2012年1月15日日曜日

審判請求時の補正が限定的減縮に該当するか争われた事例

知財高裁平成20年12月10日判決
平成19年(行ケ)第10350号審決取消請求事件

1.概要
 最後の拒絶理由通知や拒絶査定不服審判請求時における補正が、特許法17条の2第5項第2号(改正前第4項第2号)でいう「特許請求の範囲の減縮(第三十六条第五項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて、その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」を目的とした補正に該当するか否かの判断が容易でない場面にしばしば直面する。
 補正前の構成要件を単純に下位概念に限定する形式の補正だけが許されるのか、請求項を全体的にみたときに補正前の構成要件が下位概念に限定されている形式の補正も許されるのかは審査基準の事例を見ても必ずしもあきらかではない。
 本事例では、審判請求時にされた補正が限定的減縮に該当しないとして補正を却下した審決(「補正前の構成要件を単純に下位概念に限定する形式の補正だけが許される」ことを前提とした特許庁の判断)が違法であり取り消されるべきとされた。

2.本件補正前の請求項
【請求項1】ルアロックコネクタの雄型ルア先端を受け入れるルア受け具であって,
 内壁を有すると共に,基端から末端側に向けてボアが形成され,該基端が前記ルアロックコネクタ内に挿入可能な寸法であるハウジングと,
 前記基端近傍で且つ前記ボアの内部に少なくとも一部が挿置されるように該ハウジングに取り付けられると共に,上側部分と,該上側部分から下方に伸長する伸長部分と,前記上側部分の上面近傍から延伸して該上側部分を貫通し且つ前記伸長部分の少なくとも一部に延入するスリットとを有する隔膜とを備え,
 前記ハウジングは前記隔膜の上面近傍に密封力を加えて該上面近傍の前記スリットを密封し,前記伸長部分は前記スリットと交差する方向の長さであるその幅が前記上側部分の幅より狭く,前記隔膜及び前記スリットは,前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる寸法に形成され,該雄型ルア先端が前記隔膜内に挿入されると,該隔膜の少なくとも一部が該隔膜の長手軸から側方に変位して変位した隔膜部分が形成され,
 更に,前記隔膜の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,該キャビティは,前記雄型ルア先端が前記隔膜の内部に挿入された時に変位した前記変位した隔膜部分を受け入れることを特徴とするルア受け具。

3.本件補正後(拒絶査定不服審判請求時の補正)

【請求項1】雄型ルアカニューレと,該雄型ルアカニューレを取り囲むように形成された雌型ねじ端部とを有するルアロックコネクタに結合するルア受け具であって,
 ハウジングと,該ハウジングに取り付けられる隔膜とを備え,
 前記ハウジングは内壁を有すると共に,その基端から末端側に向けてボアが形成され,該ハウジング基端の寸法は前記ルアロックコネクタ内に挿入可能な大きさに設定され,
 前記隔膜は,少なくとも部分的に前記ハウジング基端近傍の前記ボア内に挿置されると共に,上側部分と,該上側部分から下方に延在する伸長部分と,前記上側部分の上面近傍から該上側部分を貫通し且つ該伸長部分の少なくとも一部にまで延伸するスリットとを有し,
 前記ハウジングは前記隔膜の上面近傍に密封力を加えて前記スリットを前記上面の部分で密封し,
 前記隔膜の伸長部分は前記スリットと交差する方向の長さであるその幅が前記上側部分の幅より狭く,
 前記隔膜と前記スリットの寸法及び形状は,前記ハウジングの基端を前記ルアロックコネクタの前記雌型ねじ端部の内部に係入すると前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込むように,夫々設定され,
 前記雄型ルアカニューレを前記隔膜に挿入すると,該隔膜の少なくとも一部がその長手軸から側方に変位し,
 前記隔膜の伸長部分の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,前記雄型ルアカニューレを前記隔膜の内部に挿入し且つ前記雌型ねじ端部が前記ハウジングに嵌合した時に,前記変位した隔膜の一部は,前記雌型ねじ端部の内部で前記少なくとも一つのキャビティ内に受け入れられることを特徴とするルア受け具。

4.審決の理由
 本件補正は特許請求の範囲を一部拡張し又は不明確にするものであるから却下されるべきである。
 特許庁は上記の補正が「限定的減縮」に該当しないと判断した。

5.裁判における被告(特許庁)の主張
 本件補正は,隔膜の内部に挿入される部分について,補正前の「雄型ルア先端」を「雄「原告及び参加人は,特許法旧17条の2第4項2号「特許請求の範囲の減縮」にいう「減縮」とは,補正後の特許請求の範囲が全体として補正前の特許請求の範囲に対してより狭い範囲であれば足りるものと解すべきであると主張する。しかし,同号は,「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」と規定されており,特に,発明を特定するために必要な事項を「限定する」とは,補正前の請求項に記載された発明を特定するための事項の一つ以上を,それぞれ,概念的により下位の発明を特定するめの事項とすることであるから,補正後の一つ以上の発明を特定するための事項が補正前の発明を特定するための事項に対して,概念的に下位になっていることを要するものである。」

6.裁判所の判断のポイント
エ以上によれば,本願明細書においては,雄型ルアないし雄型ルアカニューレを本願発明に係るルア受け具に挿入する場合,その前進に伴い隔膜が変形され,またそれを隔膜から引き抜く際,管腔内に負圧が生じる可能性を有するといった機能ないし性質を有することが明らかにされているところ,この場合の雄型ルアないし雄型ルアカニューレを特定する用語としては,「ルアカニューレ(カニューレ)32」と「ルア先端32(832,932)」とが混在して用いられていることが認められる。
 そうすると,本願明細書においては,上記機能ないし性質を有するものとして指称する場合,「雄型ルアカニューレ32」と「雄型ルア先端32」とは同一のものを意味すると認められる。このことは,上記のようにスリットを介して隔膜内部に雄型ルアカニューレが入り込むような動作がなされる際,スリットに最初に接触するのが必然的に雄型ルアカニューレの先端部分となることからも明らかである。
 そして,本件補正における,「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」との表現は,雄型ルアカニューレ32における上記機能が実現する場面を表現したものであることは明らかであるから,ここでの「雄型ルアカニューレ」というのは,ルア受け具に挿入されるルアコネクタの構成全体を指称するものではなく,「雄型ルア先端32」に相当する雄型ルアカニューレの先端部分である「ルアカニューレ32」を意味するものと理解することができるし,「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」というのも,「ルアカニューレ32」に相当する部分がスリットを介して隔膜内に挿入される場合に,これが隔膜と接触している範囲を指すものであることは容易に理解できるところである。
 そうすると,本件補正において,「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」と変更することは,実質的に同じ構成を言い換えたにすぎないものであるから,これにより何ら特許請求の範囲を一部拡張するものではないし,不明瞭とするものでもない。
 したがって,この点に関する審決の前記判断は誤りといわざるを得ない。
 オこの点,被告は,仮に「雄型ルア先端」と「雄型ルアカニューレ」が同じものであったとしても,本件補正前には「雄型ルア先端」なる用語で表される部分全体が隔膜内部に挿入されていたものが,本件補正により「雄型ルア先端」なる用語で表される部分の一部で足りることになるから,本件補正による変更は特許請求の範囲を拡張するものである旨主張する。
 しかし,本件補正前の本願発明においては,「ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介し該隔膜の内部に挿入できる」として,挿入されるのはルア先端とするだけで,「ルア先端の部分全体」が隔膜の内部に挿入されるとは記載されていない。そして,上記(1)のとおり,補正発明の意義は,雄型ルアとルア受け具が係合されることにより,ルアロックコネクタの先端が隔膜内に貫入することを利用して医療流体を移送するというものであり,ここで雄型ルアの先端部分が隔膜内に貫入される態様は,医療流体を移送できる程度であることは必要とされるものの,それを超えてその全部が貫入されることは必須の要素でないことは明らかである。
 そうすると,本件補正前の本願発明においても,挿入される部分はルア先端の一部又は全部と解さざるを得ないのであって,これを本件補正により「ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」として,挿入される部分がルア先端の一部の場合だけでなく全部が挿入される場合があることを明示することは,実質的にみて何らの変更を加えるものではないから,特許請求の範囲を拡張するものではない。
 したがって,被告の上記主張は採用することができない。
カなお被告は,特許法旧17条の2第4項2号「特許請求の範囲の減縮」にいう「減縮」とは,発明を特定するために必要な事項を「限定する」ことであり,これに該当するといえるためには,補正後の一つ以上の発明を特定するための事項が補正前の発明を特定するための事項に対して,概念的に下位になっていることを要するものであると主張するところ,同主張は,補正が「特許請求の範囲の減縮」(特許法旧17条の2第4項2号)に該当するためには,これに該当する個々の補正事項のすべてにおいて下位概念に変更されることを要するとの趣旨を含むものと解される。
 しかし,特許請求の範囲の減縮は当該請求項の解釈において減縮の有無を判断すべきものであって,当該請求項の範囲内における各補正事項のみを個別にみて決すべきものではないのであるから,被告の上記主張が減縮の場合を後者の場合に限定する趣旨であれば,その主張は前提において誤りであるといわざるを得ない。
 また,特許請求の範囲の一部を減縮する場合に,当該部分とそれ以外の部分との整合性を担保するため,当該減縮部分以外の事項について字句の変更を行う必要性が生じる場合のあることは明らかであって,このような趣旨に基づく変更は,これにより特許請求の範囲を拡大ないし不明瞭にする等,補正の他の要件に抵触するものでない限り排除されるべきものではなく,この場合に当該補正部分の文言自体には減縮が存しなかったとしても,これが特許法旧17条の2第4項2号と矛盾するものではない。
 そこでこれを本件についてみると,本件補正は,「ルアロックコネクタの雄型ルア先端を受け入れるルア受け具であって,」を「雄型ルアカニューレと,該雄型ルアカニューレを取り囲むように形成された雌型ねじ端部とを有するルアロックコネクタに結合するルア受け具であって,」と補正することにより,ルア受け具の構成を限定するものであり,また,「前記隔膜の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,該キャビティは,前記雄型ルア先端が前記隔膜の内部に挿入された時に変位した前記変位した隔膜部分を受け入れることを特徴とするルア受け具。」を「前記隔膜の伸長部分の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,前記雄型ルアカニューレを前記隔膜の内部に挿入し且つ前記雌型ねじ端部が前記ハウジングに嵌合した時に,前記変位した隔膜の一部は,前記雌型ねじ端部の内部で前記少なくとも一つのキャビティ内に受け入れられることを特徴とするルア受け具。」と補正することにより,隔膜の構成を限定する部分を含むものである。
 そして,これまで述べてきた「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」とした補正は,上記のようなルア受け具及び隔膜の各構成を減縮する補正を踏まえ,これにより「雄型ルア先端」と「雄型ルアカニューレ」との用語が混在するに至ることから,これを後者の用語をもって統一したものと理解することができ,また,「雄型ルア先端」を「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」とする補正が実質的に何らの変更を加えるものでないことは,上記エ,オのとおりである。
 したがって,本件補正のうち「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」とした部分は,何ら特許法旧17条の2第4項2号に矛盾するものではないから,被告の上記主張は採用することができない。