知財高裁令和8年2月10日判決
令和7年(行ケ)第10073号 審決取消請求事件
本件は、特許権者である原告が、特許を無効とした審決の取消しを求めた審決取消訴訟において、無効審決に違法性はないと判断し、原告の請求を棄却した知財高裁判決である。争点は、進歩性に関する判断の誤りである。
本件訂正発明1は、リパスジルという既知の化合物を含有する医薬製剤において、化合物を安定化するための特定の一次包装体を備えることに特徴のある医薬製剤に関する。
一次包装体の特徴に関する相違点2の容易想到性が争われたが、知財高裁は相違点2は容易に想到できたものであるとして無効審決を維持した。
2.本件訂正発明1
「リパスジル若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する水性組成物が、一次包装体に収容されてなり、
水性組成物中のリパスジル若しくはその塩又はそれらの溶媒和物の含有量が、水性組成物全容量に対して、フリー体換算で0.05~5w/v%であり、
前記一次包装体の内表面の総面積に対し50%以上の部分が、波長300~335nmの光線の透過率の平均値が10%以下となるように当該光線を遮断するものであり、
前記平均値は、波長300~335nmの範囲内において0.5nm毎に空気中での包装体の光透過率を分光光度計で測定した後にその平均値を算出することにより測定される値である、医薬製剤。」
3.引用発明甲2発明1との一致点および相違点
本件優先日前に頒布された刊行物である甲2に記載の甲2発明1との一致点、相違点は以下の通り。
(一致点)
リパスジル若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を含有する組成物。
(相違点1)
本件訂正発明1は、組成物が「水性組成物」であるのに対し、甲2発明1では、対応する事項が特定されていない点。
(相違点2)
本件訂正発明1は、組成物が、「一次包装体に収容されてなり、前記一次包装体の内表面の総面積に対し50%以上の部分が、波長300~335nmの光線の透過率の平均値が10%以下となるように当該光線を遮断するものであり、前記平均値は、波長300~335nmの範囲内において0.5nm毎に空気中での包装体の光透過率を分光光度計で測定した後にその平均値を算出することにより測定される値である、医薬製剤」であるのに対し、甲2発明1では、対応する事項が特定されていない点。
4.裁判所の判断のポイント
相違点2についての裁判所の判断は以下の通り。
「ア リパスジルは、抗緑内障薬という点眼薬としての使用が予定されていた化学物質であるところ(甲2)、リパスジルを有効成分とする点眼薬という製剤として薬事承認を受けるためには、その製剤が曝光の影響を受けないことを実証できるまで、容器の変更と安定性試験を繰り返し行う必要があるから(甲7~9)、当業者には、リパスジルが曝光の影響を受けないことを実証できる点眼剤用容器を選択しようとする動機付けがあると認められる。
ここで、甲12には、「点眼薬の安定性の確保は、原則として処方設計を中心に行われるべきであるが、特に、光による影響に対しては「遮光」により安定性を維持することも必要である。薬物がどの波長に特に不安定かにより、適切な遮光波長特性をもつ点眼瓶や遮光袋の選択がなされることになる。」と記載されている。
原告はこの記載を根拠として、遮光による安定性確保は、「光による影響」すなわち曝光による安定性低下が処方設計により十分に解決できなかった場合に採用される手段であり、当業者としては、処方設計により安定性を確保しようとするほうがはるかに自然であるから、甲2に接した当業者に、リパスジルが曝光の影響を受けないことを実証できる点眼剤用容器を選択しようとする動機付けはないと主張する。
しかし、甲12の上記記載自体からは光安定性について処方設計と遮光との間に優先順位があることはうかがわれず、光安定性に関して処方設計による確保が遮光による安定性確保よりも優先されるとする技術的根拠も示されていない。このことに加え、製剤の光安定性試験結果の判定において、容器包装での対応と処方設計での対応に優先順位は設けられてはい
ないこと(甲7・別添1)などからすると、遮光による安定性確保が処方設計により解決できなかった場合に採用される手段ということはできず、甲2に接した当業者が、リパスジルが曝光の影響を受けないことを実証できる点眼剤用容器を選択しようとする動機付けがないということはできない。
イ 原告は、新有効成分含有医薬品の製造承認申請における安定性試験で分解生成物が1.0%以上存在する場合には構造決定や安全性確認が必要になることがあるものであるところ、甲77図Aのとおり、波長300~335nmの光線の透過率の平均値10%近傍で類縁物質量が大きく変わり、平均値が10%以下であるときに類縁物質量が1.0%未満になることから、「波長300~335nmの光線の透過率の平均値が10%以下」という数値限定には臨界的意義があると主張する。
しかし、原告が指摘する甲77図Aを見ると、類縁物質の生成量が上記 波長の光線の透過率(以下「光透過率」ともいう。)の平均値におおむね正比例的に増加することは理解されるが、光透過率の平均値が10%の前後で類縁物質量の増加に顕著な差があるとは認められないから、上記の図は、リパスジルを含有する水性組成物を収容する容器の光透過率の平均値を
低減させるほど類縁物質の生成を抑制できることを示しているものにすぎず、原告が主張する数値限定に臨界的意義があるとはいえない。
そして、新有効成分含有医薬品の製造承認申請における安定性試験で分解生成物が1.0%以上存在する場合には構造決定や安全性確認が必要になることがあるのであれば、当業者は、生成する分解生成物の量等の点も考慮して、好適な容器を選択するための通常の安定性試験を行って、「波長300~335nmの光線の透過率の平均値が10%以下」という数値を適宜設定することができるというべきである。
ウ さらに、証拠(甲12、13、15、19、32、46、47)によると、本件優先日当時、点眼剤容器として、ポリエチレン又はポリプロピレンを材質とする容器や、これに更にラベルやシュリンクフィルムを有する容器は、当業者が容易に入手可能なものとして流通しており、紫外線吸収剤を配合した容器や遮光袋などの遮光手段を設けた容器は、本件優先日当時において当業者に周知の技術的事項であったと認められる(なお、この認定は甲14を根拠とするものではなく、本件訂正発明1を上位概念化して認定したものでもない。)。
エ 以上によると、当業者は、甲2発明1において、リパスジルを有効成分とする点眼薬に用いる容器の材質として種々の材質を検討し、許容できる類縁物質の量に応じて光透過率を適宜設定し、それに適した容器や包装を設計することにより、相違点2に係る本件訂正発明1の構成に容易に到達し得たと認められる。」