2016年12月11日日曜日

数値範囲の一部がサポート要件を満たさないことの説明を巡る争い

 知財高裁平成28年11月30日判決
平成28年(行ケ)第10057号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は、拒絶査定不服審判の審決(サポート要件違反等)の取り消し訴訟の、審決維持の高裁判決である。
 請求項1発明は、所定の特性を有する潤滑油基油成分を,基油全量基準で10質量%~100質量%含有する潤滑油基油、という特徴を含む。実施例で「70質量%」と「100質量%」の例はあるが、数値範囲下限値の「10質量%」付近の実施例は明細書に記載されていない。
 審決では、数値範囲下限値の「10質量%」付近で課題を解決できないことの説明として、本願明細書の実施例1に係る潤滑油組成物と比較例2に係る潤滑油組成物とを,15%:85%の割合で混合した基油(以下「ケースA」という。)という架空の例を想定し、この「ケースA」が本発明の課題を解決できない、と説明した。
 知財高裁は、審決が「ケースA」を想定し,これについて発明の課題を解決できるか否かを検討した点は「不適切」であるといわざるを得ない、と判断した。ただし、これを理由に,直ちに本件審決に取り消すべき違法があるということはできないとして、審決に取り消し理由は存在しないと結論付けた。

2.本願請求項1に記載の発明(下線は説明のために追加)
尿素アダクト値が2.5質量%以下であり且つ40℃における動粘度が25mm/s以下,粘度指数が120以上である潤滑油基油成分を,基油全量基準で10質量%~100質量%含有する潤滑油基油と,/下記一般式(1)で表される構造単位の割合が0.5~70モル%であるポリ(メタ)アクリレート系粘度指数向上剤と,/を含有し,100℃における動粘度が4~12mm/sであり,粘度指数が140~300であることを特徴とする潤滑油組成物。
式(1)(省略))」

3.本件審決の理由(サポート要件違反)
 本願発明の課題は,潤滑油の40℃及び100℃における動粘度及び100℃におけるHTHS粘度を低減し,粘度指数を向上し,-35℃におけるCCS粘度,(-40℃におけるMRV粘度)を著しく改善できる潤滑油組成物を提供することである。
 本願発明は,「尿素アダクト値が2.5質量%以下であり且つ40℃における動粘度が25mm/s以下,粘度指数が120以上である」と特定される潤滑油基油成分を,基油全量基準で10質量%~100質量%含有するものとされていることから(以下「質量%」を単に「%」と記載することがある。),本願明細書の実施例1に係る潤滑油組成物と比較例2に係る潤滑油組成物とを,15%:85%の割合で混合した基油(以下「ケースA」という。)を想定する(本願発明で特定された潤滑油基油成分に相当するのは「基油1」のみであって,その含有量は15%となり,本願発明で特定された潤滑油基油成分以外の潤滑油基油成分に相当するのは「基油2」のみであって,その含有量は85%となる。)。実施例1に係る潤滑油組成物と比較例2に係る潤滑油組成物とは,低温特性に大きな差があり,前者については,高評価であり,本願発明の課題が解決される旨記載されているのに対し,後者については,本願発明の課題を解決し得ない旨記載されていることから,当業者は,本願明細書の実施例の記載から,ケースAが本願発明の課題を解決すると理解することはないというべきである。また,本願発明で特定された潤滑油基油成分に関し,実施例における含有量である70%又は100%から大きく離れた下限値である10%の近傍において,実施例と同様の低温特性を示すであろうことについて合理的な説明がされているとはいえず,本願発明で特定された潤滑油基油成分以外の潤滑油基油成分に関し,この含有量が85%であって,上限値である90%の近傍であるケースAについて,実施例と同様の低温特性を示すであろうことについて合理的な説明がされているとはいえない。したがって,本願明細書の記載は,技術常識を考慮しても,当業者において,ケースAが本願発明の課題を解決できるものであると理解するとはいえない。
 そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明は,本願発明の一部については本願発明の課題が解決できることが記載されているとしても,これを本願発明の全範囲にまで一般化できることについては,当業者が理解できるように記載されているとすることはできない。」

4.審決の適法性についての裁判所の判断のポイント
(4) 本願発明の課題を解決できると認識できる範囲
 前記(3)によれば,本願明細書の記載に接した当業者は,「本発明に係る潤滑油基油成分」を70質量%~100質量%程度多量に含む,「本発明に係る潤滑油基油成分」と同じかそれに近い物性の「潤滑油基油」を使用し,一般式(1)で表される構造単位の割合が0.5~70モル%であるポリ(メタ)アクリレート系粘度指数向上剤(「本発明に係る粘度指数向上剤」)を添加して,100℃における動粘度が4~12mm/s,粘度指数が140~300とした潤滑油組成物は,本願発明の課題を解決できるものと認識できる。
 他方,本願発明は,「本発明に係る潤滑油基油成分と併用される他の潤滑油基油成分としては,特に制限されない」ものであるところ(【0051】),一般に,複数の潤滑油基油成分を混合して潤滑油基油とする場合,少量の潤滑油基油成分の物性から,潤滑油基油全体の物性を予測することは困難であるという技術常識に照らすと,本願明細書の【0049】や【0050】の記載から,直ちに当業者において,「本発明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,特許請求の範囲に記載された「基油全量基準で10質量%~100質量%」という数値範囲の下限値により近いような「潤滑油基油」であっても,その含有割合が70質量%~100質量%程度と多い「潤滑油基油」と,本願発明の課題との関連において同等な物性を有すると認識することができるということはできない。しかるに,本願明細書には,この点について,合理的な説明は何ら記載されていない。
(5) 本願発明のサポート要件適合性
 本願発明は,前記(2)のとおり,「本発明に係る潤滑油基油成分」を,「基油全量基準で10質量%~100質量%」含有することが特定されたものであるが,前記(4)のとおり,当業者において,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,「本発明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,特許請求の範囲に記載された「基油全量基準で10質量%~100質量%」という数値範囲の下限値により近いような「潤滑油基油」であっても,本願発明の課題を解決できると認識するということはできない。
 また,「本発明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,特許請求の範囲に記載された「基油全量基準で10質量%~100質量%」という数値範囲の下限値により近いような「潤滑油基油」であっても,本願発明の課題を解決できることを示す,本願の出願当時の技術常識の存在を認めるに足りる証拠はない。
 したがって,本願発明の特許請求の範囲は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載により,当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものということはできず,サポート要件を充足しないといわざるを得ない。
(6) 原告の主張について
原告は,本件審決が,「ケースA」を想定し,当該「ケースA」について本願発明の課題を解決できることを当業者において理解することはできないから,本願発明の課題が解決できることを本願発明の全範囲にまで一般化できず,本願発明はサポート要件を満たさない旨判断したことに関し,本願明細書の記載に接した当業者において,本願発明の課題との関係で特に「ケースA」を想定すべき事情は全く存在しないから,当業者が,「ケースA」を想定し,本願発明の課題を解決できないと認識することはないし,そもそも,想定した「実施例の組成物と比較例の組成物の混合物」が実施例の組成物よりも特性に劣るならば,特許出願はサポート要件を満たしていないとする判断手法では,組成物の発明に係る特許出願はおおむね拒絶されることになり,特許法の目的に反する旨主張する。
 「ケースA」は,本件審決が,本願発明について,特に潤滑油基油について着目した上で,本願明細書の実施例1に係る潤滑油組成物と比較例2に係る潤滑油組成物とを,15%:85%の割合で混合した基油を想定したものであるところ,本願明細書に記載された実施例1及び2並びに比較例1ないし4は,いずれも,基油1及び2並びに添加剤を用いて調製された潤滑油組成物であって(【0110】),潤滑油組成物を用いて調製されたものではないにもかかわらず,本願明細書に接した当業者において,本願明細書に記載された実施例等の調製方法とは異なり,潤滑油組成物である実施例1及び比較例2を混合した潤滑油組成物や,そこに含有される潤滑油基油を普通に想定するとは考え難い。したがって,「ケースA」の潤滑油組成物が本願発明の発明特定事項を備えるものであるとしても,本件審決が,本願発明のサポート要件適合性を判断するについて,上記のように,本願明細書に接した当業者が普通に想定するとは考え難い「ケースA」を想定し,これについて発明の課題を解決できるか否かを検討した点は,不適切であるといわざるを得ない。
 しかし,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するというためには,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に照らし,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでなければならない。本願発明は,特許請求の範囲において,「本発明に係る潤滑油基油成分」の含有割合が「基油全量基準で10質量%~100質量%」であることを特定するものである以上,当該数値の範囲において,本願発明の課題を解決できることを当業者が認識することができなければ,本願発明はサポート要件に適合しないということになるところ,当業者において,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,「本発明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,上記数値範囲の下限値により近いような「潤滑油基油」であっても,本願発明の課題を解決できると認識するということができないことは,前記(5)のとおりである。
 そして,「ケースA」は,本発明の潤滑油基油成分に相当する「基油1」を基油全量基準で約14%含有する潤滑油基油と,「本発明に係る粘度指数向上剤」とを含有し,100℃における動粘度が4~12mm/sであり,粘度指数が140~300である潤滑油組成物であると認められるところ,本件審決は,「本願明細書の【0049】及び【0050】には,本発明に係る潤滑油基油成分の含有割合が10質量%未満となる場合について言及されているものの,例えば,全ての実施例における含有量である70質量%又は100質量%から大きく離れた下限値である10質量%の近傍において,例えば,実施例1及び2と同様な低温特性を示すであろうことについて,首肯し得る合理的な説明がされていないこと」をも踏まえ,「ケースA」について本願発明の課題を解決できることを当業者において理解することはできないと判断するものであって,上記は,本願発明における「本発明に係る潤滑油基油成分」の含有割合が「基油全量基準で10質量%」という数値範囲の下限値に,より近いような「潤滑油基油」であっても,本願発明の課題を解決できることを当業者において認識することができないことを述べるものと解することができる。
 以上によれば,本件審決が「ケースA」を想定し,これについて発明の課題を解決できるか否かを検討した点は不適切であるといわざるを得ないが,これを理由に,直ちに本件審決に取り消すべき違法があるということはできない。
イ 原告は,本件審決では,ケースAの潤滑油組成物により本願発明の課題が解
決されるか否かを検討するのではなく,ケースAの潤滑油組成物が実施例1及び2
の潤滑油組成物と同様の低温特性を示すか否かが検討されているが,これを検討し
たところで,本願明細書が,当業者において,ケースAの場合について,本願発明
の課題を解決できることが理解されるように記載されているとはいえないとの結論
には至らない旨主張する。
 前記アのとおり,本件審決が「ケースA」を想定し,これについて発明の課題を解決できるか否かを検討した点は,不適切であるといわざるを得ないが,これを理由に,直ちに本件審決に取り消すべき違法があるということはできない。
 また,本願明細書の記載によれば,前記(3)エのとおり,本願発明の課題を解決できるというためには,150℃HTHS粘度が2.6となるように潤滑油組成物を調製した場合に,40℃動粘度,100℃動粘度,100℃HTHS粘度,-35℃CCS粘度及び粘度指数の数値を総合的に検討した結果,比較例1ないし4で代表される従来の技術水準を超えて,実施例1及び2と同程度に優れたものとなることが必要である。したがって,「本発明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,特許請求の範囲に記載された数値範囲の下限値により近いような「潤滑油基油」であっても,本願発明の課題を解決できると認識できるか否かを,実施例1及び2の潤滑油組成物との比較において検討することが誤りであるとはいえない。そして,審決書に「例えば,実施例1~2と同様な低温特性を示されるであろうことについて,当業者が首肯しうる合理的な説明がなされているものとすることができない。」(18頁6~8行)とあるように,本件審決は,本願発明の課題に関連する物性の一つの例として実施例と比較例の差が最も顕著である低温特性(-35℃CCS粘度)に言及したものであって,低温特性のみを検討対象とした

ものであるとは解されない。

2016年12月5日月曜日

組成物発明の新規性について争われた事例

知財高裁平成26年7月16日判決
平成25年(行ケ)第10291号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は、特許出願人が、拡大先願発明による新規性欠如(特許法29条の2)を理由とする拒絶審決の取り消しを求めた審決取消訴訟において、審決が取り消された事例である。
 本願発明と拡大先願発明とはともに「固体農薬組成物」に関する発明である。知財高裁は2つの発明の組成物が、互いに重複する部分を含む場合であっても、本願発明の請求項中での必須構成要件が拡大先願発明に記載されていない以上は新規性は認められると判断した。

2.本願発明(本願請求項1)
「ワタ,カポック,アマ,タイマ,ラミー,ボウマ,ジュート,ケナフ,ロゼル,アラミナ,サンヘンプ,マニラアサ,サイザルアサ,マゲイ,ヘネケン,イストリ,モーリシャスアサ,ニュージーランドアサ,フィケ,ココヤシ,パナマソウ,イグサ,シチトウイ,カンゾウ,フトイ,アンペラソウ,コリヤナギ,タケ,コウゾ,ミツマタ,ホウキモロコシ,チーゼルおよびヘチマから選ばれる吸油性の高い繊維作物の破断物と,常温で液体の農薬活性成分または農薬活性成分を液体溶媒に溶解もしくは分散させた液状物とを含有することを特徴とする水田用固体農薬組成物。」

3.特願2000-239324号(特開2002-53405号)公報に係る明細書記載の発明(拡大先願発明)
「農薬成分(アニロホス,ベンフレセート,エトキシスルフロン及びダイムロン)21.4重量%,界面活性剤9.5重量%,デンプンアクリル酸グラフト重合体部分ナトリウム塩4.0重量%,合成シリカ10.0重量%,塩化カリウム10.0重量%,ケナフ粉10.0重量%,ナタネ油6.0重量%,焼成軽石29.1重量%を含む水田に散布される浮遊性の農薬製剤。」

4.裁判所の判断
「農薬活性成分の状態
 上記のとおり,融点の低いアニロホス,ベンフレセートに融点降下が起きて液状化するとは認められないから,固体の状態を維持したまま混合され,ケナフ粉などその他の原末成分とともに粉末化される。ここで,溶媒の役割を果たすべき液体のナタネ油の量は6%と非常に少ない上に,予め焼成軽石に浸み込まされているために農薬活性成分と混合した際に触れる量はより一層少ないから,ナタネ油は,混合された固体の農薬活性成分を液状化するまでには至らず,結合剤として機能するだけで,固体の農薬活性成分を焼成軽石の表面や内部空隙に結着させるにすぎないと考えられる。したがって,拡大先願発明において,農薬活性成分が製造過程において液状になることはなく,「液体」又は「液状物」が「含有」されたものとはいえないから,「液体の農薬活性成分」又は「農薬活性成分を液体溶媒に溶解もしくは分散させた液状物」を「含有」することを必須とする本願発明とはこの点において相違がある。
 確かに,本願発明と拡大先願発明はいずれも物の発明であるところ,本願発明において,液体溶媒に分散された固体農薬活性成分が繊維作物の破断物の内部空隙まで浸透せずに表面に結着して存在する場合,生成物同士を比較すると,本願発明と拡大先願発明との間で固体農薬活性成分の存在形態に違いがない以上,両者を区別することはできない。また,拡大先願発明において,ケナフ粉の空隙と焼成軽石成分粒子の大小関係次第では,ケナフ粉の内部にアニロホス,ベンフレセートを含めた固体の農薬活性成分粒子が侵入することも考えられるが,この場合,農薬活性成分が繊維作物破断物の内部へ浸透する場合の本願発明と,固体農薬活性成分の存在形態に違いがなくなり,両者を区別することはできないことになる。このように,本願発明と拡大先願発明の固体農薬組成物に重なり合う部分があることは否定できないが,本願発明の請求項に「液体の農薬活性成分」又は「農薬活性成分を液体溶媒に溶解もしくは分散させた液状物」を「含有」するという記載がある以上,拡大先願発明との対比においてこの点を無視することはできないのであって,拡大先願発明がこの点を具備しない以上,相違点と認めざるを得ない。

2016年11月27日日曜日

特許権侵害訴訟において、医薬組成物クレーム中の「緩衝剤」が別途添加された成分に限定され、組成物内で生じる同成分は含まないと判断された事例

東京地裁平成28年10月28日判決
平成27年(ワ)第28468号 特許権侵害差止請求事件

1.概要
 本事例は侵害訴訟の第一審判決である。
 原告が有する特許権は、下記の本件訂正発明のオキサリプラチンを有効成分として含み、かつ、有効安定化量の「緩衝剤」を含み安定オキサリプラチン溶液組成物に関する。ここで緩衝剤は、シュウ酸またはそのアルカリ金属塩である。
 一方、被告が実施する下記の被告製品は、オキサリプラチン溶液組成物であり、かつ、オキサリプラチンが分解して生じたシュウ酸(解離シュウ酸)を含む。
 原告は、被告製品の解離シュウ酸が、本件訂正発明における「緩衝剤」に該当すると主張した。
 裁判所は以下の理由から、被告製品の解離シュウ酸は、本件訂正発明における「緩衝剤」に該当しないと判断した。
 ・緩衝剤の「剤」とは,「各種の薬を調合したもの」を意味するから,緩衝剤とは,緩衝に用いる目的で,各種の薬を調合したものを意味すると考えることが自然である。オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸(シュウ酸イオン)は,「各種の薬を調合したもの」に当たるとはいえない。
 ・本件特許明細書では、実施例1ないし17については,シュウ酸が付加されていることが明記されている。さらに,本件明細書では,実施例1ないし17について,添加されたシュウ酸のモル濃度が記載されているが,解離シュウ酸を含むシュウ酸のモル濃度は記載されていない。
 ・本件明細書には,「緩衝剤」である「シュウ酸」に,オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸が含まれることを示唆する記載はない。

2.本件訂正発明の構成要件
本件訂正発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(下線は説明のために筆者が追加したもの)
A オキサリプラチン,
有効安定化量の緩衝剤および
C 製薬上許容可能な担体を包含する
D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって,
E 製薬上許容可能な担体が水であり,
緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
G 1)緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10-5M~1x10-2M,
(b)5x10-5M~5x10-3M,
(c)5x10-5M~2x10-3M,
(d)1x10-4M~2x10-3M,または
(e)1x10-4M~5x10-4
の範囲のモル濃度である,
H pHが3~4.5の範囲の組成物,あるいは
I 2)緩衝剤の量が,5x10-5M~1x10-4Mの範囲のモル濃度である,組成
物。

3.被告製品
 被告は,別紙被告製品目録記載の各製品(以下,これらを併せて「被告製品」という。)を製造,輸入及び販売している。
 被告製品は,構成要件A,C,E及びHを充足する。
 また,被告製品中には,オキサリプラチンが分解して溶液中に生じるシュウ酸(以下「解離シュウ酸」という。)が含まれているが,シュウ酸が別途に添加されてはいない。
 被告製品中で検出されるシュウ酸のモル濃度の数値は,6.4x10-5M~7.0x10-5Mの範囲にあり,これは,構成要件G及びIに示されるモル濃度の範囲に含まれる。

4.争点
 本件訂正発明におけるシュウ酸またはそのアルカリ金属塩である「緩衝剤」が、別途添加したものに限られるか?
 被告製品では、別途添加されたシュウ酸は含まれていないが、有効成分であるオキサリプラチンが分解して生じるシュウ酸は含まれている。

5.裁判所の判断のポイント
「点(1)ア(構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の充足性)について
(1) 本件発明における「緩衝剤」は,添加されたシュウ酸またはそのアルカリ金属塩をいい,オキサリプラチンが分解して生じたシュウ酸(解離シュウ酸)は「緩衝剤」には当たらないと解することが相当である。理由は以下のとおりである。
(2)ア 特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めるものとされているから(特許法70条1項),「緩衝剤」を解釈するに当たり,特許請求の範囲請求項1の記載をみると,緩衝剤について,「有効安定化量の緩衝剤」,「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩」,「緩衝剤の量が・・・のモル濃度」である旨記載されている。
 上記記載を踏まえて検討するに,緩衝剤の「剤」とは,「各種の薬を調合したもの」を意味するから(広辞苑第三版。乙34),緩衝剤とは,緩衝に用いる目的で,各種の薬を調合したものを意味すると考えることが自然である。しかし,オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸(シュウ酸イオン)は,「各種の薬を調合したもの」に当たるとはいえない。
 また,緩衝剤は「シュウ酸」又は「そのアルカリ金属塩」であるとされているが,緩衝剤として「シュウ酸アルカリ金属塩」を選択した場合を考えると,この場合,オキサリプラチン水溶液中には,オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸と「シュウ酸アルカリ金属塩」が同時に存在するところ,オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸は「シュウ酸アルカリ金属塩」に該当しないことが明らかであるから,緩衝剤は,オキサリプラチン水溶液に添加される「シュウ酸アルカリ金属塩」を指すと解するほかない。そうすると,「シュウ酸アルカリ金属塩」と並列に記載されている「シュウ酸」についても,オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸を除き,オキサリプラチン水溶液に添加されるシュウ酸を意味すると解することが自然である。
イ 次に,特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載を考慮して解釈するものとされているから(特許法70条2項),本件明細書の記載をみると,段落【0022】には「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」という記載があり,「緩衝剤」という用語の定義がされている。
 ここで,「緩衝剤」は,「酸性または塩基性剤」と定義されており,前記のとおり,「剤」は「各種の薬を調合したもの」であるから,添加したものに限られると考えるのが自然である。
 そして,オキサリプラチンは,次式の反応によりジアクオDACHプラチンとシュウ酸に分解する。
(化学式 略)
 上記反応は化学的平衡にあるが,証拠(乙35)によれば,平衡状態にあるオキサリプラチン水溶液にシュウ酸が添加されると,ルシャトリエの原理により,上記式の右から左への反応が進行し,新たな平衡状態が形成されることが認められる。新たな平衡状態においては,シュウ酸を添加する前の平衡状態と比べると,ジアクオDACHプラチンの量が少ないので,シュウ酸の添加により,オキサリプラチン水溶液が安定化され,不純物の生成が防止されたといえる。
 ところが,シュウ酸が添加されない場合には,オキサリプラチン水溶液の平衡状態には何ら変化が生じないから,オキサリプラチン溶液が,安定化されるとはいえない。
 したがって,上記明細書に記載された「緩衝剤」の定義は,緩衝剤に解離シュウ酸が含まれることを意味していないというべきである。
ウ また,本件明細書における実施例18()に関する記載をみると,「比較のために,例えば豪州国特許出願第29896/95号(1996年3月7日公開)に記載されているような水性オキサリプラチン組成物を,以下のように調製した」(段落【0050】前段),「比較例18の安定性 実施例18(b)の非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物を,40℃で1ヶ月間保存した。」(段落【0073】)といった記載がある。ここで,豪州国特許出願第29896/95号(1996年3月7日公開)は,乙1発明に対応する豪州国特許であり,同特許は水性オキサリプラチン組成物に係る発明であるから,上記各記載からは,実施例18(b)は,「実施例」という用語が用いられているものの,その実質は本件発明の実施例ではなく,本件発明と比較するために,「非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物」,すなわち,緩衝剤が用いられていない従来既知の水性オキサリプラチン組成物を調製したものであると認めるのが相当である。そうすると,本件明細書において,緩衝剤を添加しない水性オキサリプラチン組成物は,本件発明の実施例ではなく,比較例として記載されているというべきである。
 また,本件明細書には,実施例1ないし17については,シュウ酸が付加されていることが明記されている。さらに,本件明細書では,実施例1ないし17について,添加されたシュウ酸のモル濃度が記載されているが,解離シュウ酸を含むシュウ酸のモル濃度は記載されていない。
 他方で,本件明細書には,「緩衝剤」である「シュウ酸」に,オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸が含まれることを示唆する記載はない。

 以上からすると,本件明細書の記載では,解離シュウ酸については全く考慮されておらず,緩衝剤としての「シュウ酸」は添加されるものであることを前提としていると認められる。」

2016年10月30日日曜日

プロダクト・バイ・プロセス・クレームの知財高裁の判断2件

知財高裁平成28年9月20日判決/平成27年(行ケ)第10242号 審決取消請求事件、及び、知財高裁平成28年9月29日判決/平成27年(行ケ)第10184号 審決取消請求事件
1.概要
 プロダクト・バイ・プロセスクレームに関する最高裁判所第二小法廷平成27年6月5日判決は、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合には、原則として特許請求の範囲の記載が不明確であり特許法36条6項2号の明確性要件違反であるが、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限り,当該特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合する旨判示する。
 最近の知財高裁判決では、物に関する特許請求の範囲が製法限定の表現を含んでいたとしても、文言から物の構造が明確に理解できるのであれは、権利者出願人による「不可能・非実際的事情」の立証がなくとも明確性要件違反とはしないと判断しているようである。そのような事例2件を紹介する。

2.知財高裁平成28年9月20日判決/平成27年(行ケ)第10242号 審決取消請求事件

2.1.本件発明1
「延伸可能でその延伸後にも弾性的な伸縮性を有する合成樹脂により形成した細いテープ状部材に,粘着剤を塗着することにより構成した,ことを特徴とする二重瞼形成用テープ。」

2.2.プロダクト・バイ・プロセスクレームに関する裁判所の判断
「(ア)また,原告らは,本件発明1に係る「…細いテープ状部材に,粘着剤を塗着する」との記載は「塗着する」という動作を伴う経時的な要素を記載しているものであるから,本件発明1はプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するところ,「出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在する」ことはないから,「発明が明確であること」との要件に適合しない旨主張する。
(イ) 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において,当該特許請求の範囲の記載が法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解される(最高裁判所第二小法廷平成27年6月5日判決・民集69巻4号700頁)ところ,本件発明1に係る上記記載は,これを形式的に見ると,確かに経時的な要素を記載するものということもでき,プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当すると見る余地もないではない。
 しかし,プロダクト・バイ・プロセス・クレームが発明の明確性との関係で問題とされるのは,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に,その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば,その
製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であることなどから,第三者の利益が不当に害されることが生じかねないことによるところ,特許請求の範囲の記載を形式的に見ると経時的であることから物の製造方法の記載があるといい得るとしても,当該製造方法による物の構造又は特性等が明細書の記載及び技術常識を加えて判断すれば一義的に明らかである場合には,上記問題は生じないといってよい。そうすると,このような場合は,法36条6項2号との関係で問題とすべきプロダクト・バイ・プロセス・クレームと見る必要はないと思われる。
(ウ) ここで,本件明細書の記載を参酌すると,本件明細書には「二重瞼形成用テープは,図2に示すように,弾性的に伸縮するX方向に任意長のシート状部材11の表裏前面に粘着剤12を塗着…し,これを多数の切断面Lに沿って細片状に切断することにより,極めて容易に製造することができる。」(甲1の段落【0013】)という態様,すなわち,粘着剤を塗着した後,細いテープ状部材を形成する態様を含めて「図1及び図2に示す実施例では,弾性的に伸縮する細いテープ状部材の表裏両面に粘着剤2を塗着している」(同段落【0014】)と記載されている。また,本件発明1は,「テープ状部材の形成」と「粘着剤の塗着」の先後関係に関わらず,テープ状部材に粘着剤が塗着された状態のものであれば二重瞼を形成し得ること,すなわちその作用効果を奏し得ることは明らかである。
 そうすると,本件発明1の「…細いテープ状部材に,粘着剤を塗着する」との記載は,細いテープ状部材に形成した後に粘着剤を塗着するという経時的要素を表現したものではなく,単にテープ状部材に粘着剤が塗着された状態を示すことにより構造又は特性を特定しているにすぎないものと理解するのが相当であり,物の製造方法の記載には当たらない
というべきである。
(エ)したがって,本件発明1は,法36条6項2号との関係で問題とされるべきプロダクト・バイ・プロセス・クレームには当たらない。この点に関する原告らの主張は採用し得ない。」

3.知財高裁平成28年9月29日判決/平成27年(行ケ)第10184号 審決取消請求事件

3.1.本件発明1
「A: ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって, 
B: 該燃焼芯にワックスが被覆され, 
C: かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより 
D: 前記燃焼芯を露出させるとともに, 
E: 該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火されるよう構成したことを特徴とする 
F: ローソク。」

3.2.プロダクト・バイ・プロセスクレームに関する裁判所の判断
「原告らは,本件発明の「こそぎ落とし又は溶融除去することにより」との記載は,物の製造方法が記載されているプロダクト・バイ・プロセス・クレームであるから,明確性要件に適合しないなどと主張する。
 しかし,証拠(甲25)及び弁論の全趣旨によれば,原告らの上記主張は,本件の特許無効審判において無効理由として主張されたものではなく,当該審判の審理判断の対象とはされていないものと認められるから,もとより本件訴訟の審理判断の対象となるものではなく(最高裁判所昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁参照),失当というほかない。
 なお,この点につき付言するに,PBP最高裁判決は,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合に,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という。)が存在するときに限り,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう明確性要件に適合する旨判示するものである。このように,PBP最高裁判決が上記事情の主張立証を要するとしたのは,同判決の判旨によれば,物の発明の特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合には,製造方法の記載が物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができないことによると解される。そうすると,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,当該製造方法の記載が物の構造又は特性を明確に表しているときは,当該発明の内容をもとより明確に理解することができるのであるから,このような特段の事情がある場合には不可能・非実際的事情の主張立証を要しないと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,本件発明の「該燃焼芯にワックスが被覆され,かつ該燃焼芯の・・・先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させる・・・ことを特徴とするローソク」という記載は,その物の製造に関し,経時的要素の記載があるとはいえるものの,ローソクの燃焼芯の先端部の構造につき,ワックスがこそぎ落とされて又は溶融除去されてワックスの残存率が19%ないし33%となった状態であることを示すものにすぎず,仮に上記記載が物の製造方法の記載であると解したとしても,本件発明のローソクの構造又は特性を明確に表しているといえるから,このような特段の事情がある場合には,PBP最高裁判決にいう不可能・非実際的事情の主張立証を要しないというべきである。
 したがって,原告らの主張は,PBP最高裁判決を正解しないものであり,採用することができない。」

2016年9月25日日曜日

医薬用途発明の侵害訴訟での権利範囲

知財高裁平成28年7月28日平成28年(ネ)第10023号特許権侵害差止等請求控訴事件
原審・東京地裁平成28年1月28日平成26年(ワ)第25013号特許権侵害差止等請求事件


1.概要
 本件は、既知物質の1日あたりの用量を特定した医薬用途発明(下記の本件発明)に係る特許権を有する控訴人(一審原告)が、被控訴人(一審被告)の下記被告製品の製造販売が前記特許権を侵害すると主張した侵害訴訟の控訴審判決である。
 一審及び控訴審ともに非侵害と判断した。
 被告製品の添付文書及びインタビューフォームに記載の「標準用量」は、本件発明で規定する用量とは明確に異なるのであるが、投与する医師の裁量で被告製品の用量を調節すれば本件発明の用量と一致する場合もあり得る。
 知財高裁は、用途発明における特許法2条3項にいう「実施」とは,新規な用途に使用するために既知の物質を生産,使用,譲渡等をする行為に限られること、被告製品は標準用量で使用するために製造販売されていることから、前記特許権を侵害しないとの判断を下した。
 知財高裁は、東京地裁とは異なり、用途発明とはそもそも何か?という観点から、控訴人の主張を一蹴している。医薬用途発明に関する数少ない侵害訴訟判決として重要と考え紹介する。


2.本件発明
 控訴人・原告が有する特許第4778108号の請求項1に記載の発明(本件発明)は以下の通り分説される。
A 成人1日あたり0.15~0.75g/kg体重のイソソルビトールを経口投与されるように用いられる(以下「構成要件A」という。)
B (ただし,イソソルビトールに対し1~30質量%の多糖類を,併せて経口投与する場合を除く)ことを特徴とする,
C イソソルビトールを含有するメニエール病治療薬。


3.被告製品
 被控訴人・被告らは,メニエール病改善剤(メニエール病治療薬)としての機能を有する薬剤として,昭和43年6月1日から被告製品1を,平成20年7月1日から被告製品2を,平成22年3月19日から被告製品3をそれぞれ製造販売している。
 被告製品の添付文書及びインタビューフォームにおけるメニエール病についての用法用量の記載は,「1日体重当り1.5~2.0mL/kgを標準用量とし,通常成人1日量90~120mLを毎食後3回に分けて経口投与する。症状により適宜増減する。」というものである。

 被告製品の「標準用量」は本件発明の構成要件Aの用量を大きく上回り、同一ではない。
 控訴人・原告は、被告製品は「症状により適宜増減する」ように用いられるものであるから、構成要件Aを充足すると主張した。


4.裁判所の判断のポイント
「(4) 用途発明とは,既知の物質について未知の性質を発見し,当該性質に基づき顕著な効果を有する新規な用途を創作したことを特徴とするものであるから,用途発明における特許法2条3項にいう「実施」とは,新規な用途に使用するために既知の物質を生産,使用,譲渡等をする行為に限られると解するのが相当である。
 これを本件についてみるに,上記(2)及び(3)によれば,本件発明は,作用発現までに長時間要するという従来のメニエール病治療薬の課題を解決するために,既知の物質であるイソソルビトールの1日当たりの用量を従来の「1.05~1.4g/kg体重」から,構成要件Aにいう「0.15~0.75g/kg体重」という範囲に減少させることによって,血漿AVPの発生を防ぐなどして迅速な作用を発現させるとともに,長期投与に適したメニエール病治療薬を提供するというものである。そうすると,本件発明は,イソソルビトールという既知の物質について投与量を減少させると血漿AVPの発生を防ぎ,かえって内リンパ水腫減荷効果を促進させるという未知の性質を発見し,当該性質に基づきイソソルビトールの投与量を減少させることによって,即効性を有しかつ長期投与に適するメニエール病治療薬としての顕著な効果を有する新規な用途を創作したことを特徴とするものであるから,本件発明は,イソソルビトールという既知の物質につき新規な用途を創作したことを特徴とする用途発明であるものと認められる。
 そして,前記第2の1(3)イの前提事実によれば,被告製品の添付文書及びインタビューフォームにおける用法用量は,1日体重当り1.5~2.0mL/kgを標準用量とするものであって,かえって,本件明細書にいう従来のイソソルビトール製剤の用量をも超えるものであるから,構成要件Aによって規定された上記用途を明らかに超えるものと認められる。
 以上によれば,被告は,イソソルビトールについての上記新規な用途に使用するために,これを含む被告製品を製造販売したものということはできないから,被告製品を製造販売をする行為は,本件発明における特許法2条3項の「実施」に該当するものと認めることはできない。」
「(5) これに対し,原告は,①構成要件Aの解釈に関し,漸減の結果,投与量が構成要件A所定の範囲内に至った場合も含まれる・・・・と主張する。
 そこで判断するに,上記①については,前記(4)のとおり,本件発明は,イソソルビトールという既知の物質につき新規な用途を創作したことを特徴とする用途発明であるから,被告製品の製造販売が本件発明の「実施」に該当するというには,当該製造販売が新規な用途に使用するために行われたことを要するというべきである。しかしながら,前記第2の1(3)イの前提事実によれば,被告製品の添付文書及びインタビューフォームにおける用法用量は,1日体重当り1.5~2.0mL/kgを標準用量とするものであって,本件発明の構成要件Aにいう用途とは明らかに異なるものであり,そのほかに被告製品の製造販売が当該用途に使用するために行われたことを認めるに足りる証拠もない。したがって,原告の主張は,用途発明の意義を正解しないものであって,独自の見解というほかなく,採用することができない。

2016年8月21日日曜日

特性で規定した組成物クレームのサポート要件と、プロダクト・バイ・プロセスクレーム該当性についての裁判所の判断

知財高裁平成28年7月19日判決言渡
平成27年(行ケ)第10099号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例は、無効審判審決(特許有効)に対する審決取り消し訴訟の知財高裁判決である。裁判所は、特許有効の審決に違法性はないとして、原告(無効審判請求人)の請求を棄却した。
 本件の訂正後の請求項1は以下の通りである
「無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物であって,該ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル10g以下であり,かつ昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が下記式を満足してなることを特徴とするポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルム。
30≦Tcc-Tg≦60」
 この特許について以下の判断が示された。
(1)高分子組成物を組成ではなく特性のみで特定していることについて、サポート要件違反に該当するかが争われた。裁判所はサポート要件は充足されると判断した。
(2)「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」のうち「二軸延伸」は訂正により追加された要件である。この「二軸延伸」がプロダクト・バイ・プロセスクレームに該当するか争われたが、裁判所は、傍論としてではあるが、「用語としてその概念が定着している」ことを理由に、プロダクト・バイ・プロセスクレームに該当しないと判断した。

2.サポート要件に関する裁判所の判断
「特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
 そこで,以上の観点から,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載がサポート要件を充足するものか否かについて,以下検討する。
 本件明細書の発明の詳細な説明には,前記1のとおり,本件発明1は,多量の無機粒子を含有するポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルムにおいて,従来の欠点を解決し,白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性とともに耐熱性,成形加工性に優れたフィルムを得ることを課題とし,その解決手段として,「カルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル10g以下」であり(特性(a)),かつ「昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差」が式「30≦Tcc-Tg≦60」を満足してなること(特性(b))を特徴とするポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムとするものであることが記載されている。
 そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,特性(a)について得られるポリエステル組成物中の無機粒子の粒子分散性,フィルムなどに成形する際の溶融工程時の熱安定性,延伸製膜性の点から,組成物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル10g以下とする必要があり,カルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル10gを越えると無機粒子の粒子分散性に劣ったり,フィルムなどに成形する際の溶融工程時の熱安定性,延伸製膜性に劣ることが記載され(段落【0024】),また,特性(b)について,ポリエステル組成物をフィルムなどに成形する際の延伸製膜性及び得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性の点から,昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が式「30≦Tcc-Tg≦60」を満足する必要があり,TccとTgの差が30未満の場合には,ポリエステル組成物の結晶性が高く,フィルムなどに成形加工する際に延伸製膜性に劣る一方,その差が60を越えると,得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性に劣ることが記載されている(段落【0026】)。
・・・・・
カ 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成物において、特性(a)及び(b)をいずれも具備する実施例1ないし7では,無機粒子の種類及び量,リン化合物の種類及び量,ポリエステルの共重合成分,種類及び量の変更に関わらず,いずれも,粒子分散性,耐熱性,成形加工性に優れるとともに,得られた二軸延伸フィルムの白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性が優れていたのに対し,特性(a)及び(b)のいずれかを具備しない比較例1ないし3では、いずれも成型加工性に劣るとともに,得られた二軸延伸フィルムの白色性,隠蔽性等の特性に劣っていたことが記載されているものといえる。
(3) 以上のような本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,当業者であれば,上記の記載から,無機粒子を含有するポリエステル組成物における特性(a)及び(b)の各数値と,粒子分散性,熱安定性,延伸製膜性及び得られるフィルムの白色性・隠蔽性・機械特性等の物性との技術的な関係を理解するとともに,上記(2)の実施例及び比較例に係る記載から,実際に特性(a)及び(b)を満たすポリエステル組成物であれば,粒子分散性,熱安定性,延伸製膜性に優れており,得られる二軸延伸フィルムの白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性も優れたものとなることを理解するものといえる。
 したがって,本件明細書には,無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムにおいて,当該ポリエステル組成物を特性(a)及び(b)を満たすものとすることによって,本件発明1の「白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性とともに耐熱性,成形加工性に優れたフィルムを得る」という課題が解決されることが記載されているものといえるから,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)は,本件明細書の記載により当業者が本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができ,サポート要件を充足するというべきである。
(4) 原告の主張について
ア 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明の実施例1ないし7は,いずれも①リン酸化合物で表面処理した無機粒子と②ポリエステル微粉末を用いて製造したポリエステル組成物に係るものであり,これらの記載からは,当業者が,上記①及び②を用いない組成物によって本件発明1の課題を解決し得ると理解することはできないから,上記①及び②を用いるとの限定をすることなく、特性(a)及び(b)をもって発明を特定する本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は,サポート要件を充足しない旨主張するので,以下検討する。
・・・・・
ウ 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明では,本件発明1に係るポリエステル組成物の製造に当たって上記①や②を用いることについて,本件発明1の課題解決にとって「好ましい」ことが記載されるとともに,それが,得られるポリエステル組成物を満たすものとするための方法の一つとして例示された上で,その方法については,これらに「限定されるものではない」ことが明示されている。してみると,これらの記載に接した当業者であれば,本件発明1において,上記①及び②を用いてポリエステル組成物を製造することが課題解決に必須の事項とされているものと理解するとはいえず,このことは,実施例1ないし7がいずれも上記①及び②を用いて製造したポリエステル組成物に係るものであることによって,左右されるものではない。

 そもそも本件発明1は,無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムにおいて,当該ポリエステル組成物が有すべき物性(特性(a)及び(b))を特定することによって発明を特定するものであるところ,このような場合,明細書の発明の詳細な説明の記載としては,当該物性を満たすものとすることによって発明の課題が解決されることが理解できるように記載されていれば,サポート要件としては足りるものといえるのであって,当該物性を実現するための方法の全てが開示され,かつ,それらによって得られる物が発明の課題を解決し得るものであることが逐一実施例によって示されなければならないというものではない。
 したがって,原告の上記主張は理由がない。

3.プロダクト・バイ・プロセスに関する裁判所の判断
「さらに,原告は,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」の記載がいわゆるプロダクト・バイ・プロセスクレームに該当することを前提に,本件明細書には,出願時において,本件発明1に係る「白色ポリエステルフィルム」をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,またはおよそ実際的ではないという事情が存在していることが記載されていないから,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は明確性要件を満たさない旨主張する。

・・・・「二軸延伸フィルム」とは,縦方向と横方向に延伸して成形したフィルムを意味する用語としてその概念が定着しているというべきであるから,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」との記載をもって,いわゆるプロダクト・バイ・プロセスクレームととらえることは相当ではなく,この点からも,原告の上記主張は採用できない。」

2016年6月26日日曜日

請求項の文言の解釈が審決と裁判所で異なった事例


知財高裁平成28年6月9日判決 平成27年(行ケ)第10126号 審決取消請求事件



1.概要

 本件は、無効審判において特許が有効と判断された審決に対する審決取消訴訟において、特許無効と判断され審決が取り消された事例である。

 被告は特許権者で無効審判の被請求人である。原告は無効審判の請求人である。

 本件発明の請求項1は以下の通り

「(請求項1)

 固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子において,

 上記固体電解質シートは,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなるアルミナシートに設けた充填用貫通穴内に,酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなるジルコニア充填部を配設してなり,

 上記一対の電極は,上記ジルコニア充填部の両表面に設けてあり,

 上記アルミナシートの両表面には,該アルミナシートよりも薄く,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり,

 該一対の表面アルミナ層には,上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり,

 該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって,該開口用貫通穴から上記電極が露出し,且つ,該開口用貫通穴の周縁部は,上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっていることを特徴とするガスセンサ素子。」



 本件特許の請求項1の「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって」をどう解釈するかが争われた。

 本件特許の図面(図4)には、開口用貫通穴の内周面と、電極の側面との間に隙間が形成され、電極の外周の側面が露出した図のみが開示されている。

 一方、引用文献には、開口用貫通穴の内周面と、電極の側面との間に隙間がなく密着した例が開示されている。本件特許の請求項1の「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって」の要旨認定において、開口用貫通穴の内周面と、電極の側面との間に隙間がなく密着した場合まで含めるのかどうか(広く解釈すれば進歩性なし、狭く解釈すれば進歩性あり)が争われた。

 審決では、本件明細書において図示された実施形態(開口用貫通穴の内周面と、電極の側面との間に隙間がなく密着した例が開示されている)を重視し、発明の要旨を限定的に認定し、引用発明との相違点として認めた。

 一方、裁判所は、本件明細書において図示された実施形態を一例に過ぎないと位置づけ、文言と効果をもとに発明の要旨を広く認定した。その結果、引用発明との相違点ではないと結論づけた。



2.審決の判断

 「引用発明2の1に甲3技術を適用したものの、接着剤表面アルミナ層が、上記相違点に係る本件発明1の特定事項のうち、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」る構成を満たすか否かについて検討する。

 本件の特許明細書の段落【0025】の「(実施例2)本例は、図4に示すごとく、アルミナシート3の両表面に、アルミナシート3よりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層35を積層して、固体電解質シート2を形成した例である。・・・開口用貫通穴351は、ジルコニア充填部4(充填用貫通穴31)よりも小さく、ジルコニア充填部4における電極5よりも大きな形状に形成してある。そして、ジルコニア充填部4の両表面における外縁部に開口用貫通穴351の周縁部が重なった状態において、一対の電極5を、開口用貫通穴351を介して、ジルコニア充填部4の表面に露出させておく。」という記載及び図面の図4に電極5と表面アルミナ層との間に隙間が存在することが示されていること、並びに、ガスセンサ素子において、電極はできる限り広い面積で測定ガスに接することが好ましいことが技術常識であることを勘案すると、本件発明1の「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあって、」は、電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴は電極よりも大きな形状に形成してあることを特定するものと理解するのが相当である。

 してみると、第1電極404及び第2電極406の側面に接する接着剤表面アルミナ層は、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」る構成を満たしているとはいえない。



3.裁判所の判断のポイント

「本件アルミナ接着剤層が,相違点に係る本件発明1の構成のうち,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成を満たすか否かについて検討する。

 a 本件審決は,本件発明1の表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴は「上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について,電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあることを意味すると解釈した上で,本件アルミナ接着剤層は,第1電極404及び第2電極406の側面に接して形成されているから,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成を満たさない旨判断した。

   しかしながら,以下に述べるとおり,本件審決の上記判断は誤りである。

   本件特許の特許請求の範囲の請求項1においては,表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴と電極との大きさの関係について, 「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあって」とされるのみであり,「電極よりも大きな形状」の意義について,電極の側面が露出する程度のものでなければならないことを示す記載はない。

    この点について,被告は,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状」とは,開口用貫通穴の内面が電極の外面より大きいことを意味し,そうである以上,その間に隙間が必然的に生じ,電極の側面が露出することは明らかである旨主張する。しかし,表面アルミナ層の開口用貫通穴の側面とその内側に配置される電極の側面が隙間なく接する構成(電極の側面が露出しない構成)においても,開口用貫通穴の内側に電極が配置されるものである以上,開口用貫通穴の内周は,電極の外周よりも大きな形状となっているはずである。なぜなら,開口用貫通穴の内周と電極の外周が全くの同一形状であるとすれば,開口用貫通穴の内側に電極を配置することは物理的にできないはずだからである。 したがって,開口用貫通穴の大きさについて,「電極よりも大きな形状」との文言から直ちに「電極の側面が露出する程度」のものであるとの解釈が導き出されるものではなく,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載から,本件審決の上記解釈が根拠付けられるものとはいえない。

⒝ 次に,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,実施例2に関して,「本例は,図4に示すごとく,アルミナシート3の両表面に,アルミナシート3よりも薄く,電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層35を積層して,固体電解質シート2を形成した例である。…開口用貫通穴351は,ジルコニア充填部4(充填用貫通穴31)よりも小さく,ジルコニア充填部4における電極5よりも大きな形状に形成してある。」との記載があり,図4のガスセンサ素子の断面図では,表面アルミナ層の開口用貫通穴351の内周と電極の外周との間に隙間が形成されている態様が示されていることが認められる。

  しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1について,表面アルミナ層の開口用貫通穴が電極の側面が露出する程度に電極よりも大きな形状であることを要する旨の記載はなく,ガスセンサ素子の早期活性化と共に,強度向上を図ることができること及びジルコニア充填部が充填用貫通穴内から抜け出してしまうことを防止することとの関係からみても,電極の側面が露出する態様のものに限定されるべき理由はない。

  他方,図4に示されたガスセンサ素子は,実施例の一態様を示すものにすぎないから,当該図面に表面アルミナ層の開口用貫通穴351の内周と電極の外周との間に隙間が形成されている態様が示されているからといって,直ちに本件発明1の構成が当該態様のものに限定されると解すべきものとはいえない。

⒞ さらに,本件審決は,「ガスセンサ素子において,電極はできる限り広い面積で測定ガスに接することが好ましいことが技術常識であること」を前記解釈の根拠とする。

  しかしながら,上記のような技術常識があるからといって,本件発明1のガスセンサ素子における電極が,常にその上面のみならず側面まで露出するものであることを要するとの解釈が直ちに導き出されることにはならない。

 ⒟ 以上によれば,本件発明1の表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴は「上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について,電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあることを意味するとした本件審決の解釈は,根拠を欠くものであって誤りであり,これを前提とする本件審決の前記判断も誤りというべきである。

b 上記aで検討したところによれば,本件発明1における「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成には,電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してある 表面アルミナ層の開口用貫通穴の側面とその内側に配置される電極の側面が隙間なく接しているものも含まれると解すべきである。

   してみると,本件アルミナ接着剤層が第1電極404及び第2電極406の側面に接して形成される態様は,相違点に係る本件発明1の構成のうち,「該開口用貫通穴は,上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成を満たすものといえる。


2016年5月28日土曜日

特許権侵害訴訟において被告製品が構成要件を充足の有無が特定できないとされた事例


東京地裁平成28年4月27日判決言渡
平成25年(ワ)第30799号 特許権侵害差止請求事件           

1.概要
 本事例は、原告が有する特許権に基づく被告に対する侵害差止請求訴訟の第一審において、本件特許発明における「球形の相」という構成を侵害被疑物品(被告製品)が充足しているか否かが特定できる十分な立証がされていないことを理由に原告の請求を棄却した事例である。
 本件特許発明は所定の組成の金属からなるスパッタリングターゲットに関するものであり、所定の寸法の「球形の相」が金属素地中に分散していることを特徴としている。
 原告は、被告製品1のスパッタリングターゲットの組織片を研磨した表面の顕微鏡観察写真等を証拠として、写真において円形の相として現れる「球形の相」が含まれることと、それが所定の寸法を有することの立証を試みた。
 しかし裁判所は、表面の写真で円形の相であるからといってそれが球形の相であるとは特定できないと判断し、侵害の立証がされておらず原告の請求に理由がないと結論づけた。
 侵害被疑物品において侵害発見が容易な特徴により発明を特定することの重要性を理解するうえで参考になる事例である。

2.本件特許発明の構成
 原告が有する特許権に係る本件特許発明の構成要件は次の通り分説することができる。
 A Crが20mol%以下,Ptが5mol%以上30mol%以下,残余がCoである組成の金属からなるスパッタリングターゲットであって, 
 B このターゲットの組織が,金属素地(A)と, 
 B-(1) 前記(A)の中に,Coを90wt%以上含有する長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相(B)を 
 B-(2) 前記ターゲットの全体積又は前記ターゲットのエロージョン面の面積の20%以上有し, 
 B-(3) 前記球形の相(B)は,研磨面を顕微鏡で観察したときに前記金属素地(A)で囲まれている 
 C ことを特徴とする強磁性材スパッタリングターゲット。 

3.裁判所の判断のポイント
「2 争点(2)(被告製品1は本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
(1) 構成要件B-(1)及び同B-(2)の充足性について
ア 構成要件B-(1)及び同B-(2)の文理解釈について
・・・・
被告製品1が構成要件B-(1)及び同B-(2)を充足するというためには,被告製品1のターゲット中に存在する①「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相」(以下,単に「球形の相」ということがある。)を特定できること,②上記①の球形の相が「Coを90wt%以上含有する」ことが立証されること,及び③上記①の球形の相の量が「ターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上」であることが立証されることが必要である。

イ 被告製品1において「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相」を特定できるかについて
・・・・
(イ) 本件明細書の上記(ア)の記載によれば,「球形」とは,「真球,擬似真球,扁球(回転楕円体),擬似扁球を含む立体形状」であって,「外周部に多少の凹凸があっても」よく,「その中心から外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下」であればよいとされていることは,理解し得るものの,実施例及び比較例について具体的に記載されているのは,ターゲット研磨面の観察結果(二次元的な確認)にとどまる。本件明細書を精査しても,本件特許発明にいう「金属素地(A)」の中に存在するとされる「相(B)」の立体形状が,実際に「球形」であることを確認する方法が明らかにされているとは認め難く,実施例及び比較例について「相(B)」の立体形状の観察結果(三次元的な確認)を得た旨の記載も見当たらない。
 したがって,被告製品1において,「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相」を特定することができるか否かは,当業者の技術常識を踏まえて判断するほかはない。
(ウ) 原告は,原告の従業員が被告製品1を分析した結果であるとする平成25年3月8日付け実験結果報告書(甲5。以下「甲5報告書」という。)に記載された実験(以下「甲5実験」という。)により,同報告書の図6と同じ位置のレーザー顕微鏡写真(図8)を得て,画像処理し(図9),a,b,d,e,f,h,l,mの各相の面積,長径,短径を測定し(表3),長径と短径の差が0~50%であることを確認した旨主張する。
 しかし,構成要件B-(1)が規定するのは,「球形の相」,すなわち「立体形状」が「球形」である「相」における「長径及び短径」並びに「直径」の数値範囲であるところ,証拠(乙32)によれば,ターゲットの断面(一水平面)において「円形」に観察される相であっても,当該相の立体形状がいかなるものであるは不明であり,当然に「球形」であるといえるものではないことが認められる。
 また,上記の点を措き,ターゲットの断面(一水平面)において「円形」に観察される相の立体形状が「球形」であると仮定しても,上記証拠によれば,同断面が球の中心を通るのか否か,通らない場合にはどの程度中心から外れているのかは,不明であるというほかはなく,同断面において「円形」に観察される相について行った測定結果に基づいて,当該相が「球形」である場合の「直径」を近似的に求めることはできないものと認められる。
 この点,本件明細書において,前記(ア)のとおり「球形そのものを確認することの比が2以下であることを目安としてよい。」(【0026】)とされていることに鑑み,ある相の断面が上記要件を充たすことをもって,構成要件B-(1)にいう「長径と短径の差が0~50%」の「球形の相」であると推認することが許されないではないとしても,そのことをもって,直ちにその相の「直径が30~150μmの範囲にある」ことまで推認されるということはできない。
 したがって,甲5実験によっては,被告製品1における「長径と短径の差が0~50%であって直径が30~150μmの範囲にある球形の相」が特定されたということはできない
・・・
(オ) 以上のほか,原告が縷々主張するところを踏まえても,被告製品1において,「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相」を特定することは,困難というべきである。

ウ 被告製品1において「球形の相」が「Coを90wt%以上含有する」ことが立証されたといえるか
(ア) 上記イのとおり,被告製品1において,「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相」を特定することができない以上,そのような「球形の相」が「Coを90wt%以上含有する」ことが立証されることはあり得ないところであるが,事案に鑑み,仮に,原告の主張に係る「球形の相」が「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある」ものとして,「Coを90wt%以上含有する」と認められるか否かについて,検討する。
・・・・
(ウ) 本件明細書の上記記載によれば,本件特許発明は,漏洩磁束が向上するターゲットを実現するため,「球形の相(B)」のCoの濃度を高め,周囲の組織より最大透磁率を高くし,ターゲット内部の磁束に密な部分と疎な部分を生じさせたターゲット組織構造を調整したものであると解される。
 そうだとすれば,構成要件B-(1)にいう「Coを90wt%以上含有する」「球形の相(B)」とは,「球形の相(B)」の中に「Co含有量が90wt%以上」の部分が少しでもあれば足りるというものではなく,「球形の相(B)」全体として「Co含有量が90wt%以上」であることが必要であるというべきである。
 なお,本件明細書には,Co含有量の測定方法に関し,「なお,相(B)のCo含有量は,EPMAを用いて測定することができる。また,他の測定方法の利用を妨げるものではなく,相(B)のCo量を測定できる分析方法であれば,同様に適用できる。」(【0024】)との記載があり,実施例1,2について,ターゲットの研磨面の光学顕微写真及びEPMAの元素分布画像が示されている(前記イ(ア)で引用した【0044】,【0045】,【0053】,【0054】参照)。
 しかし,本件明細書を精査しても,球形の相(B)におけるCo含有量の測定方法について,より具体的な説明がされた箇所は,見当たらない。
 したがって,被告製品1において,「球形の相」が,全体として,「Coを90wt%以上含有する」ことが立証されたといえるか否かについては,当業者の技術常識を踏まえて判断するほかはない。
(エ) 原告は,甲5報告書の表2をもって,被告製品1における「Coを90wt%以上含有する球形の相」の分析結果である旨主張する。
 甲5実験は,被告製品1からサンプリング箇所を切り出し試験片とし,その表面をペーパーで研磨した後,バフ研磨し,試験片の球形相をEPMAを用いて,下記に引用する甲5報告書の図6のaないしmのアルファベット部分に電子線を照射してCo含有量を測定したものであり,その結果,下記のa,b,d,e,f,h,l,mの「球形の相」については,Coの含有量が90wt%以上あったとするものである。
 しかし,甲5実験におけるaないしmの「球形の相」のCo含有量については,電子線が照射された箇所(測定箇所)が,それぞれの「球形の相」のどの部分に当たるかが明確でないし,それぞれ1つの測定値しか示されていないのであるから,各測定値をもって,各「球形の相」の全体のCoの濃度とみることは,相当とは言い難い。
 この点,原告は,仮に,ある「球形の相」について,Co濃度が90wt%以上として測定された箇所が立体形状として中心付近とはいえない場合,中心付近のCo濃度は,測定箇所より高濃度であると合理的に推認されるから,いずれかの測定箇所で「Coを90wt%以上含有する」と評価できれば,それで足りる旨主張する。しかし,逆に,その測定箇所が立体形状として中心付近であった場合には,周囲部分のCo濃度は,測定値よりも低くなることが当然予想されるのであって,甲5実験においては,「球形の相」の中のCoの濃度分布(三次元分布)が具体的にどのようなものなのかが明らかとされていない以上,それぞれの「球形の相」について,一つの測定箇所の測定値が90wt%以上であったとしても,直ちに「球形の相」全体として「Coを90wt%以上含有する」ことが合理的に推認されることにはならない。
 したがって,甲5実験によっては,被告製品1において,「Coを90wt%以上含有する」「球形の相」が存在することが立証されたということはできない。
(オ) 原告は,甲53分析に基づく主張もする。
 しかし,同分析によっても,上記(エ)と同様の理由により,被告製品1において,「Coを90wt%以上含有する」「球形の相」が存在することが立証されたということはできない。
(カ) 以上のほか,原告が縷々主張するところを踏まえても,被告製品1において,「Coを90wt%以上含有する」「球形の相」が存在することが立証されたとみることは,困難というべきである。
・・・・
カ まとめ

以上によれば,被告製品1が構成要件B-(1),同B-(2)を充足することの立証はないというべきであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。」

2016年5月22日日曜日

引用文献の構成が、その目的を考慮して、変更することが容易でないと判断された事例


知財高裁平成28年5月11日判決言渡

平成27年(行ケ)第10122号 審決取消請求事件



1.概要

 本事案は、進歩性欠如を理由とする拒絶審決を不服とした特許出願人による審決取消訴訟において、拒絶審決に違法性があり取り下げられた事例である。

 本願発明と引用発明1との相違点が、引用例2に記載されているか否かが争われた。裁判所は、引用例2の構成を変更して相違点に係る発明とすることが容易であったと主張する特許庁の主張を退けた際の理由づけとして、引用例2が目的とする機能を損なうことになる変更はできないと判示した.
2.本願発明と、引用発明との一致点相違点

 本願発明(下線は強調のために追加)

【請求項1】光学的放射線を少なくとも1つの生物組織に加えるための装置であって,/化学反応に基づいて前記放射線を発生させるように構成された放射線装置,および,水フィルターを備え,/前記放射線装置は,封止された筐体および前記筐体の内部に設けられた可燃性材料を備え,/前記封止された筐体の外側表面の一部は,前記生物組織に接するように構成され,/前記水フィルターは,前記可燃性材料と前記封止された筐体の外側表面の一部との間に設けられ,/前記水フィルターは,前記光学的放射線の一部を濾光し,且つ,前記生物組織を冷却するために構成され,/前記光学的放射線は,前記少なくとも1つの生物組織の少なくとも一部に生物学的影響をもたらす装置。



 引用発明1

 引用例1に記載の引用発明1においては,本願発明の水フィルター以外の構成の装置が記載されており、水フィルターの代わりにプリズムが記載されている。引用発明1のプリズムは、光学的放射線の一部を濾光するものではあるが、生物組織を冷却するものであるかまでは不明である点で相違する。



 引用発明2

 引用例2に記載の引用発明2においては、患者の皮膚の処置のため,ランプからの光を導波管を通じて患者の皮膚へ向けるための装置において,光スペクトルのフィルター処理を行なうためにフィルター6を設け,フィルター6を液体水フィルターとすることが記載されている。引用例2では、この液体水フィルターをランプの冷却に使用することは記載されているが、この液体水フィルターを皮膚(生体組織)を冷却するために使用することは記載されていない。



3.特許庁の意見

「原告は,引用例2に別途設けられている皮膚を冷却するための機構においては,大きな導波管が用いられ,皮膚を冷却するためにかなり大きい負の熱量が供給されるように構成されており,薄いフィルター6中に存在するわずかな氷では,上記導波管を挟んで反対側にある皮膚を冷却するには不十分である旨主張する。

 しかし,液体水フィルター等の冷却手段による冷却能力は,光の強さ,光の照射時間,導波管の長さ,導波管の熱容量,液体水フィルターの温度,治療開始時の導波管の温度等に依存するものであるから,当業者であれば,液体水フィルターによって患者の皮膚を冷却する効果を実現するために必要な設計変更を行うことは可能なはずである。



4.裁判所の判断のポイント

「被告は,液体水フィルター等の冷却手段による冷却能力は,光の強さ,光の照射時間,導波管の長さ,導波管の熱容量,液体水フィルターの温度,治療開始時の導波管の温度等に依存するものであるから,引用発明2のフィルター6を液体水フィルターとした場合,当業者であれば,液体水フィルターによって患者の皮膚を冷却する効果を実現するために必要な設計変更を行うことは可能である旨主張する。

 この点に関し,引用例2において,液体水フィルターについては,「厚さ1~3mmの液体水フィルターが使用され得」ると記載されており(【0077】),前記⑴ウ()のとおり,そのように薄く広げられた水が導波管の冷却を介して皮膚を冷却する効果をもたらすとは必ずしもいい難い。しかし,水に入射した光の透過率は水の層が厚くなるほど低下することに鑑みると,上記厚さは,皮膚の美容及び医療の皮膚科学処置という装置Dの目的(【0019】)を達成するのに必要な光の量を確保する観点から定められたものとみることができるから,皮膚を冷却するために液体水フィルターをより厚いものにすると,光の透過率が低下し,上記目的を達成する装置Dの機能を損なう結果になる。よって,当業者において,原告主張に係る設計変更を行うことが可能であると直ちにいうことはできない。

2016年5月8日日曜日

公用発明を引用例とする場合の技術的意義の推認、阻害要因の認定


知財高裁平成27年4月28日判決

平成25年(行ケ)第10263号 審決取消請求事件



1.概要

 本件は、発明の名称「蓋体及びこの蓋体を備える容器」とする特許第4473333号に対する無効審判審決(特許維持)についての審決取消訴訟の高裁判決である。原告は無効審判請求人、被告は特許権者である。

 主引用例である引用例1として、市販の蓋付き容器(判決中「クレハ容器」と呼ばれる)が引用された。

 争われた無効理由は、引用例1の市販容器と、公知文献である甲6~8に開示された構成との組み合わせにより本件発明が容易想到可能か否かである。

 知財高裁は、引用例1の市販容器における本件発明との相違点に係る特徴の技術的意義を推認した。そして推認された技術的意義に鑑みて、引用例1での前記特徴を本件発明の特徴に置換することには阻害要因があり、容易想到可能とは言えないと結論付けた。

 特許公報が引用例であれば、引用例中の記載を根拠として公知発明の特徴での技術的意義を把握することができる。一方、引用例が公知公用発明の場合、特徴的構成の技術的意義は推認する以外にない。引用例が公知公用発明であるケースが少ないなか、参考になる貴重な事例と考える。



2.本件発明1

A.食材を収容するとともに該食材を加熱可能な容器の胴体部の開口部を閉塞する蓋体であって,

B.前記蓋体の外周輪郭形状を定めるとともに,前記容器の前記開口部を形成する前記容器の縁部と嵌合する周縁領域と,

C.該周縁領域により囲まれる領域内部において,隆起する一の領域を備え,

D.前記一の領域は,前記容器内の流体を排出可能な穴部と,該穴部を閉塞可能な突起部を備えるフラップ部を備え,

E.該フラップ部は,前記一の領域に一体的に接続する基端部を備えるとともに,該基端部を軸に回動し,

F. 前記フラップ部の先端部は,前記周縁領域の外縁に到達しておらず,

G.前記フラップ部の前記基端部が,前記フラップ部の前記先端部よりも前記蓋体の中心位置から近い位置に配され,

H.前記一の領域が,前記フラップ部の少なくとも一部を収容する凹領域を備え,

I.前記凹領域は前記一の領域上面の周縁部に接続していることを特徴

とする

J.蓋体。



3.本件発明1とクレハ容器(引用例1)との対比

   () 一致点

A.食材を収容するとともに該食材を加熱可能な容器の胴体部の開口部を閉塞する蓋体であって,

B.前記蓋体の外周輪郭形状を定めるとともに,前記容器の前記開口部を形成する前記容器の縁部と嵌合する周縁領域と,

C.該周縁領域により囲まれる領域内部において,隆起する一の領域を備え,

D.前記領域内部は,前記容器内の流体を排出可能な穴部を備え,該穴部を閉塞可能な突起部を備えるフラップ部と係合可能であり,

E. 該フラップ部は,基端部を備えるとともに,該基端部を軸に回動し,

F. 前記フラップ部の先端部は,前記周縁領域の外縁に到達していない,

J.蓋体。

   () 相違点1

  一の領域,凹領域について,本件発明1では「一の領域が,フラップ部の少なくとも一部を収容する凹領域を備え,凹領域は一の領域上面の周縁部に接続している」が,クレハ容器では「凹領域は一の領域上面の周縁部に中間領域を介して接続し」,凹領域に「凹部」を備えるものである点。

() 相違点2

  穴部について,本件発明1では「一の領域」が「穴部」を備えるのに対し,クレハ容器では「凹領域」が「穴部」を備える点。

() 相違点3

  フラップ部について,本件発明1では,「一の領域」に備えられ,その「基端部」が「一の領域に一体的に接続」され,「基端部」が「フラップ部の前記先端部よりも前記蓋体の中心位置から近い位置に配され」,「先端部」が「周縁領域の外縁に到達していない」ものであるのに対し,クレハ容器では,その「基端部」が「フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続」され,「基端部」が「フラップ部の前記先端部よりも前記蓋体の中心位置から遠い位置に配され」,「先端部」が「凹部の外縁に到達していない」ものである点。



4.判決のポイント

「取消事由1-(1) (本件発明1とクレハ容器との相違点3についての判断の誤り)について

(1) 本件発明1に係る取消事由1-(1)について検討する。

   () 原告は,クレハ容器が有する技術的問題点に照らせば,当業者は,フラップが蓋体に一体的に形成されているというクレハ容器の特長は維持したまま,①フラップの位置を蓋体の周縁部から中央付近に変更する必要があるという課題と,②フラップの向きを外開きに変更する必要があるという課題を同時に認識するところ,甲6~8には上記課題を解決する手段が開示されているから,クレハ容器に甲6~8を組み合わせる強い動機付けが存在し,かつ,甲6~8を組み合わせることには阻害要因がないから,相違点3に係る構成は容易想到である旨主張する。

    () そこで検討するに,クレハ容器は,食材を収容するとともに,フタをつけたまま電子レンジ等で食材を加熱するための容器であって,穴部は,加熱の際に容器内で食材から発生する蒸気を放出するための穴であり,穴部を閉塞する突起部及び突起部を備える開閉部材は,容器内の食材を保存するときには,穴部を閉塞し,容器内部環境の衛生状態を維持するとともに,食材を加熱するときには,穴部を開けて容器内の水蒸気や膨張した空気を容器外へ排出するためのものであり,また,クレハ容器は,フラップが蓋体と一体的に形成されているため,フラップが別体で形成されていた従来のものと比べて,フラップ部が本体から分離して紛失するという事態を防止することができるものである(前記2,甲3,検甲1,弁論の全趣旨) 。

      そして,クレハ容器は, 「該開閉部材は,前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分を備えるとともに,該細くかつ薄く形成された部分を軸に回動し」(前記第2の3(2)アの構成e)との構成を採用しており,従来のフラップ付きの容器において,フラップ部が蓋体周縁部の内側に板状のものとして形成されているのが一般的であったことと対比して,フラップ部が外方に突出しており,かつ,フラップ部の断面形状が Ω 形状に形成されている点に,従来のフラップ付きの容器とは異なる特徴的な構成を見ることができる(本件明細書の段落【0004】,【0005】,甲3,205,検甲1) 。

      このように,クレハ容器が「前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分」(ヒンジ部分)が容器の外側に突出している構成を採用しているため,ヒンジ部分が他の物体と衝突して破損するおそれがある,フラップ部分を開けたときに外方向に大きく広がるため余計なスペースをとる,フラップ部分を洗浄しにくいなどの使用上の不都合等の問題点が生じ得るものということができる(弁論の全趣旨)。

    () しかるに,かかる使用上の不都合等の問題点が生じ得るにもかかわらず,クレハ容器が,「該開閉部材は,前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分を備えるとともに,該細くかつ薄く形成された部分を軸に回動し」(前記第2の3(2)アの構成e)との構成を採用したのは,従来のフラップ付きの容器でフラップ部が蓋体周縁部の内側に形成されているものを製造するに当たっては,蓋とフラップとを2段階成形プロセスで製造することが必要であったが(本件明細書の段落【0007】~【0010】 ),可動型の金型を用いるなど複雑な金型ではなく,金型の構造を単純なものとして製造可能とするために,フラップを外方に突出させてフラップ部を水平に広げた状態で製造できるよう,あえてかかる構成を採用したものであると推認するのが相当である。そして,固定型と可動型による一体成形技術(甲208~210)自体が,本件優先日当時,公知技術として広く使用されていたとしても,クレハ容器においては,固定型と移動型の双方の金型を必要とすることなく,金型の構造を単純なものとして一体成形可能としたところに,その技術的意義を有するものと認めることができる。

      そうすると, 「該開閉部材は,前記フタの周縁領域から外方に突出する摘み部に一体的に接続する,細くかつ薄く形成された部分を備えるとともに,該細くかつ薄く形成された部分を軸に回動し」との構成をあえて採用することによって,上記技術的意義を有するクレハ容器について,フラップの位置を蓋体の周縁部から中央付近に変更することや,フラップの向きを外開きに変更する動機付けがないというべきであって,ひいては,原告主張に係る甲6~8を適用する動機付けが存在するということもできない。

      したがって,原告の上記主張は採用することができない。」