2012年7月1日日曜日

審判請求時にした明細書に対する補正は補正目的要件(旧特許法第17条の2第4項)の対象ではないと判断された事例


知財高裁平成24年6月26日判決
平成23年(行ケ)第10299号 審決取消請求事件

1.概要
 現特許法17条の2第5項には、拒絶査定不服審判請求時等において特許請求の範囲について補正する場合は、所定の目的とする補正のみが許されるという要件(補正目的要件)が規定されている。同様の条文は旧特許法第17条の2第4項に対応する。
「5 前二項に規定するもののほか、第一項第一号、第三号及び第四号に掲げる場合(同項第一号に掲げる場合にあつては、拒絶理由通知と併せて第五十条の二の規定による通知を受けた場合に限る。)において特許請求の範囲についてする補正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
 第三十六条第五項に規定する請求項の削除
 特許請求の範囲の減縮(第三十六条第五項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)
 誤記の訂正
 明りようでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)」

 そして、特許法第53条には拒絶査定不服審判等において行った補正が補正目的要件を満たさない場合は補正は却下されると規定されている。

 上記の補正目的要件は「特許請求の範囲についてする補正」のみに適用されることは文言上あきらかである。
 本事例では、原告が審判請求時に明細書に対してのみ補正を行った。審判段階では、この補正が補正目的要件を満足しないと判断された。その補正が結果的に特許請求の範囲の解釈に影響を与えるものであるから、「実質的に特許請求の範囲についてする補正」であり、補正目的要件が課されるべきである、というのが被告(特許庁長官)の主張であった。
 裁判所は補正目的要件は条文の文言通り「特許請求の範囲についてする補正」のみに適用されることを明らかにした。被告の上記主張は根拠がないと判断した。

2.特許請求の範囲に記載された請求項1
「航空機のエンジンのパフォーマンスの記録を提供するためのシステムであって:
 前記航空機エンジンの動作に関係する航空機エンジンデータを収集するために前記航空機エンジンに取り付けられ,さらに無線通信信号を介して前記エンジンデータを送信するための送信機を有するエンジン監視モジュールであって前記航空機エンジンを追跡するための前記航空機エンジンのシリアル番号に結びつけられたデータアドレスを割り当てられているエンジン監視モジュールと,
 前記送信されたエンジンデータを受信するための受信機,
とを有することを特徴とするシステム。」

3.本件補正の内容
 原告は拒絶査定に対する不服審判請求時に明細書の段落0011に下線部を追加する補正(本件補正)を行った。
 「【0011】
 本発明のいま一つの側面では,エンジンデータを収集するためにFADEC/ECUが航空機エンジンとともに動作する。当該エンジン監視モジュールはエンジンデータを集めるために電気的にFADEC/EDUに接続される。好ましくは当該エンジン監視モジュールにデータアドレスが割り当てられ,該データアドレスは当該航空機エンジンを追跡する(track)ためのエンジンシリアル番号と結び付けられている。このデータアドレスは好ましくはインターネットアドレスを含んでいる。当該エンジン監視モジュールはまた,トランシーバの一部として,エンジン監視のために使われるさまざまなアルゴリズムを含むデータを機上処理のためにアップロードするための受信機をも含むことができる。」

4.審決での判断
 本件補正は,特許請求の範囲の減縮に当たらず,請求項の削除,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明を目的としたものでもないから,平成18年法律第55号改正附則3条1項の規定によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)17条の2第4項の規定に違反するとして却下した。

5.裁判手続きにおける被告(特許庁長官)の主張
「本件補正は,本願発明の「追跡する」との用語の意味を明確化するためにした補正であり,実質的に特許請求の範囲についてする補正である。また,本件補正は,不明りょうな記載の釈明を目的とする補正であるとしても,拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものではない。さらに,本件補正は,請求項の削除,特許請求の範囲の減縮,誤記の訂正のいずれを目的とするものでもない。
 したがって,旧特許法17の2第4項の規定に違反するとして,本件補正を却下した審決の判断に誤りはない。」

6.裁判所の判断のポイント
「審決は,本件補正は,特許請求の範囲の減縮に当たらない上,請求項の削除,誤記の訂正,明りょうでない記載の釈明を目的としたものではないから,旧特許法17条の2第4項1号ないし4号のいずれにも該当しないとして,これを却下した。
 しかし,審決の上記判断には誤りがある。すなわち,旧特許法17条の2第4項は,特許請求の範囲についてする補正に係る規定であるところ,本件補正は,前記第2の3記載のとおり,明細書の段落【0011】の「追跡する」の後に,英語で追跡を意味する語である「track」を付け加えるものであって,特許請求の範囲についてする補正に当たらない。これに対し,被告は,本件補正は,実質的に特許請求の範囲についてする補正であり,旧特許法17条の2第4項が適用される旨主張するが,明細書の記載に係る補正に同条同項の適用があると解することはできず,主張自体失当である。
 したがって,審決の本件補正却下の判断には誤りがある。」