2010年3月28日日曜日

請求項中の用語の意義の解釈のために明細書の記載が参酌された事例

知財高裁平成22年3月24日判決

平成21年(行ケ)第10179号審決取消請求事件

 本事例では、請求項に記載された用語の技術的意義が一義的に明確に理解することはできないとして、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して,その技術的意義が解釈された。

本件補正後の請求項1

「粒状発熱組成物を含有するヒートセルであって,/該粒状発熱組成物が,重量基準で,/a.)30%~80%の鉄粉;/b.)3%~25%の活性炭,非活性炭及びそれらの混合物;/c.)0.5%~10%の金属塩;および/d.)1%~40%の水/を含有し,その際該粒状発熱組成物の粒子は少なくとも2つの向かい合った表面を有する統一構造に形成されたポケット中に組み入れられており,その際少なくとも1つの表面は酸素透過性であり,該粒状発熱組成物で充たされたときに充填容積及びセル容積を有し,充填容積とセル容積の割合が0.7から1.0であり,該割合はセル壁への特異な圧力の使用なしで維持され,該ヒートセルの頂上は0.15cm~1.0cmの高さを有し,該ヒートセルは40cm 2未満の全表面積を有し,かつ前記粒状発熱組成物の粒子の少なくとも80%が200μm未満の平均粒度,好ましくは該粒状発熱組成物の粒子の少なくとも90%が150μm未満の平均粒度を有する。」

 本件審決が認定した引用発明1並びに本件補正発明と引用発明1との一致点及び相違点は,次のとおりである。

 引用発明1:片面を通気面1aとし,他面とを,周側を封着してなる偏平状袋1に,鉄粉を主材とし反応助剤を配合した発熱剤2を厚さ2~5mmの略均等な偏平状に装入したカイロであって,/発熱剤2は,55~65wt%前後の鉄粉と18~22wt%の水,9~11wt%の木炭などからなる保水剤,3.5~4.5wt%の活性炭,4.5~6wt%程度の食塩などを用いたカイロ

 一致点:粒状発熱組成物を含有するヒートセルであって,/該粒状発熱組成物が,重量基準で,/a.)30%~80%の鉄粉;/b.)3%~25%の活性炭,非活性炭及びそれらの混合物;/c.)0.5%~10%の金属塩;および/d.)1%~40%の水/を含有し,その際該粒状発熱組成物の粒子は少なくとも2つの向かい合った表面を有する統一構造に形成されたポケット中に組み入れられており,その際少なくとも1つの表面は酸素透過性であり,該粒状発熱組成物で充たされたときに充填容積及びセル容積を有する。

 相違点1:本件補正発明においては,「ヒートセルの頂上は0.15cm~1.0cmの高さを有し,該ヒートセルは40cm 未満の全表面積を有し,充填容積2とセル容積の割合が0.7から1.0であり,該割合はセル壁への特異な圧力の使用なしで維持され」るのに対し,引用発明1では,それらについて明らかでない点

 相違点2:本件補正発明においては,「粒状発熱組成物の粒子の少なくとも80%が200μm未満の平均粒度」を有するのに対し,引用発明1では,粒状発熱組成物の粒子の平均粒度がどのようになっているか明らかでない点

一致点の認定の誤りについての当事者の主張

〔原告の主張〕

 本件審決は,引用発明1の「片面を通気面とし,他面とを,周側を封着してなる偏平状袋」が本件補正発明の「2つの向かい合った表面を有する統一構造に形成されたポケット」に相当するとした上,両発明が後者の点で一致すると認定したが,本件補正明細書の記載によると,本件補正発明の「2つの向かい合った表面を有する統一構造に形成されたポケット」は,2つの基材の表面を向かい合わせて結合して形成された統一構造の内表面側から外表面側に向かって熱成形等の成形手段によって形成された粒状発熱組成物の粒子を充填することのできるくぼみをいうのに対し,引用例1の記載及び図示によると,引用発明1の「片面を通気面とし,他面とを,周側を封着してなる偏平状袋」は,袋全体に発熱剤を略均等に充填することができるように通気面と非転着性粘着剤層が層着される他面との周側を単に封着した袋であって,発熱剤を充填することのできるくぼみが通気面又は他面のいずれにも形成されていないものであるから,本件審決の認定は誤りである。

〔被告の主張〕

 引用発明1の「片面を通気面とし,他面とを,周側を封着してなる偏平状袋」が「少なくとも2つの向かい合った表面を有する」ものであることは明らかであり,また,本件補正発明の「統一構造」とは,2つの表面をつないだ結果一体的に形成されているものという程度の意味であるから,引用発明1も,「統一構造」を備えているということができる。さらに,「ポケット」とは,一般に,その形状にかかわらず袋状になっているものを指し,特段賦形されたくぼみを意味するものではないと理解されるのが通常である(乙1)から,引用発明1の「偏平状袋」も,ポケットに相当するものである。

 したがって,本件審決に,原告が主張するような一致点の認定の誤りはない。

 原告は,本件補正発明の「ポケット」がくぼみであると主張するが,特許請求の範囲の記載に基づかないものとして失当である。なお,本件補正後の請求項1(以下,単に「請求項1」という。)の「少なくとも2つの向かい合った表面を有する統一構造に形成された」との記載からは,2つの対称的な平面で構成される袋状の形状が想起されるのが普通であって,一方が平面で他方がくぼみとなるような形状が想起されることはないか,仮にあったとしても,普通に想起される形状ではない。

裁判所の判断

(1) 本件補正発明の「ポケット」の技術的意義

 本件補正発明の「ポケット」の技術的意義について,原告は,2つの基材の表面を向かい合わせて結合して形成された統一構造の内表面側から外表面側に向かって熱成形等の成形手段によって形成された粒状発熱組成物の粒子を充填することのできるくぼみをいうと主張するのに対し,被告は,広辞苑(乙1)に記載された日常用語としての意味を主張するのみであり,本件補正発明が属する技術分野における技術常識に即して「ポケット」の技術的意義が一義的に明確であると主張するものではなく,その他,請求項1の記載から,本件補正発明の「ポケット」の技術的意義を一義的に明確に理解することはできないから,これを明確にするため,以下,本件補正明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して,その技術的意義を検討することとする。

ア 本件補正発明の「ポケット」に関し,本件補正明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。

・・・

イ 上記発明の詳細な説明の記載によると,本件補正発明の「ポケット」とは,「少なくとも2つの向かい合った表面を有する統一構造」を構成する2つの基材の一方に熱成形等の何らかの方法により形成され,粒状発熱組成物を充填することができるような底といえる部分を有する賦形された内部空間を意味し,単に,平坦な2つの基材によって形成される袋状の内部空間を指すものではないと解釈するのが相当である。

ウ この点に関し,被告は,請求項1の「少なくとも2つの向かい合った表面を有する統一構造に形成された」との記載からは,2つの対称的な平面で構成される袋状の形状が想起されるのが普通であると主張する。しかしながら,被告の主張は,「統一構造に形成された」との文言が「一体的に形成された」と同じような意味を有することを前提とするものと解されるところ,上記発明の詳細な説明の記載によると,「統一構造」とは,2つの基材によって構成される構造体を指し,そのような構造体に「形成された」ものが「ポケット」であると解釈されるから,被告の主張は,その前提を誤るものであって,採用することができない。

(2) 引用発明1の「偏平状袋」の技術的意義

 他方,引用例1には,偏平状袋の片面を通気面とし他面を接着面とすること,偏平状袋内に発熱剤を略均等な偏平状となるように装入すること,及び偏平状袋内が減圧されるため同袋が大気圧により圧偏状態を維持することができることが記載され,また,第2図には,偏平状袋が平坦な2つの基材(通気性面を有するもの及び非転着性粘着剤層を有するもの)から形成され,発熱剤が充填されて偏平状となっている様子が示されているにとどまり,偏平状袋を構成する平坦な2つの基材の一方に,熱成形等の何らかの方法により形成され,発熱剤を充填することができるような底といえる部分を有する賦形された内部空間が形成されることについての記載又は図示は全くないから,引用発明1の「偏平状袋」は,「少なくとも2つの向かい合った表面を有する統一構造」であるというにすぎす,当該統一構造に「ポケット」が形成されたものとまでいうことはできない。

(3) 本件審決の認定の当否

 上記(1)及び(2)によると,引用発明1の「偏平状袋」は,本件補正発明の「少なくとも2つの向かい合った表面を有する統一構造」には相当するものの,「ポケット」を備えるものではないから,両発明につき,粒状発熱組成物の粒子が「ポケット」中に組み入れられているとの点で一致するとした本件審決の認定は誤りであるといわなければならない。