2013年4月15日月曜日

サポート要件と実施可能要件の関係について参考になりそうな事例


知財高裁平成25年4月11日判決

平成24年(行ケ)第10299号 審決取消請求事件

 

1.概要

 化学や医薬の分野の特許出願において、実施データが明細書に十分に開示されておらず、当業者にとって、クレーム発明が目的とする課題を解決できるとは理解できないと判断された場合に、実施可能要件違反とするか、サポート要件違反とするか、あるいは両方に違反するとするか、議論がある。

 サポート要件の実体的運用が開始されて以降、実施可能要件違反とサポート要件違反とは表裏一体の関係にあり、上記のような場合は、両方に違反すると判断されることが通常であった。

 ところがフリバンセリン事件(平成21年(行ケ)第10033号)においては、サポート要件の問題として扱うことは妥当ではなく、専ら実施可能要件の問題とされるべきと判断された。

 本事例では、フリバンセリン事件(平成21年(行ケ)第10033号)の判断とは正反対とも受け取ることのできる判断が下されており、大変興味深い。本事例は、実施可能要件サポート要件等を満足すると判断された無効審判審決に対する取消訴訟であり、知財高裁が審決を取り消した事例である。知財高裁は、実施可能要件は満足するが、サポート要件は満足しないと判断した。知財高裁は、サポート要件を2つの要件、すなわち、(1)本件発明が発明の詳細な説明に記載されているか?(2)本件発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できるか?、に分けて考え、要件(1)は満足するが、要件(2)は満足しないと判断した。更に、特許権者が要件(2)を満足することを立証するために提出した実験データは参酌できないと判断した(なお、審判の段階では実験データを考慮してサポート要件に適合すると判断されている)。

 

2.本件発明(訂正後請求項1)

【請求項1】

工程(A):生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質とを混合する工程と,

工程(B):工程(A)の後に生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質との混合物をその中心温度が60~90℃になるように加熱処理する工程

を行うことを含む液体調味料の製造方法。

 

3.裁判所の判断のポイント

3.1.実施可能要件についての裁判所の判断

「(1)実施可能要件について

・・・方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をする行為をいうから(特許法2条3項2号),方法の発明については,明細書にその発明の使用を可能とする具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

(2)本件発明の実施可能要件の適否について

 本件発明1ないし8は,いずれも方法の発明であるが,その特許請求の範囲の記載にある「生醤油」(【0012】),「コーヒー豆抽出物」(【0018】),「アンジオテンシン阻害活性を有するペプチド」(ACE阻害ペプチド。【0027】【0029】)及び「液体調味料」(【0011】)については,いずれも本件明細書に具体的にその意義,製造方法又は入手方法が記載されている。また,本件発明1ないし8の方法は,上記「生醤油」を含む調味料と,「コーヒー豆抽出物」及び「アンジオテンシン阻害活性を有するペプチド」(ACE阻害ペプチド)から選ばれる少なくとも1種の原材料(本件発明1~5)あるいは専ら「コーヒー豆抽出物」(本件発明6~8)を混合し,特定の温度(及び時間)で加熱処理し,あるいは混合しながら同様に加熱処理し,更にその後に充填工程を行うというものであるが,これらの具体的手法は,液体調味料の加熱処理方法(【0065】)や,加熱処理が充填工程の前に行われること(【0035】)を含めて,いずれも本件明細書(【0035】【0036】【0038】)に記載されている。

 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,これに接した当業者が本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があるといえる。

・・・

(3)原告の主張について

 原告は,本件発明はACE阻害ペプチドの由来や配合量等によって液体調味料の風味に大きな変化をもたらす可能性があり,かつ,血圧降下作用を示すとは限らないばかりか,風味変化と血圧降下作用を有する物質の配合量とが相反関係にある以上,ACE阻害ペプチドを使用する場合についての実施例が発明の詳細な説明に記載されていない限り,実施可能要件を満たさないと主張する。

 しかしながら,本件明細書に本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があり,かつ,当業者が本件発明9を製造することができる以上,本件発明は,実施可能であるということができるのであって,原告の上記主張は,サポート要件に関するものとして考慮する余地はあるものの,実施可能要件との関係では,その根拠を欠くものというべきである。

 

3.2.サポート要件についての裁判所の判断

「(1)サポート要件について

・・・特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,あるいは,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)本件発明のサポート要件の適否について

ア・・・本件明細書の発明の詳細な説明には・・・血圧降下作用を有する物質として,ポリフェノール類,ACE阻害ペプチド等が列記されているところ,ポリフェノール類の一種であるクロロゲン酸類を含有するコーヒー豆抽出物の入手方法等についても記載があるほか,ACE阻害ペプチドの具体例や入手方法等についても具体的な記載がある。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には・・・液体調味料の加熱処理を行う前にこれらの血圧降下作用を有する物質を液体調味料に混合し,次いで加熱処理を行うか,あるいはこれらの物質を混合しながら液体調味料を加熱処理するなどの方法について,加熱処理の際の温度等を含めて具体的に記載しており・・。

 したがって,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるということができる。

本件発明は・・・醤油を含む液体調味料に,ACE阻害ペプチド又はクロロゲン酸類を有効成分とするコーヒー豆抽出物等の血圧降下作用を有する物質を多量に配合すると,血圧降下には有利に働くものの,風味に変化が生じ,その結果,液体調味料の継続摂取が困難になるという課題(より具体的には,血圧降下作用を有する物質を液体調味料に配合した場合に,風味変化を改善するという課題)を解決するため,液体調味料の加熱処理を行う前に血圧降下作用を有する物質であるACE阻害ペプチド(本件発明1~5,9)又はコーヒー豆抽出物(本件発明1~9)を混合し,次いで加熱処理を行うか,あるいはこれらの物質を混合しながら液体調味料を加熱処理するなどの手段を採用することで,これにより,血圧降下作用を有する物質を日常的に摂取する食品である液体調味料に配合した場合の風味変化を改善し,風味の一体感付与を図り,メニューによる風味の振れが少なくて継続的な摂取が容易な,血圧降下作用等の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料(本件発明9)及びその簡単な製造方法(本件発明1~8)を実現するという作用効果を有するものである。

 したがって,本件発明においては,血圧降下作用を有する物質が混合され,上記のように加熱処理された液体調味料の風味変化が改善されるのであれば,その課題が解決されたものとみて差し支えないといえる。

そこで,本件明細書について,その発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を上記のとおり解決できると認識できるものであるか否かを検討する・・・。

他方,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記イに記載の物質のうちACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例の記載がない。・・・本件明細書の発明の詳細な説明に,コーヒー豆抽出物及びγ-アミノ酪酸を本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例があり,それにより液体調味料の風味変化を改善し,本件発明の解決すべき課題を解決できることが示されているとしても,これらは,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合し加熱処理した場合に,液体調味料の風味変化の改善という本件発明の解決すべき課題を解決できることを示したことにはならない

 その他,本件明細書の発明の詳細な説明には,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に,上記課題が解決されたことを示す記載はない以上,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者は,血圧降下作用を有する物質としてACE阻害ペプチドを使用した場合を包含する本件発明1ないし5及び9が,液体調味料の風味変化の改善という課題を解決できると認識することができるとはいえず,また,当業者が本件出願時の技術常識に照らして本件発明の課題を解決できると認識できることを認めるに足りる証拠もない。

・・・

(4)被告の主張について

・・・

被告は,本件発明1ないし5及び9がサポート要件を満たす根拠として,ACE阻害ペプチドを添加して加熱処理した液体調味料の風味が改善されたことを示す本件出願後に行われた試験結果の報告書(甲17)が,本件明細書に記載された技術的内容を確認し,かつ,裏付けるものであると主張する。

 しかしながら・・・本件明細書の発明の詳細な説明には,その他にACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に,上記課題が解決されたことを示す記載はなく,また,このことを示す技術常識も見当たらない以上,サポート要件の適否の判断に当たって,本件出願後にされた試験の結果を参酌することはできない。

よって,被告の上記主張は,採用することができない。

(5)小括

 以上によれば,・・・血圧降下作用を有する物質として,コーヒー豆抽出物に加えてACE阻害ペプチドを使用する場合を包含する本件発明1ないし5及び9は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるといえるが,発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できるものではなく,また,当業者が本件出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいえないから,サポート要件を満たすものとはいえない。