2012年12月17日月曜日

訂正が新規事項追加に該当すると判断された事例

知財高裁平成24年11月14日判決
平成23年(行ケ)第10431号 審決取消請求事件

1.概要
 無効審判における訂正が新規事項追加に該当するか否かが争われた。審決は新規事項追加に該当しないと判断したが、知財高裁は新規事項追加に該当すると判断し審決を取り消した。
 問題となった訂正は実施例に開示された具体的な下位概念への減縮のように見えるため審決の判断は妥当であるようにも思われる。しかし裁判所は明細書中の一般的な記載は限定訂正後の構成が必須であることを意味しないことと、訂正後のクレームの構成と実施例とが機能上等価であるとはいえないことを理由に新規事項に該当すると判断した。

2.訂正の内容(下線部が訂正により追加された)
 表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶用スペーサーであって,かつ,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み,前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み,前記グラフト共重合体鎖の前記導入は,表面に前記グラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上をグラフト重合するものである,前記液晶用スペーサー

訂正事項1:「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み,」と訂正した

訂正事項2:「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について,さらに,「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み,」と訂正した

3.明細書の開示
【0011】「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体としては,炭素数が6以上の長鎖アルキル基を有するものが好ましく,炭素数12以上の長鎖アルキル基を有するものが特に好ましい。このような長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体としては,例えば・・・・ステアリルアクリレート,ラウリルアクリレート,・・・等がある。・・・(【0011】)。」
【0007】「官能基を有する重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体としては,例えば・・・・メチルメタクリレート・・・等のビニルエーテル類・・・などがあるが,これらの例示された単量体に限定されるものではない。・・・(【0007】)。」
【0024】実施例10(重合体粒子表面に長鎖アルキル基を含むグラフト共重合体鎖の導入)実施例5及び6により製造した表面に重合性ビニル基を有する重合体粒子E,F,G,Hのそれぞれ10gに対し,メチルエチルケトン200g,メチルメタクリレート50g,N-ラウリルメタクリレート50g,ベンゾイルパーオキサイド0.5gを一括に仕込み,重合開始剤開裂温度まで昇温し,窒素気流下で2時間グラフト重合反応を行い,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を重合体粒子表面に導入したスペーサー試料E-1,F-1,G-1,H-1を得た。
0025】実施例11(重合体粒子表面に長鎖アルキル基を含むグラフト共重合体鎖の導入)実施例7及び8により製造された表面にアゾ基を有する重合体粒子I,Jのそれぞれ10gに対し,トルエン200g,メチルメタクリレート20g,2-ヒドロキシブチルメタクリレート20g,ステアリルメタクリレート60gを一括に仕込み,重合開始剤開裂温度まで昇温し,窒素気流下で3時間グラフト重合反応を行い,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を重合体粒子表面に導入したスペーサー試料I-1,J-1を得た。

4.審決の判断
「訂正事項1について
 訂正事項1は、訂正前の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含むものに減縮する訂正であり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
 この点について、請求人は、平成23年10月11日提出の弁駁書において、長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体にラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートが含まれることは明らかであるから、自明なことをいっているだけであり、この訂正によって訂正前の発明特定事項は何ら限定されておらず、特許請求の範囲を減縮することにならない旨の主張をしているが、訂正事項1は、上記のとおり、訂正前の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含むものに限定する訂正であるから、特許請求の範囲を減縮するものであることは明らかであり、請求人の主張は採用できない。
 そして、訂正の根拠は、訂正前の段落【0011】に、ラウリルメククリレート、ステアリルメタクリレートを含む各種の長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体が例示、説明されていることに加えて、さらに具体的に、実施例10(段落【0024】)においてN-ラウリルメタクリレートが用いられ、また、実施例11(段落【0025】)においてステアリルメタクリレートが用いられていること等に基づくものと認められる。
訂正事項2について
 訂正事項2は、訂正前の「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、メチルメタクリレートを含むものに減縮する訂正であり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
 これについて、請求人は、上記訂正事項1についての主張と同様の特許請求の範囲を減縮するものでない旨の主張をしているが、訂正事項2は、訂正前の「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について、メチルメタクリレートを含むものに限定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかであって、請求人の主張は採用できない。
 そして、訂正の根拠は、訂正前の段落【0011】に、「他の重合性ビニル単量体としては、重合体粒子の製造に使用される重合性ビニル単量体と同様なものが使用される。」と記載されるとともに、訂正前の段落【0007】に、重合性ビニル単量体としてメチルメタクリレートが挙げられ、さらに具体的には、実施例10、11及び13(段落【0024】、【0025】、段落【0027】)においてグラフト共重合体鎖に上記「他の重合性ビニル単量体」に該当するメチルメタクリレートが含まれていること等に基づくものと認められる。」

5.裁判所の判断
(2) 訂正事項1及び2について
 ・・・同法134条の2第5項が準用する同法126条3項は,「第1項の明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定しているところ,ここでいう「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,訂正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
イ 本件明細書の前記(1)()及び()の記載によれば,本件発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」の具体例として,ラウリルメタクリレート及びステアリルメタクリレートが,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」の具体例として,メチルメタクリレートが,多種類の化合物とともに羅列して列挙されていたということができる。
 また,本件明細書には,実施例1ないし13並びに比較例1及び2が記載されているところ,前記(1)()の記載によれば,実施例10として,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるラウリルメタクリレートと,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるメチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,前記(1)()の記載によれば,実施例11として,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるステアリルメタクリレートと,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるメチルメタクリレート及び2-ヒドロキシブチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,それぞれ開示されていたものというこ