2013年2月4日月曜日

公知化合物の新規塩、水和物の進歩性が否定された事例

知財高裁 平成25年1月30日判決
平成23年(行ケ)第10340号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例では公知化合物の新規の塩の水和物(ナトリウム塩トリハイドレート)が進歩性を有さないとした拒絶査定不服審判の審決が適法か争われ、知財高裁は審決は適法であると判断した。
 公知化合物の新規な塩、水和物、結晶については原則としては進歩性がない裁判所は考えているようである。

2.本件発明
「4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレートを有効成分として含む,骨吸収を伴う疾病の治療及び予防のための固体状医薬組成物。」

3.裁判所の判断のポイント
「ア モノナトリウム塩とすることの容易想到性について
 フリー体をモノナトリウム塩とすることは,以下のとおり,当業者が容易に想到することができたと認められる。
 すなわち,塩の溶解速度はもとの薬物(遊離酸)と比較して速くなること,そのため,医薬品の製剤化に際しては,遊離の酸ではなくナトリウム,カリウム,カルシウム等との塩がしばしば使用されていることは周知である(前記1(4)ないし(7))。
 他方,フリー体は,2個のホスホン酸基を有するから,1価のアルカリ金属との間には,1価ないし4価の塩が存在する。加えて,甲5の実施例3には,フリー体の水溶液の滴定曲線が「pH4.4およびpH9の2点にみられる明白な滴定の終点(end point)によって特徴づけられるものであつた。」旨が記載されており(前記1(2)),ここでpH4.4の終点がフリー体のモノナトリウム塩に相当することは,当業者の技術常識から明らかでもある。
 以上のとおり,一般に薬物の製剤化に際して,その塩を用いることを検討するのは当業者の通常行うことであって,かつ,フリー体にモノナトリウム塩が存在することは甲5の記載によっても技術常識によっても明らかであることからすると,フリー体をモノナトリウム塩とすることは,容易想到であると認められる。この点に関する審決の判断に誤りはない。
イ 原告の主張について
 原告は甲5には,フリー体をフリー体のまま医薬として用いることに何らかの解決課題があることを示す記載はないので,フリー体からモノナトリウム塩を想到することの動機がない旨を主張する。しかし,前記のとおり,塩の溶解速度はもとの薬物(遊離の酸)と比較して速くなること,薬物の製剤化では遊離の酸ではなくナトリウム,カリウム,カルシウム等との塩がしばしば使用されていることは,周知の事項であったといえる。したがって,医薬の有効成分として,遊離の酸(フリー体)が得られたことに接した当業者は,フリー体をフリー体のまま医薬として用いることに課題が存在することが明記されていなくとも,フリー体が形成可能な塩の特性を検討すると考えられるから,原告の主張は採用できない。

「ア トリハイドレートとすることの容易想到性について
 前記(2)のとおり,フリー体の製剤化に際して,そのモノナトリウム塩を用いることは当業者にとって容易想到であったと認められる。そして,以下のとおり,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して,普通に採用される条件で生成した結晶は,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートとなると認められるから,引用発明(フリー体)に接した当業者は,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に想到するといえる。
 すなわち,前記1(9)及び(10)に記載の各実験によれば,いずれもフリー体の水溶液に水酸化ナトリウムを滴下後,析出物を乾燥することにより,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートが得られることが示されている。そして,同実験条件は,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際しての通常の条件であることが認められる(乙29,30,36,38)。
 もっとも,前記1(11)の実験では,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートは得られず,乾燥条件(110℃・13時間減圧乾燥,130℃・13時間減圧乾燥)によってフリー体のモノナトリウム塩ジハイドレート(2水和物)又はフリー体のモノナトリウム塩(無水物)が得られている。前記1(9)及び(10)に記載の各実験と前記1(11)の実験との違いは,析出物をどのような乾燥条件で乾燥するかの点にある。
 結晶が含む水和水(結晶水)の数が異なると,薬剤の溶解特性が異なり,当該有効成分の生体への吸収特性が異なることは周知の事項であり(前記1(5)(7)),甲5には,フリー体の1水和物(モノハイドレート)が得られたと解される記載がある(前記1(2))。これらからすると,当業者は,フリー体の製剤化に際して,フリー体のモノナトリウム塩を用いることを検討し(前記2(2)のとおり),かつ,フリー体のモノナトリウム塩に何らかの水和物が存在するか,存在する場合,その吸収特性を含めその特性はどのようなものかを調査しようとするのは当然である。また,結晶水は熱すれば,ある温度で段階的に脱水することも周知の事項である(前記1(8))から,当業者が析出物の乾燥条件を設定するに際しては,当然に,結晶水が脱水しない条件も設定しようとすると考えられる(このことは審決が指摘する「乙12の形態E」(本件の甲18)の生成条件にも現れている。)。そうすると,当業者において,前記1(11)の高温条件による乾燥のみを行うとは考えられず,前記1(9)及び(10)に記載の各実験の乾燥条件による乾燥も通常に行うと認められる。
 以上のとおり,前記1(9)及び(10)に記載の各実験はフリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して,通常採用される条件である。そして,引用発明に接した当業者は,フリー体のモノナトリウム塩に容易に想到する(前記(2))のであるから,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートについても容易に想到するというべきで,審決の結論には違法はない。
イ 原告の主張について
 原告は,甲37及び40(早稲田大学のD教授の見解書)を根拠に,前記1(9)及び(10)の各実験の実験条件は通常のものではないとする。しかし,原告が指摘する攪拌時間や攪拌の際の温度等は,収量を上げる目的で採用されたものであり,これをもって前記判断を左右するものではない。
 また,原告は,甲24(同)を根拠に,有機化合物について何らかの水和数を有する水和塩結晶を製造する一般的な方法は知られておらず,ある有機化合物の水和塩結晶を得ようとした場合,どのような方法(晶析及び後処理)を用いればよいのかについて予測することは,相当な試行錯誤をする必要があったので,当業者が,甲5のフリー体の開示に基づいて,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に製造することができたとはいえないとする。しかし,有機化合物について何らかの水和数を有する水和塩結晶を製造する一般的な方法は知られていないとしても,前記(2)及び(3)アのとおり,フリー体に接した当事者としてはそのモノナトリウム塩を容易に想到し,フリー体のモノナトリウム塩を製造するに際して通常の方法をとれば,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートが生成される以上,当業者においては,フリー体から,フリー体のモノナトリウム塩トリハイドレートを容易に想到するとすべきであって,原告の主張は採用できない。
 さらに,原告は,甲5に接した当業者は,実施例3でフリー体の1水和物(モノハイドレート)が得られていることに満足するはずであり,あえて他の水和物の存在の有無やその安定性を調査しようとする動機付けがないとも主張する。しかし,結晶が含む水和水(結晶水)の数が異なると,薬剤の溶解特性が異なり,当該有効成分の生体への吸収特性が異なることは周知の事項であることからすれば,当業者においては,モノナトリウム塩に何らかの水和物が存在するか,存在する場合,吸収特性を含めその特性はどのようなものかを調査しようとするのは当然であるから,原告の主張は採用の限りではない。」