2014年2月1日土曜日

優先権基礎出願明細書に開示はされているものの実際には製造されていない新規化合物について、優先権主張が認められなかった事例

東京高裁平成11年(行ケ)第207号 特許取消決定取消請求事件
 
1.概要

 本件は特許異議申し立ての取消決定に対する取消訴訟の判決である。

 優先権主張を伴う原告特許権の請求項には「化合物I」が記載されている。優先権基礎出願明細書には化合物IIから合成経路1を経て化合物Iを製造することができると記載されている。ただし、化合物IIは基礎出願時の新規物質であるにもかかわらずその製造方法と物性は開示されていない。また、化合物Iの物性等の、化合物Iを実際に確認したデータも開示されていない。

 取消決定では、原告特許権に係る化合物Iは優先権の利益を受けることができず現実の出願日で特許性が判断されるべきと判断された。そして、原告特許権は、現実の出願日よりも前の引用文献によって特許法29条の2の規定により取り消されるべきと判断された。

 

2.裁判所の判断のポイント

「1 化学物質につき特許が認められるためには、それが現実に提供されることが必要であり、単に化学構造式や製造方法を示して理論上の製造可能性を明らかにしただけでは足りず、化学物質が実際に確認できるものであることが必要であると解すべきである。なぜなら、化学構造式や製造方法を机上で作出することは容易であるが、そのことと、その化学物質を現実に製造できることとは、全く別の問題であって、机上で作出できても現実に製造できていないものは、未だ実施できない架空の物質にすぎないからである。そして、ある化学物質に係る特許出願の優先権主張の基礎となる出願に係る明細書に、その化学物質が記載されているか否かについても、同様の基準で判断されるべきことは明らかである。

2 甲第3号証によれば、基礎明細書には、「本発明化合物(判決注・化合物Iを指す。)はまた、以下の合成経路によっても合成することができる。」(10頁10行~12頁1行)として、合成経路1(ただし、()()の符号は、判決において付したものである。)が記載されているものの、この合成経路1については、他に何らの説明もないことが認められる。また、合成経路1の出発物質である化合物IIが、本件優先日において文献未記載の新規化合物であることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、化合物Iを含め、合成経路1の()ないし()の化合物は、いずれも文献未記載の新規化合物であることが認められる。

3 化合物IIについて

(1) 化合物IIは、本件優先日において文献未記載の新規化合物であるにもかかわらず、基礎明細書には、その製造方法はもとより、その物性等、これが現実に製造されたことを示す根拠も記載されていないから、実際に確認できるものではない。したがって、化合物IIが基礎明細書に記載されているということはできない。

・・・・

(4) 以上のとおり、化合物IIが、基礎明細書に記載されているということはできない。そうである以上、基礎明細書には、化合物IIを出発物質とする化合物Iは、その製造方法が記載されていないというべきである。しかも、基礎明細書には、化合物Iの物性等、これが現実に製造されたことを示す根拠も記載されていないのであるから、化合物Iは実際に確認できるものではない。したがって、化合物Iが基礎明細書に記載されていると認めることはできないのである。」