2010年12月26日日曜日

「不意打ち」を理由とする手続違背により審決が取り消された事例

知財高裁平成22年11月30日判決

平成22年(行ケ)第10124号 審決取消請求事

1.概要

 拒絶査定不服審判審決において、本願発明引用発明との相違点1が認定され、相違点1は周知技術であり、該周知技術を考慮すれば引用発明に基づき本願発明に想到することは容易であると判断された。

 しかしながら相違点1が周知技術であるという認定は審決よりも前の段階では一切示されていなかった。

 裁判所は「本願発明が容易想到とされるに至る基礎となる技術の位置づけ,重要性,当事者(請求人)が実質的な防御の機会を得ていたかなど諸般の事情を総合的に勘案し」、審決を取り消した。

2.裁判所の判断のポイント

「本件では,審決において,本願発明と引用発明との相違点1に係る「信号調整装置とホスト・システムの結合を遠隔にする」との技術的構成は,周知技術であり(甲2ないし4),本願発明は周知技術を適用することによって,容易想到であるとの認定,判断を初めて示している。

 ところで,審決が,拒絶理由通知又は拒絶査定において示された理由付けを付加又は変更する旨の判断を示すに当たっては,当事者(請求人)に対して意見を述べる機会を付与しなくとも手続の公正及び当事者(請求人)の利益を害さない等の特段の事情がある場合はさておき,そのような事情のない限り,意見書を提出する機会を与えなければならない(特許法159条2項,50条)。そして,意見書提出の機会を与えなくとも手続の公正及び当事者(請求人)の利益を害さない等の特段の事情が存するか否かは,容易想到性の有無に関する判断であれば,本願発明が容易想到とされるに至る基礎となる技術の位置づけ,重要性,当事者(請求人)が実質的な防御の機会を得ていたかなど諸般の事情を総合的に勘案して,判断すべきである。

 上記観点に照らして,検討する。

 本件においては,①本願発明の引用発明の相違点1に係る構成である「信号調整装置とホスト・システムの結合を遠隔にする技術」は,出願当初から「信号調整装置201から離れた位置のホスト・システム200」(甲8,【請求項1】),「信号調整装置201から遠隔位置のホスト・システム200」(甲8,【請求項14】)などと特許請求の範囲に,明示的に記載され,平成19年2月7日付け補正書においても,「信号調整装置(201)に遠隔結合されたホスト・システム(200)」と明示的に記載されていたこと(甲10,【請求項45】),②本願明細書等の記載によれば,相違点1に係る構成は,本願発明の課題解決手段と結びついた特徴的な構成であるといえること,③審決は,引用発明との相違点1として同構成を認定した上,本願発明の同相違点に係る構成は,周知技術を適用することによって容易に-想到できると審決において初めて判断していること,④相違点1に係る構成が,周知技術であると認定した証拠(甲2ないし4)についても,審決において,初めて原告に示していること,⑤本件全証拠によるも,相違点1に係る構成が,専門技術分野や出願時期を問わず,周知であることが明らかであるとはいえないこと,⑥原告が平成19年2月7日付けで提出した意見書においては,専ら,本願発明と引用発明との間の相違点1を認定していない瑕疵がある旨の反論を述べただけであり,同相違点に係る構成が容易想到でないことについての意見は述べていなかったこと等の事実が存在する。

 上記経緯を総合すると,審決が,相違点1に係る上記構成は周知技術から容易想到であるとする認定及び判断の当否に関して,請求人である原告に対して意見書提出の機会を与えることが不可欠であり,その機会を奪うことは手続の公正及び原告の利益を害する手続上の瑕疵があるというべきである。

 同瑕疵は,審決の結論に影響を及ぼす違法なものといえる。

 この点,被告は,相違点1に係る構成は,容易想到性判断の推論過程において参酌されるありふれた技術であるから,審決が,甲2ないし4を初めて提示したとしても,原告に対する不意打ちとはいえないと主張する。しかし,相違点1に係る上記構成が推論過程において参酌されたありふれた技術にすぎないか否かは,結局,被告独自の見解にすぎないのであって,何ら論証されていないのであるから,そのような論拠に基づいて,原告に対して意見書提出の機会を要しないとする主張は,採用の限りでない。のみならず,審決において,相違点1に係る上記構成を採用することが容易であるとの判断内容は,主要な理由の1つとして記載されているのであり,そうである以上,推論過程について参酌された技術にすぎないことをもって意見書提出の機会を与える必要がないとする被告の主張は,根拠を欠く。

2010年12月18日土曜日

機能的表現の明確性要件が争われた事例

知財高裁平成22年11月29日判決言渡

平成22年(行ケ)第10060号 審決取消請求事件

1.概要

 機能的に表現された構造は常に不明確であると判断されるわけではない。

 本件では、機能的表現による構成が無効審判審決において明確であると判断され、知財高裁もそれを支持した。

2.請求項1

「a 遺体の体内物が肛門から漏出するのを抑制する遺体の処置装置であって,

b 筒状の案内部材と,

c 上記案内部材に収容される吸水剤と,

d 上記吸水剤を上記案内部材の一端開口部から押し出す押出部材とを備え,

上記案内部材の一端開口部側は,肛門から直腸へ挿入されるように形成されるとともに,肛門への挿入前に上記吸水剤が上記案内部材の外部に出るのを抑制するように構成されていることを特徴とする遺体の処置装置

3.明確性に関する無効審決での判断

「本件発明の構成eは 「案内部材の一端開口部側が,肛門から直腸へ挿入されるように形成される」という部分(構成e1)と 「案内部材の一端開口部側が,肛 ,門への挿入前に上記吸水剤が上記案内部材の外部に出るのを抑制するように構成されている」という部分(構成e2)とからなっているところ,本件発明の解釈と当業者の技術常識からすると,これらの構成部分はいずれも不明確であるとはいえない。」

4.原告主張の審決取消理由1(明確性要件)

(1) 本件発明の構成e1は不明確である。審決には,何故,長さ,太さ,表面, 性状等についての技術常識を考慮すれば 「肛門から直腸へ挿入される」ことができるために必要な具体的形状構造が明らかであるといえるのか,合理的な説明はない。

(2) 審決は,構成eのうち,構成e1については案内部材自体の構成に基づいて判断しているが,構成e2については案内部材及び別部材の構成に基づいて判断している。このように,審決は,同じ構成要素について異なる判断基準を用いることの合理的説明がなく,矛盾している。また,構成eの「案内部材の一端開口部側は」の記載からすると,本件発明の構成e2についても,案内部材自体の構成に基づいて判断すべきであるのに,審決は別部材に基づいて判断しており,請求項1の記載に基づかない判断である。」

5.裁判所の判断のポイント

「1 取消事由1(明確性要件)について

(1) 原告は,本件発明の構成e1が不明確であり,審決にも合理的説明がない旨主張する。

 しかし,審決は 「遺体の肛門や肛門から直腸までの長さ等の構造・性状は,これらが後の経過時間,体格・年齢等に応じて変わること等を含め,当業者の技術常識である。」(8頁10行~12行)ことを認定し,そのような技術常識を考慮すれば,必要な具体的構造形状・材質等,例えば長さ,太さ,表面性状等は明らかであると判断しているのであって,合理的な理由の説明はされている。

 そして,本件発明の構成e1は,案内部材の一端開口部側が「肛門から直腸へ挿入されるように形成される」と特定されているところ,その字句どおり,案内部材の一端開口部側が肛門から直腸へ挿入されるように形成された構成であれば,どのような形状・材質からなるものであってもよいと解されるから,構成e1の記載が不明確であるということはできない。

 したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(2) 原告は,本件発明の構成e2について,案内部材自体の構造から判断すべきであり,これを前提として判断すると不明確であるなどと主張する。

 しかし 「案内部材の一端開口部側」という文言については,これを「案内部材の」と「一端開口部側」に分けて,案内部材それ自体の一端を指すという解釈と,「案内部材の一端開口部」と「側」に分けて,案内部材の一端開口部の方向・面を指すという解釈が考えられるところ,本件明細書の「案内部材の一端開口部側に,該一端開口部を閉塞する閉塞部材を設けてもよい。」(段落【0010】)の記載を斟酌すると,本件発明においては,案内部材それ自体の形状,構造等に限定されるものではなく,別部材を用いる場合も含めた一端開口部周辺の形状,構造等を指すものと解するのが相当である。

 そして,構成e2については,その字句のとおり,案内部材の一端開口部側が,肛門への挿入前に吸水剤が案内部材の外部に出るのを抑制するように構成されていれば,どのような形状・構造からなるものであってもよいと解されるのであって,当業者の技術常識を考慮すれば,構成e2の記載が不明確であるということはできない。」