2013年10月30日水曜日

医薬発明が引用文献に開示されていると言えるか否かについての判断基準


知財高裁平成25年10月16日判決

平成24年(行ケ)第10419号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、医薬用途発明に係る特許権の無効審判において、請求棄却(被告の特許権は有効)の審決の取消を求めた審決取消訴訟の高裁判決である。知財高裁は審決を取り消す判断を下した。

 被告(特許権者)は、進歩性欠如の引例となっている甲1文献には医薬用途発明が開示されているとはいえない、と主張した。裁判所は甲1文献は先行技術文献としては十分な開示があると判断した。引用文献に記載された発明か否かの判断に際し参考になる判示事項として紹介したい。

 

2.裁判所の判断のポイント

「甲1文献について

 被告は,甲1文献に記載されているのは,症状改善の検討を目的とした「17名の虚血性心疾患による慢性心不全患者」という極めて少数例に関する試験であり,そのうち5名については試験が途中で中止されていること,甲1文献の試験では,プラセボを投与した患者との比較はされていないこと,甲1文献は,カルベジロールが他のβ遮断薬と同様にアップレギュレーションを起こすという誤りを包含していること,したがって,甲1文献の信憑性は低く,心不全専門医も同様の認識をしていることを指摘した上,甲1文献は,カルベジロールの効果を裏付ける文献としての意義が極めて低く,また,甲1文献は,カルベジロールを虚血性のうっ血性心不全の治療に使用するという発明を,完成した用途発明として開示したものとはいえないと主張する。

 しかし,ある文献に医薬発明が開示されているといえるためには,当該文献に記載された薬理試験が,医薬の有効成分である化学物質が問題となっている医薬用途を有することが合理的に推論できる試験であれば足り,医薬の承認の際に求められるような無作為化された大規模臨床試験である必要はない。

 このような観点から甲1文献をみると,甲1文献は,各患者の各種血行動態パラメータについて,試験開始時の基礎値と8週間経過後の値を比較し,「多くの血行動態パラメータでは,著しい改善が認められる。」と評価し,また,表1,表2及び図2には,各種血行動態パラメータやその変化の数値が示されているところ,これらの数値が誤りであることを認めるに足りる証拠はない。そうすると,甲1文献記載の試験は,カルベジロールが虚血性のうっ血性心不全の治療に使用されることが合理的に推論できるものであるといえるから,甲1文献は,カルベジロールを虚血性のうっ血性心不全の治療に使用するという発明を完成した用途発明として開示したものということができ,また,甲1文献は,カルベジロールの効果を裏付ける文献としての意義を有しているものといえる。

 ・・・・その他,甲1文献の記載の信憑性が低いことを認めるに足りる証拠はないから,被告の上記主張は理由がない。」