2024年8月4日日曜日

パラメーター発明の進歩性が争われた事例

知財高裁令和6624日判決
令和5(行ケ)10053特許取消決定取消請求事件
 
1.概要
 本事例は、原告が有する本件特許にされた特許異議申立の、本件特許を取り消す決定(本件決定)に対し、その取り消しを求めた特許取消決定取消請求事件の知財高裁判決である。
 本件発明は「露光用ペリクル膜」についてのパラメーター発明特許であり、本件発明1に定義された「RB0.40以上」を特徴として含む(詳細は下記2参照)。
 異議申立では、引用文献1に記載のCNT(カーボンナノチューブ)ペリクル膜に対する進歩性等が争われた。引用文献1では「RB0.40以上」を満たすか否かについて記載はないことが「相違点1A」とされた。
 本件決定では、RB0.40以上という特徴は、露光用ペリクル膜のバンドルが面内配向をしていることを特定しているものであるところ、引用発明1の「CNT」のバンドルも「複雑なネットワークを平面内に位置し」、面内配向をしているから、「相違点1Aは実質的なものではない」とされ、本件発明1は引用発明1から進歩性なし、とされた。
 これに対して、知財高裁は、「引用発明1CNTバンドルが面内配向の特性を有しているからといって、RB 0.4以上事項を当然に満たすと判断することはできない」として、本件決定を取り消した。
 
2.本件発明1(請求項1)(下線は強調のため付加したもの)
1A 支持枠の開口部に張設される露光用ペリクル膜であって、前記ペリクル膜は、厚さが200nm以下であり、前記ペリクル膜は、カーボンナノチューブシートの自立膜であり、
1B 前記カーボンナノチューブシートは複数のカーボンナノチューブから形成されるバンドルを備え、前記バンドルは径が100nm以下であり、
1C 前記カーボンナノチューブシート中で前記バンドルが面内配向しており、
1D 下記条件式(1)を満たし、
1G 前記カーボンナノチューブシートは、面内配向した前記バンドル同士が絡み合った網目構造を有し、
1H 前記カーボンナノチューブの径が0.8nm以上6nm以下である、
1I 露光用ペリクル膜。
(1)カーボンナノチューブシートの断面の制限視野電子線回折像において、前記カーボンナノチューブのバンドルの三角格子に由来する前記カーボンナノチューブシートの膜厚方向の、回折強度のピークとなる逆格子ベクトルにおける回折強度と、前記カーボンナノチューブシートの膜厚方向の前記ピークと重ならず、ベースラインとなる逆格子ベクトルにおける回折強度との差を、前記膜厚方向の前記ベースラインとなる逆格子ベクトルにおける前記カーボンナノチューブシートの面内方向の回折強度と、前記膜厚方向の回折強度のピークとなる逆格子ベクトルにおける前記カーボンナノチューブシートの面内方向の回折強度との差で除した比 RB0.40以上である。
 
3.本件明細書に記載された事項
 判決によれば、本件明細書(20)には、本件発明について次のような開示があることが認められる。
ア 本発明は、半導体デバイス等をリソグラフィ技術により製造する際に使用するフォトマスク又はレチクル及び、塵埃が付着することを防ぐフォトマスク用防塵カバーであるペリクル等、特に、極端紫外光(Extreme Ultraviolet:EUV)リソグラフィ用の極薄膜であるペリクル膜、ペリクル枠体、ペリクル、及びその製造方法、並びにこれらを用いた露光原版、半導体装置の製造方法に関する(0001)
エ 従来、ペリクル膜の膜強度を得るために密度を高めると高い透過率が得られないこと、カーボンナノチューブは製造過程で含まれる金属などの不純物が多く透過率が悪くなることが指摘されていた(0008)
オ そこで、本件発明は、請求項記載の構成を採用した(0013~0 015】、【0017~0019】、【0021】、【0023】、【0024】、【0026~0034)
カ 本件発明によれば、EUV透過性が高く耐熱性に優れたペリクル膜、ペリクル枠体、ペリクルを提供することができる。また、これらを用いた露光原版をもって、EUV光等によって微細化されたパターンを形成でき、異物による解像不良が低減されたパターン露光を行うことできる露光原版及び半導体装置の製造方法を提供することができる(0040)
キ RBの値が、0.40以上では面内配向しており、0.40未満では面内配向していないことを表す。RBの値は、0.40以上であることが好ましく、0.6以上がより好ましい(0104)
 
4.特許取消決定における判断
「本件発明1について
ア 本件発明1と引用発明1の一致点及び相違点について
[一致点]
「支持枠の開口部に張設される露光用ペリクル膜であって、
前記ペリクル膜は、カーボンナノチューブシートの自立膜であり、
前記カーボンナノチューブの径が0.8nm以上6nm以下である、
露光用ペリクル膜。」
[相違点1A]
 カーボンナノチューブシートについて、本件発明1は「前記ペリクル膜は、厚さが200nm以下であり、」「前記カーボンナノチューブシートは複数のカーボンナノチューブから形成される バンドルを備え、前記バンドルは径が100nm以下であり、前記カーボンナノチューブシート中で前記バンドルが面内配向しており、下記条件式(1)を満たし、前記バンドル同士が絡み合った網目構造を有し」「(1)カーボンナノチューブシートの断面の制限視野電子線回折像において、前記カーボンナノチューブのバンドルの三角格子に由来する前記カーボンナノチューブシートの膜厚方向の、回折強度のピークとなる逆格子ベクトルにおける回折強度と、前記カーボンナノチューブシートの膜厚方向の前記ピークと重ならず、ベースラインとなる逆格子ベクトルにおける回折強度との差を、前記膜厚方向の前記ベースラインとなる逆格子ベクトルにおける前記カーボンナノチューブシートの面内方向の回折強度と、前記膜厚方向の回折強度のピークとなる逆格子ベクトルにおける前記カーボンナノチューブシートの面内方向の回折強度との差で除した比 RB0.40以上である」のに対し、引用発明1は、そのような構成か明らかでない点。
イ 相違点1Aが実質的なものであるかについて
 相違点1Aは実質的なものではない。
 RB 0.40以上事項は、露光用ペリクル膜のバンドルが面内配向をしていることを特定しているものであるところ、引用発明1の「CNT」のバンドルも「複雑なネットワークを平面内に位置し」、面内配向をしている。
 
5.裁判所の判断のポイント
3) RB 0.4以上事項の有無は実質的相違点か
ア 本件決定が認定した本件発明1と引用発明1の相違点1A(別紙3「本 件決定の理由」1(2)アの[相違点1A])の中には「引用発明1ではRB 0.4以上事項の構成が明らかでない」点が含まれているところ、本件決定は、このRB 0.4以上事項の有無に係る相違点は実質的な相違点ではないと判断した。
イ しかし、引用文献1には、RBの数値を特定する記載は一切なく、その示唆もない。また、CNT膜の面内配向性をRBによって特定すること自体も、引用文献1その他の出願時の文献に記載されていたと認めることはできず、技術常識であったということもできない。
ウ 本件決定の上記アの判断は、RBの値が、0.40以上では面内配向しており、0.40未満では面内配向していないことを表す旨の本件明細書等の記載(0104)から、本件発明1RB 0.4以上事項が、CNTのバンドルが面内配向していることを特定するものであり、引用発明1は 面内配向しているものを想定しているから、RB 0.4以上事項を満たすことになるとの理解に基づくものと解される。
 しかし、本件発明1の特許請求の範囲に照らすと、CNTバンドルが面内配向しているという定性的構成(構成1C)と、RB0.4以上事項というパラメータによる定量的構成(構成1D)は独立の構成となっており、本件明細書の【0104】等の記載を踏まえても、引用発明1CNTバンドルが面内配向の特性を有しているからといって、RB 0.4以上事項を当然に満たすと判断することはできない。
エ 被告は、通常の発想のもとで、通常の性状のSWCNT及び通常用いられるプロセスで製造された薄膜自立無秩序SWCNTシートであれば、膜厚、バンドル径及び自立性のいずれの観点においても、本件明細書等における比較例1よりは実施例1に相当程度似通っているといえる上、比較例1RBの値(0.353)RB 0.4以上事項の下限である0.4に相当程度近いこと等を考慮すれば、比較例1よりも実施例1に相当程度似通っている薄膜自立無秩序SWCNTシートであれば、RB 0.4以上事項を満たしている旨主張する。
 しかし、被告の主張する「通常の発想のもとで、通常の性状のSWCNT及び通常用いられるプロセスで製造された」との薄膜自立無秩序SWCNTシートの製造方法や、当該薄膜自立無秩序SWCNTシートの「膜厚、バンドル径及び自立性」について具体的に特定する主張立証はされておらず、したがって、「比較例1よりも実施例1に相当程度似通っている薄膜自立無秩序SWCNTシート」の内容も明らかではないというよりほかない。
 かえって、原告ら提出に係る甲40によれば、原告らが引用文献2記載の方法で作製したCNT自立膜(サンプル12)ではそれぞれRB-0.38-0.26であったのに対し、本件発明の完成当時に製造されたCNT自立膜では1.04だったのであり、薄膜自立無秩序SWCNTシートであれば、RB 0.4以上事項を満たしているともいえない。
・・・・
(4) 以上のとおりであって、本件決定には、RB 0.4以上事項を含む相違点1Aが実質的なものであることを看過し、引用発明1に基づき本件発明13~5が新規性を欠くとした誤りがあり、取消事由1は理由がある。」