2013年3月4日月曜日

引用文献の再現実験結果が考慮され進歩性が否定された事例


知財高裁平成25年2月27日判決

平成24年(行ケ)第10221号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は、進歩性ありと判断した無効審判審決に対する審決取消訴訟である。

 審決では、引用文献に対して本件発明は顕著な効果を有すると判断され、特許は維持された。審判請求人(本件原告)は引用文献の再現実験結果を提出し、引用文献においても本件発明と同様の効果が得られることの立証を試みた。しかし審決では引用文献の開示を正確に再現していない、として再現実験結果を考慮せず、進歩性を肯定した。

 裁判所は再現実験結果を証拠として考慮し、本件発明の効果は格別な効果とはいえないと判断した。裁判所は、引用発明1の効果が後に確認されているとしても,これをもって,本件発明1が容易想到ではないということはできないと指摘した。

 

2.本件発明1(被告特許の請求項1)

「A)アスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類,B)グリコール酸塩,及びC)陰イオン界面活性剤及び/又は非イオン界面活性剤を主成分とし,C)陰イオン界面活性剤及び/又は非イオン界面活性剤1重量部に対してアスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類が0.01~1重量部,かつアスパラギン酸二酢酸塩類及び/またはグルタミン酸二酢酸塩類1重量部に対してグリコール酸塩が0.01~0.5重量部含有され,pHが10~13であることを特徴とする洗浄剤組成物。」

 

3.裁判所の判断のポイント

「3 無効理由5に係る本件発明1の容易想到性判断の誤り---格別の効果(取消事由2)について

(1) 本件発明1の効果について

 前記のとおり,本件明細書の表1ないし表5によると,アスパラギン酸二酢酸塩類及び/又はグルタミン酸二酢酸塩類,陰イオン界面活性剤及び/又は非イオン界面活性剤にグリコール酸塩を加えることにより,pH11において,洗浄能力が高まることが認められ,表1によると,上記3成分を含む洗浄剤組成物は,pH10~13において,従来品であるEDTA4ソーダと同程度の洗浄効果を奏することが認められる。

 しかし,前記のとおり,引用発明1の洗浄剤混合物は本件発明1の洗浄剤組成物と,グリコール酸塩を含む上記3成分を含有する点で一致する。また,甲1文献の実施例5自体にはpH値は明らかにされていないが,実施例5の処方4及び5を追試した本件実験報告書の結果によると,実施例5の処方4及び5の洗浄剤混合物は,pHが10.2~10.3又はこれらに近い数値である場合があり得ると認めることができる。

 以上によると,引用発明1の洗浄剤混合物は,本件発明1の洗浄剤組成物と成分を同じくし,さらに,引用発明1には,pH値が本件発明1で規定する10~13の範囲内か,少なくともこれに近い数値が開示されているから,同開示を前提とすれば,引用発明1は本件発明1と同等か,少なくともこれに近い効果を奏する。したがって,本件特許出願前に公知であった引用発明1に比べ,本件発明1に格別の効果があるということはできない。

(2) 被告の主張に対して

 被告は,①引用発明1には,本件発明1のpH値が開示されておらず,引用発明1の構成は本件発明1の構成と同一ではない,②本件発明1は,当業者の予想しない,顕著な作用効果を奏することから,進歩性が肯定されるべきであると主張する。

 しかし,以下のとおり,被告の主張は失当である。

 引用発明1自体には,本件発明1のpH値の開示はないが,前記のとおり,本件実験報告書の結果によれば,引用発明1の洗浄剤混合物はpH10~13か,少なくともこれに近い数値となる場合があることが確認できる。そして,引用発明1の洗浄剤混合物のpHが,結果的に本件発明1のpH値又はこれに近い値になることがあるのであれば,引用発明1の洗浄剤混合物は本件発明1の洗浄剤組成物が有する効果,又はこれに近い効果を有する場合があるといえる。引用発明1の効果が後に確認されているとしても,これをもって,本件発明1が容易想到ではないということはできない。

 本件実験は,甲1文献における実施例5の処方4及び5に記載された成分に該当する物質を用いて実施された。そして,上記実験結果におけるpH10.3又は10.2か,少なくともこれに近い数値となる場合があると認められれば,引用発明1の洗浄剤混合物は,本件発明1と同等か,少なくともこれに近い効果を内在しているということができる。なお,本件実験では,コプラ石鹸の代わりにラウリン酸ナトリウムを用い,乾燥したOS1を水に溶解する代わりに,これを乾燥させないで用いているが,これらによって,pH値が大きく変わると認めることはできない。

(3) 小括

以上のとおり,本件発明1に格別な効果があるとは認められず,本件発明1が容易想到ではないとした審決の判断には誤りがある。」