2012年8月20日月曜日

(1)請求項中の「2つ」が「2つ以上」と「2つのみ」の両方を含むと解釈して審査したことの違法性、(2)進歩性判断における阻害要因の考慮、(3)周知技術の証拠の裁判段階での追加提出の妥当性


知財高裁平成24年8月8日判決
平成23年(行ケ)第10358号 審決取消請求事件

1.概要
 本件は拒絶査定不服審判における拒絶審決の取消訴訟において、裁判所が審決を取消した事例である。
 本件発明は「前記保護回路が2つの半導体スイッチ・・・を有しており」という特徴を有する。審決では、本願発明の保護回路が半導体スイッチを2つ以上有している構成(解釈1)と2つのみ有している構成(解釈2)の2つの解釈があり得るとした上,解釈1の場合と、解釈2の場合に場合分けし、判断した。いずれの場合も進歩性がないと結論付けた。裁判所は、明細書および図面には「2つのみ」の例しか記載されていないことから、あえて「2つ以上」の解釈を前提として判断した本決は違法であると判断した。
 本裁判例では、進歩性の判断において、引用発明における阻害要因の存在から進歩性が肯定された。
 本裁判例では、「周知技術」を説明するために裁判段階で特許庁サイドから提出された乙号証については、原告(出願人)に審判段階において意見を述べる機会が与えられるべきであると判断された。

2.本件発明
「【請求項1】MOS電界効果トランジスタとして構成された整流器素子を有しており,/該整流器素子は発電機の相巻線に接続されており,該整流器素子により前記発電機から送出された電圧がバッテリ(B)および電気的負荷へ供給される前に整流され,/前記発電機の電圧のレベルが電圧制御回路を介して励磁巻線を通って流れる励磁電流に影響することにより制御され,/前記励磁巻線に保護回路が配属されており,/該保護回路により前記電気的負荷が迅速に低減する際に前記励磁巻線に蓄積された磁気エネルギが電気エネルギに変換されて前記バッテリ(B)へフィードバックされ,前記励磁巻線が遮断される,/複数の相巻線と1つの励磁巻線とを有する発電機のための制御形の整流器ブリッジ回路において,/前記保護回路が2つの半導体スイッチ(V11,V21)を有しており,該2つの半導体スイッチは前記励磁巻線に直列に接続されかつ前記バッテリ(B)に対して並列に接続されており,/第1の半導体スイッチ(V11)および前記励磁巻線(E)の直列回路に対して並列に第1のダイオード(V31)が配置されており,さらに第2の半導体スイッチ(V21)および前記励磁巻線(E)の直列回路に対して並列に第2のダイオード(V41)が配置されている/ことを特徴とする複数の相巻線と1つの励磁巻線とを有する発電機のための制御形の整流器ブリッジ回路」

3.争点
 明細書、図面には保護回路の半導体スイッチが「2つのみ」の記載しかない。出願人は「2つ以上」とする解釈1を前提とする審決は誤りであると主張した。一方、特許庁サイドは「2つのみ」は例示であり、「2つ以上」も発明の要旨に含まれると主張した。
 審決では、「2つのみ」の解釈2の場合も、引用発明に「4つの半導体スイッチ」が含まれ、この引用発明において半導体スイッチを「2つ」に変更することは容易であると判断された。引用発明においてこの変更を加えることの阻害要因があるか否かが争われた。
 被告(特許庁長官)は訴訟段階で、半導体スイッチが「2つ」であることが周知技術であることを証明するために乙1~乙3号証を追加提出した。原告(出願人)に意見を述べる機会が与えられていないことの妥当性が争われた。

4.裁判所の判断のポイント
4.1.「前記保護回路が2つの半導体スイッチを有しており」の解釈
「ア 本件審決は,本願発明の保護回路が半導体スイッチを2つ以上有している構成(解釈1)と2つのみ有している構成(解釈2)の2つの解釈があり得るとした上,解釈1の場合の相違点3は,容易に想到することができると判断した。
しかしながら,そもそも,特許請求の範囲には,「2つの半導体スイッチ」と記載され,本願明細書の発明の詳細な説明にも,2つの半導体スイッチ(トランジスタ)がある場合の実施例が記載されており,それを超える数の半導体スイッチがある場合についての記載はない。
 したがって,本願発明は,保護回路が2つの半導体スイッチを有しているのであって,保護回路が2つ以上の半導体スイッチを有していることを前提とする解釈1は,保護回路が2つのみの半導体スイッチを有していることを前提とする解釈2と別個に判断する必要がなく,あえて解釈1に基づく判断をした本件審決の認定判断は,その点において,誤りである。

4.2.阻害要因の存在による進歩性の肯定
「ア 本件審決は,本願発明の保護回路が半導体スイッチを2つ以上有している構成(解釈1)と2つのみ有している構成(解釈2)の2つの解釈があり得るとし,解釈2の場合の相違点3(本願発明は,励磁巻線に,2つの半導体スイッチを有し,
 第1の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第1のダイオードが配置され,さらに第2の半導体スイッチ及び前記励磁巻線の直列回路に対して並列に第2のダイオードが配置された保護回路が配属され,電気的負荷が迅速に低減する際に前記励磁巻線に蓄積された磁気エネルギが電気エネルギに変換されてバッテリへフィードバックされ,前記励磁巻線が遮断されるのに対し,引用発明は,そのような構成とされていない点)は,容易に想到することができると判断した。
 そして,被告は,引用発明においても,過電圧保護はコイルにダイオードを接続することで対処する技術常識の下,解釈2に基づいてスイッチング素子の個数を2個として周知技術(乙1~3)のように第1,2のダイオードから構成されるフィードバック回路とすることは当業者が容易に考えられたことである旨主張する。
しかしながら,引用発明の「4つの半導体スイッチを有するH型ブリッジ回路」を「2つの半導体スイッチを有する回路」に変更すると,増磁電流と減磁電流を流すために用いられるH型ブリッジ回路とした引用発明の基本構成が変更され,減磁電流を流すことができなくなり,引用発明の課題を解決することができなくなるから,仮に被告主張の周知技術があったとしても,このような変更には阻害要因がある。

4.3.周知技術の証拠の追加の違法性
「なお,被告は,本訴において,乙1ないし3を周知技術として提出した。本件審決は,界磁回路が4つの半導体スイッチング素子を有するH型ブリッジ回路に接続された引用発明に周知例1及び2に記載された技術を適用して本願発明を容易に想到することができたとするものであり,乙1ないし3は,本件審決において引用されず,これらに基づく容易想到性は判断されなかったものである。そこで,再度の審判手続においては,乙1ないし3を引用した上,原告に意見を述べる機会を与えるべきである。