らが発明を実施するわけではないし,前記(1)に判示したところに照らせば,被告らが,医師や薬剤師等の医療関係者を教唆したということもできない。

(3) したがって,被告らが被告ら各製剤を製造販売等することは,本件各特許権を侵害しない。

 

5.裁判所の判断のポイント(間接侵害に関する判断)

「争点2(被告らが被告ら各製剤を製造販売等することが特許法101条2号に掲げる行為に該当するか否か)について

(1) 特許法101条2号における「発明による課題の解決に不可欠なもの」とは,特許請求の範囲に記載された発明の構成要素(発明特定事項)とは異なる概念で,発明の構成要素以外にも,物の生産に用いられる道具,原料なども含まれ得るが,発明の構成要素であっても,その発明が解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされていたものは,これに当たらない。

 すなわち,それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決されるようなもの,言い換えれば,従来技術の問題点を解決するための方法として,当該発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらすものが,これに該当すると解するのが相当である。そうであるから,特許請求の範囲に記載された部材,成分等であっても,課題解決のために当該発明が新たに開示する特徴的技術手段を直接形成するものに当たらないものは,「発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当しない。

・・・・

(3) 以上の本件各明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,2型糖尿病に対しては,個々の患者のそのときの症状に最も適した薬剤を選択する必要があるが,個々の薬剤の単独使用においては,症状により十分な効果が得られなかったり,投与量の増大や長期化により副作用が発現する等の問題があり,臨床の場でその選択が困難であったこと,本件各発明は,これを解決するために,インスリン感受性増強剤であり副作用のほとんどないピオグリタゾンと消化酵素を阻害して澱粉や蔗糖の消化を遅延させる作用を有するα-グルコシダーゼ阻害剤(アカルボース,ボグリボース,ミグリトール),嫌気性解糖促進作用等を有するビグアナイド剤(フェンホルミン,メトホルミン,ブホルミン),膵β細胞からのインスリン分泌を促進するSU剤であるグリメピリドのいずれかとを組み合わせ,これにより,薬物の長期投与においても副作用が少なく,かつ多くの2型糖尿病患者に効果的な糖尿病の予防や治療を可能にしたことが認められる。これによると,本件各発明が,個々の薬剤の単独使用における従来技術の問題点を解決するための方法として新たに開示したのは,ピオグリタゾンと本件各併用薬との特定の組合せであると認められる(ピオグリタゾンや本件各併用薬は,それ自体,本件各発明の国内優先権主張日より前から既に存在して2型糖尿病に用いられていたのであり,本件各発明がピオグリタゾンや本件各併用薬自体の構成や成分等を新たに開示したということができないのは当然である。)。

 そうすると,ピオグリタゾン製剤である被告ら各製剤は,それ自体では,従来技術の問題点を解決するための方法として,本件各発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらすものに当たるということはできないから,本件各発明の課題の解決に不可欠なものであるとは認められない。

(4) 原告は,ピオグリタゾンが公知であったとしても,これが「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当することを否定すべき理由はないし,ピオグリタゾンは,これを用いることによって本件各発明の課題を解決することができる重要な成分であり,ピオグリタゾンがなければ本件各併用薬との組合せという従来技術には見られない特徴的技術手段をもたらすことはできず,これを他の有効成分に置き換えることもできないから,当該手段を特徴付けている特有の成分に当たると主張する。

 しかしながら,本件各発明は,ピオグリタゾンと本件各併用薬という,いずれも既存の物質を組み合わせた新たな糖尿病予防・治療薬の発明であり,このような既存の部材の新たな組合せに係る発明において,当該発明に係る組合せではなく,単剤としてや,既存の組合せに用いる場合にまで,既存の部材が「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当すると解するとすれば,当該発明に係る特許権の及ぶ範囲を不当に拡張する結果をもたらすとの非難を免れない。このような組合せに係る特許製品の発明においては,既存の部材自体は,その発明が解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされていたものに過ぎず,既存の部材が当該発明のためのものとして製造販売等がされているなど,特段の事情がない限り,既存の部材は,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当しないと解するのが相当である

 被告ら各製剤の添付文書には,前記前提事実のとおり,【効能・効果】,【用法・用量】欄に,食事療法と運動療法,又は,食事療法と運動療法に加え,本件各併用薬等を使用する治療で十分な効果が得られずインスリン抵抗性が推定される2型糖尿病に対して被告ら各製剤が効能,効果を有することやそれらの場合における被告ら各製剤の用量や投与回数及び時期等についての記載があるほか,薬剤の併用投与の場合の注意事項等についての記載はあるが,本件各併用薬との併用投与を推奨するような記載や被告ら各製剤が本件各併用薬との組合せのためのものであるとの趣旨の記載はないから,添付文書の記載内容をもって,被告ら各製剤が本件各発明のためのものとして製造販売等されているということはできず,その他,特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。

 原告の上記主張は,採用することができない。

(5) また,原告は,本件各発明により,ピオグリタゾンを他の糖尿病治療薬と組み合わせるまでは発揮されなかったところの従来技術(ピオグリタゾン単剤)に見られない物質属性を新たに見出したものであると主張する。

 しかしながら,ピオグリタゾン自体は,本件各発明が解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされていたものであり,これが本件各発明のためのものとして製造販売等がされているなど,特段の事情があることは認められないから,被告ら各製剤は,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」であるということはできない。

 原告の上記主張も,これを採用することはできない。

(6) したがって,被告らが被告ら各製剤を製造販売等することは,特許法101条2号に掲げる行為に該当しない。」

2013年3月4日月曜日

引用文献の再現実験結果が考慮され進歩性が否定された事例


知財高裁平成25年2月27日判決

平成24年(行ケ)第10221号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、進歩性ありと判断した無効審判審決に対する審決取消訴訟である。

 審決では、引用文献に対して本件発明は顕著な効果を有すると判断され、特許は維持された。審判請求人(本件原告)は引用文献の再現実験結果を提出し、引用文献においても本件発明と同様の効果が得られることの立証を試みた。しかし審決では引用文献の開示を正確に再現していない、として再現実験結果を考慮せず、進歩性を肯定した。

 裁判所は再現実験結果を証拠として考慮し、本件発明の効果は格別な効果とはいえないと判断した。裁判所は、引用発明1の効果が後に確認されているとしても,これをもって,本件発明1が容易想到ではないということはできないと指摘した。

 

2.本件発明1(被告特許の請求項1)

「A)アスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類,B)グリコール酸塩,及びC)陰イオン界面活性剤及び/又は非イオン界面活性剤を主成分とし,C)陰イオン界面活性剤及び/又は非イオン界面活性剤1重量部に対してアスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類が0.01~1重量部,かつアスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類1重量部に対してグリコール酸塩が0.01~0.5重量部含有され,pHが10~13であることを特徴とする洗浄剤組成物。」

 

3.裁判所の判断のポイント

「3 無効理由5に係る本件発明1の容易想到性判断の誤り---格別の効果(取消事由2)について

(1) 本件発明1の効果について

 前記のとおり,本件明細書の表1ないし表5によると,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/又はグルタミン酸二酢酸塩類,陰イオン界面活性剤及び/又は非イオン界面活性剤にグリコール酸塩を加えることにより,pH11において,洗浄能力が高まることが認められ,表1によると,上記3成分を含む洗浄剤組成物は,pH10~13において,従来品であるEDTA4ソーダと同程度の洗浄効果を奏することが認められる。

 しかし,前記のとおり,引用発明1の洗浄剤混合物は本件発明1の洗浄剤組成物と,グリコール酸塩を含む上記3成分を含有する点で一致する。また,甲1文献の実施例5自体にはpH値は明らかにされていないが,実施例5の処方4及び5を追試した本件実験報告書の結果によると,実施例5の処方4及び5の洗浄剤混合物は,pHが10.2~10.3又はこれらに近い数値である場合があり得ると認めることができる。

 以上によると,引用発明1の洗浄剤混合物は,本件発明1の洗浄剤組成物と成分を同じくし,さらに,引用発明1には,pH値が本件発明1で規定する10~13の範囲内か,少なくともこれに近い数値が開示されているから,同開示を前提とすれば,引用発明1は本件発明1と同等か,少なくともこれに近い効果を奏する。したがって,本件特許出願前に公知であった引用発明1に比べ,本件発明1に格別の効果があるということはできない。

(2) 被告の主張に対して

 被告は,①引用発明1には,本件発明1のpH値が開示されておらず,引用発明1の構成は本件発明1の構成と同一ではない,②本件発明1は,当業者の予想しない,顕著な作用効果を奏することから,進歩性が肯定されるべきであると主張する。

 しかし,以下のとおり,被告の主張は失当である。

 引用発明1自体には,本件発明1のpH値の開示はないが,前記のとおり,本件実験報告書の結果によれば,引用発明1の洗浄剤混合物はpH10~13か,少なくともこれに近い数値となる場合があることが確認できる。そして,引用発明1の洗浄剤混合物のpHが,結果的に本件発明1のpH値又はこれに近い値になることがあるのであれば,引用発明1の洗浄剤混合物は本件発明1の洗浄剤組成物が有する効果,又はこれに近い効果を有する場合があるといえる。引用発明1の効果が後に確認されているとしても,これをもって,本件発明1が容易想到ではないということはできない。

 本件実験は,甲1文献における実施例5の処方4及び5に記載された成分に該当する物質を用いて実施された。そして,上記実験結果におけるpH10.3又は10.2か,少なくともこれに近い数値となる場合があると認められれば,引用発明1の洗浄剤混合物は,本件発明1と同等か,少なくともこれに近い効果を内在しているということができる。なお,本件実験では,コプラ石鹸の代わりにラウリン酸ナトリウムを用い,乾燥したOS1を水に溶解する代わりに,これを乾燥させないで用いているが,これらによって,pH値が大きく変わると認めることはできない。

(3) 小括

以上のとおり,本件発明1に格別な効果があるとは認められず,本件発明1が容易想到ではないとした審決の判断には誤りがある。」

構造物発明における用途限定の侵害訴訟における解釈


大阪地裁平成25年2月19日判決

平成23年(ワ)第13469号 特許権侵害差止等請求事件

 

1.概要

 本事例はペット用サークルという構造物に関する特許権の侵害訴訟の第一審判決である。

 本件特許では、「収容したペットのトイレの仕付けを行うペット用サークル」、「住居スペース」、「トイレスペース」という用途の限定を伴う構成により発明が特定されている。

 被告製品が技術的範囲に含まれるか否かの解釈において、これらの用途限定の意義が争われた。被告は、被告製品はこれらの用途に用いられることは必須ではなく他の用途にも使用できるのであるから技術的範囲に属さないと主張した。これに対し裁判所は本件特許での用途限定は、「使用することが可能な構成であることを意味する」と解釈し、所定の用途に使用することが可能な被告製品は本件特許の技術的範囲に属すると判断した。

 

2.本件特許(原告特許権の請求項1を分説したもの。下線部は強調のために付加)

複数のパネルが連結されたサークル本体の内部で,収容したペットのトイレの仕付けを行うペット用サークルにおいて,

前記サークル本体の内部空間が中仕切体によって仕切られることにより住居スペースとトイレスペースに区画されており,

前記中仕切体には,ペットが出入り可能な仕切出入口が開口されるとともに,

この仕切出入口を開閉する仕切扉が設けられ,この仕切扉を介して住居スペースとトイレスペースとの間をペットが行き来できるように或いは行き来が規制されるように構成されていることを特徴とする

ペットのトイレ仕付け用サークル

 

3.裁判所の判断のポイント

(2) 構成要件充足性

被告物件の仕切りパネル(b1,b2),ペット(犬)が出入り可能な出入口(c1,c2),扉(d1,d2)は,それぞれ本件発明の「中仕切体」,「仕切出入口」,「仕切扉」に該当し,被告物件はいずれも本件発明の構成要件を充足する。

被告は,被告物件は,「収容したペット(犬)のトイレの仕付けを行う」ことが可能な構造ではあるが,これを必須とするものではなく,また,仕切りパネルによって二つの空間に仕切られるものであるが,仕切られた各空間の使用方法はユーザーの任意であり,「住居スペース」と「トイレスペース」に区画されることを必須とするものではないとして,構成要件A,B,D,Eを充足しないと主張する。

 しかしながら,本件発明において,「収容したペットのトイレの仕付けを行う」,「住居スペースとトイレスペースに区画」とされているのは,本件発明のペット用サークルの用途に関するものであるところ,本件発明は,既知の構成に新規の用途を見出したことを特徴とする発明ではなく,ペット用サークルの構成自体を特徴とする発明と解されるから,上記各文言は,当該ペット用サークルについて,トイレの仕付けのために住居スペースとトイレスペースとに分けて使用することが可能な構成であることを意味するにすぎず,当該用途に使用されることが必須であるとは解されない。

 そして,被告物件1は「トレーニングサークル」という名称で,「幼犬のトイレのしつけに」と宣伝されており,被告物件2も「トイレのトレーニングにも!」と宣伝されているのであるから,被告物件が,いずれも上記各文言を充足することは明らかである。

・・・

(3) 小括

 したがって,被告物件は本件発明の技術的範囲に属すると認められる。」

2013年2月26日火曜日

実施可能要件違反の無効審決が取り消された事例


知財高裁平成25年1月31日判決

平成24年(行ケ)第10020号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は、原告が有する特許権が無効であると判断した無効審決に対する審決取消訴訟において、知財高裁が無効審決を取り消した事例である。

 化学分野における実施可能要件欠如等が争われた。裁判所は、物を製造することができるかどうかを明細書の開示だけではなく技術常識を考慮して判断し、実施可能要件は満たされると結論付けた。

 原告が提出した本件出願後における実験結果の報告も技術常識を裏付ける判断材料とされた。

 

2.本件発明

【請求項1】蛍光体を含む蛍光体層と発光素子とを備え,前記発光素子は,360nm以上500nm未満の波長領域に発光ピークを有し,前記蛍光体は,前記発光素子が放つ光によって励起されて発光し,前記蛍光体が放つ発光成分を出力光として少なくとも含む発光装置であって,/ 前記蛍光体は,/Eu2+で付活され,かつ,600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有する窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体と,/Eu2+で付活され,かつ,500nm以上600nm未満の波長領域に発光ピークを有するアルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体とを含み,/前記発光素子が放つ光励起下において,前記蛍光体の内部量子効率が80%以上であることを特徴とする発光装置(以下,「Eu2+で付活され,かつ,600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有する窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体」を「本件構成1」と,「Eu2+で付活され,かつ,500nm以上600nm未満の波長領域に発光ピークを有するアルカリ土類金属オルト珪酸塩蛍光体」を「本件構成2」と,「前記発光素子が放つ光励起下において,前記蛍光体の内部量子効率が80%以上である」構成を「本件構成3」という。)

 

 本件構成1の蛍光体は「赤色蛍光体」である。

 本件構成2の蛍光体は「緑色蛍光体」である。

 

3.実施可能要件に関する争点

 本件構成3(前記発光素子が放つ光励起下において,前記蛍光体の内部量子効率が80%以上である)が、赤色蛍光体および緑色蛍光体がそれぞれ「内部量子効率が80%以上」ということを意味するのか(解釈1)、赤色蛍光体および緑色蛍光体が組み合わされた蛍光体が全体として「内部量子効率が80%以上」であることを意味するのか(解釈2)争いがある。

 無効審決では解釈1を採用した。そのうえで、緑色蛍光体については内部量子効率が80%以上である実施例が記載されているが、赤色蛍光体については内部量子効率は実施例においても80%未満であり、当業者は本件構成3を満足する赤色蛍光体を製造することはできないので本件は実施可能要件を満足しない、と判断した。

 一方、原告(特許権者)は、当業者であれば技術常識に基づいて内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体を得ることは容易であると主張した。このことを裏付ける証拠として出願後の報告を提出した。

 

4.明細書の開示

「実施例3では,最大内部量子効率60%のSrAlSiN:Eu2+の赤色蛍光体と,同97%の(Ba,Sr)SiO:Eu2+の緑色蛍光体と,同約100%のBaMgAl1017:Eu2+の青色蛍光体の3種類を重量割合約6:11:30で混合して蛍光体層を形成する。SrAlSiN:Eu2+の赤色蛍光体は,製造条件が未だ最適化されていないために,内部量子効率は低いが,今後製造条件の最適化により,1.5倍以上の内部量子効率の改善が可能である(【0127】)。」

 

5.裁判所の判断のポイント

(1) 実施可能要件について

・・・・物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について上記の実施可能要件を充足するためには,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

(2) 本件明細書の開示内容について

本件審決は,本件構成3について,個々の蛍光体の内部量子効率がそれぞれ80%以上であることを要するとした上で,本件明細書の発明の詳細な説明には,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体が開示されていないとする。

 確かに,前記2(2)アのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体として使用できる具体的な物質が,内部量子効率を含む各特性を含めて記載されているところ,本件明細書に開示されている緑色蛍光体の内部量子効率は80%以上であるが,赤色蛍光体の内部量子効率は80%未満であり,したがって,本件明細書には,内部量子効率が80%以上の緑色蛍光体については記載されているが,内部量子効率が80%以上の赤色蛍光体については,直接記載されていないというほかない。

 しかしながら,前記1(8)のとおり,本件明細書には,赤色蛍光体及び緑色蛍光体の製造方法について,その原料,反応促進剤の有無,焼成条件(温度,時間)なども含めて具体的に記載されているのみならず,赤色蛍光体の製造方法については,本件出願時には製造条件が未だ最適化されていないため,内部量子効率が低いものしか得られていないが,製造条件の最適化により改善されることまで記載されているものである。そうすると,研究段階においても,赤色蛍光体について60ないし70%の内部量子効率が実現されているのであるから,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が高いものを得ることができることが記載されている以上,当業者は,今後,製造条件が十分最適化されることにより,内部量子効率が80%以上の高い赤色蛍光体が得られると理解するものというべきである。

証拠(甲5,12~17)によれば,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化として,結晶中の不純物を除去すること,結晶格子の欠陥を減らすこと,結晶粒径を制御すること,発光中心となる付活剤の濃度を最適化すること等により,蛍光体の効率を低下させる要因を除去することは,本件出願時において当業者に周知の事項であったと認められる。

 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に内部量子効率が80%未満の赤色蛍光体が記載されているにすぎなかったとしても,当業者は,蛍光体の製造方法において,製造条件の最適化を行うことにより,赤色蛍光体についても,その内部量子効率が80%以上のものを容易に製造することができるものと解される。実際,証拠(甲18)によれば,本件出願後ではあるが,平成18年3月22日,内部量子効率が86ないし87%のCaAlSiN3:Euの赤色蛍光体が製造された旨が発表されたことが認められる。

以上によると,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が内部量子効率80%以上の赤色蛍光体を製造することができる程度の開示が存在するものというべきである。」

2013年2月4日月曜日

間接侵害成立が認められた事例

大阪地裁 平成25年1月17日判決
平成23年()第4836号 特許権侵害差止等請求事件

1.概要
 本事例は特許権侵害訴訟において間接侵害が成立すると判断された事例である。
 被告が製造販売する(業として実施する)各製品は「二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット」である。
 被告製品(キット)を購入した需要者は、被告製品のキットから最終産物である「二酸化炭素含有粘性組成物」を調製して使用する。需要者の行為は「業として」の行為ではない。
 原告が有する特許権の本件特許発明1は「二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット」である。裁判所は被告製品が本件特許発明1の直接侵害に該当すると判断した。
 原告が有する特許権の本件特許発明7は「請求項1~5のいずれかに記載のキットから得ることができる二酸化炭素含有粘性組成物を含む部分肥満改善用化粧料。」である。
 本事例において裁判所は、被告による被告製品(キット)の製造販売は、本件特許発明7の間接侵害行為に当たると判断した。

 特許法101条1号及び2号に規定されている間接侵害行為は次の通り
一 特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ用いる物の生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為
二 特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

 条文の文言から明らかな通り、間接侵害品(キット)の業としての実施行為が間接侵害に該当するとされているだけであり、間接侵害品(キット)を用いて、物クレームに係る最終製品を生産する行為が「業として」行われることは要求されていない。

2.本件発明
本件特許発明1(請求項1)
「部分肥満改善用化粧料,或いは水虫,アトピー性皮膚炎又は褥創の治療用医薬組成物として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって,
1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤の組み合わせ;又は
2)炭酸塩及び酸を含む複合顆粒(細粒,粉末)剤と,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせ
からなり,
含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする,
含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。」

本件特許発明7(請求項7)
「請求項1~5のいずれかに記載のキットから得ることができる二酸化炭素含有粘性組成物を含む部分肥満改善用化粧料。」

3.裁判所の判断のポイント
被告各製品は,ジェル剤と顆粒剤のキットからなる化粧料であり,本件特許発明1の各構成要件を充足するが,被告各製品を購入した需要者は,上記2剤を混ぜ合わせて,自らジェル状の「部分肥満改善用化粧料」を調製し,生成することが予定されており,それ以外の用途は考えられない。
 したがって,被告各製品を製造,販売する行為は,本件特許発明7に係る特許権の間接侵害に当たるといえる。

公知化合物の新規塩、水和物の進歩性が否定された事例

知財高裁 平成25年1月30日判決
平成23年(行ケ)第10340号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例では公知化合物の新規の塩の水和物(ナトリウム塩トリハイドレート)が進歩性を有さないとした拒絶査定不服審判の審決が適法か争われ、知財高裁は審決は適法であると判断した。
 公知化合物の新規な塩、水和物、結晶については原則としては進歩性がない裁判所は考えているようである。

2.本件発明
「4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレートを有効成分として含む,骨吸収を伴う疾病の治療及び予防のための固体状医薬組成物。」

3.裁判所の判断のポイント
「ア モノナトリウム塩とすることの容易想到性について
 フリー体をモノナトリウム塩とすることは,以下のとおり,当業者が容易に想到することができたと認められる。
 すなわち,塩の溶解速度はもとの薬物(遊離酸)と比較して速くなること,そのため,医薬品の製剤化に際しては,遊離の酸ではなくナトリウム,カリウム,カルシウム等との塩がしばしば使用されていることは周知である(前記1(4)ないし(7))。
 他方,フリー体は,2個のホスホン酸基を有するから,1価のアルカリ金属との間には,1価ないし4価の塩が存在する。加えて,甲5の実施例3には,フリー体の水溶液の滴定曲線が「pH4.4およびpH9の2点にみられる明白な滴定の終点(end point)によって特徴づけられるものであつた。」旨が記載されており(前記1(2)),ここでpH4.4の終点がフリー体のモノナトリウム塩に相当することは,当業者の技術常識から明らかでもある。
 以上のとおり,一般に薬物の製剤化に際して,その塩を用いることを検討するのは当業者の通常行うことであって,かつ,フリー体にモノナトリウム塩が存在することは甲5の記載によっても技術常識によっても明らかであることからすると,フリー体をモノナトリウム塩とすることは,容易想到であると認められる。この点に関する審決の判断に誤りはない。
イ 原告の主張について
 原告は甲5には,フリー体をフリー体のまま医薬として用いることに何らかの解決課題があることを示す記載はないので,フリー体からモノナトリウム塩を想到することの動機がない旨を主張する。しかし,前記のとおり,塩の溶解速度はもとの薬物(遊離の酸)と比較して速くなること,薬物の製剤化では遊離の酸ではなくナトリウム,カリウム,カルシウム等との塩がしばしば使用されていることは,周知の事項であったといえる。したがって,医薬の有効成分として,遊離の酸(フリー体)が得られたことに接した当業者は,フリー体をフリー体のまま医薬として用いることに課題が存在することが明記されていなくとも,フリー体が形成可能な塩の特性を検討すると考えられるから,原告の主張は採用できない。

「ア トリハイドレートとすることの容易想到性について
 前記(2)のとおり,フリー体の製剤化に際して,そのモノナトリウム塩を用いることは当業者にとって容易想到であったと認められる。そして,以下のとおり,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して,普通に採用される条件で生成した結晶は,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートとなると認められるから,引用発明(フリー体)に接した当業者は,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に想到するといえる。
 すなわち,前記1(9)及び(10)に記載の各実験によれば,いずれもフリー体の水溶液に水酸化ナトリウムを滴下後,析出物を乾燥することにより,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートが得られることが示されている。そして,同実験条件は,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際しての通常の条件であることが認められる(乙29,30,36,38)。
 もっとも,前記1(11)の実験では,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートは得られず,乾燥条件(110℃・13時間減圧乾燥,130℃・13時間減圧乾燥)によってフリー体のモノナトリウム塩ジハイドレート(2水和物)又はフリー体のモノナトリウム塩(無水物)が得られている。前記1(9)及び(10)に記載の各実験と前記1(11)の実験との違いは,析出物をどのような乾燥条件で乾燥するかの点にある。
 結晶が含む水和水(結晶水)の数が異なると,薬剤の溶解特性が異なり,当該有効成分の生体への吸収特性が異なることは周知の事項であり(前記1(5)(7)),甲5には,フリー体の1水和物(モノハイドレート)が得られたと解される記載がある(前記1(2))。これらからすると,当業者は,フリー体の製剤化に際して,フリー体のモノナトリウム塩を用いることを検討し(前記2(2)のとおり),かつ,フリー体のモノナトリウム塩に何らかの水和物が存在するか,存在する場合,その吸収特性を含めその特性はどのようなものかを調査しようとするのは当然である。また,結晶水は熱すれば,ある温度で段階的に脱水することも周知の事項である(前記1(8))から,当業者が析出物の乾燥条件を設定するに際しては,当然に,結晶水が脱水しない条件も設定しようとすると考えられる(このことは審決が指摘する「乙12の形態E」(本件の甲18)の生成条件にも現れている。)。そうすると,当業者において,前記1(11)の高温条件による乾燥のみを行うとは考えられず,前記1(9)及び(10)に記載の各実験の乾燥条件による乾燥も通常に行うと認められる。
 以上のとおり,前記1(9)及び(10)に記載の各実験はフリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して,通常採用される条件である。そして,引用発明に接した当業者は,フリー体のモノナトリウム塩に容易に想到する(前記(2))のであるから,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートについても容易に想到するというべきで,審決の結論には違法はない。
イ 原告の主張について
 原告は,甲37及び40(早稲田大学のD教授の見解書)を根拠に,前記1(9)及び(10)の各実験の実験条件は通常のものではないとする。しかし,原告が指摘する攪拌時間や攪拌の際の温度等は,収量を上げる目的で採用されたものであり,これをもって前記判断を左右するものではない。
 また,原告は,甲24(同)を根拠に,有機化合物について何らかの水和数を有する水和塩結晶を製造する一般的な方法は知られておらず,ある有機化合物の水和塩結晶を得ようとした場合,どのような方法(晶析及び後処理)を用いればよいのかについて予測することは,相当な試行錯誤をする必要があったので,当業者が,甲5のフリー体の開示に基づいて,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に製造することができたとはいえないとする。しかし,有機化合物について何らかの水和数を有する水和塩結晶を製造する一般的な方法は知られていないとしても,前記(2)及び(3)アのとおり,フリー体に接した当事者としてはそのモノナトリウム塩を容易に想到し,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して通常の方法をとれば,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートが生成される以上,当業者においては,フリー体から,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に想到するとすべきであって,原告の主張は採用できない。
 さらに,原告は,甲5に接した当業者は,実施例3でフリー体の1水和物(モノハイドレート)が得られていることに満足するはずであり,あえて他の水和物の存在の有無やその安定性を調査しようとする動機付けがないとも主張する。しかし,結晶が含む水和水(結晶水)の数が異なると,薬剤の溶解特性が異なり,当該有効成分の生体への吸収特性が異なることは周知の事項であることからすれば,当業者においては,モノナトリウム塩に何らかの水和物が存在するか,存在する場合,吸収特性を含めその特性はどのようなものかを調査しようとするのは当然であるから,原告の主張は採用の限りではない。」

2013年1月22日火曜日

用語の明確性が争われた事例


知財高裁平成25年1月15日判決言渡

平成24年(行ケ)第10160号,第10204号 審決取消請求,同参加事件

 

1.概要

 本件は無効審判審決(特許権有効)の取消訴訟において、審決が維持された判決である。

 請求項1における「B廃油」という用語は明細書に定義されていない。原告はこの用語が明確でないと主張した。しかし審決および判決では当業界の技術常識を考慮すれば不明確とまではいえないと判断された。

 裁判所は「B廃油」が「市場において区別して取引されている」ことを基準として、当業者であればB廃油を明確に把握することができると判断した。この基準は明確性の判断基準として一般性を持つと考えられる。

 

【請求項1】

B廃油を,乳化状態が少なくとも3ヵ月以上持続するようにエマルジョン化して,さらに,比重を(ρ)とすると,0.98≦ρ<1.0である水溶性液体を主成分としたことを特徴とする封水蒸発防止剤。

 

2.裁判所の判断のポイント

「イ 甲17公報(特開2002-129080号),株式会社大口油脂作成の規格表(甲26),甲32公報(特開2002-121428号),「油脂」(Vol.53No.102000),36~39頁,乙3),「油脂」(Vol.51No.101998),28~31頁,乙4),「油脂」(Vol.50No.71997),24~27頁,乙5)及び弁論の全趣旨によれば,B廃油に関して,次の事実が認められる。

 食品の製造や調理に使われた後の食用油は,廃食用油回収業者により回収され,不純物の除去を経て,再生油(廃油,廃食油,廃食用油の語も同義で使用されることがある。)として利用されている。廃食油業界においては,回収ルートにより廃食油の種類や品質がほぼ決まっているため,いちいち化学分析せず,色や透明感で判断されることが多いものの,①植物油Aグレード,A植物油,A植,廃食油“植物A”等と称され,ヨウ素価が概ね120超で品質の高い植物廃油(以下,単に「植物油Aグレード」という。),②それに次ぐ品質で,植物油Bグレード,廃食油(B),再生植物油B,B植等と称される植物廃油(以下,単に「植物油Bグレード」という。),③動物廃油,④動物廃油と植物廃油の混合油が,市場で区別されて取引されていた。また,①の植物油Aグレードは,品質が良いことから,主に塗料・インキ等の原料として利用されており,②の植物油Bグレードは,品質が劣るため,単独では需要がなく,工業用脂肪酸や飼料用の増量剤的な使われ方が中心であり,植物油Aグレードよりかなり低い価格で取引されていた。

上記アの記載によれば,本件発明1及び2のB廃油は,食廃油の一部であって,用途が狭く,低コストという性質を有するものと認められるところ,上記イで認定したとおり,使用済みの食用油の再生油と同義の用語として,廃油,廃食油,廃食用油などの語を用いることがあり,このうち,植物油の再生油がA,Bのグレードに区分されて取引され,さらに,植物油Bグレードは,用途が限定され,価格が低いという事実に照らすと,本件発明1のB廃油は,上記イで認定した植物油Bグレードに相当するものと認められる。

 そうすると,当業者であれば,市場において区別して取引されているB廃油を明確に把握することが可能であり,これを用いた行為が本件発明1及び2を構成するかどうかについても判断可能であるから,本件発明1及び2のB廃油は明確であって,本件発明1及び2のB廃油が不明確であるとはいえないとした審決の判断に誤りはない。」

2013年1月14日月曜日

特性により材料が特定されている場合の実施可能要件充足性が争われた事例


知財高裁平成24年12月20日判決

平成24年(行ケ)第10133号 審決取消請求事件

 

1.概要

 「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」が構成要件のひとつである発明がクレームされている特許権の実施可能要件充足性が争われた。

 無効審判審決、知財高裁判決ともに実施可能要件は満たされると判断された。

 

2.請求項1記載の本件発明

延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した細いテープ状部材に,

 粘着剤を塗着することにより構成した,

ことを特徴とする二重瞼形成用テープ。」

 

3.審決の判断

「請求人(原告)の主張は,要するに,当業者が過度の試行錯誤をすることなしに,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選定することができるか否かであり,その点が実施可能要件として重要であるところ,被請求人(被告)は,このような合成樹脂として3M社の#1522の基材を用いて実際に本件発明を実施している。3M社の#1522は,出願時においてカタログにも掲載されている汎用的なものであり(当事者間で争いがない。),誰でも容易に入手可能なものであるから,当業者は,過度の試行錯誤をすることなしに,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選択して実施することができる。したがって,特許法36条4項違反を理由として本件特許を無効とすることはできない。」

 

4.原告(無効審判請求人)の裁判での主張

「本件発明1における「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,合成樹脂固有の性質である。被告は,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,本件発明1において格別な意義を有すると主張するが,そうであれば,本件明細書の発明の詳細な説明にその格別な意義について記載する必要がある。しかるに,本件明細書の発明の詳細な説明はその記載を欠くので,特許法36条4項に違反する。審決の判断は,原告の主張を十分に理解しておらず,誤りである。

 すなわち,そもそも合成樹脂は,ばねのような弾性的性質と粘性的性質を合わせ持つ粘弾性体であって,荷重をかけると弾性変形が始まって伸び(弾性的性質),その後,遅れて粘性部分が負荷時間とともに伸び(粘性的性質・クリープ現象),その後,除重すると,ばね部が短時間で弾性回復し,粘性部は徐々に回復する(甲41)。言い換えれば,合成樹脂は,固有の性質として,引張方向に荷重すると同方向に伸びるように変形し,除重すると元の状態に縮む特性を有するのである。

 被告は,合成樹脂が延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有することを指摘する拒絶理由通知(甲42)に対し,「『延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂』とは,ポリエチレン全てがそのような性質を有することを意味しているのではなく,ポリエチレンの中でもそのような性質を有するものを意味しています。」との意見を述べた(甲1)。しかし,被告のいう「延伸可能で延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂」がどのようなものであるのか,明細書には何ら言及がない。」

 

5.裁判所の判断のポイント

「上記記載によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の二重瞼形成用テープにより二重瞼を形成する方法について,二重瞼形成用テープを構成するテープ状部材の両端を把持して弾性的に延びた状態になるように引っ張り,その状態でテープ状部材を瞼に押し当てて貼り付け,両端の把持部を離すことにより,引っ張った状態にあるテープ状部材が弾性的に縮み,このようにして弾性的に縮んだテープ状部材がこれを貼り付けた瞼に食い込む状態になって二重瞼のひだが形成されること,二重瞼形成用テープを構成するテープ状部材について,「両端を持って引っ張ったときに伸長し,しかも,弾性的に復帰しようとする収縮力が作用するもの」であることが必要があること,そのようなテープ状部材の材質として,特に,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有するポリエチレン等の合成樹脂」が望ましいことが記載されているものと認められる。

 そして,被告は,3M社製の合成樹脂テープである#1522を用いて本件発明1の実施品を製造しており,同テープの材料である合成樹脂は,「延伸後にも弾性的な伸縮性」を有し,同テープは,本願の出願当時既に広く市販され容易に入手可能なものである(弁論の全趣旨)。また,「延伸後にも弾性的な伸縮性」を有する合成樹脂をそうでない合成樹脂から区別するために特別な装置や手順を必要とする等の事情は見当たらない。

 そうすると,上記(1)の記載に接した当業者は,格別の試行錯誤をすることなく,本件発明1の「テープ状部材」の材料として「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂」を選択することができたものと認められる。

 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであると認められる。

(3) 原告の主張について

原告は,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質は,合成樹脂固有の性質であり,この性質が本件発明1において格別な意義を有するというのであれば,本件明細書の発明の詳細な説明はその記載を欠くと主張する。

 しかし,製造時に高延伸させられた合成樹脂の中には,それ以上にほとんど延伸させることができないものや,延伸させることができたとしても,瞼に貼り付けても瞼へのくい込みによってひだが形成されるほどの弾性的な伸縮性を有さないものがあり得ることは,技術常識であり,「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する」という性質が合成樹脂固有の性質であるということはできない。

 したがって,原告の上記主張は理由がない。

・・・

原告は,「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」について本件明細書において明確に述べられていない旨主張する。

 しかし,【0008】には,「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」について,テープ状部材の両端を把持して引っ張った状態でテープ状部材を瞼に貼り付け,そのまま両端の把持部を離した際に,引っ張った状態にあるテープ状部材が弾性的に縮み,これが貼り付けた瞼にくい込む状態となることが可能である程度の「延伸後の長さ」や「延伸後にも弾性的な伸縮性の程度」であればよいことが記載されているということができ,当業者が本件発明1を実施することができる程度の技術的事項が明確かつ十分に記載されているものと認められる。

 したがって,原告の上記主張は理由がない。」

2012年12月24日月曜日

サポート要件違反を解消するために追加提出された実験データが考慮された事例

知財高裁平成24年12月13日判決
平成23年(行ケ)第10339号 審決取消請求事件

1.概要
 サポート要件違反の拒絶理由・無効理由が指摘されたときに、拒絶解消を目的に事後的に実験データを追加することは原則として認められない。しかしながら本事例では、発明の詳細な説明に基づき「当業者が予測できるような効果を確認する」ことを目的とする実験データ(乙1および乙3)の提出は、発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものではないため許容されると判断された。そして裁判所は、この実験データも考慮してサポート要件違反の問題はないと結論付けた。

2.裁判所の判断のポイント
原告は,出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって,明細書のサポート要件に適合させることは許されない旨を主張し,また,後から実験データを提出しなければサポート要件を満たしているか否かを判断することができない程度の特許請求の範囲の記載は,そもそもサポート要件を満たしているとはいえないと主張するので,以下に検討する。
a 乙1について
 乙1に示されたデータは,本件特許発明1が特定するコハク酸の添加量の上限値(遊離のコハク酸換算で1質量%)付近の結果を補足するもの(遊離のコハク酸換算で0.93質量%,コハク酸二ナトリウムとして1.30質量%のもの)である。
 ところで,本件明細書の表1によれば,試験品1-5~同1-8(カリウム含有量は2.34質量%と一定で,コハク酸二ナトリウムは0.05~2.0質量%と変化)についての,塩化カリウム及びコハク酸二ナトリウムが添加されていない減塩醤油A(試験品1-1)を対照とした2点識別試験法による塩味の評価は,対照と比べて試験品の方が塩味が強いとした人数が,いずれの試験品も20人中18人であったことが示されている。この結果から,減塩醤油にカリウムが配合されている場合には塩味の増強が認められ,コハク酸の添加量の相違による塩味の増強の程度は,カリウムに比べて極めて小さいと理解できる。また,これら試験品についての苦味に関する2点識別試験法の結果も,対照と比べて試験品の方が苦味が強いとした人数が20人中9又は10人であったこと示されている。この結果から,減塩醤油に添加されたカリウムの苦味の影響は,コハク酸を添加することにより相当程度解消され,その程度は本件特許発明1で特定されたコハク酸の添加量にほとんど影響されないと理解できる。
 このように,本件明細書の発明の詳細な説明には,食塩含有量の低減にもかかわらず塩味のある液体調味料を提供でき,かつ,本件特許発明1で特定された含有量のコハク酸を添加することにより,添加カリウムの苦味の影響を改善するという本件特許発明1の課題が解決できると認識できる記載があることから,乙1に示された結果は,発明の詳細な説明の記載を裏付けるものであって,原告主張のように発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものではない。よって,原告の主張は失当である。
b 乙3について
 乙3に示されたデータは,上記のとおり,本件特許発明1が特定する食塩の添加量の下限値(7質量%)付近の結果を補足するものである。
 本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明者は,食塩含有量を9質量%以下にしても塩味を感じさせる手段について検討してきた結果,食塩含有量を9質量%以下と低くし,かつカリウムを0.5~4.2質量%とした系で,特定の風味改良成分を含有させることにより,塩味がより強く感じられ,味の良好な液体調味料が得られることを見出した」(【0008】)と記載されているところ,カリウムが食塩の塩味を代替する成分であるという技術常識を参酌すれば,当業者は上記記載を理解するものと認められる。すなわち,発明の詳細な説明には,本件特許発明1が特定する食塩の添加量の下限値付近であっても,カリウム及び特定の風味改良成分であるコハク酸を配合することにより,本件特許発明1の課題が解決できると認識できる記載があることから,乙3に示された結果は,発明の詳細な説明の記載を裏付けるものであって(当業者が予測できるような効果を確認するものといえる。),原告主張のように発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものではない。よって,原告の主張は失当である。