知財高裁平成25年2月28日判決
平成24年(行ケ)第10205号 審決取消請求事件
1.概要
本事例は、進歩性欠如を理由とする無効審決が審決取消訴訟において取り消された事例である。
本願発明はニコチンをスプレーにより口腔投与する場合にニコチンをアルカリ性化して吸収を高めるという知見に基づく発明である。一方、引用例1では、ニコチンをスプレーにより口腔粘膜,鼻腔粘膜及び肺などの吸入経路で投与することが開示されている。引用例1では、口腔粘膜投与は、他の投与経路と並列的に記載されているだけである。引用例2,3では、アルカリ性化により口腔粘膜からのニコチン吸収がアルカリ環境で促進されることが開示されている。
審決では、引用例1ではニコチンのスプレーによる口腔粘膜投与が開示されているのであるから、引用例2,3を組み合わせて本発明にいたることが容易だと判断した。
一方、裁判所は、引用例1では口腔粘膜投与は、他の投与経路と並列的に記載されているから、引用例1において敢えて口腔粘膜での吸収を高める必然性はないと判断した。
仮に、引用例1で口腔粘膜投与の開示しかなければ進歩性は否定されたと考えられる。本事例において裁判所は、引用文献で選択肢の一つとして開示されている構成を選び取って改善することに進歩性を認めているということができ、大変興味深い。
2.本願発明と引用発明
本願発明:「ニコチン遊離塩基を含む液体医薬製剤であって,スプレーにより口腔に投与するためのものであり,そして緩衝および/またはpH調節によってアルカリ性化されていることを特徴とする液体医薬製剤」
引用発明1:「ニコチンを緩衝液中に含有することを特徴とする,純ニコチンを含有するスプレーであることを特徴とする,薬剤」
一致点:ニコチンを含む液体医薬製剤であって,スプレーにより口腔に投与するためのものであり,そして緩衝されていることを特徴とする液体医薬製剤
相違点1:本願発明では緩衝によりアルカリ性化されているのに対し,引用発明1では単に緩衝されることが明らかにされるのみである点
相違点2:本願発明ではニコチンがニコチン遊離塩基であるとされるのに対し,引用発明1では単にニコチンとされるのみである点
3.引用例1での開示
引用発明1において,薬剤は様々なニコチン含有量のアンプルとして提供され,使用者が好みの銘柄のたばこに対応するニコチン含有量のアンプルを選択し,好みの方法により吸入するものであるから,各アンプル中の薬剤は,口腔粘膜,鼻腔粘膜及び肺などの吸入経路のいずれにも対応できる液体であって,ニコチン含有量についてのみ,多様性を有するものということができる。
4.引用例2,3での開示
引用例2及び3には,口腔粘膜からのニコチン吸収がアルカリ環境で促進されることが開示されている。
5.審決の判断
審決では、引用例1では口腔粘膜からニコチンを投与することが開示されており、引用例2、3では口腔粘膜からのニコチン吸収がアルカリ環境で促進されることが開示されているため、引用例1においてニコチンをアルカリ性化することは容易であると判断した。
6.裁判所の判断のポイント
「引用発明1は,使用者の好みに応じて,口腔粘膜のみならず鼻腔粘膜や気道などからもニコチンが吸入されることを念頭においた薬剤であるから,口腔粘膜からの吸収を特に促進する必要性を認めることはできないし,引用例1には,口腔粘膜からの吸収を特に促進させる点に関する記載や示唆も存在しない。
したがって,引用発明1に,引用発明2及び3を組み合わせることについて,動機付けを認めることはできない。」