知財高裁令和6年5月30日判決令和5年(行ケ)第10025号 審決取消請求事件
1.概要
本事例は被告の特許権の無効審判審決(結論:無効理由なし)に対する原告が請求した審決取消訴訟の知財高裁判決(結論:請求棄却)である。
本件特許の請求項1ないし5の発明(本件発明1ないし5)は、「下記一般式(1)で表される多環芳香族化合物、または下記一般式(1)で表される構造を複数有する多環芳香族化合物の多量体」という一般式で規定された化合物が記載されている。この化合物は、有機EL素子材料として用いられる。
本件発明1ないし5の、先行特許文献である甲1号証に記載された発明(甲1発明)等に対する進歩性が争われた。
無効審判請求人である原告は「進歩性の評価は、発明の構成の容易想到性と作用効果の顕著性の2段階によって行われるのが原則であるが、本件発明1のような化合物発明の場合、作用効果の顕著性の評価が重要であるところ、本件各発明は、外部量子効率が確認されていない化合物を無数に包含しており、・・・作用効果の劣る数値の化合物が存在することは明らかであり、被告は、顕著な作用効果があることの立証責任を果たしていない」こと等を主張した。
裁判所は、甲1発明に基づいて本件発明1ないし5の化合物に到達する動機付けが存在しないことから、本件発明1ないし5の進歩性を肯定し、更に、「本件では、そもそも甲1発明1及び2に甲2、甲3及び甲44を適用しても本件発明に至る動機付けがなく、本件各発明に構成の容易想到性がないと認められるのであるから、さらに被告が顕著な作用効果を立証しなければならないものではない。」と判示した。
2.進歩性についての裁判所の判断のポイント
「本件発明1ないし5について
甲1発明1の化合物60ないし69、260ないし269は、分子内に特定の環状構造を複数有する化合物について、これらが熱的に安定で電荷輸送材料として優れた特性を有している(甲1の段落[0008]等)として記載された、一般式[2-1]で表される化合物の具体例のうちの一部(甲1の段落[0052])である。甲1には、一般式[2-1]で表される化合物の具体例のみで160の化合物が、全体では1160もの具例化合物が示されているところ、甲1には、これら具体的に記載された化合物を、別の化学構造の化合物とすることを動機付ける記載はない。
仮に、甲1全体の記載を参酌して、これらを異なる化合物とすることを試みたとしても、甲1の一般式[2-1]や[2-2]、さらには一般式[1] (特許請求の範囲等)に記載されたものは、いずれも前記4(2)で検討したとおりの連結系多量体を記載したものであるから、これは本件各発明における多量体の定義によれば、本件各発明に属するものではなく、本件各発明の共有系多量体ないし縮合系多量体に係る多量体に到達するに至る動機付けは存在しない。
「(4) 原告の主張に対する判断
・・・
エ 原告は、そもそも進歩性の評価は、発明の構成の容易想到性と作用効果の顕著性の2段階によって行われるのが原則であるが、本件発明1のような化合物発明の場合、作用効果の顕著性の評価が重要であるところ、本件各発明は、外部量子効率が確認されていない化合物を無数に包含しており、実施例の範囲に限っても比較例より外部量子効率の劣る実施例が存在しており、原告の実験(甲47)及び被告の実験(甲26)においても比較例より外部量子効率の劣る本件化合物の素子例が存在し、HOMO-LUMOギャップや、ΔEST、ETの数値自体をとってみても、環構造の相違、置換基の種類及び大きさの相違によって大きく変動するもので、作用効果の劣る数値の化合物が存在することは明らかであり、被告は、顕著な作用効果があることの立証責任を果たしていない旨を主張する。
しかし、上記(3)のとおり、本件では、そもそも甲1発明1及び2に甲2、甲3及び甲44を適用しても本件発明に至る動機付けがなく、本件各発明に構成の容易想到性がないと認められるのであるから、さらに被告が顕著な作用効果を立証しなければならないものではない。原告の主張は、新規な化学構造は容易想到であるから化合物発明の進歩性判断では顕著な作用効果の存在によって進歩性を認めるべきであるとするところ、これは化合物の発明についての原告独自の見解である。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。」