2014年6月14日土曜日

先行文献での必須構成を引用発明の一部と認定しなかった審決が取り消された事例


知財高裁平成26年5月26日判決言渡

平成25年(行ケ)第10248号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、原告が出願人の特許出願についての、進歩性欠如を理由とする拒絶審決の取消訴訟において、原告の請求が認められ審決が取り消された事例である。

 本件補正後の請求項1(補正発明)は以下の通りである。

「排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1以下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中の酸素濃度を制御するO2制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムであって,

 排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収させ,排気ガスのλが1以下のとき,上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,上記O制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8~1.5vol%に制御することによりHCの部分酸化反応を誘発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させる,ことを特徴とする排気ガス浄化システム。」

 すなわち本件補正発明は、NOxトラップ材と,浄化触媒と,O制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムであり、上記O制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8~1.5vol%に制御することにより炭化水素(HC)の部分酸化反応を誘発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させる。

 一方、甲1(引用例1)には、NOxトラップ材と,浄化触媒と,O制御手段と,Ce-Zr-Pr複酸化物と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムが開示されている。甲1では「Ce-Zr-Pr複酸化物」の使用により、NOxを還元させることを特徴としている。甲1では排気ガス中の酸素濃度を「2.0%以下」、「0.5%以下」とする実施例は記載されているが、酸素濃度をこの範囲とすることにより炭化水素(HC)の部分酸化反応を誘発することは記載も示唆もされていない。

 甲1に記載された発明(引用発明)をどのように認定するか、具体的には、「Ce-Zr-Pr複酸化物」を引用発明に必須の成分として認定するかが争点となった。

 また、本件補正発明はいわゆるオープン式クレームであり、「Ce-Zr-Pr複酸化物」が追加で含まれることを排除していない。このため本件補正発明で「Ce-Zr-Pr複酸化物を含まない」ということが引用発明との相違点となり得るかも争点となった。

 拒絶審決では、「Ce-Zr-Pr複酸化物」を引用発明の構成とは認定しなかった。また本審決訴訟において被告(特許庁長官)は、仮に「Ce-Zr-Pr複酸化物」を引用発明の構成だと認定したとしても、本件補正発明においても「Ce-Zr-Pr複酸化物」を含む場合も包含されるため相違点ではないと主張した。

 知財高裁は以下の理由から審決は引用発明の認定に違法性があると認定し審決を取り消した。

 (1)甲1には「Ce-Zr-Pr複酸化物」を必須の構成とする技術的思想が記載されているのであるから、それも含めて引用発明を認定すべきである。

 (2)本願明細書には,排気ガス浄化用の触媒として,「Ce-Zr-Pr複酸化物」を追加する点は記載されておらず,その示唆もなく,この点が周知技術であるとも認められない。したがって,補正発明が「Ce-Zr-Pr複酸化物」を備えたものを含むものと認めることはできない。

 

2.裁判所の判断のポイント

(2) 引用発明の認定について

審決は,引用例1に記載された引用発明として,「排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを吸収し,理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOxを放出するNOx吸収材と,Pt,Rh等の貴金属と,排気ガスの酸素濃度を変化させる排気制御手段8と,を備える車両用のリーンバーンエンジンや直噴ガソリンエンジンのようなエンジン4の排気ガス浄化装置であって,排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを上記NOx吸収材に吸収させ,理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOx吸収材からNOxを放出させ,排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属を含む排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御され,HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置。」と認定している。この中で,審決は,HC及びNOx浄化率が高まるとの作用効果を奏する機序として,「HCが部分酸化されて活性化」されることを認定している。

しかし,甲1発明は,前記(1)イに認定したとおりであるから,甲1発明における,排気ガスの酸素濃度が低下したとき(リッチ燃焼運転時)に,「HCが部分酸化されて活性化され,NOxの還元反応が進みやすくなり,結果的に,HC及びNOx浄化率が高まる」という作用効果は,NOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒に追加した「Ce-Zr-Pr複酸化物」によって奏したものであって,排気ガスの酸素濃度を前記段落【0058】のように「2.0%以下,あるいは0.5%以下」となるように制御することによって奏したものではない。すなわち,「Ce-Zr-Pr複酸化物」は,前記作用効果を奏するための必須の構成要件であるというべきであり,排気ガスの酸素濃度を「2.0%以下,あるいは0.5%以下」となるように制御した点は,単に,実施例の一つとしてリーン燃焼運転時に「例えば4~5%から20%」,リッチ燃焼運転時に「2.0%以下,あるいは0.5%以下」との数値範囲に制御したにとどまり,前記作用効果を奏するために施した手段とは認められない。

 したがって,引用発明において,「HCが部分酸化されて活性化」されるのは,NOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒において,「Ce-Zr-Pr複酸化物」を含むように構成したことによるものであるから,引用例1に,「排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御」(段落【0058】)することにより,HCの部分酸化をもたらすことを内容とする発明が,開示されていると認めることはできない。

 そうすると,審決は,引用発明の認定において,「酸素濃度は2.0%以下に制御され,HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置」と認定しながら,そのような作用効果を奏する必須の構成である「Ce-Zr-Pr複酸化物」を排気ガス浄化用触媒に含ませることなく,欠落させた点において,その認定は誤りであるといわざるを得ない。

前記(1)アの記載事項を踏まえると,引用発明は,正しくは,以下のとおりとなる。

「排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを吸収し,理論空燃比近傍

または空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOxを放出するNOx吸収材と,貴金属と,排気ガスの酸素濃度を変化させる排気制御手段8と,を備える車両用のリーンバーンエンジンや直噴ガソリンエンジンのようなエンジン4の排気ガス浄化装置であって,更に,Ce-Zr-Pr複酸化物を含み,排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを上記NOx吸収材に吸収させ,理論空燃比近傍または空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOx吸収材からNOxを放出させ,排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属とCe-Zr-Pr複酸化物を含む排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度が2.0%以下,又は0.5%以下に制御され,Ce-Zr-Pr複酸化物に吸蔵されていた酸素が活性酸素として放出され,貴金属上での活性酸素と排気ガス中のHCとの反応が進み易くなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置。」

これに対し,被告は,引用発明の認定は,補正発明の特許要件を評価するために必要な限度で行えばよいものであって,引用例1自体で特徴とされる事項(例えば,請求項1に係る発明の発明特定事項)を必ず認定しなければならないというものではなく,引用発明の認定において,必ず「Ce-Zr-Pr複酸化物」が含まれていることまでも認定しなければならないことにはならないと主張する。

 確かに,特許法29条1項3号に規定されている「刊行物に記載された発明」は,特許出願人が特許を受けようとする発明の新規性,進歩性を判断する際に,考慮すべき一つの先行技術として位置付けられるものであって,「刊行物に記載された発明」が特許公報である場合に,必ず当該特許公報の請求項における発明特定事項を認定しなければならないものではない。一方で,「刊行物に記載された『発明』」である以上は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特許法2条1項)であるべきことは当然であって,刊行物においてそのような技術的思想が開示されているといえない場合には,引用発明として認定することはできない。

 本件において,審決は,前記のとおり,引用発明として,「HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が高まる」との効果を認定しておきながら,その作用効果を奏するための必須の構成である「Ce-Zr-Pr複酸化物」を欠落して認定したものである。したがって,審決は,前記作用効果を奏するに必要な技術手段を認定していないこととなり,審決の認定した引用発明を,引用例1に記載された先行発明であると認定することはできない。

 よって,被告の主張は採用できない。

(3) 補正発明と引用発明との一致点及び相違点について

 前記のとおり,審決の引用発明の認定は誤っており,これを前提とする一致点及び相違点の認定には誤りが含まれている。

 引用発明は,前記(2)ウのとおり認定するべきであるから,一致点及び相違点は,以下のとおりとなる。

【一致点】

 排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1以下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中の酸素濃度を制御するO2制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムであって,排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収させ,排気ガスのλが1以下のとき,上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,上記O2制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度が制御され,HCの部分酸化を誘発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させる,排気ガス浄化システム。

【相違点1”】

 NOxトラップ材と浄化触媒に,補正発明は,Ce-Zr-Pr複酸化物を含んでいないのに対し,引用発明は,Ce-Zr-Pr複酸化物を含む点。

【相違点2”】

 排気ガスのλが1以下のとき,補正発明は,浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8~1.5vol%に制御するのに対して,引用発明は,浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を2.0%以下,又は0.5%以下に制御した点。

 なお,被告は,補正発明は,「NOxトラップ材」,「浄化触媒」以外の触媒材料,特に「HCトラップ材」や「酸素吸蔵材」を含むことを排除したものではなく,引用発明の「Ce-Zr-Pr複酸化物」を備えたものも含むものと解すべきであるから,引用発明において,排気ガス浄化用触媒に「Ce-Zr-Pr複酸化物」を含むものと認定したとしても,その点は,補正発明と引用発明との相違点にはならないから,取消事由とならない旨主張する。

 しかし,本願明細書には,排気ガス浄化用の触媒として,「Ce-Zr-Pr複酸化物」を追加する点は記載されておらず,その示唆もなく,この点が周知技術であるとも認められない。したがって,補正発明が「Ce-Zr-Pr複酸化物」を備えたものを含むものと認めることはできない。

 よって,被告の上記主張は採用できない。」