2013年6月3日月曜日

進歩性判断において引例の組成物での不可避不純物が考慮された事例


知財高裁 平成25年5月23日判決

平成24年(行ケ)第10243号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は進歩性欠如を理由とする拒絶審決が維持された事例である。

 本件発明の「酸素を含有する炭化シリコン(Si)」での「酸素を含有」が、酸素が不可避不純物として含まれることも包含するのか否かが争点となった。審決では、引用発明に開示された炭化ケイ素が不可避的に酸素を含有することは技術常識であるから、本件発明とこの点で区別できないと判断された。裁判所この判断を維持した。

2.本件発明

「導電部材を有する基板と,/前記基板上に存在し,少なくとも1つの応力調整層が内部に介在される複合低k誘電体層と,/前記複合低k誘電体層に形成され,前記少なくとも1つの応力調整層を貫通して,前記導電部材を電気的に接続する導電機構と,から構成され,/前記複合低k誘電体層内の応力を調整する前記応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(Si)で構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8であることを特徴とする配線構造。」

3.引用発明

 引用文献で開示されている配線構造は材料が、「酸素を含有する炭化シリコン(Si)」ではなく、「主成分が炭化ケイ素(SiC)のBlok」である点で本件発明と異なる。

4.周知技術

 「Blok」が,有機ケイ素ガスを用いたPECVD法により形成されたSiC膜であることは,本件出願に係る優先権主張日当時,集積回路用の配線構造の技術分野において周知であった。

 そして、PECVD法により形成されたSiC膜が不可避不純物として酸素が含まれていることも周知であった。

5.争点

 審決では、本件発明における「酸素を含有する炭化シリコン(Si)」においてcは0を含まない0~0.8であるから、不可避不純物として酸素を含む炭化ケイ素も包含するから、本件発明と引用発明とは区別できないと判断した。

 これに対し原告は、本件発明での「酸素を含有する炭化シリコン」とは,意図的に酸素を含有させることを意味し,不可避的に微量の酸素が含まれるような場合を想定していない、本願発明の効果は,不可避的に含まれる微量の酸素に加えて酸素を含有させることで得られるのであるから,仮に,Blokが不可避的に微量の酸素を含むとしても,本願発明の「酸素を含有する炭化シリコン」とは異なるものである、と主張した。

6.裁判所の判断のポイント

(1) 本願発明の認定について

本願発明に係る特許請求の範囲には,「複合低k誘電体層内の応力を調整する前記応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)で構成され,前記aは0.8~1.2であり,前記bは0.8~1.2であり,前記cは0を含まない0~0.8である」との記載がある。このうち,「前記cは0を含まない0~0.8である」との記載は,その文言に照らして,cが0に限りなく近い小さな値から0.8の範囲であることを意味するものと認めるのが相当である。

原告の主張について

() 原告は,本願明細書(【0012】)には「応力調整層は,酸素を含有する炭化シリコン(SiaCbOc)…で構成される。」との記載があるから,当業者であれば,特許請求の範囲に記載された「cは0を含まない0~0.8である」との文言についても,酸素をその効果が発揮できる程度に意図的に含有させたものを示すものと容易に想像することができる旨主張する。

 しかしながら,本願発明に係る特許請求の範囲に記載された「cは0を含まない0~0.8である」との文言について,その技術的意義が一義的に明確に理解することができないものということはできないし,原告が挙げる本願明細書の記載(【0012】)に照らしても,一見して特許請求の範囲の上記文言が誤記であるということもできないから,本願発明の認定は,特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきである。

 そうすると,本願発明に係る特許請求の範囲の上記文言は,cが0に限りなく近い小さな値から0.8の範囲であることを意味するものというべきであって,原告の主張は,採用することができない。

() 原告は,本願発明に係る特許請求の範囲に記載された「酸素を含有する炭化シリコン」とは,意図的に酸素を含有させることを意味し,不可避的に微量の酸素が含まれるような場合を想定しておらず,本願発明の効果は,不可避的に含まれる微量の酸素に加えて酸素を含有させることで得られるものであるから,仮に,Blokが不可避的に微量の酸素を含むものであるとしても,本願発明の「酸素を含有する炭化シリコン」とは異なるものであるなどと主張する。

 しかしながら,本願発明の特許請求の範囲には,「酸素を含有する炭化シリコン」が意図的に酸素を含有させたものであるとは記載されていないし,本願明細書にも,「酸素を含有する炭化シリコン」が意図的に酸素を含有させるものであることの記載や示唆はない。

 したがって,原告の主張は,採用することができない。」