2010年9月11日土曜日

特許請求の範囲の明確性と明細書等の開示事項の参酌

知財高裁平成22年8月31日判決

平成21年(行ケ)第10434号審決取消請求事件

 本事例は特許法36条6項2号(明確性)要件欠如の拒絶審決が取り消された事例である。

 特許請求の範囲の記載だけでなく。明細書の記載、図面、当業者の出願当時における技術的常識を考慮して第三者に不利益を及ぼすほどに不明確でなければ明確性要件は満たされるというのが本判決の立場である。

1.本件発明

「【請求項1】バックシートとトップシートとを有する吸収性物品であって,第1腰部区域,第2腰部区域,それらの間に挟まれた股部区域,長手方向軸線,及び前記トップシートと前記バックシートとの間に配置され,中に排泄物を受けるための主要空間まで通路を提供する開口部を具備し,前記開口部が前記長手方向軸線に沿って少なくとも前記股部区域に配置され,前記トップシートが伸縮性であり,当該物品が,当該物品の弛緩した状態での長手方向寸法の60%の長さである短縮物品長Lと,伸張時短縮物品長Lsとを有する短縮物品部分を有し,当該物品が次の弾性特性:

 0.25Lsで0.6N未満の第1負荷力,0.55Lsで3.5N未満の第1負荷力,及び0.8Lsで7.0N未満の第1負荷力,並びに0.55Lsで0.4N超の第2負荷軽減力,及び0.80Lsで1.4N超の第2負荷軽減力,

を有する吸収性物品。」

2.審決の理由

「本願補正発明1の課題は,トップシートの糞便が通過できる開口が設けられた吸収性物品において,当該吸収性物品の適用中に開口の位置合わせを適切に行うことである。しかし,「伸長時短縮物品長Ls」と,「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」との関係により物品の弾性力を特定することが,吸収性物品の機能,特性,課題解決と,どのように関連するのかは,明確ではない。

 また,「0.25Lsで0.6N未満の第1負荷力,0.55Lsで3.5N未満の第1負荷力,及び0.8Lsで7.0N未満の第1負荷力,並びに0.55Lsで0.4N超の第2負荷軽減力,及び0.80Lsで1.4N超の第2負荷軽減力」との特定による作用効果も明確ではない。よって,本願補正発明1において,「伸長時短縮物品長Ls」を用いて,「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」との関係で物品の弾性特性を特定することの技術的意味は明確ではない。そうすると,本願補正発明1・・・に係る特許請求の範囲の記載は,不明確であり,特許法・・・36条6項2号に違反する。」

3.裁判所の判断のポイント

「法36条6項2号の趣旨について

 法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。

 そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。

 上記のとおり,法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関して,「特許を受けようとする発明が明確であること。」を要件としているが,同号の趣旨は,それに尽きるのであって,その他,発明に係る機能,特性,解決課題又は作用効果等の記載等を要件としているわけではない。

 この点,発明の詳細な説明の記載については,法36条4項において,「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定されていたものであり,同4項の趣旨を受けて定められた経済産業省令(平成14年8月1日経済産業省令第94号による改正前の特許法施行規則24条の2)においては,「特許法第三十六条第四項の経済産業省令で定めるところによる記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と規定されていたことに照らせば,発明の解決課題やその解決手段,その他当業者において発明の技術上の意義を理解するために必要な事項は,法36条4項への適合性判断において考慮されるものとするのが特許法の趣旨であるものと解される。また,発明の作用効果についても,発明の詳細な説明の記載要件に係る特許法36条4項について,平成6年法律第116号による改正により,発明の詳細な説明の記載の自由度を担保し,国際的調和を図る観点から,「その実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」とのみ定められ,発明の作用効果の記載が必ずしも必要な記載とはされなくなったが,同改正前の特許法36条4項においては,「発明の目的,構成及び効果」を記載することが必要とされていた。

 このような特許法の趣旨等を総合すると,法36条6項2号を解釈するに当たって,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求めることは許されないというべきである。

 仮に,法36条6項2号を解釈するに当たり,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係で技術的意味が示されていることを要件とするように解釈するとするならば,法36条4項への適合性の要件を法36条6項2号への適合性の要件として,重複的に要求することになり,同一の事項が複数の特許要件の不適合理由とされることになり,公平を欠いた不当な結果を招来することになる。上記観点から,本願各補正発明の法36条6項2号適合性について検討する。」

「・・・「伸張時短縮物品長Ls」又は「収縮時短縮物品長Lc」と関連させつつ,吸収性物品の弾性特性を「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」により特定する本願各補正発明に係る特許請求の範囲の記載は,当業者において,本願補正明細書(図面を含む。)を参照して理解することにより,その技術的範囲は明確であり,第三者に対して不測の不利益を及ぼすほどに不明確な内容は含んでいない。

 上記のとおりであるから,「伸張時短縮物品長Ls」と「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」との関係(本願補正発明1),「収縮時短縮物品長Lc」と「伸長時短縮物品長Ls」との関係(本願補正発明2)によって,弾性力を特定したことが,吸収性物品の機能,特性,発明の解決課題とどのように関連するのか,作用効果が不明であることを理由として,本願各補正発明に係る特許請求の範囲の記載が,法36条6項2号に反するとした審決には,同項同号の解釈,適用を誤った違法があるというべきである。」