2010年6月20日日曜日

訂正による構成の追加が「択一的記載要素の追加」ではなく「直列的付加」に該当すると判断された事例

知財高裁平成22年4月27日判決

平成21年(行ケ)第10326号審決取消請求事件

概要

 特許権者は、特許請求の範囲に構成要件を追加する訂正審判を請求した。特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正(すなわち構成要件を追加して特許発明を限定する「直列的付加」)であるというのが原告(請求人、特許権者)の解釈。

 被告(特許庁審判官)はこの訂正が、択一的な構成要件を追加する「並列的付加」に該当し不適法であると解釈し、訂正審判請求は成り立たないとの審決をした。

 この審決の違法性が争われ、知財高裁は原告の主張を支持して審決を取り消した・。

本件訂正前発明2

 本件訂正前発明2は,以下の通り分説することができる。

(ア)

 マッサージ機本体(2)と,使用者にマッサージを施すように当該マッサージ機本体(2)に設けられていると共に使用者の身長方向に移動自在な施療子(14)と,当該施療子(14)を操作して任意の位置に位置決めすることができる位置操作部(49,50)を有する操作装置(40)と,を備えたマッサージ機において,

(イ)

 前記位置操作部(49,50)の操作によって決められた施療子(14)の位置をマッサージの基準位置として記憶する記憶部(39)を備え,

(ウ)

 前記施療子(14)の位置決めを行うための一定の時間を設定しておき,その時間内に前記施療子(14)を移動させ,その時間が経過した時点での前記施療子(14)の位置を検出しその位置を基準位置として自動的に前記記憶部(39)に記憶させることを特徴とする

(エ)

 前記基準位置は肩位置であることを特徴とするマッサージ機。

本件訂正後発明2

 本件訂正後発明2は,以下の通り分説することができる。

(ア)

 マッサージ機本体(2)と,使用者にマッサージを施すように当該マッサージ機本体(2)に設けられていると共に使用者の身長方向に移動自在な施療子(14)と,当該施療子(14)を操作して任意の位置に位置決めすることができる位置操作部(49,50)を有する操作装置(40)と,

(イ)

 前記位置操作部(49,50)の操作によって決められた施療子(14)の位置をマッサージの基準位置として記憶する記憶部(39)と,を備え,

(ウ)

 施療子(14)を移動させた後,前記操作装置(40)への所定の操作を施すと,その所定の操作が行われたときの前記施療子(14)の位置を基準位置として検出する,マッサージ機において,

(エ)

 前記所定の操作を行わなくとも,前記施療子(14)を移動させて位置決めを行うために予め設定された一定の時間が経過すると,前記施療子(14)の位置を検出しその位置を基準位置として自動的に前記記憶部(39)に記憶させ,

(オ)

 前記基準位置は肩位置であることを特徴とするマッサージ機。

審決の理由

 審決の理由は要するに,本件訂正前発明2と本件訂正後発明2を対比すると,①本件訂正前発明2は,施療子の位置決めを行うための一定の時間を設定しておき,その時間内に施療子を移動させ,その時間が経過した時点での施療子の位置を基準位置としているのに対し,②本件訂正後発明2は,操作装置への所定の操作を施すと,その所定の操作が行われたときの施療子の位置を基準位置とし,また,所定の操作を施さないと,施療子を移動させて位置決めを行うために予め設定された一定の時間が経過すると,施療子の位置を検出しその所定位置を基準位置とするものであり,本件訂正後発明2においては,操作装置への所定の操作を施す場合には,一定の時間が経過した時点での施療子の位置を検出しその位置を基準位置とするものでないから,本件訂正後発明2は,本件訂正前発明2の「一定時間経過による基準位置検出」に「所定操作による基準位置検出」が単に付加されたものではなく,特許請求の範囲を減縮するものではなく,また,本件訂正前発明2は特段不明瞭な記載や誤記を含むものではないから,明瞭でない記載の釈明や誤記又は誤訳の訂正でもなく,さらに,本件訂正後発明2は本件訂正前発明2とは明らかに異なる構成であると共に,その下位概念発明とはいえず,本件訂正前発明2を別異の発明に実質上変更するものであるというものである。

裁判所の判断のポイント

(1) 本件訂正前発明2及び本件訂正後発明2は,いずれも,マッサージ機において,より正確に肩位置を設定できるようにするために,マッサージ機本体と,使用者にマッサージを施すように当該マッサージ機本体に設けられていると共に使用者の身長方向に移動自在な施療子と,当該施療子を操作して任意の位置に位置決めすることができる位置操作部とを備え,前記位置操作部の操作によって決められた施療子の位置を基準位置(肩位置)として記憶する記憶部を備えていることを特徴とするマッサージ機である。

 そして,本件訂正後発明2は,本件訂正前発明2に対して,「施療子(14)を移動させた後,前記操作装置(40)への所定の操作を施すと,その所定の操作が行われたときの前記施療子(14)の位置を基準位置として検出する,マッサージ機において,」(本件訂正後発明2のウ)との構成が付加されたものである。

 ところで,特許請求の範囲の記載において「構成」が付加された場合,付加された後の発明の技術的範囲は,付加される前の発明の技術的範囲と比較して縮小するか又は明りょうになることは,説明を要するまでもない。本件において,本件訂正後発明2記載の特許請求の範囲に属するマッサージ機は,構成アないし構成オのすべてを具備するものに限定される。本件訂正前発明2では,何らの限定がされていなかったものに対して,本件訂正後発明2では,「施療子(14)を移動させた後,前記操作装置(40)への所定の操作を施すと,その所定の操作が行われたときの前記施療子(14)の位置を基準位置として検出する,マッサージ機において,」との構成を有するものに限定されたのであるから,これに伴って,その技術的範囲が縮小するか又は明りょうになることは,当然である。

(2) この点,被告は,本件訂正後発明2は,「所定操作による基準位置検出に基づく制御」を行うと,もはや「一定時間経過による基準位置検出に基づく制御」を行わないから,本件訂正前発明2と比較して択一的記載であり,特許請求の範囲の減縮に当たらないと主張する。

 被告の主張は,発明の技術範囲の解釈についての誤りに由来するものであって,到底採用できるものではない。

 確かに,マッサージ機の使用者(ユーザ)は,本件訂正後発明2の構成ウに係る操作方法を選択することによって,構成エ〔前記施療子(14)を移動させて位置決めを行うために予め設定された一定の時間が経過すると,前記施療子(14)の位置を検出する構成〕に係る機能を選択することなく,位置決めをすることができる。しかし,ユーザが,そのような位置決め方法を選択することが可能であることは,本件訂正後発明2において,はじめて可能となるものではなく,本件訂正前発明2においても同様であり,本件訂正後発明2と本件訂正前発明2とは,その点に関する相違はない(任意の位置に基準位置を決定することのできる位置操作部が存在することは,本件訂正前発明2においても同様である。)。

 使用者(ユーザ)にとって,本件訂正後発明2の構成ウを選択することによって,構成エで示す機能を選択しないことがあり得ることは,本件訂正後発明2において,構成エを具備しないマッサージ機が,発明の技術的範囲に含まれること,すなわち,技術範囲が拡大することを意味するものではない。

 この点の被告の主張は,その前提において採用できない。」

「以上のとおりであり,本件訂正は,特許請求の範囲を減縮するものではなく,また,明りょうでない記載の釈明等に該当せず,本件訂正後発明2は本件訂正前発明2と異なる発明に実質上変更するものであるとした審決の判断は,誤りである。なお,任意の位置への位置決めは,肩位置の正確性を期するという本件明細書に記載された目的に沿うものであって,新たな目的を追加したものとはいえない。本件訂正は,特許法126条4項にも違反しない。被告は,その他,縷々主張するが,いずれも理由はない。原告の取消事由は,いずれも理由がある。」