2013年9月22日日曜日

「除くクレーム」により特許法29条の2違反の拒絶を解消し得るか争われた事例


知財高裁平成25年9月19日判決

平成24年(行ケ)第10433号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件は、特許出願に対する拒絶審決を不服とする審決取消訴訟において、拒絶審決が取り消された事例である。拒絶審決において示された拒絶理由は、本願発明が、本願出願前に出願され、出願後に公開された他人の特許出願に記載された発明であるから特許法29条の2のいわるゆ拡大先願の規定により特許が受けられない、というものである。

 先願に記載された数値を除外する「除くクレーム」によって新規性欠如が克服できるか否かを考える上で、大変参考になる事例である。

 本願発明(請求項1に記載の発明)

 「体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)であることを特徴とする太陽電池用平角導体。」

 先願基礎発明(先願の優先権基礎明細書に記載の発明)

 「体積抵抗率が2.3μΩ・cm以下で,かつ耐力が19.6~49MPaである太陽電池用芯材。」

 

 本願発明における「ただし,49MPa以下を除く」という「除くクレーム」の限定は、上記 先願基礎発明に基づく29条の2違反の拒絶理由が示された後に補正により追加されたものである。出願時の規定では「引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下である」という規定がされていた。

 

 被告(特許庁長官)は、本願発明と先願基礎発明との一致点として「体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下である太陽電池用平角導体」である点を認定し、「本願発明は,引張り試験における0.2%耐力値について,「(ただし,49MPa以下を除く)」とされている点」を相違点として認定した。そして、本願明細書には、「本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことに格別の技術的意義を見いだすことはできないから,当該事項について設計的事項を定めた以上のものということはできない」ということ等を理由に、本願発明と先願基礎発明とは実質的に同一であり、本願発明は29条の2の要件を満たさないと判断した。

 一方、裁判所は、「引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下である」という点を一致点として認定することはできず、一致点として認定できるのは「体積抵抗率が50μΩ・mm以下である太陽電池用平角導体」のみであると判断した。そして、先願基礎発明において引張り試験における0.2%耐力値が「19.6~49MPa」を選択することの技術的意義と、本願発明において「90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)」を選択することの技術的意義を考慮して、両発明は実質的に同一ではないと結論付けた。

 おそらく特許庁は、後願である本願発明において元々は「90MPa以下」であれば全て権利範囲であると主張されており、後から「ただし,49MPa以下を除く」が加わったのであるから、本願発明の課題解決手段としては先願基礎発明の数値範囲(19.6~49MPa)と実質的な差異はないと判断したものである。「後願」を中心に考えれば、特許庁の理屈も分からなくはない。

 一方、裁判所は、先願基礎発明としては、「19.6~49MPa」のみが開示されていることから、「先願」を中心に考えて、「90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)」という数値範囲を採用することは自明な設計事項だとは言えないと判断したものと思われる。

 

2.裁判所の判断のポイント

(1) 本願発明について

 前記1によると,本願発明は,従来,太陽電池を構成する部材であるシリコン結晶ウェハを薄板化することに伴って生じる,シリコンセルや接続用リード線が反ったり破損したりすることを防止することを目的とするものである。本願発明は,太陽電池用平角導体の体積抵抗率を50μΩ・mm以下とすることにより,太陽電池としての発電効率を良好に維持し,高導電性を有する接続用リード線を提供できるのみならず,引張り試験における0.2%耐力値を90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることによって,はんだ接続後の導体の熱収縮によって生じるセルを反らせる力を,平角導体を塑性変形させることで低減し,セルの反りを減少させることができるという効果を奏するものである。

(2) 先願基礎発明について

 前記2によると,先願基礎発明は,従来,はんだ付けの際に半導体基板に生じる熱応力を軽減し,半導体基板の薄肉化によるクラックの発生を防止するために,半導体材料と熱膨張差の小さい導電性材料からなるクラッド材を用いると,体積抵抗率が比較的高い合金材によって中間層が形成されるため,電気抵抗が高くなり,太陽電池の発電効率が低下するという問題を解決課題とするものである。先願基礎発明は,芯材の体積抵抗率を2.3μΩ・cm(23μΩ・mm)以下とすることにより,優れた導電性及び発電効率を得ることができるとともに,耐力を19.6ないし49MPaとすることによって,過度に変形することがなく,取扱い性が良好であり,半導体基板にはんだ付けする際に凝固過程で生じた熱応力により自ら塑性変形して熱応力を軽減解消することができるので,半導体基板にクラックが生じ難いという効果を奏するものである。

耐力に係る数値範囲について

前記(1)及び(2)によれば,本願発明と先願基礎発明とは,体積抵抗率が23μΩ・mm以下である太陽電池用平角導体である点で一致する(その点で,体積抵抗率が50μΩ・mm以下で,かつ引張り試験における0.2%耐力値が90MPa以下で一致するとする本件審決の認定は相当ではない。)にすぎず,引張り試験における0.2%耐力値については,本願発明は90MPa以下で,かつ49MPa以下を除いているため,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲(19.6~49MPa)を排除している。

 したがって,本願発明と先願基礎発明とは,耐力に係る数値範囲について重複部分すら存在せず,全く異なるものである。

先願基礎発明は,耐力に係る数値範囲を19.6ないし49MPaとするものであるが,先願基礎明細書(甲10)には,太陽電池用平角導体の0.2%耐力値を,本願発明のように,90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることを示唆する記載はない。また,半導体基板に発生するクラックが,半導体基板の厚さにも依存するものであるとしても,耐力に係る数値範囲を本願発明のとおりとすることについて,本件出願当時に周知技術又は慣用技術であると認めるに足りる証拠はないから,先願基礎発明において,本願発明と同様の0.2%耐力値を採用することが,周知技術又は慣用技術の単なる適用であり,中間層の構成や半導体基板の厚さ等に応じて適宜決定されるべき設計事項であるということはできない。

 したがって,本願発明と先願基礎発明との相違点に係る構成(耐力に係る数値範囲の相違)が,課題解決のための具体化手段における微差であるということはできない。

本願発明は,前記(1)のとおり,耐力に係る数値範囲を90MPa以下(ただし,49MPa以下を除く)とすることによって,はんだ接続後の導体の熱収縮によって生じるセルを反らせる力を平角導体を塑性変形させることで低減させて,セルの反りを減少させるものである。

 これに対し,先願基礎発明は,前記(2)のとおり,耐力に係る数値範囲を19.6ないし49MPaとすることによって,半導体基板にはんだ付けする際に凝固過程で生じた熱応力により自ら塑性変形して熱応力を軽減解消させて,半導体基板にクラックが発生するのを防止するというものである。

 そうすると,両発明は,はんだ接続後の熱収縮を,平角導体(芯材)を塑性変形させることで低減させる点で共通しているものの,本願発明は,セルの反りを減少させることに着目して耐力に係る数値範囲を決定しており,他方,先願基礎発明は,半導体基板に発生するクラックを防止することに着目して耐力に係る数値範囲を決定しているのであって,両発明の課題が同一であるということはできない。

被告の主張について

 被告は,本願発明及び先願基礎発明は,いずれもシリコン結晶ウェハを薄板化した際に生じる問題を解決するために,平角導体(芯材)を塑性変形させることによって,はんだ付けする際の熱応力を低減させる点において,共通の技術的思想に基づく発明であるところ,本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことに格別の技術的意義を見いだすことはできないから,当該事項について設計的事項を定めた以上のものということはできず,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲も,設計上適宜に定められたものにすぎないから,当該数値範囲に限られるものではなく,本願発明及び先願基礎発明における耐力に係る数値範囲の特定についての相違は,発明の実施に際し,適宜定められる設計的事項の相違にとどまるものであって,発明として格別差異を生じさせるものではないと主張する。

 しかしながら,前記のとおり,本願発明はセルの反りを減少させることに,先願基礎発明はクラックを防止することに,それぞれ着目して,耐力に係る数値範囲を決定しているのであるから,両発明の課題は異なり,共通の技術的思想に基づくものとはいえないから,被告の主張は,その前提自体を欠くものである。

 また,前記のとおり,本願発明の耐力に係る数値範囲から49MPa以下を除くことが,設計上適宜に定められたものにすぎないということはできず,先願基礎発明の耐力に係る数値範囲についても,同様に,設計上適宜に定められたものにすぎないということはできない。

 したがって,被告の上記主張は,採用することができない。」