2024年11月23日土曜日

「本発明の1態様・その他の態様」が奏する効果の記載と、発明の課題の認定との関係について判示された事例

 知財高裁令和6年10月31日判決
令和5年(行ケ)第10090号 審決取消請求事件
 
1.概要
 本件は、被告が有する特許権に対する原告が請求した無効審判における、訂正後の請求項18〜34に係る発明について無効審判請求は成り立たず権利は有効であるとする審決の取り消しを原告が求めた審決取消訴訟の知財高裁判決である。新規性、進歩性、実施可能要件、サポート要件の違反が争われたが、知財高裁は審決に違法性は無いとして原告の請求を棄却した。
 本件訂正発明18が解決しようとする課題は、「少なくとも45mg/mlのフルベストラントを含有し、筋肉内注射によりヒトに投与するための徐放性医薬製剤を提供する」ことである。
 そして、実施例として記載の実験データでは、本件訂正発明18に包含される医薬製剤である製剤F1について、インビボウサギ試験を行い、5日間にわたってフルベストラントの沈殿及び放出プロフィルを測定したところ、均一な放出プロフィルを示したことが示されている。
 一方、明細書には、「本発明の1態様として…少なくとも2週間は治療上有意の血漿フルベストラント濃度を達成する医薬製剤を提供する。」という記載、「本発明の他の態様は、…少なくとも2週間は治療上有意の血漿フルベストラント濃度を達成する医薬製剤である。」という記載がある。
 原告は明細書の記載から、本件発明の課題は、「少なくとも2週間」の徐放性を意味するため、5日間の実施例の記載によっては課題が解決できるとは認められずサポート要件違反であると主張した。
 これに対し裁判所は、明細書の上記記載について、「これらは発明の一つの態様として記載されたものと認められ、本件各訂正発明の課題が、『少なくとも2週間治療上有意の血漿フルベストラント濃度を達成する』、あるいは『徐放性が2週間以上継続する』ことを示す記載であるとは認められない。」と判示し、本件発明の課題を規定するものではないと判断した。
 
2.本件訂正発明18(訂正後の請求項18)
「筋肉内注射によりヒトに投与するための医薬製剤であって、少なくとも45mg/mlのフルベストラント、製剤の容積当たり15~25重量%の医薬的に許容できるアルコール類、製剤の容積当たり10~25重量%の、ヒマシ油中の安息香酸ベンジル、および少なくとも45mg/mlのフルベストラントの製剤を調製するのに十分な量のヒマシ油を含み、医薬的に許容できるアルコール類がエタノールおよびベンジルアルコールの混合物であり、エタノールおよびベンジルアルコールが製剤の容積当たりほぼ等しい重量%で存在する、筋肉内注射に適する医薬製剤。」
 
3.明細書中の本件発明の効果の記載についての裁判所の認定
「本件発明の効果
 フルベストラントは他のいずれの油よりヒマシ油中において有意に溶解度が高い。しかし、本発明者らは、最良の油性溶剤であるヒマシ油を用いた場合ですら、フルベストラントを油性溶剤のみに溶解して低容積の注射で患者に投与するのに十分な高濃度を達成しかつ療法的に有意の放出速度を達成するのは不可能であることを見出した。 (段落【0019】、【0020】)
・・・(略)・・・
 本発明者らは予想外に、本発明の製剤が筋肉内注射後、長期間にわたって十分なフルベストラントを放出することを見出した。この知見は次の理由からみて確かに予想外である。・・・(略)・・・
 本発明者らは、追加の可溶化添加剤(solubilising excipients)、すなわちアルコール類及び医薬的に許容できる非水性エステル系溶剤が製剤の注射後、製剤ビヒクル及び注射部位から直ちに排除されるにもかかわらず、本発明の製剤によればなお治療上有意なフルベストラント濃度を長期間にわたって達成できることを見出した。(段落【0043】)」
 
4.裁判所の判断のポイント(実施可能要件、サポート要件について)
「5 取消事由4(訂正発明18~24、26~34の実施可能要件違反の有無に関する判断の誤り)及び取消事由5(本件各訂正発明のサポート要件違反の有無に関する判断の誤り)
(1)実施可能要件違反について
 ・・・(略)・・・・
 本件明細書等では、エタノール[96%](10%)、ベンジルアルコール(10%)及び安息香酸ベンジル(15%)について、65mg/mlという十分なフルベストラント溶解度を有することが確認されており(段落【0047】、【0048】、表3)、フルベストラント(5%)、エタノール[96%](10%)、ベンジルアルコール(10%)及び安息香酸ベンジル(15%)を含み、ヒマシ油で容積調整した製剤を「製剤F1」と呼び、この製剤F1について、インビボウサギ試験を行い、5日間にわたってフルベストラントの沈殿及び放出プロフィルを測定したところ、均一な放出プロフィルを示し、フルベストラントの沈殿の証拠がなかったことが確認されている。そのため、本件明細書等の発明の詳細な説明によれば、本件明細書等の「製剤F1」、すなわち「エタノール10重量%、ベンジルアルコール10重量%、安息香酸ベンジル15重量%、十分な量のヒマシ油」である組成の溶剤とすることにより、少なくとも45mg/mlのフルベストラントを含み、筋肉内注射によりヒトに投与し、乳がんの治療に用いるための徐放性の医薬製剤を、当業者が過度な試行錯誤を要することなく製造し使用できることを理解することができると認められる。
 ・・・(略)・・・・
(2)サポート要件違反について
 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
 本件特許に係る特許請求の範囲の記載及び本件各訂正発明の概要(前記1(1))によれば、本件各訂正発明の課題は、少なくとも45mg/mlのフルベストラントを含有し、筋肉内注射によりヒトに投与するための徐放性医薬製剤を提供することであると認められる。
 前記⑴によれば、本件明細書等において、製剤F1について、ウサギに筋肉内注射した際に、注射部位に沈殿が生じず、徐放性を有することが確認されており、製剤F1については、「少なくとも45mg/mlのフルベストラントを含有し、筋肉内注射によりヒトに投与するための徐放性医薬製剤を提供する」という課題を解決できることが具体的に確認されている。
 そして、前記(1)のとおり、本件各訂正発明は、溶剤の種類が製剤F1と同一であり、各溶剤の含有量が製剤F1と同一又は近似している。
 したがって、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願時における技術常識に照らし、本件各訂正発明は、当業者が上記の課題を十分に解決できると認識できる範囲のものであり、かつ、発明の詳細な説明に記載されたものと認められる。したがって、本件各訂正発明について、サポート要件違反は認められない。
(3)原告の主張(前記第3の4〔原告の主張〕)に対する判断
 原告は、本件各訂正発明の課題(前記(2))にいう「徐放性」が「徐放性が2週間以上継続する」ことを意味するとすれば、本件明細書等では4日目までしか血漿中フルベストラント濃度が確認されておらず、本件各訂正発明は、そのような課題を解決できる物として製造できることが本件明細書等に記載されていないから、実施可能要件違反であり、かつ、そのような課題を解決できることが本件明細書等に記載されておらず、そのような課題を解決できると当業者が理解することもできないから、サポート要件違反であると主張する。
 しかし、本件各訂正発明の特許請求の範囲の記載には、徐放性が2週間以上継続するものであるとの内容は含まれていないから、本件明細書等において2週間の徐放性が継続することが確認されていないことをもって、本件各訂正発明が実施可能要件に違反するとは認められない。
 また、本件明細書等には、「2週間治療上有意の血漿フルベストラント濃度を達成する」と記載された段落があるが(段落【0023】、【0024】)、段落【0023】には、「本発明の1態様として…少なくとも2週間は治療上有意の血漿フルベストラント濃度を達成する医薬製剤を提供する。」と記載され、段落【0024】には、「本発明の他の態様は、…少なくとも2週間は治療上有意の血漿フルベストラント濃度を達成する医薬製剤である。」と記載されており、これらの段落全体の記載からすれば、これらは発明の一つの態様として記載されたものと認められ、本件各訂正発明の課題が、「少なくとも2週間治療上有意の血漿フルベストラント濃度を達成する」、あるいは「徐放性が2週間以上継続する」ことを示す記載であるとは認められない。
 したがって、原告の上記主張は採用することができない。」