2017年11月26日日曜日

ガラス組成物を物性と組成の両面から規定した発明のサポート要件、実施可能要件欠如が争われた事例

知財高裁平成29年10月25日判決言渡
平成28年(行ケ)第10189号 審決取消請求事件

1.概要
 本件は特許出願人である原告が出願した特許出願に対する拒絶審決を不服とした原告による、審決取消訴訟の高裁判決である。
 審判合議体による審決では、サポート要件違反及び実施可能要件違反と判断されたが、知財高裁では、審決の判断に誤りがあると判断し、審決を取り消した。
 本願では、請求項1において、光学ガラスを、「屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下の範囲の光学定数を有し」という「物性要件」と、化学組成を限定した「組成要件」との、両面から規定している。「物性要件」を満たす範囲のガラスが全て、課題を解決できる(物性要件を満たす)というわけではないため、「物性要件」に加えて「物性要件」による縛りを加えている。
 審決では、「組成要件」のみに着目し、「,本願組成要件の数値範囲にわたって,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない。」としてサポート要件違反と結論づけた。
 裁判所は、「光学ガラスの製造に当たって,基本となる既知の光学ガラスの成分の一部を,物性の変化を調整しながら,他の成分に置き換えるなどの作業を試行錯誤的に行うことは,当業者が通常行うことということができるから,光学ガラス分野の当業者であれば,本願明細書の実施例に示された組成物を基本にして,特定の成分の含有量をある程度変化させた場合であっても,これに応じて他の成分を適宜増減させることにより,当該特定の成分の増減による物性の変化を調整して,もとの組成物と同様に本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることも可能であることを理解できる」と判断した。
 化学組成物をクレームする場合、「組成要件」のみで規定するのが原則であるが、組成から物性を推測することが難しいガラス、金属、プラスチック等の技術分野では、「物性要件」も補助的に加えて、「組成要件」と「物性要件」との両面で化学組成物を特定することが多い。

2.本願発明
「【請求項1】
屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下の範囲の光学定数を有し,
質量%の比率で
SiO2を10%以上40%以下,
Nb2O5を40%超65%以下,
ZrO2を0.1%以上15%以下,
TiO2を1%以上15%以下
含有し,
B2O3の含有量が0~20%,
GeO2の含有量が0~5%,
Al2O3の含有量が0~5%,
WO3の含有量が0~15%,
ZnOの含有量が0~15%,
SrOの含有量が0~15%,
Li2Oの含有量が0~15%,
Na2Oの含有量が0~20%,
Sb2O3の含有量が0~1%
であり,
TiO2/(ZrO2+Nb2O5)が0.20以下であり,
SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量が90%超であることを特徴とする光学ガラス。」

3.物性要件と組成要件
 本願発明は,「屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下の範囲の光学定数を有し」との発明特定事項(以下「本願物性要件」という。)と,「質量%の比率でSiO2を10%以上40%以下,Nb2O5を40%超65%以下,ZrO2を0.1%以上15%以下,TiO2を1%以上15%以下含有し,B2O3の含有量が0~20%,GeO2の含有量が0~5%,Al2O3の含有量が0~5%,WO3の含有量が0~15%,ZnOの含有量が0~15%,SrOの含有量が0~15%,Li2Oの含有量が0~15%,Na2Oの含有量が0~20%,Sb2O3の含有量が0~1%であり,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)が0.20以下であり,SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量が90%超である」との発明特定事項(以下「本願組成要件」という。)からなり,「光学ガラスに見られる諸欠点を総合的に解消し,前記の光学定数を有し,部分分散比が小さい光学ガラス」,すなわち本願物性要件を満たす光学ガラスを提供することを課題とする。

4.審決の判断(拒絶審決)
(1)サポート要件違反
 本願組成要件に関するガラスの組成のうち,実施例で示されているものは一部の数値範囲の組成にとどまり,当該数値範囲を超える部分については,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることが実施例の記載により裏付けられているとはいえず,その他の発明の詳細な説明の記載にも,当業者が本願物性要件を満たすことを認識し得る説明がされているとはいえない。また,本願出願時の当業者の技術常識(光学ガラスの物性は,ガラスの組成に依存するが,構成成分と物性との因果関係が明確に導かれない場合の方が多いことなど)に照らしても,本願組成要件の数値範囲にわたって,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない。
 したがって,本願発明は,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも,その記載がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえないから,本願は,サポート要件(特許法36条6項1号)に適合するものではなく,特許を受けることができない。
(2)実施可能要件違反
 上記⑴のとおり,本願の明細書に,本願組成要件のごく一部の範囲の実施例が記載され,各成分のはたらきが個別に記載されていたとしても,実施例から離れた広範な本願組成要件の数値範囲において,限定された本願物性要件を満たす光学ガラスの具体的な各成分の含有量を決定することは,当業者に過度の試行錯誤を要求するものといえる。
 したがって,本願の発明の詳細な説明の記載は,本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないから,本願は,実施可能要件(特許法36条4項1号)に適合するものではなく,特許を受けることができない。

5.裁判所の判断(審決取消)
「2 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)について
 事案に鑑み,取消事由2の成否,すなわち,本願につき,サポート要件(特許法36条6項1号)に適合しないとした本件審決の判断の適否について,まず検討する。
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
 これを本願発明についてみると,まず,本願発明に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は,光学ガラスを本願組成要件及び本願物性要件によって特定するものであり,そのうち,本願物性要件は,「高屈折率高分散であって,かつ,部分分散比が小さい光学ガラスを提供する」という本願発明の課題を,「屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下」という光学定数により定量的に表現するものであって,本願組成要件で特定される光学ガラスを,本願発明の課題を解決できるものに限定するための要件ということができる。そして,このような本願発明に係る特許請求の範囲の構成からすれば,その記載がサポート要件に適合するものといえるためには,本願組成要件で特定される光学ガラスが発明の詳細な説明に記載されていることに加え,本願組成要件で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって本願物性要件を満たし得るものであることを,発明の詳細な説明の記載や示唆又は本願出願時の技術常識から当業者が認識できることが必要というべきである。
(2) そこで,以上の観点から,本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識に基づき,サポート要件についての本件審決の判断の適否について検討する。
ア 本願明細書の段落【0014】,【0021】,【0023】,【0025】,【0027】,【0029】,【0031】,【0033】,【0035】,【0038】,【0048】,【0058】及び【0060】には,光学ガラスの組成について,本願組成要件に規定される各成分を,その規定に係る数値範囲で含有することがそれぞれ記載され,また,段落【0073】及び【0074】には,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」を本願組成要件に規定される数値(上限値又は下限値)とすることが記載されている。
 また,本願明細書の【表1】~【表9】には,実施例(No.8,9,21,24~38,41,44,45,48~57,60~66)として,本願組成要件を満たす具体的な組成物も記載されている。
 したがって,本願明細書の発明の詳細な説明に,本願組成要件で特定される光学ガラスが記載されていることは明らかである。
イ 前記(1)のとおり,本願発明の解決課題は,「高屈折率高分散であって,かつ,部分分散比が小さい光学ガラスを提供する」ことであり,本願物性要件は,これを光学定数により定量的に表現するものであるところ,本願明細書の発明の詳細な説明には,その解決手段として,本願組成要件を満たすものとすべき理由が説明されている。すなわち,本願明細書の段落【0021】,【0023】,【0025】,【0027】,【0029】,【0031】,【0033】,【0035】,【0038】,【0048】,【0058】及び【0060】には,本願組成要件に規定される各成分について,その成分がガラス形成においていかなる効果を有し,それが少なすぎたり,多すぎたりした場合にいかなる弊害が生じるかが記載され,それらを踏まえて,当該成分の好ましい含有比率の範囲として,本願組成要件が規定する数値範囲がそれぞれ記載されている。また,本願明細書の段落【0073】には,「TiO2成分の含有量とZrO2成分,Nb2O5成分の合計含有量の比を所定の値に調節することにより,部分分散比(θg,F)が小さいガラスが得られることを見出した」ことが記載され,段落【0074】には,「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの各成分の合計含有量を調節することにより,高屈折率高分散特性を有し,部分分散比が小さく,リヒートプレス成形時の失透を抑制したガラスが得られることを見出した」ことが記載され,これらの好ましい値として,本願組成要件が規定する数値(上限値又は下限値)がそれぞれ記載されている。
 しかるところ,以上のような発明の詳細な説明の記載を総合してみれば,本願発明における本願組成要件と本願物性要件との関係に関して,次のような理解が可能といえる。すなわち,まず,Nb2O5成分は,屈折率を高め,分散を大きくしつつ部分分散比を小さくし,化学的耐久性及び耐失透性を改善するのに有効な必須の成分であること(段落【0033】)から,本願組成要件において,その含有量が40%超65%以下とされ,組成物中で最も含有量の多い成分とされていることが理解できる。また,ZrO2成分は,屈折率を高め,部分分散比を小さくする効果があり(段落【0031】),他方,TiO2成分は,屈折率を高め,分散を大きくする効果がある反面,その量が多すぎると部分分散比が大きくなること(段落【0029】)から,「部分分散比が小さい光学ガラス」を得るためには,ZrO2及びNb2O5の含有量に対してTiO2の含有量が多くなりすぎることを避ける必要があり,そのために,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値を一定以下とするものであること(段落【0073】)が理解でき,これが,本願組成要件において,各成分の含有量とともに規定される「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)が0.2以下であり」との特定に反映され,本願発明の課題の解決(高屈折率高分散であって,かつ,部分分散比が小さい光学ガラスを提供すること)にとって重要な構成となっていることが理解できる。
ウ 他方,本願明細書の発明の詳細な説明における実施例の記載をみると,本願組成要件を満たす実施例(No.8,9,21,24~38,41,44,45,48~57,60~66)に係る組成物が,本願物性要件の全てを満たすことが示されているが,これらの組成物の組成は,本願組成要件に規定された各成分の含有比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」の各数値範囲の一部のもの(具体的には,別紙審決書4頁23行目から5頁8行目までに記載のとおりである。)でしかなく,上限から下限までの数値範囲を網羅するというものではない。
 すなわち,本願組成要件に規定された各数値範囲は,実施例によって本願物性要件を満たすことが具体的に確認された組成の数値範囲に比して広い数値範囲となっており,そのため,本願組成要件で特定される光学ガラスのうち,実施例に示された数値範囲を超える組成に係る光学ガラスについても,本願物性要件を満たし得るものであることを当業者が認識できるか否かが問題となる。
 そこで検討するに,まず,光学ガラスの製造に関しては,ガラスの物性が多くの成分の総合的な作用により決定されるものであるため,個々の成分の含有量の範囲等と物性との因果関係を明確にして,所望の物性のための必要十分な配合組成を明らかにすることは現実には不可能であり,そのため,ターゲットとされる物性を有する光学ガラスを製造するに当たり,当該物性を有する光学ガラスの配合組成を明らかにするためには,既知の光学ガラスの配合組成を基本にして,その成分の一部を,当該物性に寄与することが知られている成分に置き換える作業を行い,ターゲットではない他の物性に支障が出ないよう複数の成分の混合比を変更するなどして試行錯誤を繰り返すことで当該配合組成を見出すのが通常行われる手順であることが認められ,このことは,本願出願時において,光学ガラスの技術分野の技術常識であったものと認められる(甲5,6,17,18,21,22。以上のような技術常識の存在については,当事者間に争いがない。)。
 そして,上記のような技術常識からすれば,光学ガラスの製造に当たって,基本となる既知の光学ガラスの成分の一部を,物性の変化を調整しながら,他の成分に置き換えるなどの作業を試行錯誤的に行うことは,当業者が通常行うことということができるから,光学ガラス分野の当業者であれば,本願明細書の実施例に示された組成物を基本にして,特定の成分の含有量をある程度変化させた場合であっても,これに応じて他の成分を適宜増減させることにより,当該特定の成分の増減による物性の変化を調整して,もとの組成物と同様に本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることも可能であることを理解できるものといえる。そして,前記イのとおり,当業者は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,本願物性要件を満たす光学ガラスを得るには,「Nb2O5成分を40%超65%以下の範囲で含有し,かつ,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする」ことが特に重要であることを理解するものといえるから,これらの条件を維持しながら,光学ガラスの製造において通常行われる試行錯誤の範囲内で上記のような成分調整を行うことにより,高い蓋然性をもって本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることが可能であることも理解し得るというべきである。なお,これを具体的な成分に即して説明するに,例えば,本願発明の最多含有成分であるNb2O5についてみると,当業者であれば,実施例中最多の含有量(53.61%)を有する実施例50において,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする条件を維持しながら,必須成分であるTiO2(6.48%),ZrO2(1.85%)又は任意成分であるNa2O(9.26%)から適宜置換することによって,本願物性要件を満たしつつ,Nb2O5を増やす調整を行うことも可能であることを理解するものと考えられ,同様に,実施例中Nb2O5の含有量が最少(43.71%)である実施例24において,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする条件を維持しながら,もう1つの主成分であるSiO2(24.76%),必須成分であるZrO2(10.48%)又は任意成分であるLi2O(4.76%)への置換により,本願物性要件を満たしつつ,Nb2O5を減らす調整を行うことも可能であることを理解するものと考えられる(以上のことは,本願組成要件に係るNb2O5以外の成分についても,同様にいえることであり,この点については,原告の前記第3の2⑵記載の主張が参考となる。)。
 してみると,本願明細書の実施例に係る組成物の組成が,本願組成要件に規定された各成分の含有比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」の各数値範囲の一部のものにすぎないとしても,本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時における光学ガラス分野の技術常識に鑑みれば,当業者は,本願組成要件に規定された各数値範囲のうち,実施例として具体的に示された組成物に係る数値範囲を超える組成を有するものであっても,高い蓋然性をもって本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができることを認識し得るというべきであり,更に,そのように認識し得る範囲が,本願組成要件に規定された各成分の各数値範囲の全体(上限値や下限値)にまで及ぶものといえるか否かについては,成分ごとに,その効果や特性を踏まえた具体的な検討を行うことによって判断される必要があるものといえる。
・・・
⑶ 小括
 以上のとおり,本願につき,サポート要件に適合しないものとした本件審決の判断は誤りであり,この点については,上記(2)で述べた趣旨に沿って,改めて特許庁における審理・判断(必要な拒絶理由通知を行うことを含む。)がされるべきものといえるから,原告主張の取消事由2は理由がある。
3 取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)について
 本件審決は,本願明細書に,本願組成要件のごく一部の範囲の実施例が記載され,各成分のはたらきが個別に記載されていたとしても,実施例から離れた広範な本願組成要件の数値範囲において,限定された本願物性要件を満たす光学ガラスの具体的な各成分の含有量を決定することは,当業者に過度の試行錯誤を要求するものといえるから,本願の発明の詳細な説明の記載は,本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず,本願は実施可能要件に適合しない旨判断する。
 しかしながら,本願明細書の実施例に係る組成物の組成が,本願組成要件に規定された各成分の含有比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」の各数値範囲の一部のものにすぎないとしても,前記2(2)で述べたとおりの本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時における光学ガラス分野の技術常識からすれば,光学ガラス分野の当業者であれば,本願明細書の実施例に示された組成物を基本にして,特定の成分の含有量をある程度変化させた場合であっても,これに応じて他の成分を適宜増減させることにより,当該特定の成分の増減による物性の変化を調整して,もとの組成物と同様に本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることも可能であることを理解するものであり,特に,本願物性要件を満たす光学ガラスを得るのに重要な「Nb2O5成分を40%超65%以下の範囲で含有し,かつ,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする」との条件を維持しながら,光学ガラスの製造において通常行われる試行錯誤の範囲内で上記のような成分調整を行うことにより,本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることが可能であることを理解するものといえる。そして,そのようにして本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができると考えられる各成分の数値範囲が,本願組成要件に規定された各成分の各数値範囲の全体に及ぶものといえるか否かについては,成分ごとに,その効果や特性を踏まえた具体的な検討を行うことによって判断される必要があるものといえる。
 これに対し,本件審決の判断は,本願組成要件に規定された各成分の含有比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」の各数値範囲のうち,当業者が過度な試行錯誤を要することなく本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができる範囲を,実施例として具体的に示されたガラス組成の各数値範囲に限定するものにほかならないところ,上記で述べたところからすれば,このような判断は誤りというべきである。本件審決は,上記のとおり,本願の実施可能要件充足性を判断するに当たって必要とされる,本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができると考えられる各成分の数値範囲が本願組成要件に規定された各成分における数値範囲の全体に及ぶものといえるか否かについての具体的な検討を行うことなく,実施例として示された各数値範囲が本願組成要件に規定された各数値範囲の一部にとどまることをもって,直ちに本願の実施可能要件充足性を否定したものであるから,そのような判断は誤りといわざるを得ず,また,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものといえる。

 以上のとおり,本願につき,実施可能要件に適合しないものとした本件審決の判断は誤りであり,この点については,上記で述べた趣旨に沿って,改めて特許庁における審理・判断(必要な拒絶理由通知を行うことを含む。)がされるべきものといえるから,原告主張の取消事由3は理由がある。」