2012年7月23日月曜日

進歩性欠如の拒絶審決が違法であると判断された事例


知財高裁平成24年6月26日判決
平成23年(行ケ)第10316号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は、本願発明の進歩性を否定した拒絶審決が、知財高裁により覆された事例である。
 本願発明は「半導体装置を金型中に載置して,該金型と該半導体装置との間に供給した硬化性シリコーン組成物を圧縮成形することによりシリコーン硬化物で封止した半導体装置を製造する方法」に関する発明であり、所定の構造の硬化性シリコーン組成物を使用することを特徴とする。引用発明には、シリコーン組成物を用いて封入するという特徴は書かれていないが、その他の点は本願発明と共通する発明が開示されている。
 審決では半導体装置を保護するために本願発明の所定構造の硬化性シリコーン組成物を用いることは公知であること、本願発明が奏する有利な効果が明細書中で確認されていないことを理由として、本願発明の進歩性を否定した。
 裁判所は、所定のシリコン系樹脂が周知であるとしても、「半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形するという樹脂封止方法」においてシリコン系樹脂を用いることが周知な技術であると認めることはできないとして、審決は違法であると判断した。裁判所はさらに、明細書中に実施例による裏付けが必須であるという被告(特許庁)の主張は、進歩生判断とは関係ないと判断した。

2.請求項1に記載の本願発明
「半導体装置を金型中に載置して,該金型と該半導体装置との間に供給した硬化性シリコーン組成物を圧縮成形することによりシリコーン硬化物で封止した半導体装置を製造する方法であって,前記硬化性シリコーン組成物が,(A)一分子中に少なくとも2個のアルケニル基を有するオルガノポリシロキサン,(B)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合水素原子を有するオルガノポリシロキサン,(C)白金系触媒,および(D)充填剤から少なくともなり,前記(A)成分が,式:RSiO3/2(式中,Rは一価炭化水素基である。)で示されるシロキサン単位および/または式:SiO4/2で示されるシロキサン単位を有するか,前記(B)成分が,式:R'SiO3/2(式中,R'は脂肪族不飽和炭素-炭素結合を有さない一価炭化水素基または水素原子である。)で示されるシロキサン単位および/または式:SiO4/2で示されるシロキサン単位を有するか,または前記(A)と前記(B)成分のいずれもが前記シロキサン単位を有することを特徴とする,半導体装置の製造方法。」

3.引用発明との一致点相違点
 審決が,上記結論に至る過程で認定した引用発明の内容,本願発明と引用発明の一致点及び相違点は,次のとおりである。
引用発明の内容
「被成形品16の基板12を下型23にセットし,型締め時に所定の樹脂圧が得られるように所定の強さの付勢力を有するものを選択する,被成形品16の基板12上に樹脂封止用の樹脂50を供給する樹脂封止方法」
一致点
「半導体装置を金型中に載置して,該金型と該半導体装置との間に供給した組成物を圧縮成形することにより封止した半導体装置を製造する方法」である点
相違点
本願発明では,「シリコーン硬化物」で封止し,封止用の「組成物」が,所定の構造を有する「硬化性シリコーン組成物」であるのに対し,引用発明には,「シリコーン硬化物」で封止する点と,封止用の樹脂50の組成に関する記載がない点

4.拒絶審決
 拒絶査定不服審判の審決では本願発明に用いられる所定の構造を有する硬化性シリコーン組成物は、引用例2、引用例3等において半導体装置を保護する組成物として開示されている周知の組成物であることから、引用発明において所定の構造の硬化性シリコーン組成物を使用して本発明を完成させることは容易であると判断した。
 出願人(原告)は本願発明が奏する有利な効果を考慮すれば、本願発明の進歩性は肯定されるべきだと主張した。しかしながら審決では、明細書中に効果を裏付ける記載がないことから「明細書に基づかない主張」であると判断され、有利な効果は考慮されなかった。

5.裁判所の判断のポイント
(1) 本願発明と引用発明の解決課題における相違について
 上記のとおり,本願発明は,封止樹脂の厚さを精度良くコントロールし,ボンディングワイヤーの断線や接触等の発生を防止し,封止樹脂にボイドが混入することを防止するため,金型中に半導体装置を載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形する方法に関するもので,半導体装置を樹脂封止するに当たり,半導体チップや回路基板の反りが大きくなるのを防止するとの課題を解決するために,封止樹脂である硬化性シリコーン組成物として特定の組成物を選択することにより,比較的低温で硬化性シリコーン組成物を圧縮成形することを可能にした発明である。なお,「封止」とは,半導体などの電気電子部品を包み埋め込んで,湿気,活性気体,振動,衝撃などの外部環境からこれを保護し,電気絶縁性や熱放散性を保持するために行われるものである(甲12,13)。そして,封止が行われる前に,半導体素子等に,電気特性の安定化,耐湿性改良,応力緩和,ソフトエラー防止を目的として,表面保護コーティングが行われる(甲12)。
 これに対し,引用発明は,本願発明と同様に,半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形するという樹脂封止方法に関する発明であって,引用例1には,半導体チップや回路基板の反りが大きくなるのを防止するという課題に関し,何らの記載も示唆もなく,また,樹脂材に関しては熱硬化性樹脂でも熱可塑性樹脂でも使用可能であるとの記載があるものの(段落【0018】),封止用樹脂の組成については何らの限定もない。
(2) 本願発明の相違点に係る構成の容易想到性の有無について
引用例2及び引用例3には,硬化性シリコーン組成物として,本願発明における硬化性シリコーン組成物と同じ組成を有する組成物が開示されている。しかし,前記のとおり,引用例2における硬化性シリコーン組成物は,LED表示装置等の防水処理のための充填剤や接着剤として使用するものであること,LEDや外部からの光を反射しないよう,艶消し性に優れているという特性を有することが示されている。半導体装置の封止用樹脂とLED表示装置等の充填剤や接着剤とは,使用目的・使用態様を異にするものであり,引用例2には,上記のような硬化性シリコーン組成物を,半導体装置の樹脂封止に使用するという記載も示唆もない。したがって,引用発明に接した当業者が,引用発明に引用例2に記載された技術的事項を組み合わせ,引用発明における封止用樹脂として引用例2に開示された硬化性シリコーン組成物を使用することを,容易になし得るとはいえない。
 また,引用例3における硬化性シリコーン組成物は,半導体素子の表面を被覆するための半導体素子保護用組成物として使用するものであり,前記のとおり,半導体素子の表面被覆は封止の前に行われる工程であって,半導体などを包み埋め込む「封止」とは,その目的等において相違する。引用例3には,硬化性シリコーン組成物の硬化物による被覆の後,同工程とは別個独立に樹脂封止が行われることを前提とした上で,硬化物と封止樹脂との熱膨張率が異なることによって生じる問題点を解決する組成物として,耐湿性及び耐熱性が優れた半導体装置を形成できる半導体素子保護用組成物である硬化性シリコーン組成物が示されている。「被覆」と「封止」とは,その目的等において相違する工程であることに照らすならば,引用発明に接した当業者が,引用発明に引用例3に開示された硬化性シリコーン組成物を組み合わせることを,容易になし得るとはいえない。
 以上のとおり,当業者が,引用発明に引用例2及び引用例3に記載された発明を組み合わせて,本願発明における相違点に係る構成に至るのが容易であるとは認められない。
被告の主張に対して
この点に関して,被告は,引用例2,引用例3及び甲4文献記載の組成物は,半導体装置を保護する組成物であり,シリコン系樹脂により半導体装置を封止して保護することは,周知慣用の技術手段であり,半導体装置を封止するために,シリコン系樹脂として周知である本願発明における硬化性シリコーン組成物を用いることは,当業者が容易になし得ることであると主張する。
 しかし,以下のとおり,被告の主張は,理由がない。
 樹脂封止は,半導体装置の封止手段として一般的に行われている方法であり,樹脂封止のうち,ポッティング法,キャスティング法,コーティング法,トランスファ成型法において,封止用樹脂としてシリコン系樹脂を使うことは,当業者に周知な技術であると認められる(甲4,12,乙1,2)。しかし,引用発明のように,半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形する樹脂封止方法において,封止用樹脂としてシリコン系樹脂を使うことが当業者に周知な技術であると認めるに足りる証拠はない。被告が本訴において提出する乙1及び2には,ICチップを樹脂封止する際,シリコン系樹脂で封止することが通常行われている旨の記載があるが(乙1の段落【0004】,乙2の段落【0007】),これらの記載から,半導体装置を金型中に載置し,金型と半導体装置との間に封止用樹脂を供給して圧縮成形するという樹脂封止方法においても,シリコン系樹脂を用いることが当業者に周知な技術であると認めることはできない。
 したがって,引用例2,引用例3及び甲4文献から,本願発明における硬化性シリコーン組成物が当業者に周知な組成物であると認められるとしても,引用発明の樹脂にこの硬化性シリコーン組成物を使用することが容易になし得ると認めることはできない。
 なお,被告は,本願明細書の記載から,原告の主張に係る「半導体装置を封止する際,ボイドの混入がなく,シリコーン硬化物の厚さを精度良くコントロールすることができ,ボンディングワイヤーの断線や接触がなく,半導体チップや回路基板の反りが小さい半導体装置を効率よく製造することができ()」という本願発明の効果を確認することができないとの主張もしている。しかし,被告の上記主張は,容易想到性に関する審決の判断の当否に影響を与える主張ではないから,その主張自体失当である。