2020年2月8日土曜日

明細書中の「課題」の記載が原因でサポート要件不充足と判断された事例

知財高裁令和元年11月11日判決
平成31年(行ケ)第10003号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は特許無効審判(サポート要件欠如による特許無効の審決)を不服とする原告(特許権者)が審決の取り消しを求めた訴訟の知財高裁判決である。知財高裁は、サポート要件違反の無効審決に違法性はないと判断し、原告の請求を棄却した。
 争点は、請求項6等に係る本件発明が、明細書に記載の「発明が解決しようとする課題」を解決できると当業者が認識できるものであるか否かである。
 明細書に記載の解決課題と、実施例で確認されている効果との不整合、矛盾が原因でサポート要件違反と判断されている。

2.本件発明
 請求項6に係る発明(本件発明6)は以下の通りである。
「唾液又は少量の水により,口腔内で崩壊させて経口投与することを特徴とする口腔内崩壊錠であって,崩壊剤及び医薬組成物中の含有率が70~90質量%で炭酸ランタン又はその薬学的に許容される塩を含有し,前記崩壊剤が,クロスポビドンであり,前記クロスポビドンの医薬組成物中の含有率が5.6~12質量%であり,但し,崩壊剤がGRANFILLER-D(登録商標)から成る錠剤は除く,医薬組成物。」

3.裁判所の判断のポイント
「2 取消事由1(サポート要件違反についての判断の誤り)について
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
(2)本件発明の課題
 前記1(2)にみたところに照らすと,本件発明の課題のひとつは,高い原薬含有率で,速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立した炭酸ランタンの口腔内崩壊錠を提供することであると認められる。
 本件の取消事由1において問題とされているのはかかる課題についてであるので,以下,この課題に係るサポート要件違反の有無を検討する(以下,この課題を「本件課題」という。)。」
「(4)サポート要件適合性について
 原告が本件発明の実施例であると主張する実施例4においては,錠剤硬度117N,摩損度0.4パーセント(7/12)(ただし,括弧内は明らかなひび・割れ・欠けの個数/試験数),崩壊時間39秒(日局(補助盤なし)),7秒(日局(補助盤あり)),40秒(口腔内(静的))であったことが記載されている。
 他方,本件明細書の実施例の摩損度の評価は,錠剤の摩損度試験法(日局参考情報)に従って行われるとされているところ(【0062】),日本薬局方参考情報(乙1)によれば,錠剤の摩損度試験法においては,明らかにひび,割れ,欠けが見られる錠剤があるときはその試料は不適合であるとされている。
 そうすると,「明らかなひび・割れ・欠け」の個数が12錠中7錠であり,摩損度が0.4%とする実施例4の摩損度の評価の記載を,日本薬局方参考情報における錠剤の摩損度試験法で「明らかなひび・割れ・欠け」が見られる錠剤があるときはその試料は不適合であるとされていることとの関係で一義的に整合するように理解することができない。そして,本件明細書には「明らかなひび・割れ・欠け」の個数が12錠中7錠である実施例4の場合に,どのような方法で摩損度を測定した結果0.4%という数値を得たのかに関する説明はなく,この点についての当業者の技術常識を示す的確な証拠もない。
 以上によれば,当業者は,本件明細書の実施例4の記載から,当該実施例において低い摩損度を含む本件課題が実現されていることを理解することができないし,本件明細書のその余の部分にも,本件発明が,「高い原薬含有率で,速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立した炭酸ランタンの口腔内崩壊錠を提供する」という本件課題を解決できることを示唆する記載はなく,この点に関する技術常識を示す的確な証拠もない。
 したがって,本件発明について,本件明細書に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであり,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができないから,本件発明がサポート要件に適合するものということはできない。
(5)原告の主張について
・・・・
原告は,本件特許出願時において,打錠圧を上げることによって「明らかなひび・割れ・欠け」の解消が可能であることや,予圧をすることによって「明らかなひび・割れ・欠け」の解消が可能であることが技術常識であったとして,このような技術常識に照らせば,本件発明は本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであることを主張する。
 しかしながら,本件課題は,「高い原薬含有率で,速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立した炭酸ランタンの口腔内崩壊錠を提供する」というものであるところ,甲41~44,54,69~74(枝番を含む。)には,本件発明の口腔内崩壊錠について,打錠圧を上げ,あるいは,予圧をすることによって,「速やかな崩壊性,高い硬度及び低い摩損度を両立」することができることを示すものではない。本件発明の構成について,打錠圧を上げ,あるいは,予圧をすることによって本件課題を解決することができるとの技術常識があるとは認められない。
 そして,かかる技術常識が存在しない以上,それを裏付ける実験データ(甲45,53)を考慮することはできない。
 なお,本件明細書には,「適切な硬度が得られる打錠圧で所定の質量の錠剤を製造する。」(【0059】)と記載されているものの,「ひび・割れ・欠け」の解消との関係で,打錠圧の調整をすべきことについては記載がなく,当業者に対し,課題解決への示唆があるとも認められない。
オ 以上のとおりであるから,原告の主張はいずれも採用できない。」