2012年2月5日日曜日

プロダクト・バイ・プロセス・クレーム解釈についての知財高裁大合議判決

平成24年1月27日 判決言渡
知財高裁特別部 平成22年(ネ)第10043号 特許権侵害差止請求控訴事件(原審・東京地裁平成19年(ワ)第35324号)

1.概要
 本件は、特許権侵害訴訟事件において、控訴人(原審原告)が有するプロダクト・バイ・プロセス形式で規定された特許発明の技術的範囲が、被控訴人(原審被告)が製造等する製品を含むか否かが争われた事例である。本事例では更に、特許無効性の判断における「発明の要旨の認定」についても判断された。

 本判決の要点として以下の3点が挙げられる。
(1)技術的範囲の解釈(侵害論):
真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っているクレーム)であれば、「物同一説」であり、製造方法は限定せず、物が同一であれば技術的範囲に属する。
不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないクレーム)であれば、「方法限定説」であり、製造方法を限定して解釈する。
 本事例では、上記の事情が存在するとは言えないため「方法限定説」に従って技術的範囲が解釈され、所定の工程a)を経て製造されていない侵害被疑物件は特許発明の技術的範囲に属さないと判断された。

(2)立証責任
 真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであること、すなわち、「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在する」ことの立証責任は、特許権者が負う。立証が尽くされない限り、「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」として技術的範囲を解釈する。
 この立場に従えば、特許権者が上記の事情を証明しない限り不真正プロダクトバイプロセスクレームであると判断され、「方法限定説」に沿って特許発明の技術的範囲が解釈されることとになる。

(3)発明の要旨の認定(無効審判における新規性、進歩性の判断):
 技術的範囲の解釈とまったく同じ手法で判断する。すなわち、技術的範囲の解釈は「方法限定説」、新規性、進歩性の判断は「物同一説」という二重基準ではないことが明らかにされた。
 このことと、審査基準第II部第2章1.5.2(3)における、原則として「物同一説」に従って新規性進歩性を判断する考えかたとは相容れない場合があるように思われる。
 本事例では、「方法限定説」に従い、所定の方法により製造された物の発明として要旨を認定された。ただし、要旨認定された請求項記載の発明は、乙30等の先行技術文献に基づいて容易に発明することができたものであり、無効にされるべきものと判断された。

2.本件発明1
「次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

3.裁判所の判断のポイント
3.1.プロダクトバイプロセスクレームの技術的範囲の解釈
「ア 特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について,法70条は,その第1項で「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」とし,その第2項で「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」などと定めている。
 したがって,特許権侵害を理由とする差止請求又は損害賠償請求が提起された場合にその基礎となる特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては,「特許請求の範囲」記載の文言を基準とすべきである。特許請求の範囲に記載される文言は,特許発明の技術的範囲を具体的に画しているものと解すべきであり,仮に,これを否定し,特許請求の範囲として記載されている特定の「文言」が発明の技術的範囲を限定する意味を有しないなどと解釈することになると,特許公報に記載された「特許請求の範囲」の記載に従って行動した第三者の信頼を損ねかねないこととなり,法的安定性を害する結果となる。
 そうすると,本件のように「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合,当該発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって,特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて,他の製造方法を含むものとして解釈・確定されることは許されないのが原則である。
 もっとも,本件のような「物の発明」の場合,特許請求の範囲は,物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには,発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした法1条等の趣旨に照らして,その物の製造方法によって物を特定することも許され,法36条6項2号にも反しないと解される。
 そして,そのような事情が存在する場合には,その技術的範囲は,特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても,製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと解釈され,確定されることとなる。
イ ところで,物の発明において,特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合,このような形式のクレームは,広く「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」と称されることもある。前記アで述べた観点に照らすならば,上記プロダクト・バイ・プロセス・クレームには,「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っているとき」(本件では,このようなクレームを,便宜上「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」ということとする。)と,「物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき」(本件では,このようなクレームを,便宜上「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」ということとする。)の2種類があることになるから,これを区別して検討を加えることとする。 そして,前記アによれば,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物」と解釈されるのに対し,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載された製造方法により製造される物」に限定されると解釈されることになる。

3.2.「真正」であることの立証責任
「また,特許権侵害訴訟における立証責任の分配という観点からいうと,物の発明に係る特許請求の範囲に,製造方法が記載されている場合,その記載は文言どおりに解釈するのが原則であるから,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当すると主張する者において「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」ことについての立証を負担すべきであり,もしその立証を尽くすことができないときは,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであるものとして,発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定するのが相当である。」

3.3.無効性判断における発明の要旨認定の際のクレーム解釈
「法104条の3は,「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者又は専用実施権者は,相手方に対しその権利を行使することができない。」と規定するが,法104条の3に係る抗弁の成否を判断する前提となる発明の要旨は,上記特許無効審判請求手続において特許庁(審判体)が把握すべき請求項の具体的内容と同様に認定されるべきである。
 すなわち,本件のように,「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている前記プロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合の発明の要旨の認定については,前述した特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定方法の場合と同様の理由により,① 発明の対象となる物の構成を,製造方法によることなく,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは,その発明の要旨は,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと認定されるべきであるが(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム),② 上記①のような事情が存在するといえないときは,その発明の要旨は,記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきである(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)。
 この場合において,上記①のような事情が存在することを認めるに足りないときは,これを上記②の不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームとして扱うべきものと解するのが相当である。
 上記の観点から本件を検討するに,本件特許には,上記①にいう不可能又は困難であるとの事情の存在が認められないことは前述のとおりであるから,特許無効審判請求における発明の要旨の認定に際しても,特許請求の範囲に記載されたとおりの製造方法により製造された物として,その手続を進めるべきものと解され,法104条の3に係る抗弁においても同様に解すべきである。」