2025年4月29日火曜日

美容手術に用いる組成物に関する特許権に基づく侵害訴訟の知財高裁大合議判決

知財高裁令和7年3月19日判決

令和5年(ネ)第10040号 損害賠償請求控訴事件

(原審・東京地方裁判所令和4年(ワ)第5905号


1.概要
 本件は特許権者である控訴人が請求した特許権侵害訴訟の知財高裁の大合議判決である。
 本件発明は、下記の通り、自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤の3つの成分を含む「豊胸用組成物」に関する発明である。
 被控訴人(第一審被告)は、豊胸手術等の美容医療サービスを提供していた医師である。

 主な争点
 争点12:被控訴人が豊胸手術を行う際に3成分を含む本件特許の組成物を生産したか?
 争点1-3:(3成分を同時に混合していないとしても)3成分を別々に被施術者に投与して体内で混ざり合うことも特許発明の組成物の「生産」に該当するか?
 争点2-1:本件発明に係る特許は、実質的には「豊胸手術のための方法の発明」であり産業上の利用可能性の要件に違反するか?
 争点3-2:本件特許権の効力が、調剤行為の免責規定(特許法69条3項)により、被控訴人の行為に及ばないといえるか?

 東京地裁判決は被告は手術に際し3成分を「同時に含む薬剤」を調合して製造していたとは認められず、被告(被請求人)による特許権侵害はないと判断した。

 知財高裁は上記各争点について以下のように判断して、被請求人による特許権侵害を認め地裁判決を取り消した。
 争点12:被控訴人は3成分を含む本件特許の組成物を生産した。
 争点1-3:判断せず(興味深い論点であったため、判断されなかったことは少し残念)
 争点2-1:本件発明に係る特許は「物の発明」であり産業上の利用可能性の要件には違反しない。
 争点3-2:「病気」の治療に用いる医薬の発明ではないため調剤行為の免責規定は適用されない。

2. 本件発明
本件特許権の特許請求の範囲の請求項1、請求項4の記載は、以下のとおりである(以下、請求項4に記載された発明を「本件発明」という)
ア 請求項1
 自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤を含有してなることを特徴とする皮下組織増加促進用組成物。
イ 請求項4
 豊胸のために使用する請求項1~3のいずれかに記載の皮下組織増加促進用組成物からなることを特徴とする豊胸用組成物。

3.争点
3.1.争点1 構成要件充足性に関する争点
 争点1-2
 被控訴人が、本件手術に用いる薬剤として、被施術者に投与する前に、血漿、トラフェルミン(=塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF))及びイントラリポス(=脂肪乳剤)という三成分を混合した一の薬剤 (組成物)を製造したか?

 争点1-3
 被控訴人は、本件手術の態様として、血漿及びトラフェルミン(=塩基性線維芽細胞増殖因子)を含む「A剤」と、イントラリポス(=脂肪乳剤)を含む「B剤」とを別々に被施術者に投与していたと主張する。仮に本件手術がこのような態様であったと認められるとしても、被施術者の体内で「A剤」と「B剤」とが混ざり合うから、③被控訴人が「A剤」と「B剤」とを別々に被施術者に投与することが、本件発明に係る組成物の「生産」に当たるか?

3.2.争点2 特許有効性に関する争点
 争点2-1
 本件発明に係る特許は、産業上の利用可能性の要件(法29条1項柱書き)に違反した無効理由があるか?
 本件発明は「豊胸用組成物」という「物の発明」として特許されている。しかし、被控訴人は、当該組成物について、その製造のために被施術者の体内(人体)から血液を採取する必要がある上、これをそのまま被施術者の皮下(人体)に投与することが前提となっているから、本件発明は、「物の発明」の形でありながら、実質的には「豊胸手術のための方法の発明」であり、現に、被控訴人が行う医療行為である本件手術が実質的に特許権行使の対象になっていると主張した。

3.3.争点3 特許権の効力が及ばない範囲に関する争点
 争点3-2
 本件特許権の効力が、調剤行為の免責規定(法69条3項)により、被控訴人の行為に及ばないといえるか?
 参考:特許法第69条第3項
 「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない。」

4.裁判所の判断のポイント
4.1.争点1-2(被請求人は3成分を含む組成物を生産したか?)についての判断
「被控訴人は、被施術者から採取した血液から血漿を製造し、これにフィブラストスプレー、イントラリポスを含む、薬剤ノートに記載された各成分を全て混合させた薬剤を製造したと合理的に推認できるところ、被控訴人による主張等を考慮しても、同推認を覆すには至らない。
 したがって、被控訴人は、モニターとして募集していた者を対象としていた期間及び一般募集をした者を対象としていた期間を通じて、上記三成分を含む組成物を製造したと認められるところ、同組成物は、豊胸手術である本件手術に用いるために製造されたものであるから、被控訴人は、本件発明の技術的範囲に属する組成物を生産したと認められる。」

4.2.争点1-3(被施術者の体内で3成分が混じり合うことで組成物を「生産」したと言えるか?)についての判断
 判断は示されなかった(争点1-2の判断で足りるため)

4.3.争点2-1(医療行為に該当し無効か?)についての判断
「(2) 法29条1項柱書きは、「産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。」とするのみで、本件発明のような豊胸のために使用する組成物を含め、人体に投与する物につき、 特許の対象から除外する旨を明示的に規定してはいない。
 また、昭和50年法律第46号による改正前の法は、「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下同じ。)又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明」を、特許を受けることができない発明としていたが(同改正前の法32条2号)、同改正においてこの規定は削除され、人体に投与することが予定されている医薬の発明であっても特許を受け得ることが明確にされたというべきである。

 したがって、人体に投与することが予定されていることをもっては、当該「物の発明」が実質的に医療行為を対象とした「方法の発明」であって、「産業上利用することができる発明」に当たらないと解釈することは困難である。

(3) 次に、本件発明の「自己由来の血漿」は、被施術者から採血をして得て、最終的には被施術者に投与することが予定されているが、人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造する行為は、必ずしも医師によって行われるものとは限らず、採血、組成物の製造及び被施術者への投与が、常に一連一体とみるべき不可分な行為であるとはいえない。むしろ、再生医療や遺伝子治療等の先端医療技術が飛躍的に進歩しつつある近年の状況も踏まえると、人間から採取したものを原材料として医薬品等を製造するなどの技術の発展には、医師のみならず、製薬産業その他の産業における研究開発が寄与するところが大きく、人の生命・健康の維持、回復に利用され得るものでもあるから、技術の発展を促進するために特許による保護を認める必要性が認められる。

 そうすると、人間から採取したものを原材料として、最終的にそれがその人間の体内に戻されることが予定されている物の発明について、そのことをもって、これを実質的に「方法の発明」に当たるとか、一連の行為としてみると医療行為であるから「産業上利用することができる発明」に当たらないなどということはできない。

(4) 以上によると、本件発明が「産業上利用することができる発明」に当たらないとする被控訴人の主張を採用することはできず、本件発明に係る特許は、法29条1項柱書きの規定に違反してされたものということはできない。したがって、同無効理由の存在により本件特許権を行使することができないとする被控訴人の抗弁には理由がない。」


4.4.争点3-2(調剤行為の免責規定(法69条3項)に該当するか?)についての判断
「(1) 被控訴人は、本件特許権の効力は、法69条3項の規定により、被控訴人の行為に及ばないと主張する。

(2) 法69条3項は、「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明」を対象とするところ、本件発明に係る組成物は、特許請求の範囲の記載からも明らかなとおり「豊胸のために使用する」ものであって、その豊胸の目的は、本件明細書等の段落【0003】に「女性にとって、容姿の美容の目的で、豊かな乳房を保つことの要望が大きく、そのための豊胸手術は、古くから種々行われてきた。」と記載されているように、主として審美にあるとされている。このような本件明細書等の記載のほか、現在の社会通念に照らしてみても、本件発明に係る組成物は、人の病気の診断、治療、処置又は予防のいずれかを目的とする物と認めることはできない。

(3) これに対し、被控訴人は、本件発明は美容医療に関するところ、美容医療は、身体的特徴の再建、修復又は形成による心身の健康や自尊心の改善に寄与する分野であり、治療並びに身体の構造又は機能に影響を及ぼすものであるとして、本件発明が法69条3項の「二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬についての発明」に当たると主張する。

 しかし、一般に「病気」とは、「生物の全身または一部分に生理状態の異常を来し、正常の機能が営めず、また諸種の苦痛を訴える現象」(甲25:広辞苑(第7版))、「生体がその形態や生理・精神機能に障害を起こし、苦痛や不快感を伴い、健康な日常生活を営めない状態」(甲26:大辞泉(第1版・増補・新装版))という意味を有する語であって、上記のとおり主として審美を目的とする豊胸手術を要する状態を、そのような一般的な意味における「病気」ということは困難であるし、豊胸用組成物を「人の病気の…治療、処置又は予防のため使用する物」ということも困難である。

 また、法69条3項は、昭和50年法律第46号による法改正により、特許を受けることができないとされていた「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下同じ)又は二以上の医薬を混合して一の医薬を製造する方法の発明」に関する規定(同改正前の法32条2号)が削除されたことに伴い創設された規定であるところ、その趣旨は、そのような「医薬」の調剤は、医師が、多数の種類の医薬の中から人の病気の治療等のために最も適切な薬効を期待できる医薬を選択し、処方せんを介して薬剤師等に指示して行われるものであり、医療行為の円滑な実施という公益の実現という観点から、当該医師の選択が特許権により妨げられないよう図ることにあると解される。しかるところ、少なくとも本件発明に係る豊胸手術に用いる薬剤の選択については、このような公益を直ちに認めることはできず、上記のとおり一般的な「病気」の語義を離れて、特許権の行使から特にこれを保護すべき実質的理由は見当たらないというべきである。

(4) したがって、本件発明は、「二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明」には当たらないから、被控訴人の行為が「処方せんにより調剤する行為」に当たるかについて検討するまでもなく、法69条3項の規定により本件特許権の効力が及ばないとする被控訴人の抗弁には理由がない。」