2010年3月13日土曜日

周知の構成を追加する訂正は新規事項の追加には該当せず適法と判断された事例

平成22年3月3日判決

平成21年(行ケ)第10133号審決取消請求事件

1.概要

 特許権者による訂正が新規事項の追加に該当するか否かが争点の一つ。

 審決(無効審判請求)では、願書に添付された明細書および図面の範囲内において行われた訂正であると判断された。

 訂正の内容は以下の通り。

訂正前の請求項1

「【請求項1】基礎用杭を地盤に埋め込むための杭埋込装置であって,/油圧式ショベル系掘削機と(9),/当該油圧式ショベル系掘削機(9)のアーム先端部に取り付けてあり,振動装置(2)と杭上部に被せるための嵌合部(15)を有する埋込用アタッチメント(A)と,/当該埋込用アタッチメント(A)の上部嵌合部(15)に自在継手を介して着脱可能に取り付けられる穿孔装置(4)と,/を備えており,/上記穿孔装置(4)は,/油圧モーター(21)と,/当該油圧モーター(21)により回転駆動される穿孔ロッド(44)と,/を備えており,/上記穿孔装置(4)と上記嵌合部(15)は,穿孔時と杭埋込時において選択的に使用されることを特徴とする,/杭埋込装置。」

訂正後の請求項1

「【請求項1】基礎用杭を地盤に埋め込むための杭埋込装置であって,/油圧式ショベル系掘削機(9),/当該油圧式ショベル系掘削機(9)のアーム先端部に取り付けてあり,四角形の台板(14)の上部に設けられており油圧モーター(21)を有する振動装置(2)と杭上部に被せるために当該台板(14)の下面に設けられている円筒状の嵌合部(15)を有する埋込用アタッチメント(A)と,/当該埋込用アタッチメント(A)の上部嵌合部(15)の側部に設けられている相対向するピン孔(16,16)に自在継手を介して着脱可能に取り付けられる穿孔装置(4)と,/を備えており,/上記四角形の台板(14)の四辺は,上記円筒状の嵌合部(15)よりも張り出しており,上記台板(14)の四辺のうち油圧式ショベル系掘削機(9)側の辺は,油圧式ショベル系掘削機(9)側にある上記振動装置(2)の油圧モーター(21)の端よりも油圧式ショベル系掘削機(9)側にあり,/上記穿孔装置(4)は,/油圧モーター(43)と,/当該油圧モーター(43)により回転駆動される穿孔ロッド(44)と,/を備えており,/上記穿孔装置(4)と上記嵌合部(15)は,穿孔時と杭埋込時において選択的に使用されることを特徴とする,/杭埋込装置。」

 訂正により追加された「上記台板(14)の四辺のうち油圧式ショベル系掘削機(9)側の辺は,油圧式ショベル系掘削機(9)側にある上記振動装置(2)の油圧モーター(21)の端よりも油圧式ショベル系掘削機(9)側にあり,」の部分は、明細書および図面に明示的な裏づけがない。

 裁判所は「本件明細書及び図面の記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものかどうか」を指標として判断し、周知技術をも考慮したうえで新規事項の追加に該当しないと結論づけた。

2.裁判所の判断のポイント

「・・・台板の四辺のうち油圧式ショベル系掘削機側の辺が,油圧式ショベル系掘削機側にある振動装置の油圧モーターの端よりも油圧式ショベル系掘削機側にあることについて,本件明細書又は本件図面に直接的に記載されているとまで認めることはできない

 もっとも,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものということができるので,本件訂正のうち特許請求の範囲に「上記台板(14)の四辺のうち油圧式ショベル系掘削機(9)側の辺は,油圧式ショベル系掘削機(9)側にある上記振動装置(2)の油圧モーター(21)の端よりも油圧式ショベル系掘削機(9)側にあり,」との記載を付加する部分が,本件明細書及び図面の記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものかどうかを判断するに当たっては,この種の杭埋込装置における前記説示した意味での台板の存在及び形状についての当業者の認識を踏まえる必要がある。

「以上によると,本件特許出願時における当業者にとって,油圧式ショベル系掘削機のアーム先端部に取り付ける埋込用アタッチメントとして,四角形の台板の上部に振動装置を備えるとともに,その下部略中央部に杭との嵌合部を備えるものはよく知られており,振動装置,四角形の台板及び嵌合部相互の関係については,四角形の台板を油圧モーターを含む振動装置が納まる程度の大きさとし,振動装置が隠れるように配置する構成のものが知られ,作業現場において長年にわたって使用されてきたものとして周知であったということができる。

 そうすると,本件訂正のうち,特許請求の範囲の【請求項1】・・・について「上記台板(14)の四辺のうち油圧式ショベル系掘削機(9)側の辺は,油圧式ショベル系掘削機(9)側にある上記振動装置(2)の油圧モーター(21)の端よりも油圧式ショベル系掘削機(9)側にあり,」との限定を加える部分は,本件特許出願時において既に存在した「台板の上部に振動装置を設けるとともに,下面中央部に嵌合部を設ける」という基本的な構成を前提として,「振動装置の油圧モーターが油圧式ショベル系掘削機側にある」という当業者に周知の構成のうちの1つを特定するとともに,「台板」と「振動装置」の関係について,同様に当業者に周知の構成のうちの1つである「四角形の台板の上に油圧モーターが隠れるように振動装置を配置するという構成」に限定するものである。

 そして,上記イ()ないし()で認定した技術状況に照らすと,上記周知の各構成はいずれも設計的事項に類するものであるということができる。

 したがって,本件明細書及び図面に接した当業者は,当該図面の記載が必ずしも明確でないとしても,そのような周知の構成を備えた台板が記載されていると認識することができたものというべきであるから,本件訂正は,特許請求の範囲に記載された発明の特定の部材の構成について,設計的事項に類する当業者に周知のいくつかの構成のうちの1つに限定するにすぎないものであり,この程度の限定を加えることについて,新たな技術的事項を導入するものとまで評価することはできないから,本件訂正は本件明細書及び図面に記載した事項の範囲内においてするものとした本件審決の判断に誤りはない。」