2010年9月26日日曜日

最近読んだ雑誌時期7

張永康,「中国特許法における遺伝資源保護制度の解説」,知財管理,20109月号,Vol.60No.92010/

(新たに導入された遺伝資源保護制度について紹介されている)

最近読んだ雑誌記事6

弁理士会平成21年度バイオライフサイエンス委員会第2部会,「バイオ関連・医薬発明の特許性についての国際的な比較に基づく問題点の調査・研究」,パテント,2010年7月号、Vol.63No.92010

 本記事の項目3.3(5)-(6)では、日本において、実質的に診断方法に該当する方法の発明であっても医師等が「判断する工程」を含まないように請求項が表現されている場合には「診断方法」には該当しないと判断された事例が紹介されている。現在の特許実用新案審査基準第II部 特許要件 第1章 産業上利用することができる発明の2.1.1.2(3)(a)における「例5: 被検者に由来するX遺伝子の塩基配列のn番目における塩基の種類を決定し、当該塩基の種類がAである場合にはかかり易く、Gである場合にはかかりにくいという基準と比較することにより、被検者の高血圧症へのかかり易さを試験する方法。」が人間を診断する方法には該当しない例として挙げられていること、この例に近い登録事例として特許第3905126号があることが紹介されている。

 項目3.5では「美容師又は一般人が」実施することを明示した場合でも実質的に治療方法に該当するとして日本において拒絶された事例が紹介されている。

2010年9月20日月曜日

食品組成物特許の容易想到性について争われた事例

知財高裁平成22年9月15日判決
平成21年(行ケ)第10240号審決取消請求事件

1.概要
 食品組成物特許についての無効審判において、審判請求人(訴訟原告)が主張する新規性、進歩性欠如の無効理由は存在しないと判断され、請求が棄却された。
 原告はこの点を不服として審決取消を求めたが、裁判所は原告の請求を棄却した。
 請求項に記載の食品組成物と同一の組成を有する組成物が先行技術文献に示唆されている場合でも、「食品とすることは自明」と必ず判断されるわけではないことに留意しなければならない。本事例のように引用発明の組成物を食品として利用することの示唆がなければ、公知組成物の食品への転用は容易には想到し得ないと判断される場合がある。
 「食品」という記載が用途を限定する記載であると当然のように考えられている点も注目すべきである。
 なお本件特許は、類似の食品組成物を開示する別の引用文献を主引用発明とする無効審判事件の取消訴訟において、容易に想到し得ると判断されている(知財高裁平成22年9月15日判決、平成22年(行ケ)第10038号事件)。食品特許発明の新規性、進歩性を否定するためには食品を開示する先行技術を引用することが有効であると考えられる。
 本ブログ2009年6月21日記事も関連するのでご参考いただきたい。

2.本件発明1
「ナットウキナーゼと1μg/g乾燥重量以下のビタミンK2とを含有する納豆菌培養液またはその濃縮物を含む,ペースト,粉末,顆粒,カプセル,ドリンクまたは錠剤の形態の食品。」

3.引用例3に関する原告の主張
「ア 本件審決は,引用例3で得られたビタミンK2を低減した液体には,高濃度の塩類あるいは有機溶媒を含むとし,高濃度の塩類あるいは有機溶媒を含む引用発明3を「食品」とすることは,塩類による食味又は食品機能の変性のおそれ,あるいは人体に影響を及ぼすおそれがあって,食品に有機溶媒が残留する可能性や消費者の抵抗感などが問題となるから,引用発明3を「食品」とすることは,当業者にとって考え難いと説示する。
イ しかしながら,塩類による食味の変性については,食品として使用することの障害となる事情ではなく,塩類の食味に適合した食品とすればよく,また,食品機能の変性についても,ナットウキナーゼという機能物質が含まれることになることからすれば,このような機能物質を食品に取り込んで使用することは当業者であれば容易に想到するものである。
 賞味の良い食品とするために問題があれば,必要な限度で,有機溶媒や塩類を除去すれば足りることであって,そのことは当業者であればだれでも気付く技術的な問題にすぎない。
 また,本件審決は,引用発明3の残液について,人体への影響があるかのように主張するが,そのような影響があるとの証拠はない。引用例3における「塩類」である硫酸アンモニウムによる塩析は,タンパク質の溶解度の差を利用した分離方法であって,タンパク質を変性させ難いことが知られている(甲41)。また,硫酸アンモニウムの濃度を徐々に変えて濃度ごとに沈殿するタンパク質を分画する硫安分画も,一般的な分画方法である(甲42)。塩析後においては,上清を透析法,限外濾過法,ゲル濾過法等の公知の脱塩方法に供することによって,硫酸アンモニウムを除去することができるのであって,その際の条件設定(例えば,透析膜の分画分子量の選択)によって,硫酸アンモニウムを除去しながら,他の成分は残存するようにすることも可能である。そして,その脱塩後の納豆菌培養液は,食品としての使用も可能なもの,すなわち,本件発明1における「納豆菌培養液またはその濃縮物」に相当するものである。
 さらに,消費者が抵抗感を有していても食品として販売されているものは多数存在するし,消費者の抵抗感の問題は,製品として大量生産大量販売を行うか否かの営業上の障害事由とはなっても,技術的に食品として利用することについては何ら障害となるものではない。
・・・
ウ したがって,引用発明3を食品として使用できないということはなく,当業者が引用発明3の残液を食品に使用することは容易に想到することができるから,引用発明3において,当業者が相違点4”に係る本件発明1の構成に想到することが困難であるとした本件審決の判断には誤りがある。」

4.裁判所の判断のポイント
「引用例3の記載について
(ア) 引用例3の特許請求の範囲には,枯草菌培養液中に存在するビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化した後,該水不溶物を分離,回収することを特徴とするビタミンK2濃縮物の製造法(【請求項1】),ビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化する方法が,培養液のpHを6.0以下に調整することである請求項1記載のビタミンK2濃縮物の製造法(【請求項2】),ビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化する方法が,培養液に塩類を添加することである請求項1記載のビタミンK2濃縮物の製造法(【請求項3】),ビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化する方法が,培養液に有機溶媒を添加することである請求項1記載のビタミンK2濃縮物の製造法(【請求項4】),枯草菌が納豆菌である請求項1記載のビタミンK2濃縮物の製造法(【請求項7】)との記載がある。」
「イ 引用発明3の技術内容
 以上の記載によると,引用例3に記載されている課題としての発明は,納豆菌である枯草菌の培養液中に存在するビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化した後,該水不溶物を分離,回収することを特徴とするビタミンK2濃縮物の製造法であるところ,上記の発明によってビタミンK2を分離・回収した後に残る液体は,ビタミンK2を低減させた納豆菌培養液ということができないわけではない。
 したがって,引用例3には,その発明本来の目的である納豆菌の培養液中に存在するビタミンK2含有水溶性ミセルを不溶性化した後の結果として,該水不溶物を分離・回収することにより得られるビタミンK2を低減させた液体が残る,その技術思想も記載されていると認め得ないわけではなく,この技術思想によるものを引用発明3とするものである。
 しかしながら,引用例3には,水不溶物を分離・回収した後の残りの液体を「食品」とすることについては何ら記載されておらず,その示唆もなく,「食品」とするための技術思想が記載されていると認め得る余地はないということができる。
 以上に加えて,元来食品である納豆に係る納豆菌を利用するものであったというたけで,種々の処置をした後の残りの液体についての引用発明3につき,当然に「食品」とすることができると考え得るものでもない。
ウ したがって,引用発明3によってビタミンK2含有水溶液を不溶性化した該水不溶物を分離・回収した残りの液体を「食品」とすることは,当業者にとって考え難いものであるから,引用発明3それ自体から本件発明1を想到することは容易ではなく,この点に本件審決の判断に誤りはない。」

2010年9月11日土曜日

特許請求の範囲の明確性と明細書等の開示事項の参酌

知財高裁平成22年8月31日判決

平成21年(行ケ)第10434号審決取消請求事件

 本事例は特許法36条6項2号(明確性)要件欠如の拒絶審決が取り消された事例である。

 特許請求の範囲の記載だけでなく。明細書の記載、図面、当業者の出願当時における技術的常識を考慮して第三者に不利益を及ぼすほどに不明確でなければ明確性要件は満たされるというのが本判決の立場である。

1.本件発明

「【請求項1】バックシートとトップシートとを有する吸収性物品であって,第1腰部区域,第2腰部区域,それらの間に挟まれた股部区域,長手方向軸線,及び前記トップシートと前記バックシートとの間に配置され,中に排泄物を受けるための主要空間まで通路を提供する開口部を具備し,前記開口部が前記長手方向軸線に沿って少なくとも前記股部区域に配置され,前記トップシートが伸縮性であり,当該物品が,当該物品の弛緩した状態での長手方向寸法の60%の長さである短縮物品長Lと,伸張時短縮物品長Lsとを有する短縮物品部分を有し,当該物品が次の弾性特性:

 0.25Lsで0.6N未満の第1負荷力,0.55Lsで3.5N未満の第1負荷力,及び0.8Lsで7.0N未満の第1負荷力,並びに0.55Lsで0.4N超の第2負荷軽減力,及び0.80Lsで1.4N超の第2負荷軽減力,

を有する吸収性物品。」

2.審決の理由

「本願補正発明1の課題は,トップシートの糞便が通過できる開口が設けられた吸収性物品において,当該吸収性物品の適用中に開口の位置合わせを適切に行うことである。しかし,「伸長時短縮物品長Ls」と,「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」との関係により物品の弾性力を特定することが,吸収性物品の機能,特性,課題解決と,どのように関連するのかは,明確ではない。

 また,「0.25Lsで0.6N未満の第1負荷力,0.55Lsで3.5N未満の第1負荷力,及び0.8Lsで7.0N未満の第1負荷力,並びに0.55Lsで0.4N超の第2負荷軽減力,及び0.80Lsで1.4N超の第2負荷軽減力」との特定による作用効果も明確ではない。よって,本願補正発明1において,「伸長時短縮物品長Ls」を用いて,「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」との関係で物品の弾性特性を特定することの技術的意味は明確ではない。そうすると,本願補正発明1・・・に係る特許請求の範囲の記載は,不明確であり,特許法・・・36条6項2号に違反する。」

3.裁判所の判断のポイント

「法36条6項2号の趣旨について

 法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。

 そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。

 上記のとおり,法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関して,「特許を受けようとする発明が明確であること。」を要件としているが,同号の趣旨は,それに尽きるのであって,その他,発明に係る機能,特性,解決課題又は作用効果等の記載等を要件としているわけではない。

 この点,発明の詳細な説明の記載については,法36条4項において,「経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定されていたものであり,同4項の趣旨を受けて定められた経済産業省令(平成14年8月1日経済産業省令第94号による改正前の特許法施行規則24条の2)においては,「特許法第三十六条第四項の経済産業省令で定めるところによる記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」と規定されていたことに照らせば,発明の解決課題やその解決手段,その他当業者において発明の技術上の意義を理解するために必要な事項は,法36条4項への適合性判断において考慮されるものとするのが特許法の趣旨であるものと解される。また,発明の作用効果についても,発明の詳細な説明の記載要件に係る特許法36条4項について,平成6年法律第116号による改正により,発明の詳細な説明の記載の自由度を担保し,国際的調和を図る観点から,「その実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」とのみ定められ,発明の作用効果の記載が必ずしも必要な記載とはされなくなったが,同改正前の特許法36条4項においては,「発明の目的,構成及び効果」を記載することが必要とされていた。

 このような特許法の趣旨等を総合すると,法36条6項2号を解釈するに当たって,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求めることは許されないというべきである。

 仮に,法36条6項2号を解釈するに当たり,特許請求の範囲の記載に,発明に係る機能,特性,解決課題ないし作用効果との関係で技術的意味が示されていることを要件とするように解釈するとするならば,法36条4項への適合性の要件を法36条6項2号への適合性の要件として,重複的に要求することになり,同一の事項が複数の特許要件の不適合理由とされることになり,公平を欠いた不当な結果を招来することになる。上記観点から,本願各補正発明の法36条6項2号適合性について検討する。」

「・・・「伸張時短縮物品長Ls」又は「収縮時短縮物品長Lc」と関連させつつ,吸収性物品の弾性特性を「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」により特定する本願各補正発明に係る特許請求の範囲の記載は,当業者において,本願補正明細書(図面を含む。)を参照して理解することにより,その技術的範囲は明確であり,第三者に対して不測の不利益を及ぼすほどに不明確な内容は含んでいない。

 上記のとおりであるから,「伸張時短縮物品長Ls」と「第1負荷力」及び「第2負荷軽減力」との関係(本願補正発明1),「収縮時短縮物品長Lc」と「伸長時短縮物品長Ls」との関係(本願補正発明2)によって,弾性力を特定したことが,吸収性物品の機能,特性,発明の解決課題とどのように関連するのか,作用効果が不明であることを理由として,本願各補正発明に係る特許請求の範囲の記載が,法36条6項2号に反するとした審決には,同項同号の解釈,適用を誤った違法があるというべきである。」

2010年9月5日日曜日

学会要旨の「一行記載」の引用発明としての適格性

知財高裁平成22年8月19日判決

平成21年(行ケ)第10180号審決取消請求事件

1.概要

 本件では優先日前に公開された学会発表要旨集の記載「新規な骨吸収阻害剤である4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレート(MK0217)の測定のための・・・」を引用文献として、進歩性が否定された審決が取り消された事例である。

 いわゆる「一行記載」の引用文献としての適格性が争われた事例である。物の発明が刊行物に記載されているといえるためには、その構造が開示されているだけでは足らず、「当該刊行物に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に,当該発明の技術的思想が開示されていることを要する」というのが本件での裁判所の立場である。

2.本件発明

 本件発明6及び7は,本件明細書(甲1の1)の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項6,7に記載された次のとおりのものである。

「【請求項6】4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレートを有効成分として含む,骨吸収を伴う疾病の治療及び予防のための固体状医薬組成物。

「【請求項7】錠剤である請求項6記載の固体状医薬組成物。」

3.審決の理由

 審決は,次のとおり,本件発明6及び7は,いずれも甲7発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反してされたものであると判断した。

 審決が認定した引用発明等の内容,一致点及び相違点並びに容易想到性の判断内容は,次のとおりである・・・。

(1) 甲7発明の内容

「甲7文献は,ベルギーのアントワープの第3回医薬分析の国際シンポジウム(3RD INTERNATIONAL SYMPOSIUM ON DRUG ANALYSIS)において頒布された要旨集の106頁であり・・・。」

「そして,甲7文献には,『医薬製剤中の4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレートの高速液体クロマトグラフィーによる測定』と題する論文の要旨として,以下のことが記載されている。

ア) 新規な骨吸収阻害剤である4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレート(MK0217)の測定のための高速,高感度そして,特別に性能の良い高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析を報告する。

・・・

カ) 実験データは,再現性があって,精度が高く,直線性のある分析が可能であることを明らかにするために,また注射液やカプセル剤中のMK0217の分析に適用できることを明らかにするために提出される。」

「甲7文献は,医薬分析に関する国際シンポジウムの要旨集であり,新規な骨吸収阻害剤である4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレート(MK0217)を含む医薬製剤について試験・研究を行おうとする者に対して,本化合物に,9-フルオレニルメチル・クロロフォルメート(FMOC)により誘導体化することにより紫外線吸収特性を付与し,紫外線検出器の利用を可能とすることにより,高速,高感度で使いやすい測定技術を提供しようというものであり,4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレート(MK0217)が,当該分野の試験・研究を行う者にとって,新しい骨吸収剤として知られたものであることを当然の前提とした論文である。

 そして,甲7文献には,本論文は,単に希望や仮説を述べているのではなく,実際に測定実験を実施したら,再現性があり,直線性のある分析が可能であり,また,注射液やカプセル製剤中の4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレート(MK0217)の分析に適用できることが分かったことをデータをもって報告するものであることが記載されており,さらに,甲7文献には,4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレート(MK0217)の具体的な誘導体化の条件,紫外線吸収特性を付与された誘導体の分析のための高速液体クロマトグラフィー(HPLC)の具体的な操作条件(逆相HPLCとすること,カラムの種類,移動層の組成,操作温度)及び紫外線検出に用いる紫外線の具体的な波長が記載されている。

 そして,甲7文献は,医薬分析に関する国際シンポジウムの予稿集であり,特段の事情がない限り,発表者が研究者として合理的に,かつ誠意を持って作成したものと考えるのが妥当であり,本シンポジウムのいかなる参加者も知らないような医薬成分について,その測定方法だけを発表しようとするなどとは考え難い。

「さらに,甲7文献には,4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレート((MK0217)の製造方法は記載されていないが,以下のとおり,本件優先日前において,甲7文献を見た当業者は,製造方法が記載されていなくても,4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレート((MK0217)を容易に製造できると理解するものであるから,製造方法が記載されていないことをもって,甲7文献に4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレート( MK0217)の発明が記載されていないとすることはできない。」

「本願優先日前に頒布された甲5文献は,薬理活性を有するビスホスホン酸(バイホスホネート)およびその製造方法に関する文献であり,甲5文献の一般式(I)で示されるバイホスホン酸のアルカリ金属塩が,骨吸収阻害作用を有することが記載されており(‥‥),実施例3として,一般式(I)で示される化合物である,「4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-バイホスホン酸」(以下,単に「フリー体」ともいう。)の製造方法が記載されている(‥‥)。‥‥,当業者は,実施例3の記載は,最初の中和点において,ジホスホン酸の片方がNaOHで中和されたこと,即ち4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-バイホスホン酸モノナトリウム塩が生成していることを示すものと理解するものと言える。さらに,実施例5(‥‥)において,5-アミノ-1-ヒドロキシペンタン-1,1-バイホスホン酸(分子量263)263gの懸濁液に水酸化ナトリウム(分子量40)40gを含有する水溶液を加えて,即ち,共に1モルずつ反応させて,5-アミノ-1-ヒドロキシペンタン-1,1-バイホスホン酸の一ナトリウム塩が製造できている。

 更に,甲5文献では,ビスホスホン酸のナトリウム塩は,水溶液中でビスホスホン酸を水酸化ナトリウムで中和し,水溶液から晶出する結晶状の固体として得ている(実施例5参照)。そして,水和物の製法としては,水溶液から晶出することが一般的であり,結晶水は,加熱あるいは乾燥により離脱し,加熱あるいは乾燥の条件を強くすることにより,順次離脱することは周知である(甲12~14)。

 してみれば,4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩の3水和物が存在することは甲7文献に記載されているのであるから,当業者は,4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩を水溶液から晶出させることにより,3水和物が得られると,そして,もし水溶液からの晶出により得られた4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩の水和数が3を超えていれば,適宜条件を選択し,加熱,乾燥することにより水和数を減ずることにより,容易に,3水和物(トリハイドレート)を得ることができると考えるのが自然である。

 なお,実際,乾燥条件としては通常の条件である甲6あるいは甲10で採用されているような乾燥条件で乾燥することによりトリハイドレートが得られている。」

したがって,甲7文献には,次の発明が記載されているものと認められる。『骨吸収阻害剤である4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレートを有効成分として含む医薬製剤。』

4.裁判所の判断のポイント

「2 取消事由1ないし5について

 (1) 本件発明6及び7における本件3水和物が新規の化学物質であること,甲7文献には,本件3水和物と同等の有機化合物の化学式が記載されているものの,その製造方法について記載も示唆もされていないこと,以上の点については当事者間に争いがなく,かつ審決も認めるところである。

 そこで,このような場合,甲7文献が,特許法29条2項適用の前提となる29条1項3号記載の「刊行物」に該当するかどうかがまず問題となる。

 ところで,特許法29条1項は,同項3号の「特許出願前に‥‥頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するものであるところ,上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには,同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが,発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば,当該刊行物に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に,当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。

 特に,当該物が,新規の化学物質である場合には,新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから,刊行物にその技術的思想が開示されているというためには,一般に,当該物質の構成が開示されていることに止まらず,その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして,刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には,当該刊行物に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。

 (2) 本件については,上記のとおり,本件発明6及び7における本件3水和物が新規の化学物質であること,甲7文献には,本件3水和物と同等の有機化合物の化学式が記載されているものの,その製造方法について記載も示唆もされていないところ,前記1(2) の記載内容を検討しても,甲7文献には製造方法を理解し得る程度の記載があるとはいえないから,上記(1) の判断基準に従い,甲7文献が特許法29条1項3号の「刊行物」に該当するというためには,甲7文献に接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,特許出願時の技術常識に基づいて本件3水和物の製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるということになる。

 この点,審決は,前記第2の4(1) 記載のとおり,まず,甲5文献の開示内容から,4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-バイホスホン酸モノナトリウム塩が生成していることが窺える等の事情があること,甲12ないし甲14の各文献の開示内容から,水和物の製法としては,水溶液から晶出することが一般的であり,結晶水は,加熱あるいは乾燥により離脱し,加熱あるいは乾燥の条件を強くすることにより,順次離脱することは周知であるといえること,及び4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩の3水和物が存在することは甲7文献に記載されていることを根拠に,当業者は,4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩を水溶液から晶出させることにより,3水和物が得られること,そして,もし水溶液からの晶出により得られた4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩の水和数が3を超えていれば,適宜条件を選択し,加熱,乾燥することにより水和数を減ずることにより,容易に,本件3水和物を得ることができると考えるのが自然であると判断しているところ,その論理は必ずしも明確ではないが,前記第2の4(4)記載のとおり,さらに,審決は,原告の主張に対する判断において,「有機化合物によって水和物が存在し得る場合があることは明らかであり,‥‥,甲7文献において既に3水和物が目的物として明示され,その存在を疑うべき特段の事情が無いことを考慮すれば,技術常識を勘案し3水和物の製造条件を検討することに格別の困難性は無いというべきであ」ると判断していることから,これを善解すれば,甲7文献の記載を前提として,これに接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,甲5及び甲12ないし甲14の各文献に記載されている特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができるものと判断したと解される。

 (3) そうすると,本件においては,本件出願当時,甲7文献の記載を前提として,これに接した当業者が,思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく,本件3水和物の製造方法その他の入手方法を見いだすことができるような技術常識が存在したか否かが問題となるが,次のとおり,本件においては,本件出願当時,そのような技術常識が存在したと認めることはできないというべきである。

ア 甲5文献に記載された技術常識について

 前記1(3) の記載によれば,甲5文献の実施例3の電位差滴定の最初の中和点において,4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-バイホスホン酸モノナトリウム塩の水溶液が生成していることが窺える。また,甲5文献の実施例5には,5-アミノ-1-ヒドロキシペンタン-1,1-バイホスホン酸の一ナトリウム塩の結晶状の固体とその製造方法が記載されている。しかしながら,これらの化合物について言及する本件優先日前に刊行された文献は,証拠上,甲5文献のみであること,甲5文献は,一般的な化学辞典であるなど,その記載内容が当業者の技術常識であることをうかがわせるものではないことを考慮すれば,「4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-バイホスホン酸モノナトリウム塩の水溶液とその製造方法」や「5-アミノ-1-ヒドロキシペンタン-1,1-バイホスホン酸の一ナトリウム塩の結晶状の固体とその製造方法」が,公知の技術事項であるとはいえても,本件優先日当時の技術常識に属する事項であるとすることはできないというべきである。

 したがって,上述のような甲5文献に記載された事項や甲5文献の実施例5の記載を根拠とする「ビスホスホン酸のナトリウム塩は,水溶液中でビスホスホン酸を水酸化ナトリウムで中和し,水溶液から晶出する結晶状の固体として得」られるという技術事項を,本件優先日当時の技術常識であるとするものと解される,甲5文献に関する審決の判断は誤りであるというほかない。」