2012年12月17日月曜日

結晶形態に特徴がある公知化合物の進歩性が争われた事例


知財高裁平成24年11月21日判決

平成24年(行ケ)第10098号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本件発明は,結晶形態を特定するためのX-線粉末回折パターン(本件発明1)や13C核磁気共鳴スペクトル(本件発明2)で特定される結晶性形態のアトルバスタチン水和物である。

 引用例では、結晶形態の結晶形態のアトルバスタチンが開示されているものの、本件発明のように結晶形態が特定されていない。

 進歩性が争われ、裁判所は進歩性なしと判断した。格別の効果が認められる場合や、結晶化を阻害するような特別な事情がある場合などを除いて、結晶化することが知られている公知化合物の新規結晶形態は進歩性が否定されることが多いように思われる。

 

2.裁判所の判断のポイント

「相違点に係る判断の誤りについて

・・・本件優先日当時,一般に,医薬化合物については,安定性,純度,扱いやすさ等の観点において結晶性の物質が優れていることから,非結晶性の物質を結晶化することについては強い動機付けがあり,結晶化条件を検討したり,結晶多形を調べることは,当業者がごく普通に行うことであるものと認められる。

 そして,前記(1)のとおり,引用例には,アトルバスタチンを結晶化したことが記載されているから,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,当業者が結晶化条件を検討したり,得られた結晶について分析することには,十分な動機付けを認めることができる。

 この点について,被告は,結晶を取得しようとする一般的な意味での動機付けは,具体的な結晶多形に係る発明に想到するための動機付けとは異なるのであって,およそ医薬において結晶の使用が好ましいことに基づいて動機付けを判断すると,結晶多形に係る特許は成立する余地はないと主張する。

 しかしながら,結晶を取得しようとする動機付けに基づいて結晶化条件を検討し,結晶多形を調査することにより,具体的な結晶多形に想到し得るものであるから,具体的な結晶多形を想定した動機付けまでもが常に必要となるものではない。

水を含む系による再結晶化の示唆について

・・・本件優先日前から,医薬化合物の結晶として水和物結晶が望まれており,非結晶の物質について,水を含む系から水和物として結晶させることを試みることは,当業者にとって通常なし得ることであったというべきである。

 したがって,引用例に開示されたアトルバスタチンの結晶について,水を含む溶媒を用いた水和物として結晶を得ることを試みることは,当業者がごく普通に行うことであるというべきである。

・・・

本件発明の効果について

() 濾過性及び乾燥性について

 化学物質の結晶,特に結晶多形の研究の重要性を指摘する文献(甲62。平成元年8月発行)には,一般に,単離,精製,乾燥及びバッチプロセスにおいて,結晶性製品は,取扱や製剤が最も容易であることが記載されている。

 したがって,一般に,結晶は,無定形と比較して,優れた濾過性及び乾燥性を有することは,本件優先日前から当業者に周知であったということができる。

 前記1(3)イのとおり,本件明細書には,結晶性形態のスラリー50mの濾過は10秒以内に完了したが,無定形のアトルバスタチンの場合,1時間以上が必要であった旨が記載されているところ,結晶スラリーの濾過性は,含まれる結晶の形態のみならず,大きさ(粒度)やその分布にも依存することは明らかであって,本件明細書の上記記載から,結晶性形態Iの濾過性及び乾燥性が,結晶として通常予測し得る範囲を超えるほど顕著なものであるとまで認めることはできない。

・・・

() 安定性について

 前記のとおり,結晶が無定形よりも安定性を有することは,当業者の技術常識であるということができる。本件明細書には,結晶性形態Iは,無定形の生成物よりも純粋で安定性を有する旨が記載されているが,当該記載の裏付けとして提出された各種データ(甲19,20)を考慮したとしても,なお結晶性形態Iの安定性が,通常の結晶から予測し得る範囲を超える顕著なものであるとまで認めることはできない。