2012年8月28日火曜日

成分の配合割合等が特定されていない組成物発明の実施可能要件違反、サポート要件違反が争われた事例


東京地裁平成24年5月23日判決言渡
平成22年(ワ)第26341号 特許権侵害差止等請求事件

1.概要
 「油性液状クレンジング用組成物」に関する本件特許の侵害訴訟において、本件特許が実施可能要件およびサポート要件を満足せず無効理由が存在する旨の主張が被告(侵害被疑者)側からなされ、争われた。
 下記の本件発明1は成分(A)~(D)を含むことを特徴とする油性液状クレンジング用組成物である。請求項ではこれらの成分の配合率の範囲は特定されていない。またこの組成物の実施例では水や非イオン界面活性剤(E)が配合されているが、これらは請求項上の必須成分ではない。
 本件発明が解決しようとする課題は「手や顔が濡れた環境下で使用することができる,透明であり,かつ,適度な粘性を有する油性液状クレンジング用組成物を提供すること」である。
 実施可能要件違反に関して被告は、成分(A)~(D)を含んでいる限り、その配合率や他の成分の存否にかかわらず必ずこの課題が解決可能とは言えないと主張した。さらに、成分(A)~(D)を含む組成物であっても上記課題が解決できない場合があることを確認した実験結果を実験成績証明書(乙2の8)として提出した。
 サポート要件に関して被告は、本件発明の特許請求の範囲の記載に従って生成したクレンジング用組成物の中に,本件発明に係る課題を解決することができないものが含まれている以上(乙2の8),本件発明の特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明の記載内容を超えた技術的範囲を記載しているものであり,サポート要件を満たさない、と主張した。
 裁判所は実施可能要件、サポート要件はともに満たされていると判断した。実施可能要件は「本件明細書の記載に接した当業者は,その記載内容を参考に,技術常識に従い,(A)ないし(D)成分として使用する各成分の具体的組合せ及び配合量を適宜決定することにより,本件発明1に係る作用効果を奏する油性液状クレンジング用組成物を得ることができるものと認められる」という理由により肯定された。サポート要件についても、明細書中に各成分の好適で具体的な配合量が記載されており、好適な配合量のときに所望も課題が解決されることが開示されているのであるから、当業者であれば本件発明により所望の課題が解決されることは理解できるという理由によりサポート要件は満足されると判断した。
 クレーム作成時に細かい構成要件をどこまで記載するかの匙加減は非常に難しいが、原則としては、「この場合は課題を解決できない」というネガティブな側面をなくすことは余り重要ではない。「課題を解決するために必要な構成」を素直にクレームに記載すればよく、技術常識からみて適宜最適化すればよい構成は記載する必要はない、ということが言えそうである。ただし、組成が近似する公知技術がある場合は、成分の配合割合等が解決課題とリンクする場合があり、その場合はクレーム中に配合割合等を特定する必要があることが多いように思われる。

2.本件発明1
「【請求項1】油剤(A)とデキストリン脂肪酸エステルと(B)と炭素数8~10の脂肪酸とポリグリセリンのエステル(C)と陰イオン界面活性剤(D)を含有する油性液状クレンジング用組成物であって,
デキストリン脂肪酸エステル(B)が,パルミチン酸デキストリン,(パルミチン酸/2-エチルヘキサン酸)デキストリン,ミリスチン酸デキストリンのいずれか又は複数であり,陰イオン界面活性剤(D)が,ジ脂肪酸アシルグルタミン酸リシン塩,ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩,N-脂肪酸アシルメチルタウリン塩,脂肪酸塩,N-脂肪酸アシルグルタミン酸塩,N-脂肪酸アシルメチルアラニン塩,N-脂肪酸アシルアラニン塩,N-脂肪酸アシルサルコシン塩,N-脂肪酸アシルイセチオン酸塩,アルキルスルホコハク酸塩,アルキルリン酸塩のいずれか又は複数であること
を特徴とする油性液状クレンジング用組成物。」

3.裁判所の判断のポイント
3.1.本件各発明は特許法36条4項1号(実施可能要件)に違反するものか?
「ア 被告は,本件各発明は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく,特許法36条4項1号に違反するものであると主張する。
() そこで検討すると,争点(1)イに関する当裁判所の判断でみたとおり,本件各発明のうち,本件発明1は,手や顔が濡れた環境下で使用することができる,透明であり,かつ,適度な粘性を有する油性液状クレンジング用組成物を提供することをその作用効果とするものであり,当該作用効果は,本件特許発明の請求項1ないし5に係る各発明に共通の作用効果として示されたものであって,請求項2は,本件発明1に係る構成に加え,その作用効果のうち,透明性に関する点を,光の透過率により限定し,より高い作用効果を得られる場合があることを示したものである。
 したがって,本件発明1は,請求項2に該当する場合を包含するものということができるところ,前記第4の1(2)()でみたとおり, 本件明細書の実施例( 【0 】) の記載における「外観」及び「透過率」は,請求項2に係る作用効果を示すものであるから,本件明細書には,(A)ないし(D)成分からなる構成が示され,かつ,その場合に請求項2に係る作用効果が得られたことが記載されているものということができる。そうすると,本件明細書には,本件発明1に係る構成のみの効果は記載されていないものの,本件発明1に係る構成を含む請求項2に係る作用効果は示されているものということができ,本件発明1がその作用効果を奏することを裏付ける記載がされているということができる。
() また,本件明細書において,(A)ないし(D)成分の具体例・・・が示され,かつ,各成分の好適な配合量が開示されており・・・・,実施例1ないし7において各成分の具体的組合せや配合量も示されているのであるから(【0029】【表1】),本件明細書の記載に接した当業者は,その記載内容を参考に,技術常識に従い,(A)ないし(D)成分として使用する各成分の具体的組合せ及び配合量を適宜決定することにより,本件発明1に係る作用効果を奏する油性液状クレンジング用組成物を得ることができるものと認められるのであり,これは,原告及び被告の行った各実験結果(甲25,27,29,30,乙2の8)において,本件発明1に係る作用効果を奏する油性液状クレンジング用組成物が得られていることからも明らかである。
この点に関し,被告は,(A)ないし(D)成分を含有し,かつ,本件明細書の実施例に従って配合割合を決定した組成物であっても,透明ではなく,または安定性を欠くものがみられたから,本件各発明は実施可能性を欠くものであると主張する。
 しかし,被告の上記主張のうち,透明性に関する点は,本件発明1の作用効果としての「透明性」につき,光の透過率75%以上であることを要するとの前提に立つものであり,採用することができない。また,安定性に関する点についてみると,被告の実験結果は,本件明細書記載の実施例において(A)ないし(D)成分として使用されている物質のうち(C)成分を実施例とは異なる物質に,(D)成分について一部を実施例とは異なる物質に変更する一方,各成分の配合割合を本件明細書記載の実施例記載のものと同一としたもの(乙2の8記載の実験1,3,5)または本件明細書記載の実施例において,(E)成分として配合されているジイソステアリン酸デカグリセリンを配合せず,油剤の配合割合をその分だけ増やしたもの(乙2の8の実験2,4,6)である。被告実験では,安定性が認められないなどの実験結果が示されているものの,他方,原告からは,各成分について使用する物質を被告実験と変更することなく,その配合割合を変更したところ,本件発明1に係る作用効果を奏する油性液状クレンジング用組成物が得られた旨の実験結果(甲29)が示されている。そうすると,当業者は,(A)ないし(D)成分として用いる物質の変更や,(E)成分を配合しないものとしたことに従い,各物質の特性等を考慮し,(A)ないし(D)の各成分の配合割合を適宜変更することにより,本件発明1を実施することができるものと認められ,かつ,配合割合等の適宜の変更は,当業者の技術常識に従って可能なものであると認められる。
 したがって,被告の実験結果(乙2の8)を考慮しても,本件発明1が実施可能性を欠くものとは認めることができず,被告の主張を採用することはできない。

3.2.本件各発明は特許法36条6項1号(サポート要件)に違反するものか?
「ア 特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に定めるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明に,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるものと認識し得る程度の記載ないし示唆があるか否か,または,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時の技術常識に照らし,当業者において,当該課題が解決されるものと認識し得るか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
前記(5)()でみたとおり, 本件明細書には,(A)ないし(D)成分として使用することのできる物質の具体例,各成分の好適な配合割合が記載されている。また,本件明細書の【0010】には,「…油剤の配合量は油性液状クレンジング用組成物の全量に対して,40~95質量%が望ましい。40質量%未満では,メイク化粧料を肌から浮き出させる効果が乏しくなり,95質量%を超えるとメイク化粧料をなじませた後の洗い流しが困難となる。」,【0011】には,「…デキストリン脂肪酸エステルの配合量は0.5~5質量%が好ましい。0.5質量%未満では,十分な粘性が得られにくく,5質量%を超えると,透明に溶解することが困難となり,製剤が固くなりすぎる傾向にある。」,【0013】には,「炭素数8~10の脂肪酸とポリグリセリンのエステルは,本発明のクレンジング用組成物の全組成に対し,1~40%,特に5~25%の範囲で配合するのが好ましい。1%より少ない場合には組成物の洗浄性,水洗性が不充分になり,40%より多い場合は,『流動性が悪く油性液状を保てない』『使用時の肌への刺激等の問題が生じる』などの可能性が考えられる。」,【0015】には,「…陰イオン界面活性剤の配合量は0.1~1質量%が好ましい。0.1質量%未満では,デキストリン脂肪酸エステルを透明に分散させる効果が得られ難く,1質量%以上では,陰イオン界面活性剤が析出する恐れがある。」と記載されているのであり,これらの記載は,上記配合割合等が好適である理由につき,皮膚が濡れている場合のクレンジング力,透明性,安定性,粘度との関係において説明するものであるから,本件明細書に接した当業者は,本件明細書の上記各記載から,本件各発明における課題(手や顔が濡れた環境下で使用することができる,透明であり,かつ,適度な粘性を有する油性液状クレンジング用組成物を提供すること)が解決されるものと認識することが可能であるものと解される。
したがって,本件各発明は,いわゆるサポート要件を欠くものではなく,特許法36条6項1号に違反するものではない。」