2012年5月28日月曜日

主引用文献に課題が示されていないことを理由に進歩性が肯定された事例/用途限定が物の発明を区別する構成要件と認定された事例

知財高裁平成24年5月23日判決
平成23年(行ケ)第10249号 審決取消請求事件

1.概要
 本事例では進歩性、同日出願発明に対する同一性等について争われた。
 進歩性判断は審決、判決ともに肯定的であり、特許を維持する判断がされた。具体的には、土木用シートに関する主引用発明(引用発明1-1)に、漁網に関する副引用発明(引用例2)の開示事項が適用可能であるか否かが争われた。引用例2に開示された、生分解性の付与という課題は繊維分野の当業者にとって「自明な課題」であり、引用発明1-1においても同様の課題を認識することは当然である、と判断できる可能性もあったように思われるが、審決、判決ともに技術分野と課題を「狭く」解釈し、引用発明1-1に引用例2の開示事項を適用することは容易ではないと判断した点で参考になる。

 発明の同一性については「土木用」という本件発明の用途限定が、防虫用シート等の「農業用」に限定された引用例3の発明と区別する要素になりうるかが争われた。判決は、土木用と農業用とでは使用の態様が異なることは自明であるから、両発明は区別可能であると判断した。土木用と農業用とでは使用される態様が異なる、とうのがその理由であるが、裁判所はもう少し具体的に理由を説明すべきではないかと感じられた。

2.進歩性について
2.1.本件発明
「一般式-O-CH(CH3)-CO-を主たる繰り返し単位とするポリ乳酸を主成分とする切断強度0.1GPa以上,切断伸度5%以上であり,且つヤング率が0.5GPa以上であるモノフィラメント及び/又はマルチフィラメントの複数本からなる生分解性土木用の溶融紡糸による繊維集合体」

2.2.引用発明1-1(進歩性主引用発明)
「耐摩耗性糸条によつて織成された土木用シートであって,該耐摩耗性糸条は,長手方向に走行する複数本の単糸と該単糸を囲繞すると共に該単糸相互間を固着する合成樹脂とからなる土木用シートであって,上記単糸はポリエステル系フィラメントであり,上記合成樹脂はポリ塩化ビニルである,土木用シート」

 本件発明と引用発明1-1との一致点:ポリエステルを主成分とするマルチフィラメントの複数本からなる土木用の溶融紡糸による繊維集合体

 本件発明と引用発明1-1との相違点:上記の,ポリエステルを主成分とするマルチフィラメントの複数本からなる土木用の溶融紡糸による繊維集合体が,本件発明では,一般式-O-CH(CH3)-CO-を主たる繰り返し単位とするポリ乳酸を主成分とする切断強度0.1GPa以上,切断伸度5%以上であり,且つヤング率が0.5GPa以上であるマルチフィラメントからなる生分解性の繊維集合体であるのに対し,引用発明1-1では,ポリエステルを主成分とする生分解性でない織成されたシートである点

2.3.引用例2(進歩性副引用発明)
「請求項1:分解性高分子をその構成素材としたことを特徴とする漁網
・・・請求項3:分解性高分子がポリ乳酸であることを特徴とする請求項1記載の漁網」

 引用例2には、漁網において、不要時の処分に関する問題(環境汚染の問題)を解決するために、その素材を生分解性のポリ乳酸とすることが記載されている。

2.4.争点
 引用発明1-1におけるポリステルとして、ポリ乳酸を使用することが容易に想到可能であるか否かが争われた。特に、漁網に関する文献である引用例2に開示された、素材を自然に分解させるためにポリ乳酸を使用するという事項を、土木用シートに関する引用発明1-1に適用可能であるか否かが争われた。
 審決では容易には想到できず進歩性ありと判断された。
 裁判所も同様に審決の判断を支持した。

2.5.進歩性についての裁判所の判断のポイント
「ウ 容易想到性について
 上記のとおり,引用例2には,従来,漁網を構成する素材としては安価な強度的に優れるポリアミド系,ポリエステル系,ポリエチレン系等の合成繊維糸が用いられているが,自然の環境下において極めて安定であり,長期にわたってその強度を維持するために,不要時の処分に困難を来し,環境汚染の原因となっていること,また,漁網をポリ乳酸等の分解性高分子により構成したため,水中に放置しておよそ数か月から1年以上経過後にはモノマー化し,最終的には微生物の餌となって消失してしまうことから,従来のような放置に伴う環境汚染の問題を生じないことが記載されている。
 しかし,引用例2に,漁網において,不要時の処分に関する課題を解決するために,その素材をポリ乳酸とすることが記載されているとしても,土木用シートについては何ら記載も示唆もないから,上記引用例2の記載は,土木用シートに関する引用発明1-1及び引用発明1-2において,不要時の処分に関する課題が存在することを示すものではない。しかも,引用発明1-1及び引用発明1-2において,素材を自然に分解させたいという課題はないから,そのような課題を解決するために素材をポリ乳酸とする動機付けが存在することを示すものでもない。
 以上のとおりであるから,引用発明1-1において,単糸の素材をポリ乳酸とする動機付けがあるということはできず,また,引用発明1-2において,マルチフィラメントの素材をポリ乳酸とする動機付けがあるということはできないから,本件発明と上記発明との相違点が,当業者が容易に想到することができたものとはいえない。
エ 原告の主張について
(ア) 原告は,動機付けの存否は主引用例のみで判断するのではなく,副引用例等の他の証拠や技術常識及び周知技術に基づいても判断しなければならないところ,本件において環境破壊を防止するために生分解性のポリ乳酸を採用しようとの動機付けは,引用例2に記載されており,本件審決の判断は誤りであると主張する。
 しかし,引用例2の記載は,土木用シートに関する引用発明1-1及び引用発明1-2において,素材を自然に分解させたいという課題が存在することを示すものではなく,そうすると,上記発明において,そのような課題を解決するために,素材をポリ乳酸とする動機付けが存在することを示すものでもない。

(イ) 原告は,引用例2の用途が漁網であって土木用途ではないとする本件審決の認定判断は,一致点に関するものであるから,相違点の検討で持ち出すべき事項ではなく,論理性においても誤りであると主張する。
 しかし,引用例1に記載された発明に,引用例2に記載された事項を適用することの容易想到性を判断する際に,両者の用途の関連性を検討すること自体に問題はなく,論理性においても誤りとはいえないから,原告の主張は採用できない。
(ウ) なお,原告が主張する引用例1に記載された発明において,素材を自然に分解させたいという課題が存在することを示すものではなく,そうすると,上記発明において,そのような課題を解決するために,素材をポリ乳酸とする動機付けが存在することを示すものでもないことは,上記と同様であり,上記発明に基づいて,本件発明を容易に想到することはできない。


3.同日出願発明との同一性について
3.1.引用例3(同一出願人による同日出願の請求項に記載の発明)
「一般式-O-CHR-CO-(但し,RはHまたは炭素数1~3のアルキル基を示す)を主たる繰り返し単位とする脂肪族ポリエステルを主成分とする下記a群の用途の中のいずれかである生分解性農業用モノフィラメント及び/又はマルチフィラメント繊維集合体
a群
防虫用シート,遮光用シート,防霜シート,防風シート,農作物保管用シート,保温用不織布,防草用不織布,農業用ネット,農業用ロープ」

3.2.対比
本件発明と引用例3の発明との一致点:モノフィラメント及び/又はマルチフィラメントの複数本からなる生分解性の溶融紡糸による繊維集合体

相違点①:上記モノフィラメント及び/又はマルチフィラメントが,本件発明では,「一般式-O-CH(CH3)-CO-を主たる繰り返し単位とするポリ乳酸を主成分とする」ものであり,「切断強度0.1GPa以上,切断伸度5%以上であり,且つヤング率が0.5GPa以上」のものであるのに対し,引用例3の発明では,「一般式-O-CHR-CO-(但し,RはHまたは炭素数1~3のアルキル基を示す)を主たる繰り返し単位とする脂肪族ポリエステルを主成分とする」ものであり,切断強度,切断伸度及びヤング率が特定されていないものである点

ウ 相違点②:本件発明は,用途が「土木用」であるのに対して,引用例3の発明は「農業用」であり,「a群 防虫用シート,遮光用シート,防霜シート,防風シート,農作物保管用シート,保温用不織布,防草用不織布,農業用ネット,農業用ロープ」の用途の中のいずれかである点

3.3.争点
 相違点②が、実質的な相違点となるか否かが争われた。審決、判決ともに実質的な相違点であり両発明は同一でないと判断した。

3.4.進歩性についての裁判所の判断のポイント
「ア 前記(2)ウの相違点②について,土木用と農業用では,繊維集合体の使用の態様が異なることは当業者において明らかであるから,相違点②は実質的な相違点である。
 したがって,相違点①について検討するまでもなく,本件発明は,引用発明3の発明と同一の発明であるとはいえない。
イ 原告の主張について
 原告は,土木用繊維集合体も農業用繊維集合体も,養生シートとして用いられるから,使われ方も同一であるのに,本件審決は,農業用養生シートは何の養生に用いられるのかに関して何らの認定判断もしていない結果,その判断を誤ったと主張する。
 しかし,具体的に何の養生に用いられるかを示すまでもなく,土木用と農業用では,養生シートの使用の態様が異なることは,当業者において明らかである。本件審決が,農業用について何の養生に用いられるか認定判断していないとしても,そのことは,上記発明の同一性の判断に影響を及ぼすものではない。」