2009年8月23日日曜日

実施可能要件・サポート要件欠如に関する審決取消訴訟判決紹介

平成21年8月18日判決
知財高裁平成20年(行ケ)第10304号

 本件発明について、原告がした無効審判請求(実施可能要件欠如、サポート要件欠如)は理由がなく、請求は成り立たないと審決された。一方、知財高裁は、原告の請求を認め、審決は取り消されるべき旨判断した。
 裁判所は、実施可能要件・サポート要件の判断において、特許請求の範囲が明細書を参酌して狭く解釈されるべきであると主張する特許権者には寛大であるが(本ブログ2009年5月31日紹介、平成20年(行ケ)第10066号参照)、本件のように、特許請求の範囲の文言の通り広く解釈されるべきであると主張する特許権者には厳しいように思われる。

1.審決のポイント

本件発明
「還元性鉄と酸化促進剤とを含有し且つ鉄に対する銅の含有量が150ppm以下及び硫黄の含有量が500ppm以下であることを特徴とする樹脂配合用酸素吸収剤。」

原告は、本件発明の効果を奏しない樹脂を包含する点で明細書の記載に不備があるとして、実施可能要件(特許法36条4項)およびサポート要件(特許法36条5項1号)を満足しないことなどを理由として無効審判を請求した。

原告は、無効審判において、概ね、「本件発明は、不特定の樹脂について制限はなく本件発明の酸素吸収剤が適用できるとしているが、エチレン-ビニルアルコール共重合体の場合についてのみ示された値であり、その他については確認されていなく、ポリエチレン、ポリプロピレンについて比較実験では本件発明の効果を認められないことは、甲第8号証、甲第9号証で示したとおりであり、臨界的効果を含む本件発明の効果は認められない」旨主張した。

審決では次のように述べ、本件発明は実施可能要件、サポート要件を満足すると判断した。

「本件明細書には、実施例として「エチレン-ビニルアルコール共重合体の場合について」のみ記載されているが、他の樹脂で銅及び硫黄による相関が全くないという根拠はないのであるから、他の実施例がないからといって本件発明の効果を奏しない樹脂を包含する点で明細書の記載に不備があるとはいえない。そして、請求人の云う臨界的効果についても、樹脂によって効果上差があることを否定するものではないが、被請求人が答弁書(第8頁22行~第9頁3行)で「すなわち、本件特許明細書の実施例において酸素吸収剤を配合する樹脂として・・・エチレン-ビニルアルコール共重合体が他の樹脂に比して熱分解されやすく、樹脂のゲル化等の変質が生じやすい」と述べているように、「エチレン-ビニルアルコール共重合体」が、銅、硫黄による樹脂の分解や異臭が発生する典型的で顕著な例として記載されたものであるとみれなくもないし、また、この樹脂で検討することによって他の樹脂をも樹脂に配合したときのゲル化や分解、更には異味、異臭成分の発生が有効に防止できることが予期できることから、このことによって格別記載上の不備を生じさせているともいえない。」
「したがって、本件発明に係る特許は、特許法第36条第4項あるいは同条第5項第1号、第2号に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものである、とまでいうことはできない。」

2.判決のポイント
「以上の発明の詳細な説明の記載によれば,本件発明が所期する作用効果は,酸素吸収剤を樹脂に適用した際の樹脂のゲル化及び分解並びに異味・異臭成分の発生を抑制すること(以下「本件作用効果」という。)であると認められる。」

「しかしながら,発明の詳細な説明には,本件発明の酸素吸収剤を適用するのに特に好適な樹脂(エチレン-ビニルアルコール共重合体を除く。)の例として一定の数のアミド基を有するポリアミド類が,本件発明の酸素吸収剤を適用することができるその他の樹脂の例としてオレフィン系樹脂等がそれぞれ記載されているのであって,それにもかかわらず,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂(酸素吸収剤の適用の対象となるもの。以下同じ。)については,前記したとおりであって,本件発明が本件作用効果を奏するものと確認された旨の直接の記載は一切存在しないのである。」

「・・・当業者において,これらの記載の内容が,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂一般についても,そのまま妥当するものと容易に理解することができるとみることはできない。さらに,発明の詳細な説明には,当業者において,銅及び硫黄が過大に存在することによる樹脂のゲル化及び分解並びに異味・異臭成分の発生を考える上で,エチレン-ビニルアルコール共重合体とそれ以外の樹脂一般とを同視し得るものと容易に理解することができるような記載は全くない。
 以上からすると,発明の詳細な説明に,エチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂一般について,本件発明が本件作用効果を奏することを裏付ける程度の記載がされているものと認めることはできず,その他,そのように認めるに足りる証拠はない。」

「以上によると,発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項に定める実施可能要件を満たすものと認めることは到底できないというべきである。」

「・・・本件発明の酸素吸収剤を適用する樹脂がエチレン-ビニルアルコール共重合体である場合はともかく,その余の樹脂一般である場合についてまで,発明の詳細な説明に,当業者において本件課題が解決されるものと認識し得る程度の記載ないし示唆があるということはできず,また,本件出願時の技術常識に照らし,当業者において本件課題が解決されるものと認識し得るということもできないといわざるを得ない。」

「以上によると,本件発明に係る特許請求の範囲の記載が特許法36条5項1号に定めるサポート要件を満たすものと認めることは到底できないというべきである。

「そうすると,「本件発明の効果を奏しない樹脂を包含する点で明細書の記載に不備があるとはいえない」とした本件審決の判断は誤りであり,原告の取消事由4の主張は,実施可能要件の欠缺をいう点及びサポート要件の欠缺をいう点のいずれについても理由があるといわなければならない。」

2009年8月9日日曜日

引用文献に記載された発明が、技術常識を参酌して認定された事例

知的財産高等裁判所平成21年6月30日判決
平成20年(行ケ)第10396号審決取消請求事件

1.概要
 本件特許権に対する無効審判では、本件特許の請求項1の発明(本件発明1)が甲1号証発明に基づいて容易に発明することができたと判断した。
 特許権者(原告)が無効審決の取消しを求めた本事件では、裁判所は、請求項中に記載されていない技術常識を考慮して特許発明と引用発明との相違点を認定し、審決を取り消す旨の判断を下した。

 この判決は、本ブログ2009年7月27日投稿の記事における「場面(5)」の一例のようにも思われるが、先行技術文献に記載の用語の解釈にまつわる事例であるため「場面(5)」の一例とするのは適当でない。

2.裁判所の判断のポイント
本件発明1:
「【請求項1】表面に表飾のための凹凸が施された塩化ビニールシートに紙製シートを貼り合わせて成る壁紙の廃材を原料とし,該壁紙を細かく破砕し形成した表面に上記凹凸を残存する塩化ビニール片と紙片の貼り合わせ構造を有する破砕片と,繊維状吸水材又は粉粒状吸水材とを組成材とする粗粒状体から成り,該粗粒状体中の塩化ビニール片の上記凹凸面が対面して通水路を形成し,該通水路内に上記繊維状吸水材又は粉粒状吸水材を保持した構造を有することを特徴とする排泄物処理材。」

審決が認定した甲第1号証発明の内容:
「3mm以下の粒度の表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材の粉砕物,及び該粉砕物より少ない量の粉状吸水性樹脂を含有して粒状に形成されている粒体,並びに該粒体表面部に付着した界面活性剤から成る粒状の動物用排泄物処理材」

 本事件では、本件発明1の「表面に上記凹凸を残存する塩化ビニール片と紙片の貼り合わせ構造を有する破砕片」と、甲第1号証発明の「3mm以下の粒度の表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材の粉砕物」とが構造上同一のものといえるかが争われた。
 原告は、「表面に表飾のための凹凸が施された塩化ビニールシートに紙製シートを貼り合わせて成る壁紙の廃材」を本件特許明細書に記載されているように粉砕機を用いて破砕した場合には、シート形態が残存するのに対して、甲第1号証発明の「プラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材」(牛乳パック等の廃材)を同様の方法を破砕した場合にはシート形状は残存しない旨を主張した。

 一方被告は、
「「3mm」という数値が示すように,甲第1号証発明は紙廃材が紙としての形態を失わない一定の大きさをもつことを予定している。そして,3mm以下でもそれなりの大きさの粉砕物であれば,当然,シート形態にもなる。例えば,家庭で,ハサミやカッター等を使って牛乳パックを3mm以下の紙片に切り刻めば,その紙片が短繊維状に離解せずシート形態を維持していることは,簡単に確認することができる。そもそも,甲1の特許請求の範囲の記載は破砕機の使用を要件としていないからである。
 したがって,原告の主張は理由がなく,審決の本件発明1と甲第1号証発明との一致点の認定に誤りはない。」
と反論した。

 この争点について、裁判所は次の通り判断し、原告の主張を支持した。
「前記2のとおり,本件発明1における「破砕片」は,表面に表飾のための凹凸が施された塩化ビニールシートに紙製シートを貼り合わせて成る壁紙の廃材を細かく破砕したものであって,表面に上記凹凸を残存する塩化ビニール片と紙片の貼り合わせ構造を有し,塩化ビニール片の上記凹凸面が対面して通水路を形成し,該通水路内に繊維状吸水材又は粉粒状吸水材を保持した構造を有するものであるから,シート形態を残存するものである。そして,前記2(2)カのとおり,本件特許明細書(段落【0037】~【0039】)には,破砕機を用いて壁紙を破砕することが記載されており,このような方法が本件発明1の技術分野で通常用いられる破砕方法と考えられる。
 一方,前記3(2)のとおり,甲第1号証発明は「3mm以下の粒度の表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙廃材の粉砕物」を含むものであるが,証拠(牛乳パックの外観写真と拡大断面写真[甲29],技術説明資料[甲35])及び弁論の全趣旨によれば,表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙である紙製牛乳パックを,破砕機で3mm以下に粉砕した粉砕物は,紙の部分がプラスチックフィルムの部分よりもはるかに厚いため,短繊維状に離解されて,シート原形を留めない粉末状又は綿状のものになり,シート形態を残存しないものと認められる。
 そうすると,本件発明1における「破砕片」と甲第1号証発明における「粉砕物」とは,上記のとおりシート形態を残存するかどうかという点に違いがあるということができる。
 なお,証拠(実験写真[乙9])及び弁論の全趣旨によれば,表面がプラスチック材料被膜で覆われているラミネート加工紙である紙製牛乳パックを,はさみで3mm以下に切ったものは,シート形態を残存するものと認められるが,上記のはさみで切るというような方法が本件発明1の技術分野で通常用いられる方法とは考えられないことからすると,紙製牛乳パックをはさみで3mm以下に切ったものがシート形態を残存するからといって,甲第1号証発明における「粉砕物」がシート形態を残存すると認めることはできない。甲1の特許請求の範囲には,破砕機を使用するとの限定はないが,そうであるからといって,本件発明1の技術分野で通常用いられないような方法を想定して本件発明1と甲第1号証発明とを対比することは相当でない。」

2009年8月1日土曜日

特許請求の範囲の用語の解釈にまつわる判決(その2)

特許成立前の審査審判における新規性進歩性の判断のための「用語の意義の解釈」においては、明細書の記載は当然に参酌される。
前回投稿場面(2)に近いが少し違う

平成20年(行ケ)第10166号審決取消請求事件
判決言渡平成21年1月27日

ポイント:特許請求の範囲に記載された用語(この場合は「熱粘着式造粒」という用語)の意義を解釈するにあたり、明細書の記載は当然に参酌されるべきであると判断された。

 また、引用文献の記載を実施すれば必然的に本願発明の現象が生じているとしても、その旨の記載がなければ本願発明の新規性は否定されないとも判断されている点で面白い判決である。本件は先行技術が「刊行物公知」であったが、仮に先行技術が「公然実施」であれば、結論は変わるのであろうか?

1.審決概要
 審決では、本願発明が、引用例に記載された発明に基づいて容易に発明することができると判断された。

本願発明:
「【請求項1】A)一種または一種以上の希釈賦形剤約5~約99重量%及び/または薬学的活性成分0~約99重量%,
B)結合剤約1~約99重量%,及び
必要に応じて,
C)崩壊剤0~約10重量%
の全部または一部を使用した混合物を含み,
初期水分を約0.1~20%,及び/または薬学的に許容できる有機溶剤を約0.1~20%含む条件下において,約30℃~約130℃の温度範囲まで加熱し,密閉系統中で転動回転,混合しつつ顆粒を形成することを特徴とする直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法。」

審決の内容:
「その理由の要点は,本願発明は,前記引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。」

 なお,審決は,上記判断をするに当たり,引用発明の内容を以下のとおり認定した上,本願発明と引用発明との一致点及び相違点を次のとおりとした。
<引用発明の内容>
「薬学的に活性な成分及びそれを希釈・賦形するための生薬粉体30重量部,塩酸セトラキサート30重量部,及び,トウモロコシデンプン15重量部を含む混合物と,それらの水分を加熱前に特別除去することなく,転動機能付きの造粒装置で65℃以上の温度で加熱し,密閉系の転動機能付きの造粒装置中で攪拌・転動しつつ顆粒を形成する粒状物の製造方法。」
<一致点>
いずれも,
「A)一種または一種以上の希釈賦形剤約5~約99重量%及び/または薬学的活性成分0~約99重量%,
B)結合剤約1~約99重量%,及び
必要に応じて,
C)崩壊剤0~約10重量%
の全部または一部を使用した混合物を含み,
初期水分を約0.1~20%,及び/または薬学的に許容できる有機溶剤を約0.1~20%含む条件下において,約30℃~約130℃の温度範囲まで加熱し,密閉系統中で転動回転,混合しつつ顆粒を形成する熱粘着式造粒方法。」であること。
<相違点>
本願発明は,直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法であるのに対して,引用発明は,直接錠剤化用調合物または補助剤を調合するための熱粘着式造粒方法であるか否か明確でない点。

2.裁判所の判断のポイント
2.1.明細書の記載に基づく用語の解釈
「・・・本願明細書の発明の詳細な説明には,次の内容が記載さ
れていることが認められる。
 すなわち,本願発明は,従来の湿式造粒法において大量の水又は有機溶剤の添加が必要とされ,そのために乾燥工程が必要となるなどの欠点があったのに対し,わずかな水分又は有機溶剤によって造粒できるようにすることを目的としたものである。そして,諸材料の混合物中に含まれる初期水分又は有機溶剤(エタノール等)の含有量を約0.1~20%とし,密閉系で加熱して造粒を行うことにより,加熱工程で希釈剤等から発生する蒸気が,外部に放出されることなく容器の内壁のより温度が低い区域で凝結し,吸湿性が高いポリビニルピロリドン(PVP)などの結合剤に吸収されて,結合剤に粘性を生じ,周囲の粒子を粘着させることにより造粒が行われる。このような造粒方法は,従来の湿式造粒法とは異なる新しい造粒方法として開発されたものであり,「熱粘着式造粒方法」(Thermal
adhesion granulation)と命名された。
 そうすると,本願発明にいう「熱粘着式造粒方法」とは,希釈賦形剤・薬学的活性成分・結合剤等の混合物を加熱することにより発生する蒸気が密閉系統中で凝結することを利用して,凝結した水分により結合剤に粘性を生じさせ,周囲の粒子を粘着させるという造粒方法をいうものと理解される。

2.2.明細書を参酌して用語を解釈することの妥当性
「なお被告は,本願発明に関して特許請求の範囲の記載に何ら不明確な点はなく,発明の詳細な説明の記載を参酌すべき特段の事情も存在しないから,審決が本願発明の「熱粘着式造粒方法」は加熱して粒状物を製造する方法であるとした点に誤りはないと主張する。しかし,特段の事情が存在しない限り発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されないのは,あくまでも特許出願に係る発明の要旨の認定との関係においてであって,上記のように特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに当たっては,特許出願に関する一件書類に含まれる発明の詳細な説明の記載や図面を参酌すべきことは当然であるから,被告の上記主張は採用することができない。」

2.3.一致点の判断
「以上の記載によれば,引用発明は,揮発性物質の造粒に関して,従来の湿式造粒法では多量の水分を含有するため乾燥操作が必要となり,通風工程において水分と共に揮発性物質が揮散してしまうという欠点があったので,揮発性物質の損失をできるだけ少なくすることを目的としたものである。そして,課題を解決するための手段として,融点が30~100℃の低融点物質を使用し,密閉系で加熱造粒することにより低融点物質を溶融させ,これを攪拌・混合して粒状物を得るという方法を採用している。そうすると,引用発明は,従来の湿式造粒法における欠点を克服し,多量の水分を含有させずに粒状物を製造するという点では本願発明と共通の目的を有するものの,その目的を達成するための手段として低融点物質を加熱して溶融させるという方法を採用している点で,本願発明とは異なる
方法によるものである。
 したがって,引用発明における「粒状物の製造方法」が本願発明の「熱粘着式造粒方法」に相当するものとした審決の判断は誤りである。」

2.4.引用発明を実施した場合に必然的に本発明の現象が生じている可能性と、新規性との関係
「しかし,仮に,引用発明の諸材料中に1%を超える水分が含まれ,これを密閉系で加熱することによって容器内で水分が凝結することがあるとしても,引用例(甲1)には凝結した水分が結合剤に吸収されて粘性を生じさせるという記載はなく,低融点物質を溶融させて造粒を行うことが上記のとおり記載されているのである。そうすると,引用発明の諸材料中に通常含まれる水分が粒状物の製造に寄与するか,仮に寄与するとしてどのような役割を果たすのかについては,引用例には教示も示唆もされていないといわざるを得ない。
したがって,引用発明の諸材料中に本願発明における「約0.1~20%」の範囲内の水分が含まれているとしても,それを根拠として引用発明における「粒状物の製造方法」が本願発明の「熱粘着式造粒方法」に相当するということはできない
。」

2009年7月27日月曜日

特許請求の範囲の用語の解釈にまつわる判決(その1)

 特許請求の範囲に記載された用語の解釈は主に以下の5つの場面において重要である
(1)特許成立前の審査審判(審査、拒絶査定不服審判)における記載要件(明確性要件、サポート要件、実施可能要件)の判断
(2)特許成立前の審査審判における新規性進歩性の判断のための発明の要旨認定
(3)特許成立後の侵害訴訟における、対象物件が特許発明の技術的範囲に属するか否かの判断
(4)特許成立後の審判訴訟(無効審判、侵害訴訟での無効の抗弁)における、特許発明の記載要件の判断
(5)特許成立後の審判訴訟(無効審判、侵害訴訟での無効の抗弁)における、特許発明の新規性進歩性判断のための要旨認定

 特許請求の範囲に記載された用語を解釈する際に、明細書の記載を参酌することが許容されるか否かは、場面により異なる場合がある。
 そこで、場面ごとに判決例を挙げてみる。

場面(1)特許成立前の審査審判における記載要件(明確性要件、サポート要件、実施可能要件)の判断その1

原則:
特許実用新案審査基準第I部第1章 2.2.2 (4)
「具体的には、請求項の記載がそれ自体で明確であると認められる場合は、明細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるかどうかを検討し、その定義又は説明によって、かえって請求項の記載が不明確にならないかを判断する。例えば、請求項の用語についてその通常の意味と矛盾する明示の定義がおかれているときや、請求項の用語が有する通常の意味と異なる意味を持つ旨の定義が置かれているときは、請求項の記載に基づくことを基本としつつ発明の詳細な説明等の記載をも考慮するという請求項に係る発明の認定の運用からみて、いずれと解すべきかが不明となり、特許を受けようとする発明が不明確になることがある。請求項の記載がそれ自体で明確でない場合は、明細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるかどうかを検討し、その定義又は説明を出願時の技術常識をもって考慮して請求項中の用語を解釈することによって、請求項の記載が明確といえるかどうかを判断する。その結果、請求項の記載から特許を受けようとする発明が明確に把握できると認められれば本号の要件は満たされる。なお、ことさらに、不明確あるいは不明りょうな用語を使用したり、特許請求の範囲で明らかにできるものを発明の詳細な説明に記載するにとどめたりして、請求項の記載内容をそれ自体で不明確なものにしてはならないことはいうまでもない。(参考:東京高判平15.3.13(平成13(行ケ)346審決取消請求事件)」

以下、上記抜粋箇所において「例外的事例」として参照されている判決について整理する。

平成13年(行ケ)第346号 審決取消請求事件
平成15年2月27日口頭弁論終結

この判決のポイント:「殊更に」不明確に記載された(すなわち、明確に記載しようとすれば記載できるのに不明確に記載された)特許請求の範囲の用語は、明細書に定義や説明がされていたとしても、明確性要件を満たさない

本件出願に係る発明
「【請求項1】織機停止信号により,緯入れを阻止しながら制動停止した織機を再起動するに際し,筬が所定の筬打ち角以上となるようなクランク角に織機を停止し,開口装置を主軸から切り離し,主軸の1回転相当だけ開口装置を逆転し,開口装置を主軸に連結することを特徴とする織機の再起動準備方法。」

「所定の筬打ち角」が明確であるかが争われた。出願人は、明細書中の定義を参酌すれば用語の意味は明確であり、明確性要件は従属される旨主張した。

審決では、次のように特許請求の範囲を補正することにより拒絶理由は解消できるはずである旨提示されている。
「【請求項1】織機停止信号により,緯入れを阻止しながら制動停止した織機を再起動するに際し,筬が,スレイ上に搭載するサブノズルまたはエアガイドが経糸開口から抜け出るときの筬打ち角以上となるようなクランク角に織機を停止し,開口装置を主軸から切り離し,主軸の1回転相当だけ開口装置を逆転し,開口装置を主軸に連結することを特徴とする織機の再起動準備方法。」

判決は審決の判断を支持した。

判決のポイント

「 (1) 旧特許法36条5項は,次のとおり,規定している。
「5 第三項第四号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。
一 特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。
二 特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項(以下「請求項」という。)に区分してあること。」
 上記規定は,発明の詳細な説明に多面的に記載されている発明のうち,どの発明について特許を受けようとしているのかを,出願人の意思により,特許請求の範囲に明示すべきことを要求しているものであり,これにより,一つの請求項に基づいて,特許を受けようとする発明が,まとまりのある一つの技術的思想として明確に把握できることになるのである。そのためには,明細書の特許請求の範囲には,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」を明確に記載する必要があるのであり,特許発明の構成に欠くことができない事項を明確に記載することが容易にできるにもかかわらず,殊更に不明確あるいは不明りょうな用語を使用して特許請求の範囲を記載し,特許発明に欠くことができない構成を不明確なものとするようなことが許されないのは,当然のことというべきである。
 このことは,特許法70条1項が,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定し,特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明の技術的範囲を定めることを規定していることからも当然のことである。すなわち,特許請求の範囲を明確に記載することが容易にできるにもかかわらず,殊更に不明確あるいは不明りょうな用語を使用して記載することが許されるとすれば,特許発明の技術的範囲を明確に確定することができなくなるおそれが生じ,特許権が行使される対象となる範囲が不明確となって,社会一般に対しあるいは競業者に対し,特許権が行使される範囲の外延を明示するとの,特許請求の範囲が果たすべき,本来の機能を果たすことができなくなる結果を招来するのである。
 本願出願においては・・・【請求項1】の「所定の筬打ち角」の技術内容が,【請求項1】の記載自体では不明確であることは明らかである。出願人である原告は,審判における拒絶理由通知において,その点の指摘を受けたにもかかわらず,【発明の詳細な説明】の「所定の筬打ち角」についての記載を補正しただけで,【特許請求の範囲】の記載を補正しなかった。そして,原告が【特許請求の範囲】の記載を補正してその技術的意味をそれ自体で明らかなものとすることを困難とする事情は,本件全証拠によっても認めることができない。すなわち,本願明細書の【発明の詳細な説明】の段落【0010】には,【所定の筬打ち角】についての定義的な説明があり,この記載を【請求項1】中に追加し,審決が例示したような請求項に補正することは容易なことであることが明らかであり,これを困難とするような特段の事情があったことを認めるに足りる証拠はない。
  以上によれば,本願明細書の特許請求の範囲の【請求項1】は,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」を明確に記載することが容易にできるにもかかわらず,殊更に不明確あるいは不明りょうな用語を使用して記載されたものであるという以外になく,このような【請求項1】の記載・・・は,いずれも旧特許法36条5項に規定する要件を満たさないものであり,これと同旨の審決の判断には何ら誤りはない,というべきである。
 原告は,特許請求の範囲の記載が,それ自体で不明確であったとしても,発明の詳細な説明の記載を参酌してそれが明確になる場合は,出願に係る発明の要旨の確定には何ら支障がないのであるから,このような特許請求の範囲の記載も,旧特許法36条5項及び6項に規定する要件を満たしているというべきである,このことは,最高裁平成3年3月8日判決(民集45巻3号123頁)からも明らかである,と主張する。
 しかし,上記判例は,特許出願に係る発明の新規性あるいは進歩性を判断する場合における,特許出願に係る発明の請求項の要旨の認定について述べた判例であり,旧特許法36条5項について判断をしたものではないから,本件については,その適用はない,と解すべきである。
このことは,上記判例が,「特許法第29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,この発明を同条1項各号所定の発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるに過ぎない。」と判示しているところから,明らかである。特許出願に係る発明の新規性あるいは進歩性を判断する場合における,当該発明の要旨を認定する場合において,特許請求の範囲の記載を前提として,当該発明の要旨を認定し,あるいは,上記判例がいうような例外的な場合に明細書における発明の詳細な説明を参酌して要旨を認定した上で,その発明の新規性あるいは進歩性の判断をする,ということには十分合理性がある。しかし,新規性あるいは進歩性の判断の前提としての発明の要旨の認定をいかにして行うか,ということと,特許出願の願書に添付された明細書の特許請求の範囲の記載が,旧特許法36条5項が規定する要件に合致しているかどうかとは,問題を全く異にするものである。特許請求の範囲の記載は,できる限り,それ自体で,特許出願に係る発明の技術的範囲が明確になるように記載されるべきであり,旧特許法36条5項2号の「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」すべきであるとした規定は,この考え方を具体化した規定であると解すべきである。原告の上記主張は,旧特許法36条5項の規定の解釈としては採用することができない。」

2009年7月19日日曜日

平成18年(ワ)第11429号 請求項中の用語の解釈と、補正による意識的除外と均等論

 この事件の争点1-1では、組成物の成分の定義、及びその成分の割合を示す数値の解釈が争われた。用語の定義と、組成物中の成分のパーセンテージや数値範囲の定義は、多少くどくても請求項中で(あるいは少なくとも明細書中で)明確に記載すべきであると考えられる。
 請求項の明確性(特許法第36条第6項第2号)要件を解消するための請求項の限定補正もまた、均等論の適用を妨げる「意識的除外」に該当すると判断された点も興味深い。(争点2参照)

1.事件の概要
大阪地方裁判所平成21年4月7日判決
平成18年(ワ)第11429号 特許権侵害差止等請求事件

原告が有する特許権に係る本件特許発明1を分節すると

「A シリコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,
 YSiX3 (A)
 X=メトキシ基又はエトキシ基
 Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基
B 熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%である
C ことを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。」

被告が実施する被告製品が本件特許発明を侵害するかどうかが争われた。

構成要件Bが追加されるに至った出願経過:
原告が特許庁審査官より受けた拒絶理由通知書に「請求項1に記載の発明は組成物に係る発明と認められるが,各成分の配合量(組成比)が記載されていない(すべての配合量(組成比)について同等の効果を奏するものとは認められない)」として,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に規定する要件を充たしていないと記載されていた。
 原告はこの指摘に応じて構成要件B「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%である」を追加した。

争点の一部
争点1-1:構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の解釈。具体的には、「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%である」について、原告がカップリング処理したものであるか否かを問わず「熱伝導性シリコーンゴム組成物に含まれる熱伝導性無機フィラーの総量」が40vol%~80vol%であると主張するのに対し,被告は,「カップリング処理を施した熱伝導性無機フィラー」が40vol%~80vol%であると主張した。また、原告が、「40vol%~80vol%」とは、カップリング剤の量を考慮しない「熱伝導性無機フィラー」自体の量を指すと主張するのに対して、被告は、カップリング剤込みの熱伝導性無機フィラーの量であると主張した。

争点2:(被告製品が構成要件Bを文言上充足していない場合に)被告製品が本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか

2.裁判所の判断のポイント
2.1.争点1-1:「熱伝導性フィラー」について
「ア 前記当事者間に争いのない事実等で認定したとおり,本件特許の特許請求の範囲【請求項1】には,「シリコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%であることを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。」と記載されていることが認められる。
イ 上記記載のとおり,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の文言の前に「同」,「当該」又は「該」といった直前の文言を指し示す接頭語が付されていないことから,同「熱伝導性無機フィラー」が,構成要件Aの定義するカップリング処理した熱伝導性無機フィラーを指すことが一義的に明確とはいえない。しかしながら,他方,同記載において,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」が構成要件Aのそれとは別の物である,すなわちカップリング処理されていないものも含めた熱伝導性無機フィラーの総量と解する根拠となる積極的な記載も認められない。また,構成要件Bが構成要件Aの直後に配置され,しかも,「熱伝導性無機フィラー」との文言が構成要件Aのそれと近接して使用されていることからすれば,後者が前者を指している,すなわち構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」が構成要件Aのカップリング処理された熱伝導性無機フィラーを指すと読むのがどちらかといえば自然な解釈といえる。」

2.2.争点1-1:「v40vol%~80vol%」はカップリング剤込みの量か否かについて
「上記段落【0003】には「熱伝導性フィラーは放熱シート3の熱抵抗をできる限り低減するために用いられるもの」と記載されており,段落【0004】には「熱伝導率を上昇させるために単にシリコーンゴムに対する熱伝導性無機フィラー充填量を増加させると」と記載されていることからすれば,本件明細書上,熱伝導率を高める役割を果たすものは熱伝導性無機フィラーであって,本件カップリング剤が熱伝導率そのものに影響を与えることを窺わせる記載は認められない。また,段落【0015】・・には,数値限定の意義について,「40vol%に満たないと高い熱伝導率を得ることが困難であり」と記載されていることからすると,40vol%以上でなければならないものは,あくまで熱伝導率に影響を与える熱伝導性無機フィラーそのものの量であって,本件カップリング剤込みの量ではないと解するのが相当である。
 他方,上記段落【0004】には,「熱伝導率を上昇させるために単にシリコーンゴムに対する熱伝導性無機フィラー充填量を増加させると,熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇し,成形加工性が低下したり,成形したシートの硬度が高硬度化することになる」と記載されており,成形した放熱シートの硬度が高硬度化する要因は熱伝導性無機フィラーにあり,本件明細書上,本件カップリング剤そのものが高硬度化に影響を与えていることを窺わせる記載はない。また,段落【0015】には,数値限定の意義について,「80vol%を超えると熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物がさらに硬く脆くなる恐れがあって好ましくない」と記載されていることからすると,80vol%以下でなければならないものは,高硬度化に影響を与える熱伝導性無機フィラーそのものの量であって,本件カップリング剤込みの量ではないと解するのが相当である。」

2.3.争点2
「(被告製品の一部である)GR-b等は構成要件Bを文言上充足しないので,原告の予備的主張としての均等侵害の成否について検討する。
(1)最高裁判所平成6年第1083号同10年2月24日第三小法廷判決(民集52巻1号113頁参照)は,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合に,なお均等なものとして特許発明の技術的範囲に属すると認められるための要件の1つとして,「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」ことを掲げており,この要件が必要な理由として,「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないからである」と判示している。
 そうすると,特許権者において特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したといった主観的な意図が認定されなくても,第三者から見て,外形的に特許請求の範囲から除外されたと解されるような行動をとった場合には,第三者の予測可能性を保護する観点から,上記特段の事情があるものと解するのが相当である。そこで,かかる解釈を前提に,本件において上記特段の事情が認められるかどうかについて検討する。
(2)本件における出願経過については・・・本件補正をするに当たっての原告の主観的意図はともかく,少なくとも構成要件Bを加えた本件補正を外形的に見れば,カップリング処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率を限定したものと解される。したがって,原告は,熱伝導性無機フィラーの体積分率が「40vol%~80vol%」の範囲内にあるもの以外の構成を外形的に特許請求の範囲から除外したと解されるような行動をとったものであり,上記特段の事情に当たるというべきである。なお,本件拒絶理由通知は,単に組成物に係る発明だからという理由で,その組成比の記載がない本件出願は,特許法36条6項2号に規定する要件を充足しないと判断しているところ,この判断の妥当性には疑問の余地がないではない。しかし,第三者に拒絶理由の妥当性についての判断のリスクを負わせることは相当でなく,原告としても,単に熱伝導性無機フィラーの総量を定める意図だったというのであれば,その意図が明確になるような補正をすることはできたはずであり,それにもかかわらず,自らの意図とは異なる解釈をされ得るような(むしろそのように解する方が自然な)特許請求の範囲に補正したのであるから,これによる不利益は原告において負担すべきである。
(3)以上により,GR-b等について,「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない」ことという要件を充たさないから,これらを本件各特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属すると認めることはできない。」

2009年7月12日日曜日

外国語特許出願のサポート要件は翻訳文に基づいて判断される

1.事実概要
平成21年6月30日判決
平成20年(行ケ)第10286号審決取消請求事件

本願発明(請求項1に記載された発明):
「基板と,
前記基板上に形成され,正の極性を有する第1の導電性層と,
前記第1の導電性層上に形成された透明有機発光デバイスと,
前記透明有機発光デバイス上に形成され50~400Åの厚さにすることによって透明となる透明導電性金属層と,
前記透明導電性金属層上に直接形成され,負の極性を有し,酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層と
を具備してなる有機発光デバイス構造。」

 審決では、明細書中には「酸化インジウム錫(ITO)の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層」についての記載があるが、「ITO以外の透明導電性酸化物を含む第2の導電性層」についての記載がないことなどを理由として、サポート要件(特許法第36条第1項)が否定された。
 判決では、審決に誤りはないと判断された。

2.裁判所の判断の概要

「(1) 特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に規定するいわゆるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明に,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるものと認識することができる程度の記載ないし示唆があるか否か,又は,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時(優先権主張があるときは優先日当時)の技術常識に照らし,当業者において,当該発明の課題が解決されるものと認識することができるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。」

「(2) 請求項1の記載
請求項1の記載は,前記第2の2のとおりであり,本願発明の「負の極性を有(する)第2の導電性層」は,「酸化インジウム錫以外の透明導電性酸化物を含む」ものである。」

「(3) 発明の詳細な説明の記載
 発明の詳細な説明には、次の記載がある・・・・・・
・・・
コ「図17においては,透明有機発光装置(TOLED)を提供するために本発明者により製造された工学的原型の横断面図が示される。この例においては,装置(300)が,ITOフィルムの厚さに依存して,典型的には20Ω(オーム)/平方のシート抵抗率を有する透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304により予備被覆されたガラス支持体302上に構築される。支持体302は透明なガラスから成るが,この例においては,それはまた,ITOが被覆され得るいずれか他の透明な硬質支持体,たとえばプラスチック材料によっても供給され得ることを注意すること。また,ITOフィルムは,いずれか適切な電導性酸化物又は電導性透明ポリマーにより置換され得る。有機フィルムの付着の前,支持体302は,従来の技法を用いて前もって清浄された。付着は,正孔伝導性化合物N,N’-ジフェニル-N,N’-ビス(3-メチルフェニル)-1,1’-ビフェニル-4,4’-ジアミン(TDD)の200Åの厚さの層306,続いて電子伝導性化合物Alq3(アルミニウムトリス-8-ヒドロキシキノリン)の400Åの厚さの層308の10-4トル以下の真空下での昇華により実施された。装置300に電子注入コンタクトを供給する上部層310は,薄い(50Å~400Å)半透明Mg-Agアロイ電極(40Mg:1Agのおおよその原子比での)の陰影マスキング(示されていない)による付着により製造された。他の原子比,たとえば50Mg:1Agが用途に依存して使用され得るが,しかし本発明はいずれかの特定の比又はコンタクト金属組成に限定することを意味しないことを注意すること。最終的に,TOLED装置300は,層310のMg-Ag表面上にスパッタ付着された第2の400Åの厚さのITO層312によりキャップされる。この第2のITO層312は,第2のTOLEDが構築される上部に連続した透明な伝導性表面を供給する(図12,13及び16の記載についての上記を参照のこと)。ITO層312は,許容できる透明度を保持しながら,抵抗率を減じるためにできるだけ厚くされる。電気コンタクト314(負の極性)及び316(正の極性)が,従来の方法を用いて,それぞれ,ITO層312及び304に結合される。」(27頁26行~28頁21行)」

(4) サポート要件の充足性
「・・・・そこで,発明の詳細な説明に,当業者において,本願発明の上記課題が解決されるものと認識することができる程度の記載ないし示唆があるか否かについて検討すると,前記(3)のとおり,発明の詳細な説明には,金属層を透明にするため,これを,下部の有機層を保護することができる程度の十分な厚さを保ちつつ,できる限り薄くすることにより,所望の透明度を得た上,さらに,金属層を保護し,また,電気抵抗を減少させるため,金属層の上部に,許容される透明度を保持しつつ,できる限り厚いITO層(本願発明の「第2の導電性層」に相当する。)を付着する旨の記載はみられるものの,この層(「ITO層312」)がITO以外の透明導電性酸化物である場合に上記課題が解決されることについての記載ないし示唆は一切みられないから,発明の詳細な説明に,当業者において,本願発明の上記課題が解決されるものと認識することができる程度の記載ないし示唆があるとまで認めることはできない。
 この点に関し,原告は,本件記載①を挙げ,これが,「ITO層312」についても「いずれか適切な電導性酸化物又は電導性透明ポリマーにより置換され得る」旨をいうことを前提として,発明の詳細な説明に,「ITO層312」がITO以外の透明導電性酸化物である場合についての記載がある旨主張する。
 しかしながら,摘記1の記載は,図17に示された透明有機発光装置(TOLED)を構成する各部材について,「ガラス支持体302」及び「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」に始まり,その後は,図17に示されたとおり,下部のもの(層306)から順次説明するもの(ただし,電気コンタクト316を除く。)であり,また,「ITOフィルム」との表記及び摘記1の文脈にも照らせば,本件記載①の「ITOフィルム」の語は,摘記1の「装置300が,ITOフィルムの厚さに依存して,典型的には20Ω(オーム)/平方のシート抵抗率を有する透明な酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304により予備被覆されたガラス支持体302上に構築される。支持体302は…ITOが被覆され得るいずれか他の透明な硬質支持体…によっても供給されることを注意すること。…有機フィルムの付着の前,支持体302は,…清浄された」との記載にいう「ITOフィルム」,「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」,「ITO」及び「有機フィルム」(いずれも下線を付した部分),すなわち,「酸化インジウム錫(ITO)層フィルム304」(以下「ITO層フィルム304」という。)を指すものであって,「ITO層312」を指すものでないことが明らかであるから,原告の主張は,その前提を欠くものとして,失当である。」

「(5) ちなみに,原告は,「欧米の両庁における各審査手続においてサポート要件を充足するとされた内容と同一の内容の本願明細書につき,日本語であればサポート要件を充足しないということは考えられないし,日本語の微妙な読み方いかんによって同要件の適合性の有無が左右されるのは相当でない」と主張するが,外国語特許出願において,サポート要件の判断の対象となる明細書は,当該外国語特許出願に係る国際出願日における明細書の翻訳文である(平成14年法律第24号による改正前の特許法184条の6第2項)から,欧米の両庁における各審査に付された明細書と本願明細書とが同一の内容のものである旨をいう原告の上記主張は,両者がサポート要件の充足性の判断の対象たる明細書として完全に同一のものであるという趣旨であれば,その前提を誤るものとして失当であるといわざるを得ない。また,「日本語の微妙な読み方いかんによって同要件の適合性の有無が左右されるのは相当でない」との主張も,上記説示したところに照らせば,これを採用することができないというべきである。
 この点に関し,原告は,「発明の詳細な説明に記載された事実が何であるかを認定するための間接事実として,欧米の両庁における対応特許の付与状況を主張するものである」とも主張するのであるが,上記のとおり,欧米の両庁における各審査に付された明細書と本願明細書がサポート要件の充足性の判断の対象たる明細書として完全に同一のものということはできないから,仮に,本件出願に対応する欧米の特許出願に対して特許が付与されているとしても,そのことをもって,請求項1の記載がサポート要件を充足するものと認めることはできないとの前記判断を左右するものではない。
 さらに,原告は,「特許協力条約に基づく国際出願が主要国の国内官庁の手続に移行した場合,当該主要国の国内官庁における判断は,重要な参酌要素とすべきである」と主張するが,以上説示したところに照らせば,原告のこの点に関する主張も採用することができないことは明らかである。」

2009年7月5日日曜日

無効審判における冒認出願に関わる事実についての主張立証責任と審判手続き

1.事件の概要
平成21年6月29日判決言渡
平成20年(行ケ)第10428号審決取消請求事件

主文1:特許庁が無効2008-800005号事件について平成20年10
月14日にした審決を取り消す。

 原告は,平成20年1月15日,本件特許が,発明者でない者であってその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願(以下,同要件に係る出願を「冒認出願」という場合がある。)に対してされたものであり,特許法(以下,条文は特許法の条文を示す。)123条1項6号に該当することを理由として,無効審判(無効2008-800005号)を請求した。
 特許庁は,平成20年10月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月24日,原告に送達された。

 原告は、「審決は・・・冒認出願についての主張立証責任の判断の誤り(取消事由1),審決の結論に影響を及ぼす手続上の誤り(取消事由2),本件特許が冒認出願に対してされたものであるとすることはできないとの判断の誤り(取消事由3)があるから,違法として取り消されるべきである」と主張した。

2.裁判所の判断の要点
「当裁判所は,①冒認出願に関する主張立証責任の所在に関する判断に誤りがあること(取消事由1参照),②主張立証責任の所在に関する判断の誤りは,本件審理手続の過誤,及び審決の結論に影響する過誤であるといえること(取消事由2及び3参照)から,審決を取り消すべきものと判断する。」

冒認出願に係る事実の主張立証責任ないし主張立証の程度について
「特許法は・・・特許権を取得し得る者を発明者及びその承継人に限定している。このような,いわゆる「発明者主義」を採用する特許制度の下においては,特許出願に当たって,出願人は,この要件を満たしていることを,自ら主張立証する責めを負うものである。・・・」

「・・・冒認出願(123条1項6号)を理由として請求された特許無効審判において,「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任は,特許権者が負担すると解すべきである。
 もっとも,冒認出願(123条1項6号)を理由として請求された特許無効審判において,「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」についての主張立証責任を,特許権者が負担すると解したとしても,そのような解釈は,すべての事案において,特許権者において,発明の経緯等を個別的,具体的に主張立証しなければならないことを意味するものではない(むしろ,先に出願したという事実は,出願人が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者であるとの事実を推認する重要な間接事実である。)。
 特許権者の行うべき主張,立証の内容,程度は,冒認出願を疑わせる具体的な事情の内容及び無効審判請求人の主張立証活動の内容,程度がどのようなものかによって大きく左右される。仮に無効審判請求人が,冒認を疑わせる具体的な事情を何ら指摘することなく,かつ,その裏付け証拠を提出していないような場合は,特許権者が行う主張立証の程度は比較的簡易なもので足りる。これに対して,無効審判請求人が冒認を裏付ける事情を具体的詳細に指摘し,その裏付け証拠を提出するような場合は,特許権者において,これを凌ぐ主張立証をしない限り,主張立証責任が尽くされたと判断されることはないといえる。そして,冒認を疑わせる具体的な事情の内容は,発明の属する技術分野が先端的な技術分野か否か,発明が専門的な技術,知識,経験を有することを前提とするか否か,実施例の検証等に大規模な設備や長い時間を要する性質のものであるか否か,発明者とされている者が発明の属する技術分野についてどの程度の知見を有しているか,発明者と主張する者が複数存在する場合に,その間の具体的実情や相互関係がどのようなものであったか等,事案ごとの個別的な事情により異なるものと解される。」

取消事由1,3に関連した判断
「・・・本件審判においては,本件特許出願が発明者である被告によりされたことを,出願人であり特許権者である被告が主張立証しなければならない。そして,本件特許発明の内容,事案の経緯を踏まえ,本件審判における原告の主張(・・・),原告が提出した証拠に鑑みると,原告は,冒認を疑わせる事情を具体的に主張し,その主張に沿う証拠を提出していたものと認められる。
 ところが・・・被告は,「審判事件答弁書」及び「上申書」を提出したのみで,その他には,「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」について,具体的な主張立証活動を何ら行っていない。
 審決は,無効審判請求人である原告が提出した各証拠,及び原告が主張する無効にすべき理由によっては,本件特許が冒認出願に対してされたものであるとすることはできないと判断したが,上記の審理経緯及び証拠内容を総合すると,審決には,冒認出願に係る事実についての主張立証責任の所在の判断の誤り及び冒認出願か否かについての判断の誤りがある。

取消事由2,3に関連した判断
「178条1項は,「審決に対する訴え・・・は,東京高等裁判所の専属管轄とする。」と規定する。本来,審決は,行政処分の一類型であるから,行政事件訴訟法によれば,その管轄裁判所は地方裁判所になるのであるが,以下の2つの理由から,一審を省略して,東京高等裁判所に出訴すべきものとされた。すなわち,①特許庁での審判手続が,裁判に類似した準司法手続によって厳正に行われるべきことから,地方裁判所においてその適否を判断することによる適正さの要請よりも,事件を迅速に解決するとの要請を優先すべきであるとしたこと,②事件の内容が専門技術的であるため,特許関係の専門官庁において実施された審判手続を尊重してよいとしたことによるものである。このような理由も相まって,特許無効審判の審理についても,原則として口頭審理の方式によることと規定されている(145条1項)。」

「・・・本件審判手続において,①原告は,冒認を疑わせる事情を具体的に主張していた,②被告は,「審判事件答弁書」及び「上申書」を提出したのみで,その他には,「特許出願がその特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたこと」について,具体的な主張立証活動を何ら行っていなかった,③審判官は,書面審理の方式に変更した,④原告は,審判官に対し,口頭審理を開催し,主張立証責任の原則に則り,被告等の当事者本人尋問,証人尋問を行い,本件特許出願が冒認出願であることに関して真相究明を尽くすことなどを求めた,⑤しかし,審判体は,審理を終結して,本件審決をしたものである。
 本件審判手続は,上記のような経過であり,その具体的な争点の内容,性質に照らすと,口頭審理によるべきであるが,それにもかかわらず,職権で,冒認出願を理由とする無効審判の審理を口頭審理から書面審理に変更した点において,著しく公正を欠く審理であるというべきである。審判手続の進行や審理の方式については,審判体(審判長)に合理的な裁量があることを考慮してもなお,その裁量を逸脱しているものといえる。そして,このような手続上の瑕疵は,結論に影響を及ぼす誤りということができる。」

3.コメント
 冒認出願に係る事実の主張立証責任が審判被請求人(特許権者)側にあるとする判断は、知財高裁平成18年1月19日判決、平成17年(行ケ)第10193号に示されています(参考文献:松下正、「冒認出願における立証責任の判断」、知財管理 Vol.56, No.12, pp.1895-1904, (2006))。

2009年6月28日日曜日

食品組成物発明の新規性に関する審決判決の紹介 その2

1.事件の概要
異議2000-72817 平成13年10月26日発行

請求項1に係る発明:
「セサミンを内容組成物の1重量%以上添加したセサミン含有飲食物」

請求項8に係る発明:
「飲食物にセサミンを内容組成物の0.001重量%以上添加することを特徴とする、セサミン及び/又はエピセサミン含有飲食物の製造方法。」

明細書には、セサミンを所定量添加することにより、血中コレステロールおよび血中中性脂質を低下させる作用が奏される旨の記載がある。

2.異議理由の判断(異議申立人Aによる主張の判断)
<29条1項3号違反について>
「甲第1号証には、ゴマ種子中には平均53.1%のゴマ油が含まれていること、ゴマ油中には0.4~1.1%のセサミンが含まれていること、及び、ゴマ油を食用油として使用して各種飲食物を製造することが記載され、甲第2号証には、ゴマ種子から得られるゴマ油には、ゴマ種子原料の種類によっては、1%以上のセサミンを含むものもあることが記載されているが、これら刊行物には、ゴマ油からセサミンを単離し、これを添加して飲食物を製造すること、あるいはゴマ油からセサミン等のリグナン類化合物を主成分とする抽出物を得て、この抽出物を添加して飲食物を製造することについては何も記載されていない。
 この点について、異議申立人は、「甲第1、2号証から明らかなように、ゴマ種子から抽出したゴマ油にはセサミン含有量が1%以上のものもある。かかるゴマ油を飲食品に使用する態様は様々であって、その使用形態により結果としてセサミン含有量が1%以上になることは当然にあり得る。」と主張している。
 確かに、本件請求項1に係る発明は、「セサミンが天然物からの抽出物中に含有される形で添加される」態様を包含するものではあるが、技術用語として「抽出」を使用するとき、それは「液状または固状の混合物に溶剤を接触させて、混合物の中のある特定の物質を他の物質から分離する操作」(化学大辞典編集委員会編「化学大辞典 5」共立出版株式会社、‘抽出’の項参照)を意味するのであるから、ゴマ種子を圧搾して得られるゴマ油は、本件特許明細書で特定する「天然物からの抽出物」に該当しない。(異議申立書の「ゴマ種子から抽出したゴマ油」という記載は、技術的にみて正しい表現ではない。)
 即ち、本件請求項1に係る発明は、ゴマ油を直接添加してセサミン含有飲食物あるいは液体飲料とする態様を含むものではない。
 してみると、異議申立人の上記主張を採用することはできず、本件請求項1に係る発明は、甲第1又は2号証に記載された発明であるとすることはできない。」
<29条2項違反について>
「甲第1、2号証には、上記<29条1項3号違反について>の項で述べたとおりのことが記載されて、甲第3~6号証には、ゴマ油、粉末ゴマ、練りゴマ、あるいはいりゴマを使用して各種飲食物を製造することは記載されているが、これら刊行物には、ゴマ油からセサミンを単離し、これを添加して飲食物を製造すること、あるいはゴマ油からセサミン等のリグナン類化合物を主成分とする抽出物を得て、この抽出物を添加して飲食物を製造すること、及び該飲食物は血中コレステロール及び血中中性脂質を低下させる作用を有することについては何も記載されていない。
 この点についてさらに検討すると、ゴマ油中にセサミンが含まれていること、及びゴマ油を用いて飲食物を製造することが甲第1、2号証等に記載されているとしても、セサミンそれ自体の有する食品成分としての有利な作用・機能について甲第1~6号証に何も記載されていない以上、ゴマ油からセサミンを単離し、あるいはゴマ油からセサミン等のリグナン類化合物を主成分とする抽出物を得て、これらを飲食物に添加することは当業者が容易に想到し得ることではない。
 そして、本件請求項8に係る発明は、セサミンを内容組成物の0.001重量%以上添加することにより、血中コレステロール及び血中中性脂質を低下させる作用を有する飲食物が得られる等の特許明細書に記載されたとおりの効果を奏するものである。
 したがって、本件請求項8に係る発明は、甲第1~6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。」

3.異議理由の判断(異議申立人Bによる主張の判断)
「甲第1号証*には、ヒト又は動物に対して向精神反応を惹起させるのに効果的かつ無毒な量のセサミンと、薬学的に許容される担体とから本質的になり、投与形態が錠剤、糖衣錠、カプセル、アンプル、座薬又は無菌注射製剤である向精神用医薬組成物、及び該組成物は経口的に投与されることが記載されているが、セサミンを添加して飲食物を製造することについては何も記載されていない。
 異議申立人は、「甲第1号証に記載の向精神用医薬組成物と本件請求項1に係る発明の飲食物とは、一応表現上の差異が存在している。しかし、甲第1号証では、向精神用医薬組成物を経口的に投与しており、さらに実施例2では、トリオレイン5mlにセサミン14.3mgを溶解し、これをオレンジスライスに注入したものを用いている。一方、本件特許明細書をみると、本件発明で対象とするリグナン類化合物であるセサミンの薬理作用について、炎症性疾患、心臓欠管及び血栓症疾患、精神医学的疾患等の種々疾患の治療に利用できると記載され、これらの記載からは、本件発明が対象とする飲食物は通常の飲食物というよりは、経口投与用の医薬組成物ということができる。このように、両者の上記の差異は、単なる表現上の違いであり、両者は同一のものである。」との主旨の主張をしている。
 しかしながら、医薬(医薬組成物)は、人の病気の診断、治療、処置又は予防のために使用する物であるのに対して、飲食物は、人体の栄養を主目的として飲食する物であって、甲第1号証に記載の向精神用医薬組成物と本件請求項1に係る発明の飲食物とは、用途からみて明確に区別される物である。
・・・・
 以上のとおり、異議申立人の上記主張を検討するも、本件請求項1に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であるとすることはできない。」

注:*甲第1号証は、異議申立人A提出の甲第1号証とは異なる。

4.コメント
 「成分Aを1重量%以上(天然状態で)含有する飲食品組成物。」が公知である場合でも、「成分Aが1重量%以上(人為的に)添加された飲食品組成物。」が新規性を有すると判断される場合があることを示した審決として注目し、紹介した。
 本件の場合、請求項表現上は用途発明の形式で記載されていない。しかしながら、セサミンを所定量添加することにより、血中コレステロールおよび血中中性脂質を低下させる作用を有する飲食品組成物が提供される、という点が異議申立人提出の証拠に記載されていなかったことが、新規性の肯定につながったと考えられる。仮に、従来のゴマ油がこれらの作用を有することが公知であったとすれば、新規性も否定されたように思われる。

 異議申立人Bの主張に対する判断も面白い。この場合も同じく、仮に、単離されたセサミンを所定量含有する医薬品組成物が血中コレステロールおよび血中中性脂質を低下させる作用を有することが先行技術文献に記載されていたのだとすれば、新規性、進歩性は否定されたように思われる。

2009年6月21日日曜日

食品組成物発明の新規性に関する審決判決の紹介

1.問題点
 従来公知の成分を有効成分とする機能性食品に関する特許権の取得を目指す場合の請求項の記載形式は大きく分けて二通りある。

(1)用途を限定した請求項
「成分Aを含有する、血中コレステロール低下剤。」
のように、用途を特定する形式。
 この記載形式は、「成分Aを含有する食品組成物」が公知であった場合でも、用途が新規で従来技術から自明ではない場合には、新規性、進歩性が肯定される可能性がある、という点でメリットがある。
 ただし、「血中コレステロール低下」の効能を表示等しない食品は、上記請求項の権利範囲に入らないと考えられる。認可された特定保健用食品以外は、効能を表示したくても表示ができないのであるから、第三者が実施する、成分Aを含んだ食品組成物は、摂食により血中コレステロール低下が生じていたとしても、原則として権利範囲に入らないであろう。

(2)組成を限定し、用途を限定しない請求項
「成分Aを組成物全量に対して0.1重量%以上含有する、食品組成物。」
「成分Aと成分Bとを含有し、成分A:成分Bの重量比が10:1~1:10である、食品組成物。」
などのように、組成のみを限定し、用途は限定しない形式。
 この記載形式は、特許権の権利範囲が特定の用途に限定されないという点でメリットがある。
 ただし、対象発明と同一の組成を有する食品組成物が従来公知であれば、たとえ先行技術で意図されていた用途が対象発明とは異なっているとしても、新規性が否定されることとなる。

 上記(1)の記載形式の新規性の判断の基準は、医薬発明と実質的に同じであると考えられる。医薬発明については、特許実用新案審査基準などにも詳しく検討がされている。
 一方、上記(2)の記載形式により特定された発明の新規性の判断基準は、特許実用新案審査基準上は明確には記載されていない。
 そこで上記(2)の判断において参考になると思われる審決、判決例を挙げる。

 下記3の判決から、「食品組成物に用いる各成分を所望の比率で配合することは、通常の調理行為なのだから自明である」という結論にはならない、ということは少なくとも言ってよさそうである。ただし、下記2の審決から、従来技術との相違点が公知であるか、実質的に公知である場合には、新規性又は進歩性が否定されると考えられる。

2.無効審判において組成物の新規性、進歩性が否定された例(従来技術との相違点が実質的な相違でないとされた例)
無効2005-80124
平成18年5月26日

本件発明:
「ガゴメ昆布またはマ昆布由来のフコイダンを含有する食品又は飲料であって、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの重量の比が43%以上のフコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンを含有する穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料から選択される食品又は飲料であって、前記フコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンの含有により食感が改善されていることを特徴とする食品又は飲料。」

 本件発明は、「食感の改善」を期待して、所定のフコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンを配合することを特徴とする。ただし、請求項上は用途は特定されていない(機能は特定されているが)。

審決の要点
(1)特許法第29条第1項第3号違反について
「・・刊行物1には・・・フコイダンの市販試薬或いは精製品若しくは海藻の抽出物或いは精製物を、抗潰瘍剤として飲食品に添加して日常的に摂取することが記載されているから、「フコイダン市販精製品若しくは海藻の精製物を添加した飲食品」が記載されているといえる。
 本件発明と上記刊行物1に記載された発明(以下、「引用発明」という。)とを対比すると、後者の「フコイダンの市販精製品若しくは海藻の精製物」は、前者の「純化されたフコイダン」に相当するといえるから、
両者は、「純化されたフコイダンを含有する食品又は飲料」である点で一致しており、
前者が、
(1)フコイダンの由来について、ガゴメ昆布またはマ昆布と、
(2)飲食品について、穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料から選択される食品又は飲料と、
(3)飲食品の性質について、純化されたフコイダンの含有により食感が改善されていると、
夫々限定している点で、両者は一応相違している。」

「相違点(1)について
 引用発明は・・・フコイダンを抽出するための原料として褐藻類が挙げられているが、フコイダンを抽出するための原料として、褐藻類であるマ昆布を使用することは周知のこと・・・であり、ガゴメ昆布またはマ昆布を使用することにより、他の褐藻類を使用した場合と比べて効果上の差異を奏するものとも認められないから、この点は実質的な相違点ではない。」

「相違点(2)について
 引用発明は・・・胃癌に進行する胃粘膜の炎症を予防する薬剤として、フコイダンを任意の飲食品に添加して日常的に摂取するものであるが、癌転移を予防する薬剤を冷菓、パン、ゼリー等の固形状食品、牛乳、果汁等の液状食品に使用することは周知のこと・・・であり、飲食品を、穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料と特定することにより、他の飲食品と比べて効果上の差異を奏するものとも認められないから、この点は実質的な相違点ではない。 」

「相違点(3)について
 飲食品の成分が同じであれば、同じ性質を示すことは自明のことであり、引用発明は純化されたフコイダンを含有しているのだから、純化されたフコイダンにより食感が改善されていることは自明であり、この点も実質的な相違点ではない。」

「したがって、本件発明は、上記刊行物1に記載された発明である。」

(2)特許法第29条第2項違反について
「本件発明の、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの重量の比が43%以上のフコダイン抽出物を用いる態様と、引用発明とを対比すると、
両者は、フコイダンを含有する食品又は飲料である点で一致しており、
前者が、
(1)フコイダンの由来について、ガゴメ昆布またはマ昆布と、
(2)飲食品について、穀物加工品、油脂加工品、大豆加工品、食肉加工品、乳製品、野菜・果実加工品、菓子類、アルコール飲料、嗜好飲料から選択される食品又は飲料と、
(3)フコイダンについて、前者が、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの比が43%以上のフコイダン抽出物であり、これにより食感が改善されていると特定しているのに対して、後者が、純化されたフコイダンである点で、
両者は相違している。」

「相違点(1)乃至(2)について
 上記のとおり、これらの点は実質的な相違点ではない。」

「相違点(3)について
 褐藻類からの粘質抽出液がアルギン酸、フコイダンを含有することは周知のことであり、引用発明においても・・・褐藻類からフコイダンを抽出する際にアルギン酸を除去するものである。
 ここで、飲食品に天然物から抽出された成分を配合する際に、純化精製物は高コストであるため、飲食品の品質に問題のない範囲で、ある程度不純物を含んだ抽出物を配合することは当業者が通常行っているところである。そして、引用発明も・・・褐藻類の抽出物も精製物と同様に使用することができるものであるから、引用発明において、純化されたフコイダンに代えて、アルギン酸を不純物として含んだ完全には精製されていないフコイダン抽出物を使用することは、当業者が適宜なし得るところである。
 その際に、アルギン酸の含量は、フコイダンの薬理作用や、食味等食品の品質を考慮して当業者が適宜最適化するものであるから、アルギン酸及びフコイダンの重量の合計値に対するフコイダンの比を43%以上として、食感を改善することに、格別の困難性は認められず、それにより当業者の予期し得ない格別の効果を奏するものでもない。 」

「そして、本件発明の効果も、純化されたフコイダンを配合する引用発明と比較して、格別優れたものということはできない。
 被請求人は、平成17年9月5日付け意見書において、「刊行物1、2の発明でフコイダンを飲食品に添加する目的は医薬品を日常的に摂取できるようにするためにすぎず、本件特許発明のように飲食品の食感を改善するためではない、本件特許発明のようなフコイダンの使用方法は刊行物1、2には全く開示されていない。」旨主張しているので検討する。
 本件発明は、「食品又は飲料」自体に関する発明であって、「前記フコイダン抽出物もしくは純化されたフコイダンの含有により食感が改善されている」という発明特定事項は、「食品又は飲料」そのものの性質を特定したものにすぎないから、フコイダンの使用方法が相違するからといって、本件発明と引用例発明がこの点において相違するということはできず、被請求人の主張は採用できない。
 したがって、本件発明は、上記刊行物1乃至2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。」


3.特許権侵害訴訟において特許権の無効理由の有無が争われ、組成物の新規性、進歩性が肯定された例

特許権侵害差止等請求事件
東京地方裁判所平成18年(ワ)第29554号
平成20年3月27日判決

本件特許発明を分節すると、
「A 次の一般式(I):
(省略)
(式中,R1,R2,R3,R4,R5及びR6はそれぞれ独立に水素原子又は炭素数1~3のアルキル基であり,あるいはR1とR2,及び/又はR4とR5は一緒になってメチレン基もしくはエチレン基を表し,そしてn,m,及びlは0又は1を表す)で表されるジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体と,
B α-トコフェロールとを,
C 前記ジオキサビシクロ〔3.3.0〕オクタン誘導体1重量部に対して前記α-トコフェロールが0.1~20重量部となる量で含有する
D ことを特徴とする飲食物。」

裁判所の判断の要点(争われた無効理由が多岐にわたるので、一点のみを抽出した)

「a)乙7発明には,その成分として食用ごま油が配合されていることから,オクタン誘導体の一種であるセサミン及びセサモリンが存在することは,本件特許出願当時の当業者が技術常識として理解するところである(争いがない)。したがって,乙7発明は,構成要件Aにおいて本件特許発明と一致する。
b)乙7発明には,その成分として食用大豆油が配合されており,食用大豆油中には(具体的な含有量はともかくとして)α-トコフェロールが含まれていることは当事者間に争いがないから,乙7発明は,構成要件Bにおいて本件特許発明と一致する。
c)他方,乙第7号証の1・2には,「オクタン誘導体1重量部に対してα-トコフェロールが0.1~20重量部となる量で含有する」ことが記載されておらず,乙7発明は,構成要件Cにおいて本件特許発明と相違する(以下「相違点c3」という。)。
d)乙7発明は「飲食物」であるから,構成要件Dにおいて本件特許発明と一致する。

「相違点c3についての判断
a)被告らは,乙第7号証の1・2には,本件特許発明の構成要件Cが明示的には記載されていないにもかかわらず,乙7発明が構成要件Cにおいて本件特許発明と一致する(すなわち,相違点c3は相違点ではない)と主張するために,「ごま油中のオクタン誘導体の含有量は0.3~1.4重量%である」という前提に立って,乙7発明における食用ごま油の量からオクタン誘導体の含有量を計算している。
b)しかしながら・・・本件において,「ごま油中のオクタン誘導体の含有量は0.3~1.4重量%である」という事実が客観的に立証されているということはできないし,もちろん,本件特許出願当時において当該事実が当業者における技術常識であったということもできない。むしろ,ごま油中のオクタン誘導体の含有量は(一定の幅をもった数値としても)特定することはできない。
 また,乙第7号証の2においては,「食用ごま油」との記載があるだけで,いかなる種類のごま油を使用したのかも不明である(乙7発明の内容が天ぷら油であることから,せいぜい精製度の低いごま原油が使用された蓋然性は低いということができるにとどまる。)。
 ところで,乙第19号証においては,ごま油加熱時の抗酸化性物質の変化の実験に用いられた竹本油脂製造の焙煎ごま油には,加熱前にセサミンが9.0mg/ml,セサモリンが4.0mg/ml含有されていたことが示されている。しかしながら,上記焙煎ごま油と乙7発明に成分として配合されている食用ごま油とがオクタン誘導体の含有量において同等であることについては,何らの証拠も存在しない。
 結局,乙7発明に成分として配合された食用ごま油中のオクタン誘導体の含有量については,これを特定することができない。
・・・・
d)以上によれば,「ごま油中のオクタン誘導体の含有量は0.3~1.4重量%である」ことが本件特許出願当時における当業者の技術常識であることは立証されておらず,むしろ,乙7発明に成分として配合されている食用ごま油中のオクタン誘導体の含有量を特定することができないことから,相違点c3が相違点ではないとする被告らの主張は,その前提において失当であり,成り立たない。
・・・
 本件特許発明は・・・乙7発明によって本件特許出願前に公然実施をされた発明であるということはできない。」

2009年6月7日日曜日

請求項中の「平均粒子径」という記載が明確性要件違反とされた事例 平成20年(ネ)第10013号

1.概要
知的財産高等裁判所平成20年(ネ)第10013号
平成21年3月18日第1部判決

控訴人が有する本件特許の請求項1:
「セラミックス遠赤外線放射材料の粉末と,全体に対し自然放射性元素の酸化トリウムの含有量として換算して0.3以上2.0重量%以下に調整したモナザイトの粉末とを共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物を,焼成し,複合化してなることを特徴とする遠赤外線放射体。」

本件特許の明細書段落0035には次の記載がある:
「・・・そのため、特に、遠赤外線放射材料と放射線源材料はできるだけ細かな粒子の微粉末とすることが好ましく、一般に、10μm以下の平均粒子径とすることが好ましい。より好ましいのは、0.5~1μm程度の平均粒子径である。そして、それらの粒度が細かい程、自然放射性元素の放射性崩壊によるエネルギ線をより効果的に遠赤外線放射材料に吸収させることができる。」

しかしながら実施例を含む明細書中には平均粒子径の測定定義、測定法について記載されていない。

原判決(大阪地裁)
 本件明細書の特許請求の範囲の記載中「共に10μm以下の平均粒子径としてなる混合物」との記載は,それが具体的にどのような平均粒子径を有する粒子からなる混合物を指すかが不明であるというほかないから,特許法36条6項2号の明確性要件を満たしておらず,同法123条1項4号の無効理由を有する。

控訴審(知財高裁)においても、原判決の判断は支持された。

2.裁判所の判断の要点
「しかし,本件特許の特許請求の範囲において,「10μm以下の平均粒子径」との文言で記載され,発明の詳細な説明・・・において・・・具体的にその技術的意義が説明されているものを,できるだけ細かいものであればよいという見地から,当然に,単なる境界値として特定しているにすぎないということはできない。また,「10μm以下の平均粒子径」という場合の「粒子径」については,技術的に見て,粒子をふるいの通過の可否等の見地から二次元的に捉えたり,体積等の見地から三次元的に捉えるなど様々な見地があり得る中で,本件明細書・・・を精査しても,「粒子径」をどのように捉えるのかという見地からの記載はなく,平均粒子径の定義(算出方法)や採用されるべき測定方法の記載も存しない。これを踏まえると,本件発明の「10μm以下の平均粒子径」の「径」を,本件明細書の段落【0035】等の記載に照らして当然に,ふるい径等の幾何学的径や投影面積円相当径等ではなく体積相当径という意味であるということは困難である・・・」

「・・・JIS Z 8901・・・を根拠として,「平均粒子径」の意義が,レーザ光による光散乱法による球相当径による測定に一義的に特定されるということはできないし,また,・・・セラミックス業界における技術の普及度に照らし,「10μm以下の平均粒子径」との表現が,測定装置あるいは測定方法まで特定する必要のないものであったということもできない。さらに,・・・本件発明の「10μm以下の平均粒子径」という文言は,できるだけ細かいものであればよいという見地からの単なる境界値ということはできず,あくまで,具体的な技術的意義を有する発明特定事項というべきである。そうすると,このような「10μm以下の平均粒子径」との文言について,「10μm」という数値自体ではなく,「10μm以下の平均粒子径」という文言が明確であるかどうかを検討するに当たり,この文言の意義が,どのような測定装置を使用しても「平均粒子径」が10μm以下であるかが確認できればよいという意味であると解して明確性の要件を満たすとすることは,当業者に過度の試行錯誤を課するものであって発明特定事項の開示として相当でなく,また,「平均粒子径」について明確性の要件の充足は要しないというに等しいものというほかない。」

「・・・本件特許の出願(平成8年2月)当時において,当業者は,レーザ回折・散乱法以外にも,沈降法等の様々な方法による測定装置によりセラミックスの粒子径を測定していたと認められるものであって,沈降法が実用性を失った状態にあったとは認められず,仮にレーザ回折・散乱法が多く用いられつつある状況にあったとしても,当業者全体の間において見たとき,レーザ回析・散乱法による測定装置で計測することが既に主流になっていたとか,一般化していたということもできないというべきであって,当業者の間に,既にレーザ回折・散乱法による測定装置で計測することが自明であるという技術常識が存在していたということはできない。
 そして・・・本件明細書・・・に,「平均粒子径」の意義を特定することができる手掛かりとなる記載が存するとは認められないから,本件明細書・・・に接した当業者は,本件発明の「平均粒子径10μm以下」という文言について,その意義を理解することができず,本件特許は,特許法にいう明確性の要件を満たしていないというほかない。」

3.コメント請求項中に物性値を記載する場合には、物性値の定義、または少なくとも測定方法を明細書中で明確にすることが重要です。