2010年10月10日日曜日

請求項中に機能的表現がある場合のサポート要件判断

知財高裁平成22年9月28日判決
平成22年(行ケ)第10036号

1.概要
 無効審判において、請求人(本件原告)は機能的に表現された構成を備える本件発明1が、旧法36条5項1号(「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」)の要件(サポート要件)に適合しないことなどを主張した。
 無効審判では、発明の詳細な説明では、上記機能的に表現された構成を達成するために必要な具体的態様が十分に示されていることから、この構成が直ちに明細書に具体的に裏付けのない態様を含むものであるとはいえない、として請求を棄却し、特許を維持した。
 裁判所はこの判断を支持した。その要点は以下の通りである。

2.本件発明1(請求項1)
「縫合糸挿入用穿刺針と,該縫合糸挿入用穿刺針より所定距離離間して,ほぼ平行に設けられた縫合糸把持用穿刺針と,該縫合糸把持用穿刺針の内部に摺動可能に挿入されたスタイレットと,前記縫合糸挿入用穿刺針および前記縫合糸把持用穿刺針の基端部が固定された固定部材とからなり,前記スタイレットは,先端に弾性材料により形成され,前記縫合糸把持用穿刺針の内部に収納可能な環状部材を有しており,さらに,該環状部材は,前記縫合糸把持用穿刺針の先端より突出させたとき,前記縫合糸挿入用穿刺針の中心軸またはその延長線が,該環状部材の内部を貫通するように該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びることを特徴とする医療用器具。」

3.原告(無効審判請求人)の主張
「請求項1には,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸又はその延長線が環状部材の内部を貫通するように縫合糸挿入用穿刺針方向に延びるという作用,機能のみが記載され,それを実現するための具体的構成については,何らの記載もなく,本件特許明細書の発明の詳細な説明においてもその説明がされていないから,旧法36条5項1号(「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」)の要件に適合しないというべきである。」
「特に,環状部材について,中央部又は中央部より若干先端側部分が底部となる湾曲形状の湾曲をやや強くする構成を採った場合,環状部材が,縫合糸把持用刺針から押し出されたとき,縫合糸挿入用穿刺針の側面に衝突してしまい,環状部材の円環平面内部に縫合糸挿入用穿刺針が位置するようにすること(縫合糸挿入用穿刺針の「中心軸」が環状部材の内部を貫通すること)は物理的に困難であるから,「中心軸」が環状部材の内部を貫通する構成が発明の詳細な説明に記載されているとはいえない。」

4.裁判所の判断のポイント
「旧法36条5項1号は,「特許請求の範囲」の記載について,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要件としている。同号は,特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した明細書の「特許請求の範囲の記載」に基づいて定めなければならないと規定されていること(特許法68条,旧法70条)を実効ならしめるために設けられた規定である。同号は,「特許請求の範囲」の記載が,「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲を超えるような場合に,そのような広範な技術的範囲にまで独占権を付与するならば,当該技術を公開した範囲で,公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱することになるため,そのような特許請求の範囲の記載を許容しないものとした規定である。例えば,「発明の詳細な説明」における「実施例」として記載された実施態様等に照らして,限定的で狭い範囲の技術的事項のみが開示されているにもかかわらず,「特許請求の範囲」に,その技術的事項を超えた,広範な技術的範囲を含む記載がされているような場合には,同号に違反することになる。このように,旧法36条5項1号の規定は,「特許請求の範囲」の記載について,「発明の詳細な説明」の記載と対比して,広すぎる独占権の付与を排除する趣旨で設けられたものである。以上の趣旨に照らすならば,旧法36条5項1号所定の「特許請求の範囲の記載が,・・・特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである」か否かを判断するに当たっては,その前提として「発明の詳細な説明」の記載がどのような技術的事項を開示しているかを把握することが必要となる。なお,
上記のとおり,「特許請求の範囲」に,発明の詳細な説明に記載,開示がされていない技術的事項を含む記載は許されないが,そのことは,「特許請求の範囲」に,およそ機能的な文言が用いられることが,一切許されないことを意味するものでない。
「・・・本件特許明細書の発明の詳細な説明には,挿入針の中心軸又は延長線が環状部材の内部を貫通するという構成を実現するための技術的手段が,具体的に記載されており,特許請求の範囲(請求項1)に記載された技術内容は,発明の詳細な説明に開示された技術的事項を超えるものではない。
 よって,本件特許発明1に係る特許請求の範囲の記載が旧法36条5項1号の要件に適合するとした審決の判断に誤りはない。

ウ これに対し,原告らは,中央部又は中央部より若干先端側部分が底部となる湾曲形状の湾曲をやや強くする構成を採った場合には,環状部材が縫合糸把持用穿刺針から押し出されたときに,環状部材縫合糸挿入用穿刺針の側面に衝突してしまい,環状部材の円環平面内部に縫合糸挿入用穿刺針を位置させる目的(縫合糸挿入用穿刺針の「中心軸」が環状部材の内部を貫通する目的)を達成できない場合がある旨主張する。
 しかし,原告らの主張は採用の限りでない。すなわち,本件特許明細書の前記各記載の技術的事項に照らせば,縫合糸挿入用穿刺針の中心軸が該環状部材の内部を貫通するように,該環状部材が該縫合糸挿入用穿刺針方向に延びることは十分にあり得ることであり,当業者にとっては,そのことが発明の詳細な説明において記載されていると理解されるから,原告らの主張は,採用の限りでない。」