2016年5月8日日曜日

公用発明を引用例とする場合の技術的意義の推認、阻害要因の認定


知財高裁平成27年4月28日判決

平成25年(行ケ)第10263号 審決取消請求事件



1.概要

 本件は、発明の名称「蓋体及びこの蓋体を備える容器」とする特許第4473333号に対する無効審判審決(特許維持)についての審決取消訴訟の高裁判決である。原告は無効審判請求人、被告は特許権者である。

 主引用例である引用例1として、市販の蓋付き容器(判決中「クレハ容器」と呼ばれる)が引用された。

 争われた無効理由は、引用例1の市販容器と、公知文献である甲6~8に開示された構成との組み合わせにより本件発明が容易想到可能か否かである。

 知財高裁は、引用例1の市販容器における本件発明との相違点に係る特徴の技術的意義を推認した。そして推認された技術的意義に鑑みて、引用例1での前記特徴を本件発明の特徴に置換することには阻害要因があり、容易想到可能とは言えないと結論付けた。

 特許公報が引用例であれば、引用例中の記載を根拠として公知発明の特徴での技術的意義を把握することができる。一方、引用例が公知公用発明の場合、特徴的構成の技術的意義は推認する以外にない。引用例が公知公用発明であるケースが少ないなか、参考になる貴重な事例と考える。



2.本件発明1

A.食材を収容するとともに該食材を加熱可能な容器の胴体部の開口部を閉塞する蓋体であって,

B.前記蓋体の外周輪郭形状を定めるとともに,前記容器の前記開口部を形成する前記容器の縁部と嵌合する周縁領域と,

C.該周縁領域により囲まれる領域内部において,隆起する一の領域を備え,

D.前記一の領域は,前記容器内の流体を排出可能な穴部と,該穴部を閉塞可能な突起部を備えるフラップ部を備え,

E.該フラップ部は,前記一の領域に一体的に接続する基端部を備えるとともに,該基端部を軸に回動し,

F. 前記フラップ部の先端部は,前記周縁領域の外縁に到達しておらず,

G.前記フラップ部の前記基端部が,前記フラップ部の前記先端部よりも前記蓋体の中心位置から近い位置に配され,

H.前記一の領域が,前記フラップ部の少なくとも一部を収容する凹領域を備え,

I.前記凹領域は前記一の領域上面の周縁部に接続していることを特徴

とする

J.蓋体。



3.本件発明1とクレハ容器(引用例1)との対比

   () 一致点

A.食材を収容するとともに該食材を加熱可能な容器の胴体部の開口部を閉塞する蓋体であって,

B.前記蓋体の外周輪郭形状を定めるとともに,前記容器の前記開口部を形成する前記容器の縁部と嵌合する周縁領域と,

C.該周縁領域により囲まれる領域内部において,隆起する一の領域を備え,

D.前記領域内部は,前記容器内の流体を排出可能な穴部を備え,該穴部を閉塞可能な突起部を備えるフラップ部と係合可能であり,

E. 該フラップ部は,基端部を備えるとともに,該基端部を軸に回動し,

F. 前記フラップ部の先端部は,前記周縁領域の外縁に到達していない,

J.蓋体。

   () 相違点1

  一の領域,凹領域について,本件発明1では「一の領域が,フラップ部の少なくとも一部を収容する凹領域を備え,凹領域は一の領域上面の周縁部に接続している」が,クレハ容器では「凹領域は一の領域上面の周縁部に中間領域を介して接続し」,凹領域に「凹部」を備えるものである点。

() 相違点2

  穴部について,本件発明1では「一の領域」が「穴部」を備えるのに対し,クレハ容器では「凹領域」が「穴部」を備える点。

() 相違点3

  フラップ部について,本件発明1では,「一の領域」に備えられ,その「基端部」が「一の領域に一体的に接続」され,「基端部」が「フラップ部の前記先端部よりも前記蓋体の中心位置から近い位置に配され」,「先端部」が「周縁領域の外縁に到達していない」ものであるのに対し,クレハ容器では,その「基端部」が「フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続」され,「基端部」が「フラップ部の前記先端部よりも前記蓋体の中心位置から遠い位置に配され」,「先端部」が「凹部の外縁に到達していない」ものである点。



4.判決のポイント

「取消事由1-(1) (本件発明1とクレハ容器との相違点3についての判断の誤り)について

(1) 本件発明1に係る取消事由1-(1)について検討する。

   () 原告は,クレハ容器が有する技術的問題点に照らせば,当業者は,フラップが蓋体に一体的に形成されているというクレハ容器の特長は維持したまま,①フラップの位置を蓋体の周縁部から中央付近に変更する必要があるという課題と,②フラップの向きを外開きに変更する必要があるという課題を同時に認識するところ,甲6~8には上記課題を解決する手段が開示されているから,クレハ容器に甲6~8を組み合わせる強い動機付けが存在し,かつ,甲6~8を組み合わせることには阻害要因がないから,相違点3に係る構成は容易想到である旨主張する。

    () そこで検討するに,クレハ容器は,食材を収容するとともに,フタをつけたまま電子レンジ等で食材を加熱するための容器であって,穴部は,加熱の際に容器内で食材から発生する蒸気を放出するための穴であり,穴部を閉塞する突起部及び突起部を備える開閉部材は,容器内の食材を保存するときには,穴部を閉塞し,容器内部環境の衛生状態を維持するとともに,食材を加熱するときには,穴部を開けて容器内の水蒸気や膨張した空気を容器外へ排出するためのものであり,また,クレハ容器は,フラップが蓋体と一体的に形成されているため,フラップが別体で形成されていた従来のものと比べて,フラップ部が本体から分離して紛失するという事態を防止することができるものである(前記2,甲3,検甲1,弁論の全趣旨) 。

      そして,クレハ容器は, 「該開閉部材は,前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分を備えるとともに,該細くかつ薄く形成された部分を軸に回動し」(前記第2の3(2)アの構成e)との構成を採用しており,従来のフラップ付きの容器において,フラップ部が蓋体周縁部の内側に板状のものとして形成されているのが一般的であったことと対比して,フラップ部が外方に突出しており,かつ,フラップ部の断面形状が Ω 形状に形成されている点に,従来のフラップ付きの容器とは異なる特徴的な構成を見ることができる(本件明細書の段落【0004】,【0005】,甲3,205,検甲1) 。

      このように,クレハ容器が「前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分」(ヒンジ部分)が容器の外側に突出している構成を採用しているため,ヒンジ部分が他の物体と衝突して破損するおそれがある,フラップ部分を開けたときに外方向に大きく広がるため余計なスペースをとる,フラップ部分を洗浄しにくいなどの使用上の不都合等の問題点が生じ得るものということができる(弁論の全趣旨)。

    () しかるに,かかる使用上の不都合等の問題点が生じ得るにもかかわらず,クレハ容器が,「該開閉部材は,前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分を備えるとともに,該細くかつ薄く形成された部分を軸に回動し」(前記第2の3(2)アの構成e)との構成を採用したのは,従来のフラップ付きの容器でフラップ部が蓋体周縁部の内側に形成されているものを製造するに当たっては,蓋とフラップとを2段階成形プロセスで製造することが必要であったが(本件明細書の段落【0007】~【0010】 ),可動型の金型を用いるなど複雑な金型ではなく,金型の構造を単純なものとして製造可能とするために,フラップを外方に突出させてフラップ部を水平に広げた状態で製造できるよう,あえてかかる構成を採用したものであると推認するのが相当である。そして,固定型と可動型による一体成形技術(甲208~210)自体が,本件優先日当時,公知技術として広く使用されていたとしても,クレハ容器においては,固定型と移動型の双方の金型を必要とすることなく,金型の構造を単純なものとして一体成形可能としたところに,その技術的意義を有するものと認めることができる。

      そうすると, 「該開閉部材は,前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分を備えるとともに,該細くかつ薄く形成された部分を軸に回動し」との構成をあえて採用することによって,上記技術的意義を有するクレハ容器について,フラップの位置を蓋体の周縁部から中央付近に変更することや,フラップの向きを外開きに変更する動機付けがないというべきであって,ひいては,原告主張に係る甲6~8を適用する動機付けが存在するということもできない。

      したがって,原告の上記主張は採用することができない。」