2018年4月22日日曜日

方法により規定された物の構成要件の範囲が、特定の方法によるものには限定されないと判断された特許権侵害訴訟判決


東京地裁平成30年3月29日判決
平成28年(ワ)第29320号 特許権侵害差止等請求事件
1.概要
 本事例は、原告が、原告の有する特許権に基づいて、被告による被告製品の実施の差止等を求めた侵害訴訟の第一審判決である。東京地裁は原告の請求を認めた。
 本件特許発明は、下記の通り、熱可塑性樹脂発泡シートの片面に熱可塑性樹脂フィルムが積層された発泡積層シートによる容器に関するものである。この容器の構成要件の1つに「突出部」があり、請求項1において、「前記突出部の端縁部の上面が収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面に比して下位となるように,突出部の端縁部において前記熱可塑性樹脂発泡シートが圧縮されて厚みが薄くなっており」と規定されている(構成要件C)。
 被告製品が、構成要件Cを充足するか否かが争われた。
 被告製品は、①「前記突出部の端縁部の上面が収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面に比して下位となる」という構成と,②「突出部の端縁部において前記熱可塑性樹脂発泡シートが圧縮されて厚みが薄くなっており」という構成を備えている。しかし、被告製品は、端縁部において上記シートを圧縮して厚みを薄くする工程(上記②)を行い,その結果として端縁部の上面が上記のとおり下位(上記①)となっているわけではない、
 構成要件Cを、端縁部において上記シートを圧縮して厚みを薄くする工程(上記②)を行い,その結果として端縁部の上面が上記のとおり下位となっている(上記①)ことまで限定するものと解釈すれば、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さない。
 東京地裁は、「物の態様として「ように」の語が特段の意味を有すると解することはできず,前記ア①及び②の各構成が両立していれば足りると解するのが相当である」と判断し、構成要件Cを広く解釈して、被告製品は本件発明の技術的範囲に属すると結論付けた。

2.本件発明
 本件特許の請求項1に係る発明(本件発明1)は以下のように分説される。下線は説明のために追加した。
「A1 熱可塑性樹脂発泡シートの片面に熱可塑性樹脂フィルムが積層された発泡積層シートが用いられ,
A2 前記熱可塑性樹脂フィルムが内表面側となるように前記発泡積層シートが成形加工されて,
A3 被収容物が収容される収容凹部と,
B 該収容凹部の開口縁から外側に向けて張り出した突出部とが形成された容器本体部を有する容器であって,
前記突出部の端縁部の上面が収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面に比して下位となるように,突出部の端縁部において前記熱可塑性樹脂発泡シートが圧縮されて厚みが薄くなっており,
D しかも,該突出部の少なくとも端縁部の上面側には,凸形状の高さが0.1~1mmとなり
E 隣り合う凸形状の間隔が0.5~5mmとなるように凹凸形状が形成され,
F 且つ該端縁部の下面側が平坦に形成されていること
G を特徴とする容器。」

 本件特許第5305693号には以下の説明がある。
「前記容器本体部10は、前記突出部14の端縁部15において、前記熱可塑性樹脂発泡シートが圧縮された状態となっており、前記波形の突起15aの高さ(図2、図3の“h1”)が0.1~1mmとなり、隣り合う突起15aの間隔が0.5~5mmとなるように形成されていることが怪我防止の観点から好ましい。
 そして、前記端縁部15の上面は、収容凹部の開口縁13近傍の突出部14の上面に比べて下位となるように端縁部15が圧縮された状態となっている。
 すなわち、前記突出部14は、開口縁13近傍から端縁部15にかけて厚みが減少されており、この厚みが減少している領域において丸みを帯びた形状が形成されている。」
 本件特許第5305693号の図1~3:


3.裁判所の判断のポイント
「(3) 争点(1)ウ(構成要件C「端縁部の上面が…下位となるように…圧縮されて厚みが薄くなって」の充足性)について
本件発明1及び2に係る特許請求の範囲の記載は,①「前記突出部の端縁部の上面が収容凹部の開口縁近傍の突出部の上面に比して下位となる」という構成と,②「突出部の端縁部において前記熱可塑性樹脂発泡シートが圧縮されて厚みが薄くなっており」という構成であり,かつ,これらの構成が「ように」で結ばれている。「ように」を助動詞「ようだ」の連用形又は名詞「よう」に助詞「に」を組み合わせたものとし,「ように」の後の部分がその前の部分を目的とする行動等を示す意味を有するとするとし・・・,その行動等を②の「圧縮」と解すると,端縁部において上記シートを圧縮して厚みを薄くする工程(上記②)を行い,その結果として端縁部の上面が上記のとおり下位となること(上記①)を示していると解する余地があるが,本件発明1及び2は物の発明であって方法の発明ではないのであるから,直ちにこのような関係にあるとは限られない。この部分を物の態様を示すものとしてみると,上記①及び②の各構成が両立することは必要であるが,更に進んで上記②の圧縮に基づかずに上記①となる形状の容器が本件発明1及び2の技術的範囲に属しない趣旨を含むのか否かは明らかでない。
イ 本件明細書の発明の詳細な説明欄をみると,前記1(1)ア~オの記載に加え,「前記容器本体部10は,前記突出部14の端縁部15において,前記熱可塑性樹脂発泡シートが圧縮された状態となっており,前記波形の突起15aの高さ(図2,図3の“h1”)が0.1~1mmとなり,隣り合う突起15aの間隔が0.5~5mmとなるように形成されていることが怪我防止の観点から好ましい。/そして,前記端縁部15の上面は,収容凹部の開口縁13近傍の突出部14の上面に比べて下位となるように端縁部15が圧縮された状態となっている。/すなわち,前記突出部14は,開口縁13近傍から端縁部15にかけて厚みが減少されており,この厚みが減少している領域において丸みを帯びた形状が形成されている。」「このように,突出部14の上面側に前記熱可塑性樹脂フィルムが配され,下面側には熱可塑性樹脂発泡シートが配され,しかも,端縁部15の上面側15uに凹凸形状が形成され且つ下面側15dが平坦に形成されていることから前記蓋体20を外嵌させる際にこの平坦に形成された端縁部15の下面側15dに強固な係合状態を形成させることができる。/しかも,熱可塑性樹脂フィルムの端縁を上下にジグザグとなるように形成させることにより利用者の怪我などを防止できる。」(発明を実施するための最良の形態。段落【0019】,【0020】。「/」は改行を示す。)との記載がある。
 上記記載によれば,本件発明1及び2は前記1(3)のとおりの技術的意義を持つもので,端縁部の下面が平坦であることとその厚みが薄いことの双方が備わることで,それぞれの効果が生じ,蓋の強固な止着が実現するのであって,端縁部が圧縮されて薄くなっていることと上面の位置との関係に何らかの技術的意義があるものでないし,実施例においても何らの効果も示されていない。そうすると,物の態様として「ように」の語が特段の意味を有すると解することはできず,前記ア①及び②の各構成が両立していれば足りると解するのが相当である。
・・・
エ 証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品(包装用容器)は,端縁部の上面の高さが開口縁近傍の突出部の高さよりも低いことが認められる。
 また,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,①別紙被告製品目録記載・・・の各包装用容器を除く被告製品(包装用容器)について,端縁部の厚さが開口縁近傍の突出部の厚さよりも薄いこと(甲6~9),②被告製品1~7のそれぞれに属する包装用容器について,外寸が異なるほかに相違点がうかがわれないこと(甲5)が認められる。そうすると,被告製品(包装用容器)全部について,上記①のとおり推認するのが相当である。
 したがって,被告製品(包装用容器)は,構成要件Cの「下位となるように…圧縮されて厚みが薄くなって」を充足する。」

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2018年4月14日土曜日

引用文献の再現実験結果が、公知技術の証拠として考慮されなかった事例


 
知財高裁平成30年3月12日判決

平成29年(行ケ)第10041号/平成29年(行ケ)第10042号審決取消請求事件

 
1.概要

 本裁判例は、無効審判審決(請求項1等に係る発明が無効との審決)に対する審決取消訴訟において、知財高裁が審決を取り消した事例である。

 熱間プレス部材に関する本件発明1を特定する特性が、引用文献には記載されていないが、引用文献を再現した再現実験において同じ特性を有する熱間プレス部材が得られた。審決では、再現実験が証拠として考慮されて、前記特性は、引用文献に内在的に開示されていると判断された。一方、知財高裁は、再現実験が優先日後に行われたものであり、前記特性を優先日前に当業者が「認識」できたものではないことから、前記特性は公知技術ではないと判断した。

 引用発明が潜在的に備える構成が公知技術と言えるか否かの判断の際に参考になる事例として紹介する。

 
2.本件発明1(請求項1に記載の発明)

「質量%で,C:0.15~0.5%,Si:0.05~2.0%,Mn:0.5~3%,P:0.1%以下,S:0.05%以下,Al:0.1%以下,N:0.01%以下を含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域が存在し,前記Ni拡散領域上に,順に,Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層,およびZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVであり,優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに,腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制されることを特徴とする熱間プレス部材。」

 
3.引用発明との一致点、相違点

 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点

() 一致点

「C:0.2%(判決注:「質量%で,C:0.2%」の誤記と認める。),Si:0.3%,Mn:1.3%,P:0.01%,S:0.002%,Al:0.05%,N:0.004%,Fe及び不可避的不純物を含有する成分組成を有する部材を構成する鋼板の表層にZnO層を有し,塗膜密着性(判決注:「塗装密着性」の誤記と認める。)と塗装後耐食性を有する熱間プレス部材。」である点。

() 相違点

相違点(1)

 部材を構成する鋼板が,引用発明では「Ti:0.02%を含有」するのに対し,本件発明1では,Tiを含有しない点。

相違点(2)

 本件発明1では,「部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域が存在し,前記Ni拡散領域上に,順に,Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層,およびZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVである」のに対し,引用発明では,それが明らかではない点。

相違点(3)

 本件発明1では,「優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに,腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される」のに対し,引用発明では,「塗装密着性と塗装後耐食性を有する」ものの,「腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される」ことについては明らかではない点。

 
4.無効審判請求人が提出した再現実験(甲2)

 引用例1には,引用発明において,相違点⑵に係る鋼板の表面構造が生成することは明記されていない。

 しかし,前記⑴ウのとおり,Zn-Niめっき鋼板に熱間プレスを施した場合,Ni拡散領域,γ相,ZnO層が,下から上にこの順番で形成され,そのような表面構造を有するめっき部材が本件発明1の自然浸漬電位を有することは,当業者の技術常識に基づいて容易に予測されるものである。そして,以下のとおり,甲2による引用発明の再現実験により,この表面構造が生成することが確認されている。

 甲2は,引用発明に係る亜鉛-12%ニッケル合金電気めっき鋼板につき,その再現実験として,引用例1の【表1】及び【表5】に記載される鋼種Aの化学成分を狙い値として製造された鋼種(鋼種A)に対し,鋼板表面の皮膜状態の構造の調査を行った結果の報告書である。また,同報告書には,鋼種Aに近い成分にCr,Bを加えて製造した鋼種Xについての実験結果も記載されている。甲2によれば,引用例1の再現実験に相当するもの及びそこから鋼板の鋼種,めっき中のNi含有量等の条件を変更した合計16の試料において,鋼板表面の皮膜状態の構造について,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVであることが確認される。また,これらの結果から,下地鋼板の成分組成の若干の相違(鋼種Aと鋼種X程度の相違)が,熱間プレス後の鋼板表面の構造に影響していないことも分かる。

 

5.相違点(2)に関する審決の判断

 甲2号証の調査報告書によれば、表9、表10において、鋼種Aに近い成分にCr:0.21%、B:0.0016%を添加した鋼種X(B3-B10)の場合においても、本件請求項1、4及び5に記載される鋼板の表層についての表面構造を有していることが確認できる。

 したがって、甲1発明において、上記のとおり、Cr:0.1~0.48%、B:0.0005~0.0016%のうちから選ばれた少なくとも一種のCr、Bを添加した場合においても、本件請求項1、4及び5に記載される鋼板の表層についての表面構造を有しているといえる。

 そうすると、該相違点は実質的なものとはいえない。

 
6.相違点(2)に関する裁判所の判断

「引用例1には,引用発明が相違点(2)に係る構成,すなわち,引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有しており,かつ,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVであることを示す記載はなく,このことを示唆する記載もない。」

「本件優先日以前に頒布された刊行物である前記()()及び()記載の文献には,Zn-Niめっき鋼板の熱間プレス部材の表面構造に関する記載はない。したがって,これらの記載から,熱間プレス部材である引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有しており,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVであることが技術常識であったと認めることはできない。また,本件特許の優先日時点の当業者において,技術常識に基づき,引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有しており,かつ,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVであることを認識することができたものとも認められない。

よって,相違点(2)は実質的な相違点ではないとはいえないし,相違点(2)につき,引用発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に想到できたものということもできない。」

「エ 原告の主張について

 原告は,Zn-Niめっき鋼板に熱間プレスを施した場合,Ni拡散領域,γ相,ZnO層が,下から上にこの順番で形成され,そのような表面構造を有するめっき部材が本件発明1の自然浸漬電位を有することは,当業者の技術常識に基づいて容易に予測されるものであり,甲2による引用発明の再現実験により,確かにこの表面構造が生成することが確認されている旨主張する。

 しかし,前記アにおいて認定したことに照らすと,当業者が,本件特許の優先日時点において,引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有しており,かつ,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVであることを引用発明が本来有する特性として把握していたと認めることはできない。

 また,甲2は,引用発明に係る亜鉛-12%ニッケル合金電気めっき鋼板につき,引用例1の【表1】及び【表5】に記載される鋼種Aの化学成分を狙い値として製造された鋼種(鋼種A)に対し,鋼板表面の皮膜状態の構造の調査を行った原告従業員作成の実験結果の報告書であるところ,甲2(表9,10)には,16個のうち6個の試料(A1~A4,B1,B11)について,その鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有しており,かつ,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVであることが確認されたことが記載されている。

 しかし,甲2の記載は,あくまで,原告が本件各発明を認識した上で本件特許の優先日後に行った実験の結果を示すものであり,本件特許の優先日時点において,当業者が,引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が上記のとおりであることを認識できたことを裏付けるものとはいえない。」