2013年4月22日月曜日

引用文献に具体的な化合物が開示されているか否かが争われた事例


知財高裁平成25年4月11日判決

平成24年(行ケ)第10124号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件補正発明は2種の化合物を組み合わせた医薬に関する。本件補正発明が進歩性欠如との拒絶審決に対する取消訴訟において、審決が維持された。

 引用例では有効成分の1つが「IMiD1,IMiD2、IMiD3」という略号により特定されている。これらがどのような構造を有するのかは開示されていない。ただし引用例の引用する参考文献を辿っていけば、具体的な化合物の構造が推定することができる(ただし、この点については争いがある)。

 知財高裁は、学術文献を読んだ当業者であれば、参考文献まで考慮することは当然であるから、引用例には、参考文献を併せて読めば具体的な化合物の構造が開示されており、構造の特定の有無は実質的な相違点ではないと判断し、審決を維持した。

 医薬の分野では、対象となる化合物の構造が読者に特定されないように文献を記載することはしばしば行われる。このように記載された文献の引用発明適格性の判断基準を理解するうえで参考になる事例である。

 

2.対比

 本件補正発明

「治療上有効な量の化合物3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール-2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオンまたはその製薬上許容される塩,溶媒和物もしくは立体異性体,および治療上有効な量のデキサメタゾンを含む多発性骨髄腫の治療のための組合せ医薬であって,該化合物は多発性骨髄腫を有する患者に1~150mg/日の量で周期的に経口投与され,該デキサメタゾンは該患者に周期的に経口投与される,上記組合せ医薬」

 

 引用例に記載の発明(引用発明)

「IMiD1,IMiD2あるいはIMiD3のいずれかであるサリドマイドアナログ及びデキサメタゾンを含むヒト多発性骨髄腫細胞の増殖の抑制のための組合せ」

 

 本件補正発明と引用発明との一致点

 サリドマイドアナログ及びデキサメタゾンを含むヒトの多発性骨髄腫の抑制のための組合せである点

 

 本件補正発明と引用発明との相違点

 本件補正発明の組合せにおいては,デキサメタゾンと組み合わされるサリドマイドアナログが「3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオン)又はその製薬上許容される塩,溶媒和物もしくは立体異性体」(以下「本願化合物」という。)であるのに対し,引用発明においては,「IMiD1,IMiD2あるいはIMiD3のいずれか」である点

 

3.争点

 IMiDsは「免疫調節薬」を意味する。引用例(学術文献)では、サリドマイドアナログである免疫長節薬としてIMiD1,IMiD2及びIMiD3を、デキサメタゾンと併用して実験したことが開示されている。

 IMiD1,IMiD2及びIMiD3が具体的にどのような化合物かは引用例には記載されていない。ただし、引用例中では「参照文献15(乙8)」が引用されている。

 参照文献15(乙8)は更に参照文献47(乙9)が引用されている。乙9には本発明で用いられる3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオン)が開示されている。

 引用例の孫文献まで読めば、引用例のIMiD1,IMiD2及びIMiD3のいずれかが3-(4-アミノ-1-オキソ-1,3-ジヒドロ-イソインドール2-イル)-ピペリジン-2,6-ジオン)だと理解できるのかどうかが争点。

 

4.裁判所の判断のポイント

「ア 上記(2)のとおり,引用例は,サリドマイド及びそのアナログがヒト多発性骨髄腫細胞の伝統的療法に対する薬剤耐性を克服したことを報告する学術論文であり,サリドマイド又はそのアナログであるIMiD1,IMiD2又はIMiD3をデキサメタゾンと組み合わせることにより,多発性骨髄腫細胞の増殖を効果的に抑制できることが具体的デ-タによって開示されているが,IMiD1ないし3の化学構造はいずれも明らかにされていない。しかし,学術論文においては,通常,研究のための実験方法や用いた材料を具体的に明らかにした上で,実験結果やそれに基づく考察を発表するものであり,当業者は,それらの記載に基づいて研究成果を理解し,必要に応じてこれを利用するものである。したがって,引用例に接した当業者であれば,そこに記載されたIMiD1ないし3がいかなる化合物であるのかを確認することは,当然に行うことである。

 上記観点から引用例をみると,引用例には,サリドマイドアナログとして知られる2種類の化合物のうち,免疫調節薬IMiDsは,ホスホジエステラーゼ4抑制物質ではないが,IL-2及びIFN-γ生成に加えてT-細胞増殖を著しく刺激するものであることが参照文献15(乙8)を引用して記載され,また,この研究においては,IMiDsとしてIMiD1ないし3の3種類を用いたことも記載されている。そして,上記参照文献15(乙8)には,サリドマイドアナログのクラスⅠ化合物である,CⅠ-A,CⅠ-B及びCⅠ-Cは,それぞれ参照文献47(乙9)の5a,8a 及び14であること,クラスⅠ化合物は,ホスホジエステラーゼ4抑制作用を示さず,T細胞増殖及びINF-γとIL-2生成の有力な刺激剤であることが記載されている。したがって,以上の各記載からすると,引用例に記載されたIMiDsが,参照文献15に記載されたクラスⅠ化合物であり,IMiD1ないし3の3つの化合物は,CⅠ-A,CⅠ-B及びCⅠ-Cであること,すなわち,参照文献47の5a,8a 及び14の3つの化合物に相当するものであることが明らかである。そして,参照文献47(乙9)には,5a,8a 及び14の化学構造がそれぞれ記載されているが,そのうち8a の化学構造は,本願化合物の化学構造と一致する(甲11,乙9)。

 そうすると,引用例に接した当業者であれば,IMiD1ないし3に関する引用例の記載及びそこに掲げられた参照文献の記載を併せ見ることにより,さしたる困難もなく,引用例に記載されたIMiD1ないし3のうちの1つが本願化合物であることを認識することができるものである。

 以上のとおり,本件補正発明における本願化合物は,引用例に記載されたIMiD1ないし3のうちの1つに該当するものであるから,相違点1は実質的な相違点ではないとした本件審決の判断に誤りはない。」