2024年6月23日日曜日

先行技術と一部が重複する数値範囲の新規性進歩性が争点となった事例

知財高裁令和6514日判決言渡

令和5(行ケ)10098 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は、原告が請求した被告が有する特許権に対する無効審判の審決(新規性、進歩性、サポート要件を肯定)の取消を求めて原告が請求した審決取消訴訟の知財高裁判決である。

 本件発明1は、衣料用洗浄剤組成物に関する発明であり、「(C)成分:下記式(c1)で表される化合物を含むアミノカルボン酸型キレート剤0.02~1.5質量%」を含むことを特徴とする。

 先行技術文献である甲第1号証に記載の衣料用洗浄剤組成物に関する発明(甲1発明)では、当該(C)成分に相当する「MGDA(Trilon(R) M)」を「0.1~5wt%」の量で含むものであった(相違点1)。

 要するに、本件発明1「0.02  ~  1.5質量%

      甲1発明     「0.1    ~    5wt%

であり、甲1発明の数値範囲に含まれる下限値を含む「0.1-1.5wt%」の部分が本件発明1と重複する。

 原告(無効審判請求人)は、本件発明1は1発明に対して「新規性なし」、「進歩性なし」と主張した。

 無効審判審決では、本件発明1は甲1発明に対して「新規性あり」且つ「進歩性あり」と判断し、無効理由は存在しないと判断した。

 知財高裁は、「新規性あり」だが「進歩性なし」と判断し、進歩性に関して審決を取り消した。

 

2.本件発明1(訂正後の請求項1に記載の発明)

(A)成分:アニオン界面活性剤(但し、炭素数10~20の脂肪酸塩を除く)と、

(B)成分:44’-ジクロロ-2-ヒドロキシジフェニルエーテルを含むフェノール型抗菌剤と、

(C)成分:下記式(c1)で表される化合物を含むアミノカルボン酸型キレート剤0.02~1.5質量%と、

(G)成分としてノニオン界面活性剤を含み、

(G)成分の含有量が、衣料用洗浄剤組成物の総質量に対し、20~40質量であり、

(G)成分が、下記一般式(I)又は(II)で表される少なくとも1種であり、

R2-C(=O)O-[(EO)s/(PO)t]-(EO)u-R3 ・・・(I)

R4-O-[(EO)v/(PO)w]-(EO)x-H ・・・(II) 

((I)中、R2は炭素数7~22の炭化水素基であり、R3は炭素数1~6のアルキル基であり、sEOの平均繰り返し数を表し、6~20の数であり、tPOの平均繰り返し数を表し、0~6の数であり、uEOの平均繰り返し数を表し、0~20の数であり、EOはオキシエチレン基を表し、POはオキシプロピレン基を表す。

(II)中、R4は炭素数12及び14の天然アルコール由来の炭化水素であり、vxは、それぞれ独立にEOの平均繰り返し数を表す数で、v+x3 ~20であり、POはオキシプロピレン基を表し、wPOの平均繰り返し数を表し、w0~6である。)

(A)成分/(C)成分で表される質量比(A/C)10~100である衣料用洗浄剤組成物(但し、クエン酸二水素銀を含有する組成物を除く)

式(c1)・・・(省略)・・・」

 

3.本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点

〔一致点〕

(A)成分:アニオン界面活性剤(但し、炭素数10~20の脂肪酸塩を除く)と、

(B)成分:44’-ジクロロ-2-ヒドロキシジフェニルエーテルを含むフェノール型抗菌剤と、

(C)成分:下記式(c1)で表される化合物を含むアミノカルボン酸型キレート剤と、

ノニオン界面活性剤を含む、

衣料用洗浄剤組成物(但し、クエン酸二水素銀を含有する組成物を除く)

式(c1)・・・(省略)・・・。」

 

〔相違点1

 本件発明1では、「(C)成分:下記式(c1)で表される化合物を含むアミノカルボン酸型キレート剤」の含有量が「0.02~1.5質量%」であるのに対し、

 甲1発明では、当該成分に相当する「MGDA(Trilon(R) M)」の含有量が「0.1~5wt%」である点。

 

4.相違点1についての無効審判審決の判断(新規性肯定、進歩性肯定)

「相違点1について

 本件発明1における「(C)成分:下記式(c1)で表される化合物を含むアミノカルボン酸型キレート剤」の含有量(0.02~1.5質量%)と、甲1発明における「MGDA(Trilon(R) M)」の含有量(0.1~5wt%)は、少なくとも0.1~1.5質量%の範囲で一部重複するが、後者の数値範囲は、前者の数値範囲に完全に包含されるものではなく、前者の含有量を必ず充足するとはいえないため、当該含有量は、実質的な相違点である。

 そして、「(C)成分下記式(c1)で表される化合物を含むアミノカルボン酸型キレート剤」の含有量が「0.02~1.5質量%」であることは、甲1に記載がなく、甲2ないし6にも記載されていない。

 したがって、本件発明1の「(C)成分」に相当する「MGDA(Trilon(R) M)」の含有量が「0.1~5wt%」である甲1発明において、その含有量を「0.02~1.5質量%」に変更することは、当業者が容易になし得ることではない。」

 

5.裁判所の判断のポイント

相違点1が実質的な相違点か(新規性あるか)?=実質的な相違点でありこの点で新規性あり、審決に誤りはない


「甲1発明におけるMGDA(Trilon M)の含有量「0.1~5 wt%」は、本件発明1における(C)成分の含有量「0.02~1.5質量%」と一部重複するものの、1発明における含有量の割合の範囲は、本件発明1における含有量の割合の範囲に該当しないものを含んでいる。

 したがって、本件発明1と甲1発明との相違点1は実質的な相違点であるというべきであり、これが形式的な相違点であるとは認められない。

 

相違点1に係る特徴が容易に想到しうるか(進歩性あるか)?=容易に想到し得るのでこの点で進歩性なし、審決は誤り

 

「甲1発明の(C)成分に相当するMG DA(Trilon M)の含有量についても、特定された範囲内で含有量を規定することは、当業者の設計事項であるから、その含有量を、甲1発明 における含有量「0.1~5wt%」の範囲内で検討し、「0.1~1.5質量%」にすること(相違点1に係る構成を導くこと)は、当業者が容易に想到することができたものといえる。」