2013年7月8日月曜日

パラメータ発明のサポート要件充足性が争われた事例


知財高裁平成25年6月27日判決

平成24年(行ケ)第10292号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、いわゆるパラメータ発明のサポート要件欠如を理由とする拒絶審決に対する審決取消訴訟においてサポート要件は満たされないという特許庁側の主張が支持された事例である。

 本事例において知財高裁は、知財高裁特別部平成17年11月11日判決、事件番号平成17年(行ケ)第10042号(大合議判決)の判断基準に沿ってパラメータ発明のサポート要件充足性を判断した。

 原告(特許出願人)は知財高裁平成22年1月28日判決、事件番号平成21年(行ケ)第10033号審決取消請求事件(フリバンセリン事件、本ブログ2010年2月13日記事)における「特許請求の範囲の記載と,発明の詳細な説明の記載とを対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを必要かつ合目的的な解釈手法によって判断すれば足りるというべきであり,特段の事情のない限り,発明の詳細な説明において,実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解すべきである。」という判断基準に沿ってサポート要件は満たされると主張したが、主張は認められなかった。

 

2.本願発明(請求項1)

「(a)n-ブチルアクリレートを50重量部以上,カルボキシル基を持つビニルモノマー及び/又は窒素含有ビニルモノマーの一種以上を1~5重量部,水酸基含有ビニルモノマー0.01~5重量部を必須成分として調製されるアクリル共重合体100重量部と,(b)粘着付与樹脂10~40重量部からなる粘着剤組成物を架橋した粘着剤を基材の少なくとも片面に設けてなる粘着テープであり,

 前記粘着剤の周波数1Hzにて測定されるtanδ のピークが5以下にあり,50での貯蔵弾性率Gが7.0×10~9.0×10(Pa),130でのtanδ が0.6~0.8であることを特徴とする粘着テープ。」

 

3.審決の判断

 本件審決の理由は,要するに,本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,平成14年法律第24号による改正前の特許法(以下「法」という。)36条6項1号に規定する要件(以下「サポート要件」という。)を満たしていないから,拒絶されるべきものである,というものである。

 本件審決は,本願発明が発明の詳細な説明に記載されているというためには,本願発明で使用する粘着剤について,技術的な裏付けをするのに十分な記載がされることが必要であり,具体的には,それを製造ないし入手できるように記載されていることが必要とした上で,本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは,tanδのピーク,50での貯蔵弾性率G及び130におけるtanδの値を本願発明の範囲内に調整することは,当業者にとって過度の試行錯誤を要し,また,本願発明の粘着剤全般について製造方法や入手方法について開示されているとは,技術常識に照らしても認められないから,本願発明は,発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないと判断した。

 

4.原告の主張(フリバンセリン事件判決に沿った主張)

 本願発明が発明の詳細な説明に記載されているというためには,本願発明で使用する粘着剤について,技術的な裏付けをするのに十分な記載がされることが必要であり,具体的には,それを製造ないし入手できるように記載されていることが必要とする本件審決の判断は誤りである。すなわち,サポート要件は,特許請求の範囲の記載について,発明の詳細な説明の記載と対比して,広すぎる独占権の付与を排除する趣旨で設けられたものであるから,特許請求の範囲の記載と,発明の詳細な説明の記載とを対比して,前者の範囲が後者の範囲を超えているか否かを必要かつ合目的的な解釈手法によって判断すれば足りるというべきであり,特段の事情のない限り,発明の詳細な説明において,実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解すべきである。

 

5.裁判所の判断のポイント

「取消事由1(サポート要件に係る判断の誤り)について

(1) 法36条6項は,「第三項四号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その1号において,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。

 特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。法36条6項1号が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。

 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり(前記知財大合議判決(=知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決)参照),この点に関する原告の主張は,採用することができない。

(2) そこで,上記の観点に立って,以下,本件について検討する。

前記第2の2のとおり,本願発明は,「(a)n-ブチルアクリレートを50重量部以上,カルボキシル基を持つビニルモノマー及び/又は窒素含有ビニルモノマーの一種以上を1~5重量部,水酸基含有ビニルモノマー0.01~5重量部を必須成分として調製されるアクリル共重合体100重量部と,(b)粘着付与樹脂10~40重量部からなる粘着剤組成物を架橋した」という組成であり,かつ,周波数1Hzにて測定されるtanδのピークが5以下にあり,50での貯蔵弾性率Gが7.0×10~9.0×10(Pa),130でのtanδが0.6~0.8であるという粘弾特性を満たす粘着剤を基材の少なくとも片面に設けてなる粘着テープとして記載されている。

 他方,前記1のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,発明の実施の態様として,炭素数1~14の(メタ)アクリル酸アルキルエステル(請求項1のn-ブチルアクリレート),高極性ビニルモノマー(請求項1のカルボキシル基を持つビニルモノマー及び窒素含有ビニルモノマー)及び架橋剤と反応する官能基を有するビニルモノマー(請求項1の水酸基含有ビニルモノマー)の配合量が請求項1に記載された範囲外では粘着特性の点で劣ることが記載(【0016】【0017】)され,また,カルボキシル基を持つビニルモノマー,窒素含有ビニルモノマー,水酸基含有ビニルモノマー及び粘着付与樹脂や架橋剤の具体例(【0012】~【0020】)が列挙されるとともに,【表1】には,実施例1ないし4及び比較例1及び2として,請求項1に記載された粘弾特性を満たす粘着剤及び満たさない粘着剤の具体的組成が記載されている。

 また,前記1のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明(【0021】)には,発明の実施の形態として,「tanδのピークが5を超える場合は,低温性が悪化する。50での貯蔵弾性率Gが6×10(Pa)以下では,再剥離性が悪化し,2×10(Pa)を超える場合は耐反撥性,定荷重性が悪化する。また130でのtanδが1を超える場合は,再剥離性が低下する。」と,粘弾特性の各パラメータの値が請求項1に記載された範囲を外れる場合には,再剥離性,耐反発性,定荷重性等の粘着特性が悪化する傾向にあることが記載されている。

 さらに,実施例1ないし4及び比較例1及び2には,tanδのピークが-7以下で,50での貯蔵弾性率G及び130でのtanδが請求項1に記載された範囲(実施例1ないし4)であれば,再剥離性やエーテル系ウレタンフォームあるいはステンレス等に対する接着力において,優れた粘着特性が発揮されるのに対して,tanδのピーク(-7)が請求項1に記載された数値の範囲内であっても,50での貯蔵弾性率G(5×10(Pa))及び130でのtanδ(1.05)が請求項1に記載された数値範囲を外れると,再剥離性が劣り(比較例1),また,tanδのピーク(0)及び130でのtanδ(0.6)が請求項1に記載された数値の範囲内であっても,50での貯蔵弾性率G(15×10(Pa))が請求項1に記載された数値の範囲を外れると,定荷重性が劣ること(比較例2)が記載されている。

 そして,甲17(「粘着技術ハンドブック」196頁,平成9年3月31日,日刊工業新聞社発行)によれば,tanδのピークが5以下であることは,一般の粘着剤が備える粘弾特性であると認められるから,これら実施例及び比較例のデータは,発明の実施の形態として粘着特性の傾向が定性的に記載された粘弾特性の範囲の中でも,特に請求項1に記載された50での貯蔵弾性率G及び130でのtanδの範囲の粘着剤は,優れた粘着特性を有すること及び請求項1に記載された粘弾特性を外れると,発明の実施の形態(【0021】)に記載されたとおり,粘着特性が劣るものとなることを示すものであるといえる。

しかしながら,実施例1ないし4は,いずれも,n-ブチルアクリレート(表1のBA)を90重量部程度有し,任意モノマーとして酢酸ビニル(同VAc),カルボキシル基を持つビニルモノマーとしてアクリル酸(同AA),窒素含有ビニルモノマーとしてNビニルピロリドン(同NVP),水酸基含有ビニルモノマーとしてヒドロキシエチルアクリレート(同HEA),粘着付与樹脂としてロジンエステル系樹脂A-100(荒川化学社製)及び重合ロジンエステル系樹脂D-135(荒川化学社製)を用いたものであって,請求項1に記載された組成の中のごく一部のものにすぎない。

 また,請求項1に記載された粘弾特性のパラメータであるtanδのピーク,50での貯蔵弾性率G及び130でのtanδのそれぞれの値を制御するには何を行えばよいのかについて,本願明細書の発明の詳細な説明には,何らの記載もない。

 さらに,例えば,甲20(佐藤弘三「粘弾性と粘着物性」)の図6には,モノマー組成が同一のアクリル系粘着剤であっても分子量が大きいほど,50での貯蔵弾性率Gは小さく,130でのtanδが大きいことが記載され,また,図7には,架橋剤量が多いほど,50での貯蔵弾性率Gは大きく,130でのtanδは小さいことが記載されているように,粘着剤の技術常識によれば,請求項1に記載された粘弾特性の各パラメータの値は,アクリル系共重合体を構成するモノマーの種類(官能基の種類や側鎖の長さなど)や各種モノマーの配合比だけでなく,それらが重合してなるアクリル重合体の分子量,粘着付与樹脂の種類や配合量,架橋の程度など,様々な要因の影響を複合的に受けて変化するものである。

 そうすると,粘着剤が請求項1に記載された組成を満たしているとしても,それ以外の多数の要因を調整しなくては,請求項1に記載された粘弾特性を満たすようにならないことは明らかであり,実施例1ないし4という限られた具体例の記載があるとしても,請求項1に記載された組成及び粘弾特性を兼ね備えた粘着剤全体についての技術的裏付けが,発明の詳細な説明に記載されているということはできない。また,そうである以上,請求項1に記載された粘着剤は,発明の詳細な説明に記載された事項及び本件出願時の技術常識に基づき,当業者が本願発明の前記課題を解決できると認識できる範囲のものであるということもできない。

以上によれば,本願発明に係る特許請求の記載の範囲の記載は,サポート要件に適合しないというべきである。」