2020年6月28日日曜日

実施例と合致しない特許発明の実施可能要件サポート要件

知財高裁令和2年5月28日判決
令和元年(行ケ)第10075号 審決取消請求事件

1.概要
 本件は被告が有する特許権に対する無効審判審決(特許有効の判断)を不服とする原告による審決取消訴訟の高裁判決であり、下記の本件発明6については審決の判断(実施可能要件違、サポート要件を満たす)が維持された事例である。

 本件特許の請求項6に係る発明(本件発明6)は以下の通り
「【請求項6】第1のスキン層と,コア層,及び第2のスキン層とを含むポリオレフィンフィルムを押出成形する第1の押出ステップと,/前記押出成形されてなるフィルムを冷却させる第1の冷却ステップと,/前記第1の冷却ステップを経たフィルムを縦延伸する縦延伸ステップと,/前記縦延伸されたフィルムの第1のスキン層上に熱封着樹脂層が形成されるように押出成形する第2の押出ステップと,/前記熱封着樹脂層が形成されたフィルムを冷却させる第2の冷却ステップ,及び/前記第2の冷却ステップを経たフィルムを横延伸する横延伸ステップと,/を含み,/前記第2の冷却ステップは,表面に凹凸構造を有する冷却ロールを用いて樹脂層に空気チャンネルを形成させることであり,/前記冷却ロールに形成された凹凸構造は,5μm~30μmの深さを有することを特徴とする,ポリオレフィン系延伸フィルムの製造方法。」

 この方法で製造されるポリオレフィン系延伸フィルムは、(凹凸を有する)熱封着樹脂層、第1のスキン層、コア層、及び、第2のスキン層がこの順で積層された構造を有する。そして、熱封着樹脂層に凹凸が形成されている。
 特許明細書には、この構成の効果として、空気チャネルの形成によって巻き取り時のしわ寄りが効果的に防止されることや、優れた層間接着強度を有することが記載されている。
 しかし、上記の製造方法を実施し、効果を確認した実験結果は記載されていない。明細書の実施例1、実施例2では、表面に凹凸構造を有する冷却ロールを用いて、熱封着樹脂層の裏側にあたる第2のスキン層に凹凸を形成することは記載されているが、熱封着樹脂層に凹凸を形成する例ではない。

 そこで原告は、本件発明6は実施可能要件、サポート要件を満たさないと主張した。
 これに対して知財高裁は、以下のように判示し、本件発明6は実施可能要件、サポート要件を満たすと判断した。

2.原告の主張に対する裁判所の判断のポイント
「4 取消事由4(本件発明6に係る実施可能要件の判断の誤り)について
・・・
 原告は,実施例及び比較例の記載(【0066】~【0075】)は,図4の装置を前提に,表面に凹凸構造を有する冷却ロールが樹脂層40とは反対側の面に当てる態様を開示しており,表面に凹凸構造を有する冷却ロールを樹脂層40表面に当てる態様については,空気チャンネルの形成によって巻取時のしわ寄りが効果的に防止されるとの効果が奏されるとの実験的な確認がなく,実施可能要件に適合しない旨主張する。
 本件明細書には,図4に示す装置を前提に,「先ず,共押出により第1のスキン層10/コア層30/第2のスキン層20が積層されてなるフィルムを作製した後,第1の冷却を行ない,次いで,縦延伸比4倍で縦延伸を行なった。そして,縦延伸後,連続押出によるインライン(In-Line)工程により前記第1のスキン層10上に樹脂層40としてのEVA層を押出積層した後,冷却ロールに通させて第2の冷却を行ない,次いで,横延伸比8倍で横延伸して,図3に示すような4層構造の延伸フィルムを作製した。…冷却する際に,…実施例2の場合は,サンディング処理が施されたマットタイプロールに通させて冷却を行なった。」(【0066】,【0067】)との記載があり,第2の冷却ステップで凹凸構造を有する冷却ロールが第2のスキン層に当てられ,第2のスキン層に空気チャンネルが形成される実施例2が記載されている。
 しかしながら,実施例2を参照した場合でも,請求項6や【0051】の記載を参照して,第2の押出ステップにより成形されたフィルムを実施例2と上下逆にすれば,第2の冷却ステップで凹凸構造を有する冷却ロールを樹脂層40に当てることは容易にできるから,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明6の空気チャンネルを形成することはできるというべきである。
 そして,実施可能要件は,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要するとするものであって,作用効果を奏することの実験的な確認を要するものではない。」

「5 取消事由5(本件発明6に係るサポート要件の判断の誤り)について
・・・
 原告は,実施例及び比較例の記載(【0066】~【0075】)は,図4の装置を用いており,表面に凹凸構造を有する冷却ロールが樹脂層には当たらず,樹脂層とは反対側の面に当たるようになっているから,これらの記載によっても,本件発明6によって,「優れた層間接着強度でラミネートされた多層ポリオレフィン延伸フィルムを提供」されているのか否かを理解することができず,サポート要件に違反する旨主張する。
 本件発明6の製造方法の各ステップを経て製造されたポリオレフィン系延伸フィルムは,実施例1のポリオレフィン系延伸フィルムとは,本件発明6の空気チャンネルが実施例1では形成されない点で異なり,実施例2のポリオレフィン系延伸フィルムとは,空気チャンネルの形成場所が本件発明6では樹脂層であるのに対し,実施例では第2のスキン層である点で異なる。
 しかし,本件明細書の「空気チャンネルによってフィルムの巻取品質が向上する。…横延伸されたフィルムは,巻取ロール600に巻き取られることとなり,このとき,巻取工程でしわが寄り,該しわが取れ難くなることがある。樹脂層40の形成の際,従来のようにコーティング工程等によらずに,縦延伸後の連続的な追加の押出工程(第2の押出ステップ)により樹脂層40を積層するため,巻取時にしわが寄り,該しわが取れ難くなることがある。」(【0049】),「空気チャンネルは,空気流れ通路を提供することにより,巻取時のしわ寄りを効果的に防止する。すなわち,巻取時にフィルムとフィルムとの間に存在していた空気が空気チャンネルから外部に抜けることにより,しわが寄ることを効果的に防止する。」(【0050】),「本発明の実施例に係るフィルムの場合,巻取後の外観性においても良好であることが分かり,特に実施例2の試片は,外観性等の巻取品質が非常に優れていることが判明した。」(【0075】)との記載によれば,巻取時にフィルムとフィルムとの間に存在していた空気が空気チャンネルから外部に抜けることにより,しわが寄ることを効果的に防止する空気流れ通路を提供することで,巻取時のしわ寄りを効果的に防止することを理解することができる。
 そして,表面に凹凸構造を有する冷却ロールが樹脂層40側に当てられた場合であっても,巻き取られたフィルムに空気チャンネルが形成されることは,スキン層に空気チャンネルが形成された実施例2の場合と同様であるから,巻取時にフィルムとフィルムとの間に存在していた空気が空気チャンネルから外部に抜けることにより,しわが寄ることを効果的に防止する空気流れ通路を提供し,巻取時のしわ寄りを防止する効果を奏するものと解される。
 また,本件発明6の製造方法の各ステップを経て製造されたポリオレフィン系延伸フィルムは,実施例1,2のポリオレフィン系延伸フィルムと各層の材料は同じであり,各層の層間の状態に違いがあることはうかがわれない上,空気チャンネルは,空気流れ通路を提供することにより,巻取時のしわ寄りを効果的に防止するものであるから,空気チャンネルが設けられているのが,フィルムの表面であるか樹脂層の側であるかによって,層間接着強度が大きく変わると解すべき根拠はない。
 そうすると,当業者は,実施例,比較例をみれば,本件発明6のポリオレフィン系延伸フィルムについても,実施例1,2と同様に,第1のスキン層と樹脂層との優れた層間接着強度,樹脂層と被着体(紙)との優れた層間接着強度を有することや,巻取時のしわ寄りを防止する効果を奏することが理解できるというべきである。したがって,図4の装置を用いた実施例及び比較例の記載の記載が本件発明6と整合しないとしても,それのみをもってサポート要件違反となるものではない。
 よって,原告の主張は採用できない。」