2011年5月28日土曜日

遺伝子発明の進歩性の評価において、コードされるタンパク質の特徴は考慮されないと判断した事例

知財高裁、審決取消請求事件(拒絶審決維持)

平成22年(行ケ)第10073号

1.概要

 クレーム発明は、ヒトパピローマウイルス18型のL2タンパク質をコードするDNA分子である。このDNA分子はヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW756から得られたものである。

 引用例1には、臨床サンプルWV-341から得られた、ヒトパピローマウイルス18型のL2タンパク質をコードするDNA分子が開示されている。本発明のDNA分子との配列相同性は97%である。

 拒絶審決では、引用例1に記載された発明に基づき容易に発明することができるから進歩性なしと判断した。

 原告(出願人)はクレームされたDNAがコードするタンパク質の構造的な特徴を考慮すれば、進歩性は肯定されるべきであると主張した。しかし裁判所は「該DNA分子がコードするタンパク質と引用発明がコードするタンパク質が立体構造上の相違を示すか否かは,本来本願発明7-2の進歩性の判断に影響を与える事項ではない」と判断し審決を維持した。

2.本願請求項7

「下記の配列番号1で表されるヌクレオチド配列からなる単離精製されたヒトパピローマウイルス18型のL1DNA分子または,下記の配列番号3で表されるヌクレオチド配列からなる単離精製されたヒトパピローマウイルス18型のL2DNA分子。」

3.審決の内容

本願発明のうち,「下記の配列番号3で表されるヌクレオチド配列からなる単離精製されたヒトパピローマウイルス18型のL2DNA分子」との発明(以下「本願発明7-2」という。)は前記引用例1から認められる下記引用発明に基づいて当業者が容易に発明することができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない。

(引用発明)

「図1・・・の4244番目のヌクレオチドから5632番目のヌクレオチドで示される1389bpのヌクレオチド配列を含むヒトパピローマウイルス18型のL2DNA分子。」

(一致点)

特定のヌクレオチド配列を含むヒトパピローマウイルス18型のDNA分子である点

(相違点(1)

該特定の配列が,本願発明7-2においては,配列番号3で表されるヌクレオチド配列であるのに対して,引用発明においては,配列番号3で表されるヌクレオチド配列とは1389bpのうち39bpが相違している(すなわち97%が同一である)点

(相違点(2)

該DNA分子が,本願発明7-2においては単離精製されたL2DNA分子であるのに対して,引用発明においてはショットガンクローニング法によって配列決定された全長ゲノムDNA分子の一部であり,実際にL2DNA分子を単離精製していない点

4.相違点(1)についての審決の判断

「この相違は,配列の解析に用いられたHPV18型が,本願発明では,明細書第26頁第第8-9行に記載されているように,ヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW756から得られたものであるのに対し,引用発明では・・・SW756とは異なる臨床サンプルWV-341から得られたものであるという相違に基づくものである。

 一般的に,同じ型に属するウイルスにも複数のサブタイプが存在することは広く知られており,種々のサブタイプについて解析がなされている。よって,HPV18型についても,引用例1において配列が解析された臨床単離株由来のHPV18型とは異なる,周知の臨床単離株であるヒト子宮頸がん腫由来細胞系列SW756・・・由来のHPV18型ゲノムのヌクレオチド配列を解析することは,当業者が容易に想到し得ることである。」

5.原告の主張

「審決は,①相違する塩基対の数が39bpではなく40bpである点で認定すべき事実を誤認しているのみならず,②その塩基対の相違に伴い14個のアミノ酸が相違し,その中で,4個の相違がプロリンに関するものであるという事実を看過し,③プロリンは,アミノ酸の中で環状構造をとる唯一のアミノ酸であり,該環状構造をとるプロリンがアミノ酸配列中に入ることにより,ねじれやターンに影響を及ぼし,その結果,立体構造が大きく変化することが本願優先日当時の技術常識であること(以下,「技術常識1」という。)を看過し,④上記②に記載の事実及び上記③に記載の技術常識1に基づいて,本願発明7-2と引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質が著しい立体構造上の相違を示すという,本来認定すべきであった相違点を看過し,その結果,進歩性判断に影響を及ぼし,誤った結論を導き出すに至ったものである。」

6.裁判所の判断のポイント

「原告の主張④の点については・・・プロリンに関する4個の相違に起因して,本願発明7-2と引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質が立体構造上の相違を示す可能性はあるが,実際に両者の立体構造の相違が示されているわけではなく,両者が著しい立体構造上の相違を示すという事実が見出されているとは認められない。したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。

 仮に,プロリンがアミノ酸配列中に入ることによりねじれやターンに影響を及ぼしその結果立体構造が大きく変化するという原告の主張が正しいとしても,上記主張は本願発明7-2と引用発明がコードするタンパク質に関する主張にすぎないところ,本願発明7-2はあくまでもDNA分子そのものに関する発明であって,DNA分子がコードするタンパク質は発明を特定するための事項には含まれない。このことは,たとえ本願発明の目的が,原告が主張するように,HPV18L1タンパク質とVLPを形成するという観点から,構造上機能的なHPV18L2の配列を得ることであったとしても,本願発明7-2はL2DNA分子という物の発明であるから,そのことは発明を特定するための事項には含まれないというべきである。

 したがって,該DNA分子がコードするタンパク質と引用発明がコードするタンパク質が立体構造上の相違を示すか否かは,本来本願発明7-2の進歩性の判断に影響を与える事項ではないというべきである。」

「原告は,審決が本願優先日当時の技術常識2(注:()一般に,HPVに属するL2タンパク質が,同一のHPVに属するL1タンパク質と一緒にVLPを形成することができ,ウイルスのカプシド構造を構成すること,及び()そのVLPの表面において,L2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供すること)を看過し,本願発明7-2と引用発明のそれぞれのヌクレオチド配列によってコードされるL2タンパク質が著しい立体構造の相違を示すことや,①L2タンパク質がL1タンパク質と一緒に立体構造上うまく会合してVLPを形成できるかどうかという点,及び,②仮にそのVLPが形成できたとしても,その表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供できるかどうかという点について全く考慮しないで容易想到性を判断したと主張する。

 しかし,技術常識2は,HPVに属するL2タンパク質の構成やそのもたらす作用に関する技術的事項であるところ,本願発明7-2はあくまでもDNA分子そのものに関する物の発明であるから,その進歩性の有無はそのようなDNA分子に到ることが容易か否かで判断されるべきものである。すなわち,ここでは,本願発明7-2であるDNA分子をクローニングすることが引用発明との関係において容易想到か否かが問題となるにすぎないところ,そのDNA分子がコードするタンパク質の特徴に関する技術常識2の存在が,そのタンパク質をコードする本願発明7-2であるDNA分子のクローニングを困難にするとの証拠はないから,技術常識2は,本願発明7-2の進歩性の判断に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。

 また,原告の主張は,本願発明においては,L2タンパク質がL1タンパク質と一緒に立体構造上うまく会合してVLPを形成でき,その表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供できることを前提とするものであるが,本願明細書の記載を精査しても,実施例13においてL1タンパク質及びL2タンパク質がそれぞれ発現していることは確認できるものの,さらに進んで,本願発明7-2のL2DNA分子によってコードされるL2タンパク質がL1タンパク質と一緒にVLPを形成し得ること,及びその表面においてL2タンパク質が少なくとも1個の免疫原性エピトープを提供できることを確認できる記載は見当たらない。この点に関し,原告は,本願発明が,HPV18型のヒト子宮頸癌腫由来細胞系列SW756由来のHPV18型ゲノムのヌクレオチド配列を解析し,その結果,米国及び欧州で最初に承認された極めて医学的貢献度の高い子宮頸癌ワクチンに含まれるVLPを形成する,HPV18型のL1タンパク質とともにVLPを形成し得るL2タンパク質を見出したものであることは甲17によって実証されている旨主張するが,甲17は本願優先日以後の平成22年(2010年)6月に作成された研究者の宣誓供述書にすぎず,しかも本願明細書に記載されていない技術的事項が多く含まれているから,甲17の記載をもって本願発明の内容を論じる原告の上記主張は失当である。」

2011年5月8日日曜日

用途発明の新規性否定のための引用発明の適格性が争われた事例

知財高裁平成23年3月23日判決

平成22年(行ケ)第10313号 審決取消請求事件

1.概要

 ある物質が所定の用途に特に適することが見出された場合には、当該物質が公知物質である場合でも用途発明の新規性が肯定される場合がある。

 本事例では、「所定の用途に特に適する」という認識が先行技術文献にて開示されていなくとも、同一物質を同一用途に記載することが記載されている場合には用途発明の新規性は否定されると判断した。原告は、用途発明の新規性否定のための引用発明は用途発明として完成されている必要があるとする根拠として東京高裁平成13年4月25日判決平成10年(行ケ)第410号事件判決を引用するものの裁判所は原告主張を認めていない。

 本事例は、いわゆる「比較例」が新規性否定の引用発明となることを示す点でも参考になる。

2.本件発明1

【請求項1】胴搗き製粉,ロール製粉,石臼製粉,気流粉砕製粉又は高速回転打撃製粉により得られたものであり,粒度が,米粉(酵素処理したものを除く)を100メッシュの篩にかけ,100メッシュの篩を通過した区分を140メッシュの篩と200メッシュの篩に順次かけ,各篩上に残った米粉の重量を測定し,前記米粉100重量%中140メッシュの篩上に残る区分と200メッシュの篩上に残る区分とを合計して20~40重量%含み,200メッシュを通過した区分が53.12重量%以上である,小麦粉を使用しないパン用の米粉。(以下「本件発明1」という。)

 本件発明1の構成を充足する米粉は、小麦粉パンと同様の外観、内相、食味を備え、日持ちに優れたパンを製造することができる。

3.審決の理由

本件発明1は,甲1(新潟県食品研究所,研究報告第27号,21ないし28頁,平成4年8月発行)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)・・・・であるから・・・特許法29条1項3号の規定に該当し,特許を受けることができない。

4.甲1の開示事項

 甲1には、本件発明1と同じ粒度分布の米粉が「胴搗方式製粉による米粉」として記載されている。甲1では、「胴搗方式製粉による米粉」を用いてパンを製造したことが記載されている。

 ただし甲1は、「酵素処理(ペクチナーゼ処理)を行った米粉」が、製パン用の米粉として好適であることを開示することを主眼とする文献である。酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」(本件発明1と同一粒度の米粉)は、「酵素処理(ペクチナーゼ処理)を行った米粉」と比較して製パン原料としては好ましくないと言及されている。「胴搗方式製粉による米粉」はいわゆる「比較例」としての開示されている。

5.原告の主張

「出願前に公知である物質については,新たな用途の使用に適することが見いだされない限り,新規性は認められない。そして,用途発明の新規性を判断する上で,これと対比する発明(引用発明)も,用途発明でなければならず,かつ発明として完成していることが必要である。引用発明が用途発明として完成しているというためには,当業者が反復実施して従来技術以上の優れた効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることが必要である。逆に,引用発明によって得られる効果が従来技術に比べて劣悪な場合には,新たな用途の使用に適することは未だ見いだされていないといわざるを得ず,引用発明としての適格性を欠くというべきである。」

6.裁判所の判断

 裁判所は、本件発明1は甲1発明と同一であるとして新規性を否定した審決に誤りはないと判断した。原告の上記主張については以下のように指摘した。

「原告は,新規性を判断する引用発明は,完成した発明でなければならないところ,引用発明は,用途発明として完成しているとはいえないから,新規性を判断する上で対比されるべき引用発明としての適格性を欠くと主張する。

 しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。

 すなわち,特許制度は,発明を公開した代償として,一定の期間の独占権を付与することによって,産業の発展を促すものであるから,既知の技術を公開したことに対して,独占権を付与する必要性はないばかりでなく,仮に,そのような技術に独占権を付与することがあるとするならば,第三者から,既知の技術を実施し,活用する手段を奪い,産業の発達を阻害することになる。特許制度の上記趣旨に照らすならば,出願に係る発明が,既に公知となっている技術(引用発明)と同一の構成からなる場合は,当該出願に係る発明は,新規性を欠くものとして,特許が拒絶されるというべきである。原告が主張する引用発明の完成とは,引用発明が従前の技術以上の作用効果を有することを意味するものと解されるが,新規性の有無を判断するに当たって,引用発明として示された既知の技術それ自体が,従前の技術以上の作用効果を有することは要件とすべきではない。

 また,出願に係る発明は,特定の用途を明示しているのに対して,引用発明は,出願に係る発明と同一の構成からなるにもかかわらず,当該用途に係る記載・開示がないような場合においては,出願に係る発明の新規性が肯定される余地はある。

 しかし,そのような場合であっても,出願に係る発明と対比するために認定された引用発明自体に,従前の技術以上の作用効果があることは,要件とされるものではない。

 以上の観点から,以下,本件発明1と甲1発明とを対比する。

(1) 本件発明1は,上記のとおり,米粉の粒度を特定し,粗い粉を一定量含有させたことに特徴がある発明であり,「パン用」という用途の特定はあるものの,用途そのものに格別の特徴を有する発明とまではいえない。

 他方,甲1には,前記認定のとおり,米粉により作製したパンは小麦粉により作製したパンに比べて品質が劣ること,従来の方式で製粉された米粉を分級する方式で,パン用として使用することは困難であると思われること,ペクチナーゼ処理をした米の米粉は製パンに適した特性を有するのに対し,篩分によって得た米粉は製パンの適性が低いことなどが記載されている。

 また,甲1には,ペクチナーゼ処理をせず篩分により得た微細な米粉はパン用に適さないこと,甲1の特定の条件の下では,小麦粉や,ペクチナーゼ処理をした米の粉により作製されたパンと比較して,篩分によって得た米粉により作製されたパンの方が,外観や食味において劣っていたこと等の記載がある。しかし,甲1は,ペクチナーゼ処理をした米を製粉して得られる米粉がパンの作製に適するとの結論を導くために記述された論文であって,篩分によって得た米粉はパン用に適さないとの上記の記述は,ペクチナーゼ処理により製パン性が向上すること等の結果を示す文脈において,ペクチナーゼ処理をした場合との比較を示した記述といえる。

 むしろ,甲1の表2によれば,作製されたパンの外観及び食味について,小麦澱粉が「+++」,ロール製粉の米粉が「― ―」であるのに対し,胴つきの米粉は「+」とされている。また,甲1の研究において使用された米粉は特定されているから,表2の「胴つき製粉」の米粉,「ロール製粉」の米粉は,図3の「胴搗方式製粉による米粉」,「ロール方式製粉による米粉」と同様のものであり,それぞれ図3に示されたのと同様の粒度分布を有するものと推認される。そうすると,図3と表2によれば,本件発明1の数値範囲に含まれる粒度の米粉(「胴つき製粉」の米粉)によって,本件発明1とは異なる粒度の米粉(「ロール製粉」の米粉)よりも外観,食味において優れたパンが製造されたことが示されていると認定できる。

 以上によれば,甲1には,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度の米粉を用いてパンを製造する用途が明示的に記載されており,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度のパン用の米粉の発明が記載されているといえる。したがって,甲1発明は,本件発明1の新規性を判断する上で,引用発明としての適格性を欠くと解する余地はない。

(2) また,原告は,甲33,34によれば,甲1発行前にすでに良質の米粉100%の米粉パンが開発されていたから,甲1の酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」は,当業者が反復実施して従来技術以上の優れた効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されているとはいえず,パン用の米粉の発明として未完成であると主張する。

 しかし,甲33,34は,その評価の基準が必ずしも甲1と同一ではなく,甲33,34に,米粉によって良質なパンができたことが記載されていたとしても,そのことを理由として,甲1発明が,本件発明1の新規性の有無を判断する前提としての適格性を欠くということはできない。

 したがって,甲1には,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度のパン用の米粉に係る発明(甲1発明)が用途とともに記載されているから,本件発明1は,甲1発明と同一であり,新規性を欠くというべきである。」