2014年6月7日土曜日

2回目の特許権存続期間延長が認められた事例


知財高裁平成26年5月30日判決

平成25年(行ケ)第10196号 審決取消請求事件
1.概要

 原告は,発明の名称を「血管内皮細胞増殖因子アンタゴニスト」とする特許の特許権者である。

 原告は,平成21年12月17日,本件特許に係る発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとして,5年の存続期間の延長登録を求めて,本件特許につき特許権の存続期間延長登録の出願(以下「本件出願」という。)をしたが,平成23年1月6日付けで拒絶査定を受け,同年4月18日,拒絶査定不服審判を請求した。特許庁は,平成25年3月5日,請求不成立の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月15日,原告に送達された。審決では、下記の本件特許発明1のうち、下記本件処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」によって特定される範囲は、下記の本件先行処分によって既に実施できるようになっていたといえるから、本件特許発明の実施に下記本件処分を受けることが必要であったとは認められず、本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当し、特許権の存続期間の延長登録を受けることができない、と判断された。

 本件訴訟は、上記審決の取り消しを求める審決取り消し訴訟である。本訴訟において裁判所は上記の審決を取り消した。

原告が有する本件特許:

 本件特許の特許請求の範囲は,以下のとおりである(本件特許発明1)。

「【請求項1】抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニストを治療有効量含有する,癌を治療するための組成物。」

本件処分:

 平成24年9月6日付け手続補正後における延長登録の理由となる処分(以下「本件処分」という場合がある。)の内容及び本件出願の理由は,以下のとおりである。

延長登録の理由となる処分

薬事法14条9項に規定する医薬品に係る同項の承認

処分を特定する番号

承認番号 21900AMX00921000

処分の対象となったもの

販売名 アバスチン点滴静注用400mg/16mL

一般名 ベバシズマブ(遺伝子組換え)

(以下,上記販売名及び一般名で特定される医薬品を「本件医薬品」という。)

処分の対象となったものについて特定された用途

「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌に対する他の抗悪性腫瘍剤との併用における,成人への,ベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)での,投与間隔3週間以上の点滴静脈内注射」

処分を受けた日

平成21年9月18日

政令で定める処分を受けた物が特許請求の範囲に記載されていること

 請求項1に記載の抗hVEGF抗体が処分を受けたベバシズマブ(遺伝子組換え)である。

本件先行処分:

 本件医薬品については,本件処分に先立って,平成19年4月18日付けで以下の医薬品製造販売承認(以下「本件先行処分」という。)がされている。本件処分は本件先行処分の製造販売承認事項一部変更承認であり,変更事項は,「用法及び用量」に新たな用法・用量を追加した点にある。

処分の根拠

 薬事法14条1項

承認番号

 21900AMX00921000

効能又は効果

「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」

用法及び用量

 他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は2週間以上とする。

2.裁判所の判断のポイント

「当裁判所は,審決には,以下のとおりの誤りがあると判断する。

 すなわち,審決は,概要,①承認の対象となる医薬品は,承認書に記載された事項で特定されたものであるのに対して,特許発明は,技術的思想の創作を「発明特定事項」によって表現したものであるから,両者は異なる,②したがって,特許法67条の3第1項1号該当性を判断するに当たって,「特許発明の実施」は,処分の対象となった医薬品その物の製造販売等の行為ととらえるべきでなく,処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項(発明特定事項に該当する事項)によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえるべきである,③処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」を備えた先行医薬品についての処分(先行処分)が存在する場合には,特許発明のうち,処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」によって特定される範囲は,先行処分によって実施できるようになっていたというべきであり,同法67条の3第1項第1号により拒絶される,と判断した。

 しかし,審決の上記判断には,誤りがある。その理由は,以下のとおりである。

特許法67条の3第1項1号該当性判断の誤り(取消事由1)について

(1) 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨

 特許法は,67条1項において,特許権の存続期間を特許出願の日から20年と定めるが,同時に,同条2項において,その特許発明の実施について政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があったときは,5年を限度として,その存続期間の延長をすることができると定めて,特許権の存続期間の延長登録制度を設けた。

 特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は,以下のとおりである。すなわち,「その特許発明の実施」について,同法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明を実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも,このような期間においても,特許権者が「業として特許発明の実施をする権利」を専有していることに変わりはなく,特許権者の許諾を受けずに特許発明を実施する第三者の行為について,当該第三者に対して,差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって,特許権者の被る不利益の内容として,特許権の全ての効力のうち,特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものであるといえる。)。そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせることから,そのような不都合を解消させ,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明を実施することができなかった期間について,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。

・・・(略)

 このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長する措置を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。

(2) 特許法67条の3第1項1号を理由とする拒絶査定の要件について

 特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の要件を規定した根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を判断することにより結論を導くべきである(先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという点は,特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否かとの点と,必ずしも常に直接的に関係する事項であるとはいえない。)。

 そこで,上記の特許権の存続期間の延長登録制度の趣旨に照らし,同法67条の3第1項1号の規定を検討すると,「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと(例えば,先行処分を受けたことによって既に禁止が解除されていると評価判断できないこと等),及び,②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。

 以上の点を前提に整理する。同法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,①「政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」(第1要件),又は,②「『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと」(第2要件)のいずれかを選択的に論証することが必要となる(なお,同法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし,「政令で定める処分」の存在及びその内容については,審査等実務の円滑な運営及び公平の理念から,出願人において明らかにすべきものと解される。)。

 以上を総合すれば,審査官(審判官)において,上記の要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同法67条の3第1項1号を理由に延長登録の出願を拒絶すべきとの結論を導くことはできないというべきである。

(3) 医薬品の製造販売等についての承認について

 薬事法14条1項は,医薬品,医薬部外品,一定の化粧品又は医療機器の製造販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売について厚生労働大臣の承認を受けなければならない旨を,同条9項は,同条1項の承認を受けた者が,当該品目について,承認された事項の一部を変更しようとするときは,その変更について厚生労働大臣の承認を受けなければならない旨を規定している。医薬品に係る同条1項の承認及び同条9項の承認は,特許法67条2項の政令で定める処分に該当する(特許法施行令3条)。

 薬事法14条1項又は9項に基づく医薬品,医薬部外品,化粧品及び医療機器の製造販売についての承認は,品目ごとに受けなければならず,承認を受けるに当たり,当該医薬品等の「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の審査を受けるものとされている(同条2項3号)。同条2項3号では,審査の対象として,上記各事項が挙げられているが,これらは医薬品,医薬部外品,化粧品及び医療機器の全てについての審査事項を列記したものであり,上記審査事項のうち「構造,使用方法,性能」は医療機器のみにおける審査事項であり,医薬品についての審査事項ではないと解される(同条8項1号及び2号並びに14条の4第1項1号参照)。そうすると,同法14条1項又は9項に基づく承認の対象となる医薬品は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」によって特定された医薬品である。したがって,上記承認によって禁止が解除される行為態様は,当該承認の対象とされた,上記事項によって特定された医薬品の製造販売等の行為である。

(4) 特許法67条の3第1項1号所定の要件充足性の判断について

 前記のとおり,特許法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の延長登録出願を拒絶する要件として,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定している。この要件のうち,前記①の「政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」との第1要件の有無を判断するに当たっては,医薬品の審査事項である「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の各要素を形式的に適用して判断するのではなく,存続期間の延長登録制度を設けた特許法の趣旨に照らして実質的に判断することが必要である。

 上記の観点から,医薬品の成分を対象とする特許(製法特許,プロダクトバイプロセスクレームに係る特許等を除く。以下同じ。)について検討すると,品目を構成する要素のうち,「名称」は医薬品としての客観的な同一性を左右するものではないから,禁止が解除されたかどうかの判断要素とは解されない。また,「副作用その他の品質」,「有効性及び安全性に関する事項」は,通常,医薬品としての実質的な同一性に直接関わる事項とはいえないから,禁止が解除されたかどうかの判断要素とするまでの必要はないと解される。

 以上によると,医薬品の成分を対象とする特許については,薬事法14条1項又は9項に基づく承認を受けることによって禁止が解除される「特許発明の実施」の範囲は,上記審査事項のうち「名称」,「副作用その他の品質」や「有効性及び安全性に関する事項」を除いた事項(成分,分量,用法,用量,効能,効果)によって特定される医薬品の製造販売等の行為であると解するのが相当である。

(5) 本件事案について

 本件特許発明は,医薬品の成分を対象とする発明であるが,その医薬品に関連する製造販売等の行為について本件先行処分がされている。そこで,本件先行処分により禁止が解除されたと判断される範囲と本件処分により禁止が解除されたと判断される範囲との関係について,上記(4)の観点を踏まえて検討する。

 前記のとおり,本件先行処分は,薬事法14条1項に基づいて,平成19年4月18日付けでされた,販売名を「アバスチン点滴静注用400mg/16mL」,有効成分を「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」,効能又は効果を「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」,用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は2週間以上とする。」とする医薬品の製造販売承認である。本件処分は,本件先行処分において承認された用法及び用量に,「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」を追加することを変更内容とする,同条9項に基づく,医薬品製造販売承認事項一部変更承認である。

 本件先行処分では,「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」との用法・用量によって特定される使用方法による本件医薬品の使用行為,及び上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等の行為の禁止は解除されておらず,本件処分によってこれが解除されたのであるから,本件処分については,延長登録出願を拒絶するための前記の選択的要件のうち,「政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」との要件(前記第1要件)を充足していないことは,明らかである。

 また,本件処分により禁止が解除された,上記用法・用量によって特定される使用方法による本件医薬品の使用行為,及び上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等の行為が本件特許発明の実施行為に該当することは,当事者間に争いはなく,本件処分については,延長登録出願を拒絶するための前記の選択的要件のうち,「『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと」との要件(前記第2要件)を充足していないことも,明らかである。

 以上のとおりであり,本件においては,「本件処分を受けたことによって本件特許発明の実施行為の禁止が解除されたとはいえない」とはいえず,特許法67条の3第1項1号の定める,拒絶要件があるとはいえない。

(6) 被告の主張について

この点について,被告は,①承認の対象となる医薬品は,承認書に記載された事項で特定されたものであるのに対し,特許発明は技術的思想の創作を「発明特定事項」によって表現したものであり,技術的思想を単位とするものであるから,両者は異なる,②特許発明は,発明特定事項で表現される技術的思想を単位とするものであるから,本件処分によって禁止が解除された行為があったとしても,そのことをもって,本件特許発明を,技術的思想とは無関係に,処分を受けた特定の医薬品に区分して,本件特許発明が初めて実施できるようになったということはできない,③したがって,特許法67条の3第1項1号における「特許発明の実施」は,処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項(発明特定事項に該当する事項)によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえることが妥当であると主張する。

しかし,被告の主張に係る上記①,②の各理由は,被告主張に係る結論を導くに足る論拠にはなり得ないものであり,また,被告主張に係る上記③の結論は,特許法67条の3第1項1号の規定の趣旨及び規定の文言に反するものであって,採用の限りでない。

() 前記(1)で詳述したとおり,特許権の存続期間の延長登録の制度は,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の処分を受けることが必要な場合には,特許権者は,特許権を有していても,特許発明を実施することができないという不都合が生じることから,その不都合を解消させる趣旨で設けられたものであり,同法67条の3第1項1号の要件は,その趣旨,目的を実現するために設けられた規定である。

 当該処分(先行処分も同様である。)によって禁止が解除された製造販売等の行為が,特許発明の実施行為に含まれないような場合には,当該処分は,特許発明の実施に何ら影響を与えるものではないから,特許発明の実施に処分を受けることが必要であったということはできないといえるが,当該処分によって禁止が解除された製造販売等の行為が,特許発明の実施行為に含まれている場合には,同号の規定する延長登録出願を拒絶するための前記選択的要件のうちの第1要件の充足の有無を検討することが必須となる。

() この点,被告は,特許法67条の3第1項1号における「特許発明の実施」は,処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項(発明特定事項に該当する事項)によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえることが妥当であると主張する。

 被告の主張は,当該処分(先行処分を含む。)の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち,特許発明の発明特定事項と重複する事項によってのみ特定された範囲について,当該処分によって製造販売等の禁止の解除がされたとする趣旨を主張するものと理解されるが,同主張は,以下のとおり,採用することはできない。

被告の主張は,特許請求の範囲に構成要件(発明特定事項)として記載されていない事項は,特許発明の技術的思想とはおよそ無関係な事項と扱われるべきであるとの前提に立つものと解される。しかし,特許請求の範囲における構成要件(発明特定事項)は,特許発明の技術的範囲(専有権の範囲)を画する目的で,出願人により選択,記載されるものであって,構成要件(発明特定事項)として記載されていない事項は,構成要件(発明特定事項)により限定するまでもなく,広い範囲で特許発明の技術的思想が成り立つことを意味し,その結果,広い特許発明の技術的範囲が専有権の対象となるが,構成要件(発明特定事項)として記載されていない事項が,直ちに特許発明の技術的思想と無関係であることを意味するものではない。

前記(1)で述べたとおり,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができない等の不利益を解消し,研究開発のためのインセンティブを高めるとの趣旨から,特許法において設けられた制度であり,特許法は,そのような趣旨を実現する目的から,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」という要件を拒絶のための要件として規定し,審査官(審判官)が,延長登録出願を拒絶するためにはどのような内容を論証の対象とするかを明確にしたものである。

 これを薬事法14条1項又は9項に基づく医薬品を対象とした処分に限ってみても,同処分によって禁止が解除されるのは,前記説示のとおり,承認書に記載された「成分,分量,用法,用量,効能,効果」によって特定される医薬品の製造販売等の行為に限られるのであり,それを超えた特許発明の発明特定事項に該当する事項によって特定される医薬品の製造販売等の行為の全てではないことは,同法14条1項又は9項の規定から明らかである。

 本件についてみれば,本件先行処分では,本件医薬品につき,本件先行処分で承認された用法・用量(他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与し,投与間隔は2週間以上とする。)によって特定される使用方法による使用行為,及び同使用方法で使用されることを前提とした製造販売等の行為について禁止が解除されたのに対し,本件処分では,本件処分で追加された用法・用量(他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射し,投与間隔は3週間以上とする。)についての上記各行為の禁止が解除されたのであり,本件処分によって初めて,XELOX療法とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の販売等が可能となったものである(医薬品においては,特定の用法・用量における特許発明の実施について,相当期間の臨床試験を経て,副作用が少なく,安全性が高いことが確認されてから,ようやく承認がされるのであり,このことからしても,承認における審査事項となった,特定の用法・用量とは異なる用法・用量による特許発明の実施については,禁止の解除がされていないことは明らかである。)。したがって,本件特許発明については,本件処分によって,初めて上記の範囲で禁止が解除されたのであるから,本件出願は,特許法67条の3第1項1号には該当しないことは明らかである。

 このような延長制度の趣旨及び要件規定の文言の規定振りに照らすならば,同号における「特許発明の実施」は,具体的な医薬品の製造販売等の承認処分の内容ではなく,医薬品の承認書に記載された事項のうち,特許発明の発明特定事項と重複する事項によってのみ特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえるべきであるとする被告の主張を採用することはできない。

以上のとおりであり,政令で定める処分によって禁止が解除されていない特許発明の実施行為についてまで,禁止が解除されたものと擬制するとの被告の主張を採用することはできず,これに基づいて特許権の存続期間の延長登録出願を拒絶することは,誤りである。

(7) 特許権の存続期間の延長に係る拒絶査定の運用の変遷について

・・・(略)・・・

(8) 小括

 以上のとおり,本件出願が,特許法67条の3第1項1号に該当するとして,特許権の存続期間の延長登録を受けることができないとした審決の判断には,誤りがあるから,その余の点を判断するまでもなく,審決は取り消されるべきである。

特許法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲について

 本件出願が特許法67条の3第1項1号に該当するとした審決の判断には誤りがあり,その余の点を判断するまでもなく,審決は違法であることになる。また,同法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲については,本来,特許権侵害訴訟において判断されるべき論点であるが,念のため,以下のとおり検討を加える。

(1) 特許法68条の2の趣旨について

 特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第67条第2項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。

 上記規定は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶのではなく,「政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)」についてのみ及ぶ旨を定めている。

(2) 特許法68条の2の「政令で定める処分の対象となつた物」及び「用途」に係る特許発明の実施行為の範囲について

「政令で定める処分」が薬事法所定の医薬品に係る承認である場合,存続期間が延長された特許権の効力が,薬事法の承認の対象になった物(物及び用途)に係る特許発明の実施行為のうち,いかなる範囲に対してまで及ぶかについては,前記のとおり,特許権侵害訴訟において検討されるべき事項であるといえるが,関連する範囲で,便宜検討することとする。

薬事法14条1項は,「医薬品・・・の製造販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない。」と規定し,同項に係る医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(同法14条2項,9項)と規定されている。このことからすると,「政令で定める処分」が薬事法所定の医薬品に係る承認である場合には,常に「効能,効果」が審査事項とされ,「効能,効果」は「用途」に含まれるから,同承認は,特許法68条の2括弧書きの「その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合」に該当するものと解される。

薬事法の承認処分の対象となった医薬品における「政令で定める処分の対象となった物及び用途」の解釈については,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権の効力の範囲を,どのような事項によって特定すべきかの問題であるから,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨(特許権者が,政令で定める処分を受けるために,その特許発明を実施する意思及び能力を有していてもなお,特許発明の実施をすることができなかった期間があったときは,5年を限度として,その期間の延長を認めるとの制度趣旨)及び特許権者と第三者との公平を考慮した上で,これを合理的に解釈すべきである。なお,医薬品関連特許にも様々なものがあり,これを一様に論じることは困難であるため,延長登録された特許権の効力について以下に判示するところは,医薬品の成分を対象とした特許発明について述べるものである。

() 特許法68条の2所定の「政令で定める処分の対象となつた物」について

 薬事法14条2項3号所定の前記審査事項のうち,「名称」は,医薬品としての客観的な同一性を左右するものではなく,医薬品の構成を特定する事項とならないので,延長された特許権の効力を制限する要素とは解されない。

 「成分(有効成分に限らない。)」は,医薬品の構成を客観的に特定する事項であって,上記審査事項における重要な要素であるから,延長された特許権の効力を制限する要素となる。

 「分量」は,錠剤やパックなどの単位医薬品中に含まれる成分等の量を指すため,医薬品の構成を客観的に特定する要素となり得るものの,競業他社が,本来の特許期間経過後に,特許権者が臨床試験等を経て承認を得た医薬品と実質的に同一の用法・用量となるようにし,分量のみ特許権者が承認を得たものとは異なる医薬品の製造販売等をすることを許容することは,延長登録制度を設けた趣旨に反することになるから,分量については,延長された特許権の効力を制限する要素となると解することはできない。

 「副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」も,通常,それ自体が医薬品としての実質的な同一性に直接関わる事項とはいえないから,これも延長された特許権の効力を制限する要素と解することはできない。

() 特許法68条の2所定の「用途」について

 医薬品における「用途」の用例に照らすならば,上記審査事項の「効能,効果」は,当該医薬品の「用途」に該当し,延長された特許権の効力を制限する要素となる。

 上記審査事項の「用法,用量」は,医薬品においては,医薬品の患者への使用方法に関するものであるものの,医薬品においては,特定の用法,用量ごとに,その副作用の安全性を確認するための臨床試験が必須となり,そのために承認までに相当な期間を要し,その期間内は特許発明の実施が妨げられるとの状況が存在し,「用法,用量」は薬事法上の承認における各審査事項の中でも重要な審査事項の一つであること(甲25),及び本件先行処分や本件処分のように,当該医薬品の「他の抗悪性腫瘍剤との併用」を前提として「用法,用量」が定められる場合があること等に照らせば,これも「用途」に含まれ,延長された特許権の効力を制限する要素となると解するのが相当である。

() 以上のとおり,特許権の延長登録制度及び特許権侵害訴訟の趣旨に照らすならば,医薬品の成分を対象とする特許発明の場合,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「物」に係るものとして,「成分(有効成分に限らない。)」によって特定され,かつ,「用途」に係るものとして,「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解するのが相当である(もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは,延長登録制度の立法趣旨に照らして,当然であるといえる。)。

上記のように解した場合,政令で定める処分を受けることによって禁止が解除される特許発明の実施の範囲と,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力が及ぶ特許発明の実施の範囲とは,常に一致するわけではない。しかし,先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという点は,特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否かとの点と,直接的に関係するものでない以上,それぞれの範囲が一致しないことに,不合理な点はないというべきである。なお,政令で定める処分を受けることによって禁止が解除された特許発明の実施が,先行処分に基づき存続期間が延長された当該特許権の効力が及ぶ特許発明の実施の範囲に含まれるような場合は,重複して延長の効果が生じ得ることとなる。後行処分による延長期間が先行処分による延長期間より長い場合には,これに対応する期間,当該特許権の存続期間が延長されるが,当該期間については,当該特許発明の実施が禁止されていた部分があることに照らすと,上記のように解することに何ら不合理な点はない。