2011年3月13日日曜日

サポート要件違反と判断した審決が取り消された事例

知財高裁平成23年2月28日判決
平成22年(行ケ)第10109号 審決取消請求事件

 今回紹介する裁判例はサポート要件に関して知財高裁が判断を下した最近の事例である。

1.本願発明1(請求項1)
「(i)ケラチン繊維に対して還元用組成物を適用する作業;及び,(ii)ケラチン繊維を酸化する作業を少なくとも含み,更に作業(i)の前に,当該ケラチン繊維に対して,化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用することを特徴とする,ケラチン繊維のパーマネント再整形方法。」

2.審決の理由(「第5 当裁判所の判断」から抜粋)
(1) 審決は,本願発明1ないし9は,36条6項1号に違反するとした。その理由を要約すると,以下のとおりである。すなわち,
ア 本願発明1ないし9は,ケラチン繊維のパーマネント再整形方法において,
①ケラチン繊維に対して還元用組成物を適用する作業の前に,②当該ケラチン繊維に対して,化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用することにより,毛髪の劣化を緩和する等の課題解決を目的とする発明である。
イ 本願明細書には,本願発明の課題解決に関して,「還元剤の中にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有させた還元用組成物を毛髪に適用した場合」(従来技術)と,「還元剤処理の前に前処理剤としてアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用する場合」との,両者に差が生じた旨の記載はある。しかし,同記載は,具体的な比較実験データ及び前処理の有無による技術的傾向が示されているわけではない。
ウ 実施例に関して,実施例1は,「本件発明方法」と「先行技術による方法」との比較が示されているが,同実施例の「先行技術による方法」は,前処理用組成物で処理しなかったもので,還元剤の中にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有させた還元用組成物を毛髪に適用したものではないから,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理剤による処理の有無に係る比較実験データとしては適切なものではない。また,実施例2,3についても,従来技術である「還元剤の中にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有させた還元用組成物を毛髪に適用した場合」と,「還元剤処理の前に前処理剤としてアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用する場合」との具体的な比較実験データが示されていない。
 したがって,本願発明1~9は,本願発明の詳細な説明に記載されたものでなく,36条6項1号の規定を充足しないものである。
(2) 審決の理由の不備について
 要するに,審決は,特許請求の範囲の請求項1(請求項2ないし9も同様である,以下同じ。)の「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」の意義について,「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」と限定的な解釈を施した上で,発明の詳細な説明中には,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理剤により前処理した実施例は記載されているものの,前処理をせず「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」により還元処理をした従来技術に係る比較例は記載されておらず,そのような従来技術との比較実験データは記載されていないから,特許請求の範囲に記載された発明は,発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということができない,と判断したものである。

3.裁判所の判断のポイント
36条6項1号は,「特許請求の範囲」の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要するとしている。同条同号は,同条4項が「発明の詳細な説明」に関する記載要件を定めたものであるのに対し,「特許請求の範囲」に関する記載要件を定めたものである点において,その対象を異にする。特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した「特許請求の範囲」の記載に基づいて定められる旨規定されていることから明らかなように,特許権者の専有権の及ぶ範囲は,「特許請求の範囲」の記載によって画される(特許法68条,70条)。もし仮に,「発明の詳細な説明」に記載・開示がされている技術的事項の範囲を超えて,「特許請求の範囲」の記載がされるような場合があれば,特許権者が開示していない広範な技術的範囲にまで独占権を付与することになり,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱することになる。
 36条6項1号は,そのような「特許請求の範囲」の記載を許さないものとするために設けられた規定である。したがって,「発明の詳細な説明」において,「実施例」として記載された実施態様やその他の記載を参照しても,限定的かつ狭い範囲の技術的事項しか開示されていないと解されるにもかかわらず,「特許請求の範囲」に,「発明の詳細な説明」において開示された技術的範囲を超えた,広範な技術的範囲を含む記載がされているような場合は,同号に違反するものとして許されない(もとより,「発明の詳細な説明」において,技術的事項が実質的に全く記載・開示されていないと解されるような場合に,同号に違反するものとして許されないことになるのは,いうまでもない。)。
 以上のとおり,36条6項1号への適合性を判断するに当たっては,「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比することから,同号への適合性を判断するためには,その前提として,「特許請求の範囲」の記載に基づく技術的範囲を適切に把握すること,及び「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項を適切に把握することの両者が必要となる。」

「・・・「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」は,「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」と限定的に解釈することはできず,また,本願発明に係る「特許請求の範囲」は,本願明細書の「発明の詳細な説明」に記載されていると理解することができるから,本願発明1ないし9の請求項の記載は36条6項1号に適合しないとした審決の判断には,誤りがある。・・・」

「特許請求の範囲には,「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」について,アミノシリコーンを含まないとの限定文言は一切ない。したがって,「還元用組成物」は,「アミノシリコーンを含まない還元用組成物」に限定解釈される根拠はない。」

「4 36条6項1号への適合性
 以上を前提として,本願発明の36条6項1号への適合性について,検討する。
 「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し,「特許請求の範囲」に記載された本願発明が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲のものであるか否か,すなわち,還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし,その後還元用組成物により還元処理をするとの本願発明が,アミノシリコーンを含有する還元用組成物により還元処理をするという従来技術と対比して,毛髪の劣化の程度の緩和等の作用効果を実現し,課題を解決し得ることが,「発明の詳細な説明」に記載・開示されているか否かについて,検討する。
(1) 「特許請求の範囲」の記載について
 本願発明の「特許請求の範囲」の記載は,第2,2記載のとおりである。
 前記3記載のとおり,「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」は,アミノシリコーンを含まないものには限定されない。そして,本願発明は,パーマネント再整形における還元処理の前に,「当該ケラチン繊維に対して,化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用すること」との前処理工程を付加した点において,特徴を有する発明である。
(2) 「発明の詳細な説明」の記載について
 本願明細書には,実施例1ないし5が記載されているが,パーマネント再整形における還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をする例が記載されているのは実施例1ないし3であり,実施例1ないし3は,次のとおり記載されている。
・・・
(3) 「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載との対比
ア 前記(2)の本願明細書の記載によれば,実施例1では,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物による前処理をせず, DV2 で還元処理した比較例(実施例1では「先行技術」と表示される。)」と,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物により前処理した後,DV2 で還元処理したもの(実施例)」の比較結果が示され,本願発明による前処理を施したことによる効果が得られた旨の記載がされている。
 本願明細書中には,DV2 がアミノシリコーンを含んでいるとの明示の説明はされていない。仮に,DV2 がアミノシリコーンを含まないものであると認識されるならば,実施例1における比較例は,アミノシリコーンを含む還元用組成物を用いて還元処理したもの(従来技術)でないから,「本願発明の実施例」と「従来技術に該当するもの」とを対比したことにはならず,本願発明により前処理を施したことによる効果を示したことにならない。審決は,この点を理由として,実施例1の実験は,比較実験として適切なものでないと判断する。
 しかし,審決の同判断は,妥当を欠く。すなわち,前記のとおり,本願発明の特徴は,先行技術と比較して,「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し,非イオン性両親媒性脂質を含まない)」を適用するという前処理工程を付加した点にある。そして,①特許請求の範囲において,前処理工程を付加したとの構成が明確に記載されていること,②本願明細書においても,発明の詳細な説明の【0011】で,前処理工程を付加したとの構成に特徴がある点が説明されていること,③本願明細書に記載された実施例1における実験は,前処理工程を付加した本願発明と前処理工程を付加しない従来技術との作用効果を示す目的で実施されたものであることが明らかであること等を総合考慮するならば,本願明細書に接した当業者であれば,上記実施例の実験において,還元用組成物として用いられたDV2 が「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」との明示的な記載がなくとも,当然に,「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」の一例としてDV2を用いたと認識するものというべきである。
 ・・・なお,甲14ないし16によれば,DV2 は,アミノシリコーンを含有しているものと推認される。
イ また,実施例2,3においても,アミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用した場合とそうでない場合が比較され,本願発明の効果が示されているということができる。
(4) 小括
 以上のとおりであり,審決が,①本願発明について,「還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし,その後アミノシリコーンを含有しない還元用組成物により還元処理をする」との構成に係る発明であると限定的に解釈したと解される点,②「前処理をせずに,アミノシリコーンを含む還元用組成物により還元処理をした従来技術」とを比較した場合の本願発明の効果が示されていないと判断した点,及び③本願発明1ないし9について,「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということはできないと判断した点に,誤りがある。
 したがって,審決は,36条6項1号に適合しないとの結論を導いた限りにおいて,理由を誤った違法がある。」