2012年10月1日月曜日

審決において新たな文献を引用することの違法性が争われた事例


知財高裁平成24年9月10日判決

平成23年(行ケ)第10315号 審決取消請求事件

 

1.概要

 本事例は拒絶審決に対する取消訴訟であり、審決が手続要件(特許法159条2項、50条)に違反すると判断された。

 進歩性の判断において主引用発明との相違点が「周知技術」であることを証明することを目的として、審決において初めて特開2000-243132号公報(甲13)が引用された。この点が違法であるか否かが争われた。

 裁判所は、問題の相違点が甲13から周知技術であるとは理解できないことを理由に、出願人に反論の機会を与えるべきであり審決は違法であると判断した。逆読みすれば、周知技術であれば新たな文献を反論の機会なく与えることは許容されるという趣旨にも理解できる。

 「周知技術ではない」ことの説明が求められたときに参考になるかと思い、ここに紹介する。

 

2.本願発明

請求項1

・・・・

E.前記回路接続部材が,絶縁性物質と,表面側に導電性を有する複数の突起部を備えた導電粒子とを含有し,

・・・・・

G.隣接する前記突起部間の距離が1000nm以下であり,

H.前記突起部の高さが50~500nmであり,

・・・・

されていることを特徴とする回路部材の接続構造。

 

3.審判段階での拒絶理由

 審判段階での拒絶理由通知書では進歩性欠如の拒絶理由が示された。本願発明と主引用文献との相違点として、本願では「隣接する前記突起部間の距離が1000nm以下であり」(相違点3)、「前記突起部の高さが50~500nmであり」(相違点4)が特定されている点が挙げられた。

 この拒絶理由通知書では、突起部間の距離及び突起部の高さに関しては,「凸部間の距離をどのような値とするのかは,必要とされる導電接続の安定性,導電性粒子の直径,凸部の高さ等を考慮して当業者が適宜決定し得たものである。」と述べるにとどまる。特開2000-243132号公報(甲13)は示されていない。

 

4.拒絶審決での判断

 審決において新たに特開2000-243132号公報(甲13)が引用された。審決では甲13の実施例の一部が上記相違点3および4についての突起部間の距離および突起部の高さについての特徴を有していることを指摘して、「本願出願前に普通に行われていたことである」と指摘した。

 

5.被告(特許庁長官)の裁判での主張

「審決において,甲13は,刊行物に記載された技術事項,すなわち,「回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすること」,及び,「回路部材の接続構造の技術分野において,突起部の高さを50~500nmとすること」が,刊行物に記載されるのみならず,周知の技術事項であることを立証するために提示された文献である。

 発明が公知技術から想到容易かどうかを判断するにあたって,出願当時その発明の属する技術分野における技術常識を前提とすべきことは当然であるから,当業者が技術常識上当然に了知しているべき技術につき,あらためて意見を述べる機会を与える必要はない。

 そして,甲13は,刊行物に記載された技術事項を把握するため,すなわち「回路部材の接続構造の技術分野」における本件出願当時の技術常識を明らかにしたにすぎないものであるから,甲13につき拒絶理由を通知しなくても,特許法50条の規定に違反することにはならない。」

 

6.裁判所の判断のポイント

「審決が主引用発明として刊行物記載の発明を認定した刊行物(甲10)には,突起部を有する導電性粒子が記載されているが,甲10にはこの粒子の突起部間の距離に関しては記載されていない。そして,審決は,突起部間の距離の具体的数値に関して,甲13の記載のみを引用し,仮定に基づく計算をして容易想到性を検討,判断している。

 審決は,「回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすることは,以下に示すように本件出願前から普通に行われている技術事項である。例えば」,として,甲13の記載を技術常識であるかのように挙げているが,その技術事項を示す単一の文献として示しており,甲13自体をみても,回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすることが普通に行われている技術事項であることを示す記載もない。

 すなわち,甲13の特許請求の範囲の請求項1には,「平均粒径が1~20μmの球状芯材粒子表面上に無電解めっき法によりニッケル又はニッケル合金皮膜を形成した導電性無電解めっき粉体において,該皮膜最表層に0.05~4μmの微小突起を有し,且つ該皮膜と該微小突起とは実質的に連続皮膜であることを特徴とする導電性無電解めっき粉体。」が記載され,実施例には製造されたいくつかの導電性粒子の突起の大きさが表2に示されている。しかし,表2に記載されているのは,甲13に記載された発明の実施例であって,これらの例が周知の導電性粒子として記載されているわけではない。しかも,表2に記載されているものには,実施例4(0.51μm),実施例5(0.63μm)のように,突起の大きさが500nmを超えるものある。したがって甲13の記載から「回路部材の接続構造の技術分野において,隣接する突起部間の距離を1000nm以下とすること」や,「回路部材の接続構造の技術分野において,突起部の高さを50~500nmとすること」が周知の技術的事項であるとはいえない。

 してみると,審決は,新たな公知文献として甲13を引用し,これに基づき仮定による計算を行って,相違点3の容易想到性を判断したものと評価すべきである。すなわち,甲10を主引用発明とし,相違点3について甲13を副引用発明としたものであって,審決がしたような方法で粒子の突起部間の距離を算出して容易想到とする内容の拒絶理由は,拒絶査定の理由とは異なる拒絶の理由であるから,審判段階で新たにその旨の拒絶理由を通知すべきであった。しかるに,本件拒絶理由通知には,かかる拒絶理由は示されていない。

 そうすると,審決には特許法159条2項,50条に定める手続違背の違法があり,この違法は,審決の結論に影響がある。」